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クラッシュトリガー  作者: 御崎悠輔
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第十四章 慟哭

 デュビルを閉じこめているドアが、ギーッと重い金属音を響かせて開いた。

 人影が三つ、ゆっくりとした足取りで部屋の中に入ってくる。

「デュビル中佐、出ろ」

 厳しい口調の声の主は、どうやらアイザック戦務長らしい。

 デュビルはゆっくりと立ち上がった。すかさず、その両脇を兵士が固める。拘束されたまま、尋問室へと運ばれた。

 尋問室で待っていたのは、山村艦長と加賀室長だった。

 デュビルは乱暴に椅子に座らされ、その正面に山村が座った。

「仮面の具合はどうだね?」

 穏やかな口調で山村が尋ねた。まるで世間話でもするような気安さだ。

「君の思念波の威力は、この前痛感した。並の対応では、君を我々の監視下におくことが出来ないとわかった。そのための措置だ。不自由だろうが、我慢してくれ」

「忠告しておく。この前のような思念波攻撃を行えば、我々は君の命の保証をしかねる」

 アイザックがそう言った。それに対して、デュビルは薄く口元を緩めた。

 もともと表情を表に出さないデュビルだが、仮面を付けたことで、なおその表情と感情の動きはわからなくなった。

「君にもう一度質問する。敵の艦隊構成は?」

 山村の問いに、デュビルは口を閉ざし沈黙を守ったままだ。

 山村がちらりと加賀に視線を送る。背後の心理探査機に目をやったが、それがデュビルに通用しないことは明白だ。

 加賀が静かに首を横に振った。

「デュビル中佐、君はラグマという宇宙の創生エネルギーのことを言っていたな」

 そう問いかけたのは、アイザック戦務長だ。

「デリバン連合王国は、どこまでラグマの情報を得ているのだ?」

「私は情報部の人間ではない。どこまでどんな情報が本国にもたらされているのかは知らない。我々に出た命令は、ラグマ・リザレックという巨艦を捕捉することだ」

 その返答は、前回の尋問の答えとなんら変わることがなかった。

「敵の艦隊構成は?」

 山村が同じ質問を繰り返した。デュビルは口を噤んだ。

「アリエルを攻略してきたのは、ガデル少将の部隊だな。だが、アリエルを実際に攻撃してきたのはその本隊の一部だろう。本隊の艦隊構成を我々は知りたいのだ。その一部、重機動要塞アガレスの部隊は、先の戦闘で撃破した。残りはその本隊だけだ。我々はこれ以上無益な戦闘を繰り返したくはないのだ」

 デュビルはじっと山村を見据えているようだった。仮面のため、その視線がどう動いたのかは、読み取ることができない。だが、このデュビルという男、簡単に口を割るような人間ではない。それがイヤと言うほど思い知らされた。ある意味、軍人としては大変優秀であると言うことだ。

「貴様」

 沈黙にたまりかねて、アイザックがデュビルの襟首を掴み、その頬を殴った。デュビルの頬は赤く染まり、唇が切れた。だが、そんなことで彼が臆するようなことはない。

「アイザック戦務長、よせ」

 山村艦長が静かに制した。それに応じて、アイザックは掴んだ襟を乱暴に突き放した。

「無駄なようだな、デュビル中佐」

「…………」

 尋問は打ち切られ、デュビルは三度監禁室に放り込まれた。


 重機動要塞との戦闘から帰投したとき、普段と違う日下に遊撃戦闘班のメンバーが随分と心配してくれた。けれど、一人にしてほしい、と自分の部屋に引き下がった。

 望月弥月との関係は、自分しか知らない。説明するのも煩わしいし、正直説明したとしてもわかってもらえないような気がしている。

 半舷休息に当たったこともあり、日下は炊事担当の山野さんから、酒と氷をもらって自室で飲んだ。

 酒はたしなみ程度にしか飲めない。深酒する習慣もない。なのに、今回ばかりは杯を重ねる。

 ……やりきれない。自分で、愛する人を殺めてしまった。どうしてこんなことになったのだ。彼女のことを思い出す度、涙が出て、叫びだしたくなった。


 地球。ギネル帝国医療付属機関MMG。

 この中の第7セクションは、CA担当だ。そして、それは更にCAとCAS担当に部屋が分かれる。

CAS担当の部屋は、一見医療機関とは思えない。むしろ、殆どコンピュータルーム、サーバールームだ。壁面は、コンピュータ機器で埋め尽くされ、大容量の記憶装置が立ち並ぶ。その片隅に申し訳ない程度にガラスで仕切られたベッドルームがあった。

 その部屋に二人の子供がいた。ディー・ナインが目覚めたときに、ダニー・エメルソンたちと一緒にいた子ども達。白衣を着た、その場に不釣合いだったあの子供たちだ。

 男の子と女の子。見た目には、6、7歳に見える。二人はβμで、しかも戦災孤児だった。両親も、親類も素性の知れるものが何一つなく、年齢も戸籍も不確かだ。だが、その特殊な能力のため、二人はこの医療機関で働くことを条件に国籍を得た。二人の住居も教育もこの機関内で行われる。

 戸籍が消失していたこともあり、二人には名前がなかった。が、なければないで相当に困るので、大人たちはその特殊能力から、二人に「ウワガキ」と「サクジョ」とあだ名をつけた。いまや、それが通り名になってしまい、今もそう呼ばれる。

 二人の特殊能力。それは、人の記憶操作ができることにある。

「サクジョ、望月弥月のデータが星間通信で送信されてきたよ」

 黒髪の男の子ウワガキが、赤い髪の女の子サクジョに言った。女の子が悲しい目をして「そう」と返す。ここにデータが届くということは、望月弥月の記憶がシャットダウンされた、つまりは命が終焉したということだ。

 サクジョはコンピュータの前に立ち、そのデータを確かめた。確かに望月弥月のデータだ。

「ウワガキ、そしたらこのデータが弥月シリーズの最新バージョンになるから、更新してね」

「もうやったよ」

 めんどくさそうな口振りでウワガキが返した。ウワガキはテーブルの椅子に座って、タブレットのコンピュータゲームを始めようとしていた。もう何年も前に流行ったゲームだけれど、ウワガキは弥月のデータが、更新されるたびにそのゲームをやる。一種の儀式のようだった。でも、その気持ちはサクジョもわかる。楽しい思い出なんて、本当に片手に余るくらいしかない。その数少ない楽しい思い出のひとつが、そのゲームだった。

 そう、ウワガキとサクジョ、二人に最初に、そして一番優しく接してくれた弥月シリーズのオリジナルファースト新月(しんげつ)()(つき)。彼女が教えてくれたゲーム。そしてウワガキ、サクジョと新月弥月と3人で対戦して、笑いながらやったゲームだ。

「今日、エメルソン先生が新しい弥月をつれてくるって言ってたね」

 白衣に手を突っ込みながら歩み、サクジョもまたテーブルの椅子に腰をかけた。

「うん、そろそろ来るんじゃないかな」

 今日は、疲れる一日になりそうだ。ついこの前はCAのディー・ナインに対して、記憶を削除して、最後の戦闘知識プログラムを上書きした。その日は、それだけで遊ぶ力も勉強する力もなくなって、眠ってしまった。

