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小さな公爵と破滅の書

「ふむ、貴様がカルムだな?」


 僕は一瞬、使用人さんが部屋を間違えたのかと思った。


 何故なら壁一面が書物で埋め尽くされた巨大な部屋の中心にある机の、椅子に座っていたのは銀色の長い髪を二つ結いにした幼女だったから。


「…………」


 念の為僕は一度振り返り使用人さんを確かめる。


 ギロリと睨まれる鋭い眼光が帰ってくる、ごめんなさい。


 ということは――本当にヴァランティウヌ=ベラルティ公爵なのか。


「これ、どっちを向いておる、私はこっちだぞ」


「はっ、も、申し訳ございません……ヴァランティウヌ卿」


「シャロルはもう下がってよい」


「はい、承知致しました」


 そしてギギギと音を立てて閉まる大きな扉、逃げ場は完全に無くなった。


 どうしよう、無礼千万なのは分かっているけど、どう見ても幼女だ。


「さて――入学式も目前に迫る中悪いが」


「いえ、ベラルティ家当主にして王立ストラティエンヌ魔法女学院の学長であらせられるヴァランティウヌ卿の謁見より大事なものはありませんので」


「ふん、クライスの奴も可愛げのないガキを送ってきたものだ」


 何故か怒られてしまった。


「まあよい、カルム、貴様はクライスの推薦状で入学する訳だが――」


「推薦状……ですか?」


「む? クライスから何も聞いておらぬのか?」


「はい、その……急に決まったことなので現地で……としか」


「あやつ私に全て押し付けるつもりか、全く……」


 むうっと膨れっ面になったヴァランティウヌ卿であったけど「まあよい」とだけ口にすると居住まいを正す。


 そこでふと五大貴族は共に闘った魔女ウィクトではあるけど、決して戦友のような間柄ではないとクライス卿が言っていたのを思い出す。


 何ならお酒を飲めばいつもメネズ家の悪口を言っていたし、ベラルティ家に対しても決して肯定的ではなかった。


 だから僕は今の今まで殿下のご尊顔を知らなかったのだけど。


「カルム」


「は、はい」


「貴様、魔法が使えんらしいな」


「はい……男の宿命と言いますか、ほんの僅かな素質もありません」


 ここで見栄を張っても仕方がないので、僕は正直に答える。


「では何故使えんと思う?」


「男性には魔力を許容するものが極端に少ない、あるいは無いからです。根本的な……と言われるとそこまでは判明していなかったと思いますが」


 生殖能力の差や、細胞構造の違いなど様々な要因が取り沙汰されているが、明確な理由は未だにはっきりしていない。


「うむ、では魔法を発動する仕組みは分かるか?」


「内在する魔力を術式に通すことで魔法を発動させます、ただ術式は誤りがあると発動しないので、魔力を通すことの出来る魔導書を使うかと」


「その通り。加えて術式を理解することが魔力の含有量を増やすことにも繋がる、まあ生まれ持った魔力の限界値にも差はあるのだが」


「ですから魔女ウィクトは自分の含有量に応じて得意な魔法に特化した魔導書を作り上げる、ですね」


「男なのによく勉強しておる、クライスが気に入る訳だ」


「いえ……とんでもないです」


 有り難いお言葉ではあるけど、魔女ウィクトであれば当然の知識だ、それだけ男が理解しているのは珍しいことではあるのだろうけど。


「――さて、余興はこれくらいにして本題に入るとしようかの」


 そう思っていると、殿下は椅子から立ち上がりゆっくりと歩み寄ってくる。


「あ」


 ま、まずい、このままだと殿下を見下ろす形に――


 と思った瞬間、部屋から出ていたはずのシャロルさんがいつの間にか登場し、すかさず台らしきものを準備し、殿下はその上へ。


 結果丁度僕を見下ろす形の高さに。な、成る程……。


「なんだ、何か文句でもあるのか」


「い、いえ! とても素晴らしいと思います」


「む……? ところでカルムよ、推薦状を受けた理由は分かるか?」


「それは――分かりません、僕に魔法使いとしての価値はないですから」


「そうだな、貴様は紛れもない無力の人間だからの」


