第十五章 アンドロメダ連合
アンドロメダ核恒星系。そこにアンドロメダ連合の統合本拠星ネレイデスがある。
六つの惑星が並ぶ星系のひとつだ。太陽から数えて、四番目にあたるこの惑星には、アンドロメダレイスと呼称する知的生命体が存在し、国家を形成していた。
アンドロメダに存在する四つの統治国家が連合を形成し、その統合本部があるのが本拠星ネレイデスだ。
アンドロメダレイスの大半は、重力の小さな星に生まれついたせいか、地球人に比べ背が異常に高かった。平均身長四メートル。
コンピュータの光が明滅する薄暗い部屋に、のっそりと一人の男が現れて、前方に映し出されている大型モニターに目を向けた。
その男は、法衣のような服を身に纏い、やがてゆったりとした椅子に腰を下ろした。頭に宝飾された帽子を被っている。身分が高い者のようだ。そのいでたちは、法王のイメージに重なった。
その椅子の後方に、一人の男が佇んでいた。アンドロメダレイスとは違う体躯の持ち主だった。暗い部屋で、その男の顔は見えなかった。
「あれが、ラグマ・リザレックという巨艦なのか?」
モニターに投影されているのは、紛れも無くラグマ・リザレックだった。
ヤーベ司令官が遭遇したときの映像だった。
「そうです。オブロ連合総長」
男がそう返答した。
「翻訳機の調子はどうだ?」
後ろの男に視線をやりながら、オブロ連合総長と呼ばれた男はそう尋ねた。この位置だと、男の足元しか見えない。
「問題ありません。高性能ですから。それにアンドロメダの言語にも少し慣れました」
「そうか」オブロ連合総長は、視線をモニターに戻して「あの巨艦が宇宙創生エネルギーを秘めているのだな」
表情からはその年齢がよくわからないが、発する声が妙にしわがれて掠れていた。それをきちんと拾い上げるのだから、やはりその翻訳機は高性能だと言えた。
「そうです」
「今現在、敵の追跡を開始している。先に接触したヤーベ艦隊がマーキングシステムを付着させた。それがある限り取り逃がすことはない。艦の振動、エンジンの光波形、エネルギーの残滓、そして映像、あらゆる艦のデータを採取している。そのうち、アンドロメダ連合の全ネットワークにラグマ・リザレックが登録される」
「配備する艦隊は大丈夫なのですか?」
「我々アンドロメダ連合は、四つの星間国家の集合体だ。その四つの国家は、それまでの歴史の中でともにせめぎあい、ある意味無駄に戦力を増強してきた。艦の数に心配はない」
「ラグマ・リザレックが反次元航法に入ったら、あっと言う間にこの宙域を抜けてしまいますが」
「その心配はない。アンドロメダ銀河、半径五百光年。この宙域は次元中間子が極端に少ない。よって、反次元航行に入れる宙域が限られている。そのポイントに行かなければ良い。そして、今、その三十光年でハイペロンビーム幕による球体防御線を放射した。これに触れれば、中の乗組員が死滅する。そして、我々アンドロメダ連合は、いわば閉じた宇宙を形成した。逃れることはできない。全艦隊にラグマ・リザレックを発見しだい、攻撃せよと伝えよ」
オブロ連合総長は、そう部下に申し付けた。司令室が、にわかに活気付き計器類の音がひときわ大きくなった気がした。
「貴君の申し出によって作り始めた兵器も間もなく完成する」
再びオブロ連合総長が、背後の男に話しかけた。
「感謝いたします。完成後、チェックが済み次第、出撃いたします」
その言葉に、オブロ連合総長は、静かに頷いた。
ラグマ・リザレックSICの作戦室で、山村以下一同が集まっていた。
そこにいる人々は、今、山村艦長が発した提案に戸惑いを隠せないでいた。殊に遊撃戦闘班の日下とカズキの顔には、不満がありありと浮かんでいる。
山村艦長は、アイザック戦務長の後任に、艦載機戦闘班のシンディ・キッドマンを戦務長に抜擢し、セシリアを副隊長から隊長に昇格させる、との腹案を示した。正直、これについては、全員異論はなく賛成だった。
もうひとつの提案が問題だった。
それは、デュビル・ブロウを遊撃戦闘班に配置する、という案だった。
なにより、デュビルはラグマ・ブレイザムのパイロットに登録された。ブレズ4玄武をメカ的には、操縦する資格を得たのだ。そして、そのパイロットとしての技量も問題は無かった。一番の問題は、やはり信用に足りうるか、仲間として受け入れられるかどうかだ。
「デュビルは、一度脱走した。とても信用できない」
「デュビルのβμの能力は、はかり知れません。現に今回被らせたβμの抑制装置も役に立たなかった。彼は制御不能の危険人物です」
無理もないが、そういった否定的な声があがった。
「彼は、もう逃亡しない、と思います」
そこに、セシリア・サムウォーカーが挙手し、そう発言した。その口振りは断定的だった。
「何故、そんなことが言える?」
「それは……泣いていたから」
「泣いていた? セシリア隊長らしくない少女趣味な話だな」
「デュビルは、ここに戻って、そしてあの日涙が枯れんばかりに泣いていました。私は、あんな獣みたいに、あんな悲しい泣き声を初めて聞いた。彼はゴルダに接触した。そこで何かがあったんだと思います」
「何かって?」
「デュビルは、ゴルダに向かって宇宙服の身ひとつで飛び出した。そして敬礼を送った。私は、似たような行動をとった人間を知っている」
セシリアはつかつかと歩み出して、カズキの前に立った。
「あなたよ、カズキ先任伍長。あなたはアリエルに初めて来た時、甲板で宇宙服ひとつで、白旗を振っていた」
セシリアに指を指されて、カズキは面食らった。確かに、あのときのカズキとデュビルの行動は似ている。セシリアはそれを目の当たりにしているのだ。
「あのとき、カズキ先任伍長に私達をだまそうとか、誰かを裏切ろうとか、そんな邪な気持ちがあったかしら?」
「…いや、それはない。むしろ、信頼してもらおうと必死だった」
カズキは、正直に答えた。
「デュビルの行動も同じだったんじゃないかしら? そしてゴルダは戦闘を中止した」
セシリアの言葉に、誰もが思案顔になった。
「デュビルが、ゴルダにむけて戦闘中止を呼びかけた、っていうことか?」
日下が皆の考え方を代弁した。その日下に向かって、山村が尋ねた。
「日下副長、現メンバーだけで四神モードは可能か?」
その問いに対して、日下は静かに首を振った。
「いいえ、少なくとももう一人パイロットが必要です」
