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クラッシュトリガー  作者: 御崎悠輔
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第二十二章 死闘

 カズキたちはじめ生き残ったファイアードレイク隊が、ラグマ・リザレックに帰還してほどなく、報告を行うことになった。

 メインクルーが集合する作戦室でその報告を行ったのは、石動さとみだった。

 ファイアードレイクのコクピットで泣いていた彼女が、悲しみに声が震えることも無く、凛とした態度で報告を行っていた。

 その態度を、カズキは立派だと思った。

 さすがに、広瀬隊長が自分達を守るために命を散らしたことを口にするとき、その目元が潤んでしまうのは隠しようがなかった。

「これ以上の犠牲を出さないためにも、我々は全力でことに当たらなければならない。ファアードレイク隊の指揮は、副隊長の結城君にとってもらう」

 広瀬隊長が戦死した悲しみを受け止め、それでも否応無く前を向かなければならないクルーに対し、山村は敢えて事務的に言った。

 副隊長の結城が、「ハッ」と直立して敬礼を送った。

「しかし、ギアザンと我々の関係、地球のレインボーホール、肝心なことはわからずじまい……だな」

 ロイ通信長が、ポツリと呟く。

「いや、報告の中にあったインペリウム・オブ・ギアザン、これがこの国家の枢軸だと思われます。周辺の敵と接触してもたぶん何の進展もない。このインペリウム・オブ・ギアザンと接触することが早道でしょう」

 加賀の説に誰もが頷いた。

「しかし、そのインペリウムがどこにあるか、それがわからないと航海プランも立てられない。ギアザン帝国は、この銀河団そのもの。闇雲に動いたって見つかる訳がない」

大倉航海長の話は最もだ。

「わかる…かもしれません」

 そこで、発言したのはウィルバー・ゼラーだった。一同が、彼に目をやる。

「自分は、あのプラネノイドに直接攻撃をかけたときに、意識に触れました。非常に曖昧ですが……」

「……待てよ、あのときあの場所には、デュビルとオービルもいたな。彼らもプラネノイドの意識を拾っていないかな」

 日下の言に、ウィルバー・ゼラーが大きく頷いた。

「例え直接触れていなくても、私の意識をサポートしてくれれば、あるいは……」

「よし、早速やってみてくれ。少しでも判った情報は、すぐに大倉航海長に渡してくれ。大倉航海長は、それをもとに航海図を作成」

 山村がそう指示をだしたとき、作戦室の照明が赤く染まった。緊急事態だ。

 ジュリアから、報告が入った。

「前方、六〇〇〇コスモマイルで空間境界面裂破、艦隊出現します」

「総員、戦闘配備」

 全員がその場を駆け出した。


 そこからのラグマ・リザレックの航海は過酷なものだった。

 戦闘に継ぐ戦闘が繰り返される。亜空間ワームホール航行で辿り着いた宙域で、次々に敵と遭遇した。時には、亜空間戦闘に及ぶ。振り切っても、振り切っても敵は出現した。

 この銀河団そのものが、ギアザン帝国。その包囲網から逃れられるわけも無かった。

 その戦闘の合間合間で、ウィルバー、オービル、デュビルはプラネノイドの意識を再構築して、ギアザン帝国の皇帝的存在であろうインペリウム・オブ・ギアザンの位置を探査していった。ラグマ・リザレックの星間配置コンピュータと照合しながら、大倉航海長は最短の航海図を作成し、それに基づいて航海を進める。

 繰り返される戦闘は、激しさを増加していく。敵の中心に向かっていく故に、その防衛網が強固になるのは、当たり前だった。

 疲弊しながらもようやくラグマ・リザレックは、インペリウム・オブ・ギアザンの宙域にサーフェスアウトした。

 その眼前に広がる景色を見て、誰もが息を呑んだ。

 その宙域には、あらゆる敵艦隊、プラネノイドのミカエル形態、RPAで埋め尽くされていた。圧倒的、あまりに圧倒的な物量だった。

 レーダーに映る輝点の数も、殆ど計測不能だった。本陣を守る防衛線。強固になるのは当たり前だが、これは誰もの想像を超えていた。間隙から、宇宙の漆黒さえも見えない。

「全艦、戦闘配備。これがギアザン帝国と我々の決戦となる。怯むな。怯える必要はない。インペリウムから真相を突き止め、我々は祖先と子孫の戦争に終止符を打つ。そして、全員が地球に帰還するのだ」

 山村艦長が、少し早口でゲキを飛ばす。前方の光景に絶望しかけた先に、山村の言葉で皆が奮い立った。

「全艦、戦闘配備。砲雷撃戦用意」

「遊撃戦闘班、ラグマ・ブレイザム、発進準備完了」

「八咫烏隊、発進準備完了」

「ファイアードレイク隊、発進準備完了」

「全砲塔照準セット、SBM装填、全ミサイル自動装填セット完了。魚雷装填完了」

「プラズマプロトン砲、発射準備完了」

「敵艦隊、RPA急速接近」

「前方より、高エネルギー反応」

「バリアーフィールド全開」

 敵の攻撃が、ラグマ・リザレックのバリアーに弾かれる。

「敵砲弾着弾、損傷なし」

「全機発進」

「ラグマ・リザレックは、先鋒として前方の敵を叩く。ラグマ・ブレイザム、八咫烏、ファイアードレイク隊は後方に従い、後方、左右から来る敵の掃討に当たれ」

「了解」

「シンディ戦務長、火力を前方に集中。有効射程距離に入り次第、攻撃を開始せよ」

「トムソン機関長、両舷全速機関出力最大」

「機関、出力最大まであげます」

「大倉航海長、最大出力のまま全速前進。ラグマ・リザレック発進、突撃する!」

「了解、ラグマ・リザレック、最大戦速。ヨーソロー」

 ラグマ・リザレックのメイン、サブ両エンジンがともに咆哮を上げる。

 急速な加速で、ラグマ・リザレックは敵の中枢に向かって突撃を開始した。

「各砲塔、最大射程距離に到達。全艦、砲撃開始、っテェェェェッ!」

 いつもに増して、シンディ戦務長の張りのある声が戦闘艦橋に響き渡った。ラミウス砲雷長が、それに従い的確な照準で敵艦隊を射抜いていく。

 続いて、プラズマ・プロトン砲が敵艦隊に向けて発射された。瞬く間に、閃光が連続して花開く。その僅かにできた空隙に向かって、ラグマ・リザレックはバリアーフィールドを全開にして突き進む。

 そのラグマ・リザレックに対して、三六〇度あらゆる方向から敵の攻撃が降り注いだ。躊躇も容赦もない攻撃だ。

 しかし、ラグマ・リザレックのパワーがここに来て、上り続けていた。バリアーフィールドはより強固になり、砲撃の威力も増しているようだった。

「なんだ? ラグマの紋章が点滅している?」

 最初に異変に気付いたのは、加賀室長だった。

 各所にあるラグマの紋章、そして各クルーの手の甲にある紋章が赤く明滅しているのだ。その明滅のたびに自分の身体の中にもパワーが宿り、蓄積されていくような気がした。そして、ラグマ・リザレックの出力係数が更に増加していることが見て取れた。

「山村艦長、ラグマ・リザレック全艦でエネルギーが上昇中。あらゆるパワーが増幅されています」

「山村艦長、こちらトムソン。反次元エンジン、更に出力あがります。現在四五〇%」

「トムソン機関長、余剰エネルギーを攻撃システムとバリアーフィールドの伝導回路に回せ。シンディ戦務長、攻撃の手を緩めるな。撃って撃って、撃ちまくれ」

 ウォォォォン!

 何故か、船体が奮えたような気がした。それと同時に紋章の明滅が止まり、赤い光で固定された。深い深い赤、深紅の色がラグマ・リザレックの各所とクルーの手に刻まれた。

 それと同時に、ラグマ・リザレックの船体そのもののカラーリングが、一瞬で本来の銀色から深紅に変わった。それは、ラグマ・ブレイザム、八咫烏隊、ファイアードレイク隊も同様だった。急激なパワーアップ状態、言うなればクリムゾンモードとでも言うべきか。

 軒並みパワーが上がり続ける状況に、山村艦長はふと、ラグマ・リザレックがギアザン帝国を殲滅しようとしている、そんな意図を感じた。

 しかし、それもすぐに打ち消す。思いつきや妄想に囚われている暇はない。なんとしても、インペリウムに辿り着かなければ、ラグマ・リザレックの旅は終わらないのだ。

「左弦よりRPA接近、敵数カウント1万を超えます」

「両舷、リザレックウイング展開!」

 ラグマ・リザレックより、エネルギーの翼が展開した。その翼が、徐々に大きくなっていく。それに触れたもの全てが閃光と化して消滅していった。1万とカウントされたRPAの半分はあっという間に消失していた。


 後方に従い、ラグマ・ブレイザム、八咫烏、ファイアードレイク隊は、迫り来る敵を次々に撃破していった。

 どの機体もカラーリングが深紅になっていた。パイロットの手の甲には、紋章が、燃えるように赤く、力強く輝いている。

 常識で考えればこの物量戦にたった一艦に挑むのは、殆ど自殺に等しい。絶望してもおかしくないなか、パイロット達は闘志を失うことはなかった。紋章が、闘志を掻き立てアドレナリンを誘発しているようだった。

 それと同調するように、彼らが発する武器の威力がいつもに増して強力になっている。並大抵のパワーアップではない。八咫烏のビームバルカンで、RPAが貫通して粉砕された。ファイアードレイクのビーム砲は、戦艦を一撃で仕留めた。そして、ラグマ・ブレイザムは、ハイパーブレイザーで数百レベルで敵を消滅させ、四神キャノンはプラネノイド数機を撃退した。

 異常だった。

 このパワーの昂ぶりは、異常だ。クルーの脳裏の片隅にそれが(よぎ)った。そのパワーも全く目減りすることがない。無尽蔵にエネルギーが、蓄積されてく。しかし、そのことを深く思考する暇はない。いつ果てるか知れない、この圧倒的な敵の数を前にそんなことを考えている訳にはいかない。

「広瀬の仇ー!」

 特にカズキはそうだった。自分達を助けるために犠牲になった広瀬大吾のことを思えば、熱くならざるを得ない。脚部にある、四神キャノンの玄武砲を撃ち続けた。そのカズキの思いが乗り移ったかのように、放たれた破壊の光はギアザンの艦隊を呑み込んでいった。


 ギアザンの中に、恐怖が伝播していった。この圧倒的な戦力で、ラグマ・リザレックを捕獲することは、赤子の手をひねるほどに容易(たやす)いことのはずだった。それは、油断でもなんでもない。

 それがどうだ? 自分達の戦力が消滅していく。これだけの物量の前に、ラグマ・リザレックは徐々に前進して、中枢に迫ろうとしている。

 長く永く、ギアザンはその高度文明と戦力で敗北をしたことがなく、劣勢になったことはない。そんな状況の経験はない。しかし、今は、今までとなにか違う。じりじりと脳髄だけとなったギアザンの民の中に、なにか別な感情が生まれ始めていた。……恐怖だった。なまじ万全なネットワークを講じている故に、恐怖はまたたくまに伝播していく。

 そして、恐怖は狂気をはらみ始めていた。


 十基のプラネノイドが、ミカエル形態でラグマ・リザレックを取り囲もうと高速で動き出した。前後左右上下、あらゆる方向の針路を塞ごうとしていた。

 それが接近する様は、異様だった。サイズ的には、惑星が接近するに等しい。それが高速で前進するたびに、ギアザンの艦隊、RPAが衝突に巻き込まれる。爆煙と火花のような閃光を身に纏いながら、ミカエルがラグマ・リザレックを押し潰さんと寄ってくるのだ。味方を数千、数万と犠牲にして立ち塞がろうとする。その傲慢さに怒りを覚えるほどだ。

 プラズマプロトン砲が一基を粉砕した。しかし、その後ろに後続のプラネノイドがいた。

 惑星レベルの巨大な像が、ラグマ・リザレックへと群れをなして押し寄せてくる。それらがミカエル形態から、本来の惑星形態に変形を始めた。天使に見立てられた翼が、ミカエルの姿を覆っていく。その閉じられていく翼が、あたかもラグマ・リザレックを呑み込もうとしている鮫の口のようだった。

