第二十四章 ラグマ
次元反動砲の白い光が、月を粉砕し、その向こうの地球に到達した。白い光は、その勢いのまま地球を呑み込んだ。
しかし、ガデルが特攻したことで、ほんのわずかだが発射角がずれた。次元反動砲の光は、地球の3分の2を抉り取った。もう地球とは呼べない。惑星の姿ではなかった。残ったものは、星の欠片だ。
あまりのことに、ラグマ・リザレックのクルーは茫然自失となっていた。
「ぉぉおおおおぉぉぉ」
カズキが尚、狂おしくむせび泣いていた。唸るように、言葉を忘れてしまったかのように、ただただ悲しみを吐き出していた。
人々の身体から、希望という言葉がするりと抜け落ちてしまった。誰もが言葉を失い、身体から力が抜けてしまった。
そしてそれに呼応するように、クルーの手の甲に刻まれていたラグマの紋章が次々と消えていった。日下からもカズキからも轟からも、デュビルからも山村からも消えていった。
ラグマ・リザレックが秘めていた、なにか神がかり的なものが無くなった。見えない力が、次元反動砲とともに排出されてしまったかのようだ。
だが、そのことに気付くことすらできないほど、クルーたちは気力を失ってしまっていた。呆然として、ただただ時が過ぎた。
レーダーが反応した。石動情報長が、それに気付いた。
「こちら、SIC石動。本艦後方0―6―0、高エネルギー反応。強大な重力震発生中、空間境界面裂破します」
日下が首を振って自分を律して、モニターを見つめ発令した。
「総員、警戒態勢。艦、回頭一八〇度」
後方監視カメラによる映像がメインモニターに拡大投影する。
「あれは…なんだ?」
日下の声が、呆然としていたクルー達を現実に引き戻した。
モニターの中で、不思議な現象が起こっていた。
後方の一点の空間が、妙に歪み始めたのだ。歪み、ひしゃげ、伸縮し、収縮した。それを何度か繰り返した。それが終わると、その空間が盛り上がりだした。まるで水面から何かが、浮かび上がるようだ。まさに波紋のように空間が波打っていた。
そして、その空間から大きな光球が出現した。眩い光をたたえて、その光球はみるみる膨れ上がり、巨大化していく。それとともにその輝きも増していき、誰もが直視できずに顔を伏せた。
が、次第にその光が薄れていき、光球は形を変えようとしていた。青白い光に変化しながら、光球は渦巻くようにしてねじれて、縦に長くなっていった。
日下は腕で光を遮りながら、おそるおそる目を開けた。青白い光は、なにか膜のようなものの中にあることがわかった。それが次元中間子シールドと同じものだと知ったのは、もう少し後のことだ。
光球は、だんだんと人の形に変貌しようとしていた。光の造形が、まるで彫刻が高速で形造られていくように明確になっていく。
そしてそれは最終的にギネルの万能神、ラグマザンの神となった。
宇宙空間に、光の膜に包まれたラグマザンが神々しい姿で佇んでいる。
「……ラグマ……あれはラグマだ…」
熱病にでもかかっているかのような、くぐもった口調で山村が言った。が、それは妙に説得力を持っていた。ラグマだと、確かに思えてくる。それだけ不可思議な場面であり、そうでなければ説明のしようもないほど、登場したラグマザンは神々しく見えるのだった。
「ラグマ……なのか? …あれが」
日下は驚きに打ち震えながら、独りごちた。
ギネル帝国の万能神ラグマザンをかたどった光の像は、威厳を称えラグマ・リザレックを睥睨していた。
「ラグマなのか?」
日下は、また呟いた。
すると、それに応えるかのように、ラグマザンがその両の腕をゆったりと大きく広げた。
「我は、ラグマ。この宇宙を創り出した超高次元エネルギー生命体だ」
「超高次元エネルギー生命体? 生命体だと!?」
