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クラッシュトリガー  作者: 御崎悠輔
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第一章 決戦

ガイア暦0999年。

 人類は一度、死滅の危機に際した。退廃した歴史の中で、語り継がれている「アスラの雷」と呼ばれる核戦争の洗礼を人類は受けてしまった。それが起きた正確な年は定かではない。おおよそガイア暦0600年頃とされている。それくらい、殆ど伝説のようになっている。

 充満する放射能汚染の中、生物の種として瀕死の状態にまで陥った人類。だが、人類は生き延びた。その適応能力は遺伝子をつくりかえ、突然変異体と呼ばれる人間が生まれ出した。

 突然変異体。それは前触れもなく、まさに突如として現れる。昨日まで全く普通だった人が、なにかをきっかけに今日になって覚醒してしまう。あたかも洗礼を受けて入信してしまうような唐突さで発生する変異体。いつしか、これを「受洗した突然変異体(Baptisma Mutant)」と呼ばれるようになり、そのスペルの頭をとってギリシャ読みした呼称「βμ(ベータミュー)」が定着した。発生する場所は、特に放射能汚染がひどい地域に見られた。

 βμは、サイコキネシス、テレパシー、思念波といった特殊能力を持つ。

 このβμの出現は、国家の諜報戦に大きな影響を及ぼした。特殊能力をもつβμは優秀な諜報部員となり、彼らの前では国家機密が機密の意味をなさなくなってしまったのだ。

 極秘事項は次々に漏洩され、国家は同盟、連邦形態をとり、やがて世界は「ギネル帝国」と「デリバン連合王国」に二分化した。

そして、その二大国は全土統一にむけ、全面戦争を開始していた。

 この時代、放射能汚染によって国土は荒廃し、人々が暮らすことができる自然環境は、地球上にほんのわずかしか残されていなかった。地球上で戦争を行えば、このわずかな自然環境すら破壊され、消滅してしまう。

 この問題に対して、ギネル・デリバン両国は唯一の中立地クリーンランド島にて、クリーンランド条約を結び、毒ガスや核の使用制限、捕虜の取り扱いなどの取り決めを行い、そして何より、戦場を宇宙艦隊戦に限定した。それは、残された人類の最後の良心の発現と言えた。

 地球より最も近い星である月。地球に近いということはそれだけ補給、兵力の増強に時間と経費のコストダウンを計ることができる。

 この一点において両国の利害が衝突、対立が激化した。領空を侵犯したギネル艦隊の戦闘機をデリバン連合王国が攻撃し、撃墜した。この事件に端を発し、ここに月面補給基地奪取の大義名分を掲げた、後に「ツクヨミ沖海戦」と呼ばれる大規模の宇宙艦隊戦が展開した。

 結果は、デリバン連合王国が勝利をおさめた。これにより、以後デリバン連合王国は一段階有利な状況に立ち、ギネル帝国軍は火星に基地を構えた。

 だが、補給状況には不利な立場に立ったギネル帝国ではあるが、兵器の技術開発力、そして生産力にはデリバン連合王国の追随を許さなかった。戦争は一進一退の膠着状態を生み、長い年月が過ぎた。

 両陣営の疲弊も極限に達し、これに決着をつけるべく、ここに一大決戦を迎えることとなった。

 自然破壊が及ぼす影響は、計り知れなかった。兵力も資源も底を尽きかけていたのだ。

 人類はこんな状況でも、戦争を平和的解決で終結する術を持っていなかった。

 決戦。この戦いに、引き分けや撤退はない。

 火星基地より、ガデル少将を最後の艦隊司令に、空母、巡洋艦、戦艦、新兵器機動要塞ザゴン、そして大型宇宙戦艦ゴルダを旗艦としたギネル艦隊が発進した。

 旗艦ゴルダは両舷にベルガ粒子砲を備え、主砲六門、魚雷発射管を十二門備えた空母型戦艦で、それを司るガデル少将は、顔の左側に頬から顎にかけて大きな傷痕を残す歴戦の勇士だ。骨格も太く逞しい、寡黙ながら知略に長けた初老の戦士である。

 ガデル少将のβμとしての特殊能力は無に等しい。しかし、彼にはそれを補ってあまりある、死線をくぐり抜けてきた経験と、それに裏付けされた戦術があった。彼の戦術に落ちた兵の数は知れない。


