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クラッシュトリガー  作者: 御崎悠輔
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第八章 天王星衛星アリエル

 めったに起きない警報の中に、緊迫した声が飛び交う。

「所属不明艦接近! 第一級警戒態勢。繰り返す、第一級警戒態勢!」

 その司令席に、山村竜一司令長官が腰をおろし、腕組みをしてモニターを見つめていた。そこには、ラグマ・リザレックが映し出されていた。

「あれが、ガデル少将から連絡があった巨艦か?」

 ここギネル帝国天王星第一衛星アリエル観測防衛基地の司令室に、緊張が走っていた。

 宇宙観測と外宇宙からの侵入者の迎撃、そして天王星の外側を回る不規則衛星マーガレットに建造された反物質プラント防衛の任務で建設されたアリエル基地。

 しかし、遠く地球から離れたアリエル基地の人々は、本国ギネル帝国から殆ど忘れられているといっていい。観測上大きな変化はなく、外敵の来襲などにべもない。本国が行っているデリバン連合王国との戦争にも、蚊帳の外に置かれている。リアルタイムな情報も、なかなか入ってこない。

 自分達は見捨てられている。心の底辺にその思いが地層のように重なっていく。だが一方で、その反動のせいなのかギネル帝国本国に対しての愛国心もまた脈々と波打っているのだ。

「その後、ガデル少将からの連絡は?」

「ありません。現在、通信途絶です」

「…まず、巨艦に対して停船命令を出せ。それ以上、近づけば攻撃すると警告するのだ」

「了解」

 ロイ・フェース通信長が山村の命令に応じる。

「巨艦、警告を行いましたが、停船しません」

「もう一度警告だ。それでも応じなければ、攻撃を開始する」

 山村の言葉にフェース通信長が、再度試みたが結果は同じだった。

 モニターに投影されている銀色の巨艦は、損傷している。左舷エンジンからモクモクと煙を出している。

「サテライトミサイル、第6、第7、第8ユニット、ポジションセット」

「了解! サテライトミサイル、第6、第7、第8ユニット、ポジションセットします……準備完了しました」

「サテライトミサイル、発射」

「発射します」

 ミサイルをセッティングした攻撃型人工衛星より、ラグマ・リザレックにミサイルが発射された。小型ではあるが、百を越すミサイル郡が巨艦に向かう。照準に問題はない。直撃コースだ。

 命中し、一瞬爆炎で巨艦の姿が見えなくなった。しかし、次の瞬間には火炎と煙を振り払い前進して来る。展開されたバリアーで、ミサイルは全て防御され、巨艦にはなにひとつ損傷が見受けられなかった。その姿は雄々しくすらある。

「第一防衛ライン、突破されました」

「防衛艦隊出撃、航空隊発進。迎撃ミサイル反物質弾道弾、発射準備。民間人は、全てシェルターに非難するように伝えろ。対ガンマ線、防御スクリーン展開」

 山村司令が、畳み掛けるように指令をだす。サテライトミサイルは、殆ど威嚇のようなものだ。第二防衛ラインで、食い止めると山村は意思を固める。ただし、状況には慎重に対処しなければならない。敵の目的がわからないからだ。

 敵? そもそもあの巨艦は敵なのか?

「ロイ通信長、停船と応答の呼びかけは続けてくれ」

「航空隊デイビット・バーノン、スクランブル出ました。シンディ隊とセシリア隊です」

 航空管制オペレータのカレン・ライバックから、報告があがる。彼女の声は、ざわつく司令室の中でも、よく通る。

「防衛艦隊、旗艦プレアデスを呼び出せ」

「プレアデス、アイザック艦長、出ました」

「防衛艦隊、発進。所属不明艦に対し、戦闘配備のまま接近しろ。ただし攻撃は別命あるまで待機」

「了解。防衛艦隊発進、攻撃準備を整え接近します」

「アイザック艦長、行動は慎重を要す。信頼しているぞ」

「はっ」

 アイザック艦長が、敬礼をしてモニターから消えた。

「巨艦の様子は?」

「巨艦、停船の呼びかけには応じません。ですが、攻撃してくる様子もありません」

「サテライトミサイル、第二射、発射」

「サテライトミサイル、第二射、発射します」

 結果は先ほどと同様だ。巨艦のバリアーは強靭で損傷はない。不思議なのは、こちらの威嚇に対して、一向に反撃の素振りを見せないことだ。甘んじて攻撃を受け止めているような節がある。

「航空隊、シンディ隊が巨艦に到達しました。攻撃しますか?」

「シンディ機に回線をつなげ」

「シンディ隊長、でます」

「シンディ隊長、巨艦から戦闘の気配はあるか?」

「現在、戦闘行動の様子はありません。おそろしく静かです。ですが、敵の戦闘システムが故障している、ということも考えられます」

 モニターにシンディ・キッドマンの顔が映っている。ヘルメットのバイザー越しだから、その表情はよくわからないが、冷静に状況を捉えているようだ。とても十歳の子持ちとは思えない美貌が隠れているのは、ちょっと残念だ。

「よし、一度しかける。シンディ機とセシリア機の二機のみ、巨艦のブリッジめがけて対艦ミサイルを撃て。ただし、命中させるな。ギリギリで、はずせ。その反応を見る。できるな?」

「了解。キスをかわすのはお手の物ですから。セシリア、行くわよ」

「了解。本当は熱いキスを届けたいところですけど」

 モニターにセシリア・サムウォーカー副隊長が割って入る。ブロンドのロングヘアーが自慢のハネッ返り娘。その凛とした眼差しがバイザー越しに見てとれた。

 アリエル基地航空隊のじゃじゃ馬ツートップが、アフターバーナーを点火して、巨艦に急接近した。その巨艦に対して、対艦ミサイルを放つ。バリアーが効いているとはいえ、ブリッジを急襲されれば、なんらかの反応があるはずだが…。

 シンディ、セシリア両機が放った対艦ミサイルは、本当にギリギリで敵のブリッジ上空のバリアを掠めて外れた。軽口を叩くが、その腕は確かだ。

 巨艦からの反応は微塵もない。反射的な応戦もピクリとも動かない。

(……巨艦の指揮官は、よほど肝が据わっているのか。それともなにか理由があるのか?)

「山村司令! 巨艦から通信が入りました」

「回線をつないで、モニターに出せ」

「了解、回線つなぎます。映像でます」

 モニターに、若い軍人らしき男が映った。端正な顔立ちだ。

「私は日下炎。この艦ラグマ・リザレックの代表です」

「ギネル帝国天王星アリエル観測基地、司令の山村だ」

「山村司令、自分達はあなた方と戦闘する意思はありません。即刻攻撃を中止していただきたい」

 日下の言葉の後、画面が切り替わった。映像は、巨艦の艦外だ。巨艦の甲板に、宇宙服を着た一人の男が直立している。その手には大きな旗が掲げられていた。男は、その旗を大きくゆったりと振っている。

「……白旗?」

 ロイ通信長が、その映像を見て通信を切り替ええた。

「シンディ、セシリア、敵艦の甲板を確認してくれ」

「こちら、シンディ。ブリッジの根元の甲板で、一人が白旗を振っているのを視認しました。旗以外、なにも持っていません」

 シンディからの返答だ。どうやら、白旗の意思表示に間違いはないようだ。映像フェイクではない。

 ラグマ・リザレックの甲板で、白旗を振っているのはカズキ・大門だった。

 カズキ・大門は、両舷を飛翔しているアリエル基地航空隊の戦闘機に向かって、白旗を振り続けた。右を向いて5回、左を飛行している戦闘機に向かってまた5回。ひたすらに振り続けた。

「轟、待ってろよ。絶対、助けてやるからな」

 そう言って、白旗を振る回数を数える。カズキは次に、白旗を置き、もう一本別な旗に持ち替えた。それは、赤十字が入った旗だ。救護要請の意思の表れだ。甲板でなおもカズキ大門は旗を振り続けた。

「…なんて無謀な」

 セシリアが思わず呟いた。通信で呼びかけたとはいえ、セシリア達が攻撃しないとは言い切れない。そんな中で、一切の反撃をせず、はたまた甲板で宇宙服ひとつの人間が、丸腰で旗を振り続けている。

「山村司令、我々に攻撃の意思はありません。むしろ、救助要請をお願いしたい。現在、我が艦に瀕死の少年がいます。彼を救うための医薬品の補給と、修理、そのための着陸許可を願います」

 映像が切り替わって、医療室のベッドに横たわる轟の姿が映った。酸素マスクが苦しそうな息で曇っていた。

「君達の所属を明らかにせよ。ギネル帝国か、デリバン連合王国か」

「……所属はありません」

「ない? では、異星人とでもいうのかね」

「………私達は、地球人です」

 日下は、そう答えた。その姿を、山村はまじまじと見つめ返す。ふと、その軍服の胸元にある国籍のマークに目が行った。現行使われているデザインではない。ギネルでもデリバンでもない。しかし、代々軍人の家系に生まれついた山村の記憶に、うっすらと引っかかるものがあった。

「…よろしい、着陸を許可する。だだし、条件がある。着陸後、我々が監察に入り、補給、修理が終わり、この基地を離れるまでの間、貴艦の武装を封印する。それが条件だ」

「ありがとうございます。ただし、当艦の乗組員の身柄の拘束には応じられません。修理補給の作業は実質自分達で行います」

「不当な身柄の拘束はしない。それは保証しよう」

「ありがとうございます」

「では、着陸ポイントを指示する」

「山村司令、寛大な配慮、感謝いたします」

 日下という若者は、山村に対して敬礼を送り、そこで通信が切れた。

「山村司令、敵の罠ということも考えられます。大丈夫でしょうか?」

 ロイの疑問は当然だ。疑念を払いきれないのは、山村も一緒だ。

「宇宙空間、対艦ミサイルを装備した戦闘機がいる中、甲板に丸腰で白旗を振る。ロイ通信長、よっぽどの意思がないとあれはできない。そう思わないか? 自分達に攻撃する意思がないことを伝えると同時に、我々を信用しようとしているのだ」