 おそらく、今日もそうなるだろう。

 ウワガキが言ったとおり、ダニー・エメルソンがストレッチャーを押しながら、部屋に入ってきた。周りに二人のナースがいた。

「ウワガキ、サクジョ、次の弥月シリーズの候補を連れてきた。おやつを食べ終わったら、始めてくれ。それまで準備をしているから」

 なにか、二人に習いごとでも始めるような気安さでエメルソンが言った。

 二人はストレッチャーに向かって歩み寄った。背が小さいので、そのままでは、そこに横たわる人の顔を見ることはできない。

 付き添いのナースが、ウワガキとサクジョを抱き上げた。二人は、ストレッチャーの中を覗き込んだ。

ストレッチャーには、女性が寝かされていた。既に麻酔で深い眠りについている。ショートカットの可愛らしい女性だ。前髪がアシンメトリーになっている。

 無事にパッケージソフト「慈愛」をインストールできたなら、彼女は十六夜弥月と呼ばれることになる。

 その彼女を見ながら、最初の弥月に一番似てるかも、とサクジョは思った。

 あの、優しくて明るくてそして悲しい、慈愛そのもののような人に……


 加賀技術室長とチーフメカニックマンのハワードがブレイザムメカの整備にあたってくれている。チカチカと蛍のような小さな瞬きの中に、その身を委ねているラグマ・ブレイザム。それを日下は、さも不思議そうに見つめていた。

 軽い頭痛がしている。深酒をしたせいだ。あれからそのまま眠り込み、酔いは醒めたが気分は最悪だ。別な空気を吸いたくなってここに来た。何故か、ラグマ・ブレイザムのもとに辿り着いていた。

 望月弥月とのシーンがフラッシュバックする。その度に、日下は目をつむり、顔を背けた。

 日下は踵を返して、格納庫を出た。別にこれといって行く当てはない。ただ艦内を歩き回りたかった。

 艦首の大ドームへと足を向けた。張りつめた気持ちを整理するのに、そういう所に行ってもいいだろう。そう思った。

 途中で、セシリア・サムウォーカーとすれちがった。お互い無言で敬礼を交わした。彼女はいつも通り凛とした表情で、愛想笑いの一つもしない。美しいだけに、可愛い気のない女に見える。勿体ない話だと日下は思った。だが、別にそれ以上の興味が彼女に在るわけではない。

 大ドームには、入っただけで別の世界に導かれたような気がした。機械油の臭いがしない。寒々とした空気がない。張りつめた緊張が緩やかにほぐされる暖かさがそこにはあった。土と草の匂いは、他の艦内施設とはまるで異次元と言えるくらいの違いを作り出している。それだけ、自然の力は偉大なのだと改めて感動した。

 日下は植物ドームの中をゆっくりと歩を進めた。大きな緑の木々の間に遊歩道がある。その道沿いを大きくのびをしながら歩く。

 林を抜けた向こうは菜園が形成されていた。これを管理しているのは生活班の宝金だ。その宝金が、自らつくった野菜の出来をしげしげと見つめている姿を見つけた。向こうも日下に気付いたようだ。

「日下副長はん」

 関西弁独特のイントネーションで名前を呼び、立ち上がって敬礼をした。なんとも人なつっこい笑顔で、こちらも思わず笑顔で返す。先のセシリアとは全く対照的に、宝金は笑顔の塊のような人物だ。

「宝金班長、見事な畑ですね。短時間でよくこれだけつくりましたね」

 日下は素直に感想を述べた。

「おおきに。確かに苦労はしましたが、こうやって実ったもんを見ると疲れも吹っ飛びますし、調理してくれる山野のおばちゃんとジェフがとっても喜んでくれるんでね、頑張りたくなります」

 まったく、この人は不思議な人だ。商売人になった方が似合うくらいだ。

「日下はん、ひとつどうですか?」

 宝金はそう言うと、出来を見ていたトマトを指し示した。

「あ、もらいます」

「そうでっか」

 宝金は再び嬉しそうな笑顔を浮かべると、みずみずしく赤いトマトを吟味して一つをもいで、日下に差し出した。

「そのままかぶりついて大丈夫ですよ、農薬の類は一切つこうてませんから。完全無農薬栽培です。宇宙で野菜つくるメリットです。悪さするバイキンがいないんやから」

「へえ」

 渡されたトマトは、なんだか重量感があった。日下はしげしげと、艶やかでハリをもったトマトを眺め、おもむろにかぶりついた。トマトの持つ生命力がジューシィな実と一緒に口の中に広がってゆく。酒にやられた体が、リフレッシュする感じがする。

「うまい」

 思わず言った一言に、宝金が目を細めて笑顔を作っていた。

 夢中でしゃぶりついたトマトを、日下はあっと言う間にたいらげてしまった。

「宝金班長、ありがとう。美味しかった」

「そう言ってくれれば、こっちも張り合いがあります。創生エネルギーなんてものが、この艦にあるとかないとか、なにやらきな臭い話がありますが、わてなんかこういう施設がきちんと動いて、ちゃんと生活できるだけのエネルギーがあれば、それだけで十分やと思うんですけどねぇ。些細なことのようやけど、人間そのものが些細なんやから、身の丈におうたエネルギー量で、ホンマ、充分」

「ラグマのこと、聞いたんですか?」

「デリバン連合王国の艦を拿捕しましたでしょ。みんな、その捕虜に対して興味津々なんですわ。良くも悪くも、情報を知りたがっている。噂がたくさん流れてますよ」

「そうですか」

 あまり無責任な噂が流れるのは良くない。放っておく訳にもいかないだろうと、日下は考えた。

「宝金班長は、どう思ってるんですか?」

「わて? わては、そうやな、難しいことはようわからんけど、あるような気がします。無限エネルギーが存在するとなれば、パルサー、クェーサー、セイファート銀河、ホワイトホール、説明のつく事がぎょうさんある。それらを考えるとあるような気がしますが、心情的にはない方がいいですわ」

「どうして?」

「我々が狙われるのも、全てはそのエネルギーの鍵となっていると目されているからでしょ? 膨大なエネルギーは争いのもとや。そんなもの、人間が扱いきれますか?」

「そのラグマのために、アリエルは戦火に巻き込まれた。我々が来たばっかりに」

「日下副長たちのせいやあらへん。攻撃をしかけてきたんは、ギネル本国の艦隊や。それははっきりしとる。いろいろ言う奴はおるかも知れんが、あんまり気にせんでいいですよ」

「宝金班長……ありがとう」

「何言うてますか、時代は違うかも知れんが同じ日本人やないですか。わては、そっちの方が嬉しいですねん。アリエルにいる頃は、日本人が少なくてね。ちよっと寂しかったんです。そうだ、日下副長、ええこと教えて上げましょ」

 そう言うと宝金は、先にたって早足で遊歩道を歩きだした。少しばかりせっかちな性格なのか、宝金はいつも早足で歩く。いつも何かに追い立てられて忙しそうにしている姿はいいにつけ悪いにつけ、日本人らしい。やがて宝金はドーム中央で林を形成している、その並木の一本をぽんぽん叩いた。

「この木、なんだかわかりますか?」

「いいえ」

「桜ですよ、桜」

「桜?」

「そう、桜。一体どうしてこの艦に桜があるのかわかりませんがね、間違いなく桜です。不思議でしょ。アリエルにも桜はなかったのに、この艦には桜があるんですよ。しかもつぼみが出ている。さっき温度調整しましたけれど、あと2週間もすれば、桜が咲きます」

「桜か……何年ぶりだろう、桜なんて。僕もずっと日本から離れていたからすっかり忘れちゃいましたよ、桜なんて」

「でも、我々日本人でしかわからないでしょ、桜が咲く楽しみって」

「そうですね。ホント、楽しみだなぁ」

「桜が咲いたら、ここで花見といきますか?」

「いいですね、艦長に許可をもらって、盛大にやりましょう」

 二人はすっかり話が盛り上がってしまった。わいのわいのと話が弾んでいたその途中で、宝金がドームの遊歩道をゆっくり歩く山村艦長を見つけた。

「山村艦長?」

 日下は後ろを振り返った。山村がゆったりとドームの中を歩いていた。宝金達とは違う遊歩道をたどり、菜園の方へと向かっている。

「艦長、ここに良く来るんですか?」

「ああ、時々来ます。菜園なんか覗いて食料事情なんかを気にしているようですよ。ああやって時々、現場を見に来てくれるのがありがたいんですわ。その時に意見も聞いてくれる」

