第二章 再起動
ギネル、デリバン両軍は、アングロアメリカのロッキー山脈山中に不時着していた。
ガイア暦0444年の政治、科学、産業、軍事など全てを統括している地球連邦最高総司令部は、このアングロアメリカ大陸のニューヨークに存在している。過去、国際連合本部が位置したのがニューヨークであり、これが踏襲されている。
この地球連邦最高総司令部が、突然出現して不時着した謎の艦隊をキャッチして、各部署は騒然となっていた。
前兆があった。ギネル・デリバン両軍が出現する直前まで、エジプトのダハシュールのピラミッドとメキシコ、テオティワカンの月のピラミッド、そして日本の与那国島沖の三地点より時を同じくして強力なエネルギーがロッキー山脈上空に向け、放射されたのだ。それだけでも十分な異常事態の発生だった。
三地点から放射されたエネルギーは、一点に合流し一つに収斂したエネルギーの奔流となった。それは更に天空を突き抜けて、宇宙空間にまで伸びていき、宇宙空間に七色に光る異常な空間を作り始めた。
この状況に、世界は固唾を呑んだ。それを嘲笑うかのようにして、その放射は観測を始めて、五分後に不意に消滅した。そして、その直後に艦隊は、異常空間から出現したのだ。更に、地球に引き込まれるようにして艦隊は地球に降下、妙に白色に輝く光に包まれたまま各地に軟着陸したのだった。
地球連邦最高総司令部では、放射されたエネルギーと突如出現した艦隊についての情報収集でごった返していた。
「スミス総長。ポイントNA7に出現した艦隊についてですが」
と、日下炎|‘ほのお’は最上段にある総長席までの急な階段を、慣れた足取りで駆け上がってきた。
「艦隊の国籍、所属は全く不明です。これからどういう処置をとりましょうか? 仮にあれが異星人の艦だとすれば、早々に何らかの手を打たなければどんな事態に発展するかわかりません」
日下炎大尉。二十四歳。主に防衛ブロック勤務の彼は、ウィリアムズ・B・スミス総長の片腕と言われている。スミスも彼の頭脳と身体能力には、全幅の信頼を寄せていた。なにより、スミスが彼を重宝するのは、そのバランスの良さだった。理想を持ち、しかし偏らず、激高せず、冷静に周りが見ることができる。周囲と軋轢を起こすこともない。一芸に秀でたタイプではない。所謂、普通の人間だ。少しばかり高い位置の総合力を持った普通の人間。だが、この司令部においては、それがいい。特に調整役の役割をさせるには、それがいい。
スミス総長は、地球連邦最高総司令部を統括する最高責任者だ。現在その椅子に座っているが、実は彼には人には言えない秘密があった。
ウィリアムズ・B・スミス。しかしそれは、彼の本名ではなかった。彼の正体は、ガイア暦0522年、ギアザン帝国軍の空襲でメカニズム「ラグマ」まで追いつめられ、その末にタイムドライブしてきた、当時新米軍人のバロラ・メルタその人だったのだ。
タイムドライブをしてきた彼は、0444年の軍人山村誠一郎少佐に拾われた。0444年の軍隊に登録がないバロラは、咄嗟に偽名を名乗った。ありきたりで、一番ありふれた名前を名乗ったつもりだった。
山村誠一郎の協力もあって、バロラはウィリアムズ・スミスとして0444年の軍に潜り込むことができた。バロラは、その後出世の階段を登る。
当時は二十歳そこそこだったバロラ・メルタも、今や顎全体に品のある髭を蓄え、頭髪は白く染まっていた。だが、その風貌には、威厳が溢れていた。現時点において、地球連邦に起きた、この有事に対して彼が最高指揮官だった。
ウィリアムズ・スミス。ありふれた名前を名乗った。しかし、そのありふれた名前をもつ者が、最高総司令部総長の座についた。よもや、それが自分のことだとは思いもよらなかった。未来から来たバロラが知る歴史と、その名が符合したときバロラは運命というものがこの世にあるのだと思い知った。
「日下大尉、例のエネルギー反応はどうなっているか? もう完全に消失したか? 放射されたポイントは最初の報告と変わりはないか?」
日下炎は、当惑して一瞬言葉が出なかった。
ウィリアムズ・スミス総長が、日下炎の質問への回答ではなく、まだあのエネルギー反応のことを訊き返してきたことを不思議に思った。いつものスミス総長と少し違う、と感じた。
「日下大尉。どうなんだ?」
「ハ、ハイ。あのエルネギー反応は、現在完全に消失しました。放射されたポイントは一次報告と同じですが、そのピラミッドが特定できました。エジプトはダハシュールのスネフェルの赤いピラミッド、メキシコはテオティワカンの月のピラミッド、そして日本の与那国島……総長、あのエネルギー反応は一体なんなのでしょう?」
わずかな戸惑いを感じながらも、日下はそう訊いた。
ウィリアムズ・スミス総長は、日下の返答を聞き、目を閉じて深く考え込んだ。
動揺している? まさかスミス総長が? と、一瞬そんな考えが日下の脳裏を過った。
「日下大尉。科学ブロックに、ピラミッドからのエネルギー放射現象の分析を徹底して行うよう指示を通達してくれ。どんな些細なものも見逃すな。分析結果は細大もらさず報告するように」
凛とした声で、スミスは返事をした。日下の心配は無用のようだ。
「わかりました」
日下炎は返事をすると、階段を降り科学ブロックの責任者のもとへと向かった。だが、エネルギーの指示だけで、正体不明の艦隊についての指示はなかった。やはり、今日のスミス総長はいつもと違う、と日下は小首を傾げた。
地球連邦最高総司令部のメインフロアは、階段式構造に設計され、下から産業、保健医療、科学、宇宙開発、防衛といった順でピラミッド型の組織体系となっている。その頂点が、スミス総長だ。各ブロックには各分野のエキスパートと責任者がいて、それぞれの統括を行っている。その中央には、階段が天地に貫かれ、各ブロックへ往き来できるようになっている。
日下炎はその階段を使い、各ブロックと連絡をとり、指示を通達かつ情報を収集した。
「スミス総長。現時点で、あのエネルギー放射現象については、まだ分析中です。そのエネルギー量、原因ともに一切不明。科学ブロックの方では、次元と次元の壁を貫き、超異次元空間を創りだしていると仮説を立てる者が何人かいましたが」
「………あの艦隊は、未来から来たのかも知れぬ」
スミス総長は、独り言のようにポツリと呟いた。
「…え? 今、何か?……」
「ン? いや、なんでもない。よし、では出現した艦隊についての状況をもう一度聞かせてくれ」
「ハイ。出現した艦隊の国籍、所属一切不明。艦隊の構成は旗艦と思われる大型艦が二隻、以下戦闘艦八、空母三、巡洋艦二一、要塞らしき兵器が一体。これらの艦はそのエンブレムなどから二つの艦隊に分類できます。その艦隊の破損状況から推測して、両艦隊ともかなり激しい戦闘を行っていた模様です。この艦隊同士でしていたのか、まだ別の艦隊がいてそれに攻撃、あるいは迎撃を行っていたのか、そこまでは現在わかりません。放射能は微量に反応しました。人体にはまず影響はないでしょう。一応、保健ブロックの方に放射能の中和を要請します」
「…ふむ。ご苦労、日下大尉。手抜かりはないな……それにしても、あのエネルギーはあの時とあまりにも似ている」
と、再びウィリアムズ・スミス総長は思案に耽ってしまった。
その態度が、やはりいつものスミス総長と懸け離れている。訝しげにその場に立つ日下に気付いて、スミス総長はハッと弾かれるようにして姿勢を正した。
「日下君、君はあの艦隊の監視を行ってくれ。何か変化が生じたらすぐに報告だ」
「わかりました。艦隊の監視を行います」
日下炎は復唱して、自分の席に戻った。
「各員、各ブロックは今までの調査結果をまとめ、なお分析調査を続行せよ」
ウィリアムズ・スミス総長はマイクへ向かって静かに命じ、椅子にもたれて目を閉じた。
保健ブロックの責任者、ケイト・南條局長の席の前に一人の女性が立った。
「拝命します。本日付で、保健ブロックアメリカ局の配属を命じられました。新月美月です。よろしくお願いします」
型通りの挨拶でケイトの前に立つ新人の声が、頭上から聞こえた。例の正体不明の艦隊出現に関する資料に目を通していたケイトが、チラリと見上げる。新人の顔を見ようとして目線を上げかけたとき、デスク左サイドに据え付けられたモニターに緊急通信が入った。
無言で新人を手で制して、ケイトはその通信回線を開く。映ったのは、防衛ブロックの日下大尉だった。
「ケイト局長、防衛ブロック日下です。現在、出現した正体不明の艦隊周辺に放射能汚染の警報を受けました。エリア23に放射能の中和要請。緊急派遣命令を発令します」
日下大尉と名乗ったモニター越しの男に、新月美月はハッとして目をやった。ケイト局長と細かな打ち合わせを進めていく日下炎に、新月美月は僅かな時間釘付けになった。子供の頃の映像が鮮明に甦る。間違いなかった。彼だ。
打ち合わせを終えて、ケイト局長が通信を切った。そのまま立ち上がると、美月に向かって顔を向けた。目の前に立つ新人の新月美月は、黒髪のセミロング、大きな瞳には聡明な輝きがあった。ケイトよりも身長は小さくて顔立ちが可愛いから、まだ学生にすら見える。下顎にある小さなホクロが、なんともチャーミングだった。
「アメリカ局局長のケイトです。新月美月さんね、聞いているわ。でも、ゆっくりとあなたを歓迎している暇はなくなったわ。緊急派遣命令が出ました。今からロッキー山脈のエリア23に向かいます。放射能中和プログラムは頭に入っている?」
「ハイ、研修を受けました。現場シークエンスも経験しました」
ちょっと儚げにすら見える新月美月は、それとは裏腹に快活な返事を寄越した。意外と芯は強そうだ。
「オーケー、じゃ、このまま一緒に出るわよ。いい?」
ケイトは傍らのカバンを持ち上げると、ツカツカとデスクを廻り込んで先に立って歩き出した。
展開の早さに戸惑っていると、ケイトが更に「行くわよ」と促した。
「ハイ!」
美月は、明朗な声で返事をした。その声には、強さがあった。
新月美月は孤児院で育った。苦労して、勉強して、地球連邦司令部の保健ブロックに採用になった。
美月には、とても逢いたい人がいる。孤児院で一緒に育った男の子。小学生の頃に、二人は別々の里親に引き取られ、離れ離れになった。
その子とは、一緒に月虹を見た。薄れていく幼い頃の他の記憶とは真逆に、何故かその子と見た月の虹の光景だけは、心に彫刻のように刻まれて寸分も磨り減ったりしなかった。そして、自分でも理由がわからないほど逢いたい気持ちは募るばかりだった。その彼が、噂で防衛大学を卒業して、地球連邦総司令部に勤めていることを知った。
彼と逢いたい気持ちに任せ、美月はここに来た。そして、その彼が本当に地球連邦最高総司令部にいる事が、今わかったのだ。
自分の身体の内側から、何かが広がっていく。それは、とても嬉しくて幸せな気持ちになるものだった。
炎君? 炎さん? 炎ちゃん? 炎? 逢ったとき、私は彼をなんと言って呼んだらいいのだろう? 逢いたい…逢いたいよ…ううん、逢いにいく。きっと逢いにいく…
ケイト局長の背中を追いながら、美月は日下炎に逢うことを思い描いていた。
ウィリアムズ・スミスことバロラ・メルタは44年前、いや、ガイア暦0522年に思いを馳せた。
(運命? 宿命だったのか? あのタイムドライブは……あの時ギアザン帝国に追われ、まだ新米の軍人だった私は民間人に指示しながら、あの攻撃からひたすら逃げ回った。恐ろしかった。恐ろしくて、たまらなかった。あの時アレック博士やモルガン博士に出会わなかったら……二人は、私にメカニズム「ラグマ」について話してくれた。その巨大さ、そして頑健さに、我々は希望を繋いだ。実際あのメカニズム以外に、どこに逃げ場があっただろう。緊急非常用シューターで、ナスカに向かった。恐怖の中で見たメカニズム「ラグマ」は、それはナスカ高原の地上絵を調査していた際に起こった大地震に大地を裂いて出現したという。アレック・アルベルン博士はその調査にかり出された科学グループの一人だったとか………アレック博士とモルガン博士か……二人とも冷静な人たちだった。私と対して変わらぬ年齢だったというのに……だが、ギアザン帝国の攻撃はとどまる処を知らなかった。我々の頭上にまで及び、逃げることができないことを知ると同時に、そこで初めて戦おうと覚悟を決めたのだ。その瞬間に「ラグマ」にエネルギーが通い、作動した。今、思えば信じられない現象だ。私は作動レバーを引いた。異常な加速と耐え難い苦痛に気を失い、気がつけばガイア暦400年。地球統合戦争の終焉の最中だった。混乱と再興の真っ只中だったことが幸いした。そして当時、統合軍少佐の山村誠一郎さんのおかげで我々は、この時代に紛れ込むことができたのだ。山村さんには、感謝してもしきれない。私は、ウィリアムズ・スミスと名を変えた。そして今、私は地球連邦の最高総司令部の総長席にいる。今また謎の艦隊が未知のエネルギーとともに出現した。そのエネルギーは、我々を運んだエネルギーと同様に、データは一斉不明。これは、単なる偶然か? それとも裏で、何かの意志でも働いているのか?)
