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クラッシュトリガー  作者: 御崎悠輔
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第二十章 ギアザン

 悲しみに打ちひしがれて、なお、ラグマ・リザレックは星の海を渡る。


泣いて、泣いて、デュビルは一人泣いている。

 大ドームの中、人目につかぬように木陰に紛れ、泣いている。ガデルが死んだときは、諍いを起こしながらもセシリアのおかげで乗り越えられた。けれど、そのセシリアを失ってしまった。いくら泣いても、涙が枯れることがない。

 ギネル帝国との戦闘行動に明け暮れていた頃では考えられないことだった。自分の感情は死んだものと思っていたのに、悲しみがとまらない。

 そんなデュビルの姿を、はからずも目にし、気遣って木陰に身を隠す宝金班長がいた。


 日下が倒したギアザンの兵士と思われる遺体を回収した。

 日下の証言によると、手が変形して銃口になったと言う。サイボーグかロボットなのではないか、という見解を示した。

 加賀室長と石動情報長が、その解析に当たった。

 その間、日下は3日間の独房入りを命ぜられた。副長とはいえ、単独行動で連絡、報告の行動規範を著しく逸脱したことによるものだ。日下は、これに素直に応じた。

 日下がいない間に、ラグマ・リザレックとラグマ・ブレイザムの修理補修は進み、大方が完了していた。

 問題は、人だった。

 セシリア亡き後の八咫烏隊は、ウィルバー・ゼラーが隊長として指揮を執ることになった。そしてオービル・ゼラーは、遊撃戦闘班のメンバーになった。キース・バートンの後任だ。こと、戦闘機乗りとしては一流だが、RPAとしての技量はまだまだだったが、これは本人の強い要望が決め手となった。

 技術がまだおぼつかないオービルをサポートするために、「バイロ」がラグマ・ブレイザムに組み込まれることになった。轟とトニーが初期開発をしたサポートAIで、石動情報長が更にブラッシュアップした。これは、遠隔的にトニーがラグマ・ブレイザムのパイロットになることに等しい。

 新しい指揮系統と訓練に日々を費やす。いつ敵が出現してもおかしくないなか、これ以上の悲しみを増やさないために、一人一人が生きるために人事を尽くそうとしていた。


 独房から出て通常勤務に戻り、平静を装っていた日下だが、弥月を失った傷は思った以上に深く、心も身体も蝕んでいた。独房にいた時も眠れない日々だった。

 半舷休息のシフトに入ったときに、日下は自室で酒に溺れた。弥月を失った悲しみを、受け止めきれないでいる。彼女を守れなかった自分の不甲斐なさを呪う。彼女と過ごした時間がフラッシュバックする。彼女の笑顔と、彼女の死に顔が交互に浮かんで、消える。杯を重ね、酩酊していくなかで日下は彼女のお伽話を思い出す。

 彼女の記憶が地球に届いているのならば、そこに記憶を引き継いだ弥月がいることになる。いや、そもそも0999年の地球には弥月が、0444年の地球には美月がいるのだ。そのことに思い至ったとき、それは日下が守らなければならない何よりも譲れない理由となった。

 日下は涙に暮れながら、酒の力を借りて眠りについた。ようやく生きるためのきっかけを作ってくれたのも、また弥月だ。

「弥月……ありがとう……」

 そう呟いて、深い眠りの底に落ちていった。


 食堂でジュリア・ボミと有村ななみが楽し気に女子トークを交わしていた。半減休息のシフトで、二人が一緒になるのは久しぶりだった。

 ひとつ年上の有村ななみは、ジュリアにとって憧れの先輩になっていた。亜空間ソナーの技量は本当に凄いのに、黒髪でハーフカットの容姿は年齢よりずっと若く見えて、なにかにつけコロコロ笑う彼女を見ると年上だということを忘れてしまうくらいだ。類まれな技量を持ちながら、女子としての可愛らしいさを兼ね備えている有村ななみに、ジュリアは正直憧れた。

 そんな二人の傍らに、洋食担当シェフのジェフ・マッケンジーがやってきた。

「二人に試食してほしいデザートがあるんですが、お願いできますか?」

 そう言って、ジュリアと有村のテーブル脇に立ったジェフの片手にはトレイが乗っていた。

「チーズタルトなんですが、どうでしょうか? 試していただけますか?」

 眩しいくらい白い料理服で貴公子然と佇むジェフを、二人はほぼ同時に見上げた。視線をトレイに転じると、そこには香ばしい香りを漂わせる焼いて間もないチーズタルトがあった。

