第三章 反逆
カズキ・大門は辺りを見回した。今いる艦長席の背後に、格納棚らしきものが左右の壁にあるのに気付いた。
ひらりと身を翻し、カズキはその格納棚を開けた。中にはレイガンらしき拳銃やレーザーライフル、自動小銃などが丁寧に並んでいた。
カズキはレイガンを手にすると、弾倉となるエネルギーカートリッジを捜した。それは、反対側にあるもう一つの格納棚にあった。レイガンにカートリッジをこめ、カズキはそれを慎重に握り直した。
レイガンを構えると、カズキはブリッジを後に通路へと躍り出た。
日下炎はホルスターからレイガンを抜き、その出力を最小にして、しだいに近づいてくる足音に耳をすました。緊張しているのが、自覚できた。
艦長席のシートに身を潜め、その耳元でレイガンを構えた。
早鐘のように鳴る自分の鼓動が、妙に煩わしく感じた。
足音がこのブリッジの前に来て、不意に止まった。
日下はいよいよ緊張して、レイガンの安全装置を外した。
ドアはなかなか開かなかった。相手も、このブリッジに押し入るのを躊躇しているようだ。
やがて、勢いよく音をたててドアが開いた。そして、中の様子を伺いながら一人の男が、侵入してきた。カズキ・大門だ。豪快だが、敏捷な動きだった。だが、そのレイガンの構えが素人だった。
男は、日下をすぐに見つけられなかったようだ。日下は、身を潜めたシートから飛び出て、レイガンを撃った。それは、見事にカズキの握るレイガンを弾き飛ばした。
銃弾でレイガンを弾かれ、右手に痺れを覚えて、カズキはその手を押さえた。
その行動の隙をついて、日下はカズキの懐に飛び込み、その喉元に銃口を突きつけた。一瞬の早業だった。
「貴様、ギネル帝国の人間か?」
「ギネル? 冗談じゃない。俺はれっきとした地球人だ。そんな奴と同じにされてたまるか!」
喉元に銃口を突きつけられ、カズキはゆっくりと両の手をあげた。
「お前こそ、一体何者だ?」
「俺は、日下炎。地球連邦最高総司令部の者だ」
「本当だろうな」
「本当だ」
そう言って日下は、胸ポケットへと左手を動かした。
その瞬間、カズキ・大門は「お手並み拝見」と、そう呟くが早いか、突然日下の脇腹に肘撃ちを見舞った。次の瞬間には、その長く鋼のような脚で蹴りを放った。
だが日下は、カズキの第二撃の蹴りをかわし、体を入れ替えてカズキの首をその左腕で締めつけ、右手の銃口をそのこめかみに押しつけた。
カズキの目の前には、日下炎の地球連邦の所属を証明するバッジが突きつけられていた。本人の顔写真付きだ。
「油断のならない人だな」
そう言って、日下は少しばかりカズキを締めつけている腕に力をこめた。
「いや、わかった。もう抵抗はしない」
首を締めつけられている影響で、少し掠れた声でカズキは答えた。
「名前は?」
「カズキ・大門」
「所属は?」
「ハーバード大学アメリカンフットボール部のクォーターバックだよ。背番号も言おうか?」
「民間人か?」
「そうだよ」
「民間人が、何故この艦に乗っている」
「話せば長い」
「………」
しばらく考えた後で、日下はカズキの首からその腕を外した。
カズキはゴホゴホとむせ返りながら、しゃがみこんだ。首の辺りを擦っていた。やがて苦しく喘ぐ声の下から、「この艦は、地球連邦の秘密兵器なのか?」と、日下に向かって尋ねてきた。
だが、その質問には日下自身も答えることができない。
「話せば長い」
日下は、カズキ・大門と同じ台詞を言った。
二人の間で、やっと緊張がほぐれた。
「カズキ・大門さん、この先にもう一つの艦がドッキングしている。行くか?」
「まだあるのか。一体この艦の大きさは、どれぐらいあるんだ」
「2千メートルはあると思う。カズキ・大門さん」
「まどろっこしいから、カズキか、大門かどっちかで呼んでくれ。日下さん」
「わかった。カズキさん」
「よしきた」
二人は、通路に出た。
しばらく、歩くと通路がベルトウェイに変わった。
「なぁ、日下さん。この巨艦は一体なんなんだ? なにか知っているか?」
「正直に言うが、実は自分もよくわからないんだ」
日下は、おどけるように肩をすくめて見せた。
それを見て、カズキは口元に笑みを浮かべた。二人とも、ここまでの道のりをどこから、そしてどこまで話していいのか、考えあぐねていた。
だからこそ、話をはぐらかそうとする日下のことがカズキには理解できた。カズキもまた、それ以上日下を追及しようとはしなかった。
緊張の反動で、二人の間にはあっという間に友情が芽生えたようである。
「着いたよ、カズキさん」
「行くぞ」
二人は目配せして、互いに銃を構え直した。ドアが開くと、二人は壁ぎわに待機した。たが、中からは何の反応もない。