「スミス総長! 艦隊が浮上しました」
今まで艦隊の監視を行っていた日下炎の声によって、バロラ・メルタの回想は途絶えた。彼は再び過ちの犯すことのできない最高権威者に戻らなければならなかった。
「メインスモニターに切り換えろ」
ウィリアムズ・スミスと名を変えたバロラは、不安にはやる気持ちを押さえながら言った。
自分が過去に翔ぼうと未来に翔ぼうと、バロラ・メルタ個人が存在し、生きているここが現在だ。その現在で起こる事件は避けて通ることができない。現在を直視し、全力で対処するしかない。
ウィリアムズ・スミス総長は、メインモニターを凝視した。
モニターには、身震いして浮上を開始しているギネル・デリバン両軍の艦隊が映っていた。
* * *
ガデル少将もデュビル・ブロウ中佐も、とうに目覚めていた。だが、次の行動を起こすまでに相当の時間を要した。
今まで、この目の前に広がる大自然を求めて開始した長く苦しい戦い。
ギネル・デリバン両軍が失い、渇望していたものがそこにある。
風になびく草木……
川を流れる澄んだ水……
広がる大地……
限りなく青く広がる、きらめきを放つ海
どんなに科学が発達しても、決して再現することのできない美しさが、そこにはあった。
大自然を目にしたとき、ギネル・デリバン両軍は、戦争を忘れ、兵士であることを忘れ、ただただ眼前に広がる大自然に心を奪われた。誰もが、声もなく見つめていたのだ。
まるで化石と化したようなグレートデリバンのブリッジで、デュビル・ブロウ中佐の頬には、一筋の涙が流れていた。放心した兵士は、誰もそれに気付かず、またデュビル・ブロウ自身も、その涙の熱さに気付いていなかった。
どれだけの時間、彼らは大自然に魅入っていただろうか。最初にその沈黙を破ったのは、ギネル帝国のガデル少将の声だった。
「この惑星の環境状況を至急分析しろ。それから、あの異常空間はまだ存在しているのか?」
「空間については、まだ不明です」
「よし、探査衛星を打ち上げろ。例の異常空間の有無とこの惑星の調査に使用する」
ギネル帝国艦隊旗艦ゴルダの両舷から、探査衛星が打ち上げられた。
「通信ブイをばらまけ。全ての電波を受信できるようチャンネル回線は全て開け」
ほどなくして通信士が、叫んだ。
「探査衛星からの、映像がきます」
「転送しろ」
パネルに、彼らギネル・デリバン両軍をこの世界に引きずり込んだ異常空間が映った。それは、出現した時と同じく七色に輝きながらそこにあった。ある意味、それは美しい輝きではあった。だが、その七色の美しさに、毒々しさ、禍々しさをガデル少将は感じていた。
「一体、何なのだ? あの空間は」
ガデル少将は、忌々しげに呟いた。
「ガデル提督、この惑星の大気成分は地球と全く同じです。酸素濃度がほんのわずか数値を上回っていますが、それはこの豊富な自然環境のためと思われます。放射能残留値0.1ミリシーベルト。放射能汚染、皆無です」
「……素晴らしい……探査衛星からの映像をこの惑星の主要地形に切り換えろ」
「了解」
分割されたメインパネルに、様々な地形や、都市が映し出された。
「我々の地球とは、地形がまるで違う」
パネルに映ったロッキー山脈、アマゾン川流域、サハラ砂漠、万里の長城、そしてエジプトのピラミッドたち。それらの映像を見て、ガデル少将は、そう言い放った。
ガイア暦0999年とガイア暦0444年の地球とは、地形がまるで違っていた。長い歴史の中で、大陸の変動が生じていたのだ。ガイア暦0999年の地球にはユーコム大陸とアゾン大陸と呼称される2つの大陸しかない。各々、ユーコム大陸をギネル帝国、アゾン大陸をデリバン連合王国が領土としている。中立地となったクリーンランド島は、その中間地点にある。
ガデル少将は、よもやここが過去の地球だとは気付かなかった。それは無理からぬことで、全く想像の埒外だった。デリバン連合王国軍のデュビル・ブロウ中佐にしても、それは同じだった。
ガデルは、パネルを更に凝視した。
「高度な文明があるのか。厄介だな。対地、対空監視、怠るなよ。それと、異星人対策としての情報収集を行え」
人口密集する都市などを分析、そこに映る人間を見てギネル帝国軍の兵士たちは、更に驚いた。
「我々と、同じじゃないか」
「異星人には、見えないな」
「軍事、防衛設備もあるぞ」
地球の各地の分析を始めて数分後、通信士が叫んだ。
「ガデル提督、ギネル帝国本国から通信です」
「なに? 交信が可能なのか?」
「亜空間通信回線が開きました。探査衛星から中継して、交信可能です。若干映像が不鮮明ですが、出ます。メインパネルに転送します」
パネルに今まで映っていた地球の大地が消え、一瞬映像が途絶えたが、すぐに次の映像が映った。時おり画像にノイズが走るが、受信状態はむしろ良好と言えた。
ガデル少将は艦長席を立ち、パネルに向かい敬礼をした。映ったのはギネル帝国皇帝、ラナス・ベラだった。
ラナス・ベラ。女性である。年齢は、五十歳と聞いている。だが、その容貌は実年齢よりずっと若く美しかった。うりざね顔に長い黒髪、そして切れ長の瞳をもった美しい女皇帝。だがその美しさには、剣の切っ先のような冷たさがあった。そのイメージさながらに、ときに冷酷とさえ言えるような命令を発令する女性であった。
「ラナス皇帝が、自ら」
ガデル少将は、ラナス皇帝をよく思ってはいなかった。鋭く妖しく光る目と、その冷酷な性格を嫌っていた。だが、ラナス皇帝はギネル帝国の最高司令官だ。職務上、そんなことは言っていられない。この場は、嫌悪感を噛み殺して通話を続けた。
「ガデル少将、一体なにがあったのだ? 突然艦隊が消えてしまった。貴君らは、今、どこにいるのだ? デリバン連合王国は倒したのか?」
「ラナス皇帝、我々艦隊は、突然出現した異常空間に呑み込まれ、現在地球と非常によく似た惑星に不時着しております。今も情報収集中ですが、素晴らしい惑星です。自然環境に恵まれ、大気成分も地球と同じです。そして放射能汚染がありません」
「何? 自然が豊富で、大気も同じだと? どこなのだ、そこは」
「まだ不明です。現在、調査、分析中です」
「デリバン連合王国軍はどうした?」
「我々の艦隊の近辺に、同様に不時着しております」
「そちらに、その異常空間は存在しているのか?」
「存在しております」
その返答を聞き、ラナスはほんの僅かな時間、思案を巡らせた。そして、すぐに言葉を発した。
「こちらにも、あの異常空間は存在している。そして、今我々はこうして交信している。ということは、つまりあの異常空間を通れば、その惑星にいけるということだな」
「……まさかラナス皇帝!?」
「ガデル少将、貴君はデリバン連合王国軍を殲滅し、その後、この惑星を制圧せよ」
「惑星を制圧? 待ってください、ラナス皇帝。この惑星には、高度な文明を持った知的生命体がいるのです。見て下さい。この映像を」
通信士が、映像を本国に転送した。
「おお! なんと、素晴らしい自然だ」
ラナス皇帝は、この惑星の映像の都市や建造物には目もくれず、その周辺に広がる自然に魅入っていた。
やがて彼女は、小さくため息をついた。が、それはガデル少将への命令をより強固なものとする決意の現れだった。
「この自然を我々ギネル帝国の手中におさめるのだ。よいか、ガデル少将」
「ラナス皇帝、お待ち下さい。この惑星には、知的生命体がいるのです。制圧行動は、この惑星の知的生命体と戦争することになります。相手の戦力も不明な状態で戦闘をしかけるのは、あまりに危険です。ラナス皇帝、ここは和平の場を持つべきです」
「……今の我々に、和平などとまわりくどい手段がとれると思ってか。制圧せよ………よいな、ガデル少将。その方が我がラグマザンの神もお喜びになるだろう」
言い置いて、ラナス皇帝は高らかに冷笑し、マントを翻した。ラナス皇帝が背を向けると同時に、通信回線が閉じた。
しばらく、ガデル少将は呆然としていた。
(この惑星の住人と和平条約を締結できれば、戦争も終結するというのに)
だがガデル少将のこの考えも、ラナス・ベラ皇帝の命令で、無惨にも引き裂かれた。
「浮上用意!」
ガデル少将は、ことさらに冷静な口調でそう命じた。
乗組員は、ゆっくりと各々受け持ちの部署に着いた。その足取りは重かった。
「デュビル中佐。ギネル帝国艦隊が浮上しました」
デュビル・ブロウ中佐は流れていた涙に気付いて、急いで頬を拭った。
「続け。浮上だ」と、叫ぶ。
「対艦隊戦用意! 砲撃戦だ。目標、ギネル帝国」
デュビル・ブロウは、本国との交信とこの惑星での情報収集はそっちのけで、まずはギネル帝国の追撃戦を指示した。
その頃、ガイア暦0999年側の地球、ギネル帝国では、ガデル少将との交信を終えたラナス皇帝が、ひとり皇帝執務室にいた。大きく豪奢な椅子にもたれて、何かを深く考え込んでいる。
「やはり、ラグマザンの神へ報告か」
ラナス皇帝は、そう呟くと室内エレベーターに入り、地下へと降りていった。皇帝執務室から直結したこの地下階は、ラナス以外の入室を固く禁じた重要機密室ということになっていた。
エレベーターから降りたラナス皇帝は、薄暗い不気味な廊下を、一つの部屋を目指して歩いた。
その部屋は重厚な鉄扉に閉ざされていた。
ラナス皇帝は、その部屋の扉の前に立った。扉のセンサーが働き、彼女の網膜に向け、光を照射した。更に全身をスキャンする。それで、ラナス皇帝本人と認識したらしい。かすかな軋みとともに、ドアがゆっくりと開く。
その部屋は廊下より更に暗く、特に照明もついていない。だが、ラナス皇帝は、ためらうことなく部屋の奥へと歩を進めた。
部屋の内部は、奥行き、高さともにかなりの空間を要していた。
それは、聖堂のような部屋だった。
部屋の一番奥に、長い角を持ったディモスにも似た像が立っていた。薄闇の中ですら、黒光りの光沢を放つ立派な立像だった
その足元には、部屋の雰囲気とは不釣り合いに、計器やランプが赤、青と明滅するコンソールパネル設置されていた。
ラナス皇帝はそのコンソールパネルに座り、操作を始めた。
やがて、軽い震動と同時に像の目に赤く光が点った。
「我が神、ラグマザン」
そう言ってラナス皇帝は、誰もいないと知りながらも、左右を見回した。ここは、ラナス皇帝にとって神聖な場所らしく、彼女はその像に向かって深々と頭を垂れた。
「ラグマザン。我々の艦隊が、デリバン連合王国との戦闘中に異常空間に呑み込まれ、正体不明の惑星に転位しました」
「ナニ?」
ラグマザンの神と呼ばれた像から、機械的な声が発せられた。多少エコーがかかっているのは、この空間のためだろうか。
「ですが、その惑星は自然に恵まれた地球と同じ大気成分をもつ惑星でした」
「地球ト、同ジ大気成分ダト」
「はい。移住可能な惑星です。制圧するよう命じました」
「ヨロシイ……アガレスノ完成ハ、マダカ?」
「い、いえ。しかし、既に完成度は九十パーセントを越えました。間もなく出撃可能です」
「ウム。完成ヲ急ガセロ。完成スレバ、スグニ出撃サセ、一気ニソノ惑星ヲ制圧スルノダ」
「わかりました。では、我が神ラグマザン」
ラナス皇帝は、スイッチを切った。
グレートデリバン、ブリッジ。
「デュビル中佐。ギネル帝国艦隊は、移動を始めました。6時の方向です」
「何をする気だ。各員、戦闘配備のまま待機。ギネル帝国と同じ針路を確保しろ」
不時着していた両軍の艦隊が浮上、そして移動を開始する映像をメインパネルに見て、地球連邦最高総司令部は、にわかにざわめき出した。女子職員の中には、恐怖におののく者もいた。
「艦隊が、我が司令部に向かって針路をとりました」
防衛ブロックから声がとび、非常サイレンが鳴り響いた。
「ポイントN1からN3までの一般市民に避難命令をだせ。防衛ブロックは、これより第一級警戒体制から、第三級戦闘態勢に入る」
ウィリアムズ・スミス総長が叫んだ。
「了解。各員フェイズ3発令だ」
「日下大尉。防衛ブロック、大塚弦太朗参謀長へ指令」
「はい」
「ポイントK1、K2、迎撃ミサイル発射準備。ただし、核弾頭の装填は厳禁だ。通常弾頭に限定して準備しろと伝えてくれ」
「わかりました」
「迎撃ミサイル、発射準備。航空戦力、全てにスクランブルだ。ノーフォークに停留中のネイビーフォース第7艦隊からも戦闘機を発艦させろ」
「日下大尉。各ポイントのミサイル基地にも、迎撃ミサイルの準備をさせろ」
地球連邦最高総司令部始まって以来の有事に、日下炎は緊張に包まれ、戦争という言葉を肌に感じていた。
「デュビル中佐、デリバン連合王国本国との交信は、どうしますか?」
「交信!? できるのか?」
兵士の問いかけで、彼はやっとそのことに思い当たった。
「ギネル帝国軍は、探査衛星を打ち上げ、通信回線を開いています。先ほど電波をキャッチしました」
「よし、我々も探査衛星を打ち上げろ。いや、待て」
探査衛星の打ち上げ命令を途中で中断したのは、メインパネルにこの惑星の都市に向かって砲撃を始めたギネル帝国軍が映ったからである。
「ガ、ガデル少将! 血迷ったか。この惑星の自然を破壊する気なのか? この星の自然を地球のように汚すつもりなのか。全艦、砲撃用意。ギネル帝国軍の足を止める」
デュビル・ブロウ中佐は、あまり表情を表に出さない冷静な男のはずだった。兵士の中には、機械人形と揶揄する者もいる。この男が今、怒りを満身から発散させ、艦長席に立ち上がって大声で叫び出した。
地球上空で今までゆっくりと進行していたギネル帝国艦隊は、都市の上空に停止し、攻撃を開始した。
そのギネル帝国艦隊に向け、ウィリアムズ・スミス総長の指令を受けた各方面から迎撃ミサイルが発射された。
「惑星から、迎撃ミサイルが来ます。六、七、八本。大型です」
「こざかしい。撃ち落とせ」
ガデル少将は、修羅に変貌していた。
ギネル帝国軍の後方より、デリバン連合王国艦隊が戦闘配備で、突進してきた。
「ガデル艦長、後方よりデリバン連合王国軍が突進してきます」
「ザゴンと全ボビット・バーノンをデリバン連合王国軍に向かわせろ。我々は……この惑星を制圧…」
ガデル少将は、一度言葉を飲み込んだ。彼の心の中では、この惑星を制圧するというラナス皇帝の命令を割り切れないでいたのだ。
(ガデル! ガデル少将!)