「美味しそう」と、 二人は同時に声を上げた。

「いただいていいんですか?」

 有村ななみが、ジェフに向かって嬉しそうに微笑んで言った。

「ええ、チーズはお好きですか」

「はい、大好きです」

「よかった」

 ジェフは微笑みながら、二人にチーズタルトの皿を静かに置いた。

「どうぞ」

 促されて、有村ななみとジュリアは、チーズタルトを口に運んだ。

「美味しーッ」

 二人とも口を揃え、笑顔満開で声を上げた。それを聞いて、ジェフも笑みを浮かべるが、すぐに厳しい顔になった。

「どうですか? なにか、味や食感で気付くことはありませんか?」

 そう話を向けられて、ジュリアと有村ななみは顔を見合わせてから、ジェフに向かって「とっても美味しいです」と答えた。

「…そうですか。ありがとうございます。何か気付いたことがあったら、いつでも遠慮なく言ってくださいね」

 そう言い残して、ジェフはその場を離れた。

 ジェフが厨房に向かっていく、その後ろ姿を見ながら、有村ななみはジュリアに小声で言った。

「ジュリア、彼、名前なんて言うの?」

 デリバンにいた有村が知らないのは当然だった。

「ジェフ・マッケンジー、アリエル基地のときから宝金班長が委託している洋食部門の調理責任者よ。彼が、どうかしたの?」

「彼、ステキね」

「エッ?」

 少し頬を染めて言う有村ななみに、ジュリアは少し驚いた。胸の中にざわざわしたものが蠢き始める。そんなことを知ってか知らずか、有村ななみはチーズタルトを美味しそうに口に運ぶ。

 ジュリアの心の中には、ジェフに対して秘めた想いがあった。その想いに思わぬライバルが突如として現れたのだ。

 ジュリアの、チーズタルトを食べる手がしばし止まった。

「ホント、美味しー! ね、ジュリア」

 無邪気な少女のように笑顔を浮かべて食べる有村ななみは、こんな時でさえ可愛らしく見えた。

 

 加賀の解析の結果が出たとのことで、山村始め主要メンバーが司令艦橋下の作戦会議室に集まった。「ギアザンの兵士の解析結果を報告します」と加賀が、中央パネルに映像を映し出した。

「結論から言うと、彼らは脳が有機体で、それ以外の体は機械化されたアンドロイドと言っていいでしょう。ただし、その脳年齢が驚異的で、推定一万歳と目される」

「一万歳?」

 異常と思える年齢に、にわかにざわめきが起こった。

「通常では、とても考えられない。超長寿種の人類かとも考えたが、脳の生体構造的には我々と変わらない。ギアザンには我々の知らない特殊な医療技術、あるいは環境があると考えるしかない」

「遭遇したとき、この兵士の動きはとてもぎこちなかった。それは、体の機械が老朽化でもしていたからなのでしょうか?」

 日下が当時を振り返りながら、加賀に向けて質問する。

「いや、機械化された体に老朽化は起きていない。むしろ、きわめて精巧でシステマチックだ。ただ……」

「ただ?」

「非常に不可解ではあるが、体の一部分が有機体になっている。これは、むしろ非効率だ。これを見てくれ」

 パネルが切り替わった。

 兵士の体の全体図だ。その大部分は精密な機械で埋め尽くされている。その中で、色の表示が赤くなっている箇所があった。脳全体と、椀部、脚部、体幹の一部などがそれだ。

「この赤くなっているところが、所謂筋肉だ」

「いや、要するにホントの体の大部分を機械化したってことでしょう?」

 加賀は静かに首を振った。

「逆だ。機械化されたボディを徐々に有機化しているのだ」

 皆がざわついた。

「何故?」

「それは、わからない。だが、完全機械化のボディと脳が、どうも上手くシンクロしていない兆候があった。要するに脳からの信号で、体を上手く動かせていない。運動神経が退化しているせいだ。まるでリハビリ患者のように、脳がイメージしている身体の動きができない状態になっている。機械化ボディのスペックを全く生かせていない。だからこそ、有機化をしてるのかもしれない」