 宝金はそう言うと、大きな声で艦長を呼んだ。

 山村がその声に応じてこちらを振り向いた。

 その時だった。林の茂みから、銃弾が一発鳴り響いた。その銃弾が山村の腹部を掠めていったのだ。

「艦長!」

 日下と宝金がわっと駆け出した。山村がどっと地面に倒れる。

「艦長!」

 駆け出した二人は山村をかばうようにして、回り込んだ。

「大丈夫だ。私は、大丈夫。腹を掠めただけだ」 

 苦痛に歯を食いしばって、山村がそう答えた。命に別状はなさそうだ。

「宝金班長、艦長を頼む。リー先生に連絡してくれ。ただし、事を大きくしないように注意して」

 山村の怪我の程度を確認すると、日下はホルスターから銃を引き抜き、狙撃者を追った。

「わかりました」

 宝金が、背後で何度も艦長の名を呼んでいた。

 大ドームを抜けて通路に出たが、既に狙撃者の姿はない。しかし、それで諦めるわけにはいかなかった。通路に設置されているインターカムの受話器をとって、司令艦橋へと回線をつなぐ。

 運良くロイ通信長が、その応対に出た。

「こちら、副長日下。大ドームで山村艦長が狙撃された。犯人を追跡中だが、見失った。至急、応援を請うと各戦闘班に連絡してください。乗組員に余計な動揺はさせたくないので、秘密裏に処理をする。慎重な行動を要すと通達。この後の指揮は私が出します」

「了解」

 短く答えたロイ通信長の返事を聞いてから、日下はインターカムをSICの加賀室長のコードナンバーに切り替えた。

「副長の日下です。加賀室長、ラグマ・ヒュペリオンからラグマ・クロノスへの通路を一つだけ残して遮断し下さい」

「なにかあったんですか?」

「山村艦長が狙撃されました。詳しいことはわかりませんが、現在犯人を追跡中です。乗組員を動揺させたくありません。隔壁のテストとでも言い繕って、遮断して下さい。ただし応援のための通路を一つだけ残して下さい」

「了解」

 短く返答があって通信が切れた。

「取り逃がすわけにはいかない」

 日下は自分に言い聞かすように、呟いた。

 艦内で、しかも艦長が狙撃されるなどあってはならない。ただでさえ、この艦は時代と人種と敵味方が坩堝(るつぼ)と化した不安定なものなのだ。こんな中で不穏分子がいたとあっては、疑心暗鬼に駆られて信頼感が消失する。

 自分のインカムを装着する。スイッチを入れれば、自分の位置が司令艦橋にモニターされるだろう。

「技術班より連絡。隔壁テストを行います。ご協力お願いします」

 全艦内放送としてアナウンスが流れた。

「日下副長、隔壁を遮断した。中央D通路のみ開けてある」

「了解。各戦闘班、D通路に向かえ。通路の入り口に着いた者は私に連絡をよこせ」

 日下がインカムに怒鳴りつける。数秒で連絡が入った。予想以上の対応だ。

「こちら、広瀬。D通路に到着しました」

「広瀬隊長? うってつけだ。広瀬隊長、今何名いる?」

「私も含めて4名です」

「よし、そこで待機。検問をひいて不審者のチェック。そこから、出てくる者は全てチェックしてください。後から戦闘班がきたら、私に連絡を寄越せと伝えてください」

 日下は、犯人が逃走したであろう方向に駆け出した。

「アイザックだ。D通路に到着した」

「アイザック戦務長、C通路に向かって下さい。犯人は、そちらに向かった公算が強い」

「了解」

 日下は再び、走りながらチャンネルを広瀬に切り替えた。

「広瀬隊長、不審者はいないか?」

「いません」

「よし、後から艦載機戦闘班と遊撃戦闘班のメンバーが来るはずだ。来た順からA、B、E、F各通路に向かわせてくれ」

「了解」

 この手配で、全ての通路に戦闘班が配備される。隔壁が遮断されているからラグマ・ヒュペリオンから出ることは不可能だ。犯人は、完全に包囲されることになる。

 日下はひたすらに走った。犯人は袋の鼠だ。必ず引っ捕らえてやる。その思いを抱えて、日下は全速で追った。カンカンと通路を走る足音を捉えた。犯人だ。やはり、C通路を逃走していたのだ。

「アイザック戦務長、応答してくれ」

「こちら、アイザック」

「やはり、C通路を犯人と思しき者が逃走中。追い込みますので、確保お願いします」

「了解」

 日下は更に走る。足音を頼りに走る。そして、時に威嚇射撃をし「止まれ」と怒鳴った。もちろん、そんなことで犯人は止まらない。

 その影が、アイザック戦務長がいるであろう方向に向かっている。

 犯人の背中がチラッと見えた。もう少し、もう少しで捕まえることが出来そうだ。たが、その時犯人はコトリと何かを落としていった。コンコンと音をたてて転がっていく丸い物体。

 手榴弾? 日下の脳裏に一瞬その単語が浮かび上がった。急激に血の気が引いて、日下はその場から通路の物影に身を隠した。その物体が一瞬早く爆発した。強烈な光がその場に広がった。視界が真っ白になる。それは手榴弾ではなく、閃光弾だった。日下の網膜は強烈な光で完全に視界を奪われた。涙が滂沱のように流れてくる。

(しまった)

 自分の不覚さを呪う。

 手探りで、インカムのスイッチをまさぐる。

「アイザック戦務長、応答願います」

「アイザックだ」

「日下です。閃光弾にやられました。犯人はなおもC通路を逃走中です。すいません。お願いします」

「了解」

 アイザックの小気味良い返事が返ってくる。それに引き替え、自分のミスはなんと言うことだろう。悔やんでも悔やみきれないミスだ。

 日下は思いきり床を拳で殴った。だが、今は何も見えない。視力を完全に奪われた日下は、そこで木偶のように待機するしかないのだ。

 しばらくして、一発の銃声が鳴り響いた。

 それが、アイザックが交戦やむなく犯人を射殺した時の銃声だと後から報告を受けた。そして、犯人は乗船リストに乗っていない、密航者だとわかった。


 あと一つのきっかけがあれば、自分の記憶は濁流のように甦るのではないか、そんなじりじりとした感覚がガデルにはあった。

 ガデルが記憶を失ってからの生涯で、デュビル・ブロウが死んだとき、記憶の末端に触れた気がした。

 あと少し、あと少しで記憶が戻る。

 ゴルダを旗艦に置くギネル帝国艦隊は、既に十三回の亜空間ワームホール航行を行っていた。その中で、有り難かったのは中途中途で、約束通りレイビスが超空間発振器を残してくれたことだった。これのおかげで、ガデル達は正確にレイビスの航跡を辿ることができる。

 自分の記憶がゆらゆらと揺らいでいる。それに加えてデュビルを葬り去ったラグマ・リザレックに対する怒りもふつふつと湧いてくる。焦りと憤慨が渦巻く艦橋で、ガデルは次第に平静さを失いつつあった。

「第十四回SWN、フォールインします」

 航海班からアナウンスが流れるとともに、反物質エンジンが臨界を得て、咆哮をあげた。通常物質と反物質が対消滅を起こす時の膨大なエネルギーが、亜空間を生成する。エキゾチック物質であるシュレゲリークォークを放射してワームホールへの入り口を作る。空間が裂けると同時に、ワームホールへフォールインする。ギネル艦隊は、亜空間カテドラルを形成してSWナビゲーションに入った。

 窓の外に縦横無尽に飛び交う極彩色の光が展開する。ガデルには見慣れた光景だ。だが、デュビルの死をきっかけにその光景も妙に味気ないものにガデルは感じていた。


 戦災孤児として軍に保護された「ウワガキ」と「サクジョ」は、医療機関でβμだと認められたとたん、別の機関に移送された。

 ガリガリに痩せて、いつもお腹が空いていた。頬がこけ、身体は臭く、髪の毛も無造作に伸びていて、実際「サクジョ」は女の子なのに、まったくそうは見えなかった。そんな二人がβμと判明すると、医療機関はその能力を突き止めることばかりに躍起になって、二人を人間として扱ってくれなかった。

 食事だけは、確実に与えてくれた。最初はそれだけでもありがたいと思ったが、日に日に検査が増えるにつれ、別な不安がもたげてきた。中には苦痛を伴う検査もあって、怖い思いをする二人に、誰もなにもメンタル的なケアをしなかった。

 不安と疑心暗鬼は募るばかり。

 僕達は、実験されてあげくの果てに、切り刻まれて殺されてしまうんじゃないか?