突然、ガデル少将の頭の中に強烈にねじ込んで来る別の意識があった。
彼は一瞬戸惑ったが、すぐにそれがデュビル中佐のテレパシーだと分かった。それは、目の前で会話するよりも鮮明に響いてくる声だった。それだけ、デュビル中佐のテレパシーが強力だということだ。
ガデル少将は、精神を集中した。
(ガデル少将! 貴様)
(デュビル中佐。いったい、なんだ?)
(ガデル少将。あなたは、この星の自然の美しさが解らないのか! この星の自然を戦争で破壊する気か?)
(この星の美しさは、十分にわかる。感動したよ。だからこそ、我々は動き出したのだ)
(なに?)
(デュビル中佐。君は、この星の大自然が欲しいとは思わないか? 我々はこの星が欲しい。だから制圧して、手に入れる)
ガデル少将のテレパシーは、途絶えそうな無線機のように、次第に弱くなっていった。ガデルのβμとしての能力は、デュビルと違って非常に乏しい。
(ガデル少将。安易な戦争は双方の滅びの道だ。私たちもこの星の自然は欲しい。だが、その方法は他にもあるはずだ)
(私は、良くも悪くも軍人だ。政治的判断も役割も持ち合わせていない。命令があれば、実行するだけだ)
(命令!? だが、戦争を回避する手立てを進言することはできるはずだ)
(いずれにしても、我々に平和的解決はない。既に、手遅れだ。見ろ。この星が、反撃態勢に入ったようだ)
(この自然を破壊するというのなら、我々は貴君ら、ギネル帝国艦隊を叩く)
デュビルのテレパシーは、プッツリと切れた。
「デュビル中佐。お前も何のために、生まれてきたのだろうな……」
口の中で、ポツリとガデルは呟く。
「ガデル提督。後方より、デリバン連合王国軍が攻撃してきました。前方からは、この星の戦闘機です。大編隊です」
「隊列の最後尾の戦艦は、回頭してデリバン連合王国軍を迎え撃て! それ以上接近させるな。我々は、前方の編隊を叩く。戦略分析班、この惑星の軍事中枢はどこか探り当てろ!」
「スミス総長。大塚参謀長から通信です」
パネルに、精悍な顔つきの大塚参謀長が出た。彼は、防衛ブロックの責任者である。
「スミス総長。我々が発射した迎撃ミサイルも、通常弾頭の戦略用迎撃ミサイルもまるで歯が立ちません。かくなる上は、核の発射命令を。もう威嚇では限界です。ニューヨーク沖に、マリンフォース第三艦隊が待機しています。サブマリンより、核弾頭を装填したハープーンミサイルを撃ち込めば、撃退できます」
そんな大塚参謀長の言葉に紛れて、被害報告が入ってくる。
「エアフォース、ブルー、パープル、オレンジ中隊、全滅」
ギネル帝国艦隊に地球連邦の戦闘機は次々に撃ち落とされ、被害は広がるばかりだ。
大塚参謀長の進言はよくわかる。敵に、迎撃ミサイルはあっと言う間に撃ち落とされた。
「総長、核の発射命令を!」
大塚参謀長が、必死に詰め寄った。
それを見て、日下炎は総長席を振り仰いだ。スミス総長は、石像のように身じろぎ一つせず、屹立していた。やがて、スミス総長は口を開いた。
「核は、ならん! 絶対にならんのだ」
「スミス総長!」
「敵と交信し、警告を試みる。艦隊の位置は?」
「警告だって!」
人々は、異口同音に叫んだ。
「総長! 反撃しなげば犠牲者が増えるばかりです」
日下炎も、総長のその言葉に納得ができずに叫びだした。
「命令に従え。戦争だけが、打開の道ではないのだぞ。日下大尉」
「現在、艦隊はデトロイト上空」
「通信回線を開け」
「スミス総長、前方の艦隊と後方の艦隊が砲火を交えた模様です」
「何!? どういうことだ?」
地球連邦最高総司令部に、疑惑の声が上がった。
「敵艦隊、後方艦隊への迎撃部隊と我々への攻撃部隊とに別れました」
「各地域に、避難命令と防衛体制を徹底させろ。通信回線は、まだか?」
「つながりました。スミス総長、通信どうぞ。モニターを切り換えます」
モニターに、ギネル帝国艦隊司令のガデル少将が映った。
「私は、地球連邦最高総司令部総長ウィリアムズ・スミス。即刻、攻撃を中止されたし! 貴君らは、何者だ? 何故、どんな理由があって、この星を攻撃するのだ?」
ウィリアムズ・スミスの言葉に、ガデル少将は愕然とした。
「い、今、何と申された! ち、地球? 地球連邦ですと!」
「そうだ。ここは、地球だ。貴君らは、何者だ。何者であろうと、攻撃を中止して、即刻立ち去れ! でなければ、我々は貴君らへの攻撃も辞さない」
しばらく、ガデル少将とウィリアムズ・スミス総長との睨み合いが続いた。が、不意にガデル少将は、自分の国籍も名も名乗ることなくモニターから消えた。
(彼らは、一体何者なんだ? どこの国の者なんだ?)
地球連邦最高総司令部の面々は、いまだ敵の正体がつかめない。
「総長、前方の艦隊が攻撃を中止しました。しかし、後方の艦隊が攻撃を続行しています。目標は我々ではありませんが、その流れ弾による被害が拡大しています」
「地対空ミサイルSAMの使用を許可する。対空砲火で流れ弾は撃ち落とせ」
ウィリアムズ・スミス総長は、この事件がどんな悲壮な事態へ発展するのか想像すらできなかった。
物理学者アレック・アルベルンは、今年十五歳になったばかりの孫、轟・アルベルンと一緒に必死に敵の攻撃から逃れようとしていた。
それは、あたかもガイア暦0522年の再現に思えた。
アレック・アルベルンは、急いでいた。彼には目的があった。いや、目的というよりも更に強い意志、使命があった。
上空に舞う戦闘機に不安を抱き、爆音に身を竦めながら、アレック・アルベルンは、たった一人の身内である孫の轟・アルベルンを乗せ、エアカーを走らせ、メキシコの月のピラミッドのある場所、ティオティワカンへ向かおうとしていた。
初めての戦争に、轟はガチガチと歯の根を震わせていた。緊張のためか、顔色が青白かった。
上空で、ギネル帝国軍の艦載機ボビット・バーノンとデリバン連合王国軍の艦載機ガーガン・ロッツとのドッグファイトが展開している。
間をおかずに連射される甲高いレーザー機銃が、時おりアレック・アルベルンの運転するエアカーをかすめてゆく。
やがて、ゴウゥゥッという火炎の音と、風切る鋭い音が二人の耳に飛び込んできた。
轟が震えながら上空を見ると、真っ赤に炎上した塊が、まさにこのエアカーの方向へ落下していた。撃墜されたボビット・バーノンだった。
「お、おじいちゃん、上ェッ」
「なにッ?」
轟の怯えた叫びに、上空に目をやると、撃墜されたボビット・バーノンは、彼らの前方に落下しようとしていた。
反射的にアレック・アルベルンは、ハンドルを切った。
轟音と共にボビット・バーノンは墜落し、その爆風のあおりを受け、エアカーはビルへと激突し、更にピンボールのように弾かれ、悲鳴とともに路面に叩き付けられた。
エアカーに備えられていたエアバッグのおかげで、体に大きなケガを負うことはなかったが、エアカー自体は大破してしまった。
大きく歪んだエアカーのドアをなんとかこじあけ、アレック・アルベルンと轟・アルベルンはエアカーから脱出した。
とたんに、轟は極度の緊張の緩みからか、ペタンと地面に座り込み、呆然自失の状態となってしまった。
轟は、アレック・アルベルンにとって、目に入れても痛くないほどかわいい孫だ。
アレック・アルベルンの息子夫婦は、一粒種の轟・アルベルンを残し、早くに死んでしまった。統合戦争が終焉を向かえ、これから復興の時期というときに、衛星アリエルへの有人探査宇宙船の事故であっけなく逝ってしまった。
残されたアレック・アルベルンは幼い孫の轟・アルベルンとたった二人で生きていくことになった。
たった二人の身内。たった一人の孫。アレック・アルベルンは轟・アルベルンに対して、甘やかし過ぎたのかも知れなかった。
祖父の大いなる優しさ、愛情の庇護のもとに育った轟・アルベルンは、ただでさえ内向的な性格のうえ、まだ精神的に自立できずにいる少年だった。
「轟、さあ、立て。こんなところにいたら、いつ攻撃が来るかわからんぞ。走るんだ」
だが、そんな祖父の声が届かないのか、轟・アルベルンは放心したままだ。
アレック・アルベルンは、今になって自分が轟に対して育て方を誤ったのか、と後悔した。
「轟! さあ、立つんだ」
「いやだよ。もう、走れないよ」
「ここにいたら、死んでしまうぞ」
「死んだっていいよ」
「馬鹿なことを言うな! それでも男か」
アレック・アルベルンは、轟の頬に平手を放った。
頬を押さえて、轟は更に呆然となった。
「いいか、轟。死んでいい人間なんか、誰一人としていないんだ。ましてや自分から、死んだっていいなんて言うな。お前の父さんも母さんも、どれだけ生きていたかったか、考えてみろ。それなのに、そのお前が死んでいいなんて言ったら、父さんも母さんもどんなに悲しい思いをするかわかるだろう」
アレック・アルベルンの、言葉が通じたのか、轟はふらりと立ち上がった。
「行くぞ」
轟は、無言で頷くとアレック・アルベルンとともに駆け出した。
だが、駆け出して間もなくだった。
先ほど墜落したボビット・バーノンの爆発が、更に何かに引火したのだろう。再び爆発がおこり、それがビルを倒壊させた。
駆け出したアレック、轟の頭上に瓦礫が降ってきた。
「グワァーッ!」
「お、おじいちゃん!」
アレック・アルベルンは、落下した瓦礫に下半身を押し潰されていた。
祖父の顔から、みるみる血の気がひいていくのが、轟にも見てとれた。
「と、轟…お前はこれから、一人で……メキシコのティオティワカンのピラミッドへ行くんだ」
「いやだ。いやだよ。一人でなんて、行けるわけないじゃないか」
「と、轟、頼む。そこに行けば、この戦いを……戦争を止めることができるかも知れないんだ」
「おじいちゃん、しっかりして。今、人を呼んでくるから」
「轟、無駄だ…おじいちゃんは…もう、助からない。いいか、轟、これからお前は一人で生きていくんだ……いいな」
轟・アルベルンは、涙と泥で顔をくしゃくしゃにしていた。祖父の命を奪おうとしている重い瓦礫を必死にどけようとしていたが、それは非力な轟の力では一寸たりとも動いてはくれなかった。
「いやだよ。なんで、僕が…一人でなんて行けないよ。いやだよ」
轟・アルベルンの心の拠り所であり、彼を大いなる愛情で包んでくれた祖父が死んでしまう。いなくなってしまう。その事実が、轟の心に忍び寄る。轟・アルベルンは、半ばパニックを起こしていた。
「轟、お前は……男だろう。行け…行くんだ。これを、持って……」
力のない手の運びだった。アレック・アルベルンは、必死で胸ポケットからメモリーディスクと小型タブレット端末を取り出した。
「轟、これを持って…メキシコへ行ってくれ。メキシコのテオティワカンだ。このタブレットに地図がある。メキシコに着いたら…そこに、守り神が眠っている。このディスクを、そのコンピュータにかけろ」
「いやだよ。僕は、そんなところに行きたくない」
轟・アルベルンは、そのメモリーディスクとタブレット端末を祖父の手から払いのけた。受け取ったら、それこそ祖父が逝ってしまうと思ったのだ。
「轟、すまんな………付いていってあげられなくて…お前には、もっともっと……教えてあげたいことが………いっぱいあるんだ……いっぱい…」
「おじいちゃん!」
アレック・アルベルンは、轟に向かってゆるゆると手を伸ばした。その右手の甲に、不思議な文様の痣が浮かびあがっていた。初めて見るものだ。普段は、右手の甲にそんな痣はなかった。轟は、手を伸ばすアレックの右手を思わず握った。
「轟、強くなってくれ。強く…」
最期まで可愛い孫の行く末を心配しながら、アレック・アルベルンは息絶えた。
「おじいちゃん!? おじいちゃん!」
轟・アルベルンは、絶叫した。いつの間にか、轟の右手の甲に、アレック・アルベルンにあった痣と同じものが浮かんでいた。
ガデル少将は、再びラナス皇帝と交信した。
この惑星が、「地球」だとウィリアムズ・スミス総長が言った。
これは、一体どういうことになるのだ?