「機械化した体を上手く動かせないから、逆に普通の人間に戻ろうとしている、とでもいうのか?」

「それだけ彼らは脳だけで活動している敵なのかもしれない」

「ギアザンの目的は一体何なのだろうな?」

 誰しも、口を閉ざした。相変わらず、詳細はわからないままだ。

「しかし、その捕獲した兵士の脳とつながる残留メモリーからギアザンの位置情報は引っ張り出せた」

「大倉航海長、その情報をもとにギアザン帝国への航海プランをたててくれ」

 山村艦長の指示に、大倉が了解と応えた。

 加賀室長に引き続きの調査を指示し、他の者は警戒態勢をしきつつ待機を促した。ギアザン帝国とは、既に交戦状態になってしまった。いつまた、襲来があってもおかしくないのだ。

 解散を宣言し、皆が戸口に向かう途中、「山村艦長」と加賀が呼びとめた。山村が、歩を止めて振り返った。

「日下副長もいいですか?」

「はい」と返事をして、日下も足を止め踵を返した。

「山村艦長、チーフメカニックのスティーヴと艦内機構をチェックしていましたら、新しいエネルギー流通回路を発見しました」

 加賀は、手元のタブレット端末を操作して、二人にそれを表示させて見せる。覗き込むようにして、山村と日下はタブレット端末に顔を寄せた。

 タブレットに表示されていたのは、ラグマ・リザレックの全艦図だ。艦の両舷、ラグマ城壁(ウォール)発生装置の真下に赤いラインが点滅していた。それは殆ど艦首から艦尾まで一直線に表示されていた。

「この赤く表示されているところが、発見したエネルギー回路です。そして、それはエネルギー発振口につながっています。この発振口、ラグマ・ブレイザムのブレークウィングに類似しています」

 加賀の言葉に、山村と日下が同時に顔を上げた。

「新しい武装なのか?」

「まだわかりませんが、可能性は高いと思います。引き続き調査します」

「しかし、加賀君をもってしても、未だにこの艦の全容がわからない、というのはつくづく謎めいた艦だな」

「私もちょっと信じられないのです。こんなエネルギー流通回路を見落とすなんて。それで思ったんです。こいつは、カニグモの仕業ではないのか、と」

「カニグモ?」

「目的も理由もわかりませんが、あのカニグモがこの艦の機能を隠しているのではないか、と」

「……なんとなく、わかります。重大な危機に際して、彼らが発動して危機を乗り越えたことが幾度もありましたから」

 日下が、少しトーンを抑えた声で言った。

「カニグモはセーフティ機能あるいはリミッター機能なのかも知れません。強力な武装は諸刃の剣で、艦の存亡に関わりますから」

「……あるいは」と山村が思慮深い顔でポツリと言った。「我々を試しているかも知れない。この艦を託するに値するかどうか、この武装を預けていいのかどうか。子供に核ボタンは、決して預けないだろう」

「と、すれば我々は認められたのでしょうか?」

「わからん」山村は、静かに首を横に振る。「いずれにしても、慎重に行動しよう。調査を続けてくれ」

「了解しました。それと、もうひとつ。この新しい流通回路を参考にして、プラズマ・プロトン砲に改良を加えたいのですが、許可いただけますでしょうか?」

「内容は?」

 山村の問いに、加賀は同じくタブレットで自分の改良アイディアを説明した。日下も、その話に聞き入る。加賀の説明を聞き終えると、山村は「よかろう」と一言言って、タブレットにサインした。


 大倉航海長から、ギアザン帝国への航海プランが出た。山村艦長は、これを承認しラグマ・リザレックはその準備に入った。

 SW航法でアンドロメダ銀河外縁を抜けて、重力干渉が殆どない宇宙空間へと出た。

 静寂に満ちた、穏やかな漆黒空間。凪いだ宇宙の海だった。

 ここに来て、大倉航海長は反次元航法に入った。

「ブラックホールクリエイター、作動」

「ブラックホールクリエイター作動、重力歪曲点生成ポイント、前方五千コスモマイル。放射開始」

 ラグマ・リザレックから、放射された超重力エネルギーが漆黒空間の時空を歪めた。それと同時にそこにミニブラックホールが誕生する。誕生したミニブラックホールが徐々に大きくなっていく。

