シスコン《狙撃手》は吹っ切れた 〜S級パーティを追放されたのでSSS級ダンジョンでソロプレイ極めました〜
「おい《狙撃手》、テメェはクビだ!」
王都ル・デヴォンの冒険者ギルドは、俺たちのパーティの周囲だけ水を打ったように静まり返った。
「もう我慢できねぇ! 斥候だからってダンジョン入ってから何もしなくていいと思ってんのか! アァ!?」
職業が《狙撃手》である俺──アベル・クルーガーは、王都の冒険者ギルド所属のS級パーティの一つに斥候役として所属していた。
「毎回毎ッ回、ダンジョンに入るずいぶん前に、数本弓を試し打ちするだけで、後は任せっきりじゃねぇか! 斥候役を探してたところに探知系スキル《鷲の目》が使えるとか言ってパーティに入って来たけどよォ、完ッ全に給料泥棒なんだよ!」
「少しはモンスターを残しておけと言ったのはお前だろう。ダンジョンに入ってから一匹も倒さないでクリアなんて攻略した気がしないと言っていたじゃないか」
「あのモンスターがスッカラカンだったダンジョンのこと言ってんのか? あれは誰かが入った直後に決まってんだろーが! お前がダンジョン入る前に全滅させたとか言うつもりか!? バカも休み休み言え!」
本当のことなんだが、俺のパーティのリーダーはどうも聞く耳を持ってくれないらしい。
「オレたちS級パーティはな、今後SSS級ダンジョンだって攻略することを視野に入れてんだ! 一人でもお荷物がいたら困るんだよ!」
リーダーの言葉に野次馬の冒険者らがざわめき始める。誰も攻略者のいないダンジョン──SSS級ダンジョン。
王都の近くで有名なSSS級ダンジョンには『ヘルヘイムの地下迷宮』がある。ダンジョンは地下に続く洞窟で、洞窟内には毒霧が立ち込めているという。
最深部に待ち構えているのは、オリハルコンより硬い鱗を持ち、毒のブレスを吐くという巨大なドラゴン、『毒竜ファーヴニル』。凶悪な毒を持ちながら、その血液は万病を癒す力を持つと言われる、まさに神話級のモンスターだ。
そんな眉唾な噂が流れるほどSSS級ダンジョンは攻略が難しいとされている。S級パーティでも生還できるのは、ほんの一握りだけらしい。
「とにかくアベル! テメェは今日をもってクビだ! この無能がッ!」
そんなわけで、冒険者ギルドから蹴り出されてしまった。王都の冒険者ギルドはモンスターの換金レートが良いと聞いたから、わざわざ村を出てきたのに、追放されてしまっては意味がない。
俺は金を稼ぐためにここに来たのだ。
「メグ姉……すまない」
村で待っているたった一人の家族──メグ姉。
俺はメグ姉の治療費を稼ぐために、王都に来た。
王都の冒険者ギルドでは、冒険者の死亡率を下げるための工夫として、パーティ単位でしか登録できないようになっている。そのため、ギルドでは個人の登録やモンスターの換金が行えない。
だから、俺は仕方なくパーティに参加していた。
本当はソロでの狩りが得意だ。
孤独には慣れていた、メグ姉に出会うまでは。
◇
親を早くに亡くした俺は、何年か親戚をたらい回しにされた後、かなり遠縁の武器商人の夫婦に引き取られた。その夫婦の一人娘、メグ姉──メグ・マルシュナーは、俺を本当の弟のように可愛がってくれた。
職業スキルは遺伝子レベルで発現するため、基本的には親の職業スキルを受け継ぐという。この国では、発現した職業スキルにあったジョブにつくことが推奨されている。
俺は《狙撃手》、メグ姉は《武器鑑定士》の職業スキルを持っていた。
叔父さんも《武器鑑定士》だったから、メグ姉の家族は村で武器屋を営んでいた。
「また強くなったのね! あっくんはすごい!」
メグ姉は褒めて伸ばす天才だった。
職業スキルによって発現するユニークスキルが、俺の場合は《鷲の目》だった。
《鷲の目》は命中率と射程距離を高める補助スキルだ。基本的には。
スキルにはレベルがあり、職業スキルに応じた経験を積むことによりレベルアップできる。
スキルレベルが上がるとメグ姉が褒めてくれる。
褒められると嬉しくてさらに練習する。
練習するとスキルレベルが上がる。
スキルレベルが上がるとメグ姉が褒めてくれる。
まさに無限ループだった。
「射程距離が半径10キロ? すごいわあっくん!」
「壁や床を透視できる? あっくんは天才ね!」
「命中率100%でクリティカル率80%? すごい! あっくんはなんでもできちゃうのね!」
褒められるたびに脳内麻薬がドバドバ溢れ出てくる。
向かいに住む宿屋のおばちゃんには、いつも「メグちゃんとアベルちゃんは本当に仲が良いねえ、見ていて微笑ましいよ」なんて言われてた。
太陽のような笑顔を見せるメグ姉が好きだった。
メグ姉のためならなんでもできる気がした。
メグ姉は俺の太陽だった。
◇
永遠にこの無限ループが続いてほしかったが、数年経ったある日、スキルレベルが上がらなくなった。
カンストしたのだ。
スキル鑑定士に見てもらうと《鷲の目・Lv999》になっていた。人間の限界がLv999らしい。
ふざけるな!