 そんな思いに囚われて、日々を過ごすうち大人がだんだん信じられなくなり、反抗的にもなった。すると、大人たちも更に邪険に扱う。

 二人の検査項目が長引いたのも、二人のβμの能力がなんなのか、なかなか判明しなかったからだ。

 二人の「記憶を操作する」という力は、それだけ他の能力と違って稀有なものだった。

 しかし、それが判明すると掌を返したように扱いが変わった。実験動物から、神童への格上げだ。でも、どっちも普通の子供として接してはくれなかった。

 サクジョとウワガキの登場で、格段に進展したのがCA計画だ。

 最強の兵士をつくる。そのための記憶操作の有効性に、それに関わる全ての大人が興奮した。

 そこから二人は、子供であることを忘れられ、CAの記憶操作プログラムに入ることになる。そんなときに、初めて二人を子供として、人間として接してくれたのが新月弥月だった。

 新月弥月はCAのメンタルサポートのために派遣された人間だったが、同時にこれからを担うサクジョとウワガキの環境改善やメンタルケアに、初めて軍が寄越した女性だった。

 新月弥月は、本当に優しい女性だった。優しくて、聡明だった。反抗的だったサクジョとウワガキの心をゆっくりとときほぐし、ときには強い姿勢で、上層部に二人の環境改善を申し入れてくれた。

 サクジョとウワガキは新月弥月と触れ合うことで、初めて笑うということができるようになったのだ。楽しい遊びの体験もできた。それが、タブレットのゲームだった。

 感情が豊かになれば、気持ちにメリハリができて、二人にとってお仕事になる「記憶操作」も嫌がらずに向き合うようにもなった。

 だが、悲劇は突如訪れた。

 その新月弥月が、瀕死の重傷を負って帰ってきた。CAのサポートに、軍艦に乗り込んで攻撃を受けて負傷してしまったのだ。

 新月弥月のCAへのメンタルサポートは見事で、想像以上の効果をあげた。その功績を失う訳にはいかない。失えば、CA計画が頓挫してしまうかも知れない。

 そう考えた軍は、新月弥月の人格、思考パターン、行動パターンを保存しようと考えた。それがパッケージソフト「慈愛」の基礎だ。

 その記憶の移送にはウワガキとサクジョ、二人の能力に頼らざるを得なかった。泣き崩れる二人は、説得を受けて泣く泣く記憶の移送をすることになる。

 ベッドに横たわる血の気が引いた、青白い顔の新月弥月。命の灯火が、だんだん小さくなっているのが、子供ながらにウワガキとサクジョにもわかった。

「サクジョちゃん、ウワガキくん、お願いね」

 か細い声で、新月弥月が二人に言う。こんなときでさえ、弥月は微笑みを浮かべていた。二人を悲しませないための微笑みだ。

 大好きな新月弥月。最後になにかをしてあげたい、とサクジョもウワガキも考えた。

「弥月さん、消してほしくない記憶ってある?」

 サクジョが弥月の耳元で小さく囁いた。少し考えて、新月弥月は言った。

「……あるわ。どうしても、忘れたくない記憶があるわ…会いたい人がいるの。会いたくて、会いたくて、でも会えなかった人がいるの……」

 弥月が一滴涙を流した。

「私が愛している人。その人のことを……忘れたくないの」

 二人を見る弥月の表情に懇願が浮かんでいる。

「その記憶、削除しないで残してあげる」

「ホント?」

 サクジョとウワガキ、二人が力強く頷いた。

「……ありがとう」

 弥月の顔が、一瞬だがパッと輝いた。まるでサンタクロースからプレゼントをもらった少女のようだった。

「じゃ、始めるね」

 サクジョとウワガキは、二人協力して弥月の頭に記憶移送のためのヘッドパッドを装着させた。そのコードは二手に分かれていて、一方はサクジョのヘッドパッドに、もう一方はウワガキのヘッドパッドに繋がれていた。ウワガキのヘッドパッドは、更に記憶装置に繋がっている。

「弥月さん、始めるよ」

 ウワガキが言った。弥月は、ベッドの脇に左右に別れて座る二人を交互に見つめた。

「サクジョちゃん、ウワガキくん、ありがとう……お願いね」

 そう言うと、弥月は静かに瞳を閉じた。

 サクジョとウワガキも目を閉じ、祈るように両手を組んで意識を集中させる。二人の記憶操作能力が発揮される。

 白い部屋の中央にぽつねんとベッドに横たわる弥月。その左右で、祈る姿勢のウワガキとサクジョ。それは宗教画のように、とても神聖な光景に見えた。

 大人たちからは、CAをサポートしたときの記憶以外、全て削除して消せ、と言われていた。だが、二人は大好きな新月弥月のために、愛する人の記憶を削除せず、記憶を保存装置に上書きすることにした。これは大人たちが知らない、サクジョとウワガキ二人だけの秘密だった。そして、この保存された記憶がパッケージソフト「慈愛」として、弥月シリーズに連綿と受け継がれていくことになるのだった。


 山村艦長の狙撃事件は、メインクルーに衝撃を与えた。

 射殺された密航者は、当然乗船リストに照合しても記載されていない。いつどのタイミングでこの密航者が侵入したのか? そして何故に山村艦長を狙撃したのか?

 疑惑は波紋の様に広がるばかりだ。誰もが疑心暗鬼に囚われ、その胸の内に暗い闇を広げていた。

 疑いは最近収容したデリバン連合王国の人間に向けられた。特にセシリア・サムウォーカーはデュビルに対して敵愾心を剥き出しにして疑惑をぶつける。だが、今となっては証拠がない。決めつけるわけにはいかなかった。

 だが疑惑をこのまま放って置くわけにもいかない。このままにしておけば、デリバン兵に対して私刑を行うと言い出す人間が出ないとも限らない。

「艦長の容態はどうなんだ?」

 重苦しい雰囲気の中で、大倉航海長が誰ともなしに尋ねた。

「医務室でリー先生が診ています。思ったより元気そうだと聞いています」

 そう答えたのは医療班看護師のクラウディア・エバーシュタインだった。


 医務室のベッドで点滴を受けながら、山村は天井を見つめていた。撃たれた右脇腹の弾の摘出は終わり、鎮痛薬で痛みはおさまっている。傍らにいるリー・チェンは、机に向かいカルテを書き込んでいる。時々心配そうに振り向いては「どこか痛みますか?」と尋ねて寄越す。その度に大丈夫だと答えた。

(それにしても、一体誰が私を撃ったのか?)