ガデルのいた地球とは、似ても似つかぬ環境ではないか?
ここが地球だとすれば、では一体いつの時代なのだ?
この地球は、ガデルの住む地球の、過去か、それとも未来の地球なのか?
では、ここでこの星の住人と戦争をしたら、どういうことになるのだ?
様々な疑問が湧いてきて、さすがのガデル少将にも判断がつかなくなった。
ラナス皇帝にこの事実を報告したら、あるいはこの戦争を止めることができるかも知れない、とガデル少将は一縷の期待を持って通信に臨んだ。だが、期待は見事に裏切られた。
ラナス皇帝の返答は、「制圧せよ」と、全く命令変更の素振りがなかった。
「地球か。つまり、そこに住む人類は、我々の祖先あるいは、子孫ということになる。まぁ、良い。まったく奇異な運命のドラマよ。ガデル、あまり人を殺すなよ。フフ、あの七色の異常空間は、タイムトンネルだったのか」
(狂っている)
ガデル少将は、咄嗟にそう思った。
(殺さない戦争なんぞ、あるものか。あったら誰か教えてくれ。ここで、ここに住む人間を殺したら、一体どんな事件が起こるのか? 皇帝は気がつかないのか)
ガデル少将は、内心歯噛みする思いだった。
「先ほど、我々に警告を発した、地球連邦最高総司令部はどこにある?」
「ここから、十時の方向です」
「よし、速度増幅。地球連邦最高総司令部に向かう。針路、左六〇度転換。直進せよ」
ギネル帝国は、針路を地球連邦最高総司令部に決定した。
グレートデリバンをはじめとするデリバン連合王国軍は、ギネル帝国の新兵器の機動要塞ザゴンと艦載機ボビット・バーノン、更にこの星の迎撃ミサイルという三方からの攻撃に晒され、苦戦を強いられていた。
「後部、第一補助エンジン破損。出力二〇パーセント、ダウンします」
「デュビル中佐、ギネル帝国、旗艦ゴルダが再び移動を開始しました」
「やむをえん。地上のミサイル基地を黙らせろ。ギネル帝国を追うんだ」
数発のミサイルが、グレートデリバンの艦底から発射され、ガイア暦0444年の地球のミサイル基地は沈黙した。
デュビル中佐は、あくまでギネル帝国の捕捉を優先した。
「オヤジ、早くしろよ。戦闘機が上じゃドッグファイトの真っ最中なんだぜ」
「うるさい。もう少し待ってろ! しかし、あの時と全く同じことをしているようだな」
地質学者のモルガン・大門は、やはりこの時代でもナスカの地上絵の研究をしていた。研究資料をモルガンは鞄にふくれるほど詰め込むと、それを重そうに抱きかかえた。
「なあ、オヤジ。どこへ向かおうってんだよ。この戦争の中」
時折爆発音が響き、爆撃で地鳴りがする。にもかかわらず、それに全く脅えることもなく、泰然としているモルガン・大門。それをせかしているのが、彼の息子カズキ・大門である。研究に没頭し、どちらかと言えば学者バカの父親からは、全く逆の性格をした息子だった。スポーツマンで、背が高くがっしりとした体格を生まれながらにして持ち合わせていた。現在、アメリカ州のハーバード大学のアメリカンフットボール部のクォーターバックでもある。よく、女にもてる。
物事に対して、くよくよと考えない大らかな性格は、おそらく彼がジュニアハイスクールのときに離婚した母親譲りのものであろうと思う。
自分とは全く正反対の息子だが、何故か母親よりもモルガンの方を選んだ。以来、息子との二人暮らしだ。
「日本に行くぞ」
「日本?」
「日本の沖縄県、与那国島だ」
「沖縄の与那国島って、一体どこにあるんだ。随分と僻地じゃないか」
「文句を言うな。そこには、この戦争を止めることのできる人類の守り神があるんだ」
「人類の守り神ねぇ。何ことやらさっぱりわかりませんが、ま、オヤジ殿におつきあいいたしましょう」
「頼むぞ。カズキ」
二人は家から飛び出し、自家用のジェットエアプレーンに向かって駆け出した。
その上空で舞っているのはデリバン連合王国軍の戦闘機、ガーガン・ロッツだった。
ロッツのパイロットは、対地攻撃に感覚が麻痺してきたようだった。動くものが視認できた瞬間には、レーザー機銃を連射していた。
その弾丸が、重い鞄を抱え足取りがわずかにもたついたモルガン・大門を撃ち抜いた。
「オ、オヤジー!!」
「カ、カズキ…」
背中から撃ち抜かれ、モルガン・大門は大地にバウンドするほど激しく倒れ込んだ。
ガスキ・大門は慌てて駆け寄り、父親を抱き起こした。支えた掌に、ぬめりと生暖かい感触があった。それが、モルガンの背中から流れ出る夥しい血だと気付くのに、しばらくかかった。
「オヤジ! しっかりしろ!」
「カズキ…カズキ、日本へ…行ってくれ」
激痛で息が切れ切れになりながらも、モルガンはカズキに何かを言い伝えようとしていた。その右手の甲に見慣れない文様の痣が浮かんでいた。普段は、皮膚に沈殿していてわからないが、なにかをきっかけに浮かび上がるものらしい。
「オヤジ! しっかり、しっかりしろ、死ぬな!」
カズキは、モルガンの右手を握り締めた。
「……鞄の中に、メモリーディスクとタブレット端末がある。それを持って、与那国島へ…頼むぞ」
「オヤジ、オヤジ、死ぬな。死ぬなよ!」
「頼むぞ…」
か細い声で、モルガンはもう一度言った。
「わかった、わかったよ! だから、死ぬな!」
モルガンは、それを聞いてウンウンと小さく頷いた。
「…お前は…俺の自慢の息子だ…」
「オヤジ? オヤジ、死ぬな、死ぬなーッ!」
だが、ガズキ・大門の叫びも虚しく、モルガン・大門はガズキの胸の中で血にむせ返りながら、息を引き取った。その血がカズキのシャツを赤く汚した。
「貴様らーッ! 俺は、お前たちを叩き潰す! 日本に、与那国島に守り神とやらがあるなら、俺は必ずそれを手に入れて、お前たちを倒す! 必ず、必ずだ。俺は、お前たちを倒して、オヤジの仇を討つ。討ってやる。貴様達を、貴様達をーッ‼」
カズキ・大門は、父親の亡骸を抱きかかえ、天空のガーガン・ロッツに向かって吠えた。その右手の甲に、モルガン・大門と同じ紋章のような痣が浮かんでいた。
「AからM地区までの、ミサイル基地全滅!」
「医療ブロック、負傷者の救助急げ」
「スミス総長、艦隊が我々司令部に接近してきます」
「通信回路をひらけ。もう一度、交信を試みる。こちらからは、攻撃するな」
「スミス総長! もう、そんな状況ではありません」
痺れを切らせて通信に割り込んできたのは、大塚弦太朗参謀長である。
「核で、撃退しましょう!」
「大塚参謀長! 先ほど私が言ったとおり、核は絶対にならん」
「今、地球を守るために使用しないで、何のための核ですか!」
「黙れ! 下がれ、下がるんだ!」
大塚弦太朗参謀長は、得心の行かぬ表情のまま通信回線から消えた。
「スミス総長、敵が通信に出ます」
「ウム」
再びギネル帝国のガデル少将が、メインモニターに映った。
ガデルとスミス、双方の睨み合いが始まった。
逞しい風貌のガデル少将を、ウィリアムズ・スミス総長は、敵ながら信頼できる男だと感じていた。体も精神も武骨な軍人のようだ。
やがて、ガデル少将が口を開いた。
「私は、ギネル帝国軍艦隊司令ガデルだ。我々は、この星の自然環境を欲して、攻撃を開始した。これ以上、双方の被害を拡大する必要はない。わが艦隊は強大である。すみやかに、降伏せよ。あなたがたの賢明な判断を待っている」
「降伏だと?」
今日、地球連邦最高総司令部は、何度憤怒の叫び声を上げたことだろう。
ウィリアムズ・スミス総長は、周りのざわめきを意に介さず、無言のままガデル少将に視線を注いでいた。
その彼の頭の中に、声が響いてきた。それは、ガデル少将の乏しいテレパシーであった。
(ウィリアムズ・スミス総長といいましたな。ガデルです。今、テレパシーで、あなたの頭の中に、直接話しかけています)
途切れ途切れのテレパシーだった。かなり意識を集中しないと、聞き取れない。
(通信回線を切り換えて、あなただけに直接話がしたいのです)
スミス総長は、通信回線を切り換え、ヘッドフォンを頭にかけた。
と、同時にコンソールのボタンを操作した。すると、総長席のシートごと、スミスは床下へ降下していった。総長席の下には、他の何人たりとも入室できない総長専用の部屋がある。これは、地球連邦大統領とのホットラインなどがここにあり、極秘指令のやり取りを行うための部屋だ。
スミス総長は、この部屋でガデル少将とモニターを通して向かい合った。
「ガデル司令。あなたがたは、突然この地球に飛来して殺戮を行った。決して許せる行為ではない。我々は、あなたがたに警告を発した。あなたがたは、それを無視して、攻撃を今なお続けている。我々はあなたがたと、好んで戦争をするつもりはないのだ。これ以上お互いに、不幸な血を流すことはない。軍を退きなさい」
「また、地球と申されましたな…」
「ン?」
「スミス総長。この星は、地球なのですね」
何度も確認するガデルに、スミスいやバロラは過去の自分の出来事に思い当たった。
「そうだ。太陽系第三惑星、地球だ……まさか、あなたがたは未来からきたのか?」
スミス総長ことバロラは、軽い眩暈を感じた。
バロラもまた、未来の地球ガイア暦0522年からやってきたタイムトラベラーだ。だからこそ、一瞬のうちに事の次第が呑み込めた。
「そうです。我々もまた地球人です」
「ガイア暦0522年?」
「いいえ、ガイア暦0999年。この時代は、何年ですか」
「ガイア暦0444年。ガイア暦0999年? 我々のはるか未来だ」
「……過去の地球でしたか」
「ガデル司令。我々は、戦争をすべきではない。我々は、祖先と子孫にあたるのだ。戦争をするべきではない」
「同感です」
「攻撃にさらされた我々の中には、憎しみが広がっている。私でも、押さえ切れなくなる。一旦、軍を退いてください。それで、戦局が落ち着けば」
「わかりますが、困難な要求です。この時代に飛来したのは、我々ギネル帝国だけではないのです」
「もう一つの艦隊ですか?」
「我々ギネル帝国とデリバン連合王国とは、まさに戦争状態にある。デリバン連合王国の艦隊まで私は率いることはできない」
スミス総長は、歯噛みする思いだった。
このままでは、祖先と子孫が殺し合いを演じることになる。そうなれば、どんなトラブルがおこるのか予測が立たない。この戦争は、絶対にしてはならない。
「ガデル司令。どちらにしても、攻撃を即刻中止し、まずは撤退してください。デリバン連合王国とやらも、それに倣うかも知れません」
「わかりました」
バロラ・メルタは通信を切った。大きく溜め息をつき、総長席に戻ろうとしたが、そこで何かを思い返して、その部屋のデスクの抽斗をあけた。取り出したのは、メモリーディスクと小型タブレット端末だった。バロラは、それを胸のポケットにしまった。
そして、彼は再び司令部の総長席に戻った。
だが、そこで待ち受けていたのは、大塚弦太朗参謀長の怒鳴り声だった。
「地球連邦大統領の許可をとった。核を発射せよ。責任は、私がもつ」
その声に、バロラは慌ててマイクにかぶりついた。
「参謀長、誰が核の使用を認めた! 使用はならん」
スミス総長の突然の大声に、大塚弦太朗参謀長がモニターの中でビクリと体を震わせた。だが、すぐにそれに憶することなく「大統領に直接進言し、許可を頂きました」と答えた。
地球連邦最高総司令部の最高責任者は、あくまでウィリアムズ・スミス総長である。だが、その最高司令官が、その指揮を執れない状況が発生した場合、地球連邦大統領へのホットラインへアクセスできる権利を持つ人間が何人か選ばれている。そして、地球連邦大統領の許可を得たうえで、最高総司令部総長の権限の全権あるいは、その一部がすみやかに移行される。その一人が、大塚弦太朗参謀長だった。
大塚弦太朗参謀長は、敵艦隊の殲滅と防衛を思うあまり、スミスが総長席を外した隙に、フライングと知っていながら、その権利を発動させたのだ。
「馬鹿な。核の発射は中止だ。止めろ!」
「間に合いません。発射されました」
「バカな、何てことを」
ウィリアムズ・スミスは、両の拳をコンソールに叩き付けた。
モニターに、全速で宇宙へ向かい離脱して行くギネル帝国艦隊があった。そしてその艦隊を追う二本の航跡が青空を切り裂いていった。それは大西洋沖のマリンフォース第七艦隊戦略潜水艦から発射された核弾道ミサイルだった。
「やめろーッ‼」
ウィリアムズ・スミスは、全身から声を絞り出し、叫んだ。
悲壮な戦争の引き金がひかれてしまった。スミスは、がっくりと肩をおとした。
