驚きの白さ
「カルム! カルム!」
入学式は、大きな滞りなく終わりを告げた。
学長であるヴァランティウヌ=ベラルティ卿から入学における心得を説かれ、その後は在校生代表からの挨拶。
それから主席で入学を果たした入学生から、抱負を含んだ挨拶に、壇上へと上ったのはレイラ=プロメス公爵令嬢。
レイラはプロメス家最高傑作と呼ばれる程に魔法の才能に満ち溢れていて、幼少期から僕に土属性の魔法を見せてくれたもので、14になる年の頃には領地内に数百はある高さの山を作り上げていたりした。
おまけに中位魔法程度なら他属性の魔法すら容易に扱える、土属性ともなれば他の追随を許さない程の精密な知識を持っている子だ。
土属性は昔から軽んじられる傾向があっただけに、レイラが主席合格をした時はプロメス家はそれはもう大喜びだったとか。
僕も心から尊敬する才女である、まあちょっと羨ましかったけどね。
「や、やあ……れ、レイラ……」
「またお会いすることが出来て光栄です……! それに、上から見ていましたが、その制服とてもお似合いでございます!」
レイラに会えば確実に言われると思ってそっと逃げ出したつもりだったのだけど、どうやら壇上に上がった時点で気づかれていたらしい。
まあこの色はね……だって真っ白だからね。
ストラティエンヌ魔法女学院といえば三角帽子と同時に黒の制服が代表的だ。
細やかな色合いやらヴェラルティ家の紋章を模した校章こそあれど、全身は黒で統一されている。
なのに、僕は真っ白白の白、加えて三角帽子まで白、男というだけで目立っているのに、これでは僕を見ろって言ってるようなものだ。
「れ、レイラ……あまり大きな声は……」
「え? ど、どうしてですか? だってカルムがこんなに格好いいことをもっと他の方達にも見てもらいませんと――」
「そ、それは勘弁して――」
ただでさえ目立ちに目立っているというのに、主席のレイラが爛々とした目とよく通る声で話すものだからより一層周囲の注目が集まる。
目立つにしてもこういう形は全く以て本意ではない、まさかヴァランティウヌ卿の嫌がらせなのかこれは……?
「ちょっとレイラ何やってんの、早く教室に――って、うわっ、白っ」
と。
そんな状況を意に介さずといった雰囲気で、すっと現れレイラの肩を叩いたのは銀色の髪を肩に少しかかる程度に伸ばした女の子。
勝ち気、というと失礼に値するかもしれないけど、そんな目つきも特徴的で、右腕には紫の刺繍が入った三角帽子を抱えている。
「あ、エルミナ」
「アンタって頭はいいけど振る舞いにそれが伴っていないわよね。主席なのに挨拶も早々に式から抜け出すなんて」
「ご、ごめんなさい……カルムがいたからつい」
エルミナ――ということはエルミナ=ベラルティ公爵令嬢か。
まさかヴァランティウヌ卿にお会いしてすぐにご令嬢にお会いすることになるなんて、流石魔法の最高権威とあって出くわす人も桁違いばかりだ。
「? カルムって……」
「初めまして、僕がカルムです。エルミナ=ベラルティ公爵令嬢の御尊顔を拝することが出来て光栄でございます」
「ああ、アンタが――カルムって、苗字はないの?」
「一応ブリアンを名乗ることはクライス卿から許されていますが、あまり名乗らないようにしているんです」
「ふうん、ま、名家を汚さない配慮は賢明な判断ね」
「え、エルミナ……! カルムはそんなんじゃありませんから!」
「大丈夫だよレイラ、実際その通りだからさ」
「で、ですが……」
といっても、魔法が使えるようになった今、僕は『ブリアン』と言う名を堂々と名乗れるよう頑張らなければいけないのだけど。
クライス卿が期待を寄せて下さっているのであれば、尚の事だ。
そう思いながらも笑顔を崩さずに対応をしていると、急に不機嫌そうな表情を浮かべたエルミナ嬢が僕をじとりと睨みつける。
「え、えっと……どうかしましたか……?」
「……なんか気に食わない」
「へっ?」
「何でもないわ。ほらレイラ行くわよ、授業に遅れたら貴族の恥よ」
「あっ、え、エルミナ……でもカルムが……」
「アンタ男が私達と同じ階級だと思ってるの? だとしたら逆に貴族に失礼だと思った方がいいわよ」
「そ、そんなの分からないじゃないですか――カルムならきっと……あ、そ、そんなに引っ張らないで下さい……か、カルムぅ~……!」
エルミナ嬢に首根っこをぐっと掴まれ、引っ張られながらも僕から視線を外さないレイラに苦笑を浮かべて手を振りお見送り。
レイラの配慮は嬉しいけど、彼女がそう言った考えを持つのは至極普通のことで、多分悪意がある訳じゃないからね。
何ならもっと酷い言葉を何度も浴びせられたことがあるから、正直あの程度笑って返せないようでは魔法なんてとっくの昔に諦めてる。
「――と、そういえば僕の階級は一体どうなるんだろう」
三角帽子を与えて貰ったはいいものの、そこには色の刺繍が何も施されていない、つまり階級は不明なのだ。
何なら一人別室で――なんてこともあり得る気はするけど。
「ヴァランティウヌ卿からは何も教えて貰ってないし……」
「カルム様」
「うおっ! え、えっと……シャロル……さん?」
いきなり背後から声をかけられてしまったので思わず背筋が伸びる。
「はい、そうですが何か」
「あ、いえ、その……」
シャロルさんは無機質な声に加えて無表情な人だとは思っていたけど、まさか気配まで全くないないなんて……。
「これから教室へとご案内致しますので、ついてきて下さい」
「わ……分かりました」
言うや否やシャロルさんは背を向け歩き出したので、僕もその後へ続く。
「…………」
「…………」
ずっとだけど勿論道中は会話はなし――でも流石に教室に向かうというのであれば今の内に訊いておいておこうと、話を切り出す。
「あ、あのシャロルさん……この白の制服はどういう意味なのですか?」
「来れば分かります」
「あ、はい……」
残念ながら会話は即終了。
シャロルさんの口調には抑揚が無いけど、それが妙に威圧感を覚える所もあってか、僕はそれ以上何も言えずに黙って着いていく。
魔女の候補生も殆ど見えなくなった中庭を抜け、校舎に入った僕達は、階段を上り最上階にある一つの教室へと辿り着く。
建物が大きいこともあり意外と時間は掛かったような気がするけど、豪勢な内装や装飾の数々に目を奪われてしまっていると、あっという間だった。
「では私の後について入って来て下さい」
その言葉を聞いて、僕は思わず息を呑む。
……ついに僕は全校生徒が女の子しかいない、この王立ストラティエンヌ魔法女学院で学ぶことになる。
正直不安しかないけど、まずは足を引っ張らないように頑張ろう。
それに、ブリアン家の名に恥じないということは最終的に目指すべき場所は紫、つまりはレイラ達がいる階級まで行くことなのだから――!
そう自分に言い聞かせた所で扉が開かれ、僕は中へと入る。
さあ、行くぞ! 学校生活の始まりだ――
「――――え?」
そう、意気込んだ筈だったのに。
聳え立つ紫の刺繍の入った三角帽子の山々に、僕は気を失いそうになっていた。