ブリアンの名において
「馬鹿じゃな」
ヴァランティウヌ卿は僕を一瞥して鼻をフンとならすとそう仰った。
「全く以てその通りでございます……」
社交パーティーからの翌日。
僕は早朝から殿下からのお呼び出しを受けると、昨日の報告をしていた。
殿下も学長の身としてあちらへこちらへと忙しかったようで、シャロル先生からも全ての話を聞いていないこともあり、こういう形となった。
よく見れば目の下に僅かなクマが見える。
「メネズ家は元来、それこそ異形の存在との争いがあった時から魔女でありながら非常に好戦的、その血筋は今も脈々と受け継がれておる」
「ですが……出会い頭で強烈な手合わせの申し出があるとは思いません……」
「クライスからは何も聞かされてはおらんかったのか?」
「『戦い事ばかりのいけ好かない連中』とは仰っていましたが、まさか入学早々にその矛先が僕に向くとは流石に……」
「まあ男で白の制服を着ておればそうもなるわな」
「いやこの制服は殿下がご用意したものでは……」
「あ、そうだったの、ならば――あれじゃ、色はあまり関係ない」
適当だなぁ……。
「しかしこうなった以上は避けることは出来んだろう、ましてやメネズ家のご令嬢の申し出を断ることは出来んからな」
「僕はどうしようもないとは思いますが……殿下からもですか……?」
「よっぽどの事態でもない限り我らが介入することはない、そもそも魔女候補生同士が力比べをするのも、さして珍しいことではないしの」
「そんな……」
ガックリと肩を落とす、まさかこんなことになるなんて……。
「あの――因みにですが殿下、ジュリアット嬢はどれくらいの実力で?」
「うむ? そうだな……魔法のセンスだけで言えば貴様の方が断然上だろう」
「えっ、そ、そうなのですか!?」
想定をしていなかった回答に思わず身を乗り出してしまう、僕の方が上だなんて……そんなまさか……。
「当たり前じゃろう、貴様がこの『破滅の書』を読み魔法を使えるようになったのであれば、魔力の許容量、含有量共に何千、何億倍もの差がある」
「あ、そ、そういえば……そうですね……」
「加えて貴様が学んだ全ての術式を、寸分違わず魔導書無しで使えるのであれば魔法における勝負ではまず負けん、しかし――」
と殿下は前置きをすると、机に置いてあった紅茶に手を付け、ずずりと一口。
「剣術、武術においては、知識だけではどうにもならん」
最も重たい一言が僕の背中にズシリと伸し掛かる。
「メネズ家は闘いを好む、それは中長距離を主戦場とする魔法だけでなく、近接戦闘においても同様、瞬時に間合いを詰められれば秒殺もある」
「さ、殺って――」
でも反論をしようにも、実際僕は本ばかり読んできたせいで武具を使った闘いはからっきしだ、何なら養子になる前の方がよっぽど力はあっただろう。
「手を替え品を替えとするつもりではあったが……こうなった以上は仕方あるまい、まあ評価は落ちても死にはせんから安心せい」
「それは……そうですが……」
でも、ここでメネズ家に負けるということは、僕の評価以上にブリアン家の評価を下げるということになる。
ましてやクライス卿のあの数々のメネズ家に対する失言の数々――あれ? 下手をすれば僕、ブリアン家に戻れなくなるんじゃないのか?
安請け合いをしたつもりは無かったけど、考えれば考えるほど状況が悪くなっている……逃げられる方法があれば今すぐ逃げたいくらいだ……。
「ど、どうすれば……」
「そんなもの、己の長所で勝つしかないじゃろう」
「え?」
面倒臭そうな表情を浮かべながらもそう仰った殿下に、抱えてしまっていた頭をふっと上げる。
「まだ殆ど魔法を使っておらぬゆえ歴戦の紫級を相手にするのに不安を持つ気持ちも分からんでもないが、魔法の才能だけで言えば貴様を超える存在など現代では何処を見渡してもおらぬ」
腹の立つ話じゃがなと、少し不満を溢されてしまう。
「それは――」
「ならば貴様はそこで勝負をする以外にない、その知識は何のためにある、ひけらかして自慢するものではないだろう」
「…………」
「どの色にも染まらぬ貴様であれば可能性は無限、寧ろここをブリアン家の誇りを賭ける場と思い、全力でやってみたらどうだ」
「そう――ですね、分かりました、ご享受感謝致します」
そうだ、遅かれ早かれカルム=ブリアンとして堂々とならねばならない時が来るのだ。これは、それがほんの少し早まっただけに過ぎない。
もし名乗ることが出来なければ――僕はクライス卿をメネズ家の影に追いやることになる、だったらもう、やるしかないだろう。
時間は無いけれど――知識を総動員して、ジュリアットに勝ってみせる。
ふらふらとしてしまっていた気持ちが、殿下のお言葉でギュッと引き締まった気がした僕は、背を正して一礼をし、部屋を後にしようとする。
そこで。
「ああそういえば」
「? どうかされましたか」
「クライスから手紙が来ておったよ、貴様の無事を確認する手紙がな」
「――――それには、何とお返事を?」
「逆に問おう、なんと返事をすればいい?」
不敵な笑みを僕に見せると、そんな質問をする殿下。
退路まで絶とうとするなんて、本当に意地の悪い方だ――
でもまあ、それならこう答える以外にはないだろう。
「では――『ブリアン家に誇る魔女となって必ず帰ります』とだけ」