祈るような目で、二本の雷跡を追い、そして呟いた。
「あの艦隊に乗っているのは、我々の子孫なんだぞ」
「ガデル提督、ミサイル接近。核の反応あり」
「なに?」
ミサイル迎撃用ミサイル|≪AMM≫では、命中精度が悪い。
主砲では、距離が短すぎる。
なにより、どちらの手段でも核の爆発エネルギーから逃げ切ることはできない。
ガデル少将の指示は、ほとんど条件反射と言ってよかった。
「総員、ショック姿勢。ゴルダ、降下反転百八十度。ベルガ粒子砲、発射用意」
この状況を回避する方法はただ一つ、核よりも強大なエルネギーをぶつけ、核爆発そのものを封じ込めてしまうことだ。
ゴルダは、航空機なみの操艦を行った。それはほとんど神業と言ってよかった。
艦首を下げて急降下をはじめ、地表すれすれで円弧を描いて反転、背面飛行の状態になり、そのままゴルダはベルガ粒子砲の発射態勢を確保した。砲口の先には、核弾頭ミサイルがあった。
「ベルガ粒子砲、ッテェェェッ!」
ゴルダから、ピンク色に淡く白く輝く熱線が放たれた。その光は、核ミサイルを呑み込んだ。爆発と閃光で、その空間が一瞬、地獄の光に包まれた。その爆圧で、ギネル帝国艦隊の隊列が乱れ、一部の艦が大破した。だが、被害は最小限にとどめられたといっていい。
しかし、ベルガ粒子砲の破壊エネルギーは、核ミサイルを封じ込めただけではすまなかった。その残光と熱風が地上の地球連邦最高総司令部の建物を破壊、炎上させてしまったのだ。
「し、しまった!」
赤く燃え上がる炎は、一体何を示すのか……それは、ガデル少将とスミス総長にしかわからなかった。
子孫となるギネル帝国は、核ミサイルを撃たれ、艦隊に打撃を受けた。祖先にあたる地球連邦は、中枢である最高総司令部周辺のエリアに甚大な被害を被った。
これで、双方は引くに引けない状態になった。
「祖先と子孫の戦争が始まる……」
ガデル少将は、呆然として呟いた。
地球連邦最高総司令部の周辺は、ほとんどが瓦礫と化してしまった。本部ビルも被害は甚大だ。
負傷者があちこちで、呻き声をあげている。
幸い、ウィリアムズ・スミスは無傷ですんだ。
その近くで、日下大尉が同僚を瓦礫の下から助け出していた。
「日下大尉。こっちへ来てくれ」
スミスは、日下大尉を呼んだ。これからのことを任すことができるのは、彼しかいないとスミスは考えた。
日下炎は、総長席の前に立った。
「日下大尉、よく聞いてくれ。信じられないかもしれないが、あのギネル帝国、そしてもう一つのデリバン連合王国、ともにあれは我々と同じ地球人だ」
日下炎は、スミス総長の言葉の意味が一瞬理解できなかった。目をしばたいて、きょとんとした顔でスミス総長を見ていた。
「あの艦隊には、我々の子孫が乗っている。ギネル帝国、デリバン連合王国、彼らはガイア暦0999年の人類なのだ。我々は、その子孫である彼らと戦争をしようとしているのだ。祖先と子孫が、戦争を始めようとしている。そんなことが、あってはならん。これは、なんとしても止めねばならん」
「…そんな、とても信じられません。彼らが子孫?」
「無理もない、と思う。だが、真実だ。何を隠そう、この私も未来から来た人間だ。私は、ガイア暦0522年から、この時代にやってきた。私の本当の名はバロラ・メルタ。当時は新米の軍人だった」
「総長が?」
「そうだ。だから、私にはわかる。彼らは、未来からやってきた」
「…………」
「日下大尉。これからの運命を、君に託す。エジプトのピラミッドへ向かってくれ。放射されたエネルギーの謎をつきとめてほしい。エジプトのダハシュールのピラミッドには、一連の事件の鍵が眠っている。そこにある鍵が、この戦争を止めることのできる唯一のものだ。そのコンピュータにこのディスクをかけろ。このディスクはこの時代のコンピューターでは読めない。なぜなら0522年のフォーマットとソフトで書きこまれているからだ。それがある意味、証明と言えば証明だ」
そう言って、スミス総長は、胸ポケットからメモリーディスクとタブレット端末を取り出し、日下炎に渡した。
「あの艦隊が、我々の子孫?」
メモリーディスクを受け取りながら、日下は呟いた。彼はまだ半信半疑だった。
「信じられなければ、信じなくともよい。とにかくこの戦争だけは、させてはならんのだ」
日下炎は、スミス総長、いやバロラ・メルタの目を見た。その瞳は、バロラ・メルタの決意がいかに強く固いのかを示している。
「エジプト、ダハシュールのピラミッドですね。わかりました」
そう答えたとき、スミス総長は一瞬口元を緩め、穏やかな微笑みを浮かべた。
「……日下大尉、私がこの時代にタイムドライブしたとき、夜空にそれはそれは美しい月が輝いていたんだ。それも、月虹が輝いていた。月の虹と書く月虹だ。日下大尉は、見たことはあるかね?」
とても優しい口調で話を振られて、日下は記憶を辿る。思い当たる記憶があった。
「スミス総長、自分も一度だけ月虹を見たことがあります。ほんの子どもの頃でしたが」
「ほう、そうか…そうか、綺麗だったか?」
バロラは、相好を崩して嬉し気に言った。
「はい、綺麗でした。いつもと違うお月様だと、友達とはしゃいだ記憶があります」
「そうか、私も初めて見たんだ。儚い七色の光を纏う月を初めて見た。感動したんだ。この時代の地球が、私達を迎え入れてくれた気がしたんだ。同時に、あの美しい光景は絶対守るんだと誓ったものだ。私がこれまでやってこれたのは、あの月虹のおかげかも知れない……」
目を細め、バロラは当時の美しい光景を頭に描いた。それを思い出せば、尚のこと、この戦争は止めなければ、と思った。
「日下大尉、頼むぞ」
「はい」
日下炎はバロラ・メルタに向かい、姿勢を正して敬礼をおくった。バロラも敬礼を返す。
まさに日下が踵を返した時だった。けたたましい警報が鳴った。
「ギネル帝国艦隊へ、別艦隊が接近します」
誰かが、誰に向かってということもなく叫んでいた。
デリバン連合王国軍の艦隊がギネル帝国同様上空に向かい、浮上してゆく姿がメインモニターに映っていた。
「核弾道ミサイル、第二波、発射!」
大塚弦太朗参謀長が、再び発射命令を出していた。
「大塚参謀長、君をこの場で罷免する。核の発射を中止しろ」
「だ、ダメです。発射されました」
ギネル・デリバン両軍への反撃をギリギリまで押さえつけられていた防衛ブロックの兵士は、既に怒りの発火点を越えていた。大塚参謀長の発射命令は、その導火線に点火したのだ。
反撃を抑制されていた兵士達の気持ちが、一気に攻撃へ行動を移したため、ミサイルはバロラ・メルタの想像以上に早く発射された。
「デュビル司令、核弾道ミサイル、来ます」
「AMM発射。サイコキネシスの使い手は、AMMを捕捉。いいか、必ず敵のミサイルにぶち当てろ」
デュビル・ブロウ中佐は、発射したミサイル迎撃ミサイルを、βμの特殊能力で捕捉、軌道修正を行い、目に見えないパワーを使って、力ずくで敵のミサイルを撃ち落とす作戦に出た。
デリバン連合王国艦隊から発射されたAMMは、高速で飛翔した。βμによるサイコキネシスでサポートされ、速度が増幅したAMMは海上で核弾道ミサイルを捉え、全てを撃ち落とした。その命中精度は見事としか言いようがない。
「マーク、インターセプト! 全数、撃墜!」
太平洋上で、爆発した核ミサイルはその海域の水を蒸発させ、海の生態系を潰滅させた。
美しい自然が、汚れていく。何故、不用意に核を撃つのかと、デュビルは憤りさえ感じた。
「発射ポイントはわかったか?」
「出ました。核ミサイルは、戦略潜水艦から発射されています」
「よし、思念波照射。戦略潜水艦を黙らせろ」
デリバン連合王国軍の艦隊から、思念波が放たれた。思念波に障害はない。深海に潜むサブマリンであろうと、捕捉できれば、それに向かい照射できる。
サブマリンの全ての乗組員は思念波の攻撃で、失神または悶死し、その機能を沈黙させた。
「ギネル帝国を追うぞ」
すかさず、デュビルは指令を出した。
「デリバン連合王国め、なんてしつこいんだ」
「デリバン軍の距離は?」
「二万キロ後方です」
「艦尾、主砲発射」
ガデル少将は、この美しき自然環境を無傷で守ることができないと悟った。
「スミス総長、ギネル帝国は後方のデリバン連合王国に対し、攻撃を加える模様です」
再び司令部に戻った日下が、戦況を報告した。
「この状況、この位置でギネル・デリバン連合王国が交戦したら、我々の被害もまた拡大する。テスト段階だが、やむをえん。ギネル帝国、デリバン連合王国両軍の中間点に向けて、バリヤービーム砲を撃て」
「了解、バリアービーム砲、スタンバイ!」
マンハッタンの摩天楼の一部が崩壊し、中からビーム砲が数機出現した。日下が、一斉に照準を定めた。
「バリヤービーム砲、発射」
ターゲットをロックして、発射ボタンを日下が押した。
淡いグリーンの光彩を放ちながら、バリヤービームは狙い通りギネル・デリバン両軍へ向けて、発射された。そして、その中間点に到達したとき、爆発するようにビームが弾け、厚く強力なビームの壁が発生した。ちょうど、ギネル帝国とデリバン連合王国とを仕切り分けるような格好になった。
「前方に、バリヤーが! 全艦、転舵」
「ギネル帝国との距離、開きます」
「逃がすわけにはいかん。ガーガン・ロッツの編隊を向けさせ、ビーム砲を破壊しろ」
デュビル・ブロウは、メインモニターを凝視しながら、そう命じた。
「司令部上空に、敵編隊」
「対空戦闘、用意」
地球連邦最高総司令部は、接近してくるデリバン連合王国の艦載機ガーガン・ロッツの編隊に向け、応戦を開始した。
だが、戦力の差はあまりにありすぎた。
ガーガン・ロッツの強襲で、地球連邦最高総司令部は完全に崩壊した。
爆風と火炎に押され、バロラ・メルタは、総長席から階段に沿って転落した。
まるで無重力空間を落ちてゆくような、妙にゆっくりとした落下時間に感じていた。その僅かな時間にまさに走馬燈が、バロラの人生を映しこんだ。
(私は、あのエネルギーに振り回されていたような気がする)
「スミス総長!」
慌てて日下が、バロラの元に駆け寄った。バロラは全身を強く打ち、既に息絶え絶えになっていた。それでも懸命に意識を保ち、日下に伝えようと手を伸ばした。
「日下…大尉…頼むぞ…戦争を止めてくれ…」
バロラの右手の甲に、皮膚に沈殿していた不思議な文様の痣が現れていた。それが、淡く輝いている。バロラは必死の思いで右手を出し、抱き起こした日下の右手を握り、精一杯の力を込めた。まるでバロラの思いがそのまま日下に転写されるように、バロラと同じ文様が日下の右手の甲に浮かびあがった。託す思いが、バトンの役割のように痣として日下の甲にくっきりと刻まれた。
「頼む…ぞ」
バロラ・メルタは、日下炎へ思いを託して死んだ。
「総長!」
日下は、バロラのまだ暖かい亡骸を抱きしめた。
「…攻撃…つづ…ろ…」
崩壊した司令部で生き残った通信機から、ノイズに紛れて大塚参謀長の声が聞こえた。
この戦争の本当の悲しみを知る者は、日下だけになってしまった。
轟・アルベルンは、メキシコのテオティワカンに到着した。
ここまでの旅は、轟が初めて舐めた苦しみだった。涙と泥で顔を汚した、泣き虫で内気な少年は、ただただそこに佇んだ。
ナワトル語で「神々の都市」という意味を持つティオティワカン。平和な時であれば、観光客が絶え間なく訪れるこの地に、今は誰一人としていなかった。当然だ。突如始まった戦乱に、この一帯の人々は全て避難していた。混乱で、軍人ですらこの周辺にはいなかった。
「死者の大通り」沿い。遥か前方にピラミッドが見えた。「月のピラミッド」だ。轟の背中側には「太陽のピラミッド」がある。石の階段でできた神秘的な古代都市遺跡。だが、それだけだ。漠たる風景に、ただ乾いた風が吹き抜けていく。
「おじいちゃん、ここに何があるっていうんだよ」
それでも轟・アルベルンは、月のピラミッドに向けて歩を進めた。祖父アレック・アルベルンがくれた小型タブレット端末の地図に、それが示されていたからだ。
轟・アルベルンは、とりあえずそれを目標に進んだ。
陽射しが強い。周囲には影になるものがほとんどなく、その陽射しは痛いくらいだった。どちらかと言えば青白い顔をしていた轟も、この陽射しで、すっかり陽に焼けた。褐色に灼けた肌はヒリヒリと痛んだが、反面彼を少し逞しく見せた。