 そう、カズキ・大門の決死のパフォーマンスは、アリエル基地司令部の胸を打った。

「瀕死の少年がいるそうじゃないか、人道的な面からも医薬品は補給させてやろう」

 山村はそこで少し頬を緩めた。普段は厳しい顔つきだが、その時ばかりは父親のようだ。

「シンディ、セシリア隊を帰投させろ。防衛艦隊に攻撃中止命令をだせ。ただし、巨艦の警戒を厳にして監視は続けるんだ。反物質弾道弾迎撃ミサイル、発射中止。だが、反物質弾は実装しておけ。最終防衛ラインを通過して、なお攻撃意思がないことを確認してから信管解除だ。ロイ通信長、加賀科学技術室室長に私の部屋に来るように伝えてくれ。映像分析を依頼したい。巨艦との交信内容をまとめておいてくれ」

「了解」

「司令部総員に達する。現時点を以って第一級警戒態勢をとく。第二級警戒態勢に移行。巨艦ラグマ・リザレックをポイントA―1、ベリンダクレーターのドームに着陸させる。情報収集と監視を怠るな」

 山村竜一司令は、そう命令を出すと自分の席をたち、奥にある司令官室に入った。

 そのデスクの抽斗の奥から、一冊のアルバムを取り出し、ページを手繰った。やがて、その手が止まり、そこに写る写真に目を留めた。

 そこに、ノックの音がした。

「科学技術室、加賀です」

「入りたまえ」と山村は入室を促す。

「お呼びですか?」

 加賀室長が、敬礼を送ってくる。アリエル基地の科学、情報、分析・解析のエキスパートだ。短く借り上げた頭髪に、メガネをかけたその容貌には、知性が満ちていた。体格は細いが、スポーツで鍛えているため決して貧弱ではない。

「加賀室長、例の巨艦のことなんだが」

「ラグマ・リザレックですか?」

「ウム」

「第一印象でかまわんが、あれをどう見る?」

「私は、今回あの巨艦との戦闘を回避したことは賢明だったと思います。実は、ガデル少将と巨艦の戦闘データを入手しました。あの巨艦はとてつもない戦闘力を持っています。下手に砲火を交えたなら、当基地に甚大な被害が出たことでしょう。ある意味、彼らが非戦闘に徹したおかげで我々に犠牲がでなかった」

「そうか…加賀室長、これをちょっと見てくれ」

 そう言って山村が差し出したのは、先ほど見ていたアルバムだ。その中の一枚の写真。そこには、階級の高い軍人の肖像画が写っていた。

「私の家は代々軍人の家系でね。その中で一番古い人物の肖像画だ。子供の頃によく親から山村家のご先祖だと聞かされた。それで記憶に残っていたのだが……その胸の国章のデザインと」

 山村は、一旦言葉を切って、手元のタブレット端末を手に取り、先ほど交信した巨艦代表者だという日下の映像を出した。

「あの巨艦の代表で、日下と名乗る若者だ。彼の胸にあるデザインとよく似ていると思わないかね?」

「エッ?」と声をあげ、加賀は二つの画像を見比べる。確かによく似ている。方や肖像画、方や若干不鮮明な映像。断言はできないが同じに見える。

「同じに見えますね。この肖像画の方は、いつの時代の方なのですか」

「ガイア暦400年」

「500年前? バカな。同じだとしたら、彼は一体何者ですか? どういうことです?」

「おかしな話だ。加賀室長、これが気になってね。少し調べてもらたいたいのだ」

 加賀は上目遣いに山村を見た。この日下という男が本物の軍人だとしたならば、彼は500年前の過去の人物だということになる。

「……了解しました、調査いたします」

 加賀は、山村のアルバムを預かり、山村の部屋を出ていった。


 天王星リングでの戦闘は、想像以上の被害をギネル・デリバン両軍に与えた。痛烈な磁気嵐と、対消滅で発生した強烈なガンマ線が、艦隊の計器を狂わせてしまい、隊列すら整えられない事態に陥った。

 この磁気嵐と対消滅爆発の回避のために、デリバン連合王国艦隊は緊急SWNを行い、遠くはぐれてしまった。

「被害状況は?」

 ギネル帝国艦隊旗艦ゴルダ。ガデル少将が、副長のビトレイに尋ねた。

「本艦ゴルダは、損傷率四十パーセント。航行に支障はありませんが、コンピュータの各システムがダウン。システム再構築のうえで、再起動が必要です。通信システムにいたっては、短距離のレーザー通信しか使えません。レーダー索敵もダウンしていますので、正直、本艦は戦闘不能です。艦隊は、八十隻のうち四十隻が撃沈。残りは、五隻が航行不能。五隻が戦闘不能。三十艦は損傷軽微」

「巨艦を追跡できる艦はあるか?」

「ニーゲル司令の機動要塞ザゴン級ガリアが、損傷軽微で追跡可能と思われます」

「ニーゲル司令との通信回路を開いてくれ」

 やがて、モニターに機動要塞ザゴン級「ガリア」の司令、アルフレッド・ニーゲル司令が映った。四十歳、その細い目のためか、ちょっと陰湿そうな印象だが、新兵器ザゴンの司令に抜擢されるだけの能力を持っている。

「本艦はじめ先の戦闘で損傷した艦は、まだ立て直せていない。修復にも時間がかかる。ニーゲル司令、戦闘可能な艦五隻を率い、先行して巨艦を追尾してもらいたい」

「ハ、巨艦を追尾、捕捉します」

 敬礼をして、ニーゲルは画面から消えた。

「全艦、修復に全力を尽くせ」

 巨艦のことを思えば、ジリジリとした焦りを覚える。が、今回は艦隊の修復が第一優先だ。なにより通信手段が万全ではない。これでは艦隊行動がとれない。

 ギネル帝国艦隊から、ニーゲル率いる別動隊がアリエルに向けて発進していった。


 ベリンダという名を冠した衛星アリエル最大のクレーターには、最も古いドーム型宇宙船ドッグがあった。アリエル基地を建設する際に、大量の物資を積んだ大型宇宙船を受け入れるためのドッグだ。

 今は使われなくなって久しい。

 年々技術進歩で発着する宇宙船は小型化され、本国から届く物資の量は減少していく。

 アリエル基地の自給自足の技術が伸びれば伸びるほど、その回数も減っていくため、ベリンダドッグはしだいに使われなくなっていった。基地から、距離があることも理由のひとつだ。だが、今回ラグマ・リザレックを着陸させるにはもってこいの場所だった。

 アリエル基地からの誘導に従い、日下たちが無事に入渠したことが確認されると同時に、三重構造のドームの天蓋が閉じ始めた。

 日下、カズキの二人は、無言のまま事の成り行きを見守っていた。今となっては、まな板の鯉の状態だ。アリエルの山村司令のことを信用したが、それでも緊張せざるを得ない。もしかして、万が一、と疑心暗鬼になってしまう気持ちは抑えられない。

 ドーム内に人気はなく、天蓋の閉鎖が確認された。真っ暗闇の中、徐々に照明が点り、辺りが明るくなった。ラグマ・リザレックが駐留したレーンの脇にドッグ設備をコントロールする作業指揮所らしい区画が見受けられた。そこのエントランス部分の表示が、赤からグリーンに変わった。

「こちら、ラグマ・リザレック、日下です。ベリンダドームに無事に入渠しました」

 アリエル基地に向けて通信を送る。

「了解、確認しました」ロイ通信長からの返信が返る。「ドーム内機構、オールグリーン。ドーム内与圧を開始します」

 ドームの中に空気が送り込まれ、気圧が1気圧に調整される。やがて、与圧完了のサイン表示が大きくドームの天井部分に表示され、照明がさらに明るくなった。

「ドーム内、与圧完了。室温マイナス2度。ちょっと寒いですが、宇宙服がなくても船外に出られます」

 日下たちも、船外の状態を確認している。ロイ通信長の言葉に偽りはなかった。

「日下代表、作業指揮所のエントランス部分を確認いただけますか」

 ロイの言葉に従い、エントランス部分にカメラを回す。カズキも艦橋の窓から肉眼で確認した。

 そこに、黒い司令官服を纏った男が、指揮所の入り口のドアから一歩ドーム内に入ってきた。宇宙服は着ていない。手に赤十字のマークが入った箱を抱えている。

「アリエル基地、代表の山村司令長官です。武器は携帯していません。日下代表、貴君お一人で船外に出てください。武器の携帯は厳禁です」

 映像の山村が、荷物を床において両手を挙げ、ゆっくりと一回転した。確かに武器は携帯していない。

「了解しました。ロイ通信長、感謝いたします」

 一旦通信を切ると、日下は外に出る準備を始めた。

「日下大尉さん、一人で大丈夫か?」

 カズキが心配そうに、声をかけてきた。

「大丈夫だよ、カズキさん。相手だって一人だ。行って来る」

「気をつけて」

 カズキの肩をぽんと叩いて、日下はひとり船外へ向かった。

 与圧が完了したドーム内は、やはりひんやりとしていた。それでも、外気はマイナス二百度近いはずだから、十分に快適と言わなければならない。

 ラグマ・リザレックの艦尾エアロックから、日下はドーム内に出た。その瞬間、日下の姿が、ドーム天井に大きく映像として映し出された。

 日下は両手を挙げて、山村がやったようにゆっくり一回転して、武器を携帯していないことをアピールする。そして、そのまま歩を進める。

 作業指揮所から、山村も同じように歩みだした。

 二人は、ラグマ・リザレックと作業指揮所とのほぼ中間点で、向かい合った。

「ラグマ・リザレック、代表の日下炎です」

「アリエル基地司令長官の山村だ」

 低く、少しハスキーな落ち着いた声だ。その双眸は、真っ直ぐに日下に向けられていた。厳しい目付きだが、なぜか温かみを感じる目だ。この人は、信頼できる。日下は、第一印象でそう感じた。

「山村司令長官。このたびの寛大な措置、心から感謝いたします」

「日下君、救護者がいると聞いている。連絡のあった医薬品を、まずお渡しする」

 そう言って、山村は小脇に抱えたケースを日下に渡した。

「ありがとうございます」

「この後、更に必要な医薬品があれば提供しよう。食料品、その他希望があれば、できる限り協力する。ただし、武器、弾薬の補給はできない。よろしいか」

「はい、十分です」

「ここのドッグ設備に関しては、好きに使ってかまわない。不明な点があれば、連絡をくれれば協力する。さて、肝心な点だ。ここに駐留している間、君達の艦の武器の使用は一切認めない。これを封印し、一発でもそれが破られれば、このドームごと破壊する。そのための監察を受け入れることが条件だ。もちろん、君達乗組員の不当な拘留はしない。その安全は保障する」