「反次元エンジン正常、出力百二十パーセント。反次元航法加速臨界、百五十パーセントへ」

「シュヴァルツシルト半径二五〇〇で固定、事象の地平線に進入します」

「総員、対ショック姿勢」

「次元中間子シールド展開」

「次元中間子シールド展開します。次元中間子シールド、覆艦三〇パーセント、五〇パーセント……八〇……九〇…次元中間子シールド覆艦一〇〇パーセント。次元中間子シールド、本艦を完全に覆いました。異常、認められません」

 ブラックホールの重力に引き込まれ、ラグマ・リザレックの船体が振動する。

「反次元航法加速臨界、百五十パーセント。機関正常、オールグリーン」

「反次元航法スタートします。ADブースター点火!」 

「機関エネルギー反転、アンチマター排出回路に切り替えます」

 大倉航海長の合図と同時に、ラグマ・リザレックは急激な加速とともに、ブラックホールに突入した。船体がブラックホールが消えると同時に、そこに出現したブラックホールも消失する。

 ブラックホールを潜り抜けた先の世界は、距離感も方向感覚もなにもない、ただただ白い世界だ。ときおり陽炎のようなゆらめきが見受けられるが、それ以外になにもない。

 その白い闇の中を、次元中間子シールドに包まれたラグマ・リザレックは、艦の安定を最大限に注意しながら進んでいく。経過する時間の感覚も麻痺していくが、変わらぬ景色に集中力が散漫になりがちになる。しかし、大倉航海長とトムソン機関長だけは、緊張感を緩めることができない。

 方向感覚と距離感がない空間だからこそ、反次元アウトのタイミングを逸する訳に行かない。一度間違えば、何百光年と違う空間に出てしまうこともあるのだ。

 トムソン機関長は、とにかく機関の安定に心を砕く。反次元エンジンが異常を起こして、ひとたび通常物質がこの反次元に漏れたら、その瞬間にラグマ・リザレックは消滅だ。ガスが充満している部屋で、ライターをいじっているようなものだ。火花ひとつで、大爆発。そんなイメージをダブらせ、緊張に耐える。トムソンの薄くなった頭髪の隙間に、じっとりと汗が滲んでいる。

「ホワイトホールクリエイター、作動用意」

 反次元ジャイロとコンパス、そして反次元海図を凝視していた大倉航海長が反次元アウトの合図を送った。

 ラグマ・リザレックの両舷砲門から次元中間子と、反次元に穴を穿つためのビームが照射される。

 白い空間の中に、ポツリと黒い空間が現れる。ホワイトホールを形成すると、ラグマ・リザレックは、その空間めがけて前進する。

「トムソン機関長、反次元加速臨界百五十パーセント」

「了解。反次元加速臨界百五十パーセント。機関エネルギー再反転準備、ダークマター排出回路に切り替え準備」

「反次元アウト、1分前。機関時間あわせ、よろし?」

「時間あわせ、了解。セット完了」

 反次元航法は、突入よりも通常空間に戻る方が難しい。反次元の出口ホワイトホールの表面を次元中間子を覆わなくてはならないし、なにより機関から排出される物質を切り替えなければならない。そのタイミングを間違えると、反次元物質と通常物質が対消滅を起こしてしまうかもしれない。そうならないための、申し合わせだ。

「反次元アウト、十秒前、九、八」

 大倉航海長のカウントダウンが始まった。ブリッジの空気が張り詰めた。

「五、四、三、二、一、〇」

 大倉航海長のゼロカウントで、ラグマ・リザレックは反次元から脱出した。

「反次元航法、終了。到達目標誤差ありません」

 安堵し切った大倉航海長の声が、ブリッジに響く。他の者も、ようやく肩の力を抜いた。

 通常空間に出て、ラグマ・リザレックの眼前に広がっていたのは、天の川銀河と匹敵する巨大な銀河だった。だが、そのきらめきは鈍く灰色がかっていた。

「全艦、艦内機構チェック。ジュリア、周辺宙域の警戒および観測を行ってくれ」

 山村艦長が、指示を出す。

 ブリッジ要員が、情報収集に奔走している間に、不思議な現象が起こった。

「艦長!」

 警戒と観測を行っていたジュリアが、悲鳴に近い声を上げた。

「重力震発生! 超巨大な質量がSWNアウトします」

「敵艦か?」

「違います。そんなレベルのものじゃなくて……」

 珍しくジュリアが言い淀んでいる。

「あの人工惑星か?」

「違います」

 その問いも、ジュリアは否定する。そして、言い放った。

「別な銀河がSWNサーフェスアウトします」

「バカな、銀河がサーフェスアウトだと?」

 驚愕の報告に、誰もが耳を疑った。一瞬、ジュリアがなにか言葉を間違ったのだと思った。しかし、最大広域にしたスクリーンに、まさに亜空間から出現する銀河が見えた。漆黒の宇宙を切り裂いて、縦向きになった渦状銀河がゆっくりとその姿を現していく。

