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クラッシュトリガー  作者: 御崎悠輔
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第四章 奇襲

 ちょうど日下炎達が大塚参謀長に反逆罪を問われている頃、ギネル帝国艦隊旗艦ゴルダのブリッジで、ガデル少将は帰投した艦載機ボビット・バーノン編隊の発着を指揮していた。

「ボビット・バーノン第二十四中隊、十三デッキへ」

「第四十四中隊、収容完了」

「第十五小隊、帰投しました。ガデル少将、どこのブロックへ収容させますか?」

「三分待て。上空で待機しろと伝えろ」

 次々とオペレータからあがってくる報告に、ガデルはテキパキと命令を下していた。

「ガデル提督、第二十六小隊のジョーンズ・ジョンソン中尉から通信要請です。なにやら、重大な報告があるということです」

 通信オペレータの一人がガデルに向かい、そう言った。

「重大な報告?」

 ガデルは、そのオペレータの方へ顔を向けた。

「よし、私の小型モニターへつなげ」

「わかりました」

 オペレータの返事の後、すぐに艦長席のモニターに一人の男が映った。男はガデルへ敬礼を送った。

「ボビット・バーノン、第二十六小隊のジョーンズ・ジョンソン中尉です」

「ウム、で、報告を聞こう」

 ガデルはモニターの中、まだパイロットスーツを着たままの男を見た。ジョンソン中尉は髪を短く刈りこみ、逞しく日焼けした真面目そうな男だった。小脇にヘルメットを抱えている。収容されて、すぐに通信をよこしたのだろう。顔に白く細かな粉がついていた。おそらく、汗が乾いて塩になったものだ。

「アダマ空母艦隊が全滅しました」

「なに?」

 ガデルは驚いた。その驚きの中には、様々な要素が含まれていた。アダマ司令なるベテランが死んだこと、戦力の少ないギネル帝国にとって、その損失の大きさのこと、この地球の戦力のこと、そして重大報告というジョンソン中尉の話が、何のことはない、ただの被害報告に過ぎなかったということである。

「重大報告というのは、そのことなのか?」

 ガデルは疑わしそうに、ジョンソン中尉の顔を見た。

「ハッ、それもあります。が、重大というのはこのことです。映像を転送します」

 ジョンソン中尉がそう言った後、一度画像が途切れた。次の瞬間そこに映ったのは、日下が乗っていた「ラグマ・クロノス」だった。巨体を震わせて浮上してゆく姿がそこにあった。

 映像は先に進んだ。そこでガデル少将は、戦慄を禁じ得なかった。その戦艦はボビット・バーノンの攻撃をまるで受け付けていなかった。機銃もミサイルも、なんのダメージも与えていない。まるで戦車に、石ころを投げつけているようだ。更には、アダマ艦長の乗った空母からポジトロンキャノンが発射された。戦艦は、それすらも弾き返した。

 その映像を見たとき、ガデルは思わず身を乗り出した。

陽電子(ポジトロン)衝撃砲(キャノン)も効かないだと」

 その戦艦は反撃を始め、その砲塔から伸びたビームが、一撃で空母を撃沈した。

 そして、その戦艦は七色に光り輝いて、不意に消えた。

「消えた? どうしたのだ?」

 映像はそこで終了した。

 ジョンソン中尉が、再びガデルの前に現れた。

「わかりません。不意に戦闘空域から消えました。以上が、私の戦闘記録の映像です」

 ガデルは愕然として、声が出なかった。

「私はあの戦艦と接触しました。あれは、物凄い兵器です」

「だろうな。ジョンソン中尉。この映像を分析班にまわしてくれ」

「ハッ」

 ジョンソン中尉は緊張した面持ちで、ガデルに敬礼を送ってモニターから消えた。

「とてつもない戦艦だ。一体、あれはなんだ?」

 ガデルは大きく吐息をつくと、やがて目をつむってシートに身を沈めた。だが、すぐに身を起して、マイクをとった。

「全空母に達する。戦闘空中哨戒機、発艦準備。索敵命令を発令する。対象は、追って通達する。別名あるまで待機!」


分析班がジョンソン中尉の映像から抽出したデータを受け取った戦闘空中哨戒機が索敵任務について、ガデル少将のもとに連絡が入ったのは、それから一時間後だった。ガデルは、艦長室でほんの少しだけ仮眠をとっていた。

 すぐ行く、と返事をしてガデルはブリッジに降りた。

「ガデル提督、コンピュータリンク完了しました。データを送ります」

「よし、メインモニターに切り換えろ」

 艦長席の真正面にあるモニターに、映像がきた。

それと同時にブリッジに一人の男が入ってきた。ジョンソン中尉だ。ガデル少将に、事情聴取もかねて来るように命じられていたのだ。彼は、パイロットスーツから軍服に着替えていた。

 モニターに映っていたのは、轟、日下、カズキら三つの艦がドッキングした状態の巨艦だった。その外観のデータが映し出されていた。全長二三〇〇メートル。ギネル帝国の旗艦であるこのゴルダの全長が三〇〇メートル。巨艦は、それの約八倍あるというのだ。

「説明します」

 分析班のチーフが席を立ち上がり、ガデル提督の前に立った。

「まずこの巨艦の外観から、スペックのアウトラインを数字にしてモニターに出しています。この艦は、三つの艦がドッキングして形成されています。ジョンソン中尉が遭遇したのは、この真ん中に該当する部分。この形状が、データと合致しました。驚くべき巨大さではありますが、その辺は数字を見ていただければわかりますので、敢えて説明するまでもないでしょう。問題は、ここです」

 そう言って分析班チーフはコンピュータを操作し、巨艦の一部を拡大させた。

 両舷の巨大砲門にズームアップしていく。そこには、記号にも似た文字が刻まれているのがわかった。

「ここに描かれている文字。この文字は、古代文明に残された象形文字に似ています。いろいろ解析した結果、日本に伝わる神代文字に非常に近いものであることがわかりました。まるで子どもの落書きのような文字ですが、これを解読しましたところ、丁度この船体に書かれた部分はラグマ・リザレックと、読むことができます」

「ラグマ・リザレック…」

 ガデルは小さく呟き、なにげなく視線を巡らせた。

「ラグマザンではないのか?」

 そう呟いたジョンソン中尉と視線がぶつかった。

「この巨艦の名前でしょうか? ガデル提督」

「だろうな」

 ガデルはモニターを見つめたまま答えた。依然として、船体の文字が映ったままだ。

「現在のデータからこの巨艦の性能を割り出すことは不可能ですが、実はこのデータを本国のマザーコンピュータに転送アクセスしたところ、興味深い回答が得られました。この巨艦が我々の攻撃に対して、全くの損害を受けていない。この強度な金属に関する回答です」

「一体なんだ?」

「マザーコンピュータによると、ラグマ・リザレックという巨艦のネームなどから、この巨艦に使われている金属はラグマナイトではないか、という回答です」

「ラグマ・ナイト? 聞いたこともない金属だ」

「私も初めて知りましたが、本国のデータベースにありました。これは、地球上に存在しない未知の金属です」

「そんなものがあるのか?」

「現時点で報告できる分析データは以上です」

「よし、わかった」

 分析班チーフが踵を返して席に返ってゆくのを見送って、ガデルは溜め息をつきながらシートに体を預けた。

「ガデル司令。一体、この巨艦はなんなんでしょう? データを分析して、ますます謎が深まっただけです」

 ジョンソン中尉が、ガデルに向かってそう言った。

「まったくだ。我々は、とんでもないものを敵にまわしてしまったのかもしれん」

 と、ガデルは一人呟いた。何か、とても不吉な予感が胸の中で渦巻いていた。

「各員、戦闘体制から、第三級警戒体制へ。交代勤務を行い、仮眠をとれ」

 ガデルは、漠然とした不安を振り払うように毅然とした態度で命令を下し、艦長室へとシートごと移動した。

 艦長室はブリッジの奥にあり、ガデルはその部屋に入ると艦長服の襟元を緩めた。シートをリクライニングさせ、楽な姿勢になる。

 両の手で顔を覆った。目をつむり、瞼の辺りを揉みしだく。暗闇の向こうから、様々な思考が沸き上がってくる。

(ラグマ、ラグマ・リザレック、ラグマナイト、ギネル帝国の絶対神ラグマザン、いったいどうなっているのだ。ラグマという単語が出てくる。ラグマとは、一体何だ?)

 自問自答していく中で、いつしかガデルは眠りの世界へと引きずりこまれていった。


 白色。

 白色。

 白色。

 白色。

 そして、体中に激痛が走る。

 体中、あちこちにある傷が疼き出す。

 白色。

 だが、そこに人がいる。見えないのだが、人がいる。確かにいる。

 ガデルが叫ぶ。

 声が絶え絶えになりながら、その痛みに必死に耐える。全身から汗が滲み、赤い鮮血と混じって滴り落ちる。

 そして、再び叫びがこだまする。

 白色。

 白色。

 白色。

 白色。


 ガデルは、自分の叫び声で目を覚ました。

 シャツが、汗でびっしょり濡れている。

 ガデルは額の汗を拭った。

(ま、またあの夢か。この夢は、俺の記憶の片鱗なのか。俺の記憶、俺の過去、俺は一体何者なんだ)

 ガデルは記憶喪失の戦士だった。彼の過去を知るものは一人もいない。かろうじて覚えていたのは、ガデルという名前だけだった。姓すら忘れていた。国籍も、身分も地位も覚えていなかった。気付いたときには軍隊に所属し、必死に戦い、功績をあげ、少将の地位まで登りつめた。

