魔法が使えないどころの話じゃない
「ああ、カルム、急に呼び出して悪かったね」
この世界は5人の魔女によって管理されている。
なんていうと大袈裟にも聞こえるが、それが本当のことなのだ。
「いえ、クライス卿のお呼びとあらば、辺境からでも馳せ参じます」
「ははは、相変わらず君は義理堅い男だ」
クライス卿はそう言って優しい笑みを見せて下さると、金色に輝く長い髪をすっとかきあげる。
御年はもう100を超えようというのに、その美貌は僕がここに来た時から何一つとして変わっていない、魔女の血筋というのは相変わらず凄い。
「それでクライス卿、お話というのは」
「そうだね、まずは紅茶をついでくれないだろうか」
「は――? あ、いえ、畏まりました」
「お湯は沸かしてあるから紅茶を淹れるだけで良いよ」
何だか違和感を覚えずにはいられない会話だけど、僕は言われた通りポットに茶葉を入れると、お湯を注ぎ蒸らす作業に入る。
雑談を交えて待つこと数分、頃合いを見計らってポットを手に取ると、茶葉が混じらないよう茶漉しを使ってカップに紅茶を注いだ。
「お待たせ致しました、クライス卿」
「うむ、ありがとう」
クライス卿はそう答えるとカップを手に取り口にそっと一口。
「――うん、やはりカルムの淹れた紅茶は美味しいね」
「はあ、ありがとうございます」
まさか紅茶を淹れる為だけに僕を……? と少し疑問の眼差しをクライス卿に向けてしまっていると、クライス卿はふっと一息つき、口を開いた。
「カルム、君は今いくつだったかな」
「お陰様で17になりました」
お陰様、というのは大袈裟に言っている訳ではない。
僕は元々身寄りのない子供で、教会で育った後、バロンの元で数年間生活していた所を五大貴族の一角ブリアン家に拾って貰ったのだ。
後に聞けば貴族が平民を、いや貧民を養子にするなど万に一つもないことらしく、昔はいつか捕って喰われるのではないかと思ったこともあったけど。
ブリアン家は僕をとても優しく迎え入れてくれて、何一つ不自由のない生活を与えてくれたので心の底から恩義しかないのである。
「そうか……月日が経つのは本当に早いものだな」
「はい、クライス卿には本当感謝しております」
「ああいや、私は恩を強要しているつもりはないんだ」
「いえ、僕はそんなことは決して」
「ふむ……君は相変わらず礼儀も正しいし顔も良い、それに――」
クライス卿は思案げな表情を浮かべると妙なことを呟く。
一体何の話だろう……まさか縁談とか……?
いや待て待て、僕は貴族とはいえ出身はしがない平民だ、幾ら何でもそんな話がそう安々と出てくるとは思えない……。
妙な緊張感に縛られてしまっていると、視線を宙に浮かせていたクライス卿が僕の方へと目線を戻した。
「――カルム、君は学校に行ってみたいと思うか?」
「は……学校……ですか?」
思いがけない話に一瞬面を喰らってしまう、うーん、学校か。
近しい年齢同士の集団生活は教会で経験したことはあるけれど、貴族や騎士といった身分に混じって、というのは今一つ実感が沸かない。
ただ僕には勿体ないくらいに有り難い話なのもまた事実。
「――クライス卿のご提案とあれば、お受けさせて下さい」
「違うよカルム。私は君の意思を訊いているんだ、その言い方だとまるで私が強要しているみたいだろう」
いつでも優しい表情を見せてくれるクライス卿がいつになく真剣な眼差しを見せる――本気で僕の意思を確認して下さっているのか。
なら返す言葉は一つだ。
「行きたいです。是非行かせて下さい」
「うむ、良い返事だ。では手続きは済んでいるから早速明日から――」
「はい――……え? ちょ、ちょっと待って下さい」
まるで最初からその手筈であったかのような口ぶりに僕は思わず口を挟む。
「うん? 学校に行きたいのではなかったのか?」
「そ、それは……そうですが……」
「ああ因みにこれが書類になるから、入学式は明日だからね」
「あ、ありがとうございます――――って、クライス卿!?」
さらりと手渡された書類に目を通すと僕は一行目で雄叫びをあげる。
いやこれを見て声を上げない男が果たしているだろうか。
「王立ストラティエンヌ魔法女学院って書いてあるんですが!?」
「うん、書いてあるね」
「まさか……いやこれは御冗談……ですよね?」
「私が今までに一度でも嘘をついたことがあるとでも?」
いえ、確かに貴方ほどの正直者を私は知りませんけども。
ストラティエンヌ魔法女学院といえば、その名の通り魔法における最高権威の学校であり、魔法を活用した様々な分野で多くの魔女を輩出している。
五大魔法を司る大貴族ともなれば、次期当主育成の為にもストラティエンヌに入れるのは義務とさえ言えよう――だけど。
僕はブリアン家の血筋でもなければ、女ですらない。
「まさか女装をして入学をしろとでも!?」
「ほう、それもアリだね」
「クライス卿……?」
「ははは、それは冗談だよ、勿論君には男として入学をして貰う」
「お気は確かですか!? 女学院ですよ!?」
「女学院だからといって男が入ってはいけないルールはないだろう」
え? そうなの……?
「で、ですが、僕はブリアン家の人間とはいえ血筋は……何より――」
「男には魔法の素質はない……かな?」
「…………」
僕は黙ることでそれを肯定とする。
かつて、この国は異形の存在に壊滅まで追い込まれたという。
その窮地を救ったのが今や大貴族として君臨している魔女。
魔女の存在はあらゆる災厄から人を救った。以来人間と魔女は共存の道を歩み、今日まで至るというのを書物で読んだことがある。
だが人間と魔女が交わり数百年が経っても、男から魔法を扱えた者は皆無。
いや、正確に言えば扱える者もいるが魔力量に桁違いの差があるのだ。
それはご多分に漏れず、僕もである。
「だがカルム、君は魔法に関する全てを学んできた、違うかい?」
「……学びはしました、ですが理解はしても使えたことは――」
五大魔法を司る大貴族の人間として暮らす以上、魔法に憧れないというのは無理のある話で、僕は手に届く書物は全て読み漁ってきた。
基礎の魔法から奇術秘術と呼ばれる類まで、探究心に導かれ全てを理解した。
時には恥を忍んで稽古をお願いすることも――でも結果は振るわず。
「……僕に素質はありません、ですから嬉しいお話ではありますが――」
「そうか、なら問題はあるまい」
「ええ……?」
最早僕の言い分など始めから通すつもりはないと言わんばかりの反応。
「それにカルム」
加えてクライス卿は椅子から立ち上がると、畳み掛けるようにしてこんなことを言うのであった。
「私は君を前例のない、ブリアン家に誇る魔法使いになれると確信している」
だから心配はないよ、と。