「艦長、回避できません」

 大倉航海長の悲痛に叫びに、山村は「かまわん、そのまま内部に突入せよ」と叫び返した。

 閉まりゆくプラネノイドの翼の中に向かって、大倉航海長は舵を切った。その暗闇に向かって、ラグマ・リザレックは突き進んだ。

 ラグマ・リザレックを呑み込んだプラネノイドは、完全な惑星形態になり、その動作をやめた。

「全機、収容急げ。警戒態勢、監視を厳とせよ。各機パイロットは補給と休息にあたれ」

「両舷半速、速度おとせ」

 プラネノイド内部に突入したラグマ・リザレックは、ゆるやかに速度を落とし警戒態勢に入った。

 内部は暗闇で、周囲に障害物は見受けられない。一見、そのままの宇宙空間にいるような錯覚に陥る。しかし、レーダーは反響してそれが構造物の内部であることを知らしめる。

 不気味な静寂が続く。ラグマ・リザレックの曳光だけが、その暗闇の内部に輝いていた。

 

 宝金班長から艦の食事を委任されている山野アヤとジェフ・マッケンジーは、戦闘食作りに忙殺されていた。

 なだれ込む兵士達に次々とお弁当を渡していく。過酷な状況にあっても、せめて食事を口にしているときくらい、幸せな気持ちになってほしい。サンドイッチやおにぎりの簡単な戦闘食でも、二人は手を抜かない。状況が状況だけに、戦闘時の食事は栄養補給のためで味なんかはないがしろにされがちだが、それでも二人は手を抜かない。

「生きて帰って、美味いメシが食いたい」

 そんな思いを糧に命をつないでくれれば、それでいい。

 立ちっ放しで足が痛い、と山野アヤはちょっとだけ顔をしかめる。五〇を過ぎれば、身体にもガタがくる。そんなときは、死んでしまった夫と子供の顔を思い出す。事故で一編に二人を失った。山野アヤの料理を、美味しい美味しいと言って食べてくれた二人の笑顔が、心に貼りついて剥がれなかった。その思い出の笑顔を支えに生きてきた。

 山野アヤにとって、自分の息子たちのような兵士たちにも笑顔になってほしいのだ。

 パックに包んだおにぎりのお弁当を兵士に渡す。

「生きて帰ってきたら、美味いものたんと食わしてやるから、必ず…」

「生きて帰れ、だろ」

 山野アヤの言葉尻を捉えて、若い兵士が弁当を受け取り、にこやかに笑った。

「その通り。ちゃんと帰ってくんのよ」


「敵機襲来! 数、推定五〇〇。パネル、最大望遠で出します」

 ジュリアが、唐突に声を上げた。

 スクリーンに映ったのは、夥しい数のカニグモだった。しかも、そのカニグモは戦闘機大の大きさだ。今まで、遭遇した中で一番大きい。

「対空戦闘用意!」

 シンディ戦務長の号令で、ラグマ・リザレックの各機銃がセットされた。

「距離二〇〇〇」

「進路変更、面舵いっぱい」

「面舵いっぱい、ヨーソロー」

「距離一五〇〇」

 ジュリアがカウントを始める。

「距離一〇〇〇」

「対空戦闘、掃射開始!」

 ラグマ・リザレックの船体全てからレーザー機銃の応射が始まり、カニグモを次々と撃墜していった。兵士達が快哉を叫ぶ。

 しかし、敵は次々と押し寄せてくる。その数に撃ちもらしてしまうカニグモが出始めた。そして、そのカニグモはバリアーを突き破り、艦内部に侵入を始めた。

 おそらく、カニグモはギアザン総てに共通する支援システムなのだろう。ラグマ・リザレックのバリアーに同化し無効化しているようだ。

 驚いたのは、ラグマ・リザレックのクルー達だ。内部に敵が侵入することは、想定外だ。

「カニグモが内部に侵入!」

 その報告を聞くと同時に山村艦長はマイクをとると、立て続けに叫んだ。

「総員銃撃戦用意、ファイアードレイク結城隊長、内部に侵入した敵を掃討。民間人は大ドームへ退避。宝金班長、鏑木ボースン、緊急誘導しろ。大ドーム、重隔壁閉鎖急げ。大倉航海長、トムソン機関長、機関後進全速! カニグモから距離をとる。同時にシンディ戦務長、プラズマプロトン砲発射準備、接近するカニグモを掃討する」

「こちら副長、日下。右弦、艦内掃討を指揮します」

「日下副長、侵入した敵は多くない。短時間で掃討しろ。左弦、掃討指揮は結城隊長に指揮を一任する」

「了解、侵入した敵を掃討します」

「こちら結城、左弦掃討指揮いただきました」

「加賀室長、石動情報長、掃討隊のサポートに当たれ」

 プラネノイド内部に突入したため、敵艦隊、敵プラネノイドからの脅威からは逃れられた。しかし、新たな危機がラグマ・リザレックに降りかからんとしていた。


 宝金班長は、民間人を誘導すべく現場に降りた。今までの戦闘で艦内に敵の襲来を受けたことはない。かなり由々しき事態だ。

 大ドームの隔壁は、従来の隔壁より倍以上の厚みと頑健さを持っている。あの中ならば、そう簡単に敵も入ってこれないだろう。

 鏑木甲板長の協力も得て、生活班のメンバーが各通路に分かれて誘導していく。

 大勢の民間人を引き連れて向かう最中、宝金班長の前に突如として天井を突き破り、カニグモが出現した。人間大のカニグモだ。その身体は黒光りして,目が赤く光っている。普段見慣れたカニグモとは様相が違い、そして凶暴に見えた。

 カニグモの赤い目が明滅を始めたことで、我に返り宝金班長は銃撃を始めた。その背中には、民間人が大勢いるのだ。民間人の中には軍経験者も多く、退役した年配者もいたので、彼らも応戦に加わった。

 銃撃でカニグモが破壊されていくが、向こうも攻撃をしてくる。細かなビーム弾がガトリング銃のように発射され、その銃弾に幾人かが犠牲となった。

「くそ!」

 雄叫びをあげて、なお銃撃を繰り返すが、カニグモは倒れない。その口らしき場所に、エネルギーが集まり、なにかを発射する様子が見て取れた。危険だ。

「伏せろーッ!」

 大声で叫ぶと同時に宝金班長は伏せて、そしてその口元にむけて射撃を繰り返す。口元の光が更に大きく輝いた。

 やばい、と思ったその瞬間に爆音がして、カニグモが巨木が倒れるように前のめりに倒れた。その背面が大きく破壊されている。カニグモの赤い目が光を失った。停止したようだ。

 その背後には、バズーカを放ったデュビルが雄々しく立っていた。

「デュビルはん」

 宝金班長が、安堵の笑みを浮かべると同時に驚いてもいた。そこに、デュビルがいることが宝金の中では、かなり意外だった。

「急げ! 早く皆を安全なところへ誘導しろ!」

 デュビルの忠告に、宝金班長は気を取り直して誘導に当たる。その後ろを警戒しつつ、デュビルがしんがりを務めた。

 途中で、二度カニグモと遭遇したが、デュビルの活躍でなんとか撃退した。ようやく民間人を大ドーム内へと誘導し終えた。

「こちら、デュビル。左弦第六ブロック、大ドームへの避難誘導が完了した」

 デュビルは、ヘルメットの通信回線を開いて日下へと連絡を入れた。

「こちら日下、了解した。まだ、カニグモが内部に侵入している、引き続き、掃討任務に当たってくれ」

「了解」と返事をして、デュビルは回線を切った。

「まだカニグモが内部に侵入している。まだ来るぞ。宝金班長、どうする? SICに戻るか?」

「いや、わてはこの大ドームを守る責任があるさかい。カニグモの掃討を手伝います」

「…わかった。じゃ、援護してくれるか」

 バズーカの弾装を入れ換えながら、デュビルは宝金にそっけない口調で言った。それを受けて、宝金は両手で自分の顔を叩き、気合を入れた。銃を構えなおして、この状況でなお宝金は笑顔を作り、「了解や」と返した。

 バズーカを肩にかけ、小銃を構えてデュビルが「行くぞ」と促した。

 今来た通路をまた戻る。熱源センサーを最大にして、警戒しながら通路を進んだ。

 二人とも無言だった。デュビルはもともと口数の少ない男だが、宝金には珍しいことだった。それだけ、事態は深刻と捉えているということか。

 突如、熱源センサーのアラームが鳴った。二人とも気付かなかったが、手の甲のラグマの紋章が赤く点滅した。

「来るぞ!」

 デュビルが叫びとほぼ同時に、前方右手の壁が破壊され、そこからカニグモが侵入してきた。そのまま反対側の通路の壁に激突する勢いだ。節足動物特有の脚の動きで、デュビルたちに向かって方向転換をする。その目が敵意に満ちた赤い眼だった。

 反射的に、デュビルと宝金は小銃をぶっ放した。

「脚の付け根を狙うんだ!」

 デュビルのアドバイスに、宝金は「了解や」と応じる。

 宝金の銃撃が、カニグモの前脚の付け根を破壊した。前かがみにカニグモが倒れた。

「宝金班長、よくやった!」

 デュビルは、小銃からバズーカに持ち替えて構えた。しかし、その僅かな時間にカニグモの赤い目が宝金に向けて照準をつけ、何かを発射した。それは、頭部に触覚のように付いていたワイヤーだった。先端に鋭利な刃先がついていた。

 そのワイヤーが、無情にも宝金の腹部を貫通した。

 声にならない声を発して、宝金は激痛に顔を歪めた。瞬時にワイヤーが巻き戻されて、それがカニグモに収容される。抜き取られたとき、宝金の腹から鮮血が飛び散った。

「嘘や……」

 不意の攻撃に、宝金の顔には自分が刺されたことが信じられない、といった表情が浮かんでいた。しかし、身体に奔る激痛は本物だ。力が抜けて、その場に膝から崩れ落ちる。

 デュビルが、バズーカを発射した。爆発が生じて、カニグモが破壊された。頭部が吹き飛び、完全に機能停止をしたことを確認して、デュビルは宝金のもとに駆け寄った。

「宝金班長!」

 デュビルが駆け寄って、倒れた彼の顔を覗き込む。みるみる血の気が宝金の顔から引いてゆく。押さえた腹部から、出血が止まらない。

「宝金班長、大丈夫か。しっかりしろ。今、医療班を呼ぶ。大丈夫だ、しっかりしろ」

「あぁ、わかった。大丈夫や、わては、これくらいでは死なんで」

 そう言って、蒼白となってゆく顔色とは裏腹に、その表情は笑っていた。

「こちら、デュビル。医療班に緊急要請。大ドーム6のB通路で、宝金班長が負傷した。至急救護を願う!」

 しかしその通信に、宝金が自分のヘルメットの通信機から割って入った。

「こちら宝金。わては、大丈夫や。民間人の救護が最優先。わての救護はその後や、ええな! ほな、通信終わり」

 プッツリと宝金は、一方的に通信を切った。

「宝金班長……そんな、痩せ我慢するなよ」

「痩せ我慢やあらへん。大丈夫や。デュビルはん、すまんが身体を起こしてくれるか?」

「動かないほうがいいんじゃないのか?」

「ちょっと姿勢を変えたいんや、頼む」

 デュビルは宝金の言葉に従い、仰向けに倒れていた宝金の上半身を起こして、通路の壁へと移動して背をもたれさせた。相変わらず、出血が止まらない。時折、苦痛に顔を歪めた。それでも、その姿勢になったとき宝金は少し穏やかな顔になった。

 ふぅーっと深く長い吐息の後で、「少し痛みが楽になった。ありがとう」と言った。

 救護が来るのを、そのまま無言で待った。しかし、なかなか来る気配が無い。

「デュビルはん」と不意に宝金が口を開いた。

「わてな、人が笑ってる顔を見るのが好きや。性分なんやろうな。そんで、この艦で笑わん人間が二人おった。一人はセシリアはん。そんで、もう一人はデュビルはんや」

「?……」

「それでも、セシリアはんは笑うようになった。わても二度ほど、見ることができて…良かったなぁ、とホッとしたんや」

 ウッと宝金は、苦痛を浮かべだした。痛みがぶり返したようだ。

「宝金班長?」

「……あとは、デュビルはん、あんたや。セシリアはんかて、あんたの笑顔みたかったんやろ?」

 容態が急変してきたらしい。苦痛に宝金の顔が歪んでいく。腹部の出血が更にひどくなった気がした。

「笑顔は…それだけで大事な人を幸せにすることができるんやで…」

「宝金班長、しっかりしろ!」

 宝金の瞳から、光が消えてゆく。意識が朦朧としてきたようだ。

「デュビルはん…笑え……笑って…くれ」

 宝金の言葉に、デュビルは応えようとした。笑顔を浮かべようと、試みるがこの状況で笑うなんて、上手くできる訳がなかった。セシリアを失った哀しみが、不意にぶり返す。涙こそ出そうになるが、笑顔は作れない。