「承知しました。ありがとうございます」

 日下は、深々と頭を下げた。

「一時間後、監察員を寄越す。君達、乗組員は何人いるのか?」

「乗組員は、自分も含め四名です」

「四名? まさか、四名でこの巨艦を? ……いや、承知した。それでは、要救護者の回復と艦の修復が成されることを祈念する」

 山村と日下は、敬礼をかわし、その場を後にした。

 ラグマ・リザレックに戻った日下は、早速待機していたリー先生に、医薬品の入ったケースを渡した。

 中を見るなり、リー先生の顔がほころんだ。先生が事前に要求した薬が、間違いなく入っていたからだ。

「アリエル基地の山村司令は、信頼できる人物だな。すぐに投与を開始する」

「リー先生、轟のこと、頼みます」

「大丈夫だ、安心したまえ」

 リー・チェンは、そう言って微笑んだ。その微笑に日下は、ほっと安堵の胸を撫で下ろした。


 ギネル帝国艦隊から先行したザゴン級、艦名ガリアがアリエルに接近した。距離にして観測防衛基地の第一防衛ラインの手前だ。これを超えると、観測防衛基地の防衛シークエンスが開始される。

 天王星衛星の中で、最も高いアルベドを持つアリエル。ここまで接近すると、まるで傷跡のように長く広がるクレーターが肉眼でも見てとれる。

「ギネル帝国の識別信号をだせ」

 ニーゲル司令がそう指示を出した。天王星での戦闘で、巨艦はこのアリエルへ向かった可能性が高い。だが、現在アリエルで戦闘が行われている様子はない。既に別な宙域へ行ってしまったか? そう思案を巡らせていたとき、

「巨艦の精神波感応ペイント、反応探知」

 突如、オペレータが奇声を上げた。

「場所はどこだ?」

「衛星アリエル。ベリンダクレーター。観測防衛基地のそばです」

「なに、それではアリエル基地は既に潰滅しているのか?」

「いえ、戦闘が行われた様子はありませんし、救難信号もありません」

「どういうことだ? 観測防衛基地は、巨艦を観光客として歓迎しているのか?」

 皮肉たっぷりのジョークに、オペレータが失笑を漏らす。

「アリエル基地で、なにが起きているのかはわからないが、巨艦は捕捉した。ガデル提督に報告する。つながるか?」

「いえ、まだガデル提督の通信回線は、復旧せず。つながりません」

 チッとニーゲルは小さく舌打ちをする。が、代わりにニーゲルの心の中に、むくむくと功名心が湧き上がった。

 観測防衛基地が、現在どうなっているかはわからないが、巨艦は今アリエルに着陸している。奇襲をかけるには、絶好のチャンスだ。ガデル少将の本隊が動けないこのときに、巨艦をしとめることができたならば、これは特進級の手柄だ。しかし、ここで攻撃をしかけるということは、アリエルを戦場にし、基地を戦火に巻き込むことになる。基地の被害は甚大で、犠牲者も出るだろう。あの巨艦を倒すには、基地も、そこにいる人間達も葬り去るくらい火力を注ぎこむ覚悟が必要だ。

 さすがにこれはニーゲルの独断で、決行はできない。

 ニーゲル司令は一旦艦長室に下がった。

 そして、艦長室のコンピュータにGコード保持者だけがもっているタブレット型の認証装置をコンピュータに接続し、そこに掌を載せた。生体認証が始まり、それが認められると地球のギネル帝国本国との通信回線が開いた。

 ただの通信回線ではない。Gコードを使ったラナス皇帝との直接ホットラインだ。

 ギネル帝国には、一般には知らされていない2つの階級が存在する。Gコードを持つ者と持たない者だ。

 やがてモニターに、ラナス皇帝の能面のように無表情な顔が映し出された。ニーゲル司令は、一瞬緊張で身を硬くした。

「ギネル帝国、巨艦追撃艦隊のニーゲル・アルフレッドです。皇帝には、ご機嫌麗しく…」

「挨拶はよい。なにか?」

 声は至って冷静だ。だが、逆にそれが怖い。

「ハ、天王星衛星のアリエルで、巨艦を捕捉しました。現在、ベリンダクレーターに着陸している模様。これに対し、攻撃許可をいただきたくご連絡いたしました」

「ガデル提督は、どうしたのですか?」

「ガデル提督は、先の天王星リングでの戦闘で、艦を損傷。通信回線が故障し、通信途絶状態です。私はガデル提督の命により、先行して巨艦を追尾、捕捉しました」

「それで、私に直接許可をと、いうことなのですね」

 モニターに映っていないが、ラナス皇帝はコンピュータでなにかを調べている様子だった。

「アリエルには観測防衛基地がありますね。司令長官は山村竜一少将。基地の状況は?」

「アリエル基地と巨艦が戦闘している気配はありません。むしろ、巨艦を受け入れたような節があります」

「よろしい、許可いたします。アリエル基地の皆が皆、Gコード保持者でないようですし、巨艦拿捕のためであれば止むをえませんね」

「よろしいのですか? 民間人も多数いますが」

「かまいません。衛星マーガレットの反物質プラントさえ無事であれば、観測防衛基地は潰滅してもいたしかたありません。いえ、巨艦隠匿の罪を背負って葬ってしまいなさい。Gコードを持たぬ者は、純粋なギネルの国民ではないのだから。その代わり、なんとしても巨艦を我が手にするのです。失敗は許しません」

 抑揚のない平坦なトーンで、ラナス皇帝はそう言い放った。恐ろしい内容の言葉のくせに、なんとも聞き取りやすい声で頭の中に入ってくる。冷徹にこんな決断が瞬時にできるところが、この人がギネル帝国の皇帝になっている由縁なのだと納得した。

「攻撃許可、ありがとうございます。アリエル基地にいる巨艦を攻撃、拿捕いたします」

「吉報を待っていますよ」

 ラナス皇帝からの通信が切れた。ニーゲルの額には、うっすらと汗が滲んでいた。思惑通りに、攻撃許可はもらった。これで戦果をあげれば、ニーゲルは殊勲賞ものだ。だが、失敗すれば……ラナス皇帝は、ニーゲルを許すことはないだろう。

 背筋が、ぞくりとする。肚を決めねばならない。アリエル基地がどうなろうと、どんなに犠牲者が出ようと、ニーゲルは巨艦を仕留めなければならないのだ。


 アリエル基地から、監察員の責務を追った加賀健志科学技術室室長、防衛艦隊機関長トムソン・ボイド、宇宙機甲部隊長広瀬大吾、航空隊副隊長セシリア・サムウォーカー、修理整備のエキスパート、スティーヴ・ハワードの五名が、山村司令と入れ替わりでやってきた。

 ドームの中に入ってきたのは、加賀達一行だけだが、そのドームの外周には、銃を構えた保安部隊が取り囲んでいた。監察隊に、何かがあれば即座に踏み込む姿勢だ。

 そんな状況も、日下たちは白旗を表明した以上、呑まなければならない。

 日下とカズキが、代表として立ち会った。お互い武器の携帯は行わないこと、全通信回線オープンの条件で艦内に五名を受け入れる。つまり、ここでの行動は全てアリエル基地に筒抜けだということだ。

 お互い警戒しているので、ピリピリした空気のなか艦内を案内する。武装の封印が目的なので、その武器管制システムを説明する。

 司令艦橋の艦長席および戦術コントロール席これらの周辺にポールを立てて、黄色い太いテープを張り巡らせて取り囲む。そのコンソールにもべったりと貼り付ける。

「これは、ただのテープではありません。このテープが切れた瞬間に我々のもとに通報が入ります。封印が破られたと判断して、我々はあなた方に対し攻撃を開始する」

 加賀室長が、日下、カズキに説明をした。

「こういうことです」と言葉切って、加賀室長は腕の通信装置でアリエル基地に呼びかけた。「アリエル基地、封印テープシステムのデモを行う。各攻撃システムをモニターしてください」

 司令艦橋のモニターにマルチ画面表示された映像が出た。アリエル基地司令部らしい画面を主にその周辺に地上にある砲塔、ミサイル発射システムがサブ画面として幾十と映し出された。

 それを確認した加賀は、おもむろに艦長席を取り囲むテープを引きちぎって中に入った。その瞬間、アリエル基地の司令部で警戒警報が表示され、かつ攻撃システムが作動して、砲塔やミサイル発射システムが動き、一定方向を向いた。それは全てラグマ・リザレックに照準をつけたという動作だろう。

「あくまで今はデモですが、これ以降はシステムが作動します。あ、テープ幅の両端から光センサーが放射されていますから、跨いだりくぐって中に入っても反応するようにしています。光センサー、可視化しておきますか?」

「そうしてください。うっかり触れないために、わかりやすい方がいいです」

「わかりました」

 加賀はそう言って、リモコンのようなものを取り出し、ボタンを押した。うすい赤い光がテープの両端から放射され天井と床まで伸びた。

 この要領で7名はラグマ・リザレックの戦闘艦橋、航行艦橋の武器管制、特殊戦闘車輛ファアードレイクと艦載機八咫烏の発進口、ラグマ・ブレイザムの発進口が封鎖された。ラグマ・リザレックの戦力が、アリエル基地に情報として記録されたことになる。

 ラグマ・リザレックの全長は二千二百メートル。この艦内の封鎖作業には思った以上の時間が費やされてしまった。

「機関部を見せてもらえるかね」

 それまで無言で作業をしていた、トムソン・ボイド機関長が口を開いた。この中では一番の年長者で、オールバックにした頭髪には少しばかり白いものが目立ち、後ろに後退している。五十代後半といったところか? 上背は、日下よりも少し小さいが、恰幅がいい。薄い色の入った眼鏡をかけているせいか、年配の割りにお洒落感が漂っている。腕まくりをしたところから、逞しい太い腕が覗いていた。それが、ベテランのキャリアを感じさせる。