 傷の痛みより、その疑惑の方が精神的にきつかった。深く考えると、背中に冷たいものが走るのを禁じ得なかった。

 自分でも情けないと思うが、あのとき犯人と思しき者の影こそ目撃したものの、咄嗟のことでそれが何者なのか、男なのか女なのかすらも山村はわからなかった。

 乾いたノックの音がした。

「どうぞ」

 と山村が答えた。

 遠慮がちに入ってきたのは、アイザック戦務長だった。

「アイザックか、入りたまえ」

 そう言われて、ゆっくりとアイザックは中に入ってきた。リー・チェンに会釈をし、艦長と話をしてもよろしいですか、と尋ねた。

 リーは静かに頷いて、またカルテに向かった。

「艦長、具合は如何ですか?」

 アイザックに改まって尋ねられて、山村は思わず苦笑いを浮かべた。

「うむ、大丈夫だ。心配をかけてすまない。しかし、笑止だな。艦長たる者が不意を撃たれるとはな。汗顔のいたりだよ」

「いえ、そんな。それで報告ですが、犯人は密航者で追跡中に抵抗、不肖私が射殺しました。遺体を調査しましたが、国籍、氏名その他一切不明です。当然、艦長を狙撃したこともわかりません。申し訳ありません」

「そうか、いや、アイザック戦務長、よくやってくれた。礼を言う」

「陣頭指揮は日下副長が執りました。いざというとき、彼は驚くほどのリーダーシップを発揮します。見直しました」

「そうか、彼にも礼を言わなければならないな」

「ですが、艦内は艦長が狙撃されたことの不安が広がって疑心暗鬼の状態です。特にデリバン連合王国の兵に対して、偏見が生じています」

「そうだな、それはなにか手を講じなければならんな」

「ハイ」

「なぁ、アイザック戦務長。話は変わるが、君はラグマのことをどう思うかね? 創生エネルギーなんて、存在すると思うか? それともデュビル・ブロウのでっち上げだと思うかね」

「……私はあると思います。今まで、説明のつかない天体も、あると仮定すれば説明がつきますし、なによりギネル・デリバン両国がこれだけ必死になってこの巨艦を追撃する。それが何よりの証左のように思います」

 そこで言葉を区切って、不意にアイザック戦務長は口調を変えた。

「山村艦長、この艦を全力で調べ上げて、ラグマを突き止める訳にはいかないでしょうか?」

 その台詞に、山村は思わずアイザック戦務長を見直した。

「どういうことだ?」

「いえ、このまま実在さえ不確定なギアザン帝国を目指すよりも、その創生エネルギーを手に入れて、そしてギネル帝国に働きかけるという選択肢もあるのでは、と思ったものですから」

「確かに選択肢のひとつかも知れない。だが、それはギアザン帝国を目指すことよりも我々の生き延びる確率が低いものだ。ひとつに、ギネル帝国は我々をアリエルを完膚無きところまで、壊滅に追い込んだ。我々との協議に乗ってくるとは思えない。それと我々の最大の目的は祖先と子孫の戦争を止めることだ。それができなければ、我々の帰るべき時代と帰るべき星がなくなってしまう。日下副長達には尚、深刻だ。それとな、アイザック戦務長、創生エネルギーなんていうものが我々に扱えると思うか。子どもが、ナイフを振り回すような真似は止めた方がいい。今でも、この艦に我々は振り回されている」

 静かなる山村艦長の口調の中には、断固たる決意が見えた。

「わかりました」

 アイザック戦務長は、素直に従った。

 それを見て、山村は静かに頷いた。


 セシリアは、心の底から湧き起こる、怒りに似た感情を悟られぬよう抑えるのに必死だった。

 監禁室への通路をゆっくりとした歩調で歩く。なんの因果か、監禁室へ閉じこめたデュビル・ブロウの監視交代員に指名された。最初の時には、自白剤を注射する仕事までも言いつかった。それはそれで仕方がない。そう言った仕事も過去にはしたこともある。

 今、セシリアは監視役の交代時間のために、そこへ向かっているところなのだ。

「交代の時間です」

 ドアの前に立つ担当監視員と敬礼を交わして、銃を受け取る。

 交代した監視員が部署に戻るのを見届けて、セシリアは小窓を開けて、中の様子を見た。覗き込むと、その室内にデュビル・ブロウがいつもの姿勢でその隅にいた。

セシリアはしばらく、静かに沈黙を守る男を見守った。そんなセシリアを知ってか知らずか、デュビルは中空を見つめたままだ。

 そんなふてぶてしくも落ち着き払った態度が、逆にむかついた。

(この男は感情を現すことがあるのかしら。いつもいつも黙ったままで、他人を物のようにしか思っていないんだわ)

 セシリアは、そんなことを思いながらデュビルを見た。デュビルは相変わらず宙を見つめて石のように動かない。けれど、セシリアがいることに気付いていないはずがない。仮面をつけられたとは言え、人並み外れたテレパシー能力を持ち、勘の鋭い彼が気付かないはずがないのだ。

 無視されているとわかると、尚、セシリアの感情はたかぶった。

「デュビル・ブロウ」

 セシリアに呼ばれて、初めてデュビルは彼女に向けて顔をあげた。

「アンタか」

「デュビル・ブロウ、あなた、今日、山村艦長を撃ったでしょう」

 セシリアは、いきなり疑惑をデュビルへ突きつけた。

 当然ながら、デュビルはセシリアの言ったことが呑み込めない。ただ、ぼんやりとセシリアの顔を見つめた。

「言っている意味がわからない。どういうことだ?」

「今日、山村艦長が狙撃されたのよ。犯人は射殺されたわ。あなたの差し金じゃないの?」

「私は囚われの身だ。どうしてそんなことができるのだ」

「あなた方は、並々ならないテレパシー能力を持っている」

「その能力もこの仮面のおかげで封じ込められている。私になにが出来るというのだ」

 デュビルの言う通りだ。そうやって彼の能力を封じ込めたのは、誰であろう我々なのだ。デュビル・ブロウには山村艦長を狙撃することも、それを指図する事もできない。

 それでも、何故かセシリアの中から疑いは消えない。

「疑いたくば、疑えばいい。だが、山村艦長が狙撃されたことと私は全くの無関係だ」

 デュビルはそう言うと、また隅に引っ込み壁にもたれかかった。

 セシリアはそれ以上どうしようもなくなり、デュビルに憎々しげな視線を注いだ後、小窓を閉めてドアの前に向き直り、本来の監視の仕事に戻った。


 ラグマ・リザレックの行く手に、天の川銀河系と瓜二つの銀河が横たわっていた。アンドロメダ銀河だ。

 既に天の川銀河系から百四十九万光年離れているのだ。

 地球を旅立って、唯一人。銀河系から遠く離れたことを、誰もが再認識した。ラグマ・リザレックの人々の上には、孤独という言葉が覆い被さってくるようだった。

 広大なる宇宙そのものが孤独の象徴だった。例えラグマ・リザレックの周りが、星々の輝きに囲まれていたとしても、その距離は何光年と離れているのだ。決して触れあう位置にはいない。

 突如、ラグマ・リザレックに向かってビームが延びて命中した。そこに生じた小さな光球が巨艦の装甲を細部まで照らし出した。

 ラグマ・リザレックの周囲を包囲するようにして、次々と艦隊がSWNサーフェスアウトする。まるで幽霊船のように気配を完全に消している。こうも見事に攻撃レンジに侵入してくる繰艦術にラグマ・リザレックの誰もが驚愕した。

「総員戦闘配備」

 ラグマ・リザレック艦内に緊張が広がった。

「八咫烏隊、発進準備」

 艦載機戦闘班に、指令が降りる。

「八咫烏隊、発艦準備完了」

 セシリアが、マイクが壊れんばかりに荒々しく叫んだ。彼女のブロンドの髪がヘルメットの下に隠れ、スティックを握る掌にかすかに緊張を意識する。

「八咫烏隊、発艦」

「発艦、どうぞ」

 カレン・ライバックの管制アナウンスの指示に従い、セシリアは八咫烏の機体を宇宙に飛び込ませる。撃ち出された弾丸のように、セシリアの機体が宇宙空間を一直線に進んで行くと、すぐさま敵機がレーダーレンジの中に飛び込んできた。セシリアは体にかかるGに逆らい、そのまま躍り込んでいった。その心が、得体の知れない怒りに燃えていた。その怒りを敵にそのままぶつけて行く。

