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クラッシュトリガー  作者: 御崎悠輔
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第七章 追撃

 ラグマ・リザレックはギネル帝国上空に出現し、その軍事基地を短時間で陥落させた。修理の完了したラグマ・ブレイザムを使用したのだ。

 丁度このとき、ガデル少将が火星基地へと向かっていたことが日下達には幸いした。でなければ、こうは簡単にはいかなかったろう。

 ギネル帝国の軍事基地を叩いた後、彼等は目標のギアザン帝国に向け、大気圏外へと脱出した。


 ギネル帝国艦隊旗艦ゴルダ。そのブリッジのメインモニターに、ラナス・ベラ皇帝の厳粛な顔が映っていた。その射るような目が、一直線にガデル少将へと向けられている。その瞳の奥には、怒りと憎悪がありありと浮かんでいた。その表情に、一瞬ガデルもたじろいだほどだった。

「ラグマ・リザレックがこの時代に侵入して、我がギネル帝国の軍事基地の八十パーセントを壊滅状態に陥れた。そして、ラグマ・リザレックは宇宙空間へと脱出した」

 プライドを傷つけられ、ラナス・ベラの容貌は更に冷酷さを増したように感じられた。

「ガデル少将、今やラグマ・リザレックは、我々にとって倒さねばならぬ最大の敵だ。しかし我々は、同時にプラネット444の侵攻作戦も急がなければならぬ。今回のラグマ・リザレックの攻撃でこちらの作戦は大幅に後退してしまった。ガデルよ。ラグマ・リザレック追撃か、プラネット444侵攻作戦か、二者択一、どちらをとるか?」

 一度ガデルは目を伏せ、思案を巡らせた。が、すぐに決意は固まったようだ。睨みつけるようにラナス皇帝に視線を向ける。

「私は、ラグマ・リザレックを追撃します。ラナス皇帝、火星基地の残存艦隊をいただきたい」

「わかった。プラネット444(トリプルフォー)の侵攻は、ロラン大佐に任せることにしよう。健闘を祈る」

 ガデルは無言のままラナス・ベラ皇帝に敬礼を送った。

「全艦、発進準備。六時間後に我々は火星基地を発進。巨艦ラグマ・リザレックを追撃する」

 ガデルはマイクに向かい、そう命令を下した。


 同時刻。(ルナ)基地(ベース)では、デリバン連合王国の元第二攻撃艦隊旗艦グレートデリバンが、発進準備を完了していた。

「グレートデリバン、発進準備完了しました」

 デュビル・ブロウ中佐に向かい、機関長が言った。エンジンに火が入り、グレートデリバンは安定した鳴動を響かせている。

「しかし、デュビル中佐。半数近くのデリバン連合王国艦隊を独断専行で動かして、後でどんな処罰を受けるかわかりませんよ」

 しかしデュビル・ブロウは、不安げに言うカイル副長の言葉を全く意に介さず、発進準備を指示していた。が、一呼吸おいて、じろりと副長に目をやって口を開いた。

「心配するな、カイル副長。ガルフラン首相は、私にラグマ・リザレックの追撃を命じた。ザゴンプロトタイプが、敵の戦闘機たった一機に撃墜された。相手はそんな測り知れない戦闘力を持っているんだ。これくらいの戦力は必要だと首相も理解している」

カイル副長に言葉を投げかけて、デュビルはモニターに視線を転じた。

「ガントリーロック、解除」

「ガントリーロック解除」

 一瞬軽い浮遊感を覚えたと同時にグレートデリバンは、上昇を開始した。

「補助エンジン、スタート」

 主操縦士がそれを復唱する。。

「補助エンジン、出力八〇パーセント。上昇角四〇」

「補助エンジン、最大臨界へ」

 グレートデリバンのノーマルエンジンが光の咆哮を上げた。

 艦隊を率いて、グレートデリバンは宇宙空間へと飛び立った。月の重力圏を抜けると同時に、デュビルは次々と指示を下した。

「反物質エンジン始動用意。反物質衝撃炉作動開始。動力接続、点火」

 両舷四基のノーマルエンジンに挟まれるように配置されているグレートデリバンの二基のメインエンジン。それは反物質の対消滅エネルギーを推進力に転換するシステムだ。

 メインエンジンの点火と同時に伝わってくる加速は凄じく、瞬間艦内のものがぐらつくほどだ。人工重力とショックアブソーバー機構が働かなければ、後方へと投げ飛ばされてしまうだろう。

 しばらくの間、星の海を航行した後、デュビルは亜空間ワームホール航行を命じた。

 何故か焦りを感じている、と自分でもわかった。

「艦長、待ってください」

 レーダー手が声を上げた。

「艦隊捕捉。火星より発進した模様。ギネル帝国です。距離わが艦隊より、前方十八コスモマイルです。あ、たった今レーダーより消失。空間境界面裂破! ワームホール発生。ギネル艦隊、SWナビゲーションにはいりました」

 ガデル少将だ、とデュビルは反射的に考えた。

「我が艦隊もSWNに入る。あの艦隊に追いつけ」

「デュビル艦長、転位座標は?」

「ゴルダの重力波紋のデータはあるな」

 反物質エンジンと、それをもとに発生させるシュレゲリークォークの組み合わせには、個々の艦が持つ特徴がある。そのパターンが重力波紋だ。潜水艦で言うところの音紋に相当する。

「ゴルダの重力波紋なら、一発で探知します。そうだな、有村ななみ空間測定長」

 カイル副長が即座に答え、有村ななみ空間測定長に振った。女性で、若いながら優秀な亜空間ソナーの使い手だ。

「任せてください。ゴルダの重力波紋なら、見逃しません。ソナー効力最大で追跡します」

「よし、ワームホール突入後、ゴルダの重力波紋を捉える。急げ、遅れるとその痕跡も消えてしまう。亜空間回廊続いて亜空間カテドラル生成開始。シュレゲリークォーク、インパクト。SWNスタートだ」

