表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
また明日、ここで  作者: 夏みかん
第1話
2/9

2度目のはじめまして-後編-

ハンターワールドのエントランスはちょっとしたショッピングモールのような構造になっていた。1階から4階まであり、1階は初級から下位ランクのモンスターを狩る受付に武器防具などの店がある初心者向けの設備が整っている。2階は中級ランクのモンスターを狩る受付の他、所持しているアイテムの売り買いなどが出来る店があるほか、温泉やモンスターを狩るための疑似的な訓練場もあり、温泉などの娯楽施設が充実しているフロアになっていた。3階は上位モンスターを狩るための受付があり、下位ランクのハンターなどが上位ランクのハンターと交流できる酒場や闘技場なども完備されている。そして4階は総合ランキング100位以内を獲得した者たちだけが入れるエリアになっており、最上位のモンスターや希少モンスターなどを狩るための受付があり、そのモンスターの素材で製作可能な武器や防具を作れるワールドで唯一の施設になっていた。ペッパーズの面々でここに入れるのはロストワン、ザナドゥ、そしてブレイズの3人であり、彼らだけしかここで受付が出来ないため、3人が欠ければギルドとしても最上位モンスターを狩ることは出来なくなる。かといって受ける気もないのだが、それは初心者同然の他の3人がいるからで、まずは中級ランクのモンスターを狩ることで3人のレベルなどを上げることが当面の目的になっていた。ザナドゥとブレイズは2人で上位モンスターを狩ったり、また、人数が余っている他のギルドに臨時参入して最上位モンスターを狩るなどして楽しんでいる。そして今日もいつもの時間にログインしたロストワンが待ち合わせ場所となっているエントランス奥の茶屋へと向かう。


「ヤッホー」

「お、アシュリー、今日も同じタイミングだね?」

「生活習慣が合ってるのかな?」


そう言って2人で笑う。アシュリーとはログイン時間がよく一緒になる。ロストワンにしてみれば、アシュリーも自分と同年代の学生なのだろうと思っていた。リアルでの人物像に興味もなく、また詮索もしないのがペッパーズの暗黙の決まりにもなっている。今更何かを聞いても仕方ないし、そもそも来週末には全部判明するのだ。


「お!来たな」


茶屋に入ってすぐ右横の席に座っていたのはブレイズとミラージュだ。この2人もよくログイン時間が重なっている。年代的に同じなのだろうか。


「ムジとザナドゥがまだよ」


ミラージュの言葉に頷いて席に座れば、タヌキを模したキャラが注文を取りに来る。ここではワールド通貨で注文する為、スタミナアップジュースをロストワンが頼み、アシュリーはスピードアップのジュースを注文した。飲めばこのすぐ後のクエストでその効果が得られるのだ。


「そう言えば、なんかすごいのとコラボしてたね。ビックリしちゃった!」


アシュリーの言葉にミラージュとブレイズが顔を見合わせる。その意味ありげな笑みからして嫌な予感がロストワンの背筋を走った。


「あれ、もう集まってるじゃん」


そう言いながら店に入ってきたのはザナドゥだ。どうやらかなり前からログインしており、ソロで狩りを楽しんできたようだ。残るはムジだったが、彼女に至ってはログイン時間もまちまちの状態である。大幅に遅い日もあればすごく早い日もある。だが今日はバッチリなようで、ザナドゥが席に着くと同時に店にやってきた。2人も適当に注文し、ここにメンバーが揃う。そしてこれを待っていたとばかりにミラージュが立ち上がって自分の画面を空中に表示させた。


「コラボ!こういうものに興味ないけど、でもね、これには興味があります!」


こういうものがベルナンドを指すのはわかったし、興味があるのが売り出されたアーマーだと理解できた。当然だ、彼女の画面に映し出されているのはまぎれもなくベルナンドなのだ。つまり、あの20万円のアーマーを買ったということだ。


「うっそ!マジ?買ったの?20万だよ?」


画面に見入るザナドゥが焦る声を上げるが、ミラージュは得意げな表情をしている。やっぱりなと思うのはロストワンとアシュリー、そしてムジだ。そのまま4人の視線がブレイズへと注がれる。するとブレイズも空中に画面を表示させ、自身のアイテムボックスから1つを選んでそれを表示させた。


「マジかぁ・・・・」


気持ちのこもったザナドゥの声にアシュリーも深いため息をつくしかない。ロストワンとムジはどうせこうなることは分かっていたため、少々の驚きですんでいる。30台限定のアーマーを2個所持しているギルドはそうないだろう。しかも下位ランクのギルドで。


「どんな金持ちだよ!リアルの金だよ?20万!こんな1回のクエストだけ限定アイテムに20万!」

「これさえあればモンスターともガチバトルできるでしょ?そりゃ買うでしょ」


さも当然とばかりにそう言い放つミラージュにもう言葉がない。


「まぁ、金持ちの道楽だ!2体あればあれだ!グランドフェルムかエンプティも楽勝だ!」


ブレイズの言葉に賛同してハイタッチするミラージュ。きっとこの2人はリアルで相当な金持ちなのだろう。羨ましいと思うものの、お金の使い方を知らなさすぎると思う。最上位に位置するモンスターの名前を出すブレイズだったが、かといって本気で戦う気はない。このアーマーを2体もってしてもそう簡単に攻略できるモンスターではないからだ。グランドフェルムはロストワン以外に倒せた者もギルドもなく、エンプティにしてもソロでは現総合ランキング3位までの3人と、5つの上位ギルドしか倒せていない最強ランクだ。