 それを見た宝金が、それこそ笑いながら言った。

「なんや……へったくそやなぁ。デュビル…はん…生きて…練習せな…」

 そう言い残して、宝金の意識が途切れた。

 背後でバタバタと駆け寄る足音が聞こえた。振り返ると、それは医療班のメンバー達だった。

「オーイ、こっちだ! こっち、急いでくれ」

 逼迫した声で、デュビルは医療班に向かって叫ぶ。それに気付いて、医療班のメンバーが更に速度をあげてくれた。それを見たデュビルは、宝金班長へと視線を戻した。

「宝金班長、医療班が来てくれたぞ。もう大丈夫だ、宝金班長」

 しかし、宝金からはなんの反応もなかった。

「宝金班長?」

 慌てて、デュビルは彼の身体を揺さぶった。しかし、宝金豊は穏やかな微笑を浮かべたまま、眠るようにして絶命していた。

 その魂が日下へと飛翔した。


 日下も侵入したカニグモを追跡している。インカムにセットされた簡易ディスプレイに、加賀達からの情報がもたらされている。その敵を追っているのだ。轟とカズキも一緒だった。轟は、今は形見となってしまった広瀬からもらったフェイスペイントを塗っている。

 二機の敵カニグモを発見した。カズキがバズーカを構え、発射する。爆音が響いて一機を破壊した。カズキが「よし」とガッツポーズをつくる間に、もう一機が床面に穴をあけ、下の階層に落ちた。

 その落ちた階層に、ドームへ逃げようとするジェフや山野アヤたちの一行がいた。落下するカニグモの瓦礫に、山野アヤが下敷きになってしまった。下半身が、瓦礫に押し潰されゆっくりと不吉な血溜まりが広がった。

「山野ばあちゃん!」

 ジェフが、悲壮な叫びをあげた。瓦礫に埋もれ、苦渋に顔を歪める山野アヤからみるみる血の気が引いていた。

「ばあちゃん、大丈夫だ、今、助けるからな」

 ジェフを始めとして、皆が取り囲んで瓦礫を動かそうと試みる。が、そう簡単に動かない。そして、その助け出そうとしている皆に向かって、カニグモが攻撃を加えんと迫ってきた。

 ロープを使って下層に降り立った日下達が、「退避しろ」と叫びながら射撃する。轟、カズキ、日下が全力で走りこんでくる。

「ぅぅあああ」

 叫びながら、轟が右手、日下が左手に散開した。カズキが中央から、バズーカを発射する。わずかに右に外れて、カニグモの左脚部が吹き飛んだ。バランスを崩して、倒れこむカニグモだが、まだ停止していない。日下が中央により、グレネードランチャーを右脚部に叩き込んだ。右脚部が吹き飛び、機動力を失ったカニグモの頭部に轟が止めのグレネードを至近距離で叩き込んだ。頭部が吹き飛び、完全にカニグモは沈黙した。

 停止を確認して、日下達が山野アヤの救助に駆け寄った。

「…私に構わず…逃げて」

 虫の息になってる山野アヤの顔が苦痛に歪んでいる。

「逃げなさい!」

 ひときわ大きな声で、山野アヤが日下達へ、そしてジェフに言った。その瞳には、覚悟が漲っている。それを見たジェフが、日下達を睨み返した。

「また、お前達だ。いつもお前達は、俺の大事な人を守ってくれない。巻き込んで、奪っていくばかりだ。俺は、許せない。お前達が許せない」

 ジェフは、ずっと日下達に対して辛辣だった。日下達が、アリエルを訪れた戦闘時に師匠を失い、それからずっと彼らを恨んでいる。筋違い、逆恨みかも知れないと思いつつも心は恨みをもったままだ。

「……ジェフ」

 憤るジェフの足元、その裾を山野アヤが掴んだ。そして、ゆっくりと首を振る。

「山野ばあちゃん」

 慌ててジェフが、山野アヤに顔を寄せる。

「これは、順番。歳をとったものから、先に逝くの。順番は…守るの。だから、あんた達は生きなきゃダメなの。だから…逃げなさい。それから、ジェフ。お願い。人を憎んだり、恨んだりしないで。あなたの料理は、人を幸せにできる。どんなに悲しんだり、不幸な人だって、ジェフの料理を食べたら、幸せな気持ちになる。そんな料理を作って…そのためには、ジェフ、貴方が憎んだり恨んだりしていたら、だめなの。ジェフ、許してあげて。そして、生きて…この人達に美味しい料理を食べさせてあげて。あんたの師匠は、そんな料理が作れる人だったのよ。弟子のあなたが、継がなくちゃ……」

 山野アヤの言葉がそこで途切れた。

「ばあちゃん!」

「……逃げて……お願い」

 最後に吐き出した山野アヤの言葉は、か細くて殆ど聞き取ることは出来なかった。

「ばあちゃん!」

 ジェフの悲しい声が通路に響き渡った。

 山野アヤは、優しい人だった。彼女の作ったおにぎりで、日下達はその心を救われた思いだった。戦闘時、指揮官が泣いてはいけない。その涙を見せまいと、山野アヤに背を向けた日下のもとに、山野アヤの魂が入り込んだ。


「カニグモの編隊、第三波来ます。数、カウント2千、更に増加中」

 ジュリアの逼迫した声が艦橋に響く。

 突如、艦長席のモニターに加賀室長が映った。

「艦長、インペリウム・オブ・ギアザンの位置が特定できました」

 はやる気持ちを抑えきれない様子で、早口で話す。加賀には珍しいことだった。

 これを聞き、山村艦長は昂然と顔を上げた。

「シンディ戦務長、次元反動砲用意!」

 力強い声で、命令を下す。

「次元反動砲で、このプラネノイド、カニグモ、そして現宙域の敵を一掃する。消滅確認後、本星へジャンプする。大倉航海長、SWNスタンバイ。トムソン機関長、次元反動砲発射後の機関の安定と切替を保て」

「こちら、結城。艦内のカニグモ、左舷掃討完了」

「こちら、日下。右弦、カニグモ掃討完了」

「よし、よくやった」

「こちら、シンディです。次元反動砲、スタンバイ完了」

「トムソン機関長、反次元エネルギー充填」

「反次元エネルギー、回路切替。次元反動砲、エネルギー充填」

「両舷爆縮ボルト作動、エネルギー圧縮開始」

「次元中間子シールド、放射」

「ターゲットスコープ、オープン。目標、カニグモ編隊および後方プラネノイド本体、プラネノイド外の敵艦隊」

「エネルギー充填一二〇パーセント、射撃軸線あわせ。角度修正、左0コンマ5度」

「敵編隊、軸線に乗りました」

「発射十秒前。総員、対ショック防御」

「……五、四、三、二、一、発射」

 シンディ戦務長が、次元反動砲のトリガーを引いた。

 両舷の爆縮ボルトがスライドして臨界までの圧縮をかけたところで、発射と同時にそれが弾けて元の位置へと戻る。その瞬間に、眩い巨大な光芒が次元中間子シールドの中を通って、敵に向かう。次々に、次元反動砲の光は敵を呑み込み消滅させていく。

 プラネノイドの外壁を貫通し、通常宇宙空間にいた敵の艦隊、プラネノイドを更に消滅させていく。光に触れたもの総てが、現宙域からいなくなっていく。

 光芒は、更に銀河を貫かんとばかりに発射の勢いをそのままに延びていく。

「SWNスタート、現空間を離脱する」

 ラグマ・リザレックは、亜空間ワームホール航行に入った。

 ラグマ・リザレックが起点となった次元反動砲の光芒は、ワームホールへフォールインして船体が消えた後も尚在り続け、伸延していき、銀河を切り裂いていった。


 ワームホール内でも追ってくる敵を振り払い、銀河団の最奥部、インペリウム・オブ・ギアザンがいる銀河へとサーフェスアウトした。

 ラグマ・リザレックのモニターにそれが映し出されたときに、誰もが息を呑んだ。

 その宙域は、今までの銀河と比べ異様だった。宇宙というスケールでありながら、有線パイプラインが張り巡らされ、それが縦横無尽に延びている。パイプラインの太さは様々で、おそらく基幹ネットワークの役目を担うであろうものは、直径が惑星サイズだった。そのパイプラインがチカチカと、白、赤、緑、黄、と各所で色を変えて発光している。

 惑星軌道をそのまま、パイプラインで繋いだようなものだ。

 人工物、機械で覆い尽くされた銀河。いや、銀河サイズのの人工物体と言った方がいいのかもしれない。

 その中心にひときわ大きなプラネノイドが鎮座していた。そのプラネノイドからは無数といえるほど、パイプラインが繋がっている。

「各レーダー、捉えられるものは総てモニターに映し出せ」

 司令艦橋の副長席に戻った日下が、指示を出した。マルチ画面に映し出された数々の映像は、そのどれもがメカで覆いつくされている。

「これは……」

 言い出した日下も、そのあとの言葉が続かない。

「ギアザン帝国の中枢だ。総員、警戒態勢」

 戦闘態勢を整えたまま、全員がその場で緊張感にその身を浸した。しかし、不気味なほど敵の動きがない。その宙域を警戒しながら、ラグマ・リザレックは前進していく。

「レーダーに感! 敵機RPA襲来」

 突如として、ジュリアが叫ぶ。

 切り替えたモニターに、RPAがパイプラインの各所から発進している光景が映っていた。そのRPAは、日下達も初めて目にするものだった。メイオウよりも更に大型で重量級だ。ゼウスと呼ばれる敵の最上位RPAだった。そのゼウスに付き従うように、続々とブエル、アガレス、メイオウが編隊となって出現してきた。更に、その後方には艦隊が控えている。

 中央に鎮座するおそらくは王たるプラネノイド守る勢力だ。予期していたことではあるが、その物量に心が負けそうになる。

「加賀室長、鏑木ボースン、ラグマ城壁(ウォール)、いつでも展開できるようにしておいてくれ」

「こちら、加賀、了解しました」「鏑木、了解しました」

 山村の要請に加賀と鏑木が応える。静寂の中、一言二言の言葉のやり取りだけが、耳に浮き彫りのようになって響く。

 中央プラネノイドが震えた。宇宙空間だから、振動が伝わる訳は無いのだが、そこにいる全員が宇宙が振動したように感じ取った。

 ラグマ・リザレックの前に、映像が映し出された。荘厳な顔に白い衣をまとった老齢でありながら、威厳を持った男の姿。豊かな頭髪は銀色に輝き、口元にかけて長い髭を蓄えている。まさに、それはギリシャ神話のゼウス、神のイメージの映像だった。

「我が名は、インペリウム・オブ・ギアザン。この銀河団の最高意思決定存在であり、命令権を持つものだ」

 映像が揺らぎ、ゼウスがキリストとなった。

「ギアザンの末裔よ、よくここまで辿り着いた」

「……その末裔が、危機に瀕している。我々は、現在巻き起こった祖先と子孫の戦争を止める、そのためにここに来た。あのレインボーホール現象のホールドシステムを停止していただきたい」

 山村艦長がマイクをとり、話しかけた。ロイ通信長が、全艦受信に切り替えた。

 キリストの映像が、静かに首を横に振った。

「それはならぬ!」

 宇宙空間に、恫喝するような声が響いた。そして、インペリウム・オブ・ギアザンは、ゆったりとした口調で語りだした

「お前達が言う地球。地球は四十五億年前、我々が作った。地球は、最高性能の有機生命体の発生実験をかねた、スペースコロニーだった」

「なに?!」

 キリストが、インド神のシヴァに変化する。

「お前達がいる太陽系には、昔太陽は二つあった。現在ある太陽と冥王星沖に、もうひとつの太陽があった。その星系の中で、環境的に適合したのは地球と天王星だった。我々は、2つの惑星に手を施した。サンプルは数が多いほうがいい。しかし、天王星の実験中に重大な事故が起きた。反物質生成プラントが爆発して、対消滅が連続的に発生した。更にこの反物質の塊が、重力に引かれてその冥王星沖の太陽に落下した。太陽の中で対消滅現象が発生し、やがて太陽はスーパーノヴァ化して爆発、消滅にいたった。その強力な爆発が次元の壁を破り、反次元と接し、更に反物質がなだれ込んだ。何億年の歳月の中で、天王星は反物質の爆発に叩かれ、惑星の地軸が横転するに至ったのだ。今でも天王星宙域に反物質が認められるのは、その影響なのだ。しかし、我々はその事故のおかげで反次元の存在を知った。と、同時に垣間見た反次元とは更に違う宇宙創生エネルギー、ラグマの存在を知った。天王星のチームは崩壊したが、地球のチームは生き残った。そして、彼らはラグマを宿すことのできる艦の建造に着手した。そうして完成したのがラグマ・リザレックだ。ただ、それは未完のものだと、記録が残っている。実際にラグマで起動できたものではないからだ。そのラグマ・リザレックは地球にそのまま安置された。いや、忘れられたと言っていい。そもそも、対消滅現象で何億年も爆発を繰り返す宙域に、我々も近づくことができなかった。そして歳月は更に流れ、我々の記録に残る地球は殆ど伝説のようになってしまった。しかし、地球に取り残されたギアザンのチームは生き延びていたのだ。我々が、お前達を子孫と呼ぶのは、そういう訳だ。紛れもなく、ギアザンの血脈が地球に連綿と続いていたのだから」