 セシリアのいつにも増して荒々しい攻撃ぶりに、ブリッジクルーも口を揃えて言ったものだ。「あの男まさりの副隊長、今日は随分荒れているな」、と。

 セシリアは情け容赦なく、敵機を撃ち落としていった。


「全艦、ラグマ・リザレックの両舷に回り込め! ベルガ粒子砲で沈める!」

 一糸乱れぬ艦隊行動のもと、攻撃してきたのはガデルの率いる艦隊だった。彼らはやっとの思いで追いついたのだ。

 今、ガデルの乗艦する旗艦ゴルダとベルガ粒子砲を持つ艦艇を除いた全ての艦船が間断無い砲撃を繰り返しながらラグマ・リザレックへと突進していく。そして、そのエンジン部分に攻撃を集中する。

「ベルガ粒子砲、用意。最大出力だ」

 ガデルは、これまでの戦いに抱いてきた全ての怨念を込めて命令を下した。

 旗艦ゴルダの艦首のベルガ粒子砲、その砲口がみるみる淡いピンク色に輝き始めた。エネルギーが急速に高まり、憎しみそのものが光へと変わってゆく。


 一度は休んでいた山村だったが、ただならぬ艦体の揺れに目覚めた。震動はあらゆる方向から伝わってくる。

 集中攻撃を受けている。反射的にそう直感した。

 山村はベッドから跳ね起きて、司令官服を着込んだ。司令艦橋へ向かおうと足を踏み出したが、踏ん張りが利かず無様によろけてベッドに倒れ込んでしまった。足に力が入らないのだ。

「足に力が入らんとは情けない」

 そう呟いたとき、ドアが開いてクラウディア・エバーシュタインが駆け寄ってきた。艦長が心配で様子を見に来たのだ。

「艦長、ダメです。無理しちゃいけません。艦長は安静にしていなければ」

「クラウディア君、すまない。このまま私を司令艦橋まで連れていってくれ」

「で、でも、艦長は怪我を」

「私は艦長なのだよ」

 気迫のこもった山村の言葉に、クラウディアは圧倒された。

「クラウディア君、その男に今は何を言っても無駄だよ」

 そう言って、リー医師が現れた。

「肩を貸してくれ。司令艦橋に連れていこう」

「リー先生、ありがとう」

 山村はそう言った。その額に汗が滲んでいる。まだまだ、傷は痛むのだ。だが今、山村は医者である自分の言葉は何一つ聞かないだろう。

「あなたは、艦長だからな。今、上であなたを必要としている事だろう。患者としては医者の言うことを聞かぬ大馬鹿者だが、やむをえんだろう」

 リー・チェンとクラウディアは山村を両側で支えながら、司令艦橋へと歩を運んだ。

「この戦闘が終わったら、患者としてちゃんと先生の言うことをききますよ」

 山村はそう言って、苦笑した。


 監禁室が一瞬光に照らされると、デュビルは反射的にテレパシーを張り巡らせた。制御マスクがあるので、テレパシーは本来の能力の百分の一にも満たないはずだ。だが、それでも尚、デュビルの心のひだに触れるものを感じた。直感と言ってもいいかも知れない。それは、ゴルダと彼の父ガデルの心の一部だ。間違いなかった。

「父さんか?」

 デュビルは窓の外を見入った。ゴルダは宇宙空間の遠くにあるらしく、肉眼で確認することは出来なかった。

 閃光が瞬きのように光っている。

 デュビルは、しばらく石のようにその場に立ちつくしていた。だが、心の中に何かが渦巻いて行く。心臓が早鐘のように高鳴り始めた。

「……父さん」

 デュビルはいても立ってもいられなくなり、身を翻して彼を閉じこめている部屋のドアの前に立った。

そして、念じた。自分のβμの能力がこの一回で全て無くなって、空っぽになってもいい。自分の精神エネルギー全てを燃えし尽くす思いで、デュビルは念じた。

彼の猛烈な精神エネルギーの波動は制御マスクを通り越して、尚、ドアロックをねじ曲げた。

 デュビルはドアを勢い良く蹴破って、通路へと飛び出した。


 頼りなげな足取りでゆっくりと歩く。

 戦闘は激しく続いているようだ。震動が細かく伝わってくる。時折、大きな揺れが山村とクラウディア、そしてリーの歩みを止めた。

 司令艦橋へ繋がるエレベータの前に出た。丁度そのエレベータの前で加賀室長とかち合った。その手に、手榴弾のようなものを持っていた。それは、先刻山村を襲った犯人が持っていたものと同型の閃光弾だった。加賀は、閃光弾から犯人へのアプローチを考え、分析していたのだった。

「艦長、大丈夫なんですか?」

 加賀が驚いていた。

「大丈夫じゃないと、言ってもこの男はきかんのだよ」

 リーが、笑みを浮かべて憎まれ口を叩いた。

「クラウディアさん、替わります」

 加賀が、クラウディアに声をかけた。

「大丈夫、私は随分力持ちなんですよ」

 そう言ってクラウディアは微笑んだ。その優しい微笑みは、加賀と大倉航海長が出会った頃と変わらない。

 エレベータの前で待っている4人に向かって、資材搬入用のラインシューターが向かってくる。

艦内移動用車両であるラインシューター。最初にそれに気付いたのは加賀だった。だが、それになんの資材も積まれていないことに、違和感を感じた。ラインシューターが近づいてくる。凍り付いたのは次の瞬間だった。そのラインシューターから、不意に人が立ち上がった。ヘルメットと暗視ゴーグルをしているので、その人物が誰なのかは、わからない。しかし、その手に銃が握られていたのだ。 

「あ、ぁ」

 加賀が声にならない声を発した。これを見たクラウディアが、加賀とその視線の先のラインシューターとその銃口に気付いた。彼女の反応は早かった。

「危ない!」

 叫ぶなり、山村を庇いながら床に倒れ込んだ。

 銃口から凶弾が発射された。照明が破壊され、辺りが一気に暗くなった。暗闇になったが、狙撃者は暗視ゴーグルをしている。狙いはつけられるということだ。

 闇の中、ほんの一瞬火線が奔った。3発の銃声がした。

 その銃弾の2発が、山村を庇ったクラウディアの背中を貫き、白衣を赤く染めた。

「ウッ」

 小さく呻き声をあげたクラウディアから、全身の力が抜けていく。

「クラウディア! クラウディア君!」

 床に倒された山村がクラウディアの異変に、慌てて彼女の名を呼びながら起き上がった。彼女は、力なく床に転がった。

「クラウディア君!」

 彼女の名を呼びながら、山村はクラウディアを抱き起こした。

「……ウソ? ウソよ……鋭一さん…」

 自分の命が失われることが信じられなかった。クラウディアは、か細い声で愛しい大倉航海長の名を呼んだ。それが最期だった。彼女の命は、一瞬で奪われてしまった。その魂が日下へと飛翔した。

ラインシューターが更に近づく。凍り付いていた加賀が、ようやく反応を取り戻した。

「伏せて! 目をつむって!」

 大声で叫ぶと、加賀は手にしていた閃光弾をラインシューターの音がする方向に向かって投げつけた。一気に強烈な光が拡散する。それと同時に、狙撃者は光に目をやられたらしい。暗視ゴーグルだったことが、更に追い討ちをかけたようだ。もんどりうって、ラインシューターから転げ落ちた。その時、闇雲に放った銃弾が、加賀の左太腿を貫通した。加賀もまた、もんどりうってその場に倒れた。しかし、その痛みを堪えて、加賀は自分の銃を引き抜き、発砲する。閃光弾の光が薄れ、逆に照明が復旧したこともあって、加賀はなんとか狙撃者に狙いをつけることができた。腰の銃をとり、下手な射撃ながらラインシューターに向けて撃ち込んだ。その加賀の銃弾が、狙撃者を撃ちぬいた。