「でもまぁ、確かにやり方次第ではエンプティは倒せるかも、な」


ソロで攻略済みのロストワンのその言葉に俄然湧き上がるメンバー。アシュリーにしてもムジにしても、それは夢のようなことだからだ。ロストワンが所持している白銀の剣、『鋼龍剣デスエンペラー』はまぎれもなく幻鋼龍≪げんこうりゅう≫エンプティの素材で出来た最高の切れ味と最強硬度を持つ逸品だ。つまり、エンプティを討伐出来れば最高クラスの武器か防具が製造できるのだ。


「金持ちの力に頼って勝つってのはなぁ」


そこは悩むザナドゥだったが、勝てばいいとも思う。何と思われようとも勝てばいいのだ。


「じゃぁ、行く?エンプティ狩りに」

「行くなら週末にじっくりだ・・・・制限時間は1時間だし、みっちり戦術を立てないとあいつには勝てない」

「アーマー2体でも?」


耐久性はあってもビームはチャージ時間がある上に連射は5発まで。ヒートソードの耐久力もあまりいいとは言えず、チャージに時間がかかるのはビームと同じだ。あとは殴るということと、ミサイルによる遠距離攻撃に回るしかない。動きが鈍重なため、接近戦は相手が弱ってからになるだろう。ただでさえ前に出たがるミラージュがいるのだ、実質アーマーは1.5体と考えた戦力とするのが得策だ。結局、この日は戦略を練るに至り、明日の金曜日の夜にエンプティと戦うことになった。おそらく戦略を無視するミラージュのことだ、当てに出来るのはブレイズのアーマー次第だろう。そうしていると不意にブレイズが全員を見渡すようにしてみせる。アシュリーはその瞬間、嫌な予感が全身を駆け巡るのを感じた。


「あとな、来週のオフ会なんだが」

「そう、それそれ」


ブレイズの言葉に反応したザナドゥは楽しそうで、ミラージュも少し身を乗り出す。ムジはエンプティ討伐のための装備をどうするかを考えながら話を聞いている状態だ。


「店は行きつけのカフェを貸し切りにした。時間は11時、でいいか?」


きっちりと早々に決めてきたブレイズににんまりと笑うザナドゥ、頷くミラージュ、目だけで肯定するムジと反応は様々だ。


「うん、俺はOKだよ。アシュリーは?」


ロストワンにそう振られ、笑顔を作るが内心はどうするかを考えている。ここで用事があると断るか、はたまた覚悟を決めて参加するか。どのみちこれは第1回のオフ会だろう。そうなれば毎回毎回断ることになり、そうなるとこのギルドにはいられなくなる。


「あー、うん、大丈夫」


笑顔をそのままに覚悟を決めたアシュリーは頷き、そう答えた。自分がどうしてこのギルドに入ったのか、そもそもどうしてハンターワールドに来たのか、それを再認識したためでもある。


「場所はここ」


そう言い、個人ステータスではない画面、リアルでのネット回線をオープンにした店の詳細が載ったものを表示させた。洒落た感じのカフェであり、メニューも豊富で言うことなしだ。


「場所的に最適だろ?」

「そうね、味によっては通うわ」


ミラージュは店の評判などもチェックしていきながらそう言う。


「よっし!じゃぁ、各々きばって行こう!」


ザナドゥの言葉に頷いたのはブレイズとミラージュだ。ロストワンは着ていくものをどうするかを悩む。前日に美容院に行くのは決まっているが、服が悩むところだ。アドバイスをもらうには誰が適任かを悩むが、ここは美智子に相談しようと決める。


「俺のダンディさに惚れるなよ?」

「旦那、おっさんなんだ?」

「まぁ、アバターどうりじゃないけど、年はまぁ、こんな感じ」

「40代?」

「まぁ、な」


そうとだけ言い、あとは口を閉ざす。会ってからのお楽しみというところだろう。ザナドゥにしても興味がある。年は40代で20万にアーマーをほいほい買える財力、ただの会社員ではないだろう。そもそも、ログイン時間も長く、平日昼間でも狩りをしているのだから普通ではないことは分かっている。


「俺はザナドゥのリアルに興味がある」


そのブレイズの言葉にニヤリと微笑んだザナドゥは楽しみにしといてとだけ答えた。彼は夕方にログインすることが多いとはいえ、時々平日昼間も狩りをしている。ブレイズは密かにザナドゥは大学生なのではないかと思っていた。しかしそれにしては言動が子供っぽいこともあるが、そういう設定にしている可能性もある。アバター作成時に女性が男性アバターにした際の設定で、言葉遣いも男に修正される。だから実際は女性なのかもしれないが、子供っぽさは隠せない。もちろん、性格設定時にそういう設定も出来るのだが、ブレイズにしてみればザナドゥのそれは素に感じていた。かといって気が合うのも確かで、2人で狩ることも多いし波長も合うために話も弾む。だからこそお互いに興味を持っているのだ。