「よし、わかった。デュビルは、遊撃戦闘班のラグマ・ブレイザムのパイロットに組み込む。軍人としての彼は、優秀で信頼できる、というのが私の考えだ。ただし、日下副長含めメンバーが不安がるのも理解できる。この対策を採った上で、彼を説得する」
地球。
ラナス・ベラは、苛立ちを隠せないままでいた。
地球、いやプラネット444の侵攻作戦。これについては、ほぼ予定通りだ。デリバン連合王国ガルフラン首相との連携も問題がない。
問題は、ラグマ・リザレックの捕獲だ。重機動要塞アガレスとガデル少将の連携であれば、すぐに成果が上がるとたかをくくっていたが、それが一向に上手くいかない。苛立ちの原因は、それに他ならない。
執務室から、MMGへつないだ。ダニー・エメルソン長官が画面にでた。
「弥月シリーズの調整はどうか?」
「は、現在、九〇パーセントの進捗です」
「急がせて、一刻も早くロールアウトさせなさい。CAのディー・ナインの方はどうか?」
「は、こちらも大至急の調整を行っています。現在、体術戦闘プログラムの習得中です。ただし、彼の場合は通常CAとは違って、細胞レベルから人口子宮で超短期間で育成した特殊な例です。そのため、テロメアが異常に短い。彼の生命は薬品を常用しても、半年です」
「それは、前にも聞いているので承知しています。なにが言いたいのです?」
「彼がCAとして完成しても、出撃すべき重機動要塞の完成が間に合わないのではないか、と……」
「それは、あなたが心配することではありません。手配はとってあります。出撃予定日を1日でも詰めるようにしなさい」
「ハッ」
ダニー・エメルソン長官が敬礼をして通信を切ろうとした。が、ラナスが手でそれを制した。
「お待ちなさい、エメルソン長官。弥月シリーズですが、今後最終バージョンまで稼働するように準備を進めなさい。CAも用意していきます。プラネット444の攻略、そして巨艦の拿捕。必達ミッションが停滞しています。作戦は、どちらも急務なのです。すぐに稼働態勢に入りなさい。弥月シリーズの重要性を認めているからこそです。よろしいですね?」
「ハッ! 承知しました」
敬礼をして、ダニー・エネルソンは今度こそ通信を切った。
ダニー・エメルソンは、通信を切ったあとCAのディー・ナイン、そしてCASの十六夜弥月のファイルに目を通し、改めて進捗状況を確認した。
「CASを早くロールアウトしろ? 半年しか生きられない人間を作って、出撃予定日を早めろ? 命をなんだと思ってんだ! そのうえ弥月シリーズを最終バージョンまで稼働させろ? 記憶操作だぞ! そんな簡単にできると思ってるのか! 記憶操作だぞ、その人格の記憶を削除して、新しい記憶を上書する。前の人格の記憶は消滅する。それは、殺人に等しいというのに……」
ダニー・エメルソンはファイルを、デスクに乱暴に叩きつけ毒づいた。
アラームが鳴った。
「強制制動! SWNサーフェスアウトします」
突如、航行艦橋にいた大倉航海長が、司令艦橋に報告を寄越した。
「目標到達ポイントに危険物を亜空間レーダーが、サーチしました。その十光年先の手前で、通常空間にサーフェスアウトします」
航路計算で事前にサーチしたうえで、亜空間ワームホール航行の出現ポイントを設定したはずだが、その目標空間に異常があるらしい。
ラグマ・リザレックが、ワームホールから通常空間に戻った。その宙域は、特に変哲のない漆黒の宇宙空間のように思えたが、すぐにSICの石動さとみ情報長が解析に入った。
「山村艦長、アンドロメダ銀河全体三〇万光年を全天球体型のバリアーが覆っています。ハイペロンバリアーです。艦を停止してください」
ラグマ・リザレックは、各所のスラスターを噴射し、その宙域に停止した。
「ハイペロンバリアー? どういうものだ」
「ハイペロンという重核子で覆われたバリアーで、そのバリアーを通過したが最後、艦には損傷は出ませんが、その中の生物が脳組織を破壊されて、死滅します」
石動情報長の説明に司令艦橋にいたクルー誰もが、ぎくりと身を固くした。
「それじゃ、我々はアンドロメダから出られないってことですか?」
大倉航海長が、詰問調に言った。
「現在、レーダーでスキャンしていますが、今のところ出口は見つかりません」
石動情報長が言って寄越した。
「我々は、アンドロメダ銀河に閉じこめられた」
「全艦に達する。第3種戦闘配備。第3級警戒態勢。レーダー、アンドロメダ連合の艦隊の襲撃に備えよ」
山村艦長は、即座にそう下命した。
ほどなくして、山村の予感は当たった。
「左舷後方、三〇〇コスモマイルに重力震反応! 空間境界面裂破!」
「モニター投影」
司令艦橋のモニターに、サーフェスアウトする球体フォルムの艦隊が出現した。アンドロメダ連合だ。そして、巨大な武装衛星も出現した。
「ロイ通信長、戦闘の意思がないことを伝えるんだ」
「了解」
「我々はアンドロメダ連合、ザーバト方面軍周遊艦隊。司令官のダーモだ。我々は、ラグマ・リザレック捕獲の命を受けている。即刻、武装解除し我々の指揮下に入ることを要求する」
モニターに映ったのは、アンドロメダ連合の先とは違う司令官だ。言語解析によって、その言葉が明瞭に理解できるようになっていた。だが、その言葉は、戦闘せざるを得ない内容だ。
敵の艦隊の砲塔が、こちらに照準をあわせているのがわかった。
「大倉航海長、艦このまま。最大戦速に備えよ。シンディ戦務長、対艦隊戦用意」
「了解」
ラグマ・リザレックの中に緊張が走った。
「こちらに、戦闘の意思はない。しかし、武装解除の要求には応えられない」
ロイ通信長の返信に、ダーモ司令官は不適な笑みを浮かべると、
「残念だが、攻撃を開始する」
そう告げて、通信を切った。
アンドロメダ連合の艦隊が、攻撃を開始した。
アンドロメダ連合の本拠星ネレイデス。
総合司令部のモニターに、ラグマ・リザレックとダーモ司令官率いる周遊艦隊の戦闘が映し出されていた。
「ウウゥムゥ」
搾り出すような低い唸り声を、オブロ連合総長が漏らした。
戦闘が始まって、ものの十分とたたずして、ダーモ司令官率いる周遊艦隊が撃退されてしまったのだ。
ラグマ・リザレックから出撃した艦載機八咫烏が早々に空母を落とし、重爆撃機のようなファイアードレイクでアンドロメダ連合の航空戦力は、押さえ込まれた。