月のピラミッドに着いた。轟の不安な気持ちとは裏腹に、青空は高く澄み渡り、その下にあるピラミッドは想像以上に壮観だった。その大きさに圧倒されたと言ってもいい。大きく四段に分かれたピラミッドには、その中央に頂上まで通じる階段があった。それを見ると、このピラミッドで、宗教的な儀式が行われていたという説も納得できる。なにか、神秘的なものが感じられた。
轟は、月のピラミッドの中央階段に向かって更にトボトボと歩を進めた。正直、この後どうすればいいかわからない。疲労もあってか、轟は項垂れていた。
月のピラミッドの階段に足を掛けたとき、不意にタブレット端末が反応し、その画面に大きな字で「ラグマ」と表示された。
「なに?」
轟は、驚いてその場に立ち止まった。
「ラグマへアクセスします。ピラミッドの半径一キロ以内より退避してください」
今度は、タブレットから音声が流れた。
「繰り返します。ピラミッドの半径一キロ以内より退避してください」
タブレット端末はそう言い終わると、画面が激しく明滅してやがてグリーンの色に変わった。アクセスが成功したようだ。それとほぼ同時に、地震が起きた。かなり激しい地震だった。立っていられないほどだ。
「い、いったい、何が始まるっていうだよ」
轟・アルベルンは悲鳴をあげ、その場から逃げ出そうとした。だが、大地の揺れが激しく足がもつれて、轟はその場に座り込んでしまった。
すぐ近くで、低く大きく何かが鳴動していた。
座り込んだまま轟・アルベルンは、鳴動する方向、月のピラミッドの後方を振り仰ぎ、大きく目を見張った。
月のピラミッドの後方から、大地を割って別のピラミッドが地中から身震いしながらせり上がってきたのだ。
大地を揺るがし、徐々に天に向かっていくピラミッドは、月のピラミッドより遥かに大きいものだった。高さを既に追い越していた。それでも更に隆起が続いている。
空に高くそびえていくそのピラミッドは、曇りガラスでできているように見えた。まるでガラスのピラミッドだ。太陽の光に、鈍く反射している。半透明で白く霞んでいるが、その中になにか巨大な物体が安置されていることがわかった。それがなにかまではわからない。
ゴゴゴと音を響かせながら、ピラミッドはまだ身震いをやめなかった。
その大異変は数十分続いて、やがておさまった。
「地下にこんなにピラミッドが埋まっていたなんて……信じられない」
成り行きを見守っていた轟が、ようやく落ち着きを取り戻して呟いた。
激震に伴って、モウモウと砂埃が舞っていた。やがてそれが消え、視界がはっきりしてきた。月のピラミッドの後方に遥かにそびえる、ガラスのピラミッド。轟は、それを見上げた。首が痛くなるくらい上を見上げることになって、改めてその巨大さに圧倒された。
轟の右手の甲にある、不思議な紋章のような痣が反応した。それが、金色に光ったのだ。
不意にバリン、とガラスの割れるような音がした。ピラミッドのガラスが割れたのだ。
巨大な破片が落ちてくると思い、轟は反射的に手で顔を庇った。が、その割れた破片は、落下する途中で蒸発するようにして消えた。何故そんなことになるのかは、皆目わからないが、轟は少しだけ安堵しておずおずと腕の隙間から、ピラミッドを見た
剥き出しになったピラミッドの中には、全長八〇〇メートルの巨大なメカニズムが、底面の対角線上に静かに横たわっていた。それは宇宙船のように見えた。
「これは宇宙船? すごい。おじいちゃんの言っていたものってこれのことなんだね。でも、これをどうしろっていうんだよ」
轟は、肩を落として落胆した。自分には、なにもできないと思った。
突如、上空にゴーッと鋭い空気を切り裂く音がした。
見上げると、そこにギネル帝国艦隊の艦載機ボビット・バーノンの編隊が飛来してきた。
轟の顔に、不安と恐怖がよぎった。
「どこに逃げればいいんだよ? おじいちゃん」
「あれはなんだ?」
ボビット・バーノンのパイロットは、地上に横たわる巨大なメカニズムを見て驚嘆した。
「敵の秘密兵器かも知れぬ。しかけるぞ」
ボビット・バーノンは、即座にフォーメーションをとると、急降下してメカニズムに向かい、攻撃を開始した。
レーザー機銃が、高く鋭くかつ硬い音を出して連射された。
「ウワァーッ」
他に逃げる場所などない。轟は泣き叫びながら、メカニズムのもとへ走り寄った。涙のため、それがかすんで見えた。
メカニズムの前まで来ると、急いで船内に入るためのハッチを捜したが、その巨大さゆえに、すぐにハッチの場所がわからなかった。
機銃の音がするたびに、轟は震えてしゃがみこんだ。焦りだし、苦し紛れに船体を叩き出した。いつの間にか、轟の手の甲に刻まれた痣のような紋章が淡く光っていた。
「開けろ、開けてくれよ」
その声に反応するように、空気のもれる音がして、轟の左手十メートルほど先で、ハッチが開いた。
まるで轟を誘い込むようなタイミングだったが、そんなことを考える余裕もなく、轟は一も二もなくそのハッチから船内に駆け込んだ。
船内は暗く、何も見えなかった。ただ、ボビット・バーノンの攻撃に、かすかに船体の揺れを感じた。
「この宇宙船、大丈夫なのか?」
ボビット・バーノンの攻撃に対し、このメカニズムは全く損傷を受けた様子がない。少なくともこの船内にいる限り、轟は安全だと確信し、胸を撫で下ろした。
暗さにもしだいに目が慣れ、うっすらと様子がわかるようになった。轟は通路をつたい、船内を歩き出した。
しばらくの間、轟は彷徨い歩いた。やがて広い空間の部屋に辿り着いた。
その部屋に一歩、足を踏み入れた瞬間である。
轟は首筋に、何かの気配を感じた。振り返ると、そこに蜘蛛のように天井からぶら下がっているものがあった。
「ヒッ」
轟は、小さく叫び、肩をすくめた。
目が慣れてきたとはいえ、薄暗闇の中、はっきりとは見ることができないが、それはメカニックでできた蜘蛛のような蟹のような物体だった。目とおぼしき辺りにカメラアイがついていた。それが赤く光り、焦点を合わせているのか、レンズが動いているのがわかった。
気持ちが落ち着き、轟は目を凝らしてそのメカニックを覗き込んだ。
形状は、足がちょうど六本あり、なおかつ蟹のような形状のハサミももっていた。尻の部分から細いワイヤーが天井に向かって伸びていて、メカニックはそれを頼りに、宙にぶら下がっていた。
「何だ、こいつ」
轟は好奇心に誘われ、そのメカニックに手をのばした。
その行動は、あまりに不用意だったと言っていい。
そのメカニックは伸ばした轟の手に、触覚らしき位置から2本の細く長いワイヤーを射出し、その手に絡みついた。
轟は悲鳴をあげ、それを振りほどこうとしたが、一瞬のうちに何重にも巻きついたワイヤーは、そう簡単に取れるものではなかった。
そしてそのワイヤーの先端が光を放射し、轟の右手の甲をスキャンした。
痛みはないが、なにをされるか不安で轟は叫び声をあげそうになった。
蟹のようなメカは、轟の右手をスキャンした後、用が済んだとばかりに、そのワイヤーを巻き取り更には天井に逃げていった。
轟は右手の甲をさすりながら、その場所を見た。痣のような紋章が、よりはっきりと浮かんでいる。
毒でも刺されたらどうしようかと思ったが、いまのところ体に異常はない。だが、それでも不安なことには変わりはない。
轟は、周りをキョロキョロと見回し、おそるおそる部屋の中央へと歩を進めた。
ふうと何げにため息をついたとき、右手の甲の紋章がまた突然に光った。紋章の形の通り手の甲が白く輝いているのだ。
そしてそれに反応したかのように、目映い光がその部屋中を満たした。
そこは、四方を様々な計器類で埋め尽くされた、複雑な管制システムの宇宙船のブリッジだった。
そして、その計器類が音をたてて起動し始めたのだ。ランプやメーターが一斉に動き出し、この宇宙船自体が胎動を始めたようだった。
「う、動くのか。これ」
正面メインスクリーンのスイッチが入り、映像が現れた。上空に舞うボビット・バーノンの編隊だ。
心なしか、その数が増えたようだ。
「そうだ。おじいちゃんのメモリーディスク」
轟は今になって少年らしい好奇心と冒険心が目覚めたらしい。アレック・アルベルンの、いまや形見とも言えるメモリーディスクをとりだした。
おそらくは艦長席であろうと思われる、最奥のひと際大きな席に座った。
コンピュータのディスケットを見つけ、そこにメモリーディスクを差し込んでやる。
やがて、艦長席の小さなモニターにディスクの内容が表示された。クリックしていくと、この船に関する記録があった。
ディスプレイの中に、今轟のいる室内のトレース画像が映り、試しに一部を拡大してみると、その部分の名前や役割が表示された。
更に画面を進めていくと「発進シークエンス」というタイトルが現れた。
「これだ」
轟は、このデータをこの船のコンピュータへ送信する操作をした。
計器類の音が一段と高くなり、この船がしだいに覚醒していくのがわかった。
「転送されたデータに従い、ラグマ・ヒュペリオン発進します。よろしいですか?」
どこからともなく、コンピュータの音声が轟にそう告げた。
轟は「YES」と指示を出した。
メインスクリーンには、容赦なくこの船に攻撃をかけてくるボビット・バーノンが映っていた。
次々と起こる爆発の光に轟は怯えた。
「艦内全機構チェック、オールグリーン。エネルギー出力レベル、異常なし。パワーチェック、オールグリーン。セーフティ解除します。メイン始動レバーをオンにしてください」
「メイン始動レバー、オン」
恐怖と不安で、半ば自暴自棄的な気持ちも手伝って、轟はグリップが点滅しているレバーを一気に引いた。
コンピュータの指示に従っているとは言え、轟はあまりにスムーズに発進の手順を完了させていった。夢中だったと言うこともあるが、それだけではないと轟自身も感じていた。まるで、手がひとりでに動いているような感覚があるのだ。
エンジンが始動し、ゆっくりと轟の乗った巨大メカニズムは浮上していった。
「う、動いた」
轟は、喚声をあげた。
「巨大宇宙船が、浮上するぞ」
「う、動き出した?」
「攻撃を続行だ。集中攻撃をかけるんだ」
ボビット・バーノン編隊のパイロットは、驚嘆の声を口々に叫んでいた。なにより、その巨大さに畏怖の念を感じざるを得なかった。
「で、でかい」
「堕とすんだ」
「全機、突入するぞ」
「いけぇー」
ボビット・バーノンの編隊は、フォーメーションを整え、加速しメカニズムへ接近した。
「全機、ミサイル撃てェッ!」
約50機のボビット・バーノンからミサイルが発射された。発射と同時に編隊は一糸乱れず、反転離脱した。それは、見事な攻撃フォーメーションだった。なおかつ、放たれたミサイルは全てターゲットを捉えるという見事さだ。
爆煙と火炎に包まれ、メカニズムは見えなくなった。
「や、やったか?」
「至近距離で、百以上のミサイルの直撃を受けたんだ。ひとたまりもないだろう」
爆煙がなびき消えていく中、轟・アルベルンの乗ったメカニズムはその巨体を現した。
「無傷だ。何の損傷もない」
「ばかな、そんなばかな」
「攻撃を続けろ」
巨大メカニズムが、尚、上昇してきた。そのスピードが加速していく。
「危険だ。急速離脱」
「間に合わん」
メカニズムの上空にいた数十機のボビット・バーノンは、浮上速度をあげて接近してくるメカニズムを回避できず、そのまま激突した。
「あれは、あれは一体なんだ?」
ボビット・バーノンのパイロットらは驚愕に囚われたまま、戦闘空域を一旦離脱した。
日下炎は、エジプトのダハシュールに到着した。
変わり映えのしない砂漠の風景をジープを駆って、やってきた。サングラスをしても尚、強烈に射してくる陽射しは、目に突き刺さるようだ。熱風は体に纏わりつき、肌をヒリヒリと灼いた。じっとしていたら、それだけで火ぶくれができるのではないか、そんな錯覚をしてしまうくらい容赦のない暑さだった。
最も有名なクフ王のピラミッドがあるギザを、更に南下したころにあるダハシュール。そこには、スネフェルの「屈折ピラミッド」、「赤のピラミッド」といった特徴的なピラミッドがある場所だった。正体不明のエネルギーは、この赤のピラミッドから放射されていたのだ。
目の前に、その赤のピラミッドがある。
「こんな遺跡から正体不明のエネルギーが放射されていたなんて。それに、ここのどこに戦いをやめさせるものがあるんだ?」