「俺はザナドゥとミラージュに会えるのが楽しみだ」


ブレイズが素直な気持ちを口にすれば、ミラージュは画面からブレイズへと顔を向けた。その顔は緩んでいる。


「でしょうね。きっと私の美貌の虜になる」

「へぇ、ミラージュ、美人さんなんだ?」


ザナドゥのその言葉に得意げな表情を見せたミラージュは何故か立ち上がるとモデルのようなポーズを取る。彼女の場合は女性であることもアバターの見た目同様の年だということも理解出来ている。しかも相当のお金持ち、お嬢様であることも。元々装備もリアルマネーで課金したものだったし、こういう普段の衣装ですら課金した限定物だ。そして極めつけがアーマーの購入である。


「この見た目とは違う美しさにご期待あれ!」


拍手を返すブレイズとザナドゥをよそに苦笑するロストワンは横で険しい表情をしているアシュリーを気にしていた。悩みがあるのか、そもそもオフ会自体を敬遠しているのか。だからアシュリーに声をかけようとした時だった。


「ムジはどうなの?」


ザナドゥの言葉に全員が彼女を見やる。装備を決めたムジが注目されていることに気付いて鼻でため息のようなものをつくと画面を消した。


「私はこのまんまだから」

「リアルに似せてるってこと?」

「ってか、このまま」

「ふーん」


おそらく髪の色や瞳の色以外はそのままなのだろう。普段から寡黙なムジと会うのもまた楽しみの1つである。


「アシュリーは?」

「僕はまぁ、お楽しみってことで」

「お、意味深」

「そんな大げさな話じゃないよ、ブレイズもお楽しみにってとこでしょ?」

「まぁそうだ。みんなそうか」


にこやかな表情をしているアシュリーを見て考えすぎかと思うロストワンは当日を楽しみにすることにし、今は何も言わないことを決めたのだった。



遊馬は登校しながらも今日のエンプティ狩りのことを考えていた。今回ばかりは最高ランクの敵なのだ、仲間のレベルアップの手助けやアドバイスだけをしていたこれまでとはわけが違う。恐怖心も煽られる相手だけに、戦闘不能になればトラウマになってしまうこともある。現にそういうことになってハンターワールドを去った者も少なくないのだから。負けてもいいと挑んだ結果で勝ったあの時とは違い、なんとしても勝たなくてはならない。今のギルドメンバーのレベルでは決して勝てない相手だ。自分とブレイズ、ザナドゥの他に上級者がもう1人いればとは思うがそれは考えても仕方がない。本来であればムジとアシュリーがアーマーを使うのがベストだが、あれは購入した人以外には使えない。


「おっす」

「おはようさん」


当麻の挨拶にも適当な感じで返す遊馬。


「なんだよ、テストも宿題もないのに悩みか?明日海ちゃんのこと?」

「違うよ。しかもなんで明日海?」

「そりゃ仲悪いから」

「それはもう諦めてる」

「だよな」


兄妹事情は知っているだけに苦笑しか出なかった。


「今夜、エンプティを狩る」

「お前一度倒してるじゃん」

「ギルドとして」

「・・・・・・無茶だな」


さすがの当麻も楽観的ではいられない。自分もまだまだエンプティとは戦えるレベルではないが、ギルドメンバーの4人が2桁ランキング者なのでギルドとしてなら期待は出来る。だが遊馬のギルドではまず無理だろう、へたをすれば5分もたずに全滅だ。


「まぁ、やるだけやろうってさ」

「無謀」

「限定アーマー2体持ちでも?」

「・・・・・どんな廃課金者だよ」


呆れるが、そう言えば2人ほど重課金者がいたと思い出す。たしか髭のおっさんと美女だったか。


「前から金持ちだと思ってたけど、思ってた以上だった」

「現実で会ってみたいところだな」

「まぁな」


オフ会の事は伏せているだけに適当に相槌を打つ。その後は10周年イベントがどんなものかを話しながら学校へ行く。その日は淡々と終わり、遊馬は20時集合の時間に向けて昨日確認した戦略を頭の中で整理しながら廊下を歩いていた。と、目の前に人の気配を感じて立ち止まる。


「あ」


声が出たのは目の前にいたのが明日海だったからだ。明日海は遊馬を見ることなく横を通り過ぎて行った。もうため息も出ない。


「ホントに険悪なんだね」


その言葉に振り返れば、クラス委員長の田井中小梢たいなかこずえがそこにいた。眼鏡をかけた背の高い少女だ。長めの髪を三つ編みし、見るからに優等生といった雰囲気を醸し出している。現に成績優秀であり、学年で常にトップを走る成績だ。これで運動ができれば無敵だったのだが、世界でも類を見ない運動音痴であった。一度その様子を動画に取られてSNSで拡散され、全国的に笑いものになったほどに。モザイクがなければテレビ局から取材が殺到しただろう。知る人ぞ知るその動画はもう消されているが、全てが消えたわけではない。そんな小梢はクラスの男子とはあまり口をきくことはない。どうも男子が苦手であるようだった。それなのに遊馬に対してはこうして普通に話が出来る間柄になっていた。それはごく自然にそうなっただけのことだ。


「なんでなんだろうなぁ」

「心当たりないんだっけ?」

「そう」

「でも得てしてそういうものかも。もう本能的に合わないってさ」

「だから諦めてる」

「そっか」


苦笑するしかない小梢は明日海の気持ちも多少は理解出来ている。自分にも2つ上の兄がいるが、性格的に合わずに口もろくにきかないのだから。特に遊馬の場合は連れ子同士、自分たちよりそういうのが大きいのかもしれないと感じる。