「超重力震、また発生」

「また?」

 先ほどの銀河がスクリーンの右手側に出現したのに対して、第二の重力震は左手だった。壮大な光景が、クルーの前に繰り広げられた。

「超重力震第三波、発生。銀河SWNサーフェスアウト」

 その報告には、誰もが声が出なかった。宇宙の創生を見ているような光景に息を呑むしかない。

「また、きます。超重力震、第四波、更にまたひとつ……またきます、重力震、またきます。またきます。またきます」

 狂気に囚われたように、同じ言葉を繰り返してジュリアが報告を続ける。

「超重力震、三十波目きます」

 その観測が最後だった。最後は涙声に聞こえた。

「有り得ない……」

 近接して三十の銀河が、まるで艦隊行動をとるように目の前に出現した。このスケールには、山村も圧倒された。

「大倉航海長、加賀室長が解析したギアザン帝国は、どの銀河だ?」

「最初にあった銀河です。現在、前方三十銀河の最奥部」

「艦隊出現、前方二千コスモマイルにSWNサーフェスアウト。更に増加中」

「メインモニターモニターに拡大投影」

 メインモニターに次々と艦隊が出現している。その数は、把握できないくらいだ。その機体は見覚えのあるものばかりだった。アガレス、ブエル、メイオウ、ザゴン。そして、戦艦、巡洋艦、駆逐艦らが無数に増えていく。

「石動情報長、艦隊はどの銀河方向から出現したかわかるか? 推測でかまわん」

「航跡トレースします」

「全艦、第一種戦闘配置」

「山村艦長、推測ですが航跡トレースできました。モニターに出します」

 石動さとみからの声とともに正面モニターに分割して割り込んだ画面に、SWNサーフェスアウトして出現する艦隊からラインが表示され、そこから現在の三〇の全銀河が映る望遠画面へとズームアウトしていく。航跡トレースを示すラインは、三〇の全銀河に満遍なく広がっていく。

「出現した艦隊は現存確認できる、全ての銀河方向から出現しています」

 石動の報告に、司令艦橋の誰もが凍りついた。

「……つまり、この銀河群そのものがギアザン帝国ということか」

 山村艦長の声が、司令艦橋に響く。決して大きな声ではないが、クルーの耳に届いた。

 山村は、被っていた制帽を一度持ち上げた。その額に、じっとりとした汗が滲んでいる。手の甲でそれを拭うと改めて、被り直して前方を見据えた。

 呆然とするクルーに向かい、山村は艦長席で立ち上がった。

「総員に告ぐ。我々は、ギアザン帝国に到着した。我々の航海の目的を思い出せ。我々は今も続いているであろう地球の先祖と子孫の戦争を止めるためにやってきた。これを止めなければ、我々自身もタイムパラドックスによって消滅する可能性がある。呆然としている暇はない。ギアザン帝国の本星はまだ解明できていない。本艦は、この難局を振り切って、銀河群最奥部へ突入する!」

 山村艦長のゲキに、誰もが気を引き締め、絶望しそうになった心を奮い立たせた。

「トムソン機関長、ここから先は機関推力の維持が戦局を決する。準備はいいか」

「了解、機関保守は万全です。いつでも、最大戦力が出せます」

 トムソンの返答に、山村は大きく頷く。

「大倉航海長、最大戦速で艦隊中央を突破する。目標、銀河群最奥部。シンディ戦務長、火力を前方に集中、攻撃準備。加賀室長、ラグマ城壁(ウォール)展開準備。日下副長、ラグマ・ブレイザムを四神モードで甲板で待機させろ。あれを使うぞ、いいな加賀室長」