 デュビルの声の後、デリバン連合王国の艦隊は亜空間カテドラルを生成して、ワームホールへとフォールインした。ゴルダの重力波紋を特定して、ワームホールの出現座標を絞り込む。

 同時に窓の外には、鮮やかな光彩が飛び交う。その光の流動の眺めは、ある種の美学に値するかもしれない。

 やがて、艦隊はワームホールをサーフェスアウトした。

「艦隊捕捉、ギネル帝国です」

「よし、交信する」

 デュビル・ブロウは、そう言いながらモニターに目を据えた。漆黒の闇に微かな光点を放って、ギネル帝国艦隊があった。

 更に、その先には巨大なリングを冠した惑星、土星の壮観な姿があった。


 日下とカズキは、ラグマ・リザレックの艦内チェックを更に続けることにした。

 この艦の機構は、まだまだ未知な部分がある。艦内をよくよく見て周り、もっとこの艦を知る必要がある。そう思ったからだ。

 その調査の中で、最初に轟が搭乗した艦ラグマ・ヒュペリオンにドーム型の空間を発見した。なんと、そこに大地があった。豊かな黒い土とまばらに木々が立ち並び、林を形成していた。そこは、地球の自然の一部を切り取って、そのまま移植したような光景だった。ある意味とても安心する空間でもあった。ドームの屋根は開放することができ、太陽光を取り入れることもできた。奥まった所には整然と並んで、野菜とおぼしきものが植えられている。まるで菜園と言った感じた。その隣には、果実類もあった。

「これ食えるのかな」

「後で調べてみよう。食えるとしたら、大収穫だ。これほどありがたいことはない」

 長い宇宙航行で、大地に触れることができ、野菜や果物が食える。これは、精神的にも身体のことを考えても、ストレス解消につながる。乗組員のことを考えた施設と言えた。

 順に見て回って、ラグマ・ヒュペリオン、ラグマ・クロノス、ラグマ・レイアの3艦には各々特徴的な役割が与えられていることがわかってきた。ラグマ・ヒュペリオンは航行設備を主にしており、戦闘に関する火器管制を行うのがラグマ・クロノス、それを総合的に監督し、情報分析しつつ空母として艦載機など発艦指示のコントロールなどあらゆる作戦指示を展開するのが、ラグマ・レイアというわけだ。

 日下達はそれぞれのブリッジに航行艦橋、戦闘艦橋、司令艦橋と名前をつけた。

 その日下達がどうしても理解できなかったものが、三艦がドッキングしたラグマ・リザレックのメインエンジンと、その両舷および艦底にある巨大な砲門だった。これは、アレック・アルベルンたちが残したメモリーディスクの中にも、説明が記録されていない。

 通常航行だけなら、メインエンジンがなくとも両舷の補助エンジンで全く支障はない。だから、沈黙したままでも不都合があるわけではないが、このエンジンの規模や出力を想像したとき、ある意味恐ろしさを感じる。

 そして、それに接続しているであろう巨大砲門。その破壊力は?

 依然未知数を抱えながらも、日下達はギアザン帝国へと進路をとる。その気持ちには変わりがなかった。

突然、艦がグラグラと揺れ出した。

「なんだ?」

 同時に警報が鳴り出した。日下とカズキは、同時に戦闘艦橋に向かい駆け出した。

 戦闘艦橋のモニターには、既に警報を鳴らす原因が映し出されていた。

「拡大投影」

 カズキがスイッチを入れた。

 そこに映ったのは、ギネル帝国とデリバン連合王国の連合艦隊だった。

「全艦コンピュータオート、反撃モードに切り替える」

 コンソールを操作しながら、日下が叫ぶ。

 敵艦から砲撃が開始された。艦が激震して、日下はコンソールから放り出された。

「右舷三四ブロック被弾。隔壁閉鎖。損傷軽微」

 コンピュータから、ワーニングメッセージが無機質に流れた。

 日下は再びコンソールに座ると、医務室に艦内マイクを切り替えて叫んだ。

「リー先生、大丈夫ですか? 敵からの攻撃が始まりました。ベルトを着用してください。それと轟の身体を固定してください」

「了解」

 マイクを通じて返事が返ってきた。

「カズキさん、レーダー、わかるか?」

「なんとかなる。いくぞ。左後方より艦隊接近。距離、距離十一コスモマイル」

「左後方、距離十一」

 日下はカズキの情報をコンピュータに流し込む作業に翻弄された。素早くキーを叩く。

「発射」

「また、被弾」

「どこ?」

「真後ろだ」

「カズキさん、航行席に着いて。転針する」

 カズキはレーダー席を離れて、パイロット席へと移り、その操縦桿を握った。

「右だ。取り舵四十五度。土星に向かえ」

 ラグマ・リザレックは、その巨体をゆっくりと右へ向け始めた。その全身には何発ものミサイルやビームが着弾し、炎上していた。暗黒の宇宙を、あらゆる色のスペクトルが引き裂いていた。


「巨艦、土星に転針!」

 レーダーオペレータから報告が入る。それを聞いて、戦闘空母ゴルダ艦長のガデルは満足そうな笑みを浮かべた。

「思うツボだ。全艦ラグマ・リザレックを土星の輪、カッシーニ間隙へ追い込め! そこでこれを殲滅する。グレートデリバンにも打電しておけ。全艦、最大戦速‼ 砲撃を続けながら、土星に向けて転針せよ!」