二人は、弾かれたように中へと飛び込んだ。
ブリッジの中は、ひっそりと静まりかえっていた。日下と大門は、注意深く辺りを見回しながら、ゆっくりと歩いた。
静かだが、人の気配はする。緊張で肌がピリピリしていた。
「いた」
「何」
日下が艦長席のシートにうずくまっている轟・アルベルンを見つけたのだ。
カズキ・大門もそこへ駆け寄り、覗き込んだ。
「まだ子どもじゃないか」
と、カズキは少し鼻白んだ声で言った。
「君は誰だ?」
おずおずと両手をあげ、無言のまま轟は日下を見上げた。当然その手の中には、武器はなかった。
日下は、銃を仕舞込んでもう一度、口調を和らげて「君は誰だ?」と尋ねた。
轟は、黙ったままだ。日下は、身分証であるバッジを開いて、轟が見えるように突き出した。
「私は、地球連邦最高総司令部防衛ブロックの日下炎です。こっちの人は、カズキ・大門さん。僕たちは敵じゃない。安心していい。立てるかい?」
怯えている少年に向かって、できるだけ優しい口調で呼びかける。しかし、それを見ているカズキには、じれったかったらしい。
「やれやれ、だらしのない少年だ。立て、立つんだ!」
カズキの強い口調に、更に轟は萎縮してしまう。しかし、彼はゆっくりと立ち上がった。カズキを手で制して、日下は再びやんわりとした口調で話しかけた。
「さあ、もう安心していい。答えてくれ。君、名前は?」
「…轟・アルベルンです」
轟はそう答えると、なかば顔をこわばらせて日下達を見上げた。
「我々は敵じゃない。安心してくれ」
日下は、轟の緊張をとくために、繰り返しそう言った。
「轟君、君がこの船を操縦してきたのかい?」
「………」
「すぐに、答えるんだ」
カズキが早口で言う。本人は、怒鳴りつけているつもりはないのだろうが、体格のいいカズキから早い口調でまくしたてられると、轟には怒鳴られているとしか受け取れず、ますます身を竦めた。
日下は、再びカズキを手で制した。カズキは、チッと舌打ちする。
「轟君、君が動かしたのか?」
「は、はい。このメモリーディスクをセットして」
そう言って、轟はメモリーディスクをそっと日下の前に差し出した。
日下は、それを受け取りじっくりと見入った。彼がバロラ・メルタから受け取ったものと、それは全く同じ物だった。メモリーディスクのレーベルに、アレック・アルベルンと、サインがしてあった。
「アレック・アルベルン? すると、君はアレック博士のお孫さんか?」
日下は、アレック博士とは面識がある。高名な物理学者で、仕事で幾度かお世話になったことがある。お孫さんがいることも、その時に知った。それにスミス総長とよく連絡をとっていたことも知っている。
「………」
轟は泣きそうな顔つきになって頷き、そのまま顔を伏せた。
「僕はね、君のおじいさん、アレック・アルベルン博士とは、一緒に仕事をしたこともあるんだ。よろしくな」
日下の言葉に、轟は幾分警戒を解いたようだ。表情から、少し緊張がとれた。握手を求め、差し出した日下の手をおずおずと握った。あまり力を込めてこないので、日下は轟の手を優しく握り返した。
「日下さんよ、これからどうする?」
「ひとまず、着陸しよう。生き残った人を捜して、それから」
日下が言い終えるのを待たず、轟が「日下さん」と尋ねてきた。
「あのう、日下さん。この艦に乗っているのは、僕たちだけなんですか?」
「そのようだ」
「たった三人で動くんですか? この艦は」
「そのようだ。というか、我々も正直いってこの艦のことについては、よくわかっていないんだ」
日下はカズキの方に視線を向け、挨拶するよう目配せした。それを見て、カズキは、轟に向かって一歩踏み出した。
「俺は、カズキ・大門。よろしくな」
カズキは、そっと手を差し出した。その手を、おそるおそる轟は握った。
「なんだ、元気がないな。君、年はいくつだ」
「十五です」
「男だったら、もっとしゃきっとしな」
そう言ってカズキは、握手した轟のか細い手を握って、豪快に振り回した。
轟は、口元にほんの少し笑みを浮かべた。
そんな二人のやり取りを見ていた日下は、ふと二人の右の手の甲に目をとめた。
「二人とも、ちょっと手を見せて」
「どうした?」
日下は轟の右手の甲をとり、カズキに見せた。カズキは自分の手を二人の前に差し出した。
二人の手の甲には、同じ紋章が刻まれている。もちろん、日下の手にも同じ物がある。
「これは、一体どうした?」
「僕は、カニグモにこれをスキャンされました」
「カニグモ?」
「あ、蟹のような蜘蛛のような形をした、小さなロボットです」
と、轟が答えた。