 その彼がよく見る、この恐ろしい夢。その夢から目覚めた直後は、瞬間記憶が戻りそうな感覚にとらわれるが、いつも駄目だった。

 通信用のモニターに、コールサインが出た。

 ボタンを押すと、通信士が出た。

「ガデル提督、本国から通信です。ブリッジへお戻り下さい」

「わかった」

 そう言うと、ガデルは汗をもう一度拭って、艦長服の襟元を正した。

 ブリッジに戻ると、既にモニターにはラナス・ベラ皇帝が映っていた。ガデルは席を立ち、姿勢を正して敬礼を送った。

「ラナス皇帝。何か」

「何、進行状況を知りたくてな」

 画像は時おりノイズが走り、乱れた。

「わかりました。現状の戦果をご報告します。地球連邦最高総司令部、破壊。三十のミサイル基地を破壊。二十六の都市を破壊……」

 ガデルはデータを読みながら、チラリとラナス皇帝を見た。彼女は、ガデルの読み上げる戦果に一つ一つ小さく頷いていた。その顔には満足そうな笑みが浮かんでいる。

「ご苦労。まあまあの戦果だな」

 微笑みを浮かべながら報告を聞くラナス・ベラ皇帝を見る度、ガデルは冷酷な女だと、反発を感じる。ラナス・ベラ皇帝を無視するように、更にデータを読み上げる。

「今度は我がギネル帝国の被害状況です。第二十六ボビット・バーノン、パープル中隊以下八編隊、およびアダマ空母艦隊がこの惑星の巨大戦艦と遭遇、壊滅されました」

「なにっ?」

 ラナスの顔色が変わった。

「映像です」

 そう言ってガデルは先ほどジョンソン中尉が記録した映像データを転送した。

 それを本国で見ているラナス皇帝の顔が、驚愕でみるみる蒼白になっていった。

 この巨艦に使用されているのが、ラグマナイトという金属であるということ。そして、この艦名が「ラグマ・リザレック」であるらしいということ。ガデルは、先ほど分析班が報告したことをそのままラナス皇帝に報告した。

 戦慄に震えていたラナス皇帝だが、「ラグマ」という単語を聞くごとに今度は顔を紅潮させていた。

「ラグマだと?」

 半ば、叫ぶように反問してきた。軽い興奮状態にあるようだ。

「ラナス皇帝は、なにかご存じなんですか?」

「ラグマは、宇宙の創生エネルギー、それは無限と呼ばれるエネルギー」

「宇宙の創生? 無限のエネルギー?」

 ガデルは、おうむ返しに尋ねた。

「わが国、ギネル帝国において万能にして絶対の神として崇められているラグマザン。あまり知られていない話だが、その神の名は宇宙の母源、無限の力をもつというラグマというエネルギーに由来しているのだ。そして、そのラグマは実在する。その鍵がその巨艦ラグマ・リザレックかも知れぬ。捕らえよ、ガデル少将。そのラグマ・リザレックを捕らえるのだ」

 ラナス・ベラ皇帝は、ガデルをねめつけた。その瞳がぎらついていた。

「しかし、皇帝。捕らえようにも、我が艦隊には戦力が」

 目を伏せながら、ガデルは言った。確かに今の艦隊の戦力では、到底あの巨艦に歯が立ちそうもない。

「心配はいらぬ。すぐに援軍を送る」

 すると、ラナス皇帝は含み笑いを浮かべ、そう言ってのけたのだ。

「え、援軍? 今のギネル帝国に、そんな軍備がありますか?」

 ガデルが驚くのも、無理はなかった。デリバン連合王国との決戦に向かったガデル少将を提督とするこの艦隊が、ギネル最後の艦隊と言われていたのだ。現に、ガテルはそれを信じていた。

「私は、お前に詫びねばならん。私の直轄管理の中で、密かに極秘開発した兵器がある。それを差し向ける」

「極秘開発した兵器?」

「重機動要塞ブエルだ」

「重機動要塞?」

「ギネルの科学の粋を極めたものだ。機動要塞ザゴンの火器や能力、全てを拡大したものだ。ガデル少将、勝機は我にある。我々には、ラグマザンの庇護のもとにある。怖れずしてかかれ」

「…了解しました」

「期待している」

 そう言ってラナス・ベラ皇帝は微笑とともにモニターから消えた。

「…結局…結局、戦争は終わらんのだよ」

 ガデルは、小さくそう漏らした。自嘲ともとれる笑みが口元に浮かんだ。


 ラナス・ベラはガデルとの交信を終えると、すぐさま別のモニターに切り換えた。

「ガットン通信長。ガニメデ基地のマクロム・ラガン司令につないでおくれ」

 モニターはすぐに切り換えられて、そこに別の男が映し出された。

「ラナスか?」

 と、男は言った。呼び捨てである。

「ハッ」

 と、驚くべきことにラナス・ベラ皇帝は、その男、マクロム・ラガンに対して深々と頭をたれた。上下関係が逆転している。

「ガイア暦0444年へとタイムスリップしたガデル少将麾下の艦隊が、ラグマ・リザレックなる巨大戦艦と遭遇いたしました」

 ラナスは敬語を使って、その男に向かい報告していた。半ば、緊張で上半身が硬直気味だった。

 モニターに映ったマクロム・ラガンは、長身で目つきが実に鋭く、骨格もがっしりしていた。年齢は二十代後半と言った印象だ。ラナス皇帝は、ある意味、そんな若者と言える相手に対して深々と頭を下げているのだった。

「ラグマ・リザレック? ラグマ? ラグマか?」

「ハイ、データによると、それは巨大戦艦の名前。それに使用されている金属組成はラグマナイトと推定されます」

 ラナスのその報告に、マクロム・ラガンの口元に不気味な笑みが浮かんだ。そして、その目が、生き生きと輝き出した。

「よし、それを捕らえる。私は重機動要塞ブエルで出撃する。よいな、ラナス・ベラ」

「わかりました。地球では、ゴルダが協力いたします」

「ゴルダ? あの記憶喪失の男ガデルの司る艦か。フン、信用ならんな。まあ、良い。あいにくとブエルの戦力は、そんな協力など必要としない。ブエル一つで、捕らえて見せる」

 マクロム・ラガンは、自信たっぷりにそう豪語した。

「ラグマザンには、報告をいたしますか?」

「それより、アガレスの完成を急いだらどうだ。それにこのラグマ・リザレックなる巨艦を捕らえた上で報告した方が、ラグマザンも喜ぶ。そう思わないか? ラナス。異常空間のポイントはどこだ?」

「ハイ、月軌道上のSW24Aです」

「わかった」

 そう言って、マクロム・ラガンはモニターから消えた。その映像の消えたモニターを見ながら、ラナス・ベラは大きく溜め息をついた。


 宇宙空間。

 ガニメデより発進した一つの艦隊があった。

 マクロム・ラガン率いる艦隊である。中央にマクロムの乗艦する重機動要塞ブエルがあった。ブエルは、円盤型で左右から太く短い翼が伸びており、その先に艦載機の格納庫がついていた。ブリッジが艦底あり、独特の形状をしている。そしてその円盤の後方に不気味なフォルムをした鳥にも似た顔を載せていた。くちばしの先端から後ろへ三角に広がり、その上に楕円の大きな目がついていた。頭上には、後方に弓形に反り返る大きな一本の角があった。

 その目と目との間には、別のコクピットがある。

重機動要塞。それは機動要塞ザゴンのほぼ四倍の大きさを持ち、なおかつスピードと機動力はザゴンと引けをとらない性能を持った兵器だった。

 ブエルの回りには、機動要塞ザゴンと巡洋艦クラスの艦が円形陣をとっていた。

「月機動上コンマ五コスモマイルまで、SWナビゲーション。亜空間ワームホール航行に入るぞ」

「座標はどうしますか?」

「正確にとれ。完璧にだ」

「了解」

(全く、反次元エンジンさえ完成すれば、このブエルのパワーも航続距離も比較にならんほどあがるものを)

 そうマクロムは不満を思う。現在開発中の反次元エンジン。当初はブエルに搭載予定だったが、それが遅れに遅れ、搭載1号艦はアガレスに変更されてしまった。

「座標とれました」

 航海士から、声が上がった。

「正確か」

「ハイ、完璧です。ったく、これくらいの距離のSWNならワームホール内でいくらでも調整できるものを、くどい指揮官だぜ」

「何か、言ったか」

「い、イエ、なんでもありません」

 航海士の陰口が、ちゃんとマクロムには届いていたようだ。航海士は、慌ててコンソールに向き直った。

「全艦、亜空間ワームホール航行用意」

「了解、亜空間ワームホール航行用意。亜空間回廊生成」

 重機動要塞ブエルをはじめ、各艦が亜空間で船体を包まれた。

 各艦が各々で船体を包み込む亜空間の形状は、薬剤カプセルの形に似ている。船体を中心にその前後に細長く伸びている。その形から、亜空間回廊と呼称される。

「全艦、亜空間カテドラル形成フォーメーション」

 その号令のもと、艦隊は亜空間回廊を形成したまま、ゆっくりと隊列の距離を縮めていく。互いに寄り添うように艦と艦の距離が接近していく。すると互いの亜空間回廊同士が接触した。と、同時に一気に亜空間が膨張し、艦隊そのものを包み込む広大な空間へと変貌した。これが、亜空間カテドラルと呼ばれるものだ。

「ワームホールを生成する。シュレゲリークォーク、インパクト!」

 マクロムの号令のもと、各艦は鑑底に装備された砲塔に似た放射システムから、ビームを降下方向に向けて放った。亜空間を通り抜けて通常空間へと放たれたビームの先で、通常空間が波紋の様に揺らぎ、瞬く間に巨大なワームホールを生成した。それは、艦隊が生成した亜空間カテドラルよりも大きな特殊空間だ。

「SWN、落下(フォール)イン」

 艦隊は亜空間カテドラルごと一気に加速、あっという間に漆黒の宇宙空間に生成されたワームホールの中に降下していった。いや、その速度はやはり落下といった方が正しいのかもしれない。艦隊は亜空間ワームホール航行に入ったのだ。

 ブエルを先頭に艦隊は姿勢制御を行い、今まで飛行していた通常宇宙空間とは、全く別の空間に突入した。闇の中、進行方向から、レッド、グリーン、ブルー、オレンジ、パープル、あらゆる光の色が矢のように鋭い線となって、縦横無尽に流れている。

 加速度によって、それは幾通りにも形を変え、色を変えてゆく。

 亜空間ワームホール航行(Subspace Wormhole Navigation)。超光速航行の一つだ。

 亜空間は、我々の住む時空連続体いわゆる通常宇宙空間と隣接した、だが遥かに小さく圧縮された空間だ。この亜空間で船体を包むことで、ワームホールを創ることができ、またその特殊空間へと突入できる。

 ワームホールを形成、定着させるためには、理論上負の質量を持つ特殊なエキゾチック物質なるものが必要とされてきた。それが暗黒物質の中から発見されたことで、この航法が一気に実現化された。