「損傷していると聞いているが、修理の方は進んでいるのかな?」

「内部については、自己修復システムがあり進んでいます」

「そうかね」

 職務的にエンジンのことが気になってしょうがない、そんな口振りだった。

 艦内移動専用車で、機関室に向かう。

 損傷した左舷のノーマルエンジンの修復は、日下がコンピュータに出した命令により、カニグモが修復に当たっている。

 航空隊副隊長のセシリアが、最初そのさまを見て嫌悪感を顔に出した。確かに、カニグモが大量に動き回っている光景は、あまり気持ちのいいものではない。

 逆に加賀室長は、その科学者の目で興味深そうに見ていた。

「カニグモ、と我々は呼んでいます。コンピュータと連動して、修理保全や、我々のサポートをしてくれます。内部的な修理は、彼らがあらかたやってくれています。修理状況は四十パーセントです」

 日下は、そこで一度言葉を区切った。少し言いにくそうに一呼吸おいて、言葉を続けた。

「実はひとつ、問題があって……艦外の損傷箇所の修理です。二箇所ほど、大掛かりな装甲補修が必要で…」

 それを聞いて、トムソンが「フム」と指で自分の顎をさすった。トムソンは思案顔の後で、提案を寄越した。

「加賀室長、わしとハワードで、ちょっと補修を手伝ってやろうと思うんだが、どうだろう? 武装の封印に思った以上に時間をかけてしまったしな」

「私はかまいませんが、日下君がなんと言うか」

「よろしいのですか?」

「かまわんよ。その方が早く済む。お互いにとってその方がよかろう」

 そう言って、トムソン機関長は笑った。なんだか、嬉しそうにも見えた。横でハワードというメカニックマンも頷いている。

「日向応急長は、プレアデスに乗艦しているから無理だな。ハワード、鏑木掌汎長が手がすいているようだったら、手伝ってもらおう。連絡してくれ」

「そんな大事にしてもらっては…」

「遠慮せんでいい。同じ船乗りだ。いろいろ不安もあるだろうから、内部システムには一切触らん。手伝うのは、あくまで外部装甲の二箇所の補修だけだ。大がかりなクレーンの扱いも、慣れた我々がやった方がいいだろう。事故られても困るからな」

「いいんですか?」

「よし、早速とりかかるぞ、ハワード」

「トムソン機関長、外装といえどエンジンを触りたくてしょうがないんでしょ?」

 ハワードにそう言われて、トムソン機関長はフンと鼻を鳴らした。図星のようだ。

「加賀室長、よろしいのですか? 甘えてしまって」

「まあ、機関長自らそう言っているので、いいでしょう」

「感謝いたします」

「くれぐれも言いますが、こういう協力も武装封印の約束が守られてのうえです。これが破られれば、敵対関係です」

「わかっています」

 そう言って日下は、真剣な眼差しで加賀室長を見返した。

 加賀が小さく頷く。その視線に、日下の胸の国章があった。加賀は確証していた。この国章は本物だ。つまりは、日下たちはガイア暦0400年頃の人物だということだ。


「山村司令、識別信号ギネル帝国の艦隊六隻が侵入。通信回線、開きます」

 モニターに機動要塞ザゴン「ガリア」のニーゲル司令が映った。

「ギネル帝国艦隊ガリア司令のニーゲルです。我々は、巨艦追討の任を担っている。山村司令、アリエル基地に駐留している巨艦の即刻引渡しと、情報提供を要求する」

「ニーゲル司令、あの巨艦は降伏勧告をし、かつ救護を求めてきた。人道的見地に基づき、我々は巨艦の武装の封印をして、現在ベリンダクレータードームで修理作業中だ。貴官の要求が正当なのであれば、引渡しには応じる、だが、当該基地エリア内でのむやみな戦闘は控えていただきたい。情報は提供した。逆にそちらが持っている巨艦の情報を求む。そもそも、あの巨艦はなんなのだ? 何故あれを追っているのだ?」

「山村司令長官、それは貴方が知る必要はない。引渡しのための先遣隊を派遣する。巨艦の乗組員は何名いるのか?」

「乗組員は四名だ。現在、我々の監視下にいる」

「……情報提供に感謝する」

 そこでニーゲルは一方的に通信を切った。

 山村は、その拳でコンソールを叩いた。いつもこうだ。こちらには、充分な情報は一切与えられない。これで、なにを判断しろというのだ。

「ギネル帝国艦隊から、離脱するものあり。小型高速舟艇と思われます」 

 レーダーを担当していたジュリア・ボミが、そう告げた。

(先遣隊を派遣すると言ったな)

 艦隊から離脱した高速舟艇は、アリエルの軌道に入り、衛星内に進入してきた。

 何故だろう、友軍のはずなのにギネル帝国の艦艇進入の方が、悪い予感にざわざわと胸騒ぎがする。


 山村の悪い予感は当たってしまった。

 ニーゲル司令は乗組員が四名と聞いて、これを抹殺し、巨艦を奪取しよう考えたのだ。

 ギネル帝国艦隊の上陸用舟艇はアリエル基地に向かわずに、真っ直ぐにベリンダドームに向かい、襲撃を開始した。

 飛行形態からキャタピラのついた戦車形態に変形すると同時に、ドーム外周の警戒に当たっていた保安部隊の兵に向かい、機銃を掃射した。

 次々と銃弾に倒れていく兵士たち。応戦を始めるも不意をつかれ、かつ戦力に差がありすぎた。あっという前に、保安部隊は殆どの兵士が機銃の餌食になってしまった。

 数名がドーム内に後退して、応戦する。だが、持っている小型小銃では全く歯がたたない。ドーム内とアリエル基地に、襲撃を受けたことを緊急連絡をする。

「応援を請う、応援を請う」

 緊急事態に、救援要請を繰り返す保安部隊兵士に向かい、ギネル帝国の舟艇からは武装した兵士がわらわらと降りてきて、銃を放つ。阿鼻叫喚の中、鮮血が飛び散った。

 ドーム内で作業をしていた、日下たちの耳にも銃声が聞こえた。

 振り向くと作業指揮所の強化ガラスに、赤い血が飛散してべったりと貼りついていた。

「襲撃だ、全員内部に避難!」

 日下が大声で叫んだ。

 このとき艦外で作業していたのは、トムソン機関長、ハワードメカニックマン、カズキと広瀬部隊長、そして一番割りを喰ったのは、鏑木広之掌汎長だった。トムソン機関長から、エンジン修復作業の手伝いを依頼され、部下を連れて来て間もなくのことだったのだ。作業指揮所のエントランスが破壊され、銃を構えたアリエル基地保安部隊と、ギネル帝国兵士が乱入してきた。銃撃戦が展開する。

「冗談じゃないぞ、一体なにがおきたんだ!」

 ドーム内で作業している日下たちは、丸腰で武器を携帯していない。

 応戦しているのは、アリエル保安部隊の兵士たちだが、圧倒的に不利な状況だ。ジリジリと後退している。ドッグ内の設備の物陰に退避して応戦しているが、ギネル帝国襲撃部隊の数が優っている。

 ラグマ・リザレックのエンジン装甲の修復で、高所作業場所にいたトムソンとハワードはすぐに内部に避難できたが、地表にいた日下たちは諸に銃弾の雨に晒された。

「カニグモ、二三六番ハッチ以外全閉鎖! 全機構起動。緊急発進準備」

 日下は、インカムを装着するなり叫んだ。

 物陰に隠れたカズキの目の前で、保安部隊の兵士のひとりが銃弾に倒れた。だが、まだ息がある。

「おい、しっかりしろ!」

 倒れた兵士を抱き起こして、抱えあげる。

「カズキさん、早く中に逃げろ!」

 日下の声に頷く。兵士を抱えたまま、カズキは唯一開いているハッチに向かって駆け出した。

「オイ、そいつの持っている銃をよこせ」

 鏑木掌汎長が、カズキに対して言ってよこした。負傷した兵士の銃をよこせ、と言っているのだ。痛みで喘ぐ兵士の手から銃をとると、それを鏑木に放る。そして、ハッチへ向かって駆け込んだ。

 銃を受け取るなり、鏑木掌汎長は応戦を開始した。

 同じように日下と広瀬も、倒れた保安部隊兵士の銃を使い応戦する。

「カズキさん? なんで戻ってくるんだ」

 なんと一度はハッチ内に避難したカズキが、また戻ってきて、また別の息のある兵士を抱え上げていた。

「怪我人を放っておけるか!」

 そう言って、カズキはもう一人兵士を抱え上げる。

「って、リー先生が言ってんだ!」

 二人を同時に両肩に抱え、カズキはにんまりと笑うと走り出す。

 ハッチ内部の通路で、リー先生が負傷者の手当てをしていたのだ。

 日下たち三人のいる場所から、程なくした場所に手榴弾が投げ込まれた。爆発とともに、保安部隊の兵士が死んでいった。

「こりゃあ、いよいよやばい。撤退するぞ」

 広瀬部隊長が促した。

 そのとき鏑木掌汎長は、ハッチのそばにこのドームの緊急開閉スイッチがあるのを思い出していた。

「あんた、日下さんと言ったな」と鏑木が日下に話しかけた。「そのインカムで加賀室長と話ができるか?」

「あ? ああ、できる」

「つないでくれ」

「加賀室長、日下です。聞こえますか?」

「加賀だ」

 おそらくは司令艦橋にいる加賀が出た。

「貸してくれ」と鏑木は、日下のインカムを貸すように促す。

「加賀室長、鏑木です。今から、このドームの緊急開閉ボタンを押します。入力コードわかりますか?」

「ちょっと待て」

 ほどなくして、急にドーム内に赤いランプが一斉に光りだした。大音量で警報音が鳴り響く。

「鏑木掌汎長、山村司令がエマージェンシーを発動した。後は、スイッチを入れれば緊急開放される」

「了解、さすが山村司令。わかりやすくていいぜ」

 にんまりと不適な笑みを浮かべて鏑木は、インカムを日下に返した。

「あそこに緊急開閉スイッチがある。俺が、あれを押す。その瞬間にドームの天井が一気に開放される。空気が流失して、敵は外に放り出される。広瀬部隊長、ハッチで俺を捕まえてくれ」