 月面基地より、デリバン連合王国の艦隊が発進した。地球からの補給が有利なだけ、こちらは艦隊の規模が大きく、第一次攻撃部隊と第二次攻撃部隊の二部大隊で構成されていた。

 第一次攻撃部隊の司令はビーグロン・バン中将、第二次攻撃部隊司令は、デュビル・ブロウ中佐がその指揮官の任に就いていた。

 ビーグロン中将もまた、歴戦の勇士だ。彼は、二部大隊の提督も兼任している。ビーグロン中将は、まず自ら率いる第一次攻撃部隊で敵と接触、できうるならば、この第一次部隊でギネル帝国軍を撃滅してしまいたいと考えている。万一、この部隊が突破された時点で第二次攻撃部隊が戦線に出るという作戦だ。

 第一次艦隊旗艦はルナ・エンペラー、第二次艦隊旗艦はグレート・デリバンと言った。

 

 両陣営は月軌道上より三百コスモマイルほど離れた宙域にて、砲火を交えることになっていた。

 ギネル帝国軍艦隊旗艦ゴルダのブリッジでは、ガデル少将が席を立ち、緊張と興奮の混じった声で全乗組員に語りかけていた。

「諸君。もし、この戦闘に勝利をしなければ我が軍の破滅は目に見えている。絶対に勝たねばならないのだ。敗けることは、許されない。現在の我が国の状況は皆が知っての通りだ。既に資源が底を着いた。この戦いで、デリバン連合王国を倒さなければ、それも短時間で敵を倒さなければ、我が国の復興は困難をきわめる。勝利だけが、我々に残された道だ。諸君らの奮闘を期待する」

 ガデル少将の言葉に全ての兵が声を上げ、それがブリッジに、機関室に、艦載機格納庫に、各砲座にこだました。力強く大きな響きだった。

「ビトレイ副長、現在の艦隊陣形を報告せよ」

「ハイ。我が艦隊は、本艦を最前列におき、以下に両翼後方に戦闘艦を四隻ずつ配置。その上下に空母を展開。既に艦載機の発進準備は整っています。戦闘艦の後方には、機動要塞ザゴンが三体、最後尾には、更に戦闘艦を配備しております」

 そうか、と呟き、ガデル少将は左顎の傷痕を撫でながら、しばし目をつむった。が、やがて意を決し、目を開いた。その瞳には燃えるような輝きがあった。

「艦隊の陣形を変更する。機動要塞を前面に移動させろ。本艦より前だ。デリバン連合王国の度肝をぬく。一気に敵を殲滅する」

(この新兵器ザゴンの前にどうでる? ビーグロン中将にデュビル中佐)

 ガデル少将は、心の中でかすかな笑みを浮かべた。

 ブリッジのメインパネルにはガデル少将の指令通り、隊列の中央を貫いて三体のザゴンが、艦隊の最先端へと躍り出た。

 ガデル少将は、少し前かがみになり艦長席のマイクへ言葉を投げつけた。

「我が艦隊は、敵デリバン連合王国軍と五分後に接触する」


 ビーグロン中将は艦長席で、メインパネルに映っているギネル艦隊を見つめていた。

「ビーグロン中将、敵、艦隊陣形を変えてきました。最前列へ三体の艦が並びました。初めて見る艦です。いえ、艦と言うよりは要塞です。全長ゴルダ級の三倍!」

「分析班、データ照合急げ」

「既存データにありません。新兵器です。ビーグロン提督」

「新兵器? ギネル帝国も最後のあがきに虎の子を出したか」

「敵、新兵器の三艦より、艦載機が発進しました」

「拡大投影せよ」

 パネルに映し出された映像は少し不鮮明であるが、報告の通り、その両舷から無数の艦載機を発進させていた。

「空母よりも、更に大きな形状だ。ゴルダ級の三倍か。確かにまるで要塞だな」

 ザゴンを見て、ビーグロン中将はそう評した。

ビーグロン中将は、この戦いに対して自信と余裕を持っていた。艦隊の数も敵ギネル艦隊とは、倍も違う。そしてなにより、月面を求めての「ツクヨミ沖海戦」で、ビーグロンは見事勝利をおさめた。そのときと同じ高揚感を、今感じているのだ。勝利の予感がビーグロン中将を支え、ゆとりを持たせていた。