 そのエキゾチック物質は、シュレゲリークォーク。正式には、アカントパグラスシュゲレリークォークと名付けられた素粒子だ。この名は、魚のクロダイの学名だ。クロダイは幼魚のときは雄で、年数が経つと雌へと性別が変わる。その生態に由来していた。この素粒子は性別が真逆に変わるように、亜空間を通り抜けると質量が、負の質量に変わるのだ。

 ワームホールを形成するために必要不可欠な亜空間には更に利点があって、亜空間カテドラルを形成し複数艦で艦隊行動することで、亜空間の維持、ワームホール形成時のエネルギー消費を大幅に節約することができるのだ。なおかつ、突入後も艦隊行動がとれる意味は大きかった。

 ワームホール突入後は、到達目標地点の空間座標を設定して、超光速航行ができる。この超光速航法が亜空間ワームホール航行である。その頭文字をとり、省略してSWNとも呼ぶ。

 ただし、この航法は通常空間とワームホールでの出現位置に相対する座標を正確に計測しなければならない。測定座標を間違えると、目的地とは全く違う空間に出てしまうことになる。そして、この座標測定は距離が長くなればなるほど、難しく不安定になる。

 もう一つの懸念材料が、自然発生しているナチュラルワームホールとの接触だ。これに接触しても、全く違う空間に吐き出されてしまう。路線の違う高速鉄道に、間違って乗車したようなものだ。行き先が全く予想できない空間に導かれてしまう。そうならないために、この航行に入った瞬間から、航海士と空間測定士は、亜空間ソナーの反応に細心の注意を払い、ナチュラルワームホールの発見に努めなければならない。

 重機動要塞ブエルは、月軌道上コンマ5コスモマイルに、ピンポイントで出現用のワームホールを生成した。

「亜空間ワームホール、浮上(サーフェス)アウト」

 航海士の報告と同時に、重機動要塞ブエルの艦隊は、ワームホールから亜空間カテドラルごと通常空間に浮上した。

「SWNアウト。全艦異常なし。亜空間カテドラル解除」

 航海士の報告を聞いて、すぐにマクロムは航行指示を命じた。

「ポイントSW24Aへ針路をとれ。取り舵10度。第一戦速」

 やがて、暗闇の中にぽっかりと七色に輝く空間が見えた。ギネル、デリバン両国の艦隊を呑み込んだレインボーホールだ。

 宇宙空間の漆黒の中に、毒々しいほどの七色の光がたゆたうように渦巻いている。なんとも不気味な光景だった。見つめていると、その毒々しさに悪酔いするような気がした。

 ブエルの乗組員が、その不気味さにざわついていた。

「静かにしないか!」

 マクロムが、クルーに向かって怒鳴りつけた。

「突入する。総員、ベルト着用。対ショック姿勢で飛び込む」

 その指令に応じて重機動要塞ブエルを先頭に、艦隊は次々とレインボーホールへと飛び込んでいった。

 空間の中も、やはり七色の光が交錯していた。その毒々しさが、ねっとりと体に纏わりついてくるようだった。どろりとした塗料のなかに飛び込んでゆくような感覚だ。

(誰がレインボーホールなんて、そんな少女趣味な名前をつけたんだ?)

 その空間を飛行したのは、僅かに二分足らずの間だった。だが乗組員には、長くもあり短くも感じ、時間感覚が麻痺するような飛行時間だった。

「レインボーホール、通過しました」

「全艦、全機構チェック」

「全艦、全機構異常なし」

「よし、現在位置を確認しろ」

「現在位置確認。報告にあった惑星に間違いありません」

「惑星重力圏内に突入」

「よし、大気圏内航行に切り換えろ」

「了解、大気圏内航行に切り換えます」

 やがて、メインブリッジのモニターに惑星の大自然が飛び込んできた。紺碧の大海原が、眼前に広がっていた。

 ガデル少将やデュビル・ブロウ中佐がそうであったように、ブエルの乗組員もまたその美しさに目を奪われた。

 しかし、マクロム・ラガン司令だけは違っていた。彼にとって大自然の美しさは二の次だった。マクロムの目的はただ一つ、宇宙創生エネルギーとされる「ラグマ」、その鍵を握るやもしれぬラグマ・リザレックという名の巨艦を捕らえることだった。

「持ち場を離れるな。総員、配置につけ」

 しかし、クルー達は動こうとしない。

 マクロムは、再び怒鳴った。

「配置につかんか!」

 不満げな面持ちで緩慢と動くクルーにマクロムは業を煮やしたのか、いきなり腰のレイガンを引き抜き、空砲を撃った。

「我々の任務は、報告にあったラグマ・リザレックなる巨艦を捕らえることにある。それまでは、君らを人間としては扱うつもりはない。君らは部品だ。肝に銘じておけ」

 クルー達は、言葉を失った。

「全員、部署につけ」

 マクロム・ラガン司令の態度は極端で、高圧的な振る舞いの後、極めて平静な口調で言った。

「九時の方向に敵影キャッチ」

 まもなく、レーダー担当のオペレーターから声が上がった。

「攻撃用意」

 マクロムは、にやりと笑いながらそう言った。

「三〇秒後に、全艦一斉砲撃。ザゴン隊は突撃体制」


 大塚参謀長から反逆罪のレッテルを貼られながらも、ラグマ・リザレックの引き渡しをよしとしなかった日下達は、お互い無言ままブリッジ内で立ち尽くしていた。

「これから、どうするんです?」

 か細い声で轟・アルベルンが、日下、カズキの二人のどちらともなく尋ねた。

 二人とも、困惑した表情で言葉がない。やがて、カズキが口を開いた。

「補給をしなければならないんじゃないか?」

「補給?」

「この艦に食糧、武器弾薬、燃料、一体どれだけあるんだ? わからないだろ?」

「確かにその通りだ。補給が必要だな」

 日下も、カズキの言葉に思案顔になった。

「…だけど、反逆罪になった僕たちに補給なんてさせてくれるところがあるんでしょうか?」

「確かに反逆罪に問われた我々に、寄港する港はなくなった。だが、一つだけ当てがある」

 と、日下は、コンソールパネルに座り込み、通信回線を開いた。

「キャロンクロッサー補給部隊、というのがあってね。そこに僕の同期の人間がいる。そこは、大塚参謀長とは全く命令系統が違うから、協力してくれるかもしれない。やってみる」

 日下はキャロンクロッサー部隊への通信コードを入力して、回線を開いた。

 やがて、ノイズの中から応答があった。

「こちらキャロンクロッサー補給部隊、ジャック・ネイビアン大尉」

「こちら地球連邦防衛ブロック日下大尉。ジャック、久しぶりだな」

 モニターに若々しくこざっぱりとした男が映った。どうやら日下と同期だという者らしい。

「日下? 日下大尉か。無事だったか」

 お互いくだけた口調で語り合っている。

「ああ、元気だ。そっちはどうだ。被害はないか?」

「あってたまるか。我々キャロンクロッサー補給部隊は、ウィリアムズ・スミス総長直轄の地球連邦大統領護衛の支援部隊だ。簡単に、敵から攻撃を受けたりはしないようになってるさ」

「そうだな。いかなる有事の際でも、大統領を守るための護衛任務を帯びた部隊に支援を行い、どんな場所にどんな物資でも補給を行うのがスミス総長直轄のキャロンクロッサー補給部隊だったな。だからこそ、キャロンクロッサーは独立した命令系統があって、その命令コードがなければ動くことはない」

「全くその通りだ。が、なんかあったのか?」

「ジャック、君にお願いがある。一生の頼みだ。最初で最後の頼みだ」

「なんだ?」

「我々に武器弾薬、食糧を補給してほしい」

「我々?」

「そう、我々、ラグマ・リザレックという巨艦にだ」

 そして、日下は今までのことをかいつまんで、ジャック・ネイビアン大尉に話した。さすがに、スミス総長が亡くなったという事実には、ジャックも驚きと悲しみを隠せなかった。

「すると、君たちは大塚参謀長から反逆罪だとされているのか?」

「…そうだ」

「…………」

 ジャックは、沈黙した。

「ジャック、 軍規を破ることになる。君に迷惑をかけることになるのはわかっている。だが、なんとしても我々はこの戦争を止めたいんだ」

 やがて、ジャックは重々しく口を開いた。

「日下大尉、反逆者に我々は補給できない」

「ジャック…」

 日下は、落胆した。無茶を承知で頼んでいるし、ジャックが断るのはある意味当たり前だ。引き受けてもらえると考える方がどうかしているのだ。わかっている。わかっているが、その返答はショックだった。

「ジャック、無理なことを言ってすまなかった。忘れてくれ。では、通信を切る」

 だが、意に反してモニターの中のジャックが日下に向かって敬礼をして、こう言った。

「日下大尉、我々キャロンクロッサー補給部隊は、ウィリアムズ・スミス総長の勅命により、戦争回避のための特殊任務についたラグマ・リザレックに対し、命令コード2255を発令。直ちに物資補給を行います。ポイントN43E20へ移動願います」

「ジャック?」

「そういうことだ。日下」

「いやったー!」

 日下の後ろで状況を見守っていた、カズキと轟が飛び上がって喜び、思わずガッツポーズをとっていた。

「…ジャック、ありがとう」

「なにを言う。俺は、お前に命を助けられたんだ。こんなことくらいじゃ、お前に借りた借りの何十分の一にも満たないさ」

「ジャック、本当にありがとう」

「さ、補給部隊を出す。急いでくれ」

「了解」

 そう言って、日下は晴れ晴れとした表情で通信を切った。

ラグマ・リザレックは、ジャック・ネイビアン大尉の指示により、太平洋上の指定ポイントに着水した。


 その頃、デリバン連合王国軍旗艦グレートデリバンのブリッジで、双子の艦載機パイロット、ウィルバーとオービルがデュビル・ブロウ中佐に、ラグマ・リザレックの報告をしていた。

「そんな巨大戦艦が、この惑星にあったというのか?」

「はい、レナード司令麾下の艦隊は一撃で壊滅しました」

 ウィルバー・ゼラーが、沈痛な面持ちで答えた。

「データは収集したか?」

「戦闘時の映像記録があります」

「よし、まわせ。通信士、同時に映像を転送。この映像の空母を捕捉しろと全艦に通達」

「了解」

 やがてモニターに、ウィルバーとオービルが遭遇した空母型のラグマ・レイアが映った。その戦闘ぶりにブリッジの誰もが戦慄した。

 デュビル・ブロウ中佐は、低く唸り声をあげた。頑健な装甲ととてつもない破壊力を有した巨大空母の存在。今後の戦況に、これは大きく影響してくるだろう。早いうちに叩いておきたいというのがデュビル・ブロウの心境だ。