「わかった、まかせろ」

 銃弾が、3人の至近距離で弾けた。

「よし、行くぞ。援護してくれ」

 言うと同時に鏑木掌汎長は、脱兎のごどく駆け出した。全く思い切りがいい。日下と広瀬が援護射撃をしながら、ハッチに向かって走りだす。

 銃弾が鏑木掌汎長を狙ってくる。その中をかいくぐって、緊急開閉スイッチのあるコンソールパネルに取り付いた。

 黄色と黒の縞で彩られた中に、そのスイッチがあった。銃床で保護ガラスを叩き割って鏑木掌汎長は、緊急スイッチを押した。それと同時にラグマ・リザレックのハッチに向かって走り出す。

 三層構造のドームの天蓋が一斉に開きだした。外は真空だ。ドーム内の空気が一気に、外に向かって流失する。その勢いは、台風以上だ。

 敵の武装兵が次々と天井に向かって飛ばされていく。

 ハッチに駆け込んでくる鏑木の体も、一気に天井に向かって飛ばされていく。ハッチに片手でつかまり、日下と広瀬が半身を乗り出して鏑木をキャッチしようと手を伸ばす。あわやのところで、なんとか広瀬が鏑木の左手を掴んだ。もう一方の手を日下が掴む。だが、空気の流失の勢いは想像以上に強力で、既に鏑木の体は空中に舞っていた。空気が一気に薄くなり、呼吸が苦しくなる。力が抜けていき、ずりずりと掴んだ鏑木の手が滑っていく。

 まずい、まずいと心の中で繰り返し、日下は渾身の力をこめ、鏑木の体を引き寄せる。日下よりふた周りほども体格がいい広瀬の顔も苦悶で歪んでいく。もう少しでハッチまで、引き寄せられるところで、日下が掴んでいた鏑木の手が離れた。

「しまったッ!」

 声にならない声を発した瞬間、鏑木の手を代わりに掴んだ別な手があった。カズキの長いリーチと大きな手だった。広瀬、日下、カズキの三人で鏑木をホールドして、ようようハッチの中に引き入れた。日下がボタンを押して、ハッチを閉じる。

 日下、広瀬、鏑木、カズキ。四人が四人とも、ぜいぜいと肩を上下させて呼吸を喘ぐ。喋ることができない。言葉を発せないが、四人は目が合うと笑みを浮かべて、誰からともなくグータッチをした。


「ニーゲル司令、これは一体どういうことなのか!」

 珍しく、声を荒げて山村司令はモニターのニーゲルに向かって怒鳴った。

「我々は、巨艦に対して攻撃を開始する。ラナス皇帝からは、攻撃許可が出た。山村司令、あなたには巨艦隠蔽の疑いで逮捕命令が出ている」

「巨艦隠蔽? 本国はいつもそうだ。我々になんの情報も提供しない。そもそも、なんであの巨艦と交戦状態になったのだ。我々は、それすらも知らされていない」

「その質問に答える必要はない。我々の任務は、あの巨艦を戦闘不能にして拿捕することだ。そのためにアリエル基地に被害が及ぶことは止むを得ない措置と認識している」

「貴様、このアリエル基地をなんだと思っているのだ。ここでの戦闘行動は厳禁だ。私は最初にそう言ったはずだ」

「ギネル帝国艦隊、急速接近! 巨艦に対して砲撃を開始しました。ベリンダドーム被弾」

 ジュリアからの報告に、山村の顔が歪む。

「攻撃をやめるんだ、ニーゲル司令」

 山村の言葉に、ニーゲルは無言だった。しばし、無言で睨み合う。やがて、山村が落ち着いた声のトーンで切り返し尋ねた。

「ひとつ、訊きたい。ニーゲル司令、巨艦との戦闘、戦端を開いたのはどっちだ? ギネル帝国か? あの巨艦か?」

「………」

「ギネルか、ギネル帝国なんだな?」

「これで通信を切る。我々は作戦行動に出る。その妨害は許さん」

 ニーゲルがモニターから消えた。

「基地全館内の民間人に、避難命令を出せ」

「ベリンダドームから、巨艦浮上」

「ロイ通信長、本国のラナス皇帝との交信を要請してくれ」

 山村は一縷の望みを託して、ロイ通信長にそう命じた。

「本国、通信拒絶」

 ロイ通信長から返ってきたのは、暗澹たる結果だ。

「防衛艦隊、アイザック艦長につないでくれ」

「了解、アイザック艦長、出ます」

「アイザック艦長、防衛艦隊を率いて現在侵攻中のギネル帝国を阻止しろ。攻撃命令を発令する」

「了解。アイザック、侵攻中のギネル帝国を阻止します」

 敬礼をして、アイザック艦長がモニターから消えた。

「山村司令、ギネル帝国の戦艦一隻がコースターン。当基地に向かって転針しています」

(ラナス、巨艦隠蔽と濡れ衣をきせて、アリエル基地ごと我々を抹殺するつもりか)

 あらぬ考えが頭をよぎった。絶対に公言できない考えだ。だが、本国のアリエル基地に対する接し方は無視も同然、流刑地に等しい。思えば、今回先んじて情報提供を寄越したのはガデル提督くらいだ。

「山村より総員に達する! 対空戦闘用意。対防御スクリーン展開。対空ミサイル発射準備」

「敵、ミサイル発射。照準アリエル基地。間に合いません」

「総員、衝撃に備え!」

 一瞬、山村も目をつぶった。だが、そのミサイルを身を呈して阻止するものがあった。

 巨艦ラグマ・リザレックだった。

 ギネル帝国が放った魚雷コースに、バリアーを全開にした巨艦が割って入ったのだ。

 その巨艦に対して、ギネル帝国の攻撃が集中する。

 巨艦はその場所から動かない。頑として、アリエル基地への攻撃コースを塞いでいる。そのくせ、ラグマ・リザレックは一切の反撃をしていなかった。


「日下さん、なんで反撃しないんだ。バリアーが効いているが、このままじゃやばいって」

 カズキが、航行艦橋の操舵席で操縦している日下のシートに向かってぼやく。激震に耐えるため、そのシートに捕まった。

「ダメだ! アリエル内での戦闘行動は厳禁だ。敵が撃っても、俺達は撃たない。山村司令との約束だ」

「状況が状況だろうが!」

「…カズキさん、俺は嬉しかったんだ。アリエル基地は、轟を救ってくれた。修理を手伝ってくれた。俺は軍にいたから、よくわかる。身元不明、国籍不明の人間に関るのがどんなに難しいか。軍の人間は疑り深くて、なかなか人を信じられない。だけど、受け入れてくれた。だから、山村司令のことは裏切りたくない」

「日下さん、あんたやっぱり軍人に向いてないよ。人を信用しすぎるんじゃないのか? ……まぁ確かに、あの大塚って参謀長より、よっぽど山村司令は信頼できる。それは賛成だ」

「それができたのも、カズキさんの白旗のおかげだ。感謝してるんだぜ」

「そいつは、どうも」

 日下は巧みに操縦桿を操り、敵の攻撃からアリエル基地を守っている。

 敵の攻撃の物量が増えてくる。艦内が激震する。

「アラームメッセージ、左エンジン出力低下」

 コンピュータからの警報だ。推力が落ち、艦のバランスが崩れた。バリアーの出力も不安定になる。

「やばい」

 思わず、カズキが声をもらす。

「カズキさん、大丈夫。この艦は大丈夫だ」

 通信モニターで機関室に目をやった日下が、突如そう言ってのけた。その顔に不安感は感じられない。その理由が艦内無線から流れる。

「こちら、機関室トムソンだ。右エンジンと出力バランスをとった。左エンジンの出力バルブを調整する。二十秒後には出力維持できるから安心しろ」

 トムソン機関長とハワードが、エンジン調整のため機関室に駆けつけてくれたのだ。

「トムソン機関長、了解しました」

 トムソンの頼もしい報告に、日下の返答もテンションが高かった。カズキは、コンソールのスピーカーに向かって、サムズアップした右手をかざした。

 ギネル艦隊の二隻が、砲撃と雷撃を織り交ぜながらこちらに向かって転針してきた。

「少々、荒っぽい操艦をします。全員、衝撃に備えてください。リー先生、大丈夫ですか?」

「了解だ」

「カズキさん、席に座ってくれ」

 日下は言うなり、下部からスラスターアンカーを撃ち出した。射出した錨は、アリエルの地表に刺さり、一点を固定した。

「左スラスター全開」

 ラグマ・リザレックの左弦の姿勢制御ロケットが噴射して、ラグマ・リザレックの巨体をぐるりと旋回させる。地表に固定した錨を軸にして、ラグマ・リザレックがあたかも遠心力で飛ばされるハンマー投げのハンマーのように、敵艦隊二隻に向かっていった。

 急激な旋回運動に慌てた敵艦は、回避運動をとる。ラグマ・リザレックとの衝突を避けるため、降下角度をとった艦がいた。

 日下は降下スラスターを噴射させ、その艦の上空を押さえつけるように動いた。敵艦は更に回避するために地表に向けて艦首の角度を下げた。が、急激な降下で制御不能となり、敵艦はそのまま地表に激突した。

 日下は一発のミサイルを撃つことなく、一艦を戦闘不能にしたのだ。

「すげぇ」

 アクロバットな操艦に、カズキは日下に向けてサムズアップした右手をむけた。


「航空隊、全機スクランブル発進。ハイブリッドアーマーに出撃準備をさせろ」

 山村の指示にカレン・ライバックが、航空管制を始める。

「山村司令。攻撃目標は?」

「ギネル帝国艦隊ですか? それともあの巨艦ですか?」

 司令部の中に迷いが生じている。基地に被害を与えているのは、味方のギネル。そのギネルと交戦している巨艦。そもそも、巨艦がこのアリエルに来なければ、こんなことにはならなかった。理屈では整理できない感情が、心の中に渦巻いている。どっちを敵とみなさなければならないのか、それは山村をもってしても御しがたい迷いだ。

 だが、その時だった。

「どっちが敵か、どっちが味方か、これを見たらわかるだろうがっ!」

 突然、通信に鏑木掌汎長が割り込んできた。その通信の映像に映し出されたのは、傷ついた保安部隊の兵士を、獅子奮迅のさまで治療にあたるリー先生の姿だった。それをセシリアと広瀬部隊長が手伝っている。トムソン機関長とハワードが、機関室を怒鳴りながら走り回っている。加賀室長が、ダメージコントロールを行っている。そして、日下とカズキが航行艦橋で、巨艦を操舵している。彼らは、いまだに武装封印を破っていない。敵の攻撃に必死に耐えている。映像は、攻撃の揺れのためか、ときおり上下にぶれた。