射程範囲が半径10キロ?
壁や床が透視できる?
命中率100%およびクリティカル率80%?
そんなもの、メグ姉に褒めてもらえないなら意味がない。無価値だ。もう俺に興味を持ってもらえないかもしれない。絶望だ。
俺は断頭台に立ったつもりで、メグ姉に報告した。
「ごめんメグ姉、俺、もうスキルのレベルが上がらないらしい」
「そうなの? だったら他の弓も使ってみようよ! わたしのお店にたくさんあるんだよ!」
予想に反して、メグ姉の反応は前向きなものだった。
お姉さんの腕の見せ所ね! とメグ姉は嬉しそうに店に揃えている色んな弓矢を、俺にあてがってくれた。
ずっと使っていた訓練用の弓から、ショートボウにロングボウ、クロスボウ、さらには魔法武器の弓や、仕掛け武器の弓剣まで、なんでもあった。
メグ姉は、俺が色んな武器を使いこなせるようになるたびに褒めてくれた。
「魔法武器は、魔法のかかっていない障害物を貫通できるの。あっくんは壁も床も透視できちゃうから、あっくんが《暗殺者》なら最強ね!」
「ジョブチェンジしようか?」
「ふふ、だーめ。あっくんは優しいもの、誰かを殺したりなんかさせないわ」
メグ姉は俺が行き詰まっても見放さないでいてくれる。
道を踏み外さない様に見守っていてくれる。
俺の太陽はなんて温かいんだ。
「あっくんなら、いつかわたしの家に代々伝わる『神殺しの弓』も使えるかもしれないわ」
◇
俺がマルシュナー家に引き取られて十年目の冬、メグ姉の両親が死んだ。武器の買い付け途中に馬車が事故にあったらしい。
俺は十六歳、メグ姉は十八歳のときだった。
今まで叔父さんと叔母さんが切り盛りしていた店を、突然メグ姉が一人で背負うことになった。
《武器鑑定士》の職業スキルだったが、メグ姉には経験が不足していた。
「若い小娘に冒険者の武器のことなんてわかるかよ」
「こんなちっせえ村で武器買いに来てやってんだ、もっと安くしろよ」
「うちも商売だからね、ガキに武器は卸せないよ」
「お嬢ちゃんは武器屋で働くより、宿屋で女の武器を売った方がよっぽど稼げるぜ」
常連客でさえも離れていき、通りすがりの冒険者や傭兵が冷やかしに来るような日が続いた。
何を言われても、売り上げが悪くても、「パパとママが遺してくれたお店だから」とメグ姉は店に立ち続けた。
セクハラまがいのことを平気でしてくる客が来るたび、帰り道に脳天をぶち抜いてやろうと本気で思ったが、その都度メグ姉が俺をなだめてくれた。
来る日も来る日もメグ姉は店を守り続けた。日ごとに痩せていく体が心配だった。
そうして二年が経ったある日、ついにメグ姉は病に倒れた。
奇しくも叔父さんと叔母さんが亡くなった日によく似た、冬の寒い日だった。
食料は俺の《鷲の目》を使って山や森の動物や山菜を調達していたので、食費には困っていなかった。
だが、病気になったメグ姉には治療が必要だった。村に医者を呼ぶにもそれなりに金がかかる。
日に日に弱っていくメグ姉を救いたい一心で、手当たり次第医者を呼んだが、皆お手上げ状態だった。
「もう村に呼べる医者ではダメだろうね、王都や大都市の医者に診てもらったほうがいい」
数日に一回は様子を見に来てくれる、向かいの宿屋のおばちゃんはそう言った。
きちんとした治療を受けにいくために、まとまった金を作る必要がある。だから俺は村を出て冒険者ギルドの門を叩くことにした。
「あっくん……あっくんまで、遠くに行かないで……」
メグ姉のか細い声は、誰にも届くことなく冬の風にかき消された。
◇
なけなしの報酬の分け前を渡されて、パーティを追放された俺は乗合馬車で村に向かっていた。
正直、足取りは軽かった。たとえどんな理由でもメグ姉に会えるのだから。
最近は眠った顔しか見ていない気がする。それでもメグ姉の顔を一目見ればほっとできた。
村まであと10キロのところで、《鷲の目》で乗合馬車からメグ姉の家を見た。
おかしい、煙突から煙が上がっていない。こんなに寒いのに暖炉がついていないのか。
村に着くなり急いで家に入ると、青白い顔でかろうじて細い息を繰り返しているメグ姉がいた。
「メグ姉、メグ姉! 俺だ、アベルだ」
「…………あ……あっくん…………おか、え……」
生きている……よかった……!