(ガテル少将め、勝ちを急いだな。要塞というのは攻撃力はあるが、ほとんど動くことができない。まだ戦力の完全な状態の我々には演習のマト同然)

 ビーグロン中将は、マイクに向かって静かに言った。

「司令より、全艦に達する。我々にしても、ギネル帝国にしてもこれが最終決戦だ。この戦いで決着をつけねばならない。デリバン連合王国の未来は諸君らの双肩にかかっている。知っての通り、我が国の資源が底をついた。この戦いも短時間で決着をつけねばならない。長期戦にだけは持ち込むな。全艦の健闘を祈る。砲撃用意、目標敵要塞」

 ビーグロンが叫ぶ。

「砲撃用意、目標敵要塞」

「砲撃開始!」

「砲撃開始! ッテェェッ!」

 副官の復唱が消え、コンマ数秒後にルナ・エンペラーの主砲から、エネルギー砲弾が発射された。砲弾は、宇宙空間に二筋、三筋の光のラインをつくり、一ミリも誤差のない精度で、真っ直に要塞へ向け、突き進んだ。

(命中だ。第二次攻撃艦隊は、温存できそうだな)

 ビーグロン中将は、命中を確信した。


 第二次攻撃部隊の旗艦グレートデリバンのブリッジでは、デュビル・ブロウ中佐がメインパネルのザゴンを目を凝らして見つめていた。

 そして突然デュビル・ブロウ中佐をはじめ、グレートデリバンの全乗組員が戦慄した。

 ギネル帝国の要塞ザゴンは、艦載機を発進し終わると同時に、ルナ・エンペラーの放った砲弾をかわし、凄じいスピードで第一次攻撃部隊に向かって突撃を開始したのだ。

 

 ゴルダのブリッジでは、ガデル少将が次の指令を下していた。

「全機動要塞、各個撃破にかかれ。機動要塞が敵艦隊と接触と同時に、砲撃を開始する。空母は現状の位置で待機。艦載機を発進させろ。空母を除く全艦、微速前進だ」

 ギネル帝国戦史の中で、最高傑作といわれる艦載機ボビット・バーノンが、各空母より放たれた矢のように次々に発進した。


 ルナ・エンペラーのブリッジには、被害報告が嵐のように飛び交っていた。

「中央、前衛部隊突破されました」

「左舷、空母艦隊、全滅」

 ルナ・エンペラーの両舷にいた戦艦が爆発し、その爆圧でブリッジが激しく揺れた。

「ビーグロン提督、右舷ミサイル艦隊も壊滅しました」

「落ち着け。我々の艦隊はギネル帝国の倍もあるのだ。確実に狙い、堕とすのだ」

「敵要塞のスピードに追い切れません。現時点で、直撃弾が一つもありません」

「じょ、上空に敵艦載機接近。ボビット・バーノンです」

「対空戦闘用意。対空砲、一斉掃射。各空母は艦載機ガーガン・ロッツを発進させろ」

「右舷、補助エンジン被弾。出力二〇パーセントダウン」

 ビーグロン中将の余裕は打ちのめされ、敗北の予感が頭をもたげた。

「敵機動要塞、反転して戦線より離脱します」

「なに?」

 メインパネルには、報告の通りザゴンが戦線を離脱し、攻撃隊から距離をとった。

「どうしたんだ?」

 離脱したザゴンに向かい、敵艦載機が追随して離脱していった。そして、ザゴンの中に収容されてく。

「くそ、奴は正真正銘の要塞だ。敵艦載機は、補給、爆装してもう一度攻撃してくるぞ」

 その言葉に、第一次攻撃部隊の誰もがすくみあがった。第二波が来たとき、第一次攻撃部隊は壊滅する。

「ギネル帝国め。とんでもないもの開発したな。機動力を持った要塞とはな」

 じっとりとにじむ汗を抑えきれず、ビーグロン中将は体内の奥から押し上がってくる死の予感を止めることができなかった。

 九百メートルもあろうかという大きさ、形としてはほぼ立方体だ。その両舷には、ビーム砲が連なっている。特異的なのは、各所にバーニアスラスタが付いていることだった。このバーニアスラスタの噴射で、機動要塞ザゴンは多面的な機動力を得る。

 ビーグロン中将は、この新兵器ザゴンに追いつめられていた。


「第二次攻撃部隊、緊急発進。最大戦速だ、急げ」

 デュビル・ブロウ中佐は一抹の不安を隠し、努めて冷静な口調で言った。

 デリバン連合王国艦隊第二次攻撃部隊が、進撃を開始した。

 