不意に通信士から声が上がった。

「哨戒機より緊急連絡。ポイントYB23Cに、問題の巨艦を捕捉しました」

「映像出せるか?」

「メインモニターに映します」

 それは洋上に横たわる巨大な艦だった。

「ウィルバー・ゼラー、あれか?」

「いえ、我々が遭遇したものとどこか違うように思いますが」

「映像からできるだけのデータをとれ。ウィルバー、オービル両少尉は、先ほど接触した空母と照合してくれ」

「了解」

 さっそく、ゼラー兄弟はコンピュータでチェックを行った。

 やがて二人は、驚くべき結論をもってデュビル・ブロウの前に立った。

「司令、あの巨艦は、我々の遭遇した空母と同一艦です。いえ、正確に言うならば我々の遭遇した空母に二つの艦がドッキングして、全長二千メートルにもなる一つの超巨大戦艦を形成しています」

「ドッキングした超巨大戦艦? …あれがか」

「そうです」

「よし、ご苦労。ゼラー両少尉は、命令あるまで待機」

「わかりました」

 二人は、デュビル・ブロウに敬礼すると、踵を返してブリッジから出ていった。

 なんとやっかいな状況だ、とデュビルは思案気に虚空を見つめた。あの空母の戦闘力だけでも驚異的だと言うのに、それが更に巨大なものへと変貌している。あの巨艦を、果たして沈めることができるのだろうか? はなはだ疑問を感じる。

 デュビル・ブロウは、改めて洋上に浮かぶ超巨大戦艦を見た。その両舷に、別の動く物体が見えた。

「拡大投影しろ」

 デュビルの指示により、モニターにそれが映った。右舷に十隻、左舷にも十隻の船団が列を成している。ジャック・ネイビアン大尉率いるキャロンクロッサー補給部隊だった。

「補給か?」

 そうデュビル・ブロウが呟いた瞬間、その補給艦が爆発炎上した。

「なんだ?」

「国籍不明艦キャッチ。新手です」

 レーダー手が、金切り声をあげた。

「映像を切り換えろ」

 重機動要塞ブエルを中心に、円陣を組んで突進する艦隊の姿がモニターに映し出された。

(デリバン連合王国の艦隊ではない。ギネルか?)

「デュビル中佐、ゴルダの艦隊もやはり超巨大戦艦のポイントへ移動を開始しました」

「全艦、第一級戦闘配備。最大戦速。前衛の駆逐艦は両翼へ展開。コンバットフォーメーションB。十五分後に接触する。針路そのまま。前進だ」

 デュビル・ブロウ中佐の命令に、ブリッジ内はもとより艦内は騒然となった。砲座に、艦載機に、魚雷発射室に、あらゆる火器が兵士のコントロール下におかれてゆく。

 ブリッジのメインモニターに、ギネル帝国旗艦ゴルダが映った。

「ギネル帝国軍、前方千六百マイル」

「砲撃用意。目標ギネル艦隊……ッてェッ!」

 デュビル・ブロウ中佐は、ギネル帝国艦隊へ突き進む主砲のビームの行方を追った。

(今度こそ、ギネル帝国を一艦残らず叩いてやる)

 今は、この意識がデュビル・ブロウの頭を覆い尽くしていた。


「ガデル提督。後方よりデリバン連合王国の攻撃です」

「……この大事なときに」

 ガデルは、忌々しさに歯噛みした。

 ギネル帝国艦隊は、重機動要塞ブエルがラグマ・リザレックを捕捉した洋上ポイントを目前にして、デリバン連合王国に捕まってしまったのだ。

「左舷、駆逐艦大破!」

「ボビット・バーノン全機発進。艦首反転百八十度。対艦隊戦用意」

 ゴルダのブリッジに非常サイレンが鳴り響き、その音の中ガデル提督の命令が艦内を駆け抜けた。

(あの巨大戦艦を捕らえねばならんというときに、デリバン連合王国め)

「ボビット・バーノン、スタンバイ」

「発進! 叩き潰してこい。砲撃開始だ」

 ガデルは、早口で怒鳴った。そして、ガデルは思うのだった。デリバン連合王国を倒さねば、次の作戦には移れない、と。

 メインモニターには、ボビット・バーノンの編隊とデリバン連合王国の艦載機が機銃を交えるのが映っていた。一機、また一機と敵、味方入り乱れて炎上し、撃墜されてゆく。

 その向こう側からデリバン連合王国の艦隊が青白いビームを発している。そしてゴルダからも応戦のビームが放たれ、交錯する。戦闘空域が拡大してゆく。

「ガデル提督、重機動要塞ブエル、ラグマ・リザレックへ攻撃を開始しました」

 ガデルは、思わず舌打ちした。「しかけるのが早すぎる」

「第五六ハッチ、被弾」

「上空にガーガン・ロッツの編隊です」

「対空戦闘。撃ち落とせ」

 戦闘空域に、叫び、爆発、そして命が混沌と渦巻いている。βμとそうでない者。祖先と子孫。いずれも、同じ命を持つ地球人である。


 ブエルのブリッジでは、マクロム・ラガンの哄笑が満ちていた。その笑いは、ブリッジクルーには狂気を(はら)んでいるように見えた。

 マクロムの視線の先にあるのは、ラグマ・リザレックだけだった。他のものは目に入っていない。

 洋上でキャロンクロッサー補強部隊の補給艦隊が火だるまとなってるのも、まるで意に介していない。

 ラグマ・リザレックはその火の海の中、身じろぎひとつせずに横たわっている。

「攻撃だ。攻撃を続けろ」

 興奮の余り、マクロムは一種の躁状態にあるようだ。その表情に浮かぶ笑みは、妙に歪んでいた。

 ビームとミサイルが、ラグマ・リザレックに高速で向かう。

 重機動要塞ブエルとザゴンからの攻撃は熾烈を極めた。一瞬足りとも止むことがない。ラグマ・リザレックは火炎と爆煙に包まれてゆく。

「下部主砲、撃て、撃て、撃ち続けろ」

 マクロムは、高らかに笑いながら喚いた。


「ジャック、もういい。離脱してくれ」

 日下が、ハッチから身を乗り出して、ベルトコンベアで接舷している艦に向かって叫んだ。キャロンクロッサー補給部隊の艦だ。

「もう少しだ。もう少しで、全ての物資を積み込めるんだ」

 ジャックはラグマ・リザレックに接舷し、運ばれてゆくコンテナの行方を見守っていた。

 ラグマ・リザレックに補給を開始して間もなく、キャロンクロッサー補給部隊は攻撃を受けた。だが、ジャック・ネイビアンは何よりも、補給作業を優先させた。その作業は困難を極めたが、いま最後の積み荷がラグマ・リザレックの艦内に滑り込んでいった。

「ジャック!」

 ラグマ・リザレックのハッチから日下炎が、彼の名を呼んだ。そして、その両腕で大きく丸を作って、オーケーのサインを出した。

 ジャックは、日下に向かって極上の笑みを浮かべて手をあげた。

「ジャック、ありがとう」

 日下が大きく、ちぎれんばかりに手を振っている。

「よし、全速離脱だ」

「了解」

 ジャックはブリッジに戻った。

 補給艦隊は、既に半分は撃沈された状態だった。

「ネイビアン大尉。ラグマ・リザレックから、通信です」

「回線、ひらけ」

 モニターに、日下が映った。

「ジャック、ありがとう。感謝する」

「日下、幸運を祈るよ」

「ジャック、無事に離脱してくれ」

 だが、皮肉にもその日下の台詞の直後に、ジャックのブリッジが被弾した。

「ジャッーク‼」

 日下の叫びに、ジャック・ネイビアンは必死に無線を手繰り寄せた。

 ジャックは、額から血を流していた。みるみるその顔から、血の気が失せてゆく。

「日下、頼むぞ。戦争を…止めてくれ……くそう、お前と酒を飲みたかったよ…」

「ジャック! しっかりしろ、ジャック!」

「日下、頼むぞ。俺みたいに死ぬ奴が、これ以上増えないように…戦争を止めるんだ」

「ジャック! 死ぬな!」

「…お前に借りを返せて……良かった…」

 日下にそう言い残して、ジャック・ネイビアンは力尽きた。同時に、その艦も爆発炎上した。

 その上空には、重機動要塞ブエルがいた。


 メインブリッジにいた轟とカズキは、補給が開始されたことでほっと気を緩めた。その分、対空警戒が疎かになったのだ。

 彼らにしてみれば、重機動要塞ブエルの最初の一撃は、全く突然に攻撃が開始された。不意打ち、奇襲と言ってもいい。

 艦が大きく揺れると同時に轟音が轟とカズキ、二人の耳朶をうった。

 好奇心旺盛で、ブリッジ内をあれこれと動き回っていたカズキは、その揺れにバランスを失って床へ大きくひっくり返った。

「いってぇ! なんだ? 何だってんだ!」

 カズキは尻をさすりながら、立ち上がった。

 揺れと轟音はやむことなく次々と襲ってきた。コンソールパネルに座っていた轟は、その揺れに必死に耐えていた。

「轟、一体何が始まったんだ」

「…敵襲です」

 轟は、メインモニターを見つめたまま答えた。だがモニターは、火炎と爆煙で何も見えなかった。

「被害状況は? 轟、チェックしてくれ」

「あ、ハ、ハイ」

 そう言うと轟はしどもどとコンピュータの操作を開始した。

 右舷の情報パネルにラグマ・リザレックの全体の輪郭が表示された。損傷個所があれば、そこに赤のランプが点くはずだか、それは一つも示されなかった。

「損傷なしです」

「よ、よくもつぜ。この艦は。そういや、日下は大丈夫なのか?」

 カズキがそう呟いた直後、ブリッジのドアが開いて日下が入ってきた。

「浮上する。いいな、いくぞ」

 日下は、艦長席につきながら二人に言った。

「日下、大丈夫か?」

 心配げに見る轟とカズキの視線を半分ずつ受け止め、日下はすぐに視線をメインモニターに転じた。

「俺は、大丈夫。補給も完了した」

「補給艦隊は?」

「補給艦隊は、壊滅した」

「壊滅? それじゃジャック・ネイビアンとかいうお前の友達は?」

「ジャックは俺たちのため、最後まで補給に務めてくれた。そして、敵の攻撃に倒れた」

「そんな…」

 カズキも轟も言葉を失っていた。日下に何を言ってよいものか、言いあぐねていた。

「浮上する」

 日下は重ねて言った。

「カズキさん、轟、俺のことを心配してくれるのはありがたい。だけど、今はこの難局を乗り切るのが先だ。ジャックは言ったよ。この戦争を止めてくれってね。だから……頼む」