 シヴァ神が、観音菩薩に変わった。

「一方で我々は、銀河を制圧、近隣の銀河も統制化に置き、惑星間戦争が永きにわたり続いた。それを回避するために、圧倒的な戦闘力と畏怖を与えるために、プラネノイド文明を確立した。文明は栄位を極め、我々は神にも等しい存在となり、この銀河団を支配下に置いた。永い永い統制を敷き、この銀河団から戦争はなくなった……」

 映像が更に観音菩薩から、エジプトのアヌビス神へ変わる。

「一切の戦争が無くなった、とは言わない。局地での戦闘、反乱、新興勢力の台頭、アンドロメダ連合との終戦と開戦の繰り返し。それらは、幾度となく起こった。しかし、それは一瞬の痛みのようなもので、泰平の時間が永遠に等しい時間で流れていたのだ。しかしその中で、有機体として肉体を放棄した我々プラネノイドに変化が起きた。それは大いなる無関心。肉体を、肌感覚を失った我々はその心から何かが欠落していった。例えば痛み、例えば悲しみ、例えば喜び、例えば……愛。それらが総て脳髄の中の想像上のものになった。その感覚が広がる辺りから、荒廃が始まった。我々の文明の発展が打ち止めとなり、無関心はそれを維持、発展する意欲を失った。我々は、ようやくこれが危機だと感じた。そして、永い歴史を紐解きながら、地球の存在を見つけたのだ。そして、そこにはラグマの存在もある。我々は、地球侵攻プランを発動、そしてそれを実行するために、プラネノイドリバースプランにも着手した」

「プラネノイドリバース?」

「地球侵攻を実際に行うにあたり、人間サイズのサイボーグ体に脳髄を移しかえて、復活させることだ。しかし、それはあくまで機械体だ。肌感覚はない。触れ合うことの意味がわからない。失った心、愛も痛みも不完全で戻らない。愛が復活しなければ、銀河団に蔓延する無関心は消えない。お前達の言うところ0522年に、プラネノイドリバースナンバーGR29048B、俗名ラナス・ベラに命じて我々は初めて地球に侵攻した」

「ラナス・ベラ? ラナス・ベラ皇帝か? 皇帝はプラネノイドなのか」

「我々の目的は二つ。有機体の肉体を手に入れ、愛を復活させること、そしてラグマを手に入れることだ。現在のギアザン帝国、この銀河団を維持するためのエネルギーとして、そして有機体の肉体へと変換させるエネルギーとして、宇宙創生エネルギーラグマが必要なのだ」

「バカな、ではギネルとギアザンは繋がっていたのか」

「そうだ、地球侵攻司令官ラナス・ベラは、我れインペリウム・オブ・ギアザンの命令の元に動いたに過ぎない」

 ラナス皇帝が、一人話しかけるラグマザンの神が、即ちインペリウム・オブ・ギアザンとの通信システムだったのだ。

「0522年、地球侵攻の際にラナス・ベラはラグマ・リザレックに遭遇した。そして、その時にラグマの反応を観測した。しかし、それと同時にラグマ・リザレックは、突如として消えた。それが、よもや過去へとタイムドライブしているとは想定外だった。ラナス・ベラ率いる艦隊は、順調に地球を制圧し、やがて地球内の勢力は、我がギアザン軍とそれに抵抗する勢力に二分した。完全制圧も時間の問題かと思えたが、想像以上に抵抗勢力はしぶとく、我々をいらだたせた。そして、その抵抗勢力を殲滅せんと、我々は大規模な核の使用に踏み切った。例えそれが、地球の民の殆どを死滅させる結果となったとしても構わなかった。生き残れるのが我がギアザンのものであれば。もとより、惑星のフォーミングは我が科学力が最も得意とするところ。復興は充分に可能だ。アスラの雷事件はそうして起きた。そして、我々はその罪を封印するために、過去の地球の一切の歴史を書き替えた……アスラの雷で、地球の様相は一変した。大陸変動が起き、世界の地図はアゾン大陸とユーコム大陸の二大陸に別れ、自然環境は破壊された。生き残った民は、やがて国を形成した。ギアザン制圧軍を基盤とするギネル帝国、抵抗勢力としてできたデリバン連合王国となったのだ」

 インペリウム・オブ・ギアザンの映像がまた変わり、メソポタミア神イシュタルになる。

「元の地球人類がデリバン連合王国で、ギアザン占領軍の国がギネル帝国になったということか?」

「そうだ…ギネル帝国にいた地球直系の人類は、我々にとって邪魔に存在だった。ラナスは、私の指示で辺境のアリエルへ追いやるか、コンバットアサルトソルジャーに仕立てた。そんな中、忌むべき存在、βμが生まれた」

「……0444年と0999年、繋がった過去と未来が戦争を演じて親殺しのタイムパラドックスが起きないわけだ。途中で、地球とギアザンとで、人類の入れ替わりが行われていたのであればな。現に、地球人類直系である我々アリエルでは、原因不明の消失事件が起きていた」

「βμが誕生したことで、局面がまた変わった。βμはギネル、デリバンを問わずに突如として発生した。その特殊能力、殊に思念波は我々にとっておぞましい能力だった。プラネノイドリバースした者にとって、ただひとつの有機体である脳を破壊する。我々は有機体を望んだが、βμは望んでいない。我々はβμの抹殺を企てたが、一定レベルでどうしても発生してしまう。やむを得ず、私はラナスに命じた。βμを率先して、戦局に投入しろ、と」

 映像がウガリット神話の神アーシラトに変化する。インペリウムは、なぜこんな映像を流し続けるのか、真意はわからない。

「ラナス皇帝は、貴様の手足の過ぎなかったのか。地球のことを、地球の未来のためではなく、ギアザン帝国のために統治し、君臨していたのか」

 山村は歯噛みしながら、言葉を吐いた。血を吐くような思いだった。母親に裏切られたような思いだ。母親と信じていた者が、実は赤の他人以上に冷たい存在だった。ラナス皇帝は言ったのだ。アリエル基地を襲撃する命令を出したとき、「アリエルの者たちはギネルの国民ではないのだから」と。ラナスに、地球の民に対しての愛はなかったのだ。

「ラグマを寄越せ。我々に残された時間は、カウントダウンを刻み始めている。プラネノイドリバース体に有機体を授け、今一度生命体として、種の本能として愛を、慈愛を呼び覚まさせるのだ。わが銀河団の総てに有機体を、あるいは愛の想念を情報化し、この銀河団に伝播、創生するためには莫大なエネルギー必要なのだ。ラグマを寄越すのだ。お前達には、プラネノイドを提供する」

 神の映像が、更に変わった。

「我は、神に近い存在だ。この宇宙に恒久的な愛と平和を築けるのは、我々ギアザンだ。お前達が神と崇めた神話と宗教、神の存在は、総て我々のギアザンから引き継いだ記憶から生まれたものだ。神は我々なのだ」

「神話の中の神々で過ちを犯す神もいる。神は神でも、お前達は出来損ないの神々だ」

 山村が艦長席で立ち上がった。真っ直ぐに、インペリウム・オブ・ギアザンを見据えている。

「このギアザン帝国には、確かに愛がない。愛と言いながら、お前達は一方的に奪うばかりだ。今また、私達の命を勝手な都合で、奪おうとする。我々は、プラネノイドになりたいわけじゃない。私達の望みは、愛する者がいる地球を救うことだ。タイムパラドックスの因縁を断ち切ることだ。愛する者を守りたいだけだ。その望みも受け入れず、一方的に奪うというのなら、我々は戦う。お前達が、陰でずっとなぶりものにしてきた地球。その仕打ちへの怒りも抑えられない。守るものがある限り、我々は戦う」

「愚かな」

「愚かなものは、お前達だ。ギリシャ神話の神々も随分と過ちを犯していた。その神々がギアザンから我々に繋がった物語ならば、さながら、お前達と我々は大差がない。過ちを繰り返し、愛に悩み、愛に苦しみ、愛を失って悲しんで、そして愛が無ければ生きていけない。なんの変わりがあるものか!」

「我は、インペリウム。銀河団を統べるものが、一艦に屈するわけにはいかない。全艦、攻撃開始。ラグマを手に入れろ!」

 インペリウムの命令に端を発し、待機していた艦隊、RPAの編隊が攻撃を開始してきた。ビームが、ラグマ・リザレックに集中する。光が大きな渦になって襲いかかってきた。膨大な、膨大な光の束の渦だ。

「ラグマ城壁(ウォール)、展開」

 山村の号令に、温存していたラグマ城壁(ウォール)が瞬時に形成された。すべてのビームを弾き飛ばしたと同時に、ラグマ・リザレックは、最大戦速でインペリウムに向かって突撃を開始した。

 ギアザンと地球。血が繋がっていることが証明された。なまじ血が繋がっているだけに、その感情が反転してしまえば、剥き出しになった憎しみが浮かび上がる。ラグマ・リザレックとギアザン帝国、ともに憎悪が絡み合って、死闘の幕が上がった。

 

「加賀室長、ヘルメットどうぞ」

 メカニックチーフのスティーヴが八咫烏に乗り込もうと準備している加賀に向かって、ヘルメットを差し出した。

「あぁ、ありがとう。すまないね」

 ヘルメットを受け取りながら、加賀は鼻から息を吐いた。気合を入れて、コクピットに乗り込むタラップに脚をかけた。

「帰り、待っていますよ」

 スティーヴ・ハワードが、白い歯を見せた。「アイディアがあるんです」と言って、手短にそれを語ってみせる。砲術管制システムに関してのスティーヴの発案だった。実現できれば、二割は効率性があがりそうだ。

「面白いな、そのアイディア」

 加賀は、そう言って顎に手をやった。「充分、効果がありそうだ」

「でしょう。室長、帰ってきたら、一緒にやりましょう。それとカタパルトデッキの展開装置の調子が悪いんです。見てもらっていいですか?」

「ああ、わかった」

「それと……」

「まだあるのかい? スティーヴ」

「ありますよ、室長と一緒にやること、山ほどあるんです。だから、帰ってきてくれなくちゃ困ります」

「そうだな、やらなくちゃならないことがいっぱいだな。帰ってこなくちゃダメだな」

「はい」

 そこで、スティーヴは思いをこめて敬礼をした。口元が、妙に歪んでいる。泣きそうになるのを堪えているためだ。

「スティーヴ、室長は必ず帰艦させる。心配するな」

 コクピットからウィルバーが、恫喝するような大声で言った。

「ゼラー隊長、頼みます」

「ああ、任せろ」

 そう言って、ウィルバー・ゼラーも敬礼を寄越した。加賀はそのままタラップを上り、ウィルバーの後部座席に乗り込んだ。

 ブースターとフル武装を装着した、たった1機の複座タイプ特別仕様の八咫烏だった。珍しい複座の機体。これに、ウィルバーと加賀が乗り込んでいる。

 加賀は、山村艦長に進言したのだ。我々の最終目的はレインボーホールの停止。これを実現するためには、その制御システムを破壊する必要がある。地球のギネル帝国とギアザン帝国が繋がっていることが証明された今、その制御システムの根源とバックアップはこのギアザンのどこかにあるはずだ。これを破壊しておかなければ、地球のシステムを破壊してもすぐに復活復旧してしまう。その在りかを突き止め、そして破壊するために加賀は自らがインペリウムに侵入することを意見具申したのだった。