日下は疑問を素直に口にした。
ジープを降りて、赤のピラミッドに一歩近づいた時、タブレット端末が反応した。
「セキュリティを解除します」
端末から音声が流れた。轟の時と同じだ。その画面に「ラグマ」と文字が表示された。端末は更に退避せよと、警告を発してきた。
訝しむ気持ちを押さえ込みながら、日下は警告に従いジープで退避した。なにより、バロラの顔が思い浮かんだからだ。
異変が起こったのは、それから間もなくであった。
赤のピラミッドの後方から、別なピラミッドが地下からせり出してきたのだ。
「な、なにがおこるんだ?」
さしもの日下も、驚きでただ状況を見守るだけだった。
大地を割ってピラミッドは地中から、身震いしながらせり上がってくる。青空を突きさすように、その頂点を天にむかって更にせりあげてゆく。
そのピラミッドは、半透明のガラスのピラミッドだった。浮上が停止した。土煙がおさまって姿を現したその中には、なにか巨大なものが入っているのがわかった。
日下炎は、声もなく見守っていた。その日下の右手の甲の紋章が、いつの間にか淡く輝きを放っていた。
「これは、一体どういうことだ?」
日下はしげしげと、輝く手の甲、その紋章を見つめた。黄金色で、淡く柔らかい光だった。エジプトに射す強烈な陽光とは対照的な光だった。
間をおかず、ガラスのピラミッドの半透明ガラスが、バリンと音を立てて割れた。割れたガラスは、落下途中で雲散霧消していった。
ジープに積んでいた観測装置が、突然反応した。そのガラス体に対して正体不明のエネルギーと一致を示したのだ。ビラミッドのガラスの様に見えていたものは、あの正体不明のエネルギーでできていたものらしい。
その中に横たわっていたのは、巨大な戦闘艦だった。数々の砲門を備えた銀色の船体が陽光に煌めいていた。
「ガラスでできたようなピラミッドは、この戦艦のドッグだったのか。スミス総長の、戦いを止めさせるものと言うのはこのことなのか?」
一人呟き、威圧するほどに巨大な戦闘艦を、日下はまじまじとジープから見つめていた。やがて意を決し、彼はジープを戦闘艦に向け、走らせた。
その時、上空にギネル帝国の空母が一隻出現したのだ。それは、ちょうど戦闘艦の真上で停止した。
「ギネル帝国の空母だ」
軍にいただけあって、日下炎は戦闘艦に到着するとジープから小さなアタッシュケースを片手に、手際よくハッチを捜し出し艦内に乗り込んだ。
艦内は、闇に包まれていた。
「ブリッジはどこだ? おっと」
ギネル帝国の空母が攻撃をしかけてきたのだろう。艦が揺れ、日下はよろめいた。アタッシュケースから懐中電灯をとりだし、日下はブリッジをめざした。
しばらく艦内をさまよい、階段を上り一つの部屋に到達した。
ギネル帝国の空母からの攻撃は、ますます激しさを増しているようだ。だが、それに対し、この戦闘艦は全く損傷を受けた気配がない。
懐中電灯の頼りない光で、その部屋を見回した。どうやら、この部屋がブリッジのようだ。計器類が、壁一面に埋まっている。
日下は、最奥の一段高くなったひと際大きな席を見つけた。
「艦長席だな。ならば、コントロールが集中しているはずだ」
その席に日下炎は座った。ヒンヤリと冷たいシートだった。
日下はコンソールを見渡した。その中にメモリーディスクのディスケットを見つけ、その中に差し込んだ。
コンピュータがメモリーディスクを読み込み始めた。その起動画面は、日下の全く知らないソフトが動いている。バロラが言った通り、これは0552年で作られたプログラムのようだ。総長が言っていた事は、本当だったのだ。
日下はもう一度ひと通りコンソールをながめた。大体の見当はついた。だが、あくまで未知の機械である。慎重にことを運ぼうと、日下は考えた。
「データに従い、ラグマ・クロノス発進します」
コンピュータが、音声ガイダンスをしてきた。
「ラグマ・クロノス? この艦の名前か」
日下は、コンピュータの指示と計器を照合しながら、徐々に艦を起動させていった。
その艦長席に、ノソノソと近づいている小さなメカがあった。カニともクモとも見てとれる形をしたロボットだった。
だが日下は、それに全く気付いていなかった。作業に没頭していたし、なにより懐中電灯の光しかない薄暗闇の中では、無理はなかった。
そのカニのようなクモのようなメカは、艦長席を音もなく這い上がり、やがて日下をそのカメラアイに捉えると、躊躇なく触手を彼の手の甲に巻きつけた。
日下は、ギョッとして痛みに反射的に動き、そのメカを視認すると同時に銃を構えた。それに反応した、ロボットの動きも素早かった。ワイヤーの触手の先端で、日下の手の甲の紋章をスキャンしたかと思うと、瞬時にワイヤーを巻戻し、スルリと艦長席を降りて床下に消えて行った。どうやら、床下に開閉するこのメカ専用の通路があるようだ。
「一体、あれはなんだ?」
日下は、巻き付かれた右手の甲を擦りながら呟いた。
その時、その右手の紋章がまた淡い輝きを放った。それと同時に天井に光が宿り、艦内が明るくなった。そして、もの凄い勢いで計器類が作動し始めたのだ。
正面、メインモニターが映った。続いて、左右後方ともに設置されていた嵌め込み式のモニターが映った。三百六十度、全てが見渡せるモニターだった。
その中にいるのはギネル帝国の空母と、そこから次々と発艦していくボビット・バーノンの編隊だった。ズガーンと、衝撃が伝わってきた。
「ギネル帝国め」
「艦内全機構、チェック完了。オールグリーン。発進準備よし」
日下炎は、いま一度コンソールパネルを見渡した。
「よし、発進する」
コンソール上を日下の手が走る。見事な操作だった。
ピラミッドに鎮座していた巨大戦艦は、武者震いするかのように船体を鳴動させ、浮上を開始した。
「アダマ艦長。正体不明艦、浮上します。我が艦の攻撃に対し損傷なし」
「陽電子衝撃砲、ポジトロンキャノン用意」
ギネル帝国第二空母の艦長、アダマ・ラッセルは青ざめて命令を下した。この艦にベルガ粒子砲は装備されていない。アダマ艦長は、それに次ぐ自艦が持つ最大火器の使用を命じた。
あの戦艦が浮上するまで、約三分。その間、彼は攻撃を加え続けていた。だが、あの艦には傷一つついていないのだ。
「い、一体あの戦艦はなんだ?」
「浮上完了。回頭する」
日下の思い通りに、艦は動いてくれた。
コンピュータのガイダンスが非常に優秀で、扱いに戸惑うことなく日下は操艦することができた。が、その動きがあまりにスムーズすぎて、なんだか自分の手が勝手に動いているような気がしないでもない。
「艦首、主砲発射用意」
火器管制システムのコントロールも、コンピュータによるオートマチックを選択すれば、ほとんどが自動で行われる。
「ターゲット、ロックオンしました」
「発射」
日下が操縦しているのか、例の手の甲に現れた紋章が彼に力を与えているのか、今はわからなかった。
既に艦首の主砲は、空母に狙いをつけていた。
「アダマ艦長、敵戦艦、回頭し、我が艦に向け接近します」
「ポジトロンキャノン、撃てッ!」
アダマ艦長の命令により、艦首に装備された陽電子衝撃砲が白く発光しながら、確実な照準で日下の搭乗する戦艦ラグマ・クロノスに向かっていった。
「命中します」
兵士の報告を聞き、アダマ艦長は大きく頷いた。
が、結果は意に反した。敵戦艦は、命中直前で強大なバリアーらしきものを発生させたのだ。ポジトロンキャノンのビームは、そのバリアーに直撃し、そのエネルギー砲弾がはじかれたのだ。バリアーによって、閃光が四方八方へと飛び散った。日下の乗る戦艦には、一切の損傷も与えられなかった。
「アダマ艦長、き、効きません。ポジトロンキャノンが通じません」
「そんな、バカな」
アダマ艦長は、呆然とスクリーンの戦艦に見入っていた。
「主砲、発射」
日下は発射ボタンを押した。
甲板に装備された三連装式砲塔の主砲は、前衛に五門、後衛に三門装備されていた。その砲塔から赤い光を放つビームを発射した。
「ビーム接近」
「全速回避、右四十五度」
「ビーム拡散フレア、展開」
「駄目だ、間に合いません」
「着弾します!」
「総員、衝撃に備え!」
アダマ艦長率いるギネル帝国の空母は炎上し、凄じい爆発音とともに、一撃で閃光と化した。
カズキ・大門は、日本の沖縄県与那国島に到着した。
日本最西端に位置する小さな島は、一周したとしても二十四キロ。普段なら観光客も多く訪れているはずだが、今は避難しているのか島民とは殆ど遭遇しなかった。
父の残したタブレット端末が指し示す位置に向かってカズキは、車を走らせた。島の外周をなぞる道路沿い、途中途中で見える島の景色は美しく、心を奪われそうになる。打ち寄せる波に白い砂浜や、この島独特の色合いの碧い海。美しい風景が目に入る度、これがバカンスだったなら、どんなに心が弾むことだろう、そう思った。
つい何日か前に経験した戦争が、まるで夢のように感じた。
「オヤジよ。この島に一体何があるんだよ」
カズキはそう呟くと、更に車を走らせる。対向車とは、一度もすれ違わなかった。
タブレット端末が指し示していた位置は、新川鼻という場所だ。その場所に辿り着いた。
道路脇に車を停め、カズキは車を降りて海側に向かって歩き出した。晴天の下、その向こうに見える海からの風が心地よかった。道路端のガードレールに手をやり、その海を見つめた。ガードレールのすぐ先は断崖になっていて、そこから先は歩を進めることも降りることも叶わない。途方に暮れてふとタメ息をついた時、タブレット端末が反応した。指し示していた位置情報のポイントが、現在地から百メートルほどズレたのだ。そのポイントは、海の上を示している。それは、与那国島の海底遺跡を示していたのだ。
「やっぱり海底遺跡のことだったのか」
カズキが呟く。ずっと地質学一筋だったモルガン・大門が与那国島と口にした。
与那国島には、海底遺跡と呼ばれる東西方向二五〇メートル、南北方向に一五〇メートル、高さ二十六メートルの、ピラミッドのような外観を持つ不思議な場所があるのだ。おそらくモルガンは、この海底遺跡のことを言っているのでは、と当たりをつけていたのだが、それは海の中にある。
不意に、タブレット端末の画面に「ラグマ」の表示が出た。それと同時に、カズキの手の甲の紋章が輝きだした。
「セキュリティを解除します」
タブレット端末が音声を発した後、すぐに異変が生じた。
緩やかな地震がおきて、水平線の向こうで何かが浮上を始めたようだった。
「なんだ?」
カズキ・大門は慌ててカードレールを握り直した。
見ると、海面が泡立ちながら隆起を始めたようだ。
「一体、何が始まるんだ?」
「津波に注意してください」
機械的な音声ガイダンスが、随分と呑気なものに感じた。
海底遺跡があるであろう位置より更に百メートルほど沖が、ゴボゴボ音を立て大きく泡立っていた。ほどなくして、海面が隆起してゆく。その隆起した海面を突き破るようにして姿を現したのは、なんと巨大なピラミッドだった。半透明のガラスのピラミッドだ。
「こ、これか? おやじの言っていたものは」
流れ落ちる海水と陽光に反射して、海に浮かび上がったピラミッドは眩しいくらいだった。
その巨大さ、壮観さに圧倒されて、しばし呆然としてしまったカズキだが、とにかくあのピラミッドへ行かなければ、と考えた。だが、ピラミッドは遥か沖、今カズキが立つ場所は、高い断崖になっていて降りることも、飛び込むこともできない。
ボートかなにかを調達するしかないか、と踵を返した。その時だった。カズキの紋章が激しく点滅した。
「なんだ? いきなり」
思わず自分の手の甲を見る。点滅が更に激しくなった。まるで、コンピュータがアクセスしているような点滅だ。それが不意に止まって、紋章が強い輝きを放った。次の瞬間、カズキは背後から何かが迫ってくる気配を感じ、反射的に振り向いた。そのカズキに向かって、目映い光の束が迫っていた。それは、ガラスのピラミッドの頂点から放射されていた。
突然の事に、カズキは思わず声にならない叫び声をあげた。正体不明の光は、あっという間にカズキの体を呑み込んだ。
カズキの体は光に包まれたが、特に異常は感じなかった。痛みもない。うっすらと目をあける。周りは、白い光に溢れていた。そのまま光に包まれた状態が続いていた。経験はないが、ホワイトアウトというのはこういう白い世界にとり囲まれて、方向感覚を失くすことをいうのだろうか?