 ギネル・デリバンの連合軍はラグマ・リザレックの左舷後尾に攻撃を集中し、土星へと転針させた。また、真後ろからも攻撃の手を緩めず、これを追い立てた。


「これが…そうなのか?」

 ラナス・ベラは、傍らに立つ痩身の技術者に向かって、そう尋ねた。

「そうです。これが閣下の命令により設計開発した、最新にして最高の重機動要塞アガレスです」

 この開発を担当していた技術責任者のヤン博士は、半ば陶酔したような表情で、ラナスに向けて言葉を発していた。

「…アガレス……」

 ラナスは、確認するように呟いた。

 暗い工場だった。更に静寂でもあった。そこに巨大な円盤型の要塞が横たわり、今まさにそのシステムが起動しようとしていた。圧倒的なパワーを秘めた機体だった。

「いつ出撃できるのだ?」

「ハッ、まだ反次元エンジンの最終チェックと、最初のエンジン点火に伴う反物質をエンジンのパワーフィールド内に封じ込めなければなりません。これに使用するエネルギーは莫大なものになり、この補給にもかなりの時間がかかります。少なくとも五十時間は必要です」

「わかった。きっかり五十時間で出撃態勢を整えなさい。それ以上の遅れは許しません。パイロットは、十時間以内にこちらに到着する。既にシミュレーションは完璧だそうだ」

「しかし、反次元エンジンのパワー係数はシミュレーションの限界を越えていますが」

「パイロットになるのは、CA部隊の人間だ」

「CA? あぁ、コンバットアニマルですか」

 ラナスは、じろりとヤン博士を睨め付けた。

「し、失礼しました。コンプリートアサルトでした」

 全く科学者というのは、研究以外の言動は無神経でならない、とラナスは思う。

 ラナス・ベラ皇帝直轄の特務機関。それがCA部隊だ。幼少の頃から厳しい検査を受け、才能と素質のある子どもだけを、この特務機関で更に英才教育を施す。

 英才教育といっても、そこで培われる才能とは、兵士としての資質のことだ。

 優れた兵士を育てるための特務機関。そこでの全プログラムを履修し、認められた者をCA「完璧(Compleate)なる強襲兵(Assaulte soldier)」の意味で呼ぶ。彼等は歳若くして、戦闘に関するあらゆる知識、体術をマスターしており、エリートと称される。ひとたび出動すれば、作戦の最高戦闘指揮官としての任につく。

 だが、彼等は日常生活一般のことは殆ど知らない。幼い頃から、兵士としての教育だけを施された彼等は、戦闘に関しては並みの人間の及びもつかないプロ中のプロではあるが、それ以外の、人間としての感情や知識が欠落していると言っていい。

 配属された側の人間は、非常に面白くない。命令書一枚で、権利の全てがCAに委譲される。そして、司令官から一般兵士まで全てが、突然着任したCAの冷徹な命令に従わなければならないのだ。しかも、見た目は自分たちより明らかに若輩者なのだ。これが、他の一般兵士の不満を作らない訳がなかった。

 だから、一般兵士は陰口を叩くのだ。常識に欠けた、戦闘しか知らない集団。人間ですらない戦闘動物、コンバットアニマルと。

 ラナス・ベラも、そんな侮蔑された呼び名があることは知っていた。だが、そんな風評も消し飛んでしまうくらいCAの戦闘指揮ぶりと兵士としての評価は絶大だ。殊に、今回このアガレスのパイロットに選任されたレイビス・ブラッドの能力は、歴代のCAの中でトップを誇る。アガレスを託し、ラグマ・リザレックを捕獲し、ひいては創生エネルギー「ラグマ」の真実にも肉迫してくれよう。

 ラナス皇帝はそんな思いを馳せながら、横たわる最新鋭重機動要塞アガレスを見上げた。


 ギネル・デリバン連合軍の砲撃に、ラグマ・リザレックは追い立てられるようにして、土星へと舵を切った。

「日下、奴ら追ってくるぞ」

 カズキ・大門がモニターを見上げて、操縦桿を握り直しながら言った。

「敵艦隊との距離が、縮まってきている。このままだと追いつかれる」

「速度そのまま。取り舵一杯」

 左舷より攻め立てるギネル・デリバン艦隊の執拗な砲撃に、ラグマ・リザレックは激震する。日下の体が、大きく右に傾く。

 コンソールのモニターで、敵艦隊との位置関係を確認する。

(左舷の九時と七時の方向か)

 レーダーパネルの輝点は、少しずつ距離を縮めてきている。今は砲撃のみの攻撃だが、距離が縮まれば、これに雷撃が加わってくるはずだ。更に、危機的状況になる。

(このまま行けば、その先は土星か…)

 日下は天井のモニターを見上げた。

(どうする…)

 日下は、揺れに必死に耐えながら思案した。やがて

「カズキさん。そのまま土星の輪の中に入り込め。突入だ」

「了解」

 艦長席のコンソールから、敵艦隊に対して反撃のための砲撃のデータを入力する。

「発射」

 日下は、発射ボタンを押した。連続して砲撃を続けるが、敵艦隊の足を止めるには至らなかった。

「カズキさん、右だ。取り舵四十五度。転針する」

 ラグマ・リザレックは、その巨体をゆっくりと右へ向けた。その全身に、何発ものミサイルや砲弾が着弾し、炎を上げた。


「巨艦が転針しました。土星へ向かっています」

 戦闘空母ゴルダのブリッジで、レーダー手が声を上げた。それを聞き、ガデル少将は満足そうな笑みを浮かべた。

「ようし、思うツボだ。全艦、巨艦ラグマ・リザレックを土星の輪、カッシーニ間隙へ追い込め! そこで、これを撃沈する。グレートデリバンに打電にしろ。全艦最大戦速! 砲撃を続けながら、土星に向けて転針せよ。全空母、艦載機を発進させ、カッシーニ上空で巨艦に対し攻撃せよ」

