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0 春先に不審者と遭遇

 ゴールデンウイーク最終日。

 俺はとある古本屋でアルバイトをしていた。

 本屋、といっても皆が想像しているおしゃれな場所じゃない。四方を本棚に囲まれていて埃っぽく、時代に取り残されたような古臭い店だ。


 なぜ今にも潰れそうなこの店で働いているかというと、単純に時給がいいから。

 一時間千円なんてそうそう見つからない。求人を見たその日に電話で募集して、現在まで働いている。


「いらっしゃいませー」


 からん、ドアが開くのと同時に間延びした声を上げる。

 普段、客なんて滅多に来ないのだが、最終日のせいかそれなりに多い。

 つまり、客が多いと業務も増えるということになる。


 ため息を零しながら作業を進める。

 ふと、腕時計を確認するともう少しで退勤時刻だった。

 ラストスパート、と言わんばかりに背筋を伸ばす。


 すると、客の一人がレジの方にやって来た、がどう見ても怪しい。

 オーバーサイズのコートはともかく、帽子を深く被って、サングラスを掛けていた。

 おまけにマスクまでつけている。はっきり言って不審者以外何者でもない。


 一旦手を止めてレジ操作に移る。

 挙動不審になりながら無言で商品を渡す不審者。バイトを始めたての頃はイラっとしたが何回も同じようなことがあったので慣れてしまった。


 商品を受け取る瞬間にちらっと本を確認する。

 意趣返し、というわけでもないがこの不審者がどんなものを買っているのか気になった。


 本の確認はこいつ以外にも普段からやっている。

 暇つぶしに始めたものだったが……これが意外に面白い。


 今まであった中で特に印象だったのは、筋骨隆々の男性が少女漫画を大量に持ってきたときだ。別に顔や性別で判断するつもりはないがあまりに衝撃的だった。


 少しだけ止まってた手を動かし、淡々と操作を行う。

 バーコードを機械で読み取り、タイトルが分かるように表紙を表にする。

 書かれていたのは――――


 『祝! イマジナリーフレンド卒業』『今日から貴方も脱コミュ障』


 堂々と書かれていた題名を見て、思わず固まってしまう。

 脱コミュ障はまだ分かるとして……イマジナリーフレンドはないだろ。

 頑張って表情に出ないように手続きを進める。


「二点で三千三百円です。袋はいかがなさいますか?」


 話しかけられるとは思わなかったのか、不審者――――否、可哀そうな客の身体が跳ね上がる。数秒の沈黙の後、俯きながらマスクを外し、口を開いた。


「…………はい」


 微かに聞こえた了承。以外にも可愛らしい声だった。

 確かにこのままの状態で外に出歩くのは無理がある。

 先に本を袋詰めしながら代金を出されるのを待った。

 財布から金を出すのにもたつきながらもトレーには綺麗に札が並んでいた。


「三千円ですね。少々お待ちください」


 出された札を確認し、スクリーンに表示された金額と引き算して差分を出す。


「七百円のお返しになります」


 レシートの上に釣銭を乗せ、そのまま手で渡す。

 受け取った客は早く立ち去りたいのか、慌てて財布の中に戻していた。そのせいで五百円玉が手から零れ落ち、レジの下に入ってしまった。

 更に戸惑う不審者。……俺が探した方が早い気がする。


「ちょっとどいてください」


 急いで反対側、客のいる所に行き、しゃがんで隙間に手を入れる。

 浅い所にあったのですぐに見つけることができた。

 エプロンで綺麗にしてから改めて客に差し出す。


「はい、次は気をつけてください」

「……ありがとうございます」


 お辞儀をする不審者。

 その瞬間、サングラスがずり落ち、少しだけ素顔が見えた。

 大きく、綺麗な青眼。

 少しだけドキリとしてしまったがすぐに姿勢を正す。


「……どういたしまして」


 それを聞いた客はもう一度丁寧に頭を下げ、そのまま出て行ってしまった。

 からん、とベルの音だけが聞こえる。

 多分、あの人と会う機会はもうないだろう。

 そんなことを考えていると壁時計のチャイムが店中に響いた。

読んでいただきありがとうございます!


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二話は今日の16時に投稿します!

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