そしてRPAのラグマ・ブレイザムが、次々に艦を沈めていく。その様は圧巻だった。これでアンドロメダ連合の艦隊の足並みは乱れ、統制が取れなくなっていた。
それを逃さず、巨艦ラグマ・リザレックの的確な砲撃は、アンドロメダ連合の艦を掃討していく。最後は、巨艦から発射された高エネルギー砲弾で、武装衛星が消滅した。
残存艦隊が早々に敗走していくさまを、オブロ連合総長は見せ付けられたのだ。
「あの戦闘力といい、最後の高エネルギー砲といい、確かに宇宙創生エネルギーを秘める艦やも知れぬ……」
オブロ連合総長は、その椅子に体重を預けた。
「あれは、プラズマプロトン砲という兵器です」
オブロ連合総長の左脇後ろにいた者が、同じくモニターを見ながら言った。
「最大の脅威が、あの艦底にある砲門で次元反動砲と呼ばれるものです。ラグマ・リザレックは、あれでツインジュピターの片割れを破壊した」
男は一歩踏み出して、オブロ連合総長の脇に立った。薄い闇で、よく見えなかった顔がオブロ連合総長の真横にあった。
「重機動母艦アフリートが、完成しました。直ちに出撃いたします」
その声の主に向かって、オブロ連合総長は椅子を回転させ、向き直った。そこには全身を喪服のような黒い衣装に身を包んだレイビス・ブラッドが佇んでいた。その顔には、大きな爛れた火傷の痕があった。
「オブロ連合総長、今までありがとうございました。あなた方にとってみれば異星人である私を丁重に扱って、治療を施してくださいました」
「そのかわり、我々はラグマの情報を得たのだ」
オブロ連合総長は、少し優しげな目でレイビスを見た。
レイビスは、オブロに敬礼を送った。
アンドロメダ銀河の手前で、重機動要塞アガレスを持ってラグマ・リザレックを襲撃した。が、結果は、新たなラグマの力、ラグマ城壁の威力をまざまざと見せられ、その挙句にCASの望月弥月を失って宇宙を漂流していた。
そこをアンドロメダ連合の周遊艦隊に拾われ、レイビスは生きていたのだ。
レイビスは、アンドロメダ連合の協力のもと、もともとアンドロメダ連合が保有していた機動兵器に自らの設計を加え、重機動母艦アフリートの名を冠して、再びラグマ・リザレックに戦いを挑もうとしていた。
監禁室から、またもデュビルは別な部屋に移された。だがそこは尋問室ではなく、艦長室だった。
シンディと日下が、その両脇に立っていた。
椅子を勧められ、腰をかけたその先に山村が座っている。その山村が、前に身を乗り出して、デュビルに向かって言った。
「デュビル、私は君を捕虜の立場から解放しようと思う」
「?……」
「単刀直入に言おう。君を解放する代わりに、遊撃戦闘班に所属しパイロットとして、一緒に戦ってもらいたい。あの機体をフルに活用するには、もう一人パイロットが必要なのだ。そして、君は先日あれに乗り込み、パイロットとして登録された」
「……」
「どんな事情があったのかは知らないが、君は脱走をはかった。これは、事実だな」
「……」
デュビルは無言で頷く。
「捕虜の立場から解放する。しかし、君を全面的に信用するほどの勇気は我々にはない。なので、βμの能力を押さえ込むその仮面は、更にパワーアップしたものにつけかえる。そして、その仮面には爆弾をしかけさせてもらう」
「?……」
「君が、少しでも怪しい行動をとったなら、そのスイッチを押す」
「……了解した」
山村の言葉に、デュビルはいともあっさりと答えた。が、すぐさま言葉をつないだ。
「そのかわり、私以外のデリバン連合王国軍の捕虜も解放してほしい……もちろん、彼らにもこの艦に協力させる。みな、優秀な兵士であり、艦載機のパイロットもいる」
「デリバンの捕虜を全て信用しろ、と」
「私が説得する。そして、そのうえで誰かが裏切ったり、おかしな行動をとったら、遠慮なく私の爆弾のスイッチを押してくれていい」
デュビルは、淡々とした口調で言ってのけた。そのうえで、デュビルは山村艦長を見返した。
「確認したい。この艦の目的は、地球で起きている戦争をとめる、それに変わりはないのか?」
「変わっていない。事は、急を要するのだ」
山村は、日下たちと話したアリエル基地で起きている行方不明者が増加していることからの推論を語ってきかせた。
「ラグマ・リザレックは、次々に新しい能力を発揮してしている。次元反動砲、ラグマ城壁、ラグマ・ブレイザムの四神モードによるパワーアップ。なのに、戦闘は激化し、戦死者は増える一方だ。私は、この戦死者もタイムパラドックスによる修正力が働いているのではないか、と思い始めている」
山村の声は少し掠れていた。だが、その言葉の中に山村の心情が見え隠れする。
「ガデル提督は我々を理解してくれた。立派な最期だった。だが、あのタイミングでアンドロメダ連合が出現する。この宇宙で、そんなことが有り得るのか?」
ガデル提督の名に、僅かにデュビルの肩が揺らいだ。
「それもタイムパラドックスの相互作用だと?」
「もちろん断定はできない。証拠も立証もない。ただ、そう感じるだけだ。それを運命とかいう言葉で括りたくはない。そして、それは我々の航海で変えられるものかも知れないのだ」
「……ガデル提督は、私の父でした。ギネルとデリバンに別れて、そうと知らず互いに殺しあう立場にいました。記憶喪失の父が最期に、ようやく記憶を取り戻して、私と父は親子だと、そう認めあうことができた」
デュビルの告白に、その場にいた日下もシンディも、驚きで息を呑んだ。
そうか、と山村は思った。最後に敬礼を送ったガデル提督の双眸に浮かんでいたのは、息子への愛情だったのだ。その目は、息子を頼む、と言っていたのだ。そして、ガデル提督は、息子を守ろうとしてアンドロメダ連合に立ち向かっていったのだ。
「山村艦長、親子で血で血を洗うような、私と父のような争いはしてはならない。この航海に協力する。そしてデリバン連合王国の捕虜の件を考えていただきたい」
「デュビル中佐、了解した。説得に応じた者は、捕虜の立場から解放しよう。では、デリバンの兵士のみんなをどこかに集めるかね?」
「いえ、それには及びません。私を拘束して構わない。パワーアップをした仮面に付け替える、そのときに一度だけ、テレパシーを使わせてもらいます。そのときに、デリバンの全員に伝え、説得します」
気迫のこもった返答だった。それに対して、山村が頷いた。