「巨艦が、魚雷の射程距離に入りました」

「全艦、砲雷撃戦用意! 撃てェ!」

「ガデル少将、グレートデリバンより入電」

「メインモニターにつなげ」

 天井のモニターに、デュビル中佐の顔が映し出された。

「ガデル少将、我々デリバン連合王国艦隊は、ショートSWNをかけ、カッシーニ間隙の上空へ先行します」

 デュビル中佐のその言葉を聞き、ガデルは薄く口元を緩めた。その表情を見て、得心したのかデュビル中佐はプッツリと通信を切り、モニターから消えた。

「ガデル提督、デリバン連合王国が独断専行しては作戦に弊害が起きるのでは?」

 ビトレイ副長が不満げに尋ねてよこした。だが、ガデルは意に介さず「かまわん」と一言だけ言って、作戦進行の状況に目を転じた。


「バリアーフィールド、艦首に集中展開!」

 ラグマ・リザレックは、あえて土星の輪の氷と岩塊の中を突き進んだ。少しでも敵艦隊の足を止めることと、砲撃と雷撃の直撃を避けるためだ。

 ラグマ・リザレックの強力なバリアが、岩塊を弾き飛ばしいく。そのおかげで最大戦速で突き進むことができた。少しずつではあるが、敵艦隊との距離が開き始めた。

 操縦桿を握っているカズキ・大門は必死の形相だ。慣れない宇宙空間での高速移動、そのうえ岩塊と氷が衝突してくる様は、バリアーがあるとはいえ、恐怖を感じずにはいられない。

 バリアーは艦首に集中しているため、砕けた石がパラパラと、船体後尾のバリアー効力が薄い部分にぶつかっている。小粒だから、損傷に至らないのが幸いだ。

「日下大尉、どこまで進むんだァッ!」

 日下はメインモニターに、現在の土星の輪、敵艦隊、そしてラグマ・リザレックの位置関係を示した簡略図を転送した。

「いいか、カズキさん。あと五コスモマイル、そのまま直進。そうすれば、カッシーニの隙間に出る。土星のリングとリングの隙間だ。その空間に出たら、この岩塊が一旦なくなる。そこで反転して、まだ岩塊のリングの中にいる敵艦隊を攻撃する。それまで、頑張ってくれ」

「了解」

 千本を越える岩塊と氷の集まりである土星の輪。そのリングとリングの最大の隙間がカッシーニの隙間と呼ばれる空間だ。

 突然、衝撃が嘘のように消え、揺れがピタリと止んだ。

「ようし、抜けたぞ。カッシーニの隙間だ。カズキさん、反転百八十度。敵艦隊を迎え撃つ」

「了解」

 ラグマ・リザレックがその巨体を傾げて、回頭する。

「照準セット、目標敵艦隊」

 日下が発射ボタンに手をかけ、それを押そうとしたときだった。警報が艦橋に鳴り響く。

「アラームメッセージ、敵機レーダー探知。直上より接近」

「なんだと?」

 激震が艦を揺らす。ギネル艦隊から発進した敵艦載機、ボビット・バーノンの編隊だった。対艦ミサイルが雨となって降り注ぐ。

「対空戦闘オート。砲撃開始」

 ラグマ・リザレックの砲門が一斉に火を吹いた。だが、その照準は精度を欠いた。オペレーションが追いつかないのだ。

 更に、警報が鳴り響く。

「アラームメッセージ、後方二〇コスモマイル、空間境界面裂破。敵艦隊SWNサーフェスアウト」

「亜空間ワームホール航法だと」

 先行したデュビル中佐率いるデリバン連合王国艦隊が、出現したのだ。

 頭上はギネル艦載機に押さえられ、後方はデリバン連合王国艦隊、そして土星の輪をかいくぐってギネル艦隊が押し寄せてくる。

「前門の虎、後門の狼、おまけに頭上は猛禽類か」

「アラームメッセージ、下方より大型機動要塞接近」

 ギネル艦隊、機動要塞ザゴンが真下より潜りこんできた。

 全方位が敵に塞がれた。


「精神波感応ペイント弾装填。巨艦最短距離の岩塊に向けて発射しろ」

 デュビルが命令を発した。

 グレートデリバンより、直ちに実弾が発射された。それは、巨艦近くの土星の輪の岩塊と氷に向けて発射され、着弾前に爆発して特殊な塗料が広範囲に飛び散った。岩塊と氷に付着したその塗料は、即座に反応する。

 デリバン連合王国艦隊の中で、念動力に長けた兵士たちが意識を集中して精神波を放射すると、塗料が付着した岩塊がラグマ・リザレックに向けて動きだした。

 精神波感応ペイントは、付着した物体に対し、念動力の力を増幅して受け止め、意のままに動かすことができるのだ。

 大規模な投石が始まった。グレートデリバンのβμにコントロールされた岩塊や氷が、ラグマ・リザレックに降り注いだ。


 驚愕したのは、日下、カズキたちだ。左右から、岩塊が襲ってくるのだ。その岩塊はどこへ舵を切ろうとも、ラグマ・リザレックを追いかけてくる。原始的だが、その(いし)(つぶて)はラグマ・リザレックに徐々にダメージを与えていく。バリアーが、比較的大きな岩塊は弾き飛ばしてくれるが、そこで砕けた礫が、更に降り注ぎ船体にダメージを与えている。

「アラームメッセージ。バリアー発生デバイス損傷。出力急速ダウン。負荷限界、タイムリミッター作動。バリアー一時停止。消失まであと十五分」

 長時間バリアーを発生させ続けて、土星リングを突っ切った。損傷を受けたと同時に、装置に負荷をかけすぎたようだ。リミッターがかかってしまった。

「アラームメッセージ、バリア消失まで、あと一〇分」

「日下ァ」

「カズキさん、とにかくジグザグ航行をしてくれ。亜空間ワームホール航行システムを立ち上げて、とにかくこの場から逃げる」

「逃げる? 逃げるのか」

 この状況は、とにかく不利だ。悔しいが、敵の指揮官の方が一枚も二枚も上手だ。

 司令艦橋で、亜空間航行のシステムを立ち上げることはできるが、精度の高い航路設定は無理だ。ワームホール座標設定の精度が悪ければ、長距離ジャンプは望めない。が、少なくともこのままでは撃沈される。