「委員長は部活?」

「そう。提出期限が迫ってるからね」

「お気楽そうに見えたけど、美術部も大変だ」

「帰宅部には分からないでしょうけどね」


そう言って笑う小梢は意味ありげな笑みを浮かべた後、小さく手を振って去っていく。遊馬と明日海に関しては何かきっかけがあれば仲も改善されるかもしれないと思うものの、それは他人が干渉すべきことではない。せめて2人の共通の知人がいればと思うが、それもいないのだからどうしようもない。遊馬は小梢を見送ると昇降口に向かった。そこには友達と楽しそうに話している明日海がいる。自分には決して見せることのないその表情に複雑な心境になってしまった。


「明日海もEDENに?」

「たまーにね」

「どこのワールド?」

「ハンターだったり、マネーだったり、色々」

「深く入れ込んでないんだ?」

「そこまで暇じゃないよ、どっかの誰かみたいに」


そう言いながら一瞬自分を見て去って行く明日海を見つつ、ため息しか出ない遊馬だった。



白銀の巨体が宙に舞う。4枚の翼をはためかせてうねるように上空に舞い上がった龍が雲を呼び寄せた。エンプティは東洋の龍を模したものだ。長い蛇のような身体に小さな腕がついている。頭部のやや後方に1対、身体の中央部分に1対の計4枚の翼が開かれた。


「稲妻がくるぞ!」

「ザナドゥ!」

「集まって!」


叫ぶザナドゥの元に集う仲間たち。そして雲に稲光が走るのと、ザナドゥが天に向かって両手を広げるのとはほぼ同時だった。


「パーフェクトシールド!」


勝手にそう名付けた固有スキルを発動させる。空中に青白い光が円状に展開され、同時に天から落ちてきた無数の雷撃をその光が受け止める。これぞハンターレベルが300を超えた者に当たられる固有スキルであった。これまでの戦歴、使用する武器や戦闘スタイルによって10万個存在するスキルが1つだけ付与されるのだ。それは1度の戦闘に1回しか使えない物や、複数回使用できるが間隔が必要なものなど様々であった。ザナドゥが持つ固有スキルはあらゆる攻撃を10秒だけ任意の狭い範囲に展開できるシールド、すなわりバリアである。これは複数回使用可能であるものの、1度発動したあと、フルに10秒展開出来るまでに20分は待たなくてはならない。20分までに展開出来ても、それこそ数秒、最悪は一瞬だけ極々狭い範囲に限定されるのだ。エンプティは与えたダメージによってこの雷撃を放つため、こまめに展開が必要になってくる。ただし、稲妻は5秒しか落ちてこないため、10分待てば5秒は展開出来るものだった。しかし瀕死に近づけば近づくほど稲妻の頻度も上がってくるだけに多用は出来ない。


「結構弱ってきてる?」

「多分、残り1/3ってとこか」

「えー、まだそんなに?」

「時間も残り15分だよ」


ロストワンの分析に愚痴るアシュリーをよそに、ムジが冷静に時間を告げた。ムジとザナドゥが一緒に移動し、舞い降りてくるエンプティの迎撃に入る。アシュリーは岩陰に向かいながら貫通の効果を持つ矢を装填する。ロストワンはエンプティにまっすぐに向かいながら並走するブレイズのアーマーを見やった。


「チャージはOKだ!全武装をぶち込んで一気に畳みかける!」


ブレイズがそう言いながら加速してエンプティに先行した。


「ミラージュはそこからミサイル!仲間に当てないように」

「ロックオンします」


既に片腕がもがれ、レーザーは発射不能になったアーマーは損傷も激しい。結局、開始5分で格闘戦を挑んで片腕を失ったのが痛かった。10分する頃にはレーザー発射口も破壊されてアーマーの耐久力は残り20%を切っている。対するブレイズのアーマーの耐久力は残り60%だ。武装もまだ全て使用可能である。それでもザナドゥとムジの疲弊は激しく、動き回って援護をするアシュリーも思うように狙えない状態だった。エンプティは稲妻を主体とした攻撃が主であるが故に直接的な攻撃力はあまりない。だがその分スピードがあるために難儀をするのだ。ミラージュのミサイルを雷撃で落としながら翼による風圧で近寄らせないようにしているのもまた難点だ。だがそれを無効化出来るのがアーマーの強みか。ミサイルとレーザーを射出しつつヒートサーベルでダメージを与えていく。尾を狙うザナドゥに対し、ムジは執拗に翼を狙っていた。アシュリーはとにかく頭部を狙う。


「ぐわっ!」


ブレイズのアーマーのミサイル発射口が破壊されるが、それでも容赦なくサーベルで斬りつける。至近距離でレーザーを放つと一気に離脱した。


「よし!弱ってる!」


飛ぶ力が弱まって地上を這うようにしたエンプティにザナドゥはその巨大な斧で斬りつける。胸元に傷をつけたのが幸いし、エンプティが落下してジタバタともがく今が最大のチャンスだ。


「おりゃぁぁ!」


エネルギーのチャージ中のサーベルを仕舞い、鋼鉄の拳で殴りつける。弓とボウガンの矢が雨のように降り注ぐ中、ザナドゥがついに尾を斬り飛ばした。


「まだやれますわぁ!」


バーニアを吹かして飛んだミラージュのアーマーがエンプティを踏みつける。片手で殴る中、エンプティが顔を上げて上空に雷雲を集め始めた。


「散開する暇ねぇぞ!」

「シールドは1秒程度しか展開出来ない!」


ブレイズとザナドゥが悲鳴に似た声を上げる。この一撃を受ければミラージュのアーマーは大破し、ブレイズのアーマーも耐久力をほとんど失う。それどころかザナドゥも戦闘不能になる可能性が高い。