しばらくして、不意にデリバン連合王国軍の捕虜として捕らえられていた兵士の頭の中にテレパシー通信が届いた。ウィルバー、オービルのゼラー兄弟、有村ななみ空測長もしかりだ。
(デリバン連合王国の兵士、全員に達する。私は、元デリバン連合王国中佐、デュビル・ブロウだ。これから、君達に重要な話をする。私がテレパシー通信を発するのは、おそらくこれが最後だ。よく、聞いてもらいたい………)
医務室のベッドでは、加賀室長が休んでいた。
先のアイザック戦務長の狙撃の際に、負傷したのだ。幸いに手当てが早かったので、大した怪我には至らなかった。
加賀にしてみれば、身体の傷よりも、心の傷のほうが痛んだ。
クラウディア・エバーシュタインを死なせてしまったことだった。
あまり知られていないが、クラウディアは大倉航海長の恋人だ。いや、そうなるように世話を焼いたのは加賀だった。
もともと防衛大学で同期だった加賀と大倉。出身地が同じだったことで意気投合した二人は、学生時代からの付き合いだった。
同じく軍に入って、互いに転属していても連絡は途切れずに付き合いは続いていたが、アリエルで一緒になった。
大倉は、徹底した船乗り気質の男で、船に乗っていれば、人生の殆どを満足と思える男だ。豪快で気は優しいが、船以外のことは不器用。そんな大倉が、アリエルで見初めた女性がクラウディアだった。これは、応援する以外にないと、かたや勉強バカで研究バカの加賀が奮闘して、ふたりを結びつけることができた。
本当はバカな二人を見るに見かねて、クラウディアが誘いにのってくれたのだが、今となってはそれはどうでも良かった。
クラウディアとの愛を育む大倉を、幸せそうな大倉とクラウディアと見ることが、加賀にとっての幸せだった。
当時、加賀はどうしてそんなにおせっかいだったのか? それは、たぶん災害で生死不明となった一人娘の美冬のせいだ。たった5歳で土石流の災害に巻き込まれ、行方不明となった。遺体が見つからなかったから、今を以ってしても生死不明だ。大倉は、その美冬の捜索を一緒になってやってくれた。捜索が打ち切りになった時、一緒になって自分のことのように泣いてくれた。
泣いて泣いて泣き尽くしたあと、大倉が幸せそうにしているのを見て、加賀はようやく顔をあげることができたのだ。
だから、だからクラウディアだけは、なんとしても守りたかった。なのに、加賀はクラウディアを守ることができなかった。
加賀のベッドに、その大倉が現れたとき、加賀は大倉の顔を見ることができなかった。
「大倉、すまない。クラウディアを守れなかった」
突っ伏したまま、顔を上げることができない。大倉は黙って、ベッドの脇の丸椅子に腰を下ろした。
「…加賀、クラウディアがいなくなったなんて、まだ信じられないんだ……だがな、わかっている。お前がクラウディアを守ろうとしていたことは、わかっているから。それで、お前が生きていて、良かったって思っているんだ…加賀…美冬ちゃんのとき、こんなに、こんなに悲しかったんだんだろ…なのに、クラウディアと俺のために……」
大倉航海長の言葉は、涙にむせび、そこで止まった。
「……大倉、すまない」
加賀の双眸から、涙が玉のようになってシーツに落ちていた。
ラグマ・リザレックは現宙域に留まっている。動いたところで、アンドロメダ全体がハイペロンバリアーが働いていて、抜け出すことができない。ならば、現宙域に留まって敵からの接触を待った方がいい。
しかし、ただ待っている訳にもいかない。
新たに八咫烏隊の隊長になったセシリアのもと、デリバン連合王国のゼラー兄弟をはじめとする新たに入隊したパイロットの飛行訓練を行った。遊撃戦闘班もまた訓練に明け暮れた。
一方で山村艦長は、広瀬隊長に周辺宇宙の探査を命じた。惑星探査を行い、資源の調達を考えたのだ。
その広瀬から惑星発見の探査結果が送られてきた。雪に覆われたブリザード星だった。
解析の結果、惑星から雪を始めとした資源の補給ができることがわかり、ラグマ・リザレックはそこに立ち寄ることにした。
自転周期は、ほぼ地球と同じで十二時間ごとにブリザードが吹いている。惑星全体が雪に覆われているいるが、不思議と大気成分は地球と同じだった。
ラグマ・リザレックは、ブリザードが吹いていない陸地に着陸し、そこに氷を切り出して艦内に運び込むベルトコンベアを設営した。
この際に活躍したのが、ハイブリッドアーマーテンペストだった。
スティーヴ・ハワードと加賀が、アリエルでボロボロになったテンペストを時間をかけて修理していた。それがようやく完了したのだ。
「どうだ? ビリー、久しぶりのテンペストは?」
パイロットはビリーだった。かつての愛機に乗ったビリーはレバー操作をしながら、その機体のレスポンスを確かめている。前に比べて、コクピットが広くなった。救助活動を行うこともあるだろう、と背後に補助シートが付いたのだ。
「いいね。それとパワーゲインがあがっているのか?」
「そう、アリエルのときの2倍のパワーアップだ。それに、もうひとつ機能をつけた。光学迷彩だ」
テンペストのコクピット内のモニターで、自慢げにスティーヴが言った。
「左レバーの中に、光学迷彩のスイッチを入れた。オンにしてみてくれ」
スティーヴの指示に従い、スイッチを押す。一瞬、ブゥンと機体が震えた。機体内では、光学迷彩が効いているのかどうかは判らなかったが、モニターの中、その効力が効いているとのサインは出ている。
「消えた実感はないだろ?」
スティーヴの問いに「全然」と一言返す。
「こちらから見えているテンペストの映像を送る」
その映像に映るテンペストは、雪景色に同化して、目視のレベルでは全く確認できない。移動してみたり、腕を動かしてみたが全く判別が付かない。
「すげェ」
「ま、高城さんの技術を解析できたから、搭載できたんたがな。で、ラグマ・リザレックもこうなる。SICどうぞ」
スティーヴが言った瞬間、視界からラグマ・リザレックが消えた。あの巨体が消えるとは、想像だにしてなかったので、ビリーは「すげぇ」と、再び感嘆の声を上げた。
「ステルス機能も持っているから、隠密行動にかなり効果を発揮するはずだ。ただし実体がなくなるわけじゃないから、熱反応だけは隠し切れない。過信だけはしないように使ってくれ」
「わかった。スティーヴ、ありがとう」
ビリーはテストを兼ねてテンペストを操り、作業に戻った。