やがて目が慣れ、その白い光の中、遠くにメカニックのようなものが見えた。カズキは、その方向に向けて一歩踏み出した。光の中だが、不思議と歩くことができた。更に一歩を踏み出す。歩ける。歩くことができる。
光の束は、管の様にピラミッドと繋がっていて、カズキはその中にいるのだ。
「……オヤジよ、あそこに行けっていうのか?」
次々と起こる不可思議な現象に見舞われているが、不思議とそれを受け入れることができたのは、やはり父モルガン・大門から託されたからだ。
カズキは光の管の中を駆け出した。カズキがピラミッドに近づくに従い、徐々に光の管は頂点から底部へと移動していた。
カズキがピラミッドに到着したと同時に、パリンと乾いた音がしたかと思うと、ガラスが割れた。割れた破片は、落下途中で霧のようになって消えていった。
驚くことばかりの連続で、楽天的な性格のカズキも、さすがに精神的な疲労を感じた。
ピラミッドの中に安置されていたのは、宇宙戦艦のような巨大なメカニズムだった。だが、ただの戦艦とも違うように思えた。特徴的なのは、その艦の両舷に各三段ずつ滑走路らしきものが大きく張り出していることだった。それを考えると、この艦は戦艦というよりも大型空母といった方が正しいのかもしれない。
見れば見るほど、その巨大さに圧倒される。
「親父の言っていた守り神ってこのことなのか?」
カズキは侵入口になるハッチを捜した。やがて後尾にそれらしきハッチを見つけた。
「開くかな」と、カズキは船舵の形をしたハッチの把っ手を握り、満身の力を込めて回した。するとハッチは意外なほど簡単に開いた。
カズキはすぐに中に侵入した。艦内は、暗闇に包まれていた。
だがカズキはそんなことに怯えたり、躊躇したりするタイプではなかった。大胆に、思い切りよく行動するのが彼の信条である。
「さて、どうするかな。そうだ、ブリッジ、ブリッジはどこだ?」
カズキもまた、ブリッジへと向かった。
カズキはかなりの時間を費やし、ようやくブリッジに辿り着いた。着いた頃には、ヘトヘトに疲れていた。
「ここが、ブリッジか」
暗闇に慣れ、うっすらとだが周囲の様子がわかる。壁一面には、なにやら計器類が一杯で、ただでさえメカには弱いカズキは、顔をしかめ、うんざりとした表情になった。
一番奥にある一段高い席を見つけた。艦長席だ。
カズキはその席に座り、しげしげとそのコンソールを眺めた。
「なにがなんだか、さっぱりわからんな」
と、一人ぽつりと呟いた。
シートをいじると、そのシートがリクライニングできるのがわかった。カズキはシートを倒すと、その長い脚をコンソールの上に投げ出した。
「果報は寝て待てってね」
そう呟くと同時に大きな欠伸をし、カズキはいびきをかいて眠りこんでしまった。この豪胆さが、彼の持ち味だった。
その彼に向かって、ノソノソとあのカニともクモとも見てとれる、後に轟・アルベルンに「カニグモ」と命名されるロボットが接近してきた。
カニグモはそのカメラアイでカズキ・大門を捕らえ、しばらく彼を値ぶみでもするように見つめていた。静寂な艦内にカニグモのチーッという、焦点を合わせるレンズの音だけがかすかに響いた。やがてカニグモは唐突に、カズキの左の手の甲めがけて、触手を伸ばし巻き付けた。その先端で手の甲をスキャンする。
「痛っ」
カズキは目を覚まし、反射的に周囲を見回していた。用が済んだとばかりにカニグモは、床下に逃げていった。
カズキが手を擦っていると、手がほんのりと暖かくなり、同時に痣のような紋章が白く淡く輝き出した。
「な、なんだ?」
驚くカズキを尻目に、艦内に光が点り計器が起動した。ブーンと艦内が軽く振動したようだった。
「メモリーディスクをセットしてください」
艦長席のコンピュータのモニターから、音声が響いた。
「メモリーディスクって、これをか」
と、カズキはモルガン・大門から預かったメモリーディスクをポケットから取り出し、それを半信半疑でディスケットにセットしてやった。
コンピュータは、メモリーディスクのデータのロードを開始した。
「ラグマ・レイア、起動します」
コンピュータがこの艦の名前を言った。
「レナード艦長、ガーガン・ロッツ、パープル小隊から奇妙な報告が入っています」
「なんだ?」
デリバン連合王国軍のレナード艦長は、六つのガーガン・ロッツの小隊を擁する強襲中型高速空母の司令だ。
「2時の方向、五百キロ先で、巨大な空母が発進中だという報告です」
「巨大な空母? 敵の秘密兵器か。よし、しかけるぞ」
「了解」
やがてレナード艦長は、カズキ・大門の乗るラグマ・レイアをそのレーダーに捕捉した。
「あれか? ガーガン・ロッツ、レッド、イエロー、グリーン小隊。発進スタンバイ」
「レッド、イエロー、グリーン小隊。発艦準備完了」
「よし、発艦」
「発艦します」
「ロッツの攻撃準備が整い次第、我々は砲撃戦にはいるぞ」
「各小隊、攻撃準備完了しました」
「攻撃開始」
四角い翼をもつ、ロッツの小隊は様々な角度に展開、あっという間にカズキの乗る空母を取り囲み、一斉に襲いかかった。
同時に、レナード艦長の指示で砲撃が開始された。
「な、なんだ?」
ブリッジのメインモニターに、ガーガン・ロッツの編隊が映し出された。
「あれは、親父を殺した戦闘機。野郎ォ」
ブリッジは爆発で震動した。
「動けよ」
カズキは、始動レバーを引いていた。
ラグマ・レイアという名の大型空母は、ゆっくりと浮上を開始した。
モニターにはロッツが飛び交い、ミサイルを発射するのが見えた。
カズキは、怒りに憤激した。
「攻撃、できるか」
カズキの手は、すぐに主砲の発射ボタンを探り当てていた。
「照準、セット」
「ターゲット、ロックします」
コンピュータの音声ガイダンスが、カズキをサポートしていた。
「一番、二番、三番主砲、発射。撃ちまくれ」
レナード艦長の空母から、次々にビームが放たれた。それは悉くラグマ・レイアに突き刺さった。が、それは何の損傷も与えることはできなかった。
「主砲が、主砲がまるで通じません」
「なんだと、そんなバカな」
「ビームが完全に弾かれた模様です」
「ビームが弾かれただと。バリヤーか?」
「親父の仇だ。発射」
カズキは、力一杯発射ボタンを押した。
ラグマ・レイアから発射された主砲のビームは、レナード艦長の中型空母をたった一撃で撃沈した。
「第二弾、発射」
再び発射された赤いビームは、ロッツの編隊を撃ち落としていった。第2、第3と発射されるビーム砲に、レナード艦とその小隊は一瞬にして全滅した。
今ここに、ガイア暦0522年に発見された「ラグマ」が全て始動した。
三つの艦の始動が確認されたと同時に、「ラグマ」の中のコンピュータが、新たなフェイズに入った。
轟、日下、カズキの各メカのコンソールにカニグモが現れて、動き出した。勝手のわからない三人は戸惑うばかりだ。しかし、何故かコントロールを委ねる気持ちになった。何故なら、このメカを託した三人が信頼すべき人たちだったからだ。アレック・アルベルン、バロラ・メルタ、モルガン・大門、その三人が命がけで託したものなのだ。
「ガイダンスメッセージ、ヒュペリオン、クロノス、レイア、ドッキングフェイズに移行。針路3―5―2へ固定」
コンピュータから、アナウンスが流れた。
三つの艦は、自動操縦となり勝手に針路を取った。その方向は、最高総司令部がある場所だった。それが確定した瞬間、各々の艦は七色の輝きに包まれた。ブォンと空気を震わせて、三艦は不意にその場から消えた。
三つの艦は、最高総司令部に姿を現した。まるでテレポーテーションしたような唐突さだった。
そこにはギネル帝国もデリバン連合王国もなく、ただ地表に総司令部の廃墟があった。
三人は言葉を失い、窓外の光景を見た。
日下はブリッジの窓に駆け寄り、直に司令部の廃墟を見て、がっくりと膝を落とした。もうなにも機能していないのが見てとれた。
「ドッキングフォーメーション」
コンピュータガイダンスの声に、日下はふと前方を見た。そこに宇宙船のようなメカが浮かんでいる。轟・アルベルンの乗る宇宙船タイプのメカ、「ラグマ・ヒュペリオン」だった。日下炎の乗る戦艦タイプのメカ「ラグマ・クロノス」、そしてその後方にはカズキ・大門の搭乗する空母タイプのメカ「ラグマ・レイア」が、白色に輝き直線軌道上に並んだ。
ここで三人は初めて、他の艦の存在を知った。
「味方なのか?」と大門が言う。
三つの艦に共通に言えることは、両舷と艦底に巨大な砲門を抱えていることだった。
一直線に並んだ三台の艦は少しずつ接近し、その間にバリヤーを発生させた。
轟、日下、カズキの順序で一直線に並んだ三つの艦は、更に接近しドッキングを開始した。轟の船の後ろに日下の艦が接合、続いて大門の艦の艦首にあるブリッジが斜め後方にスライドして接合部分が露わになると日下の艦にドッキングした。
全長二三〇〇メートルあまりの巨艦こそが、ガイア暦0522年にナスカで発見されたメカニズム「ラグマ」の本当の姿だった。
ここに、四十四年の眠りから覚め、正体不明のメカニズム「ラグマ」が完全体となって再起動したのだ。