「ここで決めるしかない!アシュリー!ムジ!頭部に集中!」

「マスター!」

「ミラージュもそのまま攻撃!」

「わかりました!」


ロストワンが指示を出し、全員で攻撃を続行させた。あと数秒で上空から稲妻が迸るだろう。


「マキシマムブースト」


静かにそう言うとロストワンは漆黒の鎧を紅く染めた。右手に黒い刀身を持つ剣を、左手に白銀の刃を持つ剣を持ちながら。


「狙いは頭部、ただ一点!」


かつて自分が1人で倒した時同様にそうするしかない。一瞬でロストワンの姿が消え、エンプティの頭部を目の前に捉えた。無数の矢を避けながら凄まじい数の剣撃を叩きこんでいく。これぞロストワンの固有スキル、マキシマムブーストだ。あらゆるステータスを最大3分間だけ3倍にすることができるのだ。ただし、3分を超えると全てのステータスが3分間半分になってしますデメリットもある。それでもロストワンが最強硬度を持つ2振りの剣で斬りつければ、エンプティの頭部が傷だらけになっていった。それもそうだ。いかに硬いエンプティとはいえ、同じ素材で出来た剣と、その硬度を超える強度を持つ黒い刃を持つ剣に斬られているのだから。


「くるぞぁ!」


声にならないブレイズの叫びがこだまするのと、上空から6つの雷撃が落ちてくるのは同時だった。


「デスエンペラーは稲妻属性を持つ・・・・ならば!」


ロストワンはそのスピードと特殊な剣で稲妻を薙ぎ払う。同等の能力を持つデスエンペラーとマキシマムブーストの合わせ技がさく裂した。それでも2つの稲妻がミラージュとブレイズのアーマーに迫る。だがミラージュの眼前に一瞬だけ現れた青白い光が稲妻の威力を1秒だけ弱めたおかげで吹き飛ばされただけですみ、耐久力は残り7%で留まった。もう1つの雷撃を受けたブレイズのアーマーも耐久力を20%までに落としたものの、攻撃手段に影響はない。なんとか1発だけチャージしたレーザーをザナドゥがつけた胸の傷に叩きこんだ。ドッと血が噴き出る中、咆哮を上げるその頭部にロストワンの攻撃とムジ、アシュリーの放つ矢が叩きつけられる。


「うりゃぁぁぁ!」


叫び声が聞こえ、それを聞いたロストワンが大きく宙に舞った。同時にミラージュのアーマーの残った腕がエンプティの口内に突っ込まれる。


「武器はないけど!」


言いながらエンプティに振り回されて落下していくミラージュを見つつ、ロストワンは小さく微笑んだ。


「よくやった!」


2振りの剣を右手に集め、渾身の一撃をその額目掛けて突き刺した。そのまま力任せに2本を別方向に動かして頭部を裂きにかかる。


「手伝う」


ブレイズのアーマーがデスエンペラーの柄を持って首へと向かい、ロストワンがグランスレイブを持って顎先へと動いた。頭部を縦に裂かれたエンプティは咆哮すら上げることができず、ついに力尽きてその巨体を地面に打ち下ろすと動かなくなった。


「勝った?」


岩陰から出てボウガンを構えるアシュリーのつぶやきと同時にクエストクリアの表示が空中に現れた。全員が狂喜乱舞する中、エンプティの背に乗ったロストワンは大きくため息をついた。2体のアーマーがあってどうにかギリギリだったのだから。


「素材ゲェット!」


ナイフを突き刺して剥ぎ取り素材を確認して喜ぶ面々を見つつ自分もナイフを刺した。素材はレア物ではなかったものの、満足感が心を満たす。


「つっかれたぁ・・・・」


へたり込むザナドゥにアーマーから降りたブレイズが近づいて右手を差し出す。


「今座ったばっかなんだけど・・・」

「いいじぇねぇか」


そう言い、差し出された右手を掴んだザナドゥをブレイズが引き起こした。


「勝ったな」

「どうにかね」

「勝ちは勝ちだ」

「こんな化け物をソロで倒すなんて、信じられない」


苦笑しながらそう言い、ザナドゥは揺らめいて消えたエンプティの背中から降りたロストワンを見やった。


「まったくだ」


そう言いながら討伐報酬を確認するブレイズが喜びから微妙なものへと表情を変化させた。ザナドゥはレアな素材の多さと自分のレベルもランクもランキングも跳ね上がったことに狂喜している。ムジも珍しく表情を明るくし、アシュリーに至ってはぴょんぴょん跳ねて喜びを全身で表している。


「なんでぇ?」


悲壮な声を上げるのはミラージュであり、その画面をのぞき込みながら同様に微妙な顔をしているブレイズだった。気になったザナドゥとアシュリーが2人の画面を見て微妙な顔をしてみせる。