「全艦ベルガ粒子砲用意。カッシーニ間隙を抜けると同時に発射する。射線情報を艦載機攻撃隊とデリバン連合王国艦隊に送り、退避命令を出して離脱させろ」

 ガデル少将が、畳み掛けるように命令を下す。


「アラームメッセージ、前方敵艦隊に高エネルギー反応」

 その警報を聞いて日下は、亜空間ワームホール航行システムが立ち上がると同時に、それを始動させた。正直、SWNは士官研修時、フォボス学校での訓練と、年一回の実技研修と情報交換講習会による経験しかない。日下が知っているSWNは難易度が高く、そのハードルはオリンピック級の高さだった。だが、この艦の航行システムは、ハイレベルなオートマチックになっていて、日下でもなんとかやれそうだった。

 航路設定は天王星だ。即座に目標として設定できるのは、そこしかない。

「亜空間回廊生成。シュレゲリークォーク、インパクト」

 日下は操作レバーを引いた。

「SWN、フォールイン」

 その瞬間、猛烈な加速感でラグマ・リザレックは、ワームホールに落下した。


「空間境界面裂破。ワームホール発生、巨艦SWNに入りました」

「全艦ベルガ粒子砲、発射中止。十秒遅かったか」

 ガデルが歯噛みする。

「巨艦の重力波紋は、とれたか?」

「重力波紋は、とれました。が、すぐに消失しました。トレースはできません」

 重力波紋の反応がすぐに消えたということは、超長距離を移動した訳ではなさそうだ。

「デュビル中佐より入電」

「つなげ」

「ガデル少将、精神波感応ペイント弾で攻撃した岩塊の一部が巨艦に付着している模様。その反応で、巨艦の航跡トレースが可能です」

「それは、僥倖だ」

「情報、転送します」

「感謝する」

 ほどなくして、デリバン連合王国艦隊より、航跡トレースのデータが送られてきた。

「反応でました。巨艦、通常空間にサーフェスアウトしています。出現位置、天王星です」

「天王星か、やはり近距離航行だったか」

 しばし、ガデルは思案顔になった。記憶をまさぐる。

 たしか天王星の衛星アリエルに、ギネル帝国の基地があったはずだ。

「天王星の衛星アリエル基地に打電。巨艦ラグマ・リザレックを捕捉して、警戒を厳にしろと伝えろ。基地の司令は誰だ?」

「山村竜一少将です」

「山村?…知らんな。まぁいい。全艦、直ちに追撃する。SWN開始」

 ギネル・デリバン連合艦隊は、隊形を整えた後次々に亜空間回廊を生成し、ワームホールに突入した。


 ラグマ・リザレックは、航路設定どおり無事に天王星にSWNをサーフェスアウトした。

 漆黒の闇の中に青緑色に輝く天王星が、その前方に横たわっている。

 地軸が九十八度と、ほぼ横倒しになって自転するこの特殊な惑星は、土星と同じような十一本のリングを持っている。ちょうどラグマ・リザレックがワームホールから出たポイントからは、その輪を正面に見据える方向になっていた。それを司令艦橋のメインモニターで確認して、日下とカズキはほっと大きく息を吐いた。

 カズキは緊張を一瞬のうちにとき、シートの背もたれに身を預けた。執拗な敵の攻撃から逃げおおせたのだ。

 日下はSWN解除後、敵艦隊に追いつかれる前に、次のSWNに入るつもりでいた。できれば太陽系を一気に出て、敵を振り切ってしまいたい。

「カズキさん、航行艦橋に行ってくる。敵が追ってくる前に、次の亜空間ワームホール航行のセッティングをする。次は、長距離航行を行うつもりだ。緻密な航路計算が必要になるんで、ここじゃ限界がありそうだ」

「わかった。任せる」

 だが、日下が航行艦橋へ出向こうしたときだった。

 再び警報が鳴り響き、コンピュータからのメッセージが流れた。

「アラームメッセージ。進路前方に、ブービートラップ型防御スクリーン展張。警戒を要す」

「ブービートラップ型防御スクリーン? なんだ? 解析してくれ」

 コンソールに明滅が走り、ほどなくしてコンピュータが答えをはじき出した。

「防御スクリーン、解析完了。全長六光年、全幅六光年。電磁波、レーダー波混在、金属、生体反応を感知。スクリーンに接触と同時に防御システムが作動。進入物に対して機雷飛来」

「探知されれば、浮遊している機雷が飛んでくるってことか。迂回コースプランを作らないとだめかな」

 日下は深い溜息をつき、腕組みをして自分の顎を撫でた。いずれにしても、航行艦橋に行かなければならない。

「アラームメッセージ」

 コンピュータが再度の警戒を鳴らした。

「今度は何だ?」

 カズキが、ぼやくように声を上げた。

「右舷後方、二十コスモマイルに空間境界面裂破。SWNサーフェスアウト。亜空間カテドラル解除、艦隊出現」

 モニターに映し出されたのは、土星で砲火を交えたギネル・デリバン連合艦隊だ。

「追っ手が、こんな早く」

「なんで、俺達の位置がこんなに正確に特定できるんだ?」

 日下は、再び艦長席に着いた。

 先の土星戦で、細かく砕けた精神波感応ペイントの付いた岩塊が、ラグマ・リザレックに付着して、その反応をβμに追跡されていることなど、日下は知る由もない。

「カズキさん、艦回頭百八十度。後方に防御スクリーンがあるから、後退できない。戦闘システムを立ち上げて応戦する。カズキさん、蛇行しながら前進するように舵をとってくれ」

「了解」


 ギネル帝国艦隊、ゴルダブリッジ。

「巨艦、捕捉。百八十度回頭中です」

「よし、全艦砲雷撃戦用意。主砲、砲撃開始。続いて魚雷、射程に入り次第攻撃を開始しろ。巨艦正面に砲弾を集中。じりじりと後退すれば、巨艦は後方に展開する防御システムの餌食になる」