 そうだった。日下とカズキは、必死に身を呈してアリエル基地を守っているのだった。

 肚が決まった。

「総員に達する。現時点をもって、ニーゲル司令率いるギネル艦隊を敵と認識する。攻撃目標はギネル艦隊だ。なお、巨艦ラグマ・リザレックは現在も尚、我々の武装封印に従い、一発のミサイルも発射していない。これは、我々の指揮下にあることを意味する。巨艦ラグマ・リザレックは味方と判断、これより協同にて作戦を展開する!」

 山村の指令に、基地の各所にある表示パネルの色が、ギネル帝国が敵を示す赤に、アンノウンのラグマ・リザレックが味方のグリーンに変わった。


「シンディ隊長、攻撃目標は、ギネル帝国艦隊です」

 カレンからの攻撃目標が伝達された。これで、気持ちはスッキリする。

「シンディ・キッドマン、了解。ギネル帝国艦隊を撃滅します」

 カレンのアナウンスに、シンディが応えた。アリエル基地の航空隊デイビット・バーノンの編隊が、加速していく。ボビット・バーノンの一世代前の機体だが、シンディたちにとっては、スティックを握れば機体と神経がつながったと思えるくらい慣れ親しんだ機体だ。

「敵要塞より、艦載機発進! 数、五十。航空隊は、この編隊を撃滅せよ」

 ニーゲルが乗る機動要塞ザゴン級ガリアが、艦載機ボビット・バーノンの編隊を放ったのだ。その編隊が、シンディ隊長の編隊に襲いかかった。

 シンディ編隊の数は二十機。じゃじゃ馬ツートップの一角、セシリア副隊長が巨艦に行ってしまったことで、その分の戦力ダウンが気になるが、そんなことはおくびにもださない。

「全機、堕とすよ! 撃滅して生きて返るのが命令だからね」

 部下に向かって発破をかける。ギネルとシンディ、二つの編隊がドッグファイトに突入した。

 

「加賀室長、聞こえるか」

「聞こえます、山村司令」

「ラグマ・リザレックの武装封印システムを解除してくれ。ターゲットロックオンシステムは、こちらで解除する。日下君、聞こえるか? 山村だ」

「山村司令?」

「君達への武装封印を解除。反撃を許可する。日下君、部下を、そしてアリエル基地を守ってくれて、ありがとう。貴君と乗組員の行動に感謝する」

「山村司令、我々はアリエル基地に協力します。指示があれば言ってください」

「我々は、貴艦を僚艦と認識した。間もなくアリエル防衛艦隊が、戦闘空域に進入する。協力してギネル帝国艦隊を撃滅されたし」

「了解」

 日下が杳として応えた。そして、艦内に向かってアナウンスする。

「セシリア副隊長と広瀬部隊長、戦闘艦橋へ移動願います。我々は、アリエル防衛艦隊と共闘して、敵艦隊に対処します」

「セシリア・サムウォーカー、了解」

「広瀬大吾、了解」

 すぐに、二人から返事が返ってきた。このとき皆は気付いていなかったが、乗艦している全員の手の甲にラグマの紋章が刻まれていた。

「こちら、加賀だ。武装封印の全システムを解除した。セシリア副隊長、広瀬部隊長、思う存分暴れてくれ」

「了解」「了解」

 セシリアと広瀬の返事がダブった。武装封印のテープから赤い光の放射がなくなり、戦闘艦橋に辿り着いた二人は、それを引きちぎって、中のコンソールに取り付いた。

 やがて、巨艦ラグマ・リザレックからギネル帝国艦隊に向け、号砲が響いた。


「ハイブリッドアーマーに、ブースターをセットしてスタンバイさせろ」

「パイロットは? ビリーはいるのか?」

 アリエル基地航空隊ハンガーとは別に、専用につくられた格納庫に、アリエル基地がオリジナルで開発した兵器があった。「ハイブリッドアーマー・テンペスト」と呼んでいる。それを前にして、メカニックマンたちが奔走している。

 ワーカーといわれる、いわゆる作業用人型ロボットをベースにフレームを強化し、アタッチメント形式で武装強化を図った人型二足型歩行兵器。体長十二メートル。普段は作業用ワーカーとして活用し、有事の際にのみ兵器となる。作業機と兵器の合いの子という意味で、ハイブリッドアーマーと呼ばれている。

 このパイロット、ビリー・レックスが軽やかな身のこなしで、コクピットに滑り込む。ハイブリッドアーマーは、1機しかない。その1機のパイロットに選ばれたビリーは、二十歳の若者だ。あまり深く物事を考えるのは苦手だが、ぐすぐず考え過ぎない分思い切りのいい行動力と反射神経には天賦のものがあった。シンディとセシリアもパイロット候補だが、ビリーが第一パイロットになっている。

 実弾兵器のバズーカ砲と、ビーム兵器のライフルを二丁、そしてそのエネルギーパックを装備して、テンペストは発進命令を待った。

 コクピットのモニターにカレン・ライバックの美しい顔が映った。きちんと整えられたブロンドの長い髪が魅力的だ。

「テンペスト、発進準備よろし?」

「ああ、いつでもオーケーだ」

「テンペスト、発進してください。発進コースα、正面に敵艦あり」

「テンペスト、ビリー・レックス了解。αより発進する」

 ハンガーに屹立しているテンペストが、ハンガーベッドごと仰向けに徐々に倒れていく。完全に仰向けに寝た状態になったところで停止する。今度は、そのベッドが、α、β、γの3つの発進コースのうちのαの発進コースの方向に動いた。テンペストの機体が、そのコースのカタパルトにセットされる。αコースの射出口が赤からグリーンに色が変わった。

「テンペスト、発進」

 ビリーのコールと同時に、テンペストは急激なGとともにαコースより射出された。

 カレンの言ったとおり、射出された方向正面に敵艦が二艦存在した。

 ビリーは機体を加速させ、うち一艦に急接近すると同時に、一気にバズーカ砲を連射する。ターゲットを捉えて、攻撃に移る一連の動作スピードは並大抵ではなかった。

 バズーカ砲の弾数は六。それを全て叩き込んだとき、その艦は沈んだ。本当にあっと言う間だ。ビリーは、今の一瞬で撃ちつくしたバズーカ砲を潔く捨て、ビームライフルに持ち替え、次のターゲットに向かった。


 アイザック・ハイネマン艦長が率いるアリエル防衛艦隊は、八艦で構成されている。旗艦プレアデスと、アルキオネを始めとするプレアデス七姉妹の名を冠した重巡洋艦七艦だ。

 統制のとれた見事な艦隊行動で、敵艦隊を包囲すると早々に一艦を沈めた。これで、残るはニーゲル司令が乗るガリアと戦艦一艦となった。

 戦況はアリエル艦隊に有利だ。決して油断した訳ではない。戦力バランスをみて、そう感じただけだ。アイザック艦長は、機動要塞ザゴンへ照準をつけ、攻撃を開始した。だが、その瞬間だった。機動要塞ザゴンが、アイザック艦長が今まで見たこともない動きをみせた。通常の艦船の動きではない。

 巨艦ラグマ・リザレックのほぼ半分の大きさのザゴン。半分とはいえ、充分に巨大な艦だ。装甲も厚く思える。その巨体が各部の姿勢制御ノズルを駆使して、空間をコロコロと転がるようにして、砲撃を避けていくのだ。目を瞑っても当たるような巨体のザゴンに、アリエル艦隊は、一発も直撃させることができない。それどころか、メローベとタイゲタの二艦を沈められた。

 プレアデスの艦橋に動揺が走る。

「ひるむな、撃ちまくれ」

 吞まれないために、アイザック艦長が声を張る。

 砲撃も雷撃も当たらない。機動要塞ザゴンは、攻撃をかわしていく。

「敵機動要塞、急速上昇」

「なんだ?」

 機動要塞ザゴン「ガリア」が、コロコロと縦に回転しながらアリエル上空に向かって上昇していく。そのスピードが速いため、まるで撤退していったようにも感じられた。だが、そんな訳はなかった。

「敵、機動要塞、再突入!」

 一旦、戦線から離脱したように見えたザゴンが、今度は猛スピードでこちらに向かって突入してくるのだ。

「撃てェーッ!」

「機動要塞に高エネルギー反応、ベルガ粒子砲です」

「全艦、回避」

 回避運動を指示したが、遅かった。ガリアが放ったベルガ粒子砲は、僚艦のアトラス、プレイオネ、マイアを撃沈し、その余波がアリエル基地へと及んだ。

 幸いにしてアリエル基地の司令本部に被害はなかったが、その周辺にあった航空隊ハンガーが破壊された。被害と犠牲者が拡大してゆく。

 

 高速舟艇による襲撃の失敗、巨艦の反撃、アリエル基地の反抗。なにもかもが、ニーゲル司令の筋書きのようにいかなかった。このままでは、ニーゲルは本国に帰ったとしてもラナス皇帝に抹殺される。なりふり構ってはいられない。

「残りの艦載機の部隊を全て出す。重爆撃の装備をさせろ。アリエル基地ごと、巨艦に攻撃だ」

 ニーゲル司令の命令のもと、ザゴンから爆装したボビット・バーノンが次々と発進した。アリエル基地の艦載機は、今もって先の編隊と交戦中だ。重爆撃編隊まで、手がまわるまい。

「ベルガ粒子砲、第二射用意」


「敵機動要塞に高エネルギー反応」

 アリエル基地に悲鳴にも似た声が上がった。

「照準はどこだ?」

「射線軸に、巨艦とアリエル基地」

「重爆撃機の編隊接近」

「対空戦闘、掃射開始」

「巨艦、転針。敵機動要塞への突撃コースです」

 ラグマ・リザレックは、ベルガ粒子砲の発射を阻止するために、自らをザゴンに向かい突貫させるつもりだ。

「ベルガ粒子砲の照準、当基地から外れました。照準、巨艦に固定」

「テンペスト、敵機動要塞に急速接近。アタックに入りました」

 ビリー・レックスが乗るハイブリッドアーマー、テンペストがサゴンにビームライフルを撃ち込んでいる。そのうちの何発かが、ザゴンの制御ノズルとベルガ粒子砲の発射口に命中したようだ。ザゴンは一旦ベルガ粒子砲の発射を中止した。