「課金者への制裁かもね」

「やっぱこういうデメリット、あるんだ」


顔を見合わせて苦笑する2人が気になるムジも画面を見て、納得したような顔をしてみせる。


「アーマーを使ったら、貢献度が低いってことか」


全てを察したロストワンの言葉にやれやれといった感じのゼスチャーをするブレイズの横ではがっくりとうなだれるミラージュの姿があった。攻略にアーマーを使用したせいで貢献度は低く、レベルもランキングもわずかしか上がらなかったのだ。ただ、報酬が豪華だったのが救いでしかない。20万も賭けた結果、やはりレベルが低くても強力な能力を持つアーマーを使用したペナルティがあったということだ。そうでもしないと購入者がこうやって普通なら絶対に勝てない相手にも勝ててしまうのだ、不公平になる。


「ま、素材が手に入っただけで良しとするか。戦歴も残るしな」

「エンプティを討伐した、それが残るわけだし、いいじゃん」


悟ったようなブレイズと違って落ち込みが激しいミラージュを慰めるザナドゥの横では、ムジとアシュリーがどんな武器を作るかを相談している。素材的に武器と防具が1つずつ作れる状態だった。そうしていると強制的に町に戻され、6人は目の前にあるアジトに入った。


「やっぱ剣だよね、剣!腰から下げているだけで目立つし」

「弓しか使ったことないけど、魅力的ではある」

「でしょ?」


アシュリーにしてもボウガン以外に使った武器はないが、ロストワンの姿を見て憧れていた部分もあり、剣にしたいという欲求があった。受付のある町、エントランスシティでこれを下げているだけで注目されるだろう。


「2人はそれぞれ弓とボウガンにした方がいいよ」


ロストワンがそう言うが、アシュリーは不満そうだ。それを見て苦笑するロストワンは自分の腰からデスエンペラーを抜くとそれをアシュリーに差し出した。戦場から出れば武器を他人に渡すことが出来る。かといって譲ることはできず、装備する事も出来ない。ただ手にして、振る程度だ。アシュリーは剣を手にしてそれを抜いた。白銀の刃がきらめき、何とも言えない高揚感を与えてきた。だが確かにこれを扱うのは少々難しいと感じる。後方支援をして来た自分が至近距離でモンスターと戦ったことなどほとんどないからだ。アシュリーは剣をムジに渡し、ムジもまたその重さを実感して悩む表情を見せる。防具が射撃に特化したもののため、剣を持つと相当の重さも感じるようになっていたからだ。かといって今更近距離武装の防具を作るのもバカらしい。ならば今の装備を高める方が得策かもしれなかった。


「帰ってゆっくり考えるよ・・・・どういう武器と防具作るか」

「私も」

「その方がいい」


笑顔でそう言うロストワンに頷くアシュリーはそろそろ戻る時間だと告げて早々にログアウトしてしまった。用があるのか、それとも時間を決められているのかわからないが、アシュリーは大抵こうだ。ロストワンも現実の時間を確認すると、21時15分であることを認識し、あと30分はいられると椅子に腰かけた。


「ザナドゥはどうするんだ?」

「武器?うーん・・・・今の武器を気に入ってるからなぁ・・・大したスキルの上昇がないなら、防具に全振りかな」

「それもありだな。俺はエンペランサだな」

「クソでっかい剣作って俺に張り合う気?」

「パワーに特化した防具が作れるからな、それに見合うのが欲しい」


わいわい談義するブレイズとザナドゥは相変わらずの仲の良さだ。そんな会話を聞きながらミラージュはスキルや強さよりもデザインのいい防具を検索している状態だ。


「私はもう行くね」


そう言って軽く手を挙げたムジの姿が消えた。こちらも帰る時は唐突だ。


「相変わらずだな、ムジもアシュリーも」

「でも楽しみだよね、オフ会」

「まぁ気が合うし、な」


なんだかんだでまとまったギルドになっていると思う。誰でもよかったと集めたメンバーだが、こうもハンターワールドの楽しさを再認識させてくれたことは大きい。ロストワンにとってはかけがえのない仲間であり、自分の居場所くれた大切な存在だ。きっと現実世界でも仲良くやっていける、そう強く思うのだった。



ペッパーズは下位ランクのギルドながら、あの日からしばらくは話題のギルドとなっていた。エンプティを討伐したことが大きいが、高額なアーマーを2体も購入できるメンバーがいることも大きかった。20万円もする1回こっきりの品物を買えるというのがいかに恐ろしいかを実感できたからだ。結局、ムジは遠距離からでも抜群の精度をもって敵を射抜くことができる弓を、アシュリーは通常の矢に風と雷の特性を持たせる効果を持つボウガンを製作して主力の武器とした。防具も天候の影響を受けないものを作ってさらなるレベルアップを目指す。対するミラージュは見た目重視ながらも風をまとうことで攻撃の回避能力をアップさせる防具に素材を費やしたのだった。見た目以外は度外視だったためにメンバーが上手く言いくるめた結果でもあったのだが。ブレイズは予告通り巨大な稲妻属性の剣を作り、それを振り回すことが出来るパワーを生み出す防具を作って戦力をアップさせた。ザナドゥは鎧に全てを捧げ、風と雷の反撃属性を持つ防具でカウンタースキルをアップさせたのだった。ロストワンは小型の盾を作ったのみで、素材のほとんどは残ったままだった。全体的に武装がレベルアップしたペッパーズの面々は中級モンスターを討伐して個々のレベルアップに努めていく。そうしてついにオフ会まであと1日に迫る金曜日となるのだった。