日下は、更に驚きを隠せなかった。この宇宙を創り出しているのが、生命体、生き物だとはとても合点のいく話ではなかった。しかし、それは日下が知る生命体と言うくくりでの話だ。目の前のラグマは、日下達の常識や概念の範囲を超えたものらしい。
「我はビッグバンとともに生まれ、誕生と同時にこの宇宙の創生が始まった」
ラグマザンの形をしたラグマは、ゆっくりと語り始めた。通信機器が反応しているので、それは音声で流れている。と同時に、テレパシーのように頭の中に直接響いているようでもあった。その声は、地を這うように低く、ときに天へ昇華するような高揚感を感じさせ、エコーがかかったような余韻を持ってこの宇宙空間に明朗に響いた。
「長い時の中で、星々をつくり、銀河を創生した。お前達、知的生命体も創り出した。それは、私の意志によるものだ」
ラグマは語り続けた。
「あなたが、宇宙そのものだというのか?」
「そうだ。この姿は、お前達に理解できるように我を具現化したに過ぎない。我に姿、形などない。どんな形も、総て我だと言える。そもそも、この宇宙はお前達の言う相対性理論が支配する次元と、インフォーマルな次元の反次元との二重構造になっている。我は反次元世界にいて、お前達の次元にギアザンとアンドロメダにふたつの知的生命体を創った。それから派生して、知的生命体はこの宇宙に溢れんとするくらいに広がっていった。我は、この宇宙の調和と協調を望んだ。しかし、二つの種から派生した生命体は、憎悪、欲望、闘争を繰り返し、血と業にまみれ、その連鎖が更に拡大していった。ギアザンの末裔のお前達もまた、流血を繰り返す種だった。我は、待った。何度も何度も待った。調和と協調、所謂愛に満ちた世界を創れる知的生命体を。その可能性を示したのが、地球人類だった」
ラグマはそこで、一旦言葉を切った。
「なまじ、ギアザンから見捨てられたことによって、地球人類はギアザンとはまた違った世界を築こうとしていた。だが、その未熟な生命体に対し、我は何度か操作を施した。無限である創生エネルギーの採入システムとして、ラグマ・リザレックの設計思想を地球人類に与えた。しかし、それを作り上げた地球人類はその思想を兵器として作り上げてしまった。私は、それを封印させた」
「このラグマ・リザレックは、あなたによって生み出されたものなのか」
「そうだ。我の意思が反映できるように、その船体を構成しているラグマナイトを与えた」
「我の意思? では、この艦が勝手に動いたりしたのは、貴方が介入していたからなのか」
「そうだ。エントロピー増大に向かう膨大なエネルギーを持つ我は、直接介在できない。そのためのシステムだったが、それをお前達は殺戮兵器としか使用しなかった。残念極まりない。我は、審判を下した。この宇宙を憎しみに染め上げ、我を蝕む知的生命体を滅亡させて、我は新たに新しい生命体で創生させる。思えば、何故こうも長々と生かせていたのか、あのノアの洪水の時点で審判をしていれば良かったのかも知れぬ」
「ノアの洪水? 神話とされるあれもあなたの仕業なのか」
「無論。我は、貴様達の言う神なのだ。我は宇宙そのものであり、絶対者だ。お前達を絶滅させることは、たやすい。しかし、数回であれど、理想に近い世界を構築したこともある。0522年、平和で高度な文明、そして戦争のない時代が確かに存在した。我は確かめたかった。遠く離れたギアザンとその末裔、両者がラグマシステムを宇宙平和に活用できるかどうか。しかし、ギアザンは自分達の末裔と知っていながら、地球からラグマを奪おうと襲来した。