「機動要塞ザゴン、第二波にかかれ。この攻撃で、第一次攻撃部隊を殲滅する。攻撃を旗艦に集中しろ」

(さらばだな、ルナ・エンペラー)

 ガデル少将は、一つ小さなため息をついた。

 

「メインエンジン被弾。こ、航行不能」

「……諸君、我々の艦隊は敗けた」

 ビーグロン中将は、死を覚悟した。分刻みで、艦に衝撃が伝わり被害報告が飛び交う。ブリッジは、光と闇が交互に明滅していた。

「パネルに地球を映せ。諸君、これが地球の見納めだと思ってくれ」

 人々の愚かな行為で始まった放射能汚染。地球は、かつての清冽な青い輝きは失われていた。

 ルナ・エンペラーのブリッジに、その錆ゆく星を見て、涙にむせぶ声が響いた。

「デュビル、デュビル中佐。第二次攻撃部隊は、温存しておきたかった。デリバン連合王国のために、地球の未来のために。だが、我々は敗けた。あの機動要塞に敗けた。後を頼…」

 宇宙空間に閃光が走った。

 ツクヨミ沖海戦において、目覚ましい戦果をあげた大型戦艦ルナ・エンペラーは、一瞬にして沈んだ。

 第二次攻撃部隊のデュビル・ブロウ中佐は、その閃光を垣間見た。

「遅かったか…全鑑、第一級戦闘配備。第一次攻撃部隊の弔い合戦だ。攻撃開始!」


「ザゴンは攻撃を再開だ。前進する」

 ガデル少将は、血が躍動するのを覚えた。


 宇宙空間。ザゴンは、敵の砲弾を上下左右に滑らかに動いてかわし、デリバン連合王国第二次攻撃部隊の前衛を突破した。


「全艦一斉攻撃。全ての火器の使用を許可する。連射十、いや、十五秒。奴のスピードに食らいつけ。めくら撃ちでかまわん。ッテェェェッ!」

 デュビル・ブロウ中佐は、優れたβμ能力を持っている。殊に思念波においては、ギネル・デリバン両国を通して右に出るものはいなかった。その能力をかわれて、彼は二十代の若さで中佐の座を得た。が、艦隊司令を務めるには、まだ経験が不足していた。今、デュビル・ブロウ中佐は、のしかかる責任の重さを感じていた。そのプレッシャーに、心臓が早鐘のように脈打つ。胆を据えろ、と自分に言い聞かせ、その嫌悪感を打ち消した。

 若くしてこの地位まで登りつめた彼の周りには、羨望とねたみもまた渦巻いている。経験が伴わない事を言い訳にできない。彼は孤独だった。彼はいつの頃からか「笑い」を忘れている。それは、なおのこと彼を孤立させることになった。デュビル・ブロウの眼差しは冷たかった。


 宇宙空間に様々なスペクトルをもつ光線が交差し、ギネル帝国軍はデリバン連合王国軍へ距離を縮め、それに対してデリバン連合王国軍は、少しずつ後退を余儀なくされた。

 クリーンランド島条約に、戦闘宙域の限定がある。地球に戦闘の被害が及ばないようにという、実際に戦争をしている軍人にとっては勝手極まりない条項だ。この戦闘宙域が、月軌道上より十コスモマイルとなっている。

 デリバン連合王国軍の後退にも限度があった。このまま後退すれば、クリーンランド島条約に抵触する。

「思念波増幅装置を装着せよ。一時的でも敵の進行を止める」

 思念波。それはβμ能力のひとつで、強力な脳波を体外に放出し、相手の脳細胞や神経組織を圧迫するものだ。痛烈な頭痛を覚え、神経が破壊され、場合によっては悶死する。

 宇宙戦においては、これを思念波増幅装置でより強力にし、思念波発振装置で電波的なものに変換して放射する。

 デュビル・ブロウは、この戦術を指示した。

 一見大型のヘッドフォンのような装置。それを頭部に装着すると、兵士達は精神統一をはかる。

 この思念波を巡って開戦当時に、学界で「βμ思念波増強論」と「反βμ思念波論」とに別れ、凄まじい論争に発展した。戦争という時代の勢力は「反βμ思念波論」を押し潰し、その論理を唱えた学者は虐殺されてしまったという。どんなに歴史を積み重ねても、「魔女狩り」は繰り返されていた。