予約した美容院に到着し、自分のイメージを伝えたものの、美容師としてはそれを踏まえつつもアレンジする方向で提案し、遊馬はそれを受け入れてお任せとしたのだった。結局、明日のために髪形を変化させるということは当分の間はその髪型になるということを完全に度忘れしていた遊馬は来週からの学校生活をどうするかを考えつつも、髪形1つで劇的に変化するはずもないと楽観的に考えていた。そう、全てが終わるまでは。担当したのは男性だったものの、女性の美容師も絶賛するその出来栄えは遊馬すら驚愕させるに至った。まるで別人が鏡の向こうにいる、そんな感じだ。ここまで変化してしまっては、しばらくは安らいだ学校生活は送れないかもしれない、そんな風に思う。当麻にしても髪形を劇的に変えた時には女性からの注目度が跳ね上がり1週間は騒がれたものだった。普段が普段の遊馬のこの変化がどういった騒ぎになるかはわからないが、とにかく、明日初対面になるメンバーにはこれが遊馬になるのだ。つまり、定期的に会うのであればこれを維持する必要もある。


「まぁ、その時はその時で」


店を出た遊馬は涼し気になった髪形にそっと触れ、そのまま歩き出す。女性の視線が刺さるような気がするが、気のせいだと思う。そうして家が見えてきた時だった。


「あ」

「え?」


入口の門の前でばったりと出くわした明日海がきょとんとした顔をして自分を見ている。初めて会った日もこんな顔をしていたなと思う遊馬が気まずそうにした時だった。


「まぁまぁ、ね」


そうとだけ言うとさっさと家に入ってしまう明日海。それでも反応を見せてくれたことにどこかホッとした遊馬だったが、明日海がこの程度の反応であれば学校でもそう変わらないだろうと思って家に入った。


「ただいまぁ」

「あ」


まだ靴を脱いだばかりの明日海が驚き、そそくさと階段を上がっていく。これには慣れている遊馬が気にもせずにリビングに入った時だった。


「おかえり・・・・って、ちょ!お兄ちゃん!すっごいじゃん!写真写真!」


慌ててスマホを構える美智子にうんざりしつつ、遊馬は言われるがままに向きを変えて数枚の写真を撮られた。どうやら美智子的には絶賛で会心の出来であるようだ。とにかく風呂上りをどうするかと、明日のセットをどうするかを悩みつつ部屋に戻った遊馬だが、すぐに夕食となって美智子に呼ばれる。いつも通り少し遅れてダイニングへ行けば、明日海が席に座ってお茶を入れていた。


「明日海~、お兄ちゃん、すっごいかっこよくなったよね?元がいいんだもん、当然だけどさぁ」


浮かれる美智子に対し、冷静な明日海はチラッと遊馬を見て何も言わずに一口お茶を飲んだ。


「ささ、食べましょ。お父さんは今日も残業で遅くなるって」

「残業という名の宴会、かもね」


明日海の言葉に苦笑しつつ美智子が味噌汁を用意した。そしていただきますと共に夕食が始まる。遊馬を嫌悪している明日海であったが、食事は必ず家族揃って取ることになっているせいか、横に並んでいても文句は言わなかった。いや、一切の言葉を発しないのだが。


「明日はもう大人気だよ、お兄ちゃん」

「初対面なんだし、そんなことないと思うよ」

「女子もいるんでしょ?ついに春が来ちゃう?」

「どうだろ」


仮想世界の友人と現実世界で会う、ただそれだけのことだ。遊馬にとってそこからどんな風な関係になるのかはあまり興味がない。仲良く出来ればいい、それだけだった。


「そう言いながらもちゃんとそうして美容院にも行くんだから」

「相手に失礼って言われちゃ、ね」


無言で食べていく明日海をよそに舞い上がっている美智子のおしゃべりが止まらない、そんな夕食だった。どっと疲れた遊馬は風呂に入り、濡れた状態で髪形をいじっていく。結局、美容師に教えられた通りに乾かして部屋に戻ると、今日はログインをせずに漫画を読んでから眠るのだった。



待ち合わせはその店の前だった。地元で有名なカフェの定休日に貸し切りに出来るブレイズをただ者ではないと思いつつ、遊馬は玄関でお気に入りの靴を履いていた。美智子の見立ててでちゃんとした格好になっているし、髪形もちゃんと昨日の再現が出来ている。


「楽しんでおいで」

「そうだね」

「明日海もさっき出かけたし、今日はのんびり」

「親父はまだ寝てるの?」

「二日酔い」

「そりゃのんびりだ」


笑いながらそう言って立ち上がった遊馬をまたもスマホに収めてごきげんな美智子。そんな母親に行ってきますと告げて家を出た遊馬は駅へと向かい、調べておいた電車に乗って約1時間、大きな駅に到着した。かなりの繁華街になっているここはバスや鉄道の駅が密集した場所でもある。ここから歩いて10分程度でその店だが、妙に緊張してくるのを感じる。そしてその店がある通りを歩いていけば、そこに1組の男女が立っているのが見える。ますます緊張する遊馬に気付いたのはやや大柄な中年の男だった。遊馬はそれがブレイズだとすぐに理解出来た。


「あなたがブレイズ、ですか?」

「おうよ!君がロストワンだね?本当にアバターはリアル寄りだったんだ?」


口元を髭で覆っているブレイズと違い、リアルの彼は洒落た顎髭を伸ばしているダンディーな男だった。体格もがっしりしているし、服装もお洒落だ。


「ブレイズこと朝倉太陽あさくらたいようだ。年は40・・・って、こういうのは全員揃ってからの方がいいか?」


自己紹介をしておきながらそう言って苦笑する太陽はまぎれもなくブレイズだ。とすると、横にいる高価そうな服にブランドバッグを持った栗色の長い髪を軽くカールさせた美女はミラージュだと認識出来た。