「わかった」

 日下の淡々とした言葉に、カズキがそう答えた。轟も無言で頷いた。

 二人がコンソールについたことを確認した上で、日下は発進レバーを引いた。その手の甲に刻まれたラグマの紋章が、まるで蛍のように淡く光を放っていた。

 巨艦ラグマ・リザレックは、ゆっくりと浮上を開始した。

 ブリッジ内に計器の音が高まり、最後尾の機関から安定感のある鈍い震動が伝わってきた。やがて、そのエンジンが咆哮をあげた。

 轟はエンジンと爆撃の震動の中で、身を竦めていた。

 日下は、全ブロックを隔壁で閉鎖して戦闘準備を進めていた。

 カズキは、機関のチェックをしていた。

 雄叫びを上げたラグマ・リザレックの機関は、両舷に設けられた八基のノーマルエンジンだった。現時点でその補助エンジンで出力は充分だ。が、その中央に位置するメインエンジンにまだ火は入っていない。沈黙したままだった。


「マクロム司令。巨艦が浮上します」

 その兵士の叫びは、驚嘆ではなくむしろ恐怖に近かった。

「損傷は?」

「巨艦に損傷の様子はありません」

「なんだと? あれだけの爆撃を受けてなにも損傷がないと言うのか? あ、ありえん。いや、相手はラグマという創生エネルギーの鍵を握っているかも知れん相手だ…ボビット・バーノン発進スタンバイ。RPAの一部ロックを解除、メガキャノンの発射スタンバイだ」

 マクロム・ラガンの哄笑が止まった。

 重機動要塞ブエルの中央、鳥型のブリッジから前方にかけての一部がガクンと起き上がった。まるで、上半身を起こしたような状態だ。

 丁度その起き上がった腹にあたる部分に、大型ビームの発射口があった。

 マクロムはそのビームの発射を命じたのだ。

「RPAの動力を起動。メガキャノンのエネルギージェネレーターへ重機動要塞の供給バルブを接続」

「了解」

「メガキャノンビーム、発射用意」

「発射!」

(これで何らかのダメージを与えることができるだろう)

 マクロムは、内心ほくそ笑んだ。

 蒼白いビームは、ラグマ・リザレックへと迸る。

 巨艦はまだ完全に浮上しておらず、反撃態勢はおろか回避運動すらしていない。

 ブエルから発射されたメガキャノンの破壊力は、絶大である。

 そのビーム砲弾がラグマ・リザレックを直撃した。

 その場は、閃光に包まれた。


 日下炎は目を伏せた。

「ちょ、直撃か?」

 モニターはおろか、ブリッジ内全てが白い光に包まれた。

(や、やられたか)

 咄嗟の敵の攻撃に、日下たちは何の反応もできずに、ビーム砲をまともに受けた。

 日下の心臓は早鐘のように鳴っていた。汗ばんだ手は被害がないか、艦内機構のチェックを行った。

 だが、驚くべきことにラグマ・リザレックは何の損傷も受けていなかった。

「損傷なし。たいしたもんだ」

 カズキが胸を撫で下ろしながら呟いた。

 チェックパネルには、アラームすらついていなかった。

「とにかく、応戦するしかない」

 日下はコンソールに視線を巡らせた。だが、どれがどのシステムなのか、すぐには理解できなかった。

「日下さん、なんとかしてください」

 前方の席で轟が、操縦桿を握りしめていた。

 いつの間にか彼は、メインパイロット席に座り、ラグマ・リザレックを回避運動させていた。

「いいぞ。轟、空中停止させずに、ジクザク航行してくれ」

「わかりました」

 三人とも、わからないながらもラグマ・リザレックを操艦しようと必死だった。

「よし、コンピュータオートで迎撃を開始する」

 日下の言葉を合図に、ラグマ・リザレックの各部から砲塔がせり出して、自動追尾により反撃を開始した。

 カズキがレーダーをにらみ、敵の動きを読み出した。

「轟、左舷からミサイル接近。上昇しろ」

「上昇します」

「今度は右舷からだ。左へハンドルを切れ」

「これって、ハンドルって言わないでしょ」

「ハンドルだろうが舵だろうが、どっちでもいいだろが。とにかく、左だ」

 ミサイルが、ラグマ・リザレックの右舷めがけて飛来する。いきなり、ラグマ・リザレックは、左へガクンと大きく傾いた。

 この下手くそ、と日下は轟に怒鳴りつけそうになったが、慌ててそれを呑み込んだ。敵の攻撃に怯えながらも、轟は慣れない艦を必死に動かしていた。むしろ、これはよくやっていると誉めてやるべきだろう。

 日下は、機動要塞ザゴンを狙って、ビーム砲の発射ボタンを押した。ロックオンしたはずだが、それは体よくかわされた。

「日下、なにやってんだ」

 と、カズキの怒声がとんだ。いつの間にか、日下のことを呼び捨てだ。フィールドに入れば年上、年下なんて関係ない。アメリカンフットボールの試合時の気性の現れだ。

「機動要塞の動きが異常に早い。コンピュータの追尾スピードを超えている」

 日下は、二度三度と攻撃を繰り返し、発射ボタンを押したが、どれも命中しない。

「アラームメッセージ。ラグマ・ヒュペリオンでの火器管制では、限界あり。ラグマ・クロノス戦闘艦橋での火器管制コントロールへの切り換えを提案する」

 コンピュータが、そう言ってよこした。

「どういうこった?」

「そうか、このブリッジは戦闘に不向きなんだ。攻撃を優先するなら、俺が乗ってた戦艦タイプのブリッジ、それが戦闘指揮所になってるってことか」

 コンピュータのメッセージは理解したが、事態はそんな悠長なことを言ってられなかった。一機のザゴンが、物凄い加速をして突撃してくる。

「来るうー!」

 轟が恐怖にかられ、叫び声をあげた。

「減速だ。轟」

「急に言われたってわかりませんよ」

と、轟は抗弁した。

「エンジンの出力があがるぞ」

 カズキが、出力の数字を読み上げた。

「パワーが上がるのか。轟、上昇だ」

「くっそう、減速だ、上昇だと、好き勝手言ってぇ」

 ラグマ・リザレックの周囲に、新たにボビット・バーノンの編隊が加わった。

「この野郎!」

 日下は、立て続けに発射ボタンを押した。

 コンピュータが選択した砲門から、赤い光線が数機のボビット・バーノンを撃ち落とした。

「日下、敵艦接近! こいつは大型だ。敵の大将か」

 またガクンとラグマ・リザレックは大きく揺れて、右へ方向を転じた。

 メインモニターに猛スピードで接近してくる円盤型の艦が映った。カズキが言ったように、確かに大型で敵の旗艦のようだった。

「対空ミサイル、一斉発射」

 ラグマ・リザレックの両舷甲板の一部が開き、ミサイルが上空の大型円盤に向かい垂直発射された。VLS(Vertical Launch System)だ。ボビット・バーノンを数機撃ち落として、ミサイルは重機動要塞ブエルに向かっていった。

「日下、ビーム接近」

「なにっ」

 既にブエルからメガキャノンの第2波が発射されていた。

「轟、回避運動!」

「ウワァー」

 返事のかわりに、轟の恐怖の叫びが日下の耳朶をうった。

「直撃か?」

 ラグマ・リザレックは、再び閃光に包まれた。そのビームは味方のはずのボビット・バーノンとザゴンまでも巻き込み、破壊していった。

 ビームは確かに直撃だったが閃光が薄らいでいくと、その中にラグマ・リザレックは無傷で巨体を横たえていた。


「何故だ。二度も直撃だと言うのに、何故堕ちん」

 ブエルのブリッジで、マクロムがギリギリと歯噛みしながら呟いた。握りしめた拳を、ドンとコンソールに叩き付ける。

「接近戦だ。レイド・パンツァー・アーマー、ブエル発進準備」

 そう言ってマクロムはブリッジを駆け出し、エレベータに乗り込んだ。そのエレベータは、不気味なフォルムの顔をもつ機体のコクピットに直結していた。

 コクピットに入ると、マクロムは上段にあるキャプテンシートに腰を降ろした。その下段に六人の兵士が席につき、メカを作動させてゆく。

「レイド・パンツァー・アーマー、格納ロック解除。および、重機動要塞連結システム解除。全格納部、シャッター開け! 発進」

 マクロムの指示に従い、重機動要塞の中央のシャッターが左右に開いていった。それが完全に開放された瞬間、上昇ノズルが噴射してレイド・パンツァー・アーマーブエルが空に躍り出た。

 鳥に似た特異な顔に、鋭いハサミ型のカッターが付いたマニュピレータを備え、その胴体、腹にあたる部分にはメガキャノン砲がそのまま装備されている。下半身は、安定性と高機動性を産むために三本の脚がついていた。

 遊撃(レイド・)機甲(パンツァー・)兵器(アーマー)。重機動要塞の開発時に設けられたコンセプトの一つが、このレイド・パンツァー・アーマーだった。

 重機動要塞は、決定的な打撃力とスピードを持ち合わせているが、元来は内部に武器の生産力を擁する基地でもあるのだ。このメリットを最大に生かすためには、これと分離し、あらゆる状況にフレキシブルに対応でき、なおかつ絶大な攻撃力を持った兵器があって、初めて敵を完膚なきまでに叩き潰せる。その思想を実現した姿が、このRaid Panzer Armor、略してRPAと呼称する兵器だった。

