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クラッシュトリガー  作者: 御崎悠輔
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終章 祈り

 艦の指揮を、とロイ通信長は言った。

 しかし、既に戦闘艦橋をはじめ、ラグマ・リザレックの生存者は、日下只一人になっていた。屍があちらこちらで、浮遊している。

 絶望的な孤独感だけがあった。

 その戦闘艦橋のモニターには、弥勒が映っていた。

 まさにラグマ・リザレックと一対一で対峙する弥勒。その弥勒の下部にある次元反動砲が稼動していた。照準は、ラグマ・リザレックだ。

 日下には、その弥勒にレイビスと望月弥月がいることがわかる。生まれ変わったもう一人の自分。そのもう一人の自分が、自分を滅ぼそうとしている。

「…今、わかった……」日下は、ポツリと呟いた。その目には、なにかに目覚めたような輝きがあった。

 日下は戦闘艦橋の艦長席を降り、窓外に見える弥勒に叫んだ。

「レイビス! 違うだろう…俺を憎んでも、恨んでも構わない。でも、違うだろ? 俺が、俺達が望むものは…望んでいるものはそうじゃないだろう。弥月、そうだよな…レイビス、弥月、来い! こっちへ来い!」

 日下は、大きく両手を広げた。その日下の中には、全ての人の魂があった。その魂たちが日下に、弥勒の中で逡巡するレイビスを後ろから優しく抱きしめる望月弥月の姿を見せていた。

「我は、宇宙。我は、宇宙の支配者」

 弥勒の背後で、ラグマザンが接近してきた。

「弥勒よ、撃て。憎しみ、業、欲望で暗黒物質を生み出す不完全生命体を駆逐するのだ」

 ラグマザンが、弥勒に向けて言い放った。しかし、弥勒は撃たなかった。そればかりか、弥勒は百八十度反転して、その次元反動砲の照準をラグマザンに向け、発射した。

「愚かな…」

 ラグマザンは、次元反動砲のエネルギーを受け止め、そしてそのまま倍にして弥勒に向けて撃ち返した。

 強大なエネルギーに包まれて、弥勒は消滅していく。しかし、そこにあったレイビスと望月弥月の魂は、日下へと飛翔したのだ。

 自分の体内に、その魂が入り込んだことを自覚した日下は、愛おしげに自分の両手を見つめ、そして自分で自分の身体を抱きしめた。

「レイビス…弥月…」

 彼らの名前を呼び、日下は顔を上げた。その目に決意が現れている。ツカツカと大きな歩幅で、日下は再び戦闘艦橋の艦長席に向かった。

 艦長席に座ると、次元反動砲を起動させた。損傷がひどく、エンジンの出力が下がっている。それを補正してくれるクルーももういない。どんなにエネルギーを集約しても、四十パーセント程度だろう。

 それでも、日下には迷いがなかった。

「……俺の中に、全ての人々の魂が宿っている。全ての人の愛、全ての人の哀しみ、そして祈り。それが俺の中にあって、巨大な思いとなって言っている。この宇宙の業の根本は、ラグマ……あなただ!」

 日下は、モニターに映るラグマザンを見据えた。そこには、怖れも、憎しみもなかった。日下は、自分の役割を自覚した。自分はトリガーなのだ、と……

 次元反動砲のターゲットスコープにラグマザンを捉えた。レティクルを合せる。そして、両の手を発射装置のトリガーにかけた。

 次元中間子シールドを展開し、次元反動砲へとエネルギーを強制注入させていく。

 日下は、ふと視線を上にあげて静かに瞼を閉じた。

「俺は、祈る。限りなく祈るよ…いつか、必ず、この魂の思いが叶うように。この魂の祈り……届くように…力を貸してくれ」

 日下は再び、視線をターゲットスコープに戻した。

 そして、日下は「デュビル」と彼の名を呼んだ。


 半壊しボロボロになったラグマ・ブレイザム。そのブレズ1のコクピットでデュビルはラグマ・リザレックに向かって、魂が光となって飛翔していく光景を見た。その光は、日下へと翔んでいる。

 デュビルは、先の攻撃で負傷していた。額から血が流れている。身体はいうことを利かなかった。指の一本すら動かすことができなかった。

 しかし、朦朧としていく一方で、まだ意識だけは不思議と保てていた。

 魂がラグマ・リザレックに集約していく光景は、美しく神々しかった。

「……わかったよ…日下……βμの力の本当の使い方……思念波の本当の使い方…その意味が…」

 かつて、メイオウ戦でオービルの思いをウィルバーへと、そしてラグマ・リザレックへ届けようとブーストさせたときのことを思い出した。

 デュビルは、最後の思念波を放射した。その思念波の波動は、ラグマ・リザレックの艦尾から艦首に向けて奔り、まるで帆船の帆にゆるやかな風を当てるように通り抜けていった。

 デュビルの思念波は、日下を、日下の中の魂を、祈りをホールドし、更なる波動に変えていった。ひとつひとつを、大事に、とても大事にホールドした。それは、思いを込めた手紙を、封筒に入れるときの気持ちに似ていた。

 デュビルは穏やかな微笑を浮かべていた。かつて、宝金に「下手くそ」と言われときと違い、その笑顔はセシリアを幸せにできる力をもった、そんな笑顔だった。

 思念波の放射を終えると同時に、デュビルの命は潰えた。その魂を、地球の欠片に立つ光の弥月が、両の手で掬い上げた。慈愛に満ちた顔で、デュビルの魂を大事に、とても大事に掌のなかに収めて、光の弥月はラグマ・リザレックへと翔んだ。日下のもとへ、そしてデュビルを待つセシリアのもとへと翔んだ。