ブリザード星の氷の搬入作業の片隅で、はしゃぐ子供たちがいた。民間人の子供たちの、一時の雪遊びが許可されたのだ。その中に、轟とトニー・クライン・キッドマンの姿があった。足が不自由なトニーを連れて、一緒にソリに乗っている。
「ヘェ、あいつらいつの間に仲良くなったんだ?」
十人くらいの子供たちのグループ。全てアリエルにいた子供たちだ。幼稚園児、小学生、中学生まで年齢は様々だ。その中で、はしゃく子供たちに順番を守るように言いながら面倒を見ている男の子がいた。このグループでは一番の年長者。あれは確か、マシュー・ボイド君。トムソン・ボイド機関長のお孫さんだ。面倒見のいい優しい孫だと、トムソン機関長がいつも自慢している男の子だ。
ソリやスキーを用意したのは、宝金班長だろう。全く、あの人は人を楽しませるのに卒が無い。ビリーは、テンペストのコクピットの中で思わず微笑みを浮かべていた。
ブリザード星の周囲にはデブリ帯が広く広がっていた。おそらく、アンドロメダの国家間戦争の名残りと思われるものだ。
そのデブリ帯の外側に、重機動母艦アフリートがサーフェスアウトした。
アンドロメダ連合本拠星ネレイデスからの情報で、ラグマ・リザレックがブリザード星に着陸したことを知った。
レイビス・ブラッドは、胸ポケットに入れていた望月弥月が残した髪の一房に触れた。あれから気持ちが不安定になるたびに、レイビスはその髪に触れて気持ちを落ち着かせている。同時に、復讐する気持ちを維持するためにも、レイビスはそれを手放さなかった。
彼が乗るアフリートは、アンドロメダ連合の武装システムとRPAの思想を融合したものだ。ラグマ・リザレックを攻撃するに有効な方法は、敵のRPAを葬り、その上で内部に侵入するか、ブリッジを直接叩くしかない。
そのためにアフリートは、ヒューマノイド型のシルエットにしてRPAのスピード、パワー、装甲を徹底的に強化し、その母艦は武装供給システムに特化した設計を施した。
レイビスは、RPAのコクピットで軽く深呼吸をした後、起動スイッチを入れた。装着する武器を選択して、その供給を受ける。
ベルガ粒子砲のエネルギーパックを背中に背負い、それを撃てるバズーカタイプと、同じく弾数は8と限られるものの、反物質を弾頭にした実弾タイプのバズーカタイプを選択した。
まずは、二つの武器を装着し、武装と弾薬、エネルギーパックが詰まった武装供給コンテナユニット2基を従え、アフリートはブリザード星に向かった。武装供給ユニットは、脳波コントロールシステムになっていた。
おそらくラグマ・リザレックは、デブリ帯からの艦隊の侵入はないと思っているだろう。確かに艦隊規模は、デブリ帯からは侵入できない。だが、RPAならば侵入は可能だ。レイビスは、艦隊並みの武装を持つRPAでラグマ・リザレックに襲いかかろうとしていた。
漆黒の宇宙空間に、大小さまざまな金属片が漂っている。そのなかを巧みな操縦でかいくぐり、レイビス・ブラッドはブリザード星へと接近した。
やがて、大気圏に突入する。武装ユニットから、大気圏突入用の耐熱シールドを装着して、惑星へと降下する。
コクピット内の温度が上昇するにつれ、レイビスの感情も熱くなっていく。だが、頭の中は冷静だ。
大気圏を潜り抜けた。アンドロメダ連合のマーキングシステムを作動させて、ラグマ・リザレックを索敵する。
それはすぐに反応した。その空域へとアフリートを飛翔させていく。視認できる距離まで到達したが、巨艦は見えない。だが、反応はここだと指し示していた。
「光学迷彩か?」
呟いて、フンと鼻を鳴らした。
「ならば、炙り出すまでだ」
レイビスは、ベルガ粒子バズーカを構え、反応している地点に向け、躊躇無く発射した。高エネルギー弾が、その雪原一帯の氷を一瞬して蒸発させた。
その中から、陽炎のように揺らめく巨体が中空にむけて上昇していった。ラグマ・リザレックだ。
レイビスはベルガ粒子バズーカを、もう一度発射した。
「高熱源体、第二射来ます!」
レーダー解析担当のジュリアが叫んだ。
「エネルギー解析、ベルガ粒子砲です」
「なんだと?」
司令艦橋の誰もが、驚嘆の声を上げた。
「取り舵いっぱい」
「逃げ切れません! 右弦、命中します」
次の瞬間、大きな衝撃と閃光が艦を揺さぶった。艦がバランスを崩す。
「第4ブロック被弾。6番砲塔、損傷! オプティカルエネルギーバイパス損傷、光学迷彩解除されます」
「隔壁閉鎖! ダメージコントロール!」
山村艦長が、艦長席に着いた。帽子の位置を直して、戦況を見つめる。
「どういうことだ? 艦隊が侵入したのか?」
「いえ、艦影ありません」
「長距離砲か?」
「いえ、それも違います。発射地点は、本艦のコンマ8コスモマイル」
「バカな、そんな距離まで戦艦が近づくまでわからないなんてあるものか?」
「レーダーに戦闘艦はありません。先ほど反応したのは、もっと小さな機体です」
「まさか、RPAか」
「レーダーに感! 敵機直上!」
「右舷スラスター、全開! ロール角七〇」
「ラグマ城壁、展開」
「敵機捕捉。モニター、投影します」
日下、山村はじめ司令艦橋全員が、モニターに注視した。と同時に、その機体が何かを発射した。
「敵機、発射しました。エネルギー反応なし! 実弾兵器です」
ラグマ城壁が船体を覆っている。今度は、その左弦に命中した。ラグマ城壁が、それを弾き返したが、それでもなお衝撃が伝わり、かつ閃光でモニターがホワイトアウトになった。
命中したラグマ・リザレックを中心に爆心がみるみる拡大していった。ブリザード星の大雪原が、焦土と化していった。
「左舷着弾! 損傷、ありません」
ラグマ城壁の鉄壁さに誰もが安堵したが、次の報告に司令艦橋の皆が凍りついた。
「ガンマ線発生、こいつは反物質弾頭の実弾兵器です」
「反物質?」
「バカな! ベルガ粒子砲を撃ち、反物質弾頭を装備する、そんなRPAがいるものか」
戦慄がラグマ・リザレックを貫いた。
戦艦でも装備しない武装をしたRPA。今でこそラグマ城壁があるから、無事でいられるが、その時間は二〇分。それがタイムアウトしたとき、あの兵器で狙い撃ちされる。そう想像するだけで、誰もが恐怖した。
「トムソン機関長、エネルギー増幅。最大戦速。大倉航海長、取舵三〇ヨーソロー。ブリザードに突入する」
山村艦長が発令した。それに基づき、ラグマ・リザレックが大きく舵をきった。