 ガデル少将は、SWN中に立てた作戦プランを、着々と進めようとしていた。


 デリバン連合王国艦隊、グレートデリバンブリッジ。

「巨艦前方にデブリ浮遊帯を探知。金属と岩塊と氷塊が混在してます」

「よし、デブリ浮遊帯に精神波感応ペイント弾、発射。巨艦と後方の防御スクリーンに向けて投石する」

 デュビル・ブロウ中佐がモニターを見つつ、指示をくだす。

「了解」

「同時に、砲雷撃戦用意。巨艦の頭を押さえるんだ」

 グレートデリバンをはじめとするデリバン連合王国艦隊から、精神波感応ペイント弾が発射され、それは見事な照準でデブリ帯に着弾した。ほぼ同時に、ラグマ・リザレックに向けて砲撃が開始された。

「サイコキネシス増幅波照射。デブリを、巨艦と防御スクリーンに向けてぶつけろ」

 グレートデリバン内で、念動力に長けたβμが、集中力を高めた後、精神エネルギーを放射した。その精神波を感応ペイント弾で受信した岩塊、氷塊、金属塊が二つのうねりになって動きだした。ひとつは巨艦ラグマ・リザレックへ、もうひとつのうねりは防御スクリーンに向かっていく。

 投げ入れたデブリで、わざと防御スクリーンを反応させて、防御システムを作動させる。それが、今回の作戦の目的だった。後方の防御システムの餌食になるか、艦隊の集中砲火に沈むか、どちらに転んでも、敵巨艦に今度ばかりは逃げ場がない。

 

 ギネル・デリバン連合艦隊の攻撃は、熾烈を極めた。ジグザグ航行の操艦を必死に行うカズキだが、百戦錬磨の敵艦隊の砲撃は的確だった。バリアーは、再起動して展開されているが、出力が不安定で敵の集中砲火に綻びがおきつつあった。直撃こそないものの、船体に着弾があり、装甲に被害が出ている。

 更にデリバン連合王国艦隊の操るデブリ群が、雨のようにラグマ・リザレックに降り注ぐ。

 ほどなくして、コンピュータが警報を鳴らした。

「アラームメッセージ。デブリ群、防御スクリーンに侵入。敵システム作動。機雷群、飛来します」

「くそっ、奴らの狙いはこれか。日下、機雷ってどんなものが飛んでくるんだ? バカデカイのか」

「今、探知した。飛来数二十。数は少ないな。大きさは……小さいな、ラグビーボールくらいだ」

「ラグビーボール? なんだ、そんな大きさのものなら、破壊力も大したことはないだろう。前方の艦隊に集中できるぜ」

 カズキは機雷のサイズを聞いて安堵した。その大きさの機雷なら、大したことはないとたかをくくった。

 だが、次の瞬間だった。凄まじいエネルギーと閃光が、ラグマ・リザレックを襲った。一定空間の中にあった浮遊物は全て吹き飛んだ。ラグマ・リザレックの巨体すら、その爆発に煽られた。

「な、何の爆発だ」

「アラームメッセージ、機雷のエネルギー反応測定、熱量核爆弾の3.6倍。破壊力を質量で換算……解析完了。起爆エネルギー、反物質」

「反物質? 反物質が入った機雷なのか? さっきの爆発は対消滅エネルギーなのか…まずい。まずいぞ」

 日下は慌てた。ラグビーボールサイズでは、この宇宙空間では視認は難しいし、この巨体の艦で、正直避け切れるとは思えない。

 防御スクリーンの方向には、絶対に舵を切れない。だが、正面には敵艦隊が広域に渡って展開している。敵は、ラグマ・リザレックに砲撃、雷撃の撃ち放題だ。その砲弾が、反物質機雷に当たっただけで、被害を(こうむ)るのはこっちだ。

 突然、船体が右へ弾かれた。右舷後方で、機雷が爆発したのだ。

「アラームメッセージ、右舷補助エンジン損傷、出力十パーセントダウン」

「カズキさん、この宙域はまずい。ジグザグ航行もなしだ。全速で、正面突破する」

「了解。って、了解は了解だけど、正面の砲撃は大丈夫なのか?」

「アラームメッセージ、左舷第五砲塔損傷。アラームメッセージ、アラームメッセージ」

 コンピュータガイダンスがアラームメッセージを連呼し始めた。

「アラームアラームってうるせーぞ! あいつらをやっつける、でっかい大砲みたいなものはないのかッ!」

 殆ど、やけくそ気味にカズキが叫んだ。だが、その声に反応してカニグモが現れた。コンピュータにアクセスし始め、艦長席の日下に二つの火器管制システムを表示した。

 ひとつは次元反動砲。もうひとつは、プラズマプロトン砲。次元反動砲は、両舷と艦底にある巨大砲門を指している。しかしそれは、メインエンジンが稼動していないと使えない兵器のようだ。現在不可となっている。

 もうひとつ示された兵器は、プラズマプロトン砲。これは、船体中央にある戦闘艦橋の両サイドに設置、格納されている兵器だった。次元反動砲に比べれば、その口径は小さいが現在の戦闘システムで稼働している各砲塔よりは、十倍以上の大きさがある。これは、ノーマルエンジンが稼動していれば、使用可能のようだ。しかも、連射ができる。

 左から大きな爆発があった。その震動で、日下とカズキの体が反対方向にもっていかれる。

「よし、カズキさん、取り舵いっぱい。加速して回り込む。そのまま敵艦隊の中央を向けて舵をとる。敵艦隊の中央にむけて、プラズマプロトン砲を発射して、その開いた穴を突っ切るぞ」

 ラグマ・リザレックは大きく巨体を右に傾げ、舵を切った。速度が増幅した。

 