「俺もだ」「僕もだ」
とカズキと日下の声が被った。
「死に際のオヤジの手に浮かんでいたのを見た。そしたら、気付いたら俺にもこんな痣ができていた」
「僕は、おじいちゃんから」
「……俺は、スミス総長にこの痣が浮かんでいたのを見た。そして、いつの間にか自分の手に浮かんでいたんだ。もしかしたら、この艦に乗るための認証みたいなものなのかな…」
日下が、思案深げに首をひねりながらそう言った。
「わからないことばかりだな」
カズキも腕組みをして、考え込んだ。その二人を轟が交互に見比べていた。
「いや、考え込んでばかりいても仕方がない。ひとまず、着陸だ」
日下は、轟が座っていた艦長席のコンソールについて、再びメモリーディスクから情報を引き出そうとした。
コンピュータのモニターに、ドッキングした艦の全景が、立体表示で映った。
「よし、好都合だ。ドッキングしたとき、この巨艦の航行管制システムは、ここのブリッジに移行するようだ。二人とも適当に席についてくれ。着陸する」
カズキ・大門は早足で、轟・アルベルンはゆるい足取りで席に着いた。日下は艦長席につき、二人が座るのを確認してから、操縦桿を握りしめた。
「降下準備。二人ともベルトをしてくれ」
日下は、艦長席で着々と操作を行っていた。それをカズキと轟が見守っている。
「いや、さすがだね」
日下のその操作があまりに慣れた印象を受け、カズキは吐息混じりにそう漏らした。
「ラグマ・リザレック、降下態勢に入ります」
コンピュータがガイダンスを始めた。
「ラグマ・リザレック?」
「この巨艦の名前か」
巨艦ラグマ・リザレックは、地上に巨大な影を落としながら徐々に降下を始めた。
真下には、破壊された地球連邦最高総司令部があった。周囲は、もう都市ではなかった。敵の攻撃はあまりに深く、戦火の爪痕を残したようだ。
巨艦ラグマ・リザレックは、破壊によって広がった地表に着陸した。そこは焦土と言って良かった。
日下炎、カズキ・大門、轟・アルベルンの三人は巨艦から降り立った。
三人の目の前に広がるのは、廃墟。瓦礫の山だった。あれだけ整然として都市の中に建っていた地球連邦最高総司令部の本部ビルは、そこにはなかった。
辺りから、パチパチと火がはぜる音がした。かなりの熱が地表には立ち籠めていた。空気が燃えているようだった。
三人は辺りを歩き回り、生存者を見つけようとしたが、それは無駄に終わった。
瓦礫の中には、死体が何十、何百と転がっていて、轟は顔面蒼白となっていた。轟はできるだけ、屍を見ないように務めていたが、耐え切れず嘔吐した。
横目で日下はそれを捉え、無理もないと思った。あのカズキですら、ときどき口に手をやり、必死にこらえているのだ。そのカズキが、轟のもとに寄って背中を擦り始めた。
「誰も、生きてる奴なんていないんじゃないか」
カズキが、一言小さく呟いた。
日下は黙々と歩き回って、ふと足を止めた。白い髪、白い髭の人物を見つけたのだ。思わず駆け寄り、瓦礫を掘り起こした。紛れもない、それはバロラ・メルタの亡骸だった。
バロラ・メルタの顔は泥や埃で黒く染まり、額からは赤黒い血の跡があった。
「スミス総長!」
日下はがっくりと膝を落とし、ウィリアムズ・スミスことバロラの遺体に向かい、震えながら両手を合わせた。
グレートデリバンを旗艦におくデリバン連合王国軍は、タンザニア、ザンジバル上空で、ミサイル攻撃を受けた。
「第二十四ブロック被弾! この惑星からのミサイル攻撃です」
「右舷、十八番艦撃沈」
一つ、二つと被害報告が届いてくる。
「面舵一杯。どこにミサイル基地があるのだ?」
デュビル・ブロウ中佐は、冷静な口調で尋ねた。
メインモニターには、巨大な滝が映っている。ビクトリア大瀑布だ。しかし、その周辺にミサイル基地らしき建造物は見当たらない。
「ミサイル基地などどこにもないぞ。どういうことだ? 弾道は、確認したか」
「熱反応をトレースしました。また、発射された角度、方向から割り出すとこの辺りに間違いありません」
「もしかして、あの滝の中か? よし、ガーガン・ロッツを発進させろ。あの滝の裏側を探索させるんだ」
ブリッジの窓からデュビル・ブロウの指示により、二機のガーガン・ロッツが発進するのが見えた。
「バーミリオン小隊、2号機と3号機が出ました」
「バーミリオン小隊? パイロットはゼラー兄弟か?」
「そうです」
「よかろう」
ガーガン・ロッツ、バーミリオン小隊2号機のパイロットはウィルバー・ゼラー、3号機のパイロットはオービル・ゼラーといった。今回探査を命ぜられた双子のパイロットだ。一卵性双生児のため、容姿、体格ともに瓜二つだ。双子独特の、常人とはかけ離れた連携プレーを売り物にしている二人だった。