 一度は逡巡した山村艦長だったが、加賀の意見は全う至極で、それをやらなければ確かに意味はない。

 加賀はプラネノイドリバース体を検証し、石動情報長からの情報を分析し、無限増殖するウィルスを作成した。それは、この銀河団のネットワークに侵入し、その制御システムが発動したときにだけ効果を発揮するスリーピングボムにしたものだ。しかし、その制御システムが、どんなものかわからない。侵入した上で、制御システムを突き止め、その場でウィルスを状況に応じてアレンジする必要もある。そのためには、どうしても加賀自身が行かなければならない。

 山村艦長は意を決した。加賀をインペリウムに送り込む。この航海の目的なのだ。それは、成し遂げなければならない。

「加賀室長、出ますよ」

 ウィルバーが、ひときわ大きな声で言った。

「頼む。宛てにしているよ。ゼラー隊長」

「遊覧飛行というわけには行きません。少々荒っぽいことになりますが、我慢してください」

「承知した」

 その言葉を聞いて、ウィルバーはキャノピーを閉めた。

 ゆっくりと発進口へと機体を進ませる。その脇に鏑木甲板長が、敬礼をしていた。

 皆、わかっているのだ。加賀達の任務が、殆ど死地に向かう旅に等しいことに。それでも、帰還を願い、信じて待つことを伝えようとしている。

「こちらウィルバー、発艦準備完了」

「こちら管制室、カレンです。発艦準備オールグリーン、進路クリア。発進よろし。ご帰還祈っています」

 そう言って、モニター越しのカレン・ライバックが微笑みを浮かべた。何回も見ているカレンだが、今日のカレンはひときわ美しいと感じた。

「コードナンバー、プレゼント1、発艦」

 ウィルバーのコールとともに、コードナンバーとして「贈り(プレゼント)1」と命名されたフルブースターの八咫烏が発進した。

 宇宙空間に飛び出た八咫烏プレゼント1の周辺に、更に別の八咫烏の編隊が寄り添うように接近する。その後方にファイアードレイクの編隊も続いた。

 プレゼント1、加賀をインペリウムへと届ける。そのために決死の覚悟で護衛するために集まった編隊チームだった。

 そして、その編隊を追い抜き、先陣にラグマ・ブレイザムが飛翔した。

 インペリウムに侵入した暁には、ウィルバー、オービル、デュビルのβμとしての能力が不可欠だ。真の制御システムを突き止めるためには、インペリウムの深層意識を読み取る必要がある。その使命をもって、ラグマ・ブレイザムは先頭に立ち、並み居る敵RPAを撃滅し、前方の進路を確保するのだ。

「プレゼント1、発艦。最短距離でインペリウムへ直進中」

 ジュリアの報告に、山村はゆっくりと頷いた。

(頼むぞ、日下副長、ゼラー隊長、加賀室長)

 祈るような思いで、山村は作戦の成功を願う。

「コースターン面舵三〇度。本艦は、陽動に徹する。火力を惜しむな、撃ち方はじめ」

「撃ちかた、はじめー」

 緊迫したシンディ戦務長の復唱が、艦内に響き渡った。

 ラグマ・リザレックは、プレゼント1とは逆方向へと舵を切り、その火力を解放して迫り来る敵をたった1艦で撃滅していく。その様は、ギアザン帝国に恐怖の楔を打ち込んだ。


 インペリウム周辺の戦闘は熾烈を極めた。当然と言えば当然だ。しかし、それを乗り越えなければならないのだ。

「轟、左からゼウス6、白虎で掃討する」

 デュビルからの知らせに轟はブレズ1朱雀のコクピットで「了解」と短く応えた。

 トニーに操縦をサポートしてもらいながら、轟はひたすらラグマ・ブレイザムを直進させた。「デュビルさんは大仕事があるんですから、休んでいてください」

 轟の言葉に、デュビルは薄く苦笑いを浮かべた。自分の殻に閉じこもっていた少年だと思っていたが、そんなことを言うようになったのか、と少し驚いていた。そのせいか、ほんの少しデュビルは別なことを思い描いた。

(ギネル帝国のラナス・ベラ皇帝が、何故あれほどに思念波を恐れたのか、わかる気がする。サイボーグ体の身体のなかで、唯一の有機体の脳に直接攻撃をかける武器と戦術は俺達以上に恐怖だったのだろう。だから、その開発者だった父を連れ去り、拷問し、忌み嫌った。あげく科学者だった父を軍人に仕立て上げた。結果、俺達は親子で血で血を洗った。そして、セシリアも……すべての元凶はギアザンか)

「上空から敵機、下方からも多数」

 ビリーが声を上げた。

「ハイパークラフター、出力5ポイント下げてください」バイロを介して、トニーの声が聞こえた。新たに取りつけられた3Dモニターのなかにトニーがいた。サイズこそ小さいが、まるで隣にいてくれる様は、心強かった。「轟、ブレークウィング展開して。ラグマ・ブレイザムをロールさせる」

「了解」

 ラグマ・ブレイザムは、両腕に装備したブレークウィングで、破壊エネルギー翼を展開すると同時に、きりもみをするように身体を回転させた。その回転に応じて、エネルギー翼も三六〇度回転し、上下左右に迫り来る敵を粉砕する。

「プレゼント1は?」

「無事だ」

「ミサイル、第6波接近」

「迎撃ミサイル、発射」

 ビリーが応じて、玄武から多数のミサイルを放った。しかし、敵のミサイルの数が圧倒的だ。プレゼント1を守る編隊が各個に撃破するが、それでも撃ち漏らして接近するミサイルがある。1機、また1機と護衛の編隊が身を呈して、ミサイルの雨からプレゼント1を守るために撃墜されていく。その度に、胸が締め付けられる。

「見えた!」

 突然、轟が叫んだ。敵機の群れに隠れて見えていなかった、インペリウムが眼前に見えたのだ。

「インペリウムまで、距離一〇コスモマイル。全機、突入準備!」

 日下が、声を張上げた。

「他の者が堕ちようと構うな! なんとしても、プレゼント1をインペリウムに届ける! 総員、任務を果たせ」

 敢えて冷酷に日下は命じた。そんなふうにでも言わなければ、次々と倒れる仲間に心を引きづられて折れそうだった。

 ラグマ・ブレイザムを筆頭に、更にプレゼント1がブースターに点火した。膨大な光芒の尾を引き、ゆるやかな弧を描いてインペリウムに向かって加速する。それは、さながら白色の彗星のようだった。

 日下達、ウィルバー達が雄叫びを上げて、インペリウムに突入した。


 インペリウムの内部に突入した瞬間、日下は自分達はなにか間違ったのかと錯覚した。

 広大な空間。その中は、淡いオレンジ色の光で満たされていて、あたかも夕映えの日差しの中にいるようだった。戦闘中ということを忘れてしまうような落ち着きがあった。そして、その空間は本で埋め尽くされていた。まるで国立図書館のようにずらりと書物が整然と並んでいる。実際のペーパーとして本ではない。3Dの映像のようだ。おそらく記憶媒体が本のイメージになっているにすぎないのだろう。壁面に整然と並んでいるものがあれば、空間にシリーズのセットの束になって浮いているものもある。頁が開かれて、うすぼんやりと発光しているのは、もしかしたら丁度アクセスされているからなのか。空間の中に、カラフルな色彩に彩られた様々な本が漂っている。本は、ときに大きく拡大されたり、縮小されたり、本棚に収納されたり、または引っ張り出されたり、といった動きを頻繁に繰り返していた。大きく拡大されたものは、ラグマ・ブレイザムと匹敵するサイズのものもある。大きさも厚さもまちまちだ。

「なんだ? これは」

 誰もが、そう問わずにはいられなかった。

「おそらく、これは膨大な情報の保管庫、サーバールームみたいなものだと思う。本は記憶媒体のイメージだろう」

 加賀が推測を述べると、ヘルメットを外した。

「じゃあ、もしかしたらこの中に制御システムの情報が?」

 ウィルバーが息巻いたが、加賀は静かに首を横に振った。

「あるかも知れないが、この中からどうやって探す? 手がかりがなにもない。隊長、オービル、デュビル、予定通り頼む」

「了解。トニー、バイロでこっちの操縦を頼む。できるか?」

「了解しました」

 プレゼント1のAI画面が変わって、バイロが起動した。操縦が、トニーに委ねられた。ウィルバーは操縦桿の手を離すと、ヘルメットを脱いだ。

 ウィルバー、オービル、デュビルの各々が、揃って精神を集中し始めた。βμの能力で、プラネノイドの意識をまさぐり、制御システムの情報を捜索する。3人が瞳を閉じて精神の触手をのばす。あまりの集中力を要するため、このときばかりは他の作業はできない。テレパスダイブと呼ばれる精神状態になる。

 突如、空間に浮かんでいた本が、ものすごい勢いで本棚に吸い込まれていった。次々と収納され、本棚の表面がいかにも堅牢な扉で閉ざされていく。


「カニグモの編隊が接近」

 ビリーが声を上げた。

「総員迎撃開始。プレゼント1を守りぬけ! 轟、ビリー、カズキ先任伍長、わかっているな。今、デュビルとオービルは、テレパスダイブ中だ。我々が守るんだ。いいな。トニーはプレゼント1の操縦に集中してくれ」

 日下が気を吐いて命令を出すと、ブレズ2青龍のコクピットで操縦桿を握り直した。ミサイルをターゲットにロックオンさせると同時に、躊躇なく放った。閃光と爆音が空間内に広がった。ファイアードレイク、八咫烏の編隊も迎撃を開始し、次々と撃墜していく。が、味方の編隊も一機また一機と落とされてしまう。

 そんな戦況に、じりじりと焦燥感が募る。

 まだか?…デュビル、まだか? ウィルバー、オービル、まだか? そんな焦る気持ちを押さえ込みながら、カニグモと対峙する。落としても落としても、カニグモは次々とやってきた。

「みつけた」

 デュビルからようやく報告があがった。その声に疲労感がある。

「進路0―0―2、そこに十の脳髄の意識体がある。その中のひとつだ」

「了解、全機反転。進路0―0―2」

 ラグマ・ブレイザムは、プレゼント1の前に立ち、進路を変えた。後方に八咫烏隊、左右にファイアードレイク隊がついて、護衛する。

 日下達の行方を阻止せんと、RPAの編隊も群れをなして立ち塞がった。ゼウスの編隊だ。数にものを言わせて、ラグマ・ブレイザムへと突進してくる。十機が倒れれば十一機目が、百機が落ちれば百一機目が止めればいい。そんな敵の戦術がありありとわかる。単純にして迷いのない吹っ切れた作戦だ。

 ラグマ・ブレイザムは、ブレークウイングを放射した。その放射は、ゼウスの物量を上回って粉砕していく。

 デュビルの水先案内で、プレゼント1とそれを守る編隊は目標へと飛翔する。

 この人工惑星の中には、十の脳髄があるとデュビルは言った。その中のひとつ、現地点より最頭頂部に当たる位置にある。道のりは長い。デュビルとオービルは、再びテレパスダイブに入った。

 

 目的の脳髄に辿り着いたとき、チームはラグマ・ブレイザムとプレゼント1だけになってしまった。散っていった仲間達の思いを腕に感じながら、日下はレバーを握り締めた。その肩が、上下して喘いでいた。緊張で筋肉が強張っている。

「加賀室長、着きました」

「ああ、ありがとう」

 ウィルバーの声にかぶりをふってから、加賀は静かにヘルメットを被り直した。幾つもの命の犠牲の上に、自分はここにいる。自分をここに送り届ける。そのことだけに命を賭した仲間のために、加賀はやり遂げなければならない。そのためには、もう少しだけ皆にわがままを、自己中心に、自分勝手なことを言わなければならない。

「日下副長、自分の作業が終わるまでなんとしても、俺を守ってくれ。例え、犠牲になろうとも!」

「了解」

 短い返答、形式的な返答だが、それでいい。

 強化ガラスの向こうにある脳髄が映像を発した。情報の神とされるヘルメスの映像だ。

 その映像に向けて、ラグマ・ブレイザムは四神キャノン、すべての砲門をロックオンした。

「全砲門を貴殿にロックオンした。レインボーホールの制御システムはどこだ? 言わなければ撃つ!」

 日下が恫喝する。ヘルメスの映像が、幽かに揺らいだ。

「やめろ」

 たった一言の返事が帰ってくる。もとより、そんなことで在りかを聞きだせるなんて思っちゃいない。テレパスダイブしているデュビルたちが、深層心理から情報に辿り着いてもらうことに期待している。