「行け!」

 マクロムが叫んだ。RPAブエルは空中を蹴るようにジャンプして、ラグマ・リザレックへと疾走した。


「敵の旗艦が、分離した?」

「奴等の新兵器か?」

 日下とカズキは、声を重ねて驚愕した。

「日下、撃ちまくれ」

「轟、降下だ」

「チクショー」

 轟は恐怖に、半分涙していた。

「く、くるぞー」

 ラグマ・リザレックからミサイル、ビームがブエルに向かって集中して発射された。だが、ブエルはそれをかいくぐり、信じられないスピードで眼前に肉迫してきた。

 モニター内に映るブエルは、さながら生々しい血に飢えた悪魔に見えた。

 ブエルはまんまと、その機動力を最大限に生かしてラグマ・リザレックの甲板へと取り付いたのだ。

「と、取りつかれた。轟、加速だ」

「ウワーッ!」

 轟の叫びに呼応するように、彼の手の甲についたラグマの紋章が灰白く輝きを放った。


「とりついてしまえば、こっちのものだ」

 マクロムの狂気の叫びに似た言葉と同時に、ブエルの頭部からレーザーバルカン砲が断続的に凶音を発した。

 ラグマ・リザレックが震えた。わずかだが、火柱が上がり出した。

「ブリッジはどこだ? ブリッジ!」

 モニター内を注視していたマクロムが、不敵な笑みを浮かべる。

「あれか? ブリッジを狙うぞ。カッターアタックをかけろ」


 ブエルの両の手に備えた、鋭いハサミ型のカッターがギラリと不気味な光を宿した。その光が狂気と殺意に形を変えて迸った。


「や、やられる!」

 ブエルの執拗な攻撃に、日下達もさすがに恐怖を禁じ得なかった。ブエルは、その鋭いカッターでブリッジを破壊しようとしている。このままではブリッジの装甲も、確実に破壊されるに違いない。

 轟、日下、カズキの三人は、ともに聴覚を失っていた。全身が視覚と化し、装甲を破ろうとするブエルの姿に釘付けとなった。

 そんな中、日下の脳裏にジャック・ネイビアンの必死の姿が甦った。

 それを筆頭に三人の胸の中、極限状態のなかで何かが爆発した。恐怖とも、あるいは怒りともとれる叫びが、三人の口から絞り出された。

 それに反応するように三人の手の甲の紋章が、今までにないくらい強い輝きを示した。

 すると今度はそれに連鎖するように、床下からカニグモが次々に這い出してきた。カニグモは様々にコンソールやコンピュータにその触覚をつなぎ、アクセスを始めたのだ。目に相当する部分が、激しく明滅している。何かのセンサーが働いているようだ。

 突然、轟、日下、カズキの座っていたシートが、ガクンと床下に沈み込み、そして加速した。どうやら、シートごとどこかに移動しているらしい。

 三人は再び叫び声をあげ、暗闇の通路をされるがままに疾走した。

 移動時間は、三分にも満たなかった。だが日下らにとっては、突然のことに気が動転している。永遠にも相当する移動時間に感じた。

 轟・アルベルン、日下炎、カズキ・大門の三人が行き着いたのは、ドッキングしたラグマ・リザレックの最後尾にあたる空母タイプの艦、ラグマ・レイアの中の格納庫だった。

 そして彼ら三人は、その格納庫の中に横たわる三機の巨大戦闘機のコクピットの中に放り込まれた。

 コクピットと言っても、通常の戦闘機の比ではない。メイン・パイロット席、コ・パイロット席、エンジニア席、そして補助席の四つのシートが、ゆとりある空間に機能的に配置されている。

 システムは、既に起動している。

「こいつは、いったい?」

 日下は、コクピットをぐるりと見渡しながら一人ごちた。

 メイン・パイロット席の小型の通信モニターから、「なんだ、こりゃ」と奇声を発するカズキが映っていた。別のモニターには、蒼白となった無言の轟がいる。

「カズキさん、轟、日下だ。聞こえるか?」

 メイン・パイロット席に座りながら、日下は通信マイクに語りかけた。

「おう、日下。聞こえる。これは一体、どうしたんだ」

 カズキが、答えて寄越した。彼のモニターには、日下が映っているのだろう。

「轟の方は、どうだ。聞こえるか?」

「…………」

「轟、聞こえるか?」

「ハイ……聞こえます」

「轟、しっかりしろ。大丈夫か?」

「は、はい」

 返事が非常にか細い。精神的に大分参っているようだ。無理もない。未知の艦に乗り込み、こうも次々と状況が変われば、気が変になる。日下でさえ、音を上げたくなるのだ。十五歳の轟には、あまりに荷が重いはずだ。

「一体、どうなっているんだ?」

 カズキが、同じ事を呟いている。正直、日下にもさっぱりわからない。

 ふと、隣のコ・パイ席を見た。

 日下は、小さく声にならない声を上げた。コ・パイ席のコンソールにカニグモがいるのだ。触覚をコンソールの端子につないで、なにかアクセスしている。

 カニグモと目があった。しばらく凝視していると、彼は「ピーブー」と耳に柔らかい電子音を発した。聞きようによっては、「よろしく」と言っているように聞こえる。

 急にコクピット内のシステム音が高まった。

「システム正常、オールグリーン。ブレズ2、初期設定を行います。パイロット名をどうぞ」

 コンピュータガイダンスが始まった。

 状況がわからない今、とにかく従うしかない。

「日下炎だ」

「了解、登録完了。セキュリティシステムに指紋、声紋、瞳孔反応を登録します」

 どうやら日下の身体的特徴が、登録されるらしい。

「シートベルトを着用してください」

 コンピュータが促す。日下は、腹をくくってシートベルトをした。目の前には、二本のレバー式の操縦桿があった。それを握りしめる。足元には4つのフットペダルがあった。

「射出カタパルト、ロック解除。発艦準備完了。ゲートオープン。発艦します。射出カタパルト、シュート」

 コンピュータガイダンスに、嫌も応もなかった。問答無用で日下達が乗った巨大戦闘機は、そのまま射出カタパルトの軌道に乗った。

「オイ、冗談だろ。いきなりすぎるだろうが」

 モニターの中で、カズキが目を丸くして喚いた。が、次の瞬間には叫び声をあげていた。

 三人は、三機の巨大戦闘機に搭乗させられ、射出カタパルトから戦場へと放り出された。


「敵艦から何かが出撃しました」

 マクロムのもとに、報告が届いた。

「なんだ?」

「全長五〇メートルの巨大な戦闘機です。三機編隊で、突入してきます」

「航空戦力か? ボビット・バーノンの中隊を差し向けろ」

「了解」

「我々は、引き続きブリッジの攻撃に集中する」

 ブエルの、パワーが更に上がった。


 戦闘空域に突入した轟、日下、カズキの乗った三機の巨大戦闘機は、すぐに敵ボビット・バーノンの集中砲火を浴びた。

 だが、この機体の装甲の頑健さは尋常ではなく、直撃をうけてもびくともしない。そのことで安心感を得ることができた日下達は、なんとか平静さを取り戻すことができた。

 ただ、轟だけが精神的に麻痺した状態になっていた。だが、カニグモがサポートしているのだろう。ちゃんと、日下達の後について飛行している。

 ボビット・バーノンからの銃撃とミサイル攻撃が、更に激しくなってきた。

 しだいに日下の中に、怒りが生まれてきた。

「奴等、子孫なのか。本当に、我々の子孫なのか。だったら、だったら何故、何故しかける‼」

 また、敵のボビット・バーノンが攻撃の手を伸ばす。

「やるしか、やるしかないのか」

 日下は、反転して機銃を撃った。

「カズキさん、轟の援護を頼む」

 モニターにそう怒鳴りつけると、日下は再び機を反転させた。が、その時、右横からボビット・バーノンが突っ込んできた。とても避け切れそうもない。衝突だ。

(ぶつかる)

 日下は無意識に身を屈めた。と、同時にズシーンと物凄い衝撃が伝わって、その揺れに日下は口の中を少し切った。

 気付くとぶつかった敵機は、炎上して落ちていった。片や、日下のメカは無傷だ。

「すげえ……こいつ」

 日下は改めて、メカの頑丈さに感心した。すぐに気を取り直し、日下は照準を別の敵機に合わせ、機銃を撃ち込んだ。

 その後、ミサイルの直撃を受けたが全く損傷はない。


「何故だ。何故、陥ちない! 全部直撃なんだぞ」

 ボビット・バーノンのパイロットは、恐怖していた。カズキのメカ、轟のメカ、ともにどんなに直撃を浴びせても、一向に堕ちる気配がない。

 まさに、その時だった。  


゛何故、戦う″


 戦闘空域全域を、この問いかけが貫いた。

 誰が発した問いなのか、それは誰もわからなかった。

゛何故、戦う″

この謎の思惟は、日下炎に、轟・アルベルンに、カズキ・大門に、それぞれの頭の中を強烈に、そして瞬間的に駆け抜けていった。


゛何故、戦う″

それはまた、交戦中のギネル帝国軍ゴルダのガデル少将を筆頭に、全ての人々の頭の中に、

゛何故、戦う″

同様に、デリバン連合王国軍、グレートデリバンのデュビル・ブロウ中佐を始めとする全兵士の頭の中に、全ての人々に等しく、そして一瞬の中に強烈なインパクトを与えて過ぎ去っていった。


゛何故、戦う″

                                  ゛わからない″

゛何故、戦う″

                            ゛僕は、戦いなんてごめんだ″

゛何故、戦う″

                               ゛オヤジのカタキだ″

゛何故、戦う

                            ゛創生エネルギーのカギだ″

゛何故、戦う″

                            ゛巨艦を陥とせぱ、帰れる″

゛何故、戦う″

                                   ゛家族を守る″

゛何故、戦う″

              ゛敵を設滅して、戦争を終わらせて、恋人と幸せになるんだ″

゛何故、戦う″

              ゛これ以上、妻を、息子を、娘を苦しめるわけにはいかない″

゛何故、戦う″

            ゛わからない″

゛何故、戦う″

                                  ゛わからない″

゛何故、戦う″

                                  ゛わからない″


その一瞬において、その空域には愛や憎しみ、様々な感情、全ての心が一つの流れとなり、そして宇宙と匹敵する広がりをみせた。その中にいる人々は、拡散し無限に広がって宇宙そのものと同化するような感覚に捕らわれた。

 それは一瞬、ほんの一瞬のことだった。故に、全ての人々はそれを記憶に留めることはなかった。

 ただひとり、日下炎だけを除いては。


「なんだ? なんだったんだ、今のは」

 日下は今のほんの僅かな感覚に、衝撃を受けていた。一瞬ではあるが、自分の体が気体と化して無限に広がり、宇宙となった。そして、拡散した自分の体のなかに、天の川銀河、マゼランやアンドロメダ銀河があり、そこに息ずくあらゆる生命の意志に触れたような……