ウィルバー、オービルのゼラー兄弟は、二時間ほど前にカズキ・大門の搭乗していた空母タイプのメカ、ラグマ・レイアと遭遇した編隊のパイロットだった。
ゼラー兄弟はその連携プレーの才能を買われ、旗艦グレートデリバンへと転属された。
その手続きとロッツの整備を終え、ようやく休めると思っていたところの出撃命令だった。
(オービル、機首がコンマ五度、落ちているぞ)
兄のウィルバー・ゼラーが、弟のオービルにテレパシーで叱りつけた。
(そう怒鳴らないでくれよ、兄さん。眠くてしょうがないんだ。まったく、人使いの荒い部隊に転属されたもんだ)
オービルは、半ば欠伸をかみ殺しながら同じくテレパシーで兄へと返した。
(バカヤロ、死にたいのか。緊張感を欠いていると、すぐに撃墜されるぞ)
(そんなヘマはしないさ。しかも今回は探査命令だろ)
(オービル、お前も見たろう。あの巨大な宇宙空母。あれだけの攻撃に傷ひとつつけられなかった。この惑星の戦闘力を侮ってはいけない。油断はならん)
(わかった、わかったよ。ウィルバー兄さん)
オービルは眠い目をこすりながら、テレパシーを送った。気を引き締め、ヘルメットのパイザーを下ろす。
兄のウィルバー・ゼラーは始終、先ほど接触した宇宙空母―ラグマ・レイア―のことを気にしていた。またそれを、混乱の中でデュビル・ブロウ中佐にまだ報告できていないことも気になった。
(本当に、あれは一体)
考えを巡らせていたウィルバーだったが、目標が目前に迫ったので、意識を切り換えた。
キャノピー超しに、真っ白な飛沫をあげゴウゴウと流れ落ちるビクトリア大瀑布が見える。
「凄い景色だな。これは、凄い」
その壮大な光景を目前にして、オービルは素直に感動していた。
「こんな光景、初めてだな。じかに見たかったな。こいつがなけりゃな…って、そうもいかんか」
オービル・ゼラーは、そう言って高性能のキャノピーを軽く叩いた。
(兄さん。どうやら、滝の裏側は空洞になっているようだよ)
(そのようだな。よし、レーダーブレットを発射してみるか)
二人はお互いの会話の全てを、敢えてテレパシーで行っていた。無線を使えば、それを敵に傍受される危険があるからだ。テレパシーを使えば、そういった危険がない。しかし、それにかかる疲労は倍になる。
ウィルバー・ゼラーは、今回装着したレーダーブレットを滝の中へ向け、発射した。
レーダーブレットは探査目的のミサイルだ。それは、滝中に入るとすぐに中の映像を送ってよこした。
ウィルバーのコクピットのモニターにそれが映ったが、暗くてよくわからなかった。ウィルバーはコントローラーで、レーダーブレットの映像を暗視モードに切り換えた。それで、ようやく映像がとれた。
中は人工の空洞で、相当の広さがあった。レーダーブレットは、更に奥へと進んだ。
「ン?」
モニターの中にドーム状の建造物が映ったのだ。
「これか。ミサイル基地だ」
ウィルバーは、精神を集中してオービルに向かい、テレパシーを発した。
(オービル、ミサイル基地を発見した。映像をデュビル中佐にテレパシーで送信しろ。俺は、中に突入する)
(了解)
快活に返ってくる弟オービルのテレパシーを受け取り、ウィルバーはガーガン・ロッツを滝の中に突入させた。
レーダーブレッドからの映像が不意に途切れた。どうやら敵に感知され、撃墜されたようだ。だが、既に必要な情報はとれた。レーダーブレッドは、もう必要ない。
ウィルバーが突入して、間もなくオービルのガーガン・ロッツも同じく突入してきた。
(ウィルバー兄さん、デュビル中佐より命令だ。そのミサイル基地を破壊しろってさ)
(了解。二手に別れよう)
(俺は、右手をとる)
(オーケーだ)
ウィルバーはオービルの返答にすぐに反応して、速力を上げミサイル基地へと接近した。
それと同時に、ミサイル基地から小型の迎撃ミサイルが襲いかかってきた。
ウィルバーはそれをなんなくかわすと、対地攻撃用のミサイルを発射した。
「甘いんだよ。滝の中に隠れて、息を潜めて、奇襲をかけようとしたのだろうが、そうはいかない」
ウィルバー、オービルの発射するミサイルは面白いように命中した。
(オービル、左からミサイルが行ったぞ)
ウィルバーのテレパシーが、オービルの頭に響いた。
(わかってるって)
余裕を持ってそのミサイルをかわすと、ウィルバーへテレパシーを送り返した。
なんだかんだ言っても、例えどんなヘボミサイルでも、それが接近すれば緊張が走り、汗が滲んでくる。今回の出撃命令で、ウィルバーもオービルも着替える暇さえ与えられなかった。パイロットスーツの下のシャツが、かなり汗を吸い込んでいる。その感触が気持ち悪い。