 ゼウスの編隊が、ここにも侵入してきた。しかし、脳髄に対してロックオンしている光景は、攻撃の抑止力の効果があったようだ。攻撃態勢を維持したまま、RPAのゼウスたちはラグマ・ブレイザムの周囲を上下左右を問わず、取り囲んだ。彼らも、ラグマ・ブレイザムに対して、ロックオンをしたままその場で待機した。

 ヘルメスもラグマ・ブレイザムも、ともに絶対絶命だ。双方が、口を閉ざしたままじりじりと時が過ぎた。

 ヘルメスは喋らない。制御システムのことを言おうとしない。

「……見つけた」

 不意にプレゼント1のコクピットで、ウィルバーがテレパスダイブから覚醒して、そう言った。

「オービルが見つけた。あいつは、大した奴だ。室長、見つけたぞ。どうすればいい?」

「まずは、そいつを破壊してくれ。しかる後に、それが修復できないようにウィルスを注入する。場所は、どこだ?」

「あの脳髄の奥だ」

「日下副長、正念場だ。システムは、あの脳髄の奥にある。ヘルメスを破壊してくれ。そこに俺達が突入する」

「了解」

 それを察知したのか、ゼウスが攻撃を開始した。もう躊躇している暇はない。

「轟、朱雀を放て」

 四神キャノンの両肩に装備されている砲門、朱雀が2本の白い光を放った。それは映像のヘルメスを貫き、その背後の脳髄がある巨大な強化ガラスケースを粉砕した。液体がダムの決壊のように噴出し流れ出て行き、その奥に朱雀のビームが作ったトンネルのような道筋ができていた。

「ゼラー隊長、突入だ」

 加賀の指示にウィルバーが即座に反応して、プレゼント1はフルブーストで、ラグマ・ブレイザムがつくり出した破壊のトンネルの奥に向かっていった。

 ゼウスから、それを阻止せんと攻撃が始まる。激しい弾幕をかいくぐり、ウィルバーは巧みな操縦で、それらをかわしながら加速する。

 プレゼント1を守るように移動しながら、ラグマ・ブレイザムがゼウスの編隊へと反撃していく。

プレゼント1が、中へと突入した。その突入した入り口の前に、ラグマ・ブレイザムが立ち塞がる。ここから、先は一機たりとも通さない覚悟だ。

 四神キャノン、ミサイル、ハイパーブレイザーを放ち、RPAを粉砕していく。

 入り口を前に雄々しく立つ、ラグマ・ブレイザムに向かって数百のRPAが、殺意を剥き出しにして突撃してくる。

 しかし、その脚が不意に止まった。

 ラグマ・ブレイザムから、思念波が放射されたのだ。テレパスダイブから覚醒したデュビルから放射されたβμの精神波攻撃だった。脳髄を鷲づかみにされるような痛みが、敵のパイロットに襲い掛かる。その痛みに耐えられず、操縦不能となってその場から墜落していく。

 本来は思念波増幅装置により、力をブーストして放射する兵器であり戦術だった。しかし、有機体が脳髄だけになってしまったギアザンのパイロットにその耐性は皆無で、ただでさえ強力なデュビルの思念波に悶絶してしまったのだ。殆ど発狂に近い。

 足の止まったRPAを次々に落とす。が、デュビルも思念波をずっと放射できるわけがない。時間は限られているのだ。

 加賀室長、頼みます。日下達は、そう祈らざるを得なかった。


 ヘルメスの深奥に突入したプレゼント1の先には、異様な光景が広がっていた。妙に明るく淡いピンク色の空間に、太いもの細いものが混在した。様々なパイプラインのようなものが網目状に入り組んで張り巡らされていた。

 まるで、コンピュータのネットワーク構成のようだ。いや、イメージとしてはどちらかというと脳神経組織の方が近いかも知れない。自分達がミクロ化して、人間の脳組織に入り込んだような錯覚があった。

 どこに行くべきかは、ウィルバーが知っている。こんな景色の中、特定の場所を言葉では言い表せないが、ウィルバーの頭の中にはオービルから送られたテレパスの情報がある。

 迷い無く飛行するその先に、神経と神経が交差し瘤状になっている場所があった。まるで動脈瘤のようだ。他にも似たような瘤状のものがあったが、ウィルバーは他の瘤には目もくれず、対艦ミサイルを全弾発射した。それは、正確に動脈瘤もどきに命中して破壊した。爆発して瘤状の箇所が閃光とともに消滅し、それが繋がっていた神経を思い起こされるパイプラインから、正体不明の液体とバラバラと精密機械のようなものが、際限なくこぼれ落ちた。

「加賀室長、制御システム破壊したぞ」

「よくやった。あの破壊した場所から、中に入る。やってくれ」

「了解!」

 プレゼント1は、今だに液体が流れ出る破損箇所に向かって飛翔する。その後方に2本のコントレールが跡を残す。

 破壊され分断された結合部分は、ぱっくりと口をあけている。液体はようやく流れ出たようだ。直径は十キロもあろうか。接近して、その中へと侵入した。内部は空洞になっており、プレゼント1は機体が不安定になりながらも、着陸に成功した。

 機体が停止すると同時に、加賀は素早い身のこなしで、アタッシェケース型のコンピュータを手にプレゼント1から降りた。ヘルメットのライトを点けて、奥を照らした。その奥には、塊のような闇が広がっているばかりだ。その奥に向かって、慎重に歩を運ぶ。足元でピチャピチャと水がはねた。

 ウィルバーも機体を降りて、銃を構えて警戒しながら加賀の後方についた。

 加賀はポケットから、小さな円筒形のサンプルケースを取り出すと、おもむろにその水を掬い取った。それをそのまま、コンピュータの解析トレイに載せる。

「やっぱりな」

 と、一人得心が言った声で加賀が呟いた。

「その水は、なんです?」

 状況がわからないまま、ウィルバーが尋ねた。

「こいつは、水であって水じゃないんだ。こいつは、フェムトレベルのカニグモの集合体でね」

 聞き慣れない言葉にウィルバーが首をかしげる。それを見て、幽かに笑みを浮かべると加賀は、自分の手の甲を指差した。

「ラグマの紋章。我々の刻まれたこいつは、ナノレベルのカニグモの集合体が形作っているものだ。こいつのおかげで、我々は危機に及んだときにカニグモが助けてくれたりする訳だが、そのカニグモより更に小さいサイズの集合体がこの水に見えるものだ。この液体の中には、カニグモがわんさか居るって話さ。こいつにウイルスを仕込み、放つ」

 言いながら、加賀は手を動かして作業に入っていた。ウィルバーには、よくわからないが加賀は自信ありげに作業を進めていく。その姿を、ウィルバーは頼もしく思う。

 突如、ミドルクラスのカニグモが現れた。ウィルバーは、銃を構えて応戦態勢に入る。

「大丈夫か?」

「加賀室長は、作業に集中してください。トニー、バイロでプレゼント1のコントロールを頼む」

 ウィルバーの指示で、プレゼント1は起動をはじめ、ウィルバーと加賀を守るように前面に立ち塞がり、機銃での応戦を始めた。

 これを機に様々なサイズのカニグモが周囲から現れ始め、取り囲んできた。

 まずいと思った瞬間、カニグモたちが動きを止めた。その目の光がグリーンになっている。

「なんで?」

 拍子抜けして、ウィルバーがその場に立ち尽くした。

「石動情報長がやった方法だ。俺のカニグモとシンクロさせた。しばらく、敵は我々を味方と認識する」

「さすが……でも、石動情報長もいてくれたら、百人力だったんじゃないですか?」

「あいつは今、究極のハートブレイク中だからな……生きるオーラみたいなものがなくなっている。そっとしてやりたいと思ってな。まったく、人間てのは不完全だ。あんなに優秀で、美人な人間だけど、傷ついて泣き崩れている…」

 背中を向けたまま、加賀は返事を寄越した。動きが止まったとは言え、警戒は怠らない。ウィルバーは銃を構えたまま、周囲を目配りしていた。

「俺なんて欠点だらけだから、しぶといくらいしか取り柄がない」

「…それでいい。生きていなけりゃ、幸せに巡り合えないからな」

 不意に、作業をしていた加賀の手が止まった。その表情に苦悶の色が浮かんでいる。

「くそっ」

 珍しく口汚い言葉を吐く加賀に気付いて、ウィルバーが「どうしました?」と振り返った。

「ウィルスを仕込むための、最後に突破できない言語がある。全部解析できたと思ったのに! 情報が足りない」

 加賀が拳をドンと床に叩きつけた。

 その時だった。侵入口から、轟音とともにラグマ・ブレイザムが、3機のゼウスに押し込まれてきた。タックルを食らったような格好で、ラグマ・ブレイザムは3機を両の腕で押し止めている。背中のバーニアと、ハイパークラフターが全開だ。だが、3機束になって向かってきたゼウスにパワー負けしている。

「オービル!」

 ウィルバーが思わず、弟の名前を呼んだ。ラグマ・ブレイザムが3機のゼウスと戦闘を繰り広げている。そのせいなのか、今まで大人しくしていたカニグモの目がグリーンから赤に変化した。味方の認識が外れたようだ。

「室長、危ない!」

 ウィルバーは、カニグモの攻撃から加賀を庇った。カニグモから、シュッという音とともにその爪が延びて、その先端がウィルバーの腹に、腕に、太ももに深く突き刺さった。突き刺さったと同時に引き抜かれ、ウィルバーの鮮血が飛び散った。

「こんのぉぉぉ」

 ウィルバーは、銃弾を斉射して、カニグモを破壊する。

「室長、プレゼント1に乗ってくれ」

「ゼラー隊長、大丈夫か」

「大丈夫、室長のミッションを成功させるまでは、絶対死なない!」

 加賀は負傷したウィルバーを支えつつ、プレゼント1に乗り込んだ。

「トニー、頼む、発進させてくれ」

「了解、ウィルバー隊長、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ」

 呼吸を整えながら、ウィルバーはわざとゆったりとした口調で言った。しかし、その額にはじっとりとした汗が滲んでいる。苦痛のためか、時折唸るような息が声とともに漏れた。

 プレゼント1が発進した。その上空では、ゼウスとラグマ・ブレイザムが激しい戦闘を繰り広げている。

 その戦闘エリアに入らないように、プレゼント1は飛行していく。

「室長、足りない情報とはなんです?」

 急にウィルバーが、怒鳴るような口調で言って寄越した。ただ、そう言われてもそれを言葉にして伝えることは、専門的なこともあってとても難しい。返事を言いよどんでいるのを見越してか、ウィルバーが更に言葉を続けた。

「欲しい情報のことを、強く頭に浮かべて。それをオービルに中継します。オービルにその情報をテレパスしてもらう。いいですか?」

「ああ、ああ、わかった。念じればいいんだな」

「そうです、やりますよ」

 二人とも、瞼を閉じた。精神を集中して、互いに意思を取り交わす。

 ウィルバーは、加賀の思いをオービルへと飛ばす。

 オービル、頼む。加賀室長が求める足りない情報をかき集めてくれ。その願いとともに、痛みをこらえ、ウィルバーはオービルと精神感応を繰り返す。一瞬でも、意識をとぎらせてはならない。負傷した痛みを鉄の意志で押さえ込み、ウィルバーは瞼を閉じている。

 やがて、オービルから情報が返ってきた。それを今度は、加賀に転送する。それに加賀が反応し、その表情がぱっと明るくなった。どうやら、的確な情報が手に入ったようだ。

 敵弾をかわしながら、プレゼント1は飛翔する。バイロで操縦するトニーの腕は、並大抵ではない。さすがシンディ戦務長の息子だけのことはある。

 得た情報で、加賀はコクピット内でコンピューターのキーを叩く。トライアンドエラーを繰り返しながら、ウィルスの精度を上げていく。

 ウィルバーの命の火が消えようとしていた。それをつなぎとめているのは、ミッションへの使命感と、なによりオービルへの思いだった。俺が死んでも、弟のオービルだけは生きて地球に帰還させたい。

 幼い頃から、ずっと兄弟ふたりだった。親もいない。それでも、寂しいという感情に打ちのめされた覚えはない。それは、やっぱりオービルがいたからだ。二人でずっと分かち合ってきたからだ。二人の夢は、いつか家族をつくること。ささやかでいいから、自分とオービル以外に、もう一人、もう一人と愛する人が増えたら、どんなに素晴らしいだろう……

「隊長、出来た、出来たぞ」

 コクピットの複座後方シートで、加賀の快哉の声が響いた。その声を聞いた瞬間、ウィルバーの身体がぐらりと傾き、そして力なくずり下がった。その顔には、満足げな微笑が浮かんでいた。