 思念波を浴びたギネル帝国軍のゴルダのブリッジでは、兵士達が苦痛にあえぎ、床にもんどりうって転がり回っていた。

 凄じい呻き声が、エコーがかかったように次々と湧き起こる。

 ガデル少将も、同様に苦痛に顔を歪ませて必死に耐えていた。

 ギネル帝国のデータによれば、この思念波の四割はデュビル・ブロウのものらしい。両国を通じて随一のβμの思念波は戦局を覆すほどの威力があった。画像で見たことのあるデュビルの容貌を思い浮かべ、ガデルは自ら憎しみの感情を煽った。同時に、打開策を模索する。艦隊の配置図、戦闘機隊の位置情報を探った。

(…し、死角に回ったボビット・バーノンはあ…るか?)

 ガデル少将は、マイクに向かって言葉を絞り出した。

「ボビット・バーノン……パープル中…隊、ア…ンテナ系……統をつ…ぶせ」


 この間にデリバン連合王国軍は、動きが止まりマト同然と化したギネル帝国軍の艦隊を次々に撃破していった。それは、あまりに造作ない作業だった。形勢は逆転し、この攻撃で二体のザゴンが陥落した。

 突然グレートデリバンに衝撃が伝わって、大きく揺れた。

「なんだ?」

「デュビル中佐! 思念波の死角をついて、アンテナ系統が破壊されました。使用不能です」

 思念波には死角がある。思念波は、人間の視野の範囲にしか放射されないという特性があった。

 パネルに、再び躍動するザゴンが見えた。デリバン連合王国軍の「要塞は動かぬ」という概念がまた打ち砕かれる。一体とはいえ、油断はできない。ザゴンは進攻を開始した。サイコロのように転がり攻撃してくるのだ。


「見たか、ザゴンの威力」

 ガデル少将は、まだ思念波の影響が残っているのか、首を振りながら呟いた。


 ギネル・デリバン両軍は、一進一退を繰り返していた。

「ベルガ粒子砲を撃つ。総員ベルガ態勢に入れ」

 デュビル・ブロウ中佐が珍しく叫んだ。

 ベルガ粒子とは、別名ネオタキオン粒子とも言い、亜光速まで粒子を加速させると柔らかい光と超高熱を発する。この性質を兵器に転用したのがベルガ粒子砲である。これは、ギネル・デリバンともほぼ同時に開発した超兵器だ。

 そしてデュビル・ブロウ中佐が、そのベルガ粒子砲をギネル帝国に照準をセットし、カウントダウンを始めた時だった。

 ──突然。

 まさに突然に、対峙する両艦隊の中央に、地球へ向かって異常空間が出現した。それはブラックホールのように凄まじい吸引力があり、両艦隊は態勢を立て直す暇もなく、木の葉のように翻弄されながら、抗うこともできず一瞬にしてその異常空間に引きずり込まれた。

 空間は七色に光り輝き、それは巨大な生物のようにパックリと口を開けて艦隊を呑み込んだ。

 

「な、何だ? あの空間は」

 ガデル少将、デュビル・ブロウ中佐が共に叫んだ。

「質量、エネルギー、重力、密度、全て不明です。逆噴射も効果ありません。引き込まれます」

 ギネル・デリバン両国の兵士が叫び返す。

 ………艦隊は消えた。

 だが、宇宙空間に生物のように開いた口、七色に輝く異常空間は消えなかった。

 そこには、今までの決戦が全くの幻と思えるほどの静寂が広がっていた。


 * * *


 ギネル・デリバン両国軍が目覚めたそこには、雄大な自然が広がっていた。山頂に白い雪を冠した高々とそびえ連なる山々。その麓には、青く澄んだ水を豊富に(たた)えた湖があった。そこから流れてゆく川のせせらぎは、美しい調べを奏でていた。

 そこは、どこか? 

 地球だった。ガイア暦0444年。

 ギアザン帝国軍に追われた人々がメカニズム「ラグマ」を作動させ、タイムドライブしてきたのが、ガイア暦0400年。それから四十四年後の地球だった。

 しかし、ギネル・デリバン両軍ともそのことはおろか、ここが地球ということすらその時点では分からなかった。


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