 山村の命令に、日下と加賀が了解と答えた。日下は副長席に向き直ると、ヘッドセットを装着して、遊撃戦闘班の回線を開いた。

「遊撃戦闘班、ラグマ・ブレイザム四神モードで甲板に待機。デストロイロッドを使う。オービル、トニー、君達の初陣だ、準備はいいか?」

「了解」とヘッドセットに二人の声が重なって聞こえた。

「出現艦数、2万を超えました。距離一〇〇コスモマイル。敵艦、砲撃を開始しました。ビームがきます」

 ジュリアの報告に、戦慄するクルーに向かい、山村が叫んだ。

「艦長より全艦に達する。我々は、最奥部銀河に必ず到達するのだ。諸君の操艦に期待する。速力全開、ラグマ・リザレック発進!」

 エンジンが雄叫びを上げて、ラグマ・リザレックが発進し加速する。

 艦隊中央へ向かうラグマ・リザレックは、敵にとっても意表をついたようだ。全艦隊から砲撃が始まった。閃光が、あらゆる角度から向かってきた。

 ラグマ・リザレックからも砲撃で応戦する。交差する光の先で、敵艦が撃沈し爆発していく。密集隊形となっているため、その爆発が遼艦を巻き込んでいった。

 その間隙を縫うようにして、ラグマ・リザレックはそのまま艦隊の中に切りこんでいく。

 敵艦は、艦隊内部に突入したラグマ・リザレックに砲撃を加えるが、その外れたビームが遼艦に命中し、轟沈した。同士討ちで、艦隊行動が大きく乱れる。

 そんな中、RPAが飛来して攻撃を始めた。アガレス、ブエル、メイオウ。それらが、隊列をなして押し迫ってくる。

「ラグマ・ブレイザム、デストロイロッド用意」

 日下の指示に基づいて、ラグマ・ブレイザムが動きだした。今、ブレズ1でメインコントロールを行っているのは、轟・アルベルンだった。さらに「バイロ」を介して、トニー・クライン・キッドマンがいる。

 轟は、ブレークウィングを起動させた。

 ラグマ・リザレックの両舷に装備されているプラズマ・プロトン砲の、その砲身部分が付け根から外れた。そして、それが九〇度旋回する。正面を向いていた砲門が、左右を指す形となる。その砲身がスティーヴと加賀が作り出した筒状の増幅ユニットと接続されると、更にそれがラグマ・ブレイザムの手元まで延伸した。ラグマ・ブレイザムは、その筒に、ブレークウィングのユニットを挿し込んだ。そこには、ラグマ・ブレイザムの手が握りこむための取っ手のようなものがついている。それを握りこむと同時に、その足元がぐらつかないように、固定装置が作動した。

「デストロイロッド、放射開始」

 日下の指示が飛ぶと、ラグマ・ブレイザムで轟がブレークウィングを起動させた。そのビームは、接続した増幅ユニットの中を通り、プラズマ・プロトン砲の砲身を利用して左右に太く長いビームの棒が形成された。遠めに見れば、ボートのオールのように見えるかもしれない。デストロイロッドは、加賀がブレークウィングに着想を得て、プラズマプロトン砲の砲身を利用した攻撃と防御を併せ持った対戦兵器だった。

 棒状に延びた光に触れたものは、消失していく。これに敵のRPA達が巻き込まれていった。轟は、レバーを操作した。ラグマ・ブレイザムの手の動きに応じて、デストロイロッドが、前後あるいは上下に動いた。オールを漕ぐような動きだ。

 急速接近するRPAもザゴンも艦隊も、触れたものが破壊されていった。

 この状況を見て、敵が二の足を踏んだ。突撃態勢が僅かに緩んだ。

「全砲門、斉射開始。撃ち方、はじめーっ」

 シンディ戦務長の発令で、ラグマ・リザレックの全砲門からビームが前方に集中して発射される。戦艦が次々に破壊され、撃沈されていく。塞がれていたところに、道ができていくようだ。その間隙を縫って、ラグマ・リザレックが最大戦速で突っ切っていく。舵をとる大倉航海長の真骨頂だった。

