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9/9

勝者の代償?

「なんなのよ……これ」


 その模範試合は、私の目には異様にしか映らなかった。


 授業開始初日から紫級ヴィオーレにして入学試験では次席のジュリアットと魔法が使えない男、カルムが魔導書無しで魔法使っている。


 こんな光景、生まれて一度だって見たことがない、平民のみならずそこら辺の貴族よりよっぽど魔女ウィクトが戦う姿は見てきた筈なのに。


 まして制陸電磁装甲なんて、シャロルは魔獣相手でも滅多に使わない……それだけ高位魔法が飛び交う闘いになると予見しているの?


「ジュリアット様頑張ってー!」

「あんな男ズタズタにしちゃって下さい!」


「というかあの白い制服の男って誰なの?」

「魔法……使ってるよね? どういうこと……?」


「カルムーーーー!!! 負けないで下さーーーーーーーーーーーい!!!!」


「うるさいわね……」


 観衆の殆どがジュリアットの応援に声を上げる中、それを掻き消さんばかりに声を枯らして叫ぶのはレイラ。


 彼女とはそれなりに付き合いはあるけど、こんなに必死な姿は初めて見た、一体何者なの? あのカルムって男。


「ねえ、ちょっと、レイラ」


「カルムーーーーーーーーーーー!! あ、はいどうしましたかエルミナ」


「えっ、落差凄くない……?」


「へっ? な、何か問題でもあったでしょうか……?」


「いや、いいけど……レイラってアイツが魔法を使えるの知ってたの?」


「いえ……ですがカルムがずっと魔法を夢見ていたのは知っております。だから私は今とても興奮しているんです!」


「あの……そういう話じゃなくて……」


「後でカルムを祝福しないといけませんね!」


「いや……もういいや」


 いずれにせよレイラがどのくらいの頻度で交流があったかは分からないけど、少なくとも最近までアイツは魔法を使えなかったってことになる。


 何より、あいつの動きがそれを証明してる。闘い慣れてないというより魔法の使い方にどうにも拙さを覚えてしまうし。


 実際、誰の目から見てもジュリアットが優勢なのは明らかだった。


「どう見ても使い慣れてない、なのに魔法の技術は……」


 その時私の中では、一つの可能性が思い浮かんでいた。


 でもそれを認めてしまったら、あのカルムって男はこの王立ストラティエンヌ魔法女学院で誰よりも魔法の才能を持っているってことになる。


 そんなの絶対に――


「やっぱり気に食わない……」


       ◯


「期待外れだね――本当に君の実力はこんなものかい?」


 いや……凄いなぁ。


 これが五大貴族の次期当主候補、紫級ヴィオーレの実力なのか。


 特に魔法を使うタイミング差を絶望的に感じてしまう。


 魔導書を必要としない僕の方が有利かと思うかもしれないけど、実際そんなことは全くなくて、ジュリアットの魔法の使い方は一切の無駄がない。


 僕の場合、火属性の扱いには手慣れているけど、他属性に関しては引き出しを開けそれを引っ繰り返して探す作業が必要になる。


 だけど彼女は水属性の一点に絞っており、それを自分の中でパターン化して魔法を使う順序を予め決めているのだ。


 これが非常に厄介、言うまでもないけど火と水の相性は悪いから、火属性では話にならないし、他の属性を探そうにもその間に次の魔法を使われる。


 お陰で水攻めを食らいすぎて息も絶え絶え。


 ジュリアットの魔力が先に尽きればと思っていたけど……その前に僕が音を上げてしまいそうだ。


「カルムの火属性魔法は確かに凄い、『蒼炎羽刃』まで見せてくれた時は流石に私も少しは心が踊った、でも――」


「『激流槍剣』は無理ですよ、同じ高位魔法なら、最後に決まるのは相性です」


「君ならそれすら上回る何かを見せてくれると思ったのだが」


「もしかしたら叩けば何か出てくるかもしれませんよ」


「今度は嘘じゃないと信じてもいいのかな?」


「それはやってみてからのお楽しみということで」


「そうか――ならば叩いてみるとしよう」


 言うやいなや、木剣を構え突進してくるジュリアット。


 容赦がないね……しかも動きが速い、貴族の生活に甘やかされて訛った身体じゃ一回の斬撃で骨折は免れ無さそうだ。


「でも――」


 僕は頭の中で術式を組み立てると高位魔法を展開させる。


「む――?」


 するとジュリアットの姿を隠すようにして、みるみる内に地面が隆起すると、彼女が僕との間合いを詰める前に分厚い壁が形成される。


「『土塀城塞』――拗ねたレイラが籠城する時に使う魔法なんだけどね」


 身を賭して戦うにはあまりにも鍛錬が足りないから、どうしても障壁魔法になってしまうのはご愛嬌。