返事をしてくれたことに安堵して、とりあえず暖炉に火をつけるためにベッドから離れようとすると、メグ姉に呼び止められた。
机に置かれた重厚な木製のケースを指さしている。開くとそこには、白銀に妖しく輝く、見たことのない弓矢が収められていた。細身の姿にもかかわらず、気圧されるほどの魔力を湛えていた。
「そこに置いてあるのが……マルシュナーの家に代々伝わる家宝、魔弓ミストルテイン……『神殺しの弓』の異名を持つ、伝説の魔法武器なんだって……パパとママと相談して、いつかあっくんに渡すって決めてたの……」
「俺に……?」
「うん……もう、わたしは……長くない、みたい……渡せて、よかった」
「な、に言ってるんだ、メグ姉」
どうしてそんな安らかな顔をしているんだ。
どうして今生の別れみたいなことを言うんだ。
太陽が沈もうとしている。
俺は人生で初めて、激しい焦燥に襲われた。
ふと思い出された冒険者ギルドでの会話。
『毒竜ファーヴニル』
その血液は万病を癒す力を持つと言う……
「メグ姉は死なせない」
俺は最低限の装備のまま、ミストルテインを無造作に掴んで外に出た。
空は日没が近づいていた。
◇
俺は重い体を引きずりながら帰路についた。
結論から言おう、ミッションコンプリートだ。
SSS級ダンジョン『ヘルヘイムの地下迷宮』はダンジョン中に猛毒の霧が立ち込めていた。装備を揃える時間がなかったため、手持ちの解毒薬は一本だけだ。
ならば、とるべき行動は一つ。毒が回る前に倒せばいい。
「《鷲の目》」
『ヘルヘイムの地下迷宮』に入るなり、ゴブリンやワームなどの雑魚には、走りながら両手で二丁のクロスボウを打ち込んだ。
メグ姉お墨付きのスキルのおかげで百発百中、全てクリティカルヒットだ。
『ヘルヘイムの地下迷宮』は八層構造のダンジョンだ。通常、魔法武器なら魔法のかかっていない壁や床を貫通して攻撃できる。だが予想はしていたが、魔弓ミストルテインなら、魔法のかかった障害物も貫通できてしまった。
つまり、俺は一層目から最深部のボスに、ちくちくとダメージを負わせることができたのだ。
第八層最深部にたどり着いた時にはすでに、毒竜ファーヴニルはまさに百孔千瘡、体力はほぼ残っていなかった。
しかし、腐ってもSSS級ダンジョンのボスである。急所──頭部にある一対のねじくれた黒いツノの間に埋め込まれたルビーの魔石は守り抜いていたらしく、最終的には直接狙わなければ倒せないようだ。
最深部のわずかな光をも束ね煌々と輝くミストルテインに、俺は静かに手をかけた。
「悪いが一気に仕留めさせてもらう、《鷲の目・Lv999》!」
近接戦で遠距離攻撃職は不利だ。時間が経てば経つほど状況が悪くなる。
しかし、戦闘時間が限りなくゼロであれば、そんなものは些事だ。
「グォォオオオオオオオオオオオオン……!!」
ファーヴニルの吐いた毒のブレスは俺に届くことはなく、その巨体は轟音とともに地に伏した。
村に帰り着いたのは夜明け前だった。
外傷は限りなく少ないが、ダンジョンに満たされていた毒霧の影響は避けられなかったらしい。
猛毒、遅行毒、麻痺毒……
時間を経るごとに身体は重く、感覚は鈍くなってきた。
煙突からは煙が昇っていた。よかった、ちゃんと暖炉がついている。
戸を開けると家に数人いる気配があった。足音を聞きつけて二階から降りてきたのは、宿屋のおばちゃんだった。
「どこ行ってたんだいアベルちゃん! 探したんだよ! どうか落ち着いて聞いとくれ、メグちゃんは──」
気づくと俺はメグ姉の部屋に飛び込んでいた。
医者らしき人が座っていたが、構うことなくメグ姉の眠るベッドに駆け寄る。