「日下副長、ラグマ・ブレイザムで敵RPAを撃退せよ」
山村が厳しい眼を日下に向けた。その意味は、よくわかる。ブリザード内での戦闘では、八咫烏もファイアードレイクも出すことはできない。視界不良の中、1対1で敵RPAを倒さねばならない。それを踏まえ、日下は覚悟のうえで山村に敬礼を送った。
「遊撃戦闘班、ラグマ・ブレイザムで出撃します」
日下は、インカムを装着して司令艦橋を飛び出していった。
「遊撃戦闘班、ラグマ・ブレイザムで出撃準備。ハンガー内でドッキングして、四神モードで出る。敵は、ベルガ粒子砲と反物質弾を実装したRPAだ」
日下は、その指示をインカムから送信しながら、とてつもなくいやな予感を感じていた。
「ブレズ1のパイロットは俺がやる。デュビルは、同じくブレズ1だ。ブレズ2にビリーとキース、ブレズ3にカズキさん、ブレズ4に轟が入ってくれ」
パイロットスーツを着込んで、ブレズ1のコクピットに入る。既にデュビル・ブロウが各メーターをチェックしていた。
日下は、その隣のシートに座り、シートベルトを身体に通した。
「初めての実戦だな」
「そうだな」
言葉短めに、デュビルが返した。計器のチェックに、その視線と指はこまめに動いている。βμを押さえ込むヘルメットのせいで、その顔の半分は、隠れて見えない。そのせいで、彼の表情はわからない。
「君の仮面には爆薬がしかけられている。そのスイッチは、今ここにある」
日下は、リモコンの形をした小さなスイッチを取り出した。
「おかしな行動をとれば躊躇無くスイッチを押す。俺以外のメンバーも全員持っているからな」
そう言って、そのスイッチを腰のベルトについたホルダーに入れた。
「了解している」
声のトーンも全く変わらず、デュビルが言った。日下は、律儀に毎回爆薬のことを説明している。面倒くさいとも思うが、とっつきにくいデュビルへの挨拶の枕言葉みたいなものになっていた。
「ブレズ1朱雀、発進準備完了」
「ブレズ2白虎、発進準備完了」
「ブレズ3青龍、発進準備完了」
「ブレズ4玄武、発進準備完了」
各機の準備が整い、そのまま変形に入った。ハンガー内でドッキングを完成させて、ラグマ・ブレイザムは専用甲板へと押し出されていく。
「ラグマ・ブレイザム、発進デッキ進入確認」
鏑木甲板長が、管制室から状況を確認してしていた。カレン・ライバックがアナウンスを続けている。
仰向けに寝た状態のまま、ラグマ・ブレイザムがハンガーの中を移動していく。
発進カタパルト位置につき、外へのゲートが開いた。
「オールグリーン、ラグマ・ブレイザム、発進してください」
カレンの言葉に従って、
「ラグマ・ブレイザム、発進!」
日下がコールして、そのレバーを引いた。
ラグマ・ブレイザムが、吹雪舞う中に発進していった。
ラグマ・リザレックは、ブリザード荒れる半球に突入した。
レイビスはそれを追う。追う途中で、反物質バズーカを二度発射した。その度に、ブリザード星に核爆弾以上の火球が広がる。この星に生物がいたならば、その生態系が一気に崩れてしまう被害の大きさだ。
だが、それを以ってしてもラグマ・リザレックに損傷は与えられない。ラグマ城壁はそれほどまでに強固で堅牢だった。
モニターの画像がブリザードで真っ白になった。想像以上に視界は悪い。有視界での追跡は、かなり無理がある。マーキングシステムで、ターゲットを固定する。
飛行がかなり困難だ。強風の抵抗が思った以上に強い。
警報が鳴った。突如として、大きな雪山が目の前に出現した。急上昇して、これを回避した。その先に、一本のビームが飛来する。急激なコースターンを行って、それをかわす。
「RPAだな」
レイビスは、ぼそりと呟いた。
この状況下で、戦闘に応じられるものはRPAしかいない。レイビスは、つかず離れずにいる武装コンテナを呼び寄せ、実弾式反物質バズーカを戻し、大型のビーム刀剣を装備した。殆どアフリートの身長と同じくらいの大型剣だ。
アフリートは、それを振りかざすとともにビームを放ったであろう場所へと飛翔する。レーダーに反応があった。その方向に向けて、ベルガ粒子砲を撃つ。その光を搔い潜って、敵機ラグマ・ブレイザムが姿を見せた。すかさず、そこに向けて接近し、大型ビーム剣を水平になぎ払った。その剣を、敵は同じくビーム式の切断兵器ブレークウイングを左手に持ち、受け止めた。逆に、もう一方の右手から切り込んで来るのを、寸でのところでかわす。
大剣を持つアフリートと二刀流で両手にブレークウィングを構えるラグマ・ブレイザムの構図だ。
中空で、しかも強風の中で機体をコントロールするのは、並大抵のことではなかった。だが、レイビスはアフリートを完璧に操作していた。ラグマ・ブレイザムから、ほんの少し間合いをとった瞬間に、レイビスは背中のバックパックに戻したベルガ粒子砲を構え、発射した。
至近距離でそれを受け止めたラグマ・ブレイザムはラグマ城壁を発生させながら、そのまま雪原へと落下していく。
ベルガ粒子砲の熱が、ブリザード星の雪を溶かしていく。その熱と水蒸気が、ゆらゆらと陽炎のように揺らめいていた。
ラグマ・ブレイザムはベルガ粒子砲のビームに押されて、雪原に墜落した。その勢いは止まらず、落下地点から更に滑り込んで雪の中に埋もれていった。
その地点に向けて、重ねてベルガ粒子砲を発射した。容赦ない攻撃だ。
が、そのベルガ粒子砲に対抗するように、雪の中から凄まじいビームをアフリートのいる天空に向けて発射してきた。ハイパーブレイザーという、大型戦艦すらも陥落させた敵の高エネルギー光球だ。
アフリートは、それをかわした。それほどギリギリのかわし方ではなかったくせに、ジリジリとその装甲の一部が溶けた。
全く、不公平で理不尽な敵だ。
おそらくは、何万年と溶けたことがないであろう氷が溶けて、ところどころブリザード星の地表が現れていた。焦土と化す地表から、陽炎が更に揺れている。
ブリザード星の嵐が更に強まった。まるで、ブリザード星が破壊者に対して怒っているようだ。
アフリートは、コンテナから換装ユニットを射出させた。この雪原を滑走できる地上用のユニットだ。
装着と同時に、地上に降り立つ。換装ユニットで足元にスキーのようなスライダーが装着されている。