「日下ァ‼ 三本足のメカが!」

 メインモニター両脇にあるサブモニターからの、カズキの叫びで日下は我に返った。

「ウワッ」

 日下も、叫び声をあげた。

 正面モニターに、RPAブエルが今まさにカッターアタックを日下に向かって放とうとするところだった。すんでのところで、それをかわした。

 が、別の方向から衝撃が伝わった。機動要塞ザゴンが、攻撃をしかけていたのだ。ザゴンは全砲門を開いて一斉にエネルギー弾を撃ってきた。

「何故だ? 何故? 子孫なら、何故我々に攻撃をしかけるんだ?」

 日下の叫びに応じたのか、手の甲の紋章が光を発した。と、同時に日下のメカが空中停止してしまった。

「なんだ? どうしたんだ。動け、うごけっ」

 日下は操縦桿を懸命に動かしたが、何一つ反応がなくなってしまった。だが、かわりにコンピュータガイダンスが始まった。

「RPAシステム作動。ドッキングフォーメーションに入ります」

「RPAシステム? ドッキングフォーメーション?」

 また、何がなにやらわからないフェイズが発生したようだ。

 轟のメカがブレズ1、日下のメカがブレズ2、カズキのメカがブレズ3、この順番で3機のメカは一列に並び、変形を開始した。

「このメカもドッキングするのか?」

 日下の呟きの通り、轟のメカは頭部と両肩を持つメカへ、最後方のカズキのメカは、腰部と脚部をもつメカに、そして日下のメカはコクピットが丸ごと奥に収納、太い翼が折り込まれ、両椀部と胴体部になっていた。

 各々のパーツに変形した三機のメカはドッキングし、巨大な人型のRPAになった。

「ドッキング完了。コンプリート。オールグリーン。レイド・パンツァー・アーマー、ラグマ・ブレイザム、システムスターティング」

コンピュータガイダンスが、ドッキングした人型兵器の名を言った。その名を「ラグマ・ブレイザム」と。


「マクロム司令」

「ドッキングして、レイド・パンツァー・アーマーになったというのか。そんな、バカな」

 マクロムは、我が目を疑った。だが、これは紛れもない事実だった。

 モニターの中で、日下達のレイド・パンツァー・アーマーが、空中に屹立してゆく。

「叩くぞ。スラスター全開。カッターアタックだ」

 マクロムは驚愕と脅威に、うわずる声を必死に押さえて、命令を下した。

ブエルは、加速して日下達の乗ったRPAラグマ・ブレイザムに向かって突進した。そして、その切れ味鋭い両の手のハサミを構え、そのボディめがけて切りかかった。紛れもなく、ブエルのカッターアタックは空気を切り裂き、ラグマ・ブレイザムの胴体に直撃を加えた。その瞬間、ブエルのコクピットは、地震のように揺れた。

「やったか?」

 マクロムは、モニターを見た。だが、カッターアタックは敵のRPAになんら損傷を与えていないようだ。

「なんという装甲だ」

 兵士の一人が、驚愕して言った。

「各部ミサイル、頭部バルカン、発射」

 ブエルから、更に攻撃が繰り出される。

「全速後退!」

 ブエルは、全速で後退してラグマ・ブレイザムから距離をとる。放ったミサイル、バルカン、ともに正確にラグマ・ブレイザムに襲いかかった。

 爆発がその周辺を圧倒してゆく。爆煙が日下らの乗ったRPAを包み込んでゆく。だが、その爆煙の中から再び現れたのは、無傷で全く微動だにせず姿勢を崩さないラグマ・ブレイザムの姿だった。

「ば、化け物か。この地球のレイド・パンツァー・アーマーは‼」


「動かないのか、こいつは」

 日下は、懸命にレバーを動かした。

「日下さん、カズキさん、なんとかならないんですか?」

 轟が喚いていた。

「そっちも駄目なのか」

 日下とカズキが、同時に舌打ちをした。


「くそっ、上昇だ。上昇! メガキャノンビーム、準備だ」

 ブエルはスラスターの出力をあげ、上空に向かって加速した。充分な距離を確保すると、ブエルは空中停止し、その腹部にあるメガキャノンビーム砲にエネルギーを集中させ始めた。


「この三本足野郎」

 ままならぬ状況に、業を煮やしたカズキ・大門が渾身の怒りを叫びに変えて放ったとき、ラグマの紋章が光を放った。

 カズキは無意識のうちに、操縦桿とその横のレバーをグイと引いた。

 ラグマ・ブレイザムの脚部、くるぶしにあたる部分に備えられた大型のバーニアスラスターが噴射した。

「う、動いた」

 日下達の乗るレイド・パンツァー・アーマーは、起立の姿勢のまま上昇を開始した。


「敵RPA、上昇してきます」

「かまわん。メガキャノンビーム、発射」

 ブエル腹部のメガキャノンビームは、かなりの至近距離で発射された。命中は確実と思われる距離だ。

 だが、敵RPAはそれを、見事なバーニア操作で平行移動し、それをかわした。

「かわしただと」

 マクロムは我が目を疑った。

「ええい、あれのパイロットは予知能力でもあるのか。それとも奴等もβμか」

 マクロムは、なんとか攻略の手だてを考えようと必死だった。

「マクロム司令、ミサイルもパワーも限界です」

 兵士の言葉に、マクロムは舌打ちをした。

「重機動要塞を呼び寄せろ! 補給する」

 RPAブエルは方向を転じると、重機動要塞へと向かい、ドッキングした。


「カズキさん。どうやって動かした」

 日下はやっと動いたRPAに、安堵感を覚えた。

「いや、俺は、なにがなんだかわからないうちに、夢中になって」

 カズキは、戸惑いを隠せない様子だ。

「いや、システムは正常に作動しているようだ。操縦はかなり自動化されている。コンピュータオートマチックといっていい。それに」と、日下は一旦言葉を切って、コ・パイ席のカニグモを見た。「どうやら、このカニグモがフォローしてくれているようだ。轟、そっちはどうだ? 腕のコントロールはできるか?」

「できるようです」

 不安な面持ちで、少年がモニターの中で返事をよこす。子どもだと思っていたが、轟は天性のものか、メカに対する理解が早い。

「日下、三本足のメカが逃げるぞ」

「なに?」

 日下は、正面のモニターに目をやった。カズキの言う通り、ブエルは重機動要塞へと帰還している。

 不意に背後から、爆撃の震動が伝わってきた。再び、機動要塞ザゴンの奇襲が始まったのだ。

「行けーっ」

 日下は操縦桿を引いた。計器音がたかまり、パワーが増幅した。

「轟、腕を振り回せ」

 ぎこちない動きながら、ラグマ・ブレイザムはパンチを繰り出して、機動要塞を狙った。パワーがどんどん上がっていって、ラグマ・ブレイザムは鬼気たるもので満ちてゆくように思えた。

 脚部くるぶしにある、大口径大出力のバーニアスラスターが光芒を発した。日下達の乗るRPAラグマ・ブレイザムは加速度を増し、艦隊のど真ん中に切り込んでいった。

 日下のメカのコクピットでも、腕のコントロールの補佐ができた。日下は狙いに狙って、RPAの拳をザゴンに向けて放った。それは見事に命中して、ザゴンを破壊した。

「ヤッタァ‼」

 日下と、轟は同時に快哉を叫んだ。

日下達が敵陣に切り込むと同時に、ラグマ・リザレックは彼らを援護するように砲撃を開始した。突然出現したRPAラグマ・ブレイザムに気を取られていた艦が、その砲撃に撃沈していった。

「こいつー」

 轟は、怯えながらも必死になって操縦桿を操っていた。

「日下さん、カズキさん、なんか武器はないんですか?」

「わかるか! 自分で捜せ」と、カズキ。

「轟、来るぞ。戦闘機だ」と、日下。

「ヒッ」

「ビビルな。男だろ」

「怖いものはこわいんです」

「怖がってばかりじゃ、やられるぞ」

「こんなことで、死ぬなんてごめんです」

「死にたくなかったら、腕を振りまわせ」

「いいか、轟。機動要塞だ。まずはそいつを堕とすんだ」

「堕とせって、そんな簡単にできるわけないじゃないですか」

「右だ。来たぞ。反転しろ」

「くっそう、みんな、無理な事ばっかり言って」

「来たぞ、日下! また、三本足だ」

「なにっ」


「補給は完全だ。今度こそ、堕とす!」

 だが、その言葉と裏腹にマクロムは、焦りと不安を感じているのを自覚していた。

 RPAブエルはミサイルを連射しつつ、ラグマ・ブレイザムへと接近していった。そして、その後ろに重機動要塞が追随している。

 ラグマ・ブレイザムの動きには、ムラがあった。攻撃をかわす際には、全身のバーニアを巧みに使い、予知能力でもあるかのように弾道をかわすかと思えば、時には簡単に直撃を受けたりする。

 ブエルはラグマ・ブレイザムの左腕への一点集中攻撃を開始した。

 

 繰り返し行われるブエルのパターン的な攻撃にあわせて、日下らはパンチを放つ。だが、ブエルもバーニアを駆使してそれをかわした。ラグマ・ブレイザムのパンチは空しく空をきった。ラグマ・ブレイザムの後ろに回っていた重機動要塞が、砲撃を開始した。