白い、冷たい、息は──
「まだ息はあります」
医者の男が言った。「おそらく今夜が峠です」
「昨日の夜に、胸騒ぎがしてメグちゃんを訪ねたら、ベッドから落っこちてたんだよ。顔は真っ青だし、いつにも増して息苦しそうだし、これはいかんと思ってお医者さまを呼んだんだ。メグちゃん数時間前までは起きてたんだよ。『あっくんはどこ、あっくんはどこにいるの』ってずっと言って待ってたんだよ」
もう聞いていられない。
俺はメグ姉を死なせないと決めた。やるべきことをするだけだ。
そう自分に言い聞かせなければ気が触れそうだった。
「メグ姉、薬、持ってきたんだ」
血の気の失せた顔をしたメグ姉は、目を閉じたまま何も言わない。
「それは……モンスターの血液じゃありませんか! 危険です! おやめください!」
「何考えてるんだいアベルちゃん! 落ち着いとくれ!」
「黙れ! メグ姉に近づくな!」
振り返ったら、二人の顔が恐怖に引きつり固まっていた。俺は今どんな顔をしているんだろう。自分のものとは思えないような歯軋りの音に、フーッ、フーッと荒い息を繰り返す音が聞こえていた。
メグ姉に向き直り、ファーヴニルの血が入った瓶を口元に近づけた。しかし、手が震えて上手く飲ませることができない。
まとまらない思考の海の片隅で、昔、俺がマルシュナー家に引き取られてから、数日間高熱を出したことを思い出した。あのときは叔父さんや叔母さんが俺の看病を代わろうとしても、メグ姉が絶対に退かないと言って聞かなかったらしい。
高熱にうなされていたとき、俺は手に力が入らなくて水も自分で飲めなかった。そのときメグ姉はどうやって飲ませてくれたんだっけ。
思い出せ。
幼い記憶を必死で辿る。
たしか、こうやって──
俺はファーヴニルの血を自分の口に含み、メグ姉にそっと口付けた。
背後からはヒュッ、と息を飲む声が聞こえた。
顔を上げると、白くて細い喉がこくりと小さく動いた。
「頼む、メグ姉。あんたは俺の……」
俺の、太陽なんだ。
メグ姉以外なにもいらない。
あの時のメグ姉も、こんな祈るような気持ちだったのかな。
その思考を最後に、俺の視界は暗転した。
◇
まぶしい日差しに、まどろみから引き上げられる。
ベッドで迎える朝なんて、久しぶりな気がする。
身体が鉛のように重い。そういえば毒の治療をしていなかった。
正直なところ、俺の体調はどうでもいい。メグ姉が生きてさえいれば──
――そうだ、メグ姉はどうなった。
飛び起きようとした体を、俺のくちびるに当てられた白くほっそりとした人差し指が制した。見た目に反したその圧倒的な力に、俺は目を見開いた。
「せっかく、ちゃんと解毒薬を持って行ったのに、使い忘れちゃうなんて、お馬鹿さんなんだから」
鈴を転がすように笑ったのは、艶やかな真っ白の髪に、ねじくれた一対の黒いツノを携えた、大きなルビー色の瞳をした女性だった。
腰には、ぬめるように光を反射する鱗で覆われた尻尾が生えている。長さは一メートルくらいで、太さは大人の男の腕ほどはある。
俺の知っているメグ姉は、なめらかな栗毛の髪に、エメラルドグリーンの瞳をしていた。けれど、その声を聞き間違えるはずがない。
女性は、俺が腰につけていたポーチから解毒薬の入った小瓶を取り出した。
その中身を口に含み、そして、
――ちゅ。
わずかに音を立てて、俺に口づけた。
「ふふっ、お返しよ、あっくん」
太陽は今日も、俺を照らしてくれていた。
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