 慌てふためきながらも、敵の砲撃が集中してくる。敵の砲弾が着弾し、衝撃が艦を揺らす。バリアーフィールドが、軋んでいるようだ。

「高エネルギー弾、来ます」

 ジュリアの声に山村が反応した。

「ラグマ城壁(ウォール)、展開」

 ラグマ・リザレックの四方がエネルギーの石塊で覆い尽くされる。

容赦のない高エネルギー砲弾がラグマ・リザレックに集中し、その宙域が死の光で埋め尽くされた。ビームの光だけで、十億光年分もありそうな量だった。

 しかし、その光の中からラグマ・リザレックは浮上する。

「速度そのまま、機関最大。大倉航海長、舵そのまま方位〇-〇-〇だ」

「方位〇-〇-〇、ヨーソロー」

「前方、左四〇度に人口惑星、右三〇度にもいます。変形開始しました。ミカエルです」

 先の戦闘で出現した人工惑星だった。その惑星は変形して、人型になる。その形状が背中に羽をもつ天使に似ていることから、いつしかクルーは天使の名、ミカエルと皮肉って呼称していた。黒い機械化された天使だった。

 その黒い天使から、攻撃がなされる。ラグマ・リザレックの航路を阻む巨大な敵の出現に誰もが息を呑み、空気が張り詰めた。

 そんななか、艦内でカニグモが動き出した。例の如くアクセスを繰り返し、ピーブー音を鳴らす。その目が点滅したかと思うと、グリーンに転じた。なにかが完了したようだ。

「山村艦長、不明だったエネルギー回路が開きました。やはりこれは、ブレークウィングと同じ発振システムです」

 加賀からの報告に山村は即断する。

「日下副長、本艦両舷よりブレークウィングが発振できる。放射準備」

「了解、放射準備します」

「トムソン機関長、エネルギーをリザレックウィングにまわせ。推力に変化があるか?」

「エネルギー、リザレックウィングへまわします。推力ダウン、ありません」

「大倉航海長、両ミカエルの間を突っ切る。コースターンだ」

「了解、コースターン、取り舵一〇」

「エネルギー回路接続完了。リザレックウィング発振口オープン。艦長、準備完了しました」

「リザレックウィング、放射」

「リザレックウィング、放射します」

 日下がスイッチを押したと同時に、ラグマ・リザレックの全長二二〇〇メートルの艦の長さそのままに、光の翼が形成されて両舷に伸びた。

 その翼は、突撃してくる艦やRPAをあっという間に切断していった。光の翼は、更に伸びていく。デストロイロッドの比ではなかった。

 光の翼を展開した状態で、ラグマ・リザレックは二人のミカエルの間に向かって、最大戦速のまま突撃していく。

 幾十、幾百、幾千の艦を切断し破壊しながら、ラグマ・リザレックはどこまでも突き進んだ。やがて、黒い天使とすれ違った。光の翼は、更に伸びその胴体を両断した。

「ミカエル2体、切断!」とジュリアが報告した。

 その先の宙域が、僅かに手薄になっていた。

「大倉航海長、亜空間回廊生成! ワームホールに突入せよ」

 山村の声に、大倉は「了解」と復唱し、亜空間ワームホール航法の作動レバーを引いた。

「シュレゲリークォーク、インパクト!」

 

 ワームホールに突入し、ようやく敵の猛撃を振り切った。この間に、各所態勢を立て直す。

 艦に主だった損傷がないのが救いだった。今のうちに、休息と食事を摂らせるよう山村が指示を出した。

 こういった緊急に食事を担当している山野ばぁちゃんとジェフはよく対応してくれる。軽食だが栄養価の高いメニューを出してくれる。

 このときばかりは、強張った心がほぐれて、ほんの少しだけ笑顔が出るというものだ。

 しかし、それも長くは続かなかった。

「ワームホール内、後方三〇〇敵艦出現」

 亜空間ソナーを最大効力にして警戒に当たっていた有村ななみが突如として、艦の出現を告げた。同時に砲撃が始まる。

「ワームホール内で敵?」

「亜空間カテドラル、急速接近。このままでは、あと二十秒で接続します」

「総員、亜空間戦闘!」

 副長の立場で、日下が咄嗟に宣言を出した。山村艦長は今、休息で不在だった。

「亜空間カテドラル、本艦亜空間回廊と接続します。敵艦隊、数五〇」

 有村ななみから、報告が上がった。接続してきた亜空間カテドラルは巨大で、その中にいた艦隊の数も想像以上だった。しかし、それを的確に捉えた有村ななみの亜空間ソナーの力量は大したものだ。

