憂鬱過ぎる道中
「カルムと同じ学校なんて……なんて私は幸せなんでしょう」
イルシュタン王国には五大魔法を司る大貴族がいる。
雷属性『雷黄麟』を司るベラルティ家。
水属性『水応龍』を司るメネズ家。
土属性『地霊亀』を司るプロメス家。
風属性『風白虎』を司るカトオ家。
そして我らが(と言っても僕はまるで関係はないのだけど)火属性を『炎朱雀』を司るブリアン家の五大貴族だ。
因みに何故動物の名を? と思うかもしれないけど、東洋の文化を踏襲し紋章としているだけで深い意味はないらしい。
まあ魔法は細かく分類すると多岐に渡ってしまうのだけど、基礎の原理はこの五大魔法に集約される、そしてその頂点にいるのが五家となる。
と少し話がそれてしまったけど、今僕はといえば、イルシュタン王国の王都にして、ベラルティ家の領地でもあるストラティエンヌへ向かう真っ最中。
「レイラがそう言ってくれるのは嬉しいけど……」
「心配しないでカルム、何があっても私が守ってさしあげますから」
「いやそんな物騒な所に行く訳じゃないからね……」
「ああ……これでカルムと一緒にいられる時間が増えます……」
身体をくねらせながら、視線を宙に仰ぎ祈りの捧げるレイル。
どうやらお嬢様は僕の話を聞いちゃいないようだ。
「ふう……」
クライス卿が手配して下さった汽車を乗り継ぎ数時間、そして今はベラルティ家が用意して下さった魔法駆動の車で王都へと、まさに要人待遇の旅路。
まあ、隣りにいるのがレイラ=プロメス公爵令嬢だからね、僕一人であれば汽車から降りた後は徒歩であっただろう。
余談だけど、ブリアン家とプロメス家は昔から親交が深い。
僕みたいな貧民上がりでも彼女と親しくさせて貰っているのはそのお陰。
故にレイラとこうして相席を許されている。そもそもこの自動車も彼女の為に用意されたものだし。
「カルムと同じ階級になれたらいいですね」
「……そりゃ勿論、そうだといいけど」
「同じならきっと学校での生活もとても華やぐでしょう……」
今からドキドキが止まりません、と黄土色の毛先が切り揃えられた長い髪を揺らし、笑顔を向けてくるレイラ。
何と眩しい笑みだことで……でも多分それは叶いそうにない。
彼女の膝上に乗っている鍔の広い帽子を見れば、それは一目瞭然だ。
魔女の代名詞と言える黒の三角帽子、そこに入っている紫の刺繍は学院の中でも最高位を表す紋様である。
つまり魔法の才能が桁違いに高いことを意味する。因みにそこから更に下へ金、銀、銅と階級が続いている。
まあ他とは一線を画す魔法使いの大貴族が最高位でなければ一族の恥になってしまうし、当然といえば当然なのだけれど。
え? 僕? 僕はそもそもまだ帽子を貰っていない。
クライス卿曰く『急な手続きだったから諸々は現地で』とのこと、まあ順当に考えて銅色の帽子だろう。
でも銅色であっても貰えるだけ有り難い話だ、何せストラティエンヌ魔法女学院は魔法を極めし精鋭達が集まる学校。
魔法も使えない、ましてや男に被せる帽子など本来あってはならない。
「はあ……」
流石に溜め息の一つも出さなければやってられないな……。
「クライス卿は一体どういうおつもりなのだろうか……」
「それはカルムを次期当主に据える為なのではないのですか?」
「はい? 僕がブリアン家の当主だって? そんな夢物語――」
「ですが……ブリアン家の血筋を引く者は一人もいないではないですか」
「そんな筈がある訳――――あれ?」
レイラの話をよくよく冷静に反芻してみる。
ブリアン家に人がいない訳ではない。使用人だっているし、メイドさんも、何なら魔女だって、クライス卿の補佐として何人も常駐している。
でも言われてみればブリアンと名の付く人とは出会ったことがない……クライス卿は純血だから長生きだし、てっきり王都に子供がいると思っていたけど……。
「いやでも、それなら人間と混血の魔女だっている訳だし、そういった人を当主候補にすれば」
「そ、そこまでは私にも分かりません……ただ学院に入れるということは私達にとって次期当主候補になると同義ですから」
「そんな……」
クライス卿はそんなことは一言もいっていなかった。
でも逆を言えば『君は当主候補ではない』とも言われてもいない。
それに思い返せば妙に無理矢理押し進める節も……まさか、本当に?
「クライス卿……それはご乱心ですって……」
「大丈夫ですよカルム、その時は私が必ず貴方を婿に迎え入れますから」
「それは政略結婚なのでは……?」
いやでも僕は平民出身だから政略ではないのか? ――と。
「ご歓談中の所申し訳ありませんが、到着致しました」
動揺覚めやらぬ中、ベラルティ家の使用人さんが無機質な声で僕達に告げてくれる、下世話なお話をして申し訳ありません……。
扉を開けて頂くと、僕達は御礼を伝えて下車。
すると眼前に見えたのは――広大な敷地の奥に聳え立つ巨大な建造物。
「ついに来ちゃったなぁ……」
王立ストラティエンヌ魔法女学院である。
「…………」
周囲を見渡せば何処を見ても入学者と思しき魔女候補生達が、校舎へと向かって歩みを進めている。
既に僕が浮きに浮きまくっているのは言うまでもない話だった。
「さあカルム、私達も行きましょう」
「え、ああ……うん……」
「? カルム?」
覚悟はしていたつもりだったけど……やっぱり行きたくはないな……と二の足を踏んでいると、背後から使用人さんの声が聞こえてくる。
「申し訳ありませんがレイラ様、ここからは行動が別となります」
「え? ど、どうしてですか?」
「彼は入学式の前に用がございますので――申し訳ありませんが」
「そ、そうですか……分かりました。じゃあカルム、また後で会いましょう」
「ああ、また後で」
一瞬寂しげな表情を見せたレイラだったけど、我儘を言う訳にもいかないと思ったのか、すぐに笑顔を作るとその場から離れてくれた。
僕の存在は面倒が多いからね、その判断は間違っていない。
とはいえ、僕もここから先のことは一切知らないんだけども……。
「あの――一体僕はこれからどちらへ?」
表情を一切変えない使用人さんに僕は恐る恐る尋ねると、これまた抑揚の感じない声でこう答えるのであった。
「無力の貴方はヴァランティウヌ=ベラルティ公爵の所です」