高速で雪原を滑走する。チラチラと、ピンクの光が明滅するように見える。それがラグマ・ブレイザムのビームの刀剣だとわかった。
徐々に加速して接近する。ベルガ粒子砲を発射した。
「お、押されている」
歯噛みしながら、日下が呟いた。状況は、ラグマ・ブレイザムが圧倒的に不利だ。
またベルガ粒子砲が発射された。ブリザードのせいで、その射撃精度が良くないことが幸いして、命中せずに済んでいる。それだけだ。
背後で爆発が起きて、その爆圧でラグマ・ブレイザムが前方に飛ばされた。その先に滑走するアフリートが大型剣を振りかざしているのが見えた。
「ラグマ城壁タイムアップまで、後1分」
無情に、カニグモがアナウンスする。
二刀を構えた両手で、アフリートの大型剣を受け止めてはね返した。アフリートの腹に、蹴りを入れて、その反動で距離をとった。
アフリートはそこでバランスを崩したが、すぐに体勢を立て直し、再接近してくる。むしろ、体勢が整わないのはラグマ・ブレイザムの方だった。
「ラグマ城壁消失、タイムアップ」
カニグモのアナウンスと同時に、ラグマ・ブレイザムの周囲からラグマ城壁が消失した。ラグマ・リザレックも同様だ。
アフリートの大型剣が、ラグマ・ブレイザムの顔面と左肩を掠めた。その顔面の右上から左に向けて、一部が切り落とされた。更にその先の左肩、ラグマ城壁発生装置が切り落とされた。
メインコクピットのカメラ、アンテナが消失した。顔の4分の1が切り落とされた状態だ。その攻撃で、日下が爆発を浴びて、衝撃にシートから放り出された。あと、数メートル内側だったら、日下もデュビルも助からなかっただろう。
状況は圧倒的に不利だった。
再び、アフリートが接近してくる。
日下もデュビルも、怒りとも恐怖ともわからない叫び声をあげていた。
まさに、アフリートがラグマ・ブレイザムにもう一太刀をと接近した時だった。あらぬ方向からビームが炸裂して、アフリートの顔面を灼いた。
更にもう一撃、更にもう一撃とビームが飛来して、アフリートの足が止まった。だが、ビームを発射するものがなにが視認できない。
「デュビル、日下副長、無事?」
コクピットのモニターにセシリアが映った。
「セシリア?」
「テンペスト、ラグマ・ブレイザムを援護します」
それは、光学迷彩を纏ったテンペストだった。
ラグマ・リザレックは、ブリザード星の雲の上に出て、大気圏外へと飛翔した。
RPAアフリートが襲来したということは、その母艦である重機動要塞が近くにいるはずだ。ラグマ・リザレックは、その索敵のため上昇したのだ。
シンディ戦務長は、その索敵にセシリアを出そうとしていたが、先んじてセシリアの方から、
「セシリア・サムウォーカー、テンペストでラグマ・ブレイザムの援護に出ます。発進許可願います」
と言って寄越した。
既にテンペストのコクピットに乗り込んでいて、許可を出さなくとも出てしまう気満々だ。それは、シンディもやってきたことなので、今更どうこう言うつもりはない。
「敵の母艦の索敵で誰かを出したい。適任者はいる?」
「……元デリバンのゼラー兄弟を出して。ウィルバーとオービルの双子のパイロットがいるの。索敵任務なら、彼らが適任だと思う。腕もいいわ」
「わかったわ、テンペスト発進を許可します。不慣れな機体だから、なんて言い訳はなしよ」
「了解」
そんなやりとりのなかで、テンペストは発進した。正直、ラグマ・ブレイザムの戦局はかなりまずい。いや、敵の動きが良すぎる。そして、シンディが不可解に思ったのがアンドロメダに何故RPAがあるのか、だ。広い宇宙の中で、こんなに兵器思想が重なるものなのか? そして、敵はベルガ粒子砲を持っている。そのうえ、敵は発射に躊躇がない。残弾を気にしている様子がない。これは、補給に絶対の自信がある、ということだ。
大気圏外に到達すると同時に、モニターに二人の顔が映った。ウィルバー・ゼラーとオービル・ゼラー、双子のパイロットだ。なるほど、そっくりでどっちがどっちか、シンディには見分けがつかない。
「発艦準備完了」のコールを聞き、シンディは二人に向かって、
「敵母艦を索敵せよ」
と命令を伝えた。山村艦長の読みは、デブリ帯の向こう側だ。その勘は、シンディと同じだった。
ラグマ・リザレックから、2機の八咫烏が発艦した。
レイビスは、その標的をテンペストに定めた。大型剣をコンテナに回収させ、ビームライフルを手にした。
正直、怒りがあった。ラグマ・ブレイザムとの戦闘に介入してくる無粋さが許せなかった。光学迷彩を施しているとは言え、熱センサーには反応している。それも、このブリザード星だ。周りは氷点下の世界。まるで異物が混入したような環境下で、テンペストを探知するのは、造作の無いことだった。
ビームライフルで狙い撃つ。2発が掠めた。その影響で、敵機のスピードが落ちたようだ。エネルギーパックを補充して、レイビスは、ベルガ粒子砲を撃った。
テンペストは、すんでのところでかわしたようだ。そのビームの通過した光条がそのまま雪の大地を溶かし、熱に灼かれて、爛れた土の線を引いていった。
テンペストの光学迷彩が解除された。敵がはっきりと視認できる。
次は外さない。
レイビスはトリガーを絞った。
「デュビルさん、ブレークウィングにエネルギーを集中した!」
「了解」
轟の言葉に、デュビルが反応した。
「セシリアーッ! そのまま左へコースターンして、全速力で飛べ!」
デュビルの叫びに、セシリアから「了解」の声が返った。
「ブレークウィング、展開!」
デュビルは、ブレークウィングのエネルギー幕展開レバーを最大まであげた。
装着しているブレークウィングのエネルギー幕が、アフリートとテンペストの間に割って入った。そのエネルギー幕の大きさは尋常ではなく、この惑星をそのまま一刀両断するような大きさだった。
「うぉぉぉぉ」
アフリートが、突如発生したそのエネルギー幕を回避しようと急速にターンした。
が、いきなり出現したエネルギーの壁にその左腕が切断され、それと同時に腕そのものが蒸発していった。それでも被害をその程度に抑えられたのは、CAのレイビスの技量があってこそだ。
左腕を失って、かつバランスを崩しながらもアフリートは、突進をやめなかった。テンペストは、もういい。標的はあくまでラグマ・ブレイザムだ。
ラグマ・ブレイザムは、テンペストを庇い守るように、こちらに背中を向けていた。