 でも――これで後少しだけ時間は稼げる、そうすれば――


「へ――――?」


 刹那。僕の腕と足が何かに引っ張られる感覚に陥ったかと思うと、そのまま後方へと、抵抗をする間もなく吹き飛ばされてしまう。


「ぐっ!」


 そして壁に叩きつけられ磔状態に、何が起こったのか分からず慌てて身体を見回すと、制服部分に透明な、太く長い針のようなものが刺さっていた。


「これは……まさか氷……?」


「『氷針連弩』だよ」


「ジュリアット――――!?」


 頭上から聞こえた声に視線を上げると――土塀城塞の頂上にいるジュリアットが見下げており、ふわりと飛び降りると僕の前へ。


「数十では効かない高さの筈なんだけどな……」


「氷の階段を作ってしまえば登る距離は大したものじゃない、完全に殻に籠もられては困るから手足は封じさせて貰ったけどね」


「氷属性の高位魔法まで使えたのは……想定外でしたよ」


 だとしても、この規格外の身体能力があってこその技だと言わざるを得ない。


 彼女が次席たる所以は、魔法だけではないことを思い知らされる。


「魔導書があっても別属性の高位魔法を2つ以上操るのは非常に難しいというのに――どうやら君の魔法の才は常識を遥かに超えているようだね」


「お褒めの言葉……感謝致しますよ」


「だが戦うにはあまりにも経験値が少ない、それが私と君の差だ」


 そう言ってジュリアットは木剣を僕の首元へ、勝敗は決したってことかな?


「まだ勝負は終わっていませんよ?」


「その心意気は買おう、だがこの距離で高位魔法を使えば君も軽症では済まない――それに私は君が魔法を展開する前に落とす確信がある」


「……でしょうね」


「非常に興味深い試合ではあったよ。だが正直名家の名を賭けた程のものではなかったね――どうだろう? 今からでも先程の話は無効にしてあげても――」


「ジュリアット」


「なんだい?」


「僕が何の手も無しに防御に徹していたのだと思っているのなら、それは君の慢心ということになるよ」


「……なんだって?」


「あと――ブリアンの名を賭けるということは、僕にとって死と同義であるということを覚えておいた方がいい」


 その言葉を言うと同時に僕の身体に電流が急速に流れ始める。


 いやまあ……本当のことを言えばギリギリセーフだったんだけどね。


 でも術式の理解が及べば、もう僕が負けることはない。


「こ、これは――!」


「本に載っていない内容を、術式を見ただけで理解するのは大変でしたよ」


「『制陸電磁装甲』――!?」


 しかもそこから僕の場合術式を組み替えないといけないからシャロル先生の魔法を見てからではどうしても時間がかかってしまう。


「くっ――!」


 ジュリアットは気づいたと同時に木剣を向け振るったが、絶位魔法を前にそんなもので対抗など出来る筈もなく、木剣は根本から焼け焦げて落ちる。


 ここで初めて彼女の表情が歪んだように見えた、あれだけ黄色い声援が飛んでいた場内も、完全に静まり返っている。


「――とはいえ、ジュリアットが絶位魔法を使えるなら、手はないけどね」


「こんなことが――……」


 ジュリアットはそれに対してジロリと僕を睨みつける。


 ――だけどややあって、彼女は折れた木剣を捨てると、僕にふっと笑みを見せるのだった。


「絶位魔法はそんな軽々しく使えるようなものじゃないよ――そうか、まだ戦えるのに、負けを認めるしかないことがあるとはね」


「ご期待に沿えない戦いをしたことは謝ります――ですから僕からも言わせて下さい、名家を賭けるという話は無効ということに」


 そもそもあんな申し出たのはジュリアットの実力を見定める為でしかなく、絶位魔法が使えないと判断した時点で必要のないことだったのだ。


 はっきり言ってあまりにも礼儀を欠いている行為でしかない、闘いを好むメネズ家の人間だからこそ許されただけの話。


 でもジュリアットは微笑みを崩さぬまま首を横に振る。


「――いや、約束は約束だ、敗者に情けをかける必要はないよ」


「いえ、ですがそれでは――」


「ただ――その代わりと言っては何なのだが……」


 ジュリアットは少し神妙な、いや恥ずかしそうにも見える表情を浮かべてそう口にする。


 何だろう嫌な予感が……と磔状態のまま見守っていると。


 突如僕の前で跪き、とんでもないことを言い出すのであった。


「カルムを私の婿殿に――いや……嫁にしてくれないだろうか」



「――――――……はい?」



 練習場が悲鳴と奇声で轟いたのは、言うまでもない。

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