 ラインシューターが停止した。

「リー先生は、非難してください」

 リー・チェンに向かって厳しい口調で言うと、山村は銃を構え、ラインシュータへと警戒しながら歩み寄った。

「加賀君、大丈夫か?」

 少し足を引き摺りながら、加賀に向かって山村は歩み寄る。

「大…丈夫です」

 痛みの中から、なんとか声を絞り出した。が、その後で意識を失った。

 山村は銃を構えたまま、更に歩を進めて倒れた狙撃者へと向かう。狙撃者は、胸を撃ちぬかれているようだ。既に動ける状態ではない。警戒しつつ屈みこんで、山村は犯人の暗視ゴーグルを剥ぎ取った。

 だが、その犯人を見て、再び山村は凍り付いた。

 犯人はアイザック戦務長だったのだ。アイザック戦務長は口から血の滴を流していた。

「何故だ? 何故、アイザック戦務長が私を狙撃するのだ?」

 山村の心は鉛のように重くなった。

「何故だ? 何故だ、アイザック」

 山村は思わずアイザック・ハイネマンに問いかけた。アイザックの顔には、山村に対してすまなそうな表情が浮かんでいた。

「……私は、潜入スパイなんです」

「潜入スパイ?」

「対象のグループに完全に溶け込み、そのグループとして生きていく。唯一度あるかも知れないし、無いかもしれない裏切りに備えて。裏切りがこなければいいと、いつも思っていました。だが、その指令があった。あのCAS望月が、逃亡のどさくさに紛れて私に囁いた。あなたの命を奪い、ラグマ・リザレックのコントロールを掌握しろ、と」

 苦しい息の下から、ぽつりぽつりと呟くように山村に話しかけた。

「クラウディア・エバーシュタインが死んだぞ」

「殺すつもりはなかった。私は、あなたを狙った。いや、あなただって撃ちたくなかった」

「最初に私を撃ったのも、君なのか?」

「最初は、もう一人の潜入スパイです。軽率に動き、日下副長に追いつめられたので、逆に私が始末した」

「アイザック」

 憎しみと哀れみとが混沌となった思いで、山村はアイザックの名を呼んだ。

「山村艦長、私はラグマがなんなのか、この艦がなんなのか知りたかった。艦長、私はどう決着をつけたらいいのでしょう?」

 アイザックは、自分に課せられた命令と自分の感情の間で苦悶しているようだった。銃を持ったアイザックの右腕がゆっくりと持ち上がって、山村艦長の胸に押し当てられた。

 引き金にゆるゆると力が込められて行く。

 アイザックのためらいが伝わってくる。

 その時、念動力が凄まじい瞬発さで、山村とアイザックとの間を走り抜けた。アイザックが持っていた銃が弾き飛んだ。

 デュビル・ブロウのサイコキネシスだった。

 彼は無言のまま歩み寄り、山村艦長を静かに押しやると、なんの躊躇いもなく、拾い上げた銃でアイザックを撃った。冷静で冷酷な処置だった。

「デュビル、何故、君が」

 山村が仰天して叫んだ。デュビルはそれに答えず、山村艦長を一瞥すると、

「今一度だけ、ここを抜け出したい。脱走はしない。私は必ず戻ってくる」

 デュビルは山村艦長に向かってそう呟くと、脱兎の如く駆け出した。

「デュビル、どこに行く!」

 行き場のない、湧き起こる激情のままに山村は叫んだ。


 いつの間にか手の甲に記されたラグマの紋章が、デュビルを導いて行く。ラグマ・リザレックの艦内を走るのはこれが初めてのはずなのに、何故だか迷うこともない。まるで、乗り慣れた自分の艦のように、どこに行けばいいのかわかる。

 デュビルが行き着いたところは、RPAブレズ4玄武の格納庫だった。

宇宙戦闘服を途中で着込んで、ヘルメットを被る。ふとデュビルは、着込んだ宇宙戦闘服が少し変わっていることに気付いた。手の甲の部分が、強化クリスタルになっていて、丁度そこからラグマの紋章が見えるようになっているのだ。

 手の甲に刻まれたラグマの紋章。否が応でも、これが強調される。まじまじとその紋章を見つめた。ラグマ・リザレックに乗り組んだ者には、すべからくこれが刻まれるのか。

 デュビルは雑念を振り払うように首を振って、ブレズ4のコクピットへと走り出した。


 山村は、加賀室長とリー医師に後のことを頼んで、ただひたすらに司令艦橋へと向かった。

 艦長席では、日下副長が懸命に戦闘指示を出していた。

「艦長‼ 大丈夫ですか?」

 山村に最初に気付いたトムソン機関長が、言って寄越した。

「大丈夫だ」

 山村はそう言って、ゆっくりと艦長席へと歩み寄った。

 艦長席に座っていた日下は、静かに席を譲り、艦長用のインカムを外して山村に渡した。

 山村は無言でそれを受け取り、日下らの顔を見てかすかに微笑んだ。インカムを装着すると、山村の表情が一変する。

 バンと勢い良くコンソールに両手を突いた。

「艦長の山村だ。日下副長、ブリッジクルーの各員ご苦労だった。これより、私が指揮を執る。なお、アイザック戦務長は潜入スパイだったことが判明、私の手により射殺した。この事件でクラウディア・エバーシュタインが死亡し、加賀室長が負傷した。詳細は後にする。総員、持ち場に戻れ。ロイ通信長、大倉航海長を司令艦橋に呼び戻せ。そして、全火器の指揮を司令艦橋に切り替えろ。戦闘艦橋はラミウス砲雷長、代理で指揮を執れ。敵の配置を報告してくれ」

「山村艦長、RPAブレズ4が許可なく発艦。パイロットは不明、応答ありません」

 ロイが怒鳴りつけている。

「…デュビルだ」

 山村の言葉に誰もが、驚嘆した。

「デリバンのデュビル中佐が乗ってるんですか? まさか脱走か?」

「その可能性がある。日下副長、遊撃戦闘班出撃準備、ブレズ4を奪回せよ」

「了解。遊撃戦闘班、出撃してブレズ4を奪回します」

「左四十五度反転。両舷、空間弾道弾発射」

 ラグマ・リザレックの全身から、砲撃のビームとSBMが様々な方向へと火線を伸ばし、敵艦に突き刺さった。


 セシリアは最後尾に構えている艦隊の動きが静止していることが、妙に気になった。

 できるだけ接近を試みる。コンソールの熱源反応値のメーターがグンとあがった。

 ベルガ粒子砲を撃つ気だ。その確信を持つと、セシリアはマイクを取って叫んだ。

「旗艦ゴルダにエネルギー熱源反応。ベルガ粒子砲の発射態勢だと思われます。ラグマ・リザレック、回避を!」

「こちら、司令艦橋、了解した。八咫烏隊、敵艦の発射を全力で阻止しろ」

「了解。タンゴ、ランバタ、ワルツ各編隊、ゴルダに向けて突入する。続け!」

 セシリアは、編隊を率いてゴルダに向けて突進した。


「エネルギー充填八〇パーセント。発射まであと二〇秒」

 ガデルの元にその報告が飛んだと同時に、艦橋がぐらぐらと揺れた。

「なんだ?」

「敵艦載機の編隊です。艦長、ベルガ粒子砲の発射中止を。このままでは危険です。自爆します」

「いかん、砲内圧力をあげろ。対空砲、掃射開始。ベルガ粒子砲の発射が最優先だ。敵編隊ごと吹き飛ばせ」


 発進した遊撃戦闘班は、陣形を取りつつ戦闘宙域へと飛翔している。その中途で、クルーはブレス4にデュビルが搭乗していることを知った。誰しも驚いていたが、その中でビリーは冷静だった。