「ミラージュよ。本名は加賀見樹理亜かがみじゅりあ、よろしくね」


いい匂いをさせながら髪をかき上げる仕草、そのしゃべり方はまさしくミラージュだった。ブレイズといい、ミラージュといい、こうもイメージ通りだと初対面でも話しやすかった。


「黒瀬遊馬です。よろしくお願いします」

「おうよ!あとはザナドゥよアシュリー、それとムジ、か」

「ん?って・・・・あれって・・・・」


そう言う太陽が指さす方向を見やる2人。ありえない光景が、人物がすぐそこにいることに気付いた。青い髪、アイドルが着る制服調のコスチューム、そう、ムジがそこにいるのだ。EDENの中にしか存在しないはずの彼女が現実にそこにいる。


「ムジです」


そう自己紹介をするが見れば分かる。いや、よく見れば青い髪はウィッグであり、それはアバターに似せたコスプレであると理解出来た。しかしこんな格好で堂々とやって来るその神経が疑わしい。それとも彼女はリアルでもバーチャルでも存在出来る人間なのだろうか。


「ムジ・・・本名も?」


恐々質問を投げる樹理亜に対し、小首を傾げたムジはまじまじと彼女を見つめた。


「ミラージュ?」

「え、ええ・・・・加賀見樹理亜が本名よ」

木皿儀小枝子きさらぎさえこ、それが本名。でもムジでいい」

「あ、そう」


最早そうとしか言えない樹理亜は愛想笑いを返すことしか出来ない。太陽にしても遊馬にしてもそう理解するしかなかった。彼女はムジなのだと。


「だからあの時そう言ったんだね?このまんまだってさ」


いつも間にかムジの真横に立っている小柄な女の子がそう言った。太陽も樹理亜も、そして遊馬もじっと少女を見つめるが、ピンとも来ない。だがその口ぶりからして、思い当たる人物が1人いる。


「アシュリー?」


ムジがそう言い、少女は苦笑しながら首を横に振った。どうやら全員の予想は外れたらしい。


「まさか・・・・」

「そう、私、ザナドゥ」

「子供じゃねぇか!」

「おっぱいバインバインの女だと思った?残念、女子中学生でしたぁ」


太陽の言葉にそう返すザナドゥは膝までのジーンズにTシャツを着た小柄な少女だった。髪はショートカットなのに無理矢理作った小さなおさげを2つぶら下げており、それが余計に子供に見せている。驚くしかない太陽は気が合っていたザナドゥの正体に気を失いそうになっていた。こうまで年の差があったことが衝撃的なのだ。


中津川千佳なかつがわちか、14歳だよ」

「マジかよ・・・・」

「ザナドゥ、女の子だったんだ?」

「まぁね・・・でも性格が男っぽいから仮想世界では男って決めてたんだよね。ブレイズもミラージュも、ロストワンもなんか想像通りだった・・・ムジはまぁ、ムジだったけど」


苦笑する千佳に対し、未だに固まったままの太陽。だがムジは千佳をザナドゥと認識していつも通りに接している。遊馬も驚いているが、どこか納得できるところもある。せめて仮想世界では違う自分でいたい、そういうことなのだろう。


「しかし、中2?マジか」

「悪かったね、胸、ペッタンコでさ」

「コンプレックス?まだ14でしょ?これからだって」


樹理亜の言葉に苦笑する千佳が樹理亜とムジの胸を見やる。2人ともその存在をこれでもかと主張していた。


「あとはアシュリーだけ、ね」


通りすがる人々の好奇な視線を独り占めしているムジの言葉に頷く遊馬。もうアシュリーが男だろうが老婆だろうが気にもならない。それほどザナドゥとムジの正体に全ての驚きを持っていかれている状態だった。わいわいと盛り上がる中、集合時間になる。話こんでいてそれに気づかない面々の中で、太陽がふと視線を右に向けた。そこに立っているのは美少女だ。こちらをじっと見ている彼女がアシュリーかと思い、声をかけようとした時だった。


「明日海?」


ポツリとそう呟いた遊馬の言葉に太陽は2人を往復させるように見やる。他のメンバーも明日海に注目する中、自分を睨んでいる明日海にどうするかを悩みつつ、たまたま出くわしたとはいえ、みんなに紹介だけをしておいた。


「彼女は明日海っていって、俺の妹です」

「義理の、だけどね」


尖った言い方をする明日海の言葉とその表情で何となく事情を察するメンバーたち。一瞬、アシュリーが現れたのかと思ったが、妹ならば遊馬がその存在を知らないはずはないと思う。そんな中、ムジがぽつりと呟く。


「あなたって・・・・」


その言葉を遮るように明日海は遊馬を除く全員を見渡しながら挨拶をしてみせた。


「はじめまして」


その言葉に軽く頭を下げたのは太陽、千佳、樹理亜の3人だけだった。何故かムジはただじっと明日海を見つめている。そんなムジに小さく微笑んだ後、明日海は遊馬の目の前に立った。


「私がアシュリーです」


だれよりも驚く遊馬が固まる。どよめくメンバーの中、遊馬は目の前の明日海が出会って初めてはにかむような笑顔を見せたことに人生で一番驚くのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