 ラグマ・リザレックがザゴンに向かって突撃する。だが、ザゴンはその機動力を持って、ラグマ・リザレックの衝突コースを回避した。通過していくラグマ・リザレックの後方に取り付き、攻撃を始めた。更に巨艦を追い立てるように追尾して、攻撃を続けていく。

 この配置をみて、山村はひとつの戦術を描いた。ただし、非常にリスキーな戦術だ。

石動(いするぎ)さとみ情報長」

 山村は、一人の女性を呼んだ。過去ミスキャンパスにも選ばれ、一度だけ女優として映画にも出たことがあるという、歳を重ねても可愛らしさを失わない女性だ。間もなく三十歳になるというが、とてもそうは見えず、二十歳くらいの女子と同じテンションで盛り上がっている姿をよく見かけた。いつもはコンタクトだが、時々メガネをかけて職務にあたる。今日は、そのメガネをかけていた。

「メインメタンガスプラントの熱融合炉を臨界点まで圧力をかけて、爆発させた場合のシミュレーションを作成してほしい」

「メインメタンガスプラントを爆発? メタンガスプラントを爆破するおつもりですか?」

 この極寒のアリエルに、人が生活できるだけの熱量を生成しているメタンガスプラント。アリエルの組成の二十パーセントは固形メタンから成っている。これを利用して、膨大な熱エネルギーをアリエル基地に供給している。

「メタンガスプラントは、アリエルの生命線です」

 石動さとみは、その大きな瞳で真っ直ぐに山村に向かって視線を返した。

 山村は、黙って頷いた。それは、山村も痛いほどわかっている。そもそも彼女は、このプラントの設計・開発・運用の仕事を、軍から受託したダイアモンドマテリアル社の人間だった。それが彼女の明晰な頭脳、能力を見初めた加賀室長により、軍に籍を移したという変り種だ。もっともこのアリエルに出向になった時点で、会社との絆は切れたに等しかった。そのメタンガスプラントに深く関わっていただけに、石動さとみにとっては思い入れも強いのだ。

「わかっている。君と、そして高城さんが命を懸けて建設したプラントだ。よくわかっている。だが、今我々は最大のピンチを迎えている。我々が死んで、メタンガスプラントが残っても高城さんは喜ばない。そうだろう?」

「…………人様の役に立ってこその技術。高城チーフの口グセでした」

 石動さとみはそこで言葉を切ると、山村に敬礼をして

「石動、メタンガスプラントの爆破シミュレーションを解析、作成します」

 その返事を聞いて、山村はもう一度頷いた。

「ロイ通信長、巨艦の日下君に回線をつないでくれ」

 やがて、モニターに日下が映った。

「日下です」

「日下君、現状のまま、敵機動要塞と戦艦を引き連れて指定ポイントに向かってくれ。追って作戦を指示する」

「日下、了解。敵艦隊を引き連れて、指定ポイントに向かいます」

 復唱して日下は通信を切った。

 至近で、敵の重爆撃機からのミサイルが爆発した。基地が激しく震動する。

 シンディ隊長も敵の数に手を焼いているようだ。

「山村司令、爆破シミュレーションできました」

「よし、ミッションテーブルに投影してくれ。ロイ、ジュリア、カレンこっちに来てくれ」

 司令席隣に、大きなテーブルがある。その卓面はディスプレイになっていて、作戦内容を表示、投影できるようになっている。ここに山村以下五名が顔を突き合わせた。

 そこに、アリエルのメタンガスプラントの位置、敵、味方の配置がディスプレイされていた。

「敵、機動要塞が我々にとって最大の脅威だ。これを排除するために、メインメタンガスプラントを爆破する。これが、石動情報長が作成した爆破シミュレーションだ。出してくれ」

 テーブルに爆心からみるみる赤く広がっていく円が表示される。

「この爆発エネルギーエリア内に、敵を誘い込む。石動情報長、プラントの臨界コントロールは、ここからできるか?」

「可能です」

「起爆方法は?」

「炉心に直結している緊急バルブがあります。ここを破壊すれば、一瞬で点火されます。ただし、一番強固に補強されたバルブですので、破壊するとしたら、この一点」

 ディスプレイにバルブの全体図が拡大された。

「バルブ最頭頂部」

 示された箇所のターゲットエリアは、非常に小さかった。

「ここを狙えっていうのか? 砲撃や雷撃ではこの精度は厳しい」

 ロイ通信長の言葉に、石動情報長が頷いた。

「ハイブリッドアーマー、テンペストによる射撃が最も有効かと」

「テンペストのビームライフルを何発打ち込めば破壊できますか?」

 カレンが石動に質問する。

「ビームライフル、三発を打ち込めば破壊できます。緊急バルブ破壊後、十秒後に炉心が爆発します。それまでにテンペストは、爆心エリア外まで退避しなければなりません。テンペストは最大加速の状態で射撃を行い、その速度を維持したまま離脱すればギリギリで爆心エリア外です」

「最大加速で射撃三発? 無茶だ。このトライは一回こっきり、射撃有効距離内で一発でも外したら、それで作戦失敗だ。リトライはない。いっそ、ミサイルでプラントごと破壊したらダメなのか? あ、あれはどうなんです? 開発しているという超長距離射撃システム。確か、プレアデスに搭載してテストしてましたよね?」

「いや、まずアリエル基地からプラントへ中距離ミサイルを発射したら、到達時間まで3分はかかる。着弾地点が解析されれば、こちらの狙いがばれて逃げられるかもしれない。または、ミサイルが撃ち落とされれば、それで終わりだ。アイザック艦長の防衛艦隊からの砲撃も考えられるが、彼らには機動要塞の陽動と牽制を行い、敵を爆心エリアに封じ込める行動をしてもらう。その中で、精度の高い射撃は難しいだろう。それに、プレアデスに搭載予定の超長距離射撃システム『落日弓モード』は、出力に問題があってまだ完成していない」

 山村が、諭すようにそう言った。メタンガスプラントはアリエル基地の、ほぼ真裏の赤道上にある。万が一、メタンガスプラントに事故が起きたときでも、アリエル基地に被害が及ばないようにと、それだけの距離を置いたのだ。

「メタンガスプラントを臨界まで上げたときの異常熱反応で、敵が察知してしまう、ということはありませんか?」

 ジュリアがおそるおそる質問した。それに対して、石動さとみはフッと頬を緩めた。

「敵は、メタンガスプラントを発見することはできないわ。皆さん、お忘れのようですが、あのメタンガスプラントは、地表面反射率とアリエルの幾何アルベドから算出した光学迷彩が施されています。ちょっとやそっとじゃそこに建造物があることに気付きません。それと建屋自体が五層構造になっていて、アリエルのマイナス百八十度の冷気を溜め込んでいるんです。炉心は異常熱量になりますが、建屋自体の温度に大きな変化は出ません。よって熱反応で探知されることもありません………」

 石動さとみが、そこで言葉を詰まらせた。俯いたその目に、うっすらと涙が浮かんでいた。

「どうした?」

「すみません。ちょっと思い出してしまって……まったく、高城主任とさんざんケンカしたんですよ。こんな無駄な設備を施さなくたって、プラントの生産性にはなんの支障もない。そんな設備は必要ないって、私は主張してました。なのに高城主任は、ここは軍の施設だから、万が一、万が一って言って。プラントが攻撃対象にならないように必死に策をねって、勝手に光学迷彩を設計に盛り込んじゃって……でも、今そのおかげで作戦が立てられている…高城主任から、そら見ろって言われているみたいで、ちょっと悔しいです」

 石動さとみは、中指で頬に伝った涙をぬぐいながら、当時の高城主任の顔を思い出していた。どんなに仕事がきつくても、いやきついときほど笑っていた。あれだけの設備の設計追加を行ったのは、もちろん軍のためだろうが、たぶん一番の理由は一人娘の高城奈津美ちゃんのためだったんだろう、と思う。アリエルの地で、娘が安心して暮らせる日々を守るためにあれだけのことをしたんだろう。病に倒れ、娘のことを心配しながら亡くなってしまった高城主任。たぶん、今でも奈津美ちゃんのことを心配しているに違いない。

「テンペストの射撃に入る一分前に、光学迷彩を解除します」

 こぼれた涙をぬぐって、石動さとみは毅然とした声で言った。

「他に質問は?」

 山村の問いに、誰もが首を横に振った。

「よし、テンペストのパイロット、ビリー・レックスの射撃に賭けよう」

 意を決して、山村が言った。

「メタンガスプラントをテンペストによる射撃で爆破する。この作戦で、敵を殲滅する。巨艦ラグマ・リザレックで敵をプラントまで誘導、プレアデス以下防衛艦隊で敵の陽動と爆心エリアへの封じ込めを行う。以上の作戦概要を、ラグマ・リザレックの日下君、プレアデスのアイザック艦長、テンペストのビリー、航空隊長のシンディに通達してくれ」

 ロイ、ジュリア、石動、カレンが各々の持ち場に戻り、作戦遂行に向けて動き出した。

「テンペストより、エネルギー補給要請」

「空中補給機を出せ。シンディ、航空隊より空中補給機を発進させる。テンペストの空中補給が完了するまで、テンペストを守りぬけ」

 今、ここでテンペストを落とされる訳にもいかないし、エネルギー不十分で作戦行動に支障をきたす訳にもいかない。

 アリエル基地から、デイビット・バーノンの機体を改良したエネルギー補給機が発進した。

 敵ザゴンから発進した艦載機とシンディ率いる航空隊との戦闘は、一進一退の膠着状態に陥っている。数で不利だったシンディ隊だったが、撃墜数を重ね、第一波の編隊を退けるに至った。これはさすがだった。だが、その後これに重爆撃機の編隊が加わって、再び状況は拮抗してしまった。特に重爆撃機から発射される地対地ミサイルは、基地への被害が大きく、発射される度にシンディの肝を冷やした。と、同時に怒りがこみ上げる。あの基地施設の奥には、自分の息子がいるのだ。息子を生命の危険に晒す訳にはいかない。