 光の弥月がラグマ・リザレックに到達した瞬間に、次元反動砲のエネルギーがリミッターを振り切って、無限マークをモニターに刻んだ。

「…俺は…レイビス、お前を憎んだ…レイビス、お前も俺を憎んだ…俺は、もう人を憎むのは嫌だ……奈津美、妹のお前を守ってやれなかった。ごめんな…」

 日下は、トリガーにかけた指を握り直した。

「…弥月…弥月…君を愛している。この先もずっと…弥月…この祈りが届いて、この宇宙に満ちるのが暗黒物質なんかじゃなくて……そうだな…慈愛物質で満ちる…なんてお伽話はどうかな?……ちょっと理屈っぽくてお伽話らしくないか……弥月のお伽話の方がずっと素敵だな…」

 十六夜弥月が、日下の首に優しく腕を廻して、背中を抱いてくれたような気がした。輪廻転生を運命付けられた日下と美月。ふと、幼い頃に美月と見た月の虹が、目に浮かんだ。その美月が新月弥月となり、望月弥月へと紡がれ、十六夜弥月がその愛を確かなものにしてくれた。

「美月…月の虹…きれいだったよなぁ……」

 日下は次元反動砲を発射した。

 その光は、ラグマザンへと眩い光を曳いていった。


 次元反動砲の光は、ラグマザンに突き刺さった。

 日下が放った光をラグマザンは受け止めた。その瞬間にラグマザンに浮かんだのは、今までの傲慢な表情ではなかった。むしろ、光の弥月に似た慈愛が浮かんでいた。

 ラグマは、理想を追い求め輪廻転生を繰り返す強靭な魂の存在に気付いた。その魂、日下へと幾多の魂を飛翔させたのは、ラグマ自身だった。その覚醒を促すために、日下と望月弥月に操作を施し、互いの存在を知らしめた。そして、日下に相対するもうひとつの魂レイビス。日下がスイッチならば、レイビスは振り子だった。この宇宙が向かうべき先、それがどちらに振れるのかを量る存在。そのために、ラグマは日下とは別に弥勒へと魂を飛翔させた。

 創生エネルギーたるラグマが、新たな宇宙を再生させるために。

 収縮し、楕円形の超物質となった宇宙の中心に光が輝いた。その時、大爆発が起きた。

 ……ビッグバン。それは、何度目かのビッグバン。

 そして、日下もビッグバンとともに爆発した。それは、魂のビッグバン。そして祈りのビッグバン。

 ラグマと日下の中の全ての魂が爆発し、宇宙が爆発した。即ち、コスモクラッシュ……














 ラグマの祈り。

 日下炎の祈り。

 十六夜弥月の祈り。

 高城奈津美の祈り。

 山村竜一の祈り。

 カズキ・大門の祈り。

 マリコ・クロフォードの祈り。

 轟・アルベルンの祈り。

 デュビル・ブロウの祈り。

 ガデル・ブロウの祈り。

 セシリア・サムウォーカーの祈り。

 広瀬大吾の祈り。

 石動さとみの祈り。

 ビリー・レックスの祈り。

 キース・バートンの祈り。

 トムソン・ボイドの祈り。

 加賀健志の祈り。

 大倉鋭一の祈り。

 クラウディア・エバーシュタインの祈り。

 ミズキ・朝倉の祈り。

 ジュリア・ボミの祈り。

 ジェフ・マッケンジーの祈り。

 有村ななみの祈り。

 日向大地の祈り。

 ロイ・フェースの祈り。

 リー・チェンの祈り。

 オービル・ゼラーの祈り。

 ウィルバー・ゼラーの祈り。

 カレン・ライバックの祈り。

 宝金豊の祈り。

 山野アヤの祈り。

 スティーブ・ハワードの祈り。

 鏑木広之の祈り。

 結城慎一郎の祈り。

 マシュー・ボイドの祈り。

 レイビス・ブラッドの祈り。

 望月弥月の祈り。







 デュビル・ブロウの思念波でホールドされた祈りが、爆発とともに拡散していった。




















 


 

 

























悠久の時間が流れた。

 ……そして今、新しい息吹き……



 


 

 



 街の雑踏が、ここまで聞こえてくる。

 陽が落ちるのが、すっかり早くなった。もうすぐ冬になりそうだ。

 吐いた息が白くなった。

 フェンスの脇をすり抜けて、公園に入った。ベンチにも、ブランコにも人はいなかった。静かで人気がない分、寒さが身にしみた。

 思わず肩をすぼめ、両腕を交差してさすった。

 ふと、夜空を見上げる。

 星と月が美しく輝いていた。今日の月は弓張り月だ。

 その青年は、しばらく星と月を眺めていた。圧倒されるくらい美しい星空だった。やがて、意を決したような口振りで呟いた。

「……今度こそ、弥月と奈津美を見つけて、幸せにするんだ……そうだろ? なぁ、日下…レイビス……」

 ひとつ、大きく息を吐いた。息は、やはり白くなって消えた。

 青年は、口元に決意とともに穏やかな笑みを浮かべ、背中のリュックを背負い直す。そして、背筋を伸ばし力強いストライドで歩き出した。

 再び街の雑踏に入ったとき、ビルに設置された大型ビジョンで女性アナウンサーが、ニュースを読み上げていた。

「長い年月を旅した宇宙探査船コスモスオデッセイ号が、宇宙空間に存在する新たな物質を発見したとのニュースが入ってきました。今後の宇宙の謎の解明が期待されます」

 淡々とした口調のニュースを聞き、青年はもう一度夜空を見上げた。

 その物質が、慈愛物質であると祈りながら……

                                              完



 かなりの長編になりましたが、こちらで完結となります。見つけて読んでくださった方、いらっしゃいましたら、ありがとうございました。

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