オービルは始終むずむずと体を動かし、汗の感触を気にしていた。イライラする気分が先んじて彼はテレパシーではなく、通信マイクに向かって怒鳴りつけた。
「兄さん、一気にやっちまおうぜ」
既に、敵のミサイル基地の大半は破壊され、無線電波が傍受される心配はない。それを理解しての行動だ。だがそれ以上に、わざわざ神経の疲れるテレパシーを使うことはない、というのが本音だった。
「よし、ゼラー戦法、行くぞ」
ウィルバーの声が、やはり無線で響いてきた。神経が疲れるのは、兄のウィルバーも同じだったようだ。
二機のガーガン・ロッツは反転して、基地の正面に出ると前後に水平に並んだ。
「オービル、二十秒間加速するぞ。発進」
二機のロッツは、前後に並んだ状態のままいきなり突進した。次の瞬間、その加速した速度をキープしたまま、前方のロッツが上へ、後方のロッツが下へ素早く移動すると、同時にミサイルを発射した。今度は、逆に前方のロッツが下へ、後方のロッツが上に移動して同じくミサイルを射った。
この攻撃でミサイル基地の正面部分は完全に破壊され、二機のロッツは今度左右に並び、二手に別れてその両側からミサイルを一発ずつ発射した。そのままミサイル基地の後方へと通過し、ループを描いて反転した。背面飛行の状態で再び前後に重なった。機銃を連射すると、二機のロッツは脱出するため、更に加速した。
これでミサイル基地は正面、左右、後方と様々な角度から攻撃され、反撃する暇もなく完全に破壊された。その間、わずか二〇秒。
二機のガーガン・ロッツの動きは、一糸乱れぬ完璧なものだった。
ロッツは既に空洞から脱出しようとしていた。ウィルバー、オービルの双子の兄弟の目に、次々と誘爆を起こして壊滅してゆくミサイル基地が見えた。
これが高速連携艦載機攻撃、ゼラー戦法。絶妙のコンビネーションをもつウィルバーとオービルの双子にしかできない戦法だった。
二機のロッツの後ろから閃光が襲ってきた。一瞬視界が真っ白になったが、二人は無事に脱出した。
ロッツが脱出した後、ビクトリアの滝の水の落下が一瞬途切れ、爆発に押し出され前方に向かって吹き出した。その飛沫はゼラー兄弟のもとまで届くほどだった。
「ブラボー!」
と、ウィルバーは歓声をあげた。
「終わった、終わった。俺は、もう眠りたいぜ」
と、オービルは三度目の欠伸をした。
このデリバン連合王国の攻撃で、ガイア暦0444年の地球連邦は、また一つミサイル基地を失った。
日下炎は、バロラ・メルタの亡骸を丁重に葬ると、そこに鉄骨を利用して十字架を立てた。それに向かい、黙祷を捧げた。
何気なく空を見上げると、陽が空を赤く染めながら沈もうとしていた。
日下は今一度十字架に向かい、敬礼を送ると踵を返して駆け出した。
やがて瓦礫の山のかげに、轟・アルベルンとカズキ・大門の姿が見えた。二人を見つけ、日下は走る速度を緩めた。
轟はコンクリートの塊に腰をおろし、ガックリと肩を落としてうなだれていた。その轟の真向かいに、カズキも腰をおろしていた。彼は大きく伸びをした。
突然、カズキがゴホゴホとむせ返った。
「あぁっ、なんだ、この砂埃は! まったく!」
と、カズキは口に手を当てながら、渋面をつくってぼやいた。確かに、物凄い砂埃が二人の周りだけでなく、この瓦礫一帯に浮遊していた。
「轟よ、お前さん、ご両親はどうした?」
カズキは、轟の顔を眺めながら、そう尋ねた。その問いに、轟は一瞬顔をあげ、カズキの顔を見たが、またすぐに俯き何も答えなかった。
答えが返ってこないので、カズキも黙り込んでしまった。間をおいて、またカズキがむせ返って、苦しそうに咳込んだ。
「僕のお父さんもお母さんも、僕が小さい頃、宇宙で死んでしまいました」
ポツリと、轟が俯いたまま答えた。
「天王星の衛星アリエルへ向かう宇宙船の事故で、死んじゃったとおじいちゃんから聞いています」
「そうか、それで轟はアレック・アルベルン博士と暮らしていたのか。いや、思い出したんだけどな。俺の親父が、アレック・アルベルン博士のことをたまに口にしてたんだよ。知ってるか? 俺の親父」
カズキは一旦小さく息をのむと、空を振り仰いだ。そしてまた視線を轟に向けた。
「俺の親父はさ、モルガン・大門ていうんだ。知っているか?」
「…モルガン・大門博士。聞いたことがあります。確か、おじいちゃんが言っていた」
「そうか、そうか。で、アレック博士は?」
カズキにそう問われて、轟は顔を上げた。