「シンディ戦務長、雷撃戦用意。後方敵艦に対して攻撃せよ」

 日下が、指示をだした。

「了解。後部、魚雷発射管開け。続いてSBM同時発射用意」

「発射準備完了」

「てぇーッ!」

 ミサイルが敵艦に見事命中して炎上し、その瞬間敵艦は亜空間内から弾き飛ばされた。ワームホール内に消え、おそらくはどことも知れぬ通常空間へ弾き飛ばされただろう。

 一艦を撃退して、一息ついたのも束の間だった。これをきっかけに、亜空間カテドラル内で敵艦が次々と攻撃を開始してきたのだ。

「ソナーに感! SWNフォールイン。数、五〇の亜空間カテドラルが侵入しました。尚、増加中」

 続々と艦隊が亜空間に突入してくる。前後左右に、艦が出現し取り囲まれた。敵艦はなお増える。まるで、ワームホールを埋め尽くす勢いだ。

 前後左右に艦隊がいる。攻撃が開始された。

 ラグマ・リザレックに集中する攻撃で艦が激震する。

「総員、衝撃に備え! バリアーフィールド、最大出力」

「日下副長、固定座標が不安定。このままだと亜空間から弾きだされる」

 航行艦橋から、大倉航海長の切迫した声が流れる。

「左舷より戦艦2、急速接近。本艦へ突撃してきます」

「特攻するつもりか?」

「大倉航海長、緊急SWサーフェスアウト!」

 日下の指示に、大倉航海長が即座に了解と応えた。

 ラグマ・リザレックは、SWNを解除して亜空間から通常空間へとサーフェスアウトした。

 亜空間カテドラル内でラグマ・リザレックに特攻しようとした艦は、不意に消えたラグマ・リザレックを通過して遼艦に突撃して爆発した。間一髪だった。

「SWNサーフェスアウト終了」

「艦内チェック、急げ。損傷確認」

「空間座標確認。現宙域照合、位置を確認しろ」

「照合完了、銀河ナンバー二五。第4腕の中です」

 ラグマ・リザレックが亜空間から舞い戻った先は、三〇の銀河に割り振ったナンバーの二五番目の銀河だった。最奥部ナンバー1銀河までは、全くほど遠い。前進するにはしたが、それは亀の歩みのようだった。

「状況を報告せよ」

 山村艦長が、艦長席に戻ってきた。戦況報告を聞くと、山村は腕組みをして思案顔になった。

「山村艦長」と加賀が通信で割って入った。「判明したことがあります」

「聞こう」

「我々が対するのは、出現している三〇の銀河群だけではありません。この宙域十億光年にある銀河団が、ギアザン帝国を指すのです。グレートアトラクターで構成される超銀河団内の分布図で、ギアザン銀河群と同様なエネルギー構成をもつ銀河を照合しました」

 ズームアウトして、その範囲を示す図がモニターに現れたが、スケールが大きすぎて理解しがたい。銀河群ではなく、銀河団。そこにある銀河の数は数百だ。

「どうやら、SWNに入ろうが入るまいが、敵は全く意に介していないようだな。なぜなら、どの空間にサーフェスアウトしようともそれは全てギアザン帝国の包囲網だということだ」

 衝撃の事実に、誰もが動揺を隠し切れない。想像がつかない。感覚として去来するのは、この宇宙の半分を敵に回した、という驚愕のイメージだ。

「諸君、やることは変わらない。目指すは、敵の本星だ」

「敵艦出現、巨大重力震発生。このスケールは人工惑星ミカエルです」

「総員、戦闘配備」

 正面モニターを見据えた日下は、五体の人工惑星が天使の様相を呈したミカエル形態で出現するのを見た。

 十億光年の範囲がギアザン帝国? それをたった1艦で対するというのか? 無謀だ。あまりに無謀すぎる。しかし、ここで逃げたらどうなるのだ? 自分達が消失するかも知れない危機、愛する者がいなくなるかも知れない危機はそのままだ。それに、今逃げたとして、いつかギアザン帝国が侵攻してきたら、地球はひとたまりもない。

 遠い過去、日下にとっては遠い未来にギアザン帝国は、襲来するのだ。それが全ての始まりなのであれば、ここは逃げてはいけない。

 ラグマ・リザレックの全クルーが、昂然と顔を上げる。

 宇宙創生エネルギーラグマを持つとされるこの艦。そのエネルギーは、無限とされる。

 クルーにとって、ラグマは今となっては希望だ。心のよりどころだった。

「リザレックウィング展開。我々はなんとしても辿りつくのだ!」

 山村艦長の声が全艦にこだました。




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