「……返す言葉もございません」


 分かってはいるけど……五大貴族の中枢、ヴァランティウヌ卿にはっきり言われてしまうと、流石に落ち込みそうになる。


「――――だが、無知ではない」


「え?」


「カルム、今まで貴様は魔法に関係する書をどれだけ読んできた」


「そう……ですね、ブリアン家あるものと、宮廷図書館も含めれば1万……最低でもそれくらいは読んでいると思います」


「それら全ての内容を一言一句違わず覚えていると?」


「そこまでは――ただ記された術式の理論は理解しているつもりです」


「馬鹿じゃな」


「う……」


「魔力のない男が知識だけ詰め込んだ所で結果は変わらん、魔法も使えないのに頭でっかちになってどうする」


 あまりにも正論過ぎて言葉すら出てこない。


 でもそんなことは何百回と言われてきたことなのだ。


 それでも諦められなかっただけなのだ。人智を超えた魔法の魅力に、クライス卿が見せてくれた神秘に、心を奪われずにはいられなかった。


 だから読んで読んで学んで――知識を振りまくだけの愚者に成り果てた。


 悔しい? ああ悔しいさ、篝火の一つくらい出せればと何度願ったことか。


「――ただ、その膨大な知識は、どんな魔女ウィクトにも勝る」


「ヴァランティウヌ卿……?」


「魔力さえあれば史上最強の魔女ウィクトになり得ると言っておるのだ」


「ですが、僕にはその魔力が――――?」


 力なく答えた瞬間、殿下が僕に見せたのは一冊の書物だった。


 黒で装飾が施され、禍々しい色合いをした本、僕の記憶にはないものだ。


「殿下、これは」


「これを読めれば魔女ウィクトになれる」


「はっ!? ど、どういう意味ですか?」


 突然の発言に僕は困惑してしまう。


 魔女ウィクトになれる……だって?


「この書はベラルティ家の祖先が記した――『魔法の概念を変える書』だ」


「概念を……変える……?」


「しかし同時に『破滅の書』とも呼ばれておる」


「破滅……というのは」


「理解が及ばねば死ぬからだ」


 だからこれは本来禁書として扱われておるのだが、と殿下。


「死ぬ……? どうしてなのですか?」


「そういう魔法が施されておるのだよ、この本を開いた瞬間、凡人では到底理解の及ばぬ膨大な理論が記憶に瞬時に刻まれる、さすればどうなるか」


「情報量に処理が追いつかなくなり……脳が死んでしまうと?」


「そう。だが逆を言えば、その理論を理解さえ出来れば破滅もせず、魔法を使えるようになるとも言える、簡単であろう?」


 簡単……だけど、言っていることはあまりに無茶苦茶だ。


「つまり殿下は……僕の知識量であれば、脳を焼かれずに理解することが出来ると、そう言っているのですか?」


「提案をしたのはクライスだ、我は賛成などしておらん」


 そう言って殿下は少し不満げな表情で僕に『破滅の書』を突き出す。


「…………」


 一礼をして受け取る。表題は何も書いていない、ただそれだけなのにそれが一層この『破滅の書』から不気味さを漂わせる。


「……決めるのは貴様だ。それに、ここで読まなかったからと言ってクライスはお前を咎めたりはせん」


 寧ろ死ねば、深く悲しむであろう。


「……因みに、殿下はこの書をお読みに?」


「無論だ」


「ということは」


「細胞が死滅する感覚を覚えた瞬間に閉じた、今でも後遺症は残っておる」


「そうですか――ありがとうございます」


 僕はそれだけ聞くとそっと鼻から息を吸い、口からゆっくりと吐き出す。


 これはクライス卿が魔法を使えない僕を憂いてくださった一つの可能性だ。


『ブリアン家に誇る魔法使いになれる』


『カルムを次期当主に据える為――』


 ……大丈夫、怖くはない。クライス卿の想いと、魔法を使える希望がそこにあるのなら――してきたことが無駄にならないのなら。


 僕は――前例のない魔女ウィクトになってみせる。


「――必ず、戻って参ります」



 そう僕は呟くと、書を開き。


 そして意識を失った。

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