日下は瓦礫の影に潜んで、二人を見ていた。そんなつもりはないのだが、状況的には盗み聞きということになってしまった。二人に悪いと思いながらも、出ていくタイミングを逃してしまい、出るに出れない。
顔を上げた轟は、途切れ途切れに言った。
「おじいちゃんは……死にました。あの、攻撃で」
「…そうか、お前もか」
「おじいちゃんは、死にました」
轟は、再度言った。
「俺の親父も、死んだんだよ。あの艦隊に、やられたんだ」
「えっ?」
「轟、お前も、あの艦隊が憎いだろう。俺は、奴等が憎い。俺の親父はな、いい親父だったんだ。お人好しで、学者バカで、金なんか全然なかったけど、だけどいい親父だったんだ。それを奴等は虫けらのように殺した。親父を殺した戦闘機も、戦艦も、空母も、俺はあの巨艦で奴等をひとっつ残らず叩く」
カズキはいきなり立ち上がると、銀色に輝き空にそそり立つ巨艦ラグマ・リザレックを見上げた。そう怒号するカズキを、轟はじっと見つめた。怒りに震えるカズキの右手の甲には、轟にも記されたラグマの紋章がある。
「轟、一緒に戦おう。一緒にあの巨艦で、お前はアレック博士の、俺は親父の仇を一緒に討とう」
カズキは座り込んでいる轟の両肩を、勢いよく二回、三回と叩いた。
「……イヤ、です」
「何?」
「イヤです‼」
轟が、大きな声で答えた。キッとカズキの顔を見据えている。
今まで微笑みすら浮かべていたカズキの表情が、みるみる怒りへと変貌していく。
カズキは轟の胸ぐらをつかみ、持ち上げた。
「貴様、肉親を殺されて、それで何も、何とも思わないのか」
轟は宙に浮いた足をばたつかせてもがいた。カズキの大きな手で、喉元を押さえつけられた轟は、掠れた声で返答した。
「僕は、戦いたくないんです。戦争なんて、まっぴらだ。僕は死にたくない」
それを聞いたとたん、カズキは轟の顔めがけて、思い切り拳をふるった。轟の体は地面に叩きつけられ、そのまま地面に転がった。
「お前は、悔しくないのか? 大切な人を殺されて、それで黙っているのか。そんな情けない男なのか!」
轟は口の中を切ったらしく、血の混ざった唾を吐き、殴られた頬は赤くはれ上がった。左頬を手で押さえながら、顔をカズキからそむけた。
「なんで、なんで僕が殴られなくちゃならないんですか」
「なんでだと、お前は」
「僕は、カズキさんとは違うんです」
轟は、涙ぐみながらそう言った。その轟に向かって、再びカズキが掴み掛かろうとした。
日下は二人の元へ飛び出そうとしたが、そこに踏みとどまった。日下の耳に、東の方角からエアカーが近づく音が聞こえてきたからだ。
「やめるんだ、二人とも」
慌てて轟とカズキに向かって、呼びかけた。そして、唇に指を当て静かにするように促す。
日下とカズキが音のする方角を見たが、そこには影すらも見えなかった。しかし、エアカーは確実にこちらに向かって近づきつつある。それは明らかだった。
日下は無意識に銃をとり、そして構えた。その心の内は、日下もカズキも同じだった。
味方であってほしい、その思いだった。
エアカーの音はしだいに大きくなってくる。
「轟、カズキさん。二人とも隠れるんだ」
日下は、二人に向かってそう叫んだ。そして、銃を構え直して大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。
やがて、夕闇の向こうにエアカーの姿がちかちかと光って見えた。ほどなくしてその影が大きくなってくる。
エアカーが三台確認できたが、敵味方の判断はできなかった。
敵なのか、味方なのか、それを待っている時間が長く長く感じる。
そんなじれったい緊張に終止符を打ったのは、日下の叫びだった。
「最高総司令部の連中だ!」
「日下さん、本当か?」
カズキがまだ半信半疑で尋ねた。
「ああ、間違いない」
日下は瓦礫の物陰から飛び出し、エアカーに向かって手を振った。
三台のエアカーは、日下の姿を見つけたのか、方向転換をして三人のいる方へと近づいてきた。
ダークグリーンの車体のボンネットには、地球連邦最高総司令部のエンブレムがペイントされている。本当に間違いなかった。
三台のエアカーが、三人の前に来てゆっくりと停車した。
中央の車輌の後部座席のドアが開き、中から地球連邦最高総司令部防衛ブロックの制服を着た背の高い男が降りてきた。帽子を目深に被っているため、その顔はわからない。
制服の胸にある階級章で、この人物が参謀だと知れた。
日下はそばに歩み寄り、敬礼をした。
その男は日下の前に向き直ると、帽子のひさしをあげ、同じように敬礼を送った。
「大塚参謀長!」
日下は、驚嘆の声をあげた。
日下の前に現れたのは、大塚弦太朗参謀長だった。この戦争の直接の引き金を引いてしまった人物だった。