スライダーで滑走するのをやめ、レイビスはバーニアに点火して飛翔した。
常識外スケールのブレークウィングのエネルギー幕が、アフリートに向かって動き出したらかわしようがない。
アフリートが最大速度で、ラグマ・ブレイザムに向かって突進する。この局面で、巨大に展張した敵のビーム幕に触れずに突撃できるコースは一つしかない。
1メートルでもコースがずれれば、間抜けに通過してしまうか、はたまたエネルギー幕の餌食になるか以外にないピンポイントで、アフリートはラグマ・ブレイザムの背中を捉えて激突した。
ショックアブソーバーでも吸収しきれない衝撃が、コクピットを揺るがした。
アフリートは、ラグマ・ブレイザムの背中に衝突して、そのまま押し倒す格好になった。ふたりの巨人が、折り重なって雪原に倒れこんだ。
アフリートのフロントは、衝突でぐちゃぐちゃになっている。生きているのが不思議なくらいだ。身体へのダメージを確認し、それがないことを知ると、レイビスは即座に次の行動に移る。
銃を携行して、バーニアを背負いコクピットから外へ出た。
とたんにブリザードに視界を奪われる。強風が、レイビスの全身に容赦なく吹き付けてきた。
しかしレイビスに迷いはなく、そのまま吹雪のなかへと飛び込んでいく。敵の頭部コクピットから侵入し、急襲するつもりなのだ。
デュビルは、倒れたラグマ・ブレイザムを起こそうと必死になっていたが、覆いかぶさるようにしているアフリートが邪魔でままならない。
先の戦闘で負傷した日下が、ようやく顔をあげた。
ヘルメットのバイザーに細かなヒビが入っていて、日下の顔が見づらい。だが、無事のようだ。
「大丈夫か、日下副長」
「……大丈夫だ。すまない、デュビル」
パイロットスーツを着ているので、そんなふうに感じないが、コクピットの中に、ブリザードの冷気が入り込んで、中は相当冷え込んでいる。
びょうびょうと風の音も聞こえる。
それが気になってふと日下は、穴の開いた天井を見た。
人影が見えた。
「デュビル、伏せろ」
咄嗟の日下の叫びに反応して、身を伏せたデュビルの上を銃弾が掠めた。
それを合図かのように、敵が中に侵入してきた。
デュビルが、シートベルトを外して応戦に転じた。
日下も銃を引き抜き、それを構えた。負傷のため、頭部のどこかが切れてるらしい。アドレナリンのせいか、痛みは感じないが血が流れ出していて、頬へと伝っているのがわかった。
ヘルメットのバイザーにヒビが入っているのが、更に視界を妨げている。日下はヘルメットを脱ぎ捨て、銃を構えた。
侵入した敵を見て、デュビルは愕然とした。
「レイビス! レイビス・ブラッドか? 生きていたのか!」
そうデュビルは叫んでいた。
「デュビル? 貴様こそ、まさかこの機動兵器に乗っているとはな!」
仮面をつけているので、レイビスは最初デュビルと気付かなかったようだ。だが、声でそれがわかったようだ。
突如として、二人の格闘が始まった。
デュビルにとってもレイビスにとっても、この再会は予期していたものではない。その驚きはあるものの、今は見事に敵同士だ。
すぐに銃を構えたレイビスの懐に向かって、デュビルが入り込み、その拳を放った。それを肘で受け流して逆手で打撃を加えようとする。デュビルは更にそれを左手でブロックし、同時にローキックを出した。
レイビスがバランスを崩したのを見逃さず、デュビルはその脇腹にむかってパンチを放った。
レイビスが苦悶し、顔を歪めた。しかし、レイビスはバランスを崩しながらもデュビルの腹に、なぎ払うような旋脚を放っていた。中国武術のような華麗な技だった。
二人の格闘は一進一退のように見えたが、わずかにレイビスがその上をいった。格闘でカズキをあっという間に落とすほどの技量をもったデュビルが、押されているのだ。
「レイビス、貴様がアンドロメダ連合の先鋒になっているとはな!」
乱れる息の下からデュビルが言った。
「アンドロメダ連合に助けられた。生き残った私にできることは、ラグマ・リザレックを葬ることだ。でなければ、望月補佐官が哀れだ」
「望月?」
その名を聞いて、日下の中に衝動が駆け抜けた。
躊躇ってはいられなかった。日下もそこに割り込んでいく。
「貴様! 貴様がレイビスなのか」
強烈なキックを受けて、デュビルが後退させられたタイミングで、今度は日下がレイビスに襲い掛かった。
拳を交える二人。打撃の応酬を繰り返す。だが、ヒットするのは殆どがレイビスだ。
日下とて軍人だ。それなりの訓練を受けている。だが、CAのレイビスはそれを遥かに凌駕する。
日下が持っていた拳銃が、払い落とされ床を滑った。
それをデュビルが拾い上げて、叫んだ。
「日下! 離れろ!」
デュビルが拳銃を構える。
その呼び名に、レイビスが反応した。
「日下? お前が日下炎なのか?」
「だったらなんだ! レイビス」
二人の視線が真正面からぶつかった。二人の身体の内部から、そして心の内から正体不明のなにかが突き上げてくる。
「うぉぉぉぉぉ」「おぉぉぉぉぉ」
共鳴するように二人が、身体を震わせて雄叫びをあげていた。
ブリザード星上空、偵察任務に出たゼラー兄弟の八咫烏はデブリ帯を抜けた先に、待機していた母艦を発見した。
「こちら、ウィルバー・ゼラー、敵母艦、重機動要塞を発見した。座標E三四、N一二、D五六。ポイントは、プラズマプロトン砲の最大射程距離内」
「了解、よくやった」
シンディ戦務長からの返答に、ウィルバー・ゼラーはその口元にかすかな笑みを浮かべた。
その通信を切った直後だった。
「ウィルバー兄さん!」
弟のオービルが、驚愕の声を上げていた。
発見した重機動要塞の背後に、重力震が発生、宇宙空間に大きな穴が開いた。
大きな反応、巨大な何かが出現する兆候だった。
見守るゼラー兄弟の前に、超巨大武装衛星が出現した。慌てて、ウィルバー・ゼラーは再び通信回線を開いた。
「こちら、ウィルバー・ゼラー、報告を続けます。先ほどの座標に別の物体がSWNサーフェスアウトしました。超巨大武装衛星……アーマードムーンです。映像転送します」
それは、アンドロメダ連合オブロ連合総長が座乗する武装衛星ネレウスだった。
ラグマ・リザレックの司令艦橋の正面モニターに、ウィルバー・ゼラーが送って寄越した映像が映っていた。その巨大さに誰もが息を呑んでいた。
それは、ラグマ・リザレックが遭遇した中で最も巨大な敵だった。