敗北の代償
「ああ……カルム……」
私は強く胸が締め付けられる程に不安な気持ちでその様子を見ていました。
何故なら王立ストラティエンヌ魔法女学院、その広大な敷地の中の一角にある練習場にはカルムとジュリアットがいたのですから。
「大丈夫でしょうか……心配でなりません……もし怪我でもしたら――」
「いや怪我はするでしょ、相手はあのジュリアットよ。あんな戦闘バカとまともにぶつかって怪我で済むなら儲けものくらいだと思うけど」
「そ、そんな……も、もしカルムが死んでしまったら……わ、私……私……」
「落ち着きなさいレイラ。たかだか練習試合で命を失ってたら魔女なんていくついても足りないわよ」
「ですが怪我では済まないと……」
「そりゃ骨は折るかもしれないけれど、勝敗が決した時点でシャロルが止めに入るから、彼女は修復魔法にも長けているし大事にはならない筈よ」
「そ、そうでしたか……」
カルムの身体に傷が入るというのはとても嫌ではありますが、命を失うことがないというのであれば一安心です。
「ですが……どうしてこんなことに……シャロル先生はこれも授業の一貫と仰っていましたが……」
「自国の発展に必要な技術を専門とする魔女もいれば、軍隊として魔獣や、隣国の防衛を専門とする魔女もいる訳だから、別に授業の一貫とするのは何も間違ってはいないわ」
「でも実践を模した授業はまだ先です、なのに初日から対人練習なんて……」
「紫級なら初日から肩慣らしにしてもおかしくないけど……」
「? エルミナ?」
「私が気になるのは、やるにしたってどうしてあの真っ白なカルムがなんでジュリアットと模範試合なんて話になってるかってことよ」
「そ、それはその通りです! だってカルムは魔法が使えないのですよ!」
「そんなの見れば分かるわよ、魔導書も持たずにいる時点でね。まさかジュリアット相手に近接戦闘に持ち込もうとでもしてるの?」
「カルムは武術剣術はといった類は苦手だったと思いますが……」
「だとしたら余計にジュリアットの独壇場じゃない……いえ、でも流石にそんな馬鹿げた話が……まさか、お母様が――?」
「ああカルム……」
どうかご無事でいて下さい……信じたくはありませんが、もしカルムがお敗れになった際には、その時は私が――
◯
金級と銀級まで練習場に駆けつけているせいか、観客席がやけに騒がしい。
「ジュリアット様~!」
「きゃー! い、今私の方を見て下さいましたわ!」
「何ってるの、どう見ても私よ!」
「は? 私に決まってるでしょ!」
「何よ!」
「何のなよ!」
だが私へ向け声援が飛び交ってくれるのは実に心地が良い、我が魔法を、剣技を披露するにはこれ以上ない空間というべきだ。
それに――その相手は前例のない魔女候補生、カルム。
凋落著しいブリアン家の隠し玉とでも言うべきなのかな、そんな普通ではない存在を前に興奮するなという方が無理があるよ。
「では、制限時間はこの時計の長針が4で始まり5を指した所までとします。武器の使用は木製のものは可、魔法の制限も致しませんが相手の命を落とす危険性があった場合は即座に中止とし、発動した者の負けと致します、宜しいですね」
「ああ、構わないよ」
「僕も問題ありません」
シャロル教諭の説明に対し私もカルムも同意――でも彼は木製の武具も持っていなければ魔導書すら持っていないね?
「カルム、まさか丸腰で戦うつもりかい?」
「だとしたらどうします?」
「それはそれで面白いよ、そんな魔法使いを私は知らないからね」
「……そう言うと思ってました」
無論私は全力で戦う為に木剣と魔導書の2つ、バランスは悪いがこれが一番慣れ親しんだ様式だ、いつかは魔導書を使わずに魔法は使いたいがね。
「それでは試合開始――といきたい所ですが、先に舞台上にのみ『制陸電磁装甲』の展開させて頂きます」
「ほう」
制陸電磁装甲は高位魔法を超える絶位魔法じゃないか、シャロル教諭……やはりヴァランティウヌ卿の側近ともなれば当然なのか。
シャロル教諭の持つ魔導書を通じて舞台上を囲うように電気の壁が生成される、これで同級生達に被害が及ぶことはなくなった。
「――お待たせ致しました、後はご自由に」
そう言ってシャロル教諭が私達の元から離れたかと思うと――それを合図と言わんばかりにカルムの周囲から火柱が吹き上がる。
ゾクリと走る快感――やはり私の思っていた通りだ。
「そうか――君は魔導書を使わず魔法を使うことが出来るんだね」
「『火炎壁』くらいであればクライス卿から幾度と教わってきたものなので、術式をちゃんと覚えているだけです、ブリアン家は火を司る一族ですしね」
「つまり火属性であれば高位魔法でも魔導書無しで使えると?」
「ジュリアットを喜ばせる言葉を使うのであれば、ご期待には添えるかと」
「……最高だね、ならば本気で君の炎を鎮火させるとしよう」
さあいざ、と私も臨戦態勢に入ろうとしたのだったが、突如カルムが人差し指を立てそれを私に向けてくる。
「? どうしたんだい?」
「1つ……お願いをしてもいいですか」
「ああ構わないよ、どんなご要求かな?」
「――僕がこの勝負に勝った場合、その三角帽子を下さい」
「ふむ? それは問題ないが……それで君が紫級の証明となることはないと思うが大丈夫かい?」
「勿論ありません――ですがその三角帽子、裏側にはメネズ家の紋章が入っていますよね?」
「! ああ……そういうことかい」
五大貴族というのは単純明快な関係性ではない、故に我ら名家に限って三角帽子の裏地には一族の紋章が入っているのだ。
つまり私のような次期当主候補が紋章入りの帽子を奪われることがあれば、それはメネズ家はブリアン家の陰だと、君はそう言いたいんだね。
「――いいよ、本当に君は私の気分を高揚させてくれる。ではカルム、君が負けた際はその白の三角帽子を私に渡すんだね」
「いえ――申し訳ないのですが、この帽子にはブリアン家の紋章は入っていないんです、ですから――」
そう答えてカルムは一拍置くと、私の目を見据えてこう言うのであった。
「カルム=ブリアンという名をクライス卿に返上します」
「! ――素晴らしい覚悟だカルム、君と手合わせが出来ることを光栄に思う」
ならば私も敬意を表し、死力を尽くして君を敗北へと導くとしよう。