しかし、これはギアザンに非があった。では、地球人類そのものはどうなのか? 我は0444年の地球と0999年の地球をレインボーホールで結んだ。結果、戦争が始まった。その中で我は全人類に、”何故、戦う”と問うた。しかし、返る答えは憎しみと欲望だった。戦いは、激化して先祖と子孫と知りながらも、それでも殺しあった。親が子を、子が親を殺した。醜い……おぞましい……ガデルとデュビルのように、本当の親子で殺し合い、轟とディー・ナインのようにクローンである自分自身と殺し合い、日下とレイビスは、同じ魂で殺しあった。我は断念した。我は、ラグマ・リザレックに宿り、知的生命体の祖と言えるギアザンとアンドロメダの二つの種の殲滅を謀った。今、ギアザンは滅んだ。アンドロメダも後に滅ぼす。残るはお前達だ。我は、お前達を滅ぼす」
それは、死刑宣告だった。
ラグマザンは大きく広げていた両手を、前に差し伸べるよう動かした。包み込むように添えられた両手の中がキラキラと輝き、そこに戦闘艦が出現した。ラグマザンは、今度はその両手両腕を左右に広げていった。両腕が動く度に光が煌き、戦闘艦が次々と現れた。みるみる大艦隊がそこに出現した。ギアザンの形のものもあれば、アンドロメダ連合のフォルムの戦闘艦もあった。まるで魔法のように幻想的な光景だった。
ラグマザンの前に、プラネノイドミカエル形態のものも生み出されていった。その中に、1体だけ、日下達が初めて見る像があった。それは、ミカエルたちの先頭にたち、ほかとは異彩な輝きを放っていた。大きさは、ラグマ・リザレックと同等だ。その形、佇まいは、仏像のひとつである弥勒菩薩に酷似していた。
弥勒。仏教で言うところ、五十六億七千万年後、末法の世に現れる救世主。しかし、弥勒が救済するのは、地球人類のことではなかったようだ。
その時、ラグマ・リザレックの後方で不思議な現象が起こっていた。
次元反動砲で、惑星の欠片となってしまった地球。その残った欠片から、光が立ち昇っていた。欠片のあちこちから光が飛び交い、一点に集中していく。優しい金色の光が、尾を引いて集まり、しだいになにかの形になろうとしていた。地球だった惑星の欠片の上に集まった光は、やがて女性のかたちになっていった。その両の手は優しく組まれ、まるで祈りを捧げている女神のようだった。
光の女神の顔立ちは、新月美月の面影に似ていた。
新月美月から新月弥月へ、そして新月弥月から始まった弥月シリーズ。
地球に在って、既に稼動していた弥月シリーズ、そしてこれから稼動準備に入っていた弥月シリーズ。
立待月弥月。
居待月弥月。
臥待月弥月。
二十日月弥月。
片割れ月弥月。
逆三日月弥月。
そして、つごもり弥月。弥月シリーズ最後の彼女は、加賀美冬だった。
皮肉にも、ラナス・ベラ皇帝が「全ての弥月を稼働させなさい」と命令を出していた。
連綿と受け継がれていく全ての弥月の記憶と魂が集まって、それが光の女神を形成していった。いや、弥月だけの魂ではない。マリコ・クロフォードをはじめ、地球人類の魂が光となって集まっていったのだ。その光の女神の象徴となった美月が、瞼を閉じて愛と祈りをラグマ・リザレックに捧げていた。その姿は、眩く、優しく、そして力強く美しかった。
ラグマ・リザレックを中心に、前方に荒ぶる神のラグマザン、後方には祈りを捧げる千早振る女神、美月が対峙していた。
「我は、お前達を滅ぼす」
ラグマザンが、また一言言った時、艦隊は一斉に砲撃を開始した。
ラグマ・リザレックとラグマザン、一対無限の艦隊戦が始まった。
遥か遥か遠い宇宙。そこは事象の地平線。宇宙の果て。
前触れ無く、宇宙の膨張が止まった。
膨張が終わり、今度は物凄い速さで全宇宙は収縮へと転じた。全方位、全空間が時間を跳び越えて収れんしていく。
銀河と銀河が衝突し、恒星系の中の惑星同士が、ぶつかり砕け散っていった。
ブラックホールがあらゆるものを呑み込みながら、宇宙収縮の潮流に呑み込まれていく。ホワイトホールも同じだった。
ギアザン銀河団も、アンドロメダ銀河も、天の川銀河も呑み込まれていく。
その収縮の中心にいたのは、紛れもなくラグマ・リザレックとラグマザンだった。