 山村からテンペストの防衛命令が出たときは、それこそ鬼神が乗り移ったかのような働きで、撃墜していった。本当に空中補給をしている間、敵に指一本触れさせなかった。

「テンペスト、エネルギー補給完了しました」

「各自、時計あわせ! ヒトヨンマルマルより作戦を開始する。ビリー、必ず成功させろ。そして生きて帰還するんだ」

「ビリー・レックス、了解。メタンガスプラントを破壊し、必ず生きて帰還します!」

 山村の言葉に、力強く返事を寄越したビリーは、最大加速でプラントに向け発進した。

「作戦開始! シンディ隊は基地上空の防衛にあたれ」

「シンディ、了解」

 アリエル基地全体に凛とした空気が張り詰めた。作戦に向け、全てが動きだした。

(高城さん…)

 山村もまた、メタンガスプラントの建設責任者だった高城主任のことを思い出していた。極寒の中での建設現場は、想像以上に過酷だったはずだ。だが会うときはいつも笑顔で、自慢は一人娘の奈津美ちゃんだった。

 メタンガスプラントが完成して三年後。病で高城さんは、あっと言う間に逝ってしまった。だが、大きな仕事をやり遂げて、結果人々が喜んで幸せそうにしている様子を、高城さんは知っている。山村が最後に会ったときも、高城さんはまた笑顔だった。

 …高城さん、すまない。貴方が、命をかけて作ったプラントを破壊する。奈津美、許せ…

 アリエル基地とそこに住む人々を守るために、決断した山村は昂然と顔を上げた。


 ラグマ・リザレックの後ろに食いついたギネル帝国のガリアと戦艦の二艦は、執拗な攻撃を続けてくる。艦尾に攻撃が集中しているため、相変わらずエンジンの安定性はよくない。が、これをトムソンとハワードが奔走して対処している。戦闘に関しては、セシリアと広瀬が反撃、おかげで日下は操艦に集中できた。

 今回のミッションは、秒単位の行動が求められているのだ。現在の巡航速度を保ち、ガリアとは付かず離れずの距離をキープする。

 右舷からはプレアデスが最大射程距離から砲撃を繰り返し、機動要塞ザゴンガリアを牽制している。おそらくギネルの二艦は、ラグマ・リザレックとプレアデスに気を殺がれ、急速に接近しているテンペストには気付いていない。そして、光学迷彩を施したメタンガスプラントにも気付いていないようだ。

 実際、今をもってしても日下自身、メタンガスプラントがこの近くにあることが視認できない。全く、見事な光学迷彩だ。

「日下さん、時間だ」 

 カズキがぼそりと言った。珍しく、緊張しているのだろう。その声が少し掠れていた。

「メタンガスプラント、光学迷彩解除。プラント内圧力上昇、臨界点まであと三〇秒」

 石動さとみ情報長からの報告が、ラグマ・リザレック全艦に響き渡った。

 突如として、後方監視モニターに巨大な建築物が浮かび上がった。迷彩に覆い隠されていたメタンガスプラントだ。

「キックオフ! ゴーだ!」

「トムソン機関長、機関出力全開! 最大戦速」

「出力全開、最大戦速」

 トムソンの復唱の後、ラグマ・リザレック自身が咆哮をあげた。それくらい、エンジンから伝わるパワーが凄いと感じた。

 巨艦ラグマ・リザレックが加速する。同時に、セシリアと広瀬は戦闘艦橋から一層の砲撃と雷撃を放つ。機動要塞と戦艦、二つの敵を爆心エリア内から逃げられないように封じ込めなければならない。それは、プレアデスにいるアイザック艦長の任務でもある。

 そして彼方上空から、ハイブリッド・アーマーテンペストが最大加速で、プラントに接近していた。

 

 決して広いとは言えないテンペストのコクピットで、ビリー・レックスは大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。体が緊張で硬くならないように意識する。手首を軽くスナップする。射撃のときに、トリガーにかかる指が動かないなんて、そんなヘマをしないように。そして、そのトリガーに指をかけた。

「石動です。緊急バルブのターゲットのデータを送ります」

 通信モニターに石動さとみ情報長が映った。同時に射撃ポイントのデータが届く。

「こちら、ビリー。データ確認。いただきました」

 チラリと、ビリーは通信モニターを見た。真剣な表情の石動がいる。

「ビリー、あなたの腕を信じています。がんばって」

 石動さとみが、真顔の表情からにっこりと微笑んだ。その表情のギャップに、ビリーは一瞬ドッキリする。しかし、それを悟られないようにビリーは視線を外して、操縦レバーを握り直し、「了解」と応えた。

 テンペストは、ずっと加速したままだ。強烈なGの中で、この上ない正確な射撃を要求されている。

「ハードル、めちゃくちゃ高いよな」

 独り言だ。ぼやいたり、ぐちったりしている訳じゃない。言葉と裏腹に、気持ちは集中している。

 出撃時、ビームライフルを二丁装備したこと、そのエネルギーパックの予備を持ったことを自分で自分を誉めた。エネルギーパックを入れ替えて、ライフルの射撃弾数を満タンにする。これで、弾数の心配をすることはない。ひとつでも不安材料がなければ、気分は違うものだ。

 カウントダウンが始まった。

 眼前に光学迷彩を解いた、巨大な建造物メタンガスプラントが迫っている。

 目指すは、その巨大なプラントのただ一点。緊急バルブの最頭頂部。ターゲットの位置は、石動情報長からのデータがモニターに反映されている。

「ゴー!」

 加速するテンペスト。ターゲットが迫る、迫る、迫る。

 レティクルが合わない、合わない、合わない。ロックオンされない。

 ビームライフルの有効射程距離に入った。

 レティクルが合わない。

 レティクルが合わない。

 合った!

 ビリーはトリガーを引き、連続してビームライフルを撃った。1発目、2発目が命中した。3発目が外れた。機体のスピードが早すぎる。4発、5発目が当たらない。あと一発当てなければ、バルブが破壊できない。破壊できなければ、アリエルはお終いだ。そう思った瞬間に、ビリーはテンペストのスピードをほんの一瞬緩めてしまった。確実に射撃を優先するためだ。

 7発目が命中した。バルブが破壊されるのが確認できた。

 ほっとするのも束の間、ビリーはすぐさまテンペストを加速させる。

 爆発エリアから退避しなければ、自分の命がない。

 閃光とともに、メタンガスプラントが爆発した。その火炎がテンペストの後方から襲いかかってくる。これを振り切らなければならない。

 ビリーは、声の限りに叫んでいた。生きて帰る、と山村に返した。その約束を守るのだ。

 だが、先に一瞬加速を緩めたことが仇になっている。ほんの数秒だが、計算より遅れている。爆発エネルギーがテンペストに追いついて、そしてその機体を呑み込んでいった。


 ラグマ・リザレックを後方から追尾して攻撃を繰り返す機動要塞ザゴンの中で、ニーゲル司令は、ここが勝負どころと判断した。巨艦の艦尾が丸見えだ。エンジンのひとつでも損傷させれば、こっちのものだ。だが、その距離がなかなか縮まらない。右舷から、アリエル防衛艦隊の生き残りが、砲撃を繰り返して牽制してくるのだ。鬱陶しく、忌々しい。

 ニーゲルのなかに、苛立ちが芽生え始めたときだった。

「前方に巨大建造物出現!」

 光学迷彩が解除されたプラントが、全く予想していないところで出現したのだ。

「なんだ?」

 驚愕と想定外の出来事で、ニーゲルはわずかに混乱したが、すぐさま解析を指示した。

「巨艦、加速。距離が離れます」

「逃がすな、こちらも最大戦速だ」

「上空より、高速飛行物体、急速接近」

「建造物は、メタンガスプラントです。高速飛行物体、プラントに向かっています」

「なにをするつもりだ?」

「右舷艦隊、転針。わが艦隊より距離離れます」

 今まで執拗に牽制していたアリエル艦隊が、一転して離れていく。まるで回避行動だ。

 回避行動?

 ニーゲルの心臓が早鐘のように鳴り出した。

 まさか? まさか? 見事にはめられたのか?

「全艦、反転上昇、回避せよ」

「前方、プラント爆発!……」

 最後のオペレータの報告は最後まで聞き取れなかった。

 ニーゲルともども、ザゴンはプラントの爆発の閃光のなかに一瞬で飲み込まれた。その膨大な熱エネルギーに船体が溶け、消滅していく。叫び声をあげることすら叶わないほどの残酷さで、命を奪い取っていった。

 

「テンペスト、テンペスト応答せよ」

 カレン・ライバックが繰り返し、呼びかけていた。が、反応がない。爆発の影響で、音声はクリアではない。レーダーも捕捉できていない。

 雑音がひどい。カレンが何度も呼びかけている。

 司令部に落胆の空気が漂い始めた矢先、不意にノイズの中から、音声が聞き取れた。

「……こ…ら、……リー・…ックス」

「ビリー、ビリーなの?」

 カレンの声に、今度ははっきり音声が届いた。

「こちら、ビリー・レックス。生きてます。でも山村司令、テンペスト、オシャカにしちゃいました」

 ビリーの声に、司令部全員が歓声を上げた。

 石動さとみ、ロイ、カレン、ジュリアに笑顔が灯った。

「ビリー、よくやった……ありがとう」

 山村は無線機のマイクをとりあげ、ビリーに語りかけるようにそう言った。


 収束していくプラントの爆煙の中から、ハイブリッドアーマー・テンペストが見るからに不安定な状態で出てきた。装甲は焼けただれ、機体自身からも煙を吐いている。一部翼は折れ、損傷箇所から放電している。推力がときどき停まるので、そのたびに墜落しそうだ。殆ど惰性で飛行していると言っていい。

 ラグマ・リザレックがゆっくりと旋回して、テンペストに向かっていた。

 日下がビリーに、ラグマ・リザレックの甲板に降りるように呼びかけた。その指示に従って、テンペストは巨艦の広い甲板に着艦した。だが、テンペストの脚部の損傷もひどく、駆動系が自重を支えられなくなっていて、立つこともままならなかった。テンペストは、そのまま腰をおとし、甲板に座り込むような格好でようやく落ち着いた。

 パイロットのビリーを助け出そうと、カズキと広瀬が宇宙服に身を包み、テンペストのコクピットに向かっているのが、モニター越しに見えた。

 日下は、ほっとしてシートに身をあずけた。


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