(オービル、ありがとう。お前は大した奴だ。お前のおかげで、加賀室長が喜んでいるぞ)

(兄さん、死ぬな、兄さん)

(オービル…いつか家族ができたら、バカな兄貴がいたって、話してくれるか…)

(ああ、ああ、話すよ。いっぱい話す。バカだけど、弟思いの最っ高の兄貴がいたんだって、立派な兄貴がいたって、兄貴のおかげで俺は生きてこられたって、話すよ。いっぱい話す)

(そうか、嬉しいぜ……)

 二人が最後にかわしたテレパスでの会話は、ふたり以外誰も知らない。

 ウィルバーの魂が、日下へと飛翔した。


 バイロを使って、プレゼント1は更に飛行を続けた。操縦席には、バイロによりトニー・クライン・キッドマンのアバターが作動している。実際に操縦しているのは、ラグマ・リザレック内にいるトニーなのだ。この重大な局面を十二歳の少年に託すことになってしまった。通常の軍隊では考えられないことだ。そもそも、あの轟という少年がラグマ・ブレイザムで戦っていること自体、あってはならないことのはずだ。未成熟な子供に、戦争を強いている。

 加賀には、小さな娘がいた。そのことは、殆ど誰も知らない。知ってるのは大倉航海長と山村艦長くらいだ。

 結婚してほどなく、娘に恵まれ一緒に遊んだ。科学の専門職だった加賀は、気の利いた遊びも、子供らしい童話を話すことも上手く出来なかった。遊びというものを、よく知らなかった、と言っていい。それでも、娘可愛さに家で出来るちょっとした科学実験を披露してやったときだけは、娘が目を丸くして驚き、そして笑ってくれた。好奇心溢れる娘に、妻がふざけて「お父さんは魔法使いなんだよ」と言ったら、それを本気で信じたフシがあった。

 娘が5歳の頃だった。長い戦争が原因で、過去最大級の土石流が生じた。脆くなった地盤に放射能を含んだ雨がほぼ1ヶ月続いた、その先に起きた災害だ。その土石流は、加賀が住んでいた街そのものを呑み込み、泥濘で覆いつくしてしまった。加賀がアリエル基地建設のため出張赴任中の事故だった。地球に戻り、そこにあったのは二度と立ち上がることが出来ないほどの絶望だった。死者三万人、行方不明者八千人。そして、加賀の母と妻の遺体は発見され、確認できた。しかし、娘の遺体は見つからなかった。行方不明のリストに載って、何年も何年もかけて捜索されたが、今も見つからないままだ。

 加賀と娘の時間はそこで止まってしまった。加賀の腕の中には、当時5歳の娘を抱っこしたときの重さと感触、大事に大事に握った小さな手、ふっくらしたほっぺ、そして笑顔が身体に残された。成長していく娘を抱っこするのが、加賀は好きだった。日々に大きくなり、重くなっていく。長く抱っこしていれば、腕がつらくなってくる。でも、そんなつらさも含めて好きだった。男親にとって、一人娘は特別だ。なにがなんでも、守りたくなる。抱っこしている娘は、本当に可愛くて皆に自慢したいくらいだった。その娘がいなくなった。生きているのか、死んでいるのかもわからない。

 アリエルの赴任は、ギネル帝国の命令による強制送還に近かった。いつまでも地球に留まって、娘が帰ってくることを信じ待っているつもりだったが、やがて捜索は打ち切られ、そして伸ばし伸ばしにしていた赴任も、これ以上拒み続けると重大な命令違反となるところまで追い詰められた。

 もともとは家族ぐるみの、転任という名の強制送還だ。大人たちにとって、深刻な転任だったが、冬と雪が好きだった娘は、むしろ雪遊び、氷遊びができると喜んで、家族を和ませてくれた。

 その娘……加賀美冬。行方不明の美冬が、地球で生きているかも知れないと思えば、それは希望に値した。だから、加賀は地球を守らなければならない。これ以上ギアザンに蹂躙されてなるものか。

「トニー君。もう一度、あの侵入口に突入してくれ、あの深奥にウィルスを打ち込む」

「了解」

 プレゼント1は、反転して再度、あの突入口へ進入した。

 加賀が目指すのは、カニグモの生成プラントだった。供給されるべき、カニグモが作られている場所。

 暗い巨大パイプの中をプレゼント1が、アフターバーナーを噴射して更に加速する。そして、その先に開けた空間が広がり、眩い光の中直立する巨大な円筒形パイプがあった。距離が開いている間は、パイプと認識できたが近づくにつれ、それは透明クリスタルの壁にしか見えなかった。だが、それは強固でとてもプレゼント1で破壊できるものではない。

 加賀がコンピュータで解析を始める。結果は満足のいくものだった。

「ラグマ・ブレイザム、今から座標を転送する。そのポイントに四神キャノンを発射してくれ」

「……加賀室長? 大丈夫ですか」

 加賀の口振りに、日下が怪訝な顔をして返す。なにか、加賀の言葉の力のこめ方に覚悟を感じて不安を覚えたのだ。

「説明している暇はない、転送したぞ」

「ポイント、受けました。時間あわせ、轟、四神キャノン発射用意」

 日下が轟に指示を出した。

「5、4、3、2、1、四神キャノン、ってェーッ!」

 加賀のいる位置からは、ラグマ・ブレイザムがどんな状況下で発射したのかはわからない。しかしその光の束は、コース上のあらゆる障害物を粉砕しながら、確実に指定ポイントを撃ち抜いた。

 指定ポイント、それは加賀の眼前にあったクリスタル巨大パイプだ。そのパイプが、ものの見事に消し飛んで、わずかに残骸となった上部から、液体が流れ出ている。

 加賀は露になったパイプの底部中央にプレゼント1を着陸させると、その場所に降り立った。パイプの底面と言っても、スケールが違い、その直径は一〇〇キロほどもある。なにもないだだっ広い地に、一人ぽつねんと佇む加賀は、まるで世界の孤独を一人で背負った者のようだ。

 円形のパイプの底面は液体に浸っていて、加賀の靴元のくるぶしほどの水位があった。その水の中には、ナノレベル、フェムトレベルのカニグモがいるはずだ。

 加賀は拳銃に弾丸を装填する。弾丸は弾丸でも、特殊ウィルスをつめた弾丸だ。加賀は、床面に向かってそのトリガーを引いた。弾丸は、床面に着弾すると、すぐに破砕してそこからじわじわと金色のきらめきが、広がっていった。ウィルスが拡散しているのだ。

 これに反応して周囲から、あらゆる大きさのカニグモが周囲からわらわらと現れて加賀に向かって集まってきた。次々と増殖するように、どこからともなくカニグモが現れてくる。大小さまざまな大きさのカニグモが、ピチャピチャと水音を立ててパイプの中心に立つ加賀に向かって集まってくる。あっという間に底面はカニグモに埋め尽くされて、カニグモの黒い機体と赤い目にびっしりと染まっていく。もう数はわからない。不気味な光景だった。

 この光景を前にして、加賀はにやりと不適な笑みを浮かべた。全く慌てることも動じることもない。予想していたことのようだ。おもむろに、ペンスティック型のスイッチを取り出し、そのスイッチを押す。

 プレゼント1から、共鳴信号が発せられた。石動さとみ情報長が即席で作った味方を誤認させるプログラムだ。これを受けて、カニグモの目が赤からグリーンに変わり、加賀の足元まで迫ったカニグモの動きがピタリと止まった。

 加賀を中心に、この部屋の壁、床、天井を問わずカニグモでびっしりと埋め尽くされている。加賀は、再び拳銃にウィルス弾を装填する。今度は、さきほどより大型だ。それを天空に向けて、両手で構え発射する。信号弾のように弾丸は上空に向けて発射され、そしてその途中で、ぱっと破裂して光った。まるで、小さな小さな花火のようだ。

 それを確認すると、加賀は満足げな笑みを浮かべ、ヘルメットの通信回線を開いた。

「日下副長、ミッションは九十九パーセント完了した」

「了解しました。位置を教えてください。回収に向かいます」

「日下副長、回収は不用だ。君達は、脱出してくれ」

「バカな、そんなことは出来ません。どこです。どこにいるんです?」

「回収は不用だ。なぜなら、ミッションの残り1パーセントは私自身がここでスリーピングボムになることだからだ」

「なんですって?」

「地球へのレインボーホールを二度と再始動できないようにウィルスプログラムを作った。しかし、それが万全な訳はない。いずれ、書き換えられるだろう。それでは意味がない。絶対に書き換えられない強固で不変なコアウィルスが必要だ。それが、私だ。地球を守りたいという、絶対に変わらない意思を私は私のラグマの紋章にあるカニグモに注入する。そのカニグモがコアとなり、在り続ける。ウィルスプログラムは何度でも再生する。スリーピングボムで在り続ける。だから、私は還らない。日下副長、脱出してくれ」

「加賀室長」

「行け! 日下副長、君がすべきことは地球に帰還して、レインボーホールを塞ぐことだ。わかるな、判っているな! 君達はそのために過去から来たんだ!」

「……加賀室長」

「……行くんだ、日下副長」

「……ラグマ・ブレイザム、反転。現空域を脱出して、ラグマ・リザレックと合流する」

 日下は断腸の思いで命令を搾り出した。その声を聴いて、加賀は「それでいい」と呟いた。

 周囲にいるカニグモの目がグリーンから、赤に変わっていった。誤認プログラムがとけたのだ。カニグモがじわりと動きだした。

 加賀は無針アンプルを取り出して、自分の胸に突き立てた。ドクンと心臓が撥ねた気がした。そこから流れ込んだ、ウィルスプログラムを仕込んだ超極小カニグモが加賀の体内を通り、手の甲にあるラグマの紋章に到達していく。注入されたカニグモが、ラグマの紋章のカニグモへ伝播して、そしてそれが加賀の体内全身に巡っていく。

 加賀の手の甲のラグマの紋章の色が、虹色に輝いた。うねうねと蠢くように虹色がめまぐるしく光彩を放つ。レインボーホールが、加賀に宿ったように見えた。

 赤く輝いた眼をした床面のカニグモが一斉に動き出し、加賀に取り付いた。あっという間に加賀の身体はカニグモに取り付かれて真っ黒な塊にしか見えなくなった。


 脱出するラグマ・ブレイザムの日下の通信回線に、加賀の声が届いていた。

「日下副長、少しだけ話を聞いてくれるか。勝手に話すから、聞いてくれるだけでいい……私には、娘がいる。災害に巻き込まれ、行方不明で今もってその生死がわからない。当時5歳の娘だ。生死がわからないと、心に区切りがつけられなくて、ずっと苦しんでいた。でも、生死がわからないということは、生きているかも知れないということだ。そう思ったら、地球そのものが愛おしくなった。生死がわからない、生きているかもしれない。わからないからこそ、娘が生きているかもしれない地球を、私は絶対に守らなければならない…………家族を守れず、父親らしいことなにひとつしてやれなかった。そんな、ダメな父親だ。この身体を捨てて、娘が生きているかもしれない地球を守れるなら、訳もない。この思いは、この思いだけは絶対に書き換えられることはない。私以上にコアウィルスに成り得る者は他にいない」

「……加賀室長……娘さん、名前はなんていうんです?」

「…美冬。加賀美冬。いい名前だろ。今年で、十五歳になる…難しい年頃だな。一緒にいたら、親子仲良くやれていたかな? 父親を嫌う年頃だから、ケンカしていたかな? いろいろ心配な歳だよ……嫌われても、ケンカしても、それでも美冬は大事な娘だ。幸せを祈らずにいられない……」

「地球に帰ったら、美冬ちゃんを探します。きっと探して、会って加賀室長の思いを伝えます」

「…日下副長……ありがとう」

 しばらく、沈黙が続いた。不意に加賀が、言葉を継いだ。

「日下副長、君は大きさの単位で、10のマイマス26乗をなんていうか知っているか?」

 唐突な質問に日下は面食らったが、素直に「いいえ」と応えた。

「……涅槃寂静っていうんだ。大きさの最小単位の呼び名だ。仏教では煩悩が消えて悟りを開き静かな安らぎの境地のことをいうらしい……ギアザンからみれば、私達、いや私は、私の思いは極小に小さくて、それこそ涅槃寂静にも満たない大きさに違いない。でも、このウィルスプログラムを作っている間、私は涅槃のそんな境地だったよ。そして、今もそうだ。なんの恐怖もない。美冬を思って、この銀河に拡散して、静かに眠る。だが、ひとたびことがおきれば、その時は必ず脅威を取り除く。絶対だ……科学者が絶対というのはタブーとされているが、この件だけは絶対だ。それ以外の言葉はない。日下副長、あとは頼む」