「巨艦、転針しました。八時の方向へ加速しています」

「どの方向に舵を切ろうと同じだ。投石は継続しろ。砲撃を続けて敵の足を止めるぞ」

 デュビルの指示に基づいて、砲撃が更に集中する。これだけの砲弾を浴びれば、通常であれば沈む。それに持ちこたえている巨艦は、まったくもって普通じゃない。それでも、ダメージはあるようだ。徐々にバリアーが不安定になっている。部分部分で被弾し、煙を吐いている。やはり、反物質機雷の被害は大きいようだ。

「巨艦、更に転針、回頭してこちらに向かってきます」

「なに?」

「巨艦、更に加速。猛スピードで当艦隊の突入コースです」

「全艦、楔型陣形。最後列は、ベルガ粒子砲発射準備に入れ。それ以外の艦は砲撃、ミサイルを撃ちまくれ」

「ギネル艦隊も、ベルガ粒子砲の発射態勢に入りました」

「巨艦、なおも接近。停まりません。距離六コスモマイル」

「砲撃、続けろ。ベルガ粒子砲はどうだ?」

「発射まで、あと二十秒」

「カウントしろ」

「ベルガ粒子砲発射まで、あと十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、発射!」

 デリバン連合王国艦隊の戦艦から、一斉にベルガ粒子砲が発射された。数条の淡くピンク色に輝く光跡が、ラグマ・リザレックに向かっていく。照準は正確だ。続いてギネル艦隊から発射されたベルガ粒子砲も襲いかかる。

「命中します」

 ベルガ粒子砲の砲弾が巨艦に集中し、それは間違いなく直撃した。閃光が、宇宙空間に花開く。

「やったか?」

 だが、閃光が薄れた中に、なお艦隊に接近してくる物体がある。ラグマ・リザレックだった。

「巨艦、健在です」

「くっ」

 デュビルは、唇を噛み、小さく息を漏らした。信じられない。あれだけのベルガ粒子砲の直撃を受けて、全く損害を受けていない。巨艦ラグマ・リザレック。この難敵と対峙して、デュビルは、額にうっすらと汗を滲ませている自分に気がついた。自分は何を感じているのか。それは畏怖か、怒りか。

 デュビルは、モニターを凝視して、ラグマ・リザレックに異変が起きていることに気がついた。バリアーが消失しているのだ。ベルガ粒子砲の斉射は無駄ではなかったのだ。

「今の敵は丸裸だ。ベルガ粒子砲、第二射の準備にかかれ」

「デュビル司令、敵巨艦に高エネルギー反応」

「なに? スラスター全開、全艦、回避運動!」

「敵艦、発射しました」

 オペレーターの報告から一瞬の後に、ラグマ・リザレックが発射したプラズマプロトン砲の高エネルギー弾が、デリバン連合王国旗艦グレートデリバンのブリッジを掠め、後列の艦隊を呑み込んでいった。

 陽子エネルギーをプラズマ状態にした砲弾は、ベルガ粒子砲よりも広範囲に渡って破壊していった。楔型陣形を敷いていたデリバン連合王国艦隊の、そのほぼ中央に位置していた艦が一瞬のうちに撃沈された。その艦隊の屍によってできた空間に、敵巨艦が肉迫する。

「巨艦、加速。我が艦隊の中央を突破します」

「全艦、反転百八十度。追撃する」

 デリバン連合王国艦隊が反転を行う矢先、その後方に爆発が相次いだ。艦隊がその爆発に隊列が乱れていく。ラグマ・リザレックが引き連れてきた反物質機雷が、連鎖的に爆発したのだ。幸い爆心から距離があったため、それで艦を失うことはなかったが、追撃態勢が崩されるには充分だった。

「艦を立て直せ。巨艦を見失うなよ」

 激しく揺らぐブリッジで、デュビルはモニターを凝視していた。

 ラグマ・リザレックは、屈辱的にもデリバン連合王国艦隊の中央を突破して、天王星に向かっている。その行く先に天王星のリングがあった。


「バリアー、復旧しないのか!」

 カズキが怒声をあげる。眼前に天王星のリングが迫っている。リングの幅は、土星に比べ薄くなっているもののその中には、岩塊、氷塊が存在している。バリアー無しで、最大戦速で突っ込めば、衝突してダメージを受けるのは必至だ。

 反物質機雷、度重なる砲撃とミサイルの雨に晒され、更にはベルガ粒子砲による高エネルギー弾の洗礼だ。通常の艦であれば、とっくに沈められている。バリアーが限界を迎えていたとしても不思議ではない。

 カニグモのサポートのおかげで、不安定ながらバリアが発生しだした。消えたり発生したりを繰り返した。だが、艦全体を覆うには至らない。

「カニグモ、バリアーを前面に集中させろ」

 日下が叫ぶ。その指示のとおり、バリアーが艦首に集中した。

「カズキさん、リングに突入してくれ」

 ラグマ・リザレックは、天王星のリング内に突入した。

「左舷八時に敵艦隊」

「モニターに出せ」

 表示されたのはガデル率いるギネル帝国艦隊だ。デリバン連合王国艦隊は、先のプラズマプロトン砲の攻撃で隊列が乱れ、足が止まっている。

「カズキさん、天王星のリングを抜けたら、もう一度プラズマプロトン砲を発射する。艦を敵に向けてくれ」

「了解だ」

「アラームメッセージ。敵艦隊に高エネルギー反応」

「くそ、またあのエネルギー砲弾か。カズキさん、時間がない、リングの中だが、この場でプラズマプロトン砲を撃つ。反転百二十度」

 ラグマ・リザレックが、リングの中で艦首をギネル帝国に向ける。

「プラズマプロトン砲、発射用意」


「ガデル提督! 巨艦に高エネルギー反応。先ほどデリバン連合王国に放ったエネルギー砲弾です」

「ベルガ粒子砲、発射を急げ。敵より先に発射できれば我々の勝ちだ」

「全艦、ベルガ粒子砲、発射準備完了」

「天王星のリングごと粉砕せよ! 撃てェッ!」

 ギネル帝国艦隊から、一斉にベルガ粒子砲が発射された。それは、ガデルが言った通り巨艦ラグマ・リザレックがプラズマプロトン砲を発射するよりも数秒早かった。

 淡いピンク色に輝くエネルギー砲弾が、幾条もの光の筋になってラグマ・リザレックに向かっていく。

 ベルガ粒子。それは、そもそも天王星で発見された粒子だった。強烈な磁気を発生する特性を持ち、高速で加速させれば膨大な熱量を生み出す。それを兵器に転用したものがベルガ粒子砲だ。