日下はこの男が人間的には好きではなかったが、地上に降りて初めて会った防衛ブロックの生き残りだ。やはり、嬉しかった。
日下、カズキ、轟の三人は、ともに顔をほころばせて司令部の仲間を見回した。
「日下大尉。無事でなによりだ」
そう言って大塚参謀長は、両手を日下の肩に置き、口元に笑みを浮かべた。
「大塚参謀長も、ご無事で」
そんな感無量のやり取りをした後、日下はこれまでのいきさつをかいつまんで話した。
そして、轟・アルベルン、カズキ・大門を彼らに紹介した。
「彼が、この巨艦の先端部分を操縦した轟・アルベルンです」
「民間人があの艦を? しかも一人は、こんな子どもが操縦したと言うのか? 信じられん話だな」
「本当です。彼は、アレック・アルベルン博士のお孫さんだそうです」
大塚参謀長は轟を一瞥した。おずおずと、轟が会釈をする。なんとも歯切れが悪い轟という少年の態度に、大塚は尚のこと日下の言ったことが信じられなかった。
「こちらが、あの巨艦の後尾の艦を操縦していたカズキ・大門さんです」
日下がそう紹介すると、カズキは一歩前に出て、大塚参謀長に握手を求めた。
「カズキ・大門です」
「大塚です。大変ご苦労様でした」
大塚は儀礼のように握手をかわした。
「他の者は?」
「いません。我々、三人だけです」
大塚は、あっけにとられたようだった。
「バカな。この巨艦をたった三人で動かしたというのか?」
「本当なんです」
「しかしな、日下大尉の話、とても信じられんよ。第一、ピラミッドが地中から浮上して、その中にこんな巨艦が眠っていた、いうこと自体が、既に常識を逸脱している」
「確かに信じ難い話だとは思いますが、事実なんです」
大塚参謀長の隣にいた男が、彼にひそひそと耳打ちをした。
それを頷きながら大塚が聞いている。
なんだかイヤな予感がする、と日下は思った。
「日下大尉の話が事実かどうかは、あの巨艦のパイロットレコードを確認すればわかることだな。残っているのだろう?」
「はい。たぶん…」
「よし。まずは、あの巨艦を少し見させてもらう」
そう言って、大塚参謀長は先頭に立って巨艦に向かって歩き出した。同行した兵士もそれに従う。
やむなく、日下ら三人もその後に続いた。
「大塚参謀長。残念ですが、スミス総長が亡くなりました。先ほど遺体を弔いました」
日下は、大塚参謀長の隣に並ぶと囁くように言った。
「そうか。残念だ」
あまりに呆気なく、事務的かつ機械的な大塚参謀長の返事を聞いて、日下はポカンと立ち止まってしまった。他の者は、みな日下を追い抜いていく。
日下は慌てて大塚参謀長の隣に追いつくと、横に並んで歩調を合わせた。大塚参謀長は表情一つ変えないで、前方の巨艦を凝視していた。
「大塚参謀長。生き残った人々は今どこにいるんですか?」
「現在、地球連邦最高総司令部の機能は中国の北京にその拠点を移した。それから、ビクトリアのミサイル基地が壊滅したよ」
「ビクトリアの? あそこは、地上迎撃ミサイルの最前線だったのに」
「攻撃を受け、ビクトリア基地が沈黙するまで一分とかからなかったそうだ。敵の戦力は、相当のものだ」
「敵の艦隊は?」
「ギネル帝国と名乗った艦隊は、シドニー上空。もう一つの艦隊はザンジバル上空だ」
やがて、彼らは巨艦の正面へと辿り着いた。
大塚参謀長をはじめ、皆は「ラグマ」の巨大な姿に圧倒されていた。その威圧感は、ある意味、恐怖に近かった。
「日下大尉。光のピラミッドに、この巨艦が三体に分離した状態で格納されていたと言ったな」
「はい」
「その近くにあるピラミッド、それと与那国島の海底遺跡から未知のエネルギーが放射されて、異常空間をつくった。そして、謎の艦隊がそこからやってきた」
「はい」
「と、すれば、この巨艦がギネル帝国とやらのあの謎の艦隊を呼び寄せた、ということだな」
「?…………」
「この巨艦は我々の味方なのか? 敵なのか? そして一体、誰がこれを作ったんだ?」
「それは…」
確かに大塚参謀長の疑問はもっともだ。
「スミス総長が、これを君に託したと言ったな。スミス総長は、なぜこんな巨艦があることを知っていたのだ?」
「………」
「地球連邦最高総司令部の総長ともあろう立場の人間が、こんな正体不明の巨艦の存在を内密に温存し、一体何を企んでいたのだ」
「そんな、企むなんて。総長は、そんな人じゃない。それは、大塚参謀長だって知ってるじゃないですか」
「今となっては、そう疑われても仕方がないだろう。そして、この巨艦がエネルギーを放出し、謎の艦隊を呼び込んだのだ。これは、国家に対する背任と言えないかね」