 それに反応してラグマ・ブレイザムは踵を返して、重機動要塞に目標を変えた。右、左と繰り返し、重機動要塞へとパンチを振るった。

 重機動要塞は回避のためにジグザク航行を行い、ラグマ・ブレイザムはそれを追撃する。

 そして、やがてラグマ・ブレイザムは重機動要塞を捕らえた。そのスピードは重機動要塞を上回っていたのだ。右腕を充分に引きつけ、放った。

 それは重機動要塞の動力部を直撃した。


「決まった」

 と、日下は快哉を叫んだ。

 モニターに映る重機動要塞のあちこちから放電、そして小爆発が相次いだ。徐々に速度が落ちて、よたよたよろめいている。

 端からみても、明らかに瀕死の状態だ。

 だが、重機動要塞は一向に爆発する気配がない。それどころか、なお砲塔をラグマ・ブレイザムに向け、照準をロックしている。

「こいつ、まだ生きてる」

 ラグマ・ブレイザムは両の手を組んで、上に振りかざし、それを叩き割るように振り降ろした。砲塔がひしゃげ、装甲が崩壊する。空気と火炎が混濁し、火柱が吹き上がった。

 それでもなお、重機動要塞は別の砲門でラグマ・ブレイザムの顔面部に向け、一斉にビームを撃ち込んできた。

 顔面部でコントロールを行っているのは、轟・アルベルンだった。


 轟にとって、赤黒い爆煙を吐きながら自分へ攻撃をかけてくる重機動要塞は、恐怖そのものだった。

 モニターに映るビーム弾は、今しも轟自身の喉元や心臓を撃ち抜くのではないかと錯覚を招いて、更に彼を脅かす。

 手負いの野獣と化した重機動要塞からは、死を賭した兵士の叫びが聞こえてくるようだ。

 轟の心は極度の緊張状態と恐怖心に捕らわれ、完全に凍てついてしまった。

「轟、どうした? 大丈夫か」

 通信モニターから、日下の声が聞こえる。が、轟の心にまでは届かなかった。

 轟の視線は、砲撃を続ける重機動要塞から離れない。

 轟の左手のラグマの紋章が、淡く光を発した。

「ウワァーッ!」

 これ以上緊張状態が続いたら、轟の精神は崩壊していたかもしれなかった。そこで、精神のスイッチが切り替わったようだ。

 胸を押し潰そうとする恐怖感を叫びに変えて、轟は無我夢中でコントロールレバーを動かした。

「堕ちろ! 落ちろ! 陥ちろ! 堕ちてくれ‼」

 ラグマ・ブレイザムは重機動要塞へ向け、何度も何度も拳を振り降ろした。なにかに憑りつかれたように、ある意味、狂気を感じさせるほどだ。

「堕ちろーっ! 落ちろーっ!」

 轟の顔は涙でクシャクシャになっていた。モニター内では、炎上し陥落寸前の重機動要塞があった。だが轟には涙で、それが見えていなかった。

「堕ちろ。おちろ」

 声も絶え絶えになって、レバーを動かす。

「轟、ストップ! ストップだ! もういい。堕ちる」

 通信モニターでの日下の声も、轟には聞こえていない。


「左舷、ミサイル」

「戦況は?」

「五分五分です。このままでは、短期決戦は無理です」

 ガデル少将は、腕組みをして考え込んだ。

 デリバン連合王国を倒して、重機動要塞部隊への援護にまわらなければならない。

「反転百八十度。全ボビット・バーノン戦闘空域から離脱せよ。後尾プロトン砲、用意。いいか、一発で殲滅する。ターゲット、デリバン連合王国艦隊。前衛艦隊は、両舷から砲撃を続け、デリバン連合王国艦隊をプロトン砲の射線へ追い込め」

ギネル帝国艦隊旗艦ゴルダの艦尾に装備されているプロトン砲に、エネルギーが集約していく。

 それと同時に艦載機ボビット・バーノンが、次々と戦闘空域を離脱した。


「戦闘機が、引き上げてゆく? どういうことだ。対艦戦に持ち込もうってのか」

 デュビル・ブロウ中佐は、小首を傾げてメインモニターを見据えた。

「敵旗艦のゴルダを拡大投影しろ」

 見るとどうであろう。ゴルダは大型の砲門をこちらに向けている。その砲口内が淡く輝いている。

 デュビル・ブロウは慄然とすると同時に、あくまで冷静にマイクとテレパシーをない混ぜにして、命令を伝達した。

「全艦離脱。敵はプロトン砲を撃つつもりだ。全艦全速回避」

 デュビル・ブロウの乗る旗艦グレートデリバンが、いち早く回避運動に入り、移動を開始、他の艦もそれに倣って移動を始めた瞬間、加速された陽子のエネルギー束が向かってきた。

 淡く蒼白い光がその周辺を覆いつくし、その光の中にデリバン連合王国の艦隊のほぼ半分が呑み込まれ、蒸発していった。

「しまった」

 デュビル・ブロウ中佐は爆発のある方向に向き直った。

 デリバン連合王国は、一瞬にして壊滅状態に陥った。

「……後退だ。撤退する」

 デュビル・ブロウ中佐は、蚊の鳴くような小さな声で呟いた。しかし、兵士達の敏感になっている耳には、その声で充分だった。

「撤退?」

 ざわめきがブリッジを覆っていく。

「我々の艦隊が退いたら、デリバン連合王国はどうなるんですか?」

「撤退だ。それ以外に選ぶ道はない。状況は一変した。艦隊の半分を失った今、我々はギネル帝国の餌食になるだけだ。本国へ帰り、態勢を整える。これは敗北ではない」

「そんな…死んでいった仲間に、申し訳がたたない」

 どこかで、そんな不満がもれた。

「反転百八十度。針路デリバン連合王国」

 デュビル・ブロウは、不満の声を無視して命令を下した。今は、撤退するという行動が第一に優先されるべきことだと、彼は自分を信じた。


 ラグマ・ブレイザムとブエルは、壮絶な死闘を繰り返していた。

どちらも有利であり、どちらも不利だった。

 ラグマ・ブレイザムのパンチとキックが、ブエルを襲う。ブエルはそれを、バーニアを駆使してかわし、ミサイル、バルカンを撃つ。あるいはブエルのカッターアタックが、ラグマ・ブレイザムを捕らえる。それを振りほどきながら、ラグマ・ブレイザムは肩からタックルをかけてくる。

 二つのレイド・パンツァー・アーマーは、旋回し、接近するとまた離脱した。


「こいつ」

 日下はコントロールレバーを操って、ブエルの後ろに回り込んだ。放ったパンチが、ブエルのバーニアの一つを潰した。

 ブエルは機動性を失って、自由落下のかたちで墜落してゆく。


「堕ちるぞーっ‼」

 ブエルのコクピットで、叫び声が上がった。

 ブエルは奈落へ堕ちるがごとく、落下していく。態勢が整わない。

 ブエルは地面へと激突した。木々をなぎ倒し、ブエルの三本の足がググッと地面にのめり込む。けれど三本の足のおかげで、バランスを崩さなかった分パイロット達の立ち直りは早かった。

「いいか、敵は所詮パワーだけ、格闘だけの単純なRPAだ。ミサイル、ビームを集中すれば必ず倒せる」

 マクロムは、そう叫んだ。ふと、モニターに視線を戻す。対空警戒レーダーが反応して、けたたましい警告を発した。

「敵機直上! 本機を狙っています」

「急げ。敵のRPAが、落下してくる。我々を押し潰すつもりだ。ランディングモードに切り換えろ」

 ラグマ・ブレイザムが、上空よりブエルめがけて落下してくるのだ。

 マクロムの判断は的確だった。案の定、日下らはブエルの真上へと位置をあわせてくる。

「バランサーは、大丈夫だろうな」

「無事です」

「よし、ゴー!」

 ブエルの三本の足の裏から、タイヤが出てブエルは陸上を車のように走り出した。木々を踏みつけ、疾駆する。

 日下らの乗ったラグマ・ブレイザムは思惑の裏をかかれて、ブエルと全く同じ位置に激突、地面にのめり込んでいった。


「かわされた!」

 日下も轟もカズキも、危うく舌を噛むところだった。

「日下、追うぞ」

「了解」

 ラグマ・ブレイザムの背中に格納されていた翼が展開し、脚部の大口径大出力スラスターが噴射した。

「逃がすかーッ!」

 カズキは憎しみをこめて、レバーを引いた。ラグマ・ブレイザムは超低空飛行を開始した。


「敵が、猛スピードで追いついてきます」

「メガキャノンビーム、準備しておけ」

「了解」

「十秒、走れ。その後で急速ターンだ」

「了解」

 背後から、プレッシャーを感じる。

「よし、今だ」

 ブエルは、ブレーキングとターンを絶妙なタイミングでやってのけ、ラグマ・ブレイザムは、ブエルを遥か追い抜いていった。

 その背中に向け、メガキャノンビームを撃つ。ビームは見事にラグマ・ブレイザムに命中、ラグマ・ブレイザムはそのまま地面へと墜落し、凄じい距離をスライディングしていった。

「やったか?」

 かなりの期待をこめて言う。

「いえ、まだです」

(何故だ。何故、堕ちないんだ。ラグマを持っているからか? 宇宙の核たるエネルギーのカギだからか?)

「くそ。ランディングモードで、突撃する。カッターアタックだ」

 ブエルは、フルスピード、フルパワーでラグマ・ブレイザムめがけて疾走した。

「死ねぇ‼」

 のっそりと立ち上がろうとするラグマ・ブレイザムのその背中めがけて、ブエルは切りかかっていく。ラグマ・ブレイザムの背中の翼を切り落とした。

「よし。ミサイル撃て」

 発射されたミサイルの爆撃に、敵が見えなくなる。ブエルは、そこから距離をとった。その爆煙の中から地響きをたてて、ラグマ・ブレイザムがブエルめがけて突進してきた。

「ウオー!」

 マクロムは、吠えた。それが怒りからくるものなのか、恐怖からくるものなのか彼自身わからなかった。

「全砲門、発射」

 ブエルのありとあらゆるミサイルポッドから無数のミサイルが至近距離で放たれた。そのミサイルの誘爆を浴びて、ブエル自身も傷つき、損傷を被った。

 そしてマクロム・ラガンが最期に見たものは爆煙を(まとい)ながら、コクピットめがけて放ってくるラグマ・ブレイザムの拳だった。

「バ、バケモノめー!」

 マクロムの絶叫が消えるか消えないうちに、ブエルのコクピットは炎の海と化し、乗組員はそれに焼かれて死んでいった。

 その生と死のほんの僅かな時間に、マクロムは再び強靱な思惟が通過していくのを感じ取った。その思惟がマクロムたちに何を語ったのかは、誰も知らない。


 ラグマ・ブレイザムはその場に泰然と佇立していた。無事だった。

 ブエルは、爆発して影も形もなかった。

「俺たちは、あんな奴等を敵にしてしまったのか」

 カズキが、ポツリと呟いた。

(祖先と子孫が、戦うのか)

 戦争を止めるどころか、なお状況は激化している。一歩先の未来すら、今の日下には読むことができなかった。


「遅かったか」

 ゴルダが到着したとき、既にブエル隊は全滅していた。

「一体、これからどうなるというのだ」

「ガデル提督、本国から入電です」

「読め」

「帰国せよ。ラナス・ベラ、です」

「帰国せよ、か」

 ギネル帝国艦隊は、日下達の巨艦ラグマ・リザレックに背を向け、遠ざかっていった。


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