 あの反物質機雷も、反物質を常物質に触れさせないよう強烈な磁場でホールドするために、ベルガ粒子の技術が使われているのだ。

 このベルガ粒子の発見が、反物質技術の発展を大きく促した。天王星宙域で反物質の発見が相次いだのだ。それは、偶然にもベルガ粒子が反物質を取り囲み、強烈な磁場でホールドして常物質と接触しないように守られた状態のものが見つかったことによる。

 生成すること自体が困難な反物質が、天王星宙域を探せば見つかるのだ。それは、砂金を見つけるようなものだが、科学史上のゴールドラッシュの到来と言えた。

 反物質の技術は、飛躍的に向上した。

 天王星の地軸が横倒しになっていることについても、2つの惑星が衝突したという説のほか、反物質の対消滅爆発のエネルギーを受けて地軸が傾いたとの説がある。現時点では、後者の方が有力だ。

 人類に反物質という新たな力をもたらした天王星は、まさに天空の神ウラヌスだったのだ。

 人類にとって、反物質技術発祥の星、天王星。そして、そのリングの中にもベルガ粒子に保護された、自然体としての反物質が、砂金のごとく漂っていても不思議はないのだ。


「プラズマプロトン砲発射」

 ギネル艦隊より一瞬遅れて、日下はプラズマプロトン砲を発射した。

 広域に広がっていくプラズマプロトン砲が、ベルガ粒子砲を受け止めるような格好でリングを破壊しながら進んでいく。ビームが、天王星のリング内で交錯して双方を殲滅せんと拮抗する。

「第二射、発射」

 日下は眩い閃光の中、第二射を撃つ。

 プラズマプロトン砲なのか、ギネル帝国艦隊が放ったベルガ粒子砲なのかは定かではない。が、何かがリング内の岩塊や氷塊に浮遊していた自然界の反物質に触った。強烈な対消滅による爆発が起きた。

 プラズマプロトン砲の猛威、ベルガ粒子砲がもつ強烈な磁気と熱エネルギー、そして対消滅爆発、更には氷塊の水蒸気爆発までも呼び込んで、これらが一斉に起こり、ラグマ・リザレック、ギネル帝国艦隊双方に甚大な損害を与えていった。

 ラグマ・リザレックの巨体ですら、発生した磁気嵐に翻弄された。船体に岩塊が衝突して、装甲を破壊していく。

「カニグモ、亜空間アンカー解除、カズキさん、逆噴射だ。全速後退するぞ」

「うおぉぉぉぉ!」

 返事の変わりに叫び声があがった。ノーマルエンジンに岩塊が衝突して、損傷が広がっていく。

 コンピュータが、アラームメッセージを繰り返す。

 日下もカズキも叫び声を上げる。

 最早、自力で後退しているのか、爆圧に飛ばされているのかわからなかった。


 磁気嵐が巻き起こり、ギネル艦隊が爆風とともに木の葉のように飛ばされていく。艦の装甲が剥がされ、潰滅していく艦が後を絶たない。

「全艦、全速後退! この宙域から離脱しろ」

 ガデルの指示も空しく、ギネル帝国の艦が次々に消滅していく。

「全艦、緊急亜空間ワームーホール航行!」

 デュビルはこの宙域からの離脱を命じたが、襲い来る破壊エネルギーに次々と味方艦が呑み込まれていった。

 結局、ガデル率いるギネル帝国は、この戦闘で艦隊の半分を、デュビル・ブロウ率いるデリバン連合王国艦隊は、三分の一の戦力を失った。


 天王星のリングを抜け、ラグマ・リザレックは通常空間を漂っていた。

 今のところ追っ手もいない。

 天王星のリング、そのほぼ四分の一が、今の戦闘で無くなっていた。その戦闘の激しさに、日下もカズキも呆然としていた。

「アラームメッセージ、左舷ノーマルエンジン損傷率八十パーセント。機関停止を要す」

 ラグマ・リザレックもまた、無傷とはいかなかった。

 カニグモの報告によれば、左舷のノーマルエンジン二基が大破したようだ。

 このままでは航行不能になってしまう。どこかで修理しなければならない。

「日下くん、大変だ」

 突然、医務室から通信が入った。画面に、リー医師の深刻な顔が映った。

「轟君の容態が急変した。感染症を引き起こしている」

「感染症?」

「君達と私達の時代では、免疫構造が違うようだ。我々には、なんら問題ないウィルスが君達には深刻なダメージを与えるものだったらしい。迂闊だったが、私が所持しているのはあくまでデリバン連合王国での医療薬品で、しかも多くの種類をもっていない。今投与した薬品の効果がないんだ。他の種類の薬品を調達したいのだ。一錠でもサンプルがあれば、薬品の複製はできる。量を確保することは、ここにあるメディカルマシンでできるのだ。最初のサンプルがほしい」

「…かなり危険な状態なのですか?」

「このまま高熱が続けば、命にかかわる」

 エンジンの修理と医薬品の調達、そんなことがこの辺鄙な宇宙空間でできるのか?

 だが、カニグモはひとつの衛星を弾き出した。

 天王星五大衛星のひとつ、第一衛星アリエル。

「針路、衛星アリエルへ」 

 日下の声の元、カズキは操縦桿を引いた。

 やがて、前方に開発を施された衛星アリエルのグレーに輝く姿が現れた。


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