「なんだって?」
「この巨艦は、防衛ブロックの管轄下におき、徹底的に調査を行う。調査の結果、この巨艦が我々がコントロールできるものであれば、利用する。我々に不利益な結果をもたらすものであれば、破壊する。悪いが日下大尉。君たち三人の身柄も拘束させてもらう。君らも、調査の対象だ。アレック・アルベルン、モルガン・大門博士も、一体君らにこの巨艦を託して、何をするつもりだったのだ? 事情は、これからゆっくりと聞かせてもらうが、これは場合によっては国家反逆罪に該当する」
「そんなバカな」
横暴な大塚参謀長の論理展開に、日下はつい声を荒げて摑みかかろうとした。だが、その動きはすぐに大塚のそばにいた兵士に封じ込められた。
「日下大尉、君らの身柄は拘束する」
日下の両側に小銃を構えた兵士がついた。その銃口は、日下の喉元に突きつけられた。轟、そしてカズキもまた同じ扱いを受けている。
「大塚参謀長、聞いてください。スミス総長は、私にあの艦隊はガイア暦0999年、即ち未来からやってきたものだと言いました。あの艦隊は、我々の子孫にあたるのです」
大塚は顔を歪め、小さく舌打ちをした。そして、呆れたような表情で首を振りながら、「これは、また突飛な話だ」と言い、蔑むような目で日下を見た。狂人の戯言のように捉えているようだ。
「本当なんです!」
「子孫が何故、我々祖先に向かって攻撃をかけてくるのだ?」
「…それはわかりません。しかし、スミス総長は言ったんです。この戦争はしてはならんと」
「総長、総長、総長。日下大尉、言っておくがな。現在、地球連邦最高総司令部は、全て防衛ブロックの管理下にあり、私はその司令官に任命された。現時点での決定権は全て私にある」
「……そうだったんですか」
「そうだ。この私が、この巨艦を指揮下におくと言っているのだ。日下大尉、これ以上の反問は本当に反逆罪とみなすぞ」
「しかし、大塚司令長官。スミス総長の言う通り、あの艦隊が我々の子孫だったらどうなさるおつもりなんですか?」
「いずれにしても、調査が終わってから判断をする。君らの話は、あまりに突飛で信憑性に欠けるものばかり。そして、なおかつ証拠、根拠となる材料が全くない。これで、信じろという方が無理なのではないかね、日下大尉」
「…あのう…僕はどうなるんですか?」
か細い声で、轟が尋ねた。
「君からも事情を訊く。なに、すぐ終わるさ。終わったら帰っていい」
優しげな声で、大塚参謀長は轟を見ながら答えた。だが、その調査とやらが簡単なものではない、と直観的に轟は受け取った。
「大塚参謀さんと言ったか?」
カズキが、ゆらりと一歩歩み寄った。
「あんた今、不利益なものとわかったら、この巨艦を破壊すると言ったな。それは本当か?」
「本当だ。我々に降りかかる脅威は排除しなければならん」
「そうかい」
と、カズキは、言うが早いか隣にいた兵士の小銃を奪い取り、その銃口を大塚に突きつけた。そのまま、大塚の背後に回り、その首を押さえつけた。
咄嗟のことで、誰もが一瞬凍りついた。
「動くなっ‼」
大声で兵士を一喝し、大塚に向けた銃口をその頭に向けた。
「あれは、親父が俺に託したものだ。あんたらの勝手な言い分で破壊させる訳にはいかないんだ」
カズキは、もがく大塚参謀長を更に押さえつけて、じりじりと後退を始めた。
それを距離をおいて兵士達が逡巡したまま、やはりじりじりと詰め寄る。
「カズキさん!」
日下が叫んだ。その後に「止めるんだ」と言いかけたが、日下はその言葉を呑み込んだ。
「日下さんよ。あんた、どうする?」
逆にカズキが尋ねてきた。
日下は、無言で頷いた。
「よし、日下大尉を放せ。その少年もだ」
カズキに言われ、轟は一瞬戸惑ったようだ。だが、彼はやってきた。
日下は隣の兵士から、小銃を引ったくるように奪い取ると、カズキの横に並んだ。大塚参謀長を人質に捕られている以上、兵士達はなにもできない。
「日下大尉、止めるんだ。本当に反逆罪だぞ!」
カズキに首をしめられ、掠れた声で大塚は言った。
「やむをえないでしょう」
そう言うと、日下は襟元の最高総司令部の階級章を引きちぎり、地面に投げ捨てた。
三人は、巨艦の搭乗できるハッチの前にきた。そこで、カズキは大塚を突き放した。つんのめり、地面に大塚は倒れ込んだ。小さな砂埃が舞った。
その隙に三人は巨艦に乗り込み、ハッチを閉めた。
大塚参謀長を助け起こした後で、兵士達は無駄と知りながらもハッチに向かい、小銃の引き金を引いた。
だが、それはなんの意味もなかった。
やがて巨艦は、全てを失い、全てを捨て去った三人の若者の手で、今一度大空に向かって発進した。