「…加賀室長、あなたって人は……」

 不意に、通信が途切れた。

 加賀の形をした群れなすカニグモの黒い塊が、なんの前触れも無く、さらさらとした砂のようになって崩れた。その小さな小さな粒は、その場に漂いカニグモへと付着していく。やがて、カニグモの目がグリーンになり、機体が金色に光り輝いた。

 その金色の光が、インペリウムからギアザンの全銀河に広がっていく。

 日下達は、インペリウム本星から脱出した。敵をなぎ倒し、粉砕し、消滅させていく。

 脱出したその背後で、なにか殺意のようなプレッシャーを感じた。後方モニターを除くと、そこにミカエル形態に変形を開始しているインペリウム・オブ・ギアザンがいた。通常のミカエルよりも倍ちかい大きさがあった。そして、その人型の風貌は、まさに神、ゼウスのイメージに近かった。

「お前達が、わが内部で何をしたのか、それはどうでもいい。瑣末で、知る必要もない。しかし、これ以上の抵抗は我慢ならない。総攻撃を開始する」


 山村は加賀のミッションが達成されたと報告を受けた。既に加賀の肉体は失われ、意識は全ギアザンにウィルスとして拡散している。加賀の思いも、理解できた。

 これ以上の犠牲を出すことはできない。

「全艦、次元反動砲用意。最大出力で砲撃する。目標、インペリウム・オブ・ギアザン。遊撃戦闘班、八咫烏、ファイアードレイク隊は次元反動砲発射まで、全力で本艦を守れ。シンディ戦務長、発射トリガー回線を艦長席へ回せ。私が、撃つ」

 山村艦長が、自らが発射トリガーを要求するのは初めてのことだった。それほど、この戦いの幕引きに責任を感じていた。

 インペリウムから攻撃が開始された。その攻撃は激しく、とうとう無敵を誇っていたラグマ城壁(ウォール)すら貫通し、船体に被害をもたらした。

「1番砲塔、2番砲塔損傷」

「十一ブロック被弾、隔壁閉鎖」

「3番艦載機発進口、損傷」

「鏑木甲板長、ダメージコントロール」

 八咫烏隊も、ファイアードレイク隊も次々と撃墜されていく。

「次元中間子シールド、放射」

「次元反動砲、発射準備完了」

 艦長席で、山村は次元反動砲のトリガーシステムを起動させ、ターゲットにインペリウムを捉えた。

「次元反動砲、発射十秒前、九、八、七、六、五、四、三、二、一、発射!」

 ラグマ・リザレックから、最大出力で次元反動砲が発射された。それは、確実にインペリウムに命中した。スーパーノヴァのような閃光が生じ、周辺の敵が一気に消滅する。

 これで、インペリウムの消滅を確認して、戦闘が終了すると誰もが信じていた。

 しかし、閃光が晴れたその先に、インペリウム・オブ・ギアザンはそこに存在した。次元反動砲で消滅しなかった対象を、クルーは初めて目の当たりにすることになった。

「バカな……次元反動砲が通用しない……」

 ロイ通信長が息を呑んだ。その表情が、ぎこちなく強張っていた。クルーの誰もが、ロイと同じく呆然となった。一瞬、意識が空白となったのは山村も同じだったが、すぐさま「総員、第2射の準備にかかれ」と一喝した。

 うろたえるラグマ・リザレックの様子を嘲笑うかのように、インペリウムから声が響いた。

「この銀河団からエネルギーを集約して、我に集中させている。言ってみれば、超銀河絶対防壁。どんなに強力であろうとも、たかだかたった1艦から放射されたエネルギー砲を弾き飛ばすことなど、造作もない。仮に、仮にだ。我を消滅させたとして、我のバックアップは、銀河中に点在している。すぐに、次のインペリウムが誕生する。ギアザン帝国の滅亡はない。ラグマを手に入れる。この命令に変更はない。永遠にだ!」

 そう語るインペリウム、そのゼウスの容貌をもつプラネノイドの身体が光り輝いていた。後光がさす、まさにその様だ。

「インペリウム前面に高エネルギーバリアーを探知。エネルギー量、計測不能」

 石動情報長から、報告がなされた。前面のメインモニターをいくら拡大しても、視覚的にはインペリウムの前にバリアーがあるようには全く見えなかった。しかし、そこにそれはある。超銀河絶対防壁。

 次元反動砲で、周囲の敵は一掃されていた。ギアザンの銀河中央で、ラグマ・リザレックと、インペリウムが一対一で対峙する。尊大なインペリウムに、ラグマ・リザレックのクルーの心が、一歩そして一歩と後ずさりしている。

 そのとき宇宙空間に突如として、魂に気合を入れるような力強い雄叫びが響いた。

「カ マテ! カ マテ! カ オラ、カ オラ!」

 カズキ・大門の雄叫びだった。立ち上がり、目を剥いて、闘争心剥き出しの顔で、真っ直ぐにインペリウムを睨みつける。足を踏み鳴らし、腕を叩き、胸を叩き、渾身の力を滾らせて踊る。

「カ オラ、カ オラ! テネイ テ タナタ プッフル フル ナア ネ イ ティキ マイ ファカ フィティ テ ラ!」

 ラグビーの試合の前にチームが披露する「ハカ」という踊りと歌だった。もともとはニュージーランドのマオリ族が、戦いの前に自らの力を誇示し、相手を威嚇する舞踊だった。歌っている言葉は、ラグマ・リザレック、ラグマ・ブレイザムのクルーは、誰一人わからなかった。しかし怯んだ心を鼓舞し、奮い立たせるに充分な効果をもたらした。

「ア ウパネ! ア フパネ ア ウパネ! カウパネ! フィティ テ ラ! ヒ!」

 カズキにこれを教えてくれたのは、キース・バートンだった。ラグビーをやっていた彼と広瀬とカズキと、訓練のあとさきに、時にはふざけ笑いながら興じた。厳しい訓練も、立てないくらい疲れきったときも、このハカで奮い立った。

「足を止めるな! キースに、広瀬に、顔向けできないだろうがーッ!」

 そう叫ぶとカズキは、ミサイルを一斉射した。それがインペリウムに通じないことは判っている。しかし、敵に尻込みする心を踏みとどまらせた。

 山村艦長が昂然と顔をあげ、ターゲットスコープを睨みつけた。

「次元反動砲、第2射、エネルギー充填まであと三十秒」

 トムソン機関長が、平静を取り戻してコントロールに勤しむ。

「エネルギー充填、一〇〇パーセントを超えます。砲内圧力上昇、エネルギー充填一二〇パーセント」

「総員、対ショック姿勢」

「エネルギー充填、一五〇パーセント。砲内圧力限界値到達」

「次元中間子シールド放射、目標インペリウム」

「なに、ばかな」突然トムソン機関長が、頓狂な声を上げた。

「トムソン機関長、異変があるなら報告せよ」

 ターゲットを睨んだまま、山村艦長が促す。

「砲内圧力限界値、リミッターが外れました。エネルギー充填率、最大値……無限!」

 トムソン機関長のコンソールモニターに、∞のマークが表示されていた。

「エネルギー充填を継続せよ」

「了解」

 ラグマ・リザレックの船体が、おこりのように震えていた。同時に、赤い船体が更に輝き、発光を始めた。これに共鳴するように、ラグマ・ブレイザムもまた発光している。

「エネルギー充填三〇〇パーセント突破。充填継続」

 次元反動砲が、今までにない威力で発射されようとしている。しかし、ふと山村の頭を、インペリウムの言葉が過った。

「たとえ、我れが消滅しようとバックアップが銀河に点在している。命令は継続される」

 ギアザンからの脅威を完全に取り除くためには、その拠点すべてを潰さなければならないことになる。

 山村は、首を振って過った考えを打ち消した。今は、このインペリウムを倒すことが先だ。

 その矢先、艦内のカニグモの目が虹色に輝きだした。その機体が金色に輝いている。なにかに反応している。激しくピープー音を出している。まるで、カニグモ同士が白熱した議論をしているようだった。それが激しくなるにつれ、石動情報長のモニターにギアザン銀河団のすべてが網羅した宇宙図が表示された。その銀河宇宙図にポツポツと輝点が表示されていく。カニグモが、議論を繰り返すたびに、その輝点が増えていく。

「山村艦長、カニグモからギアザン銀河団の情報がきました。これは……ギアザンのインペリウムのバックアップ拠点では? でも、なんで、こんな情報が…」と言いかけて、石動さとみは、はたと思い当たった。

「……もしかして、加賀室長?……」

 石動さとみの呟きを聞いたとき、山村は不覚にも涙をこぼしそうになった。加賀室長は、肉体を失ってなお我々を、地球を、そして美冬という娘を守ろうとしている。

「エネルギー充填、五〇〇パーセント突破」

「次元反動砲が、どんな威力で発射されるかわからん。ラグマ・ブレイザムに本艦の甲板に着艦しろと伝えろ」

 山村の命令に従い、ラグマ・ブレイザムが、ラグマ・リザレックに着艦した。その瞬間、互いの共鳴が更に強力になった。ラグマ・ブレイザム、ラグマ・リザレックの発光が更に輝きを増し、その輝きが前方に向かって放射された。その光がインペリウムに向かって、門のような形を形成したものが連なった。いや、門というより神社の鳥居の形に似ていた。その鳥居が何本も何本も、インペリウムに向かって連なっているのだ。光でできた千本鳥居のようだった。そして、それはここをくぐれ、と言っているようだ。

「大倉航海長、最大戦速で発進。前方の千本鳥居を通過して、インペリウムに突撃する。日下副長、通過後、次元反動砲と同時攻撃! 四神キャノンを放て」

「了解」

「ラグマ・リザレック発進!」

 エンジンが咆哮を上げて、ラグマ・リザレックが前進した。連なる光の千本鳥居の中を通過していく。それを通過していく度に、不思議なことがおきた。ラグマ・リザレックが膨張して巨大化していくのだ。本体の大きさは変わらないが、本体の表面、その輪郭がそのまま映像が拡大投影されていくようして、巨大化していくのだ。大きく、大きく、鳥居をくぐる度に、巨大化していく。巨大な幻影のラグマ・リザレック。着艦しているラグマ・ブレイザムもまた同様だった。

 そして、ラグマ・リザレックはインペリウムの殆どゼロ距離に到達した。そのときのラグマ・リザレックの幻影は、インペリウムの大きさをはるかに凌駕していた。

「次元反動砲、発射」

 山村艦長がトリガーを引いた。同時に日下が四神キャノンを発射する。膨大な光が噴出して、ラグマ・リザレックから次元反動砲が発射された。それは、本体と巨大化した幻影からも、実際のエネルギーとして発射されたのだ。

 超銀河絶対防壁も蹴散らして、次元反動砲のエネルギーはインペリウムを呑み込んだ。

 そのエネルギー砲弾は、インペリウムを破壊してなお火線を延ばし、その奥のプラネノイドを次々と粉砕していく。火線は更に延びる。延び続ける。銀河を切り裂かんとする勢いだ。そして、伸び続ける火線に反して、次元中間子シールドは逆に後退していった。次元中間子シールドが消失したところは、反次元のエネルギーが通常物質と触れ合い、対消滅を始めて更に破壊が加速していく。大げさではなく、本当に銀河が切り裂かれていく。

 不意に巨大化したラグマ・リザレックとラグマ・ブレイザムの幻影が反次元へと突入した。そして、その幻影は点在するギアザンの拠点に今度は同時に出現した。分身が出現したようなものだ。

 加賀室長が、カニグモを通じてもたらしたであろうギアザン銀河団のインペリウムのバックアップ拠点。ここに、ラグマ・リザレックの幻影が、同時に出現しそして次元反動砲を放ったのだ。言うなれば、次元幻影砲。

 ギアザン銀河団の宇宙図の輝点が、ひとつ、またひとつと消えていった。やがて、宇宙図から総ての輝点が消失した。

 ラグマ・リザレックは、ギアザン銀河団を一気に殲滅に追い込んだのだ。


「進路反転一八〇度。本艦は以上を以って、地球へ帰還する」

 山村艦長が、ゆっくりとした口調で、命令を出した。そして、そのあとで、自分の両の掌をみる。地球を守るためとは言え、山村の手は祖先であるギアザンを抹殺した罪に血塗られた。それを生涯抱えて生きていくのだ。

 ラグマ・リザレックは、反次元航法に入った。 


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