「ドッキングして、引きずり降ろすしかないな」

 正直それ以外に思いつく方法がない。

 ブレイザムメカは、全速で宇宙空間を疾駆した。


「急速反転、敵艦のベルガ粒子砲の発射コースを割り出せ」

 山村艦長の指令により、ラグマ・リザレックは反転してゴルダと対峙することになった。

「上下角プラスマイナス二〇度。左右角三〇度。この範囲内なら、あのガデル少将なら確実に命中させてきます」

「反次元エンジン、出力六〇パーセント。トムソン機関長、反次元エンジンのコントロールに問題はないか?」

「今のところ、通常航行に問題はありませんが、六〇パーセントより出力があがりません。反次元エンジンが不安定です。敵のエンジン部への集中砲撃によるものです。日向応急長が対処中です」

「鏑木甲板長、ラグマ城壁(ウォール)は使用可能か?」

「出力六〇パーセントでは使用不能です。出力九〇パーセント以上をラグマ城壁(ウォール)にエネルギー供給しないと使用できません。現在、日向応急長と対処中です」

ラグマ城壁(ウォール)は、絶対的な防御システムだが、エネルギーの消費が半端ではない。まるで金喰い虫だ。

「よし、下げ舵一杯! ゴルダの艦底に潜る」

 ラグマ・リザレックが加速する。ゴルダの艦底に向かって突撃してゆく。その両舷で、それを阻止すべく敵の戦闘艦が随走するようについて来るが、たちまちそのスピードに振り切られた。


「巨艦、急速接近。我が艦の艦底に潜り込むつもりです」

「発射一〇秒前」

 ガデルは殊更大きな声で、ベルガ粒子砲の発射を命じた。

 セシリア率いる八咫烏の編隊の攻撃が、ブリッジを揺さぶる。ゴルダの対空砲が必死になって、応戦している。

「巨艦、なお急速接近! 突っ込んできます!」

 半ばヒステリックになった兵士の報告が、ガデルの耳朶を打った。既に冷静さを失っている。

「ガデル提督! 発射角度に限界が来ています」

「水平発射にこだわるな。後尾スラスター噴射、艦尾を持ち上げろ」

 ガデルの指示に基づいて、ゴルダの艦尾部分だけのロケットノズルが噴射を行った。艦尾だけが持ち上がって、ゴルダは逆さ吊りのような状態になった。だが、これで艦首のベルガ粒子砲の砲口は、艦底に潜り込もうとしているラグマリザレックを狙える角度をキープしたことになる。

「カウントしろ!」

 ガデルが叫ぶ。

 だが、その時機関部を攻撃していた八咫烏ワルツ小隊のミサイルがヒットして、火柱があがった。

「機関部損傷。エンジン圧力ダウン。砲内圧力もダウンします」

「後進全速だ!」

 憤慨して叫んだあと、ガデルは自分の唇を噛み切らんばかりに噛みしめた。

ゴルダはラグマ・リザレックに対して、発射角度を維持したまま後退していった。


「ちっきしょう、なんて野郎だ」

 カズキは、デュビル・ブロウのテクニックに舌を巻いた。

 先行するブレズ4に対して、どうしてもドッキング出来ない。ひらりひらりと、デュビルはドッキングのタイミングを外してしまうのだ。

「日下副長、どうする?」

 カズキが通信モニターに語りかけた。受けた日下にしろ、正直困惑したままだ。

「いずれにしても、ドッキングするしかない。威嚇射撃で脚を止めてみる」

 日下はそう言い放つと、ブレズ2の速度を最大にあげて、ブレズ4を追跡する。その後ろをブレズ1とブレズ3が共に追う。

 ターゲットをロックして、日下はブレズ4に対して威嚇射撃を行った。だが、その射撃コースをまるで見越しているような動きで、ブレズ4は更に加速する。当然ながら、命中しない。それどころか威嚇にすらならない。

 次第に彼らは最前線の戦闘宙域に突入していく。敵ボビット・バーノンの編隊がこれに加わって来た。

 これに竦んだのがブレズ1を駆る轟・アルベルンだった。胸の鼓動が早いリズムを叩く。息が詰まりそうだ。

「うおーっ」

 ただ一人のコクピットで、轟は吠えた。轟は今ようやく、戦闘の恐怖を押さえ込む術を身につけようとしていた。

 加速レバーを押し込む。もともとブレズ1は4機の中で最も加速力を持つ機体だ。たちまちのうちに、ブレズ2を追い抜き先頭に躍り出た。

 その時、ブレズ各メカの紋章が輝きを放った。パイロット達の紋章も同様だ。デュビルを含む各メカがバリアーフィールドを形成し、自動的にドッキングフォーメーションをとる。

「これは、一体どういうことだ?」

 意思を持つが如くに動くラグマのメカ。この現象に初めて遭遇したデュビルは驚きを禁じ得なかった。レバーをどう動かしても、メカは彼の思う通りには動かなかった。

 ブレズメカ4機は変形ドッキングを完了させて、ラグマ・ブレイザムになった。

「ラグマブレイザム、四神モード展開します」

 コンピュータガイダンスが流れる。

「なんだ、コンピュータがオートマチックでやっているのか?」

 勝手が解らないデュビルは、ただただ事の成り行きを見守るしかなかった。だが、この躊躇している間に、カズキが行動を起こしていた。

 ブレズ4のコクピットのハッチが勢い良く開くと、カズキがデュビル目がけて飛び込んできた。

「てめぇ、逃げようったってそうはいかんぞ」

 そう怒鳴ってカズキは、デュビルに躍りかかって行く。

 だが、それを認めたデュビルの行動は機敏だった。シートベルトを外すと、無重力を利用してひらりとカズキの突進をかわしたのだ。無重力内での格闘の訓練を受けているデュビルに、素人のカズキがかなうはずがなかった。牛若丸と弁慶の立ち回りのようなものだ。

 闇雲に突進を繰り返して、力技で捕まえようとするカズキの動きを読み、鮮やかな体術で、デュビルはカズキの隙を見つけて脇腹に痛烈な蹴りを入れ、その反動を利用して宙空で反転、背後の首筋に手刀を叩き込んだ。それはカズキの意識を断ち切るのに、充分だった。

 気絶したカズキをコパイ席に寝かせ、シートベルトを利用して後ろ手にして拘束する。

 ボディチェックをした。拳銃の類を持っていない。民間人でカズキの素性を知らないデュビルは、捕虜の逮捕に武器を携行していない彼に少し呆れる。

 パイロット席に戻り、通信回線を開いた。モニターに各機のパイロット達が映った。

「全乗組員に告ぐ。私は、デュビル・ブロウだ。今から、この機体は私が掌握する。指示もこちらから出す。抵抗する場合は、このクルーの安全は保証しかねる」

 そう言って、デュビルは気絶したカズキに向けて拳銃を向けた。先に、アイザック戦務長を葬った拳銃だ。

「カズキ先任伍長!」

 ビリーが思わず叫んだ。

「今は気絶しているだけだ。私がこの機体を掌握するのは、今から戦闘終了まで、それまでの時間で結構だ。逃亡する意思はない。戦闘終了後は、また君達の指示に従う」

「副長の日下だ」

 通信モニターから、一人の男が名乗り言った。尋問にも立ち会っていた男だ。

「逃亡しない、という意思は本当か?」

「本当だ」

「抵抗しなければ、カズキ先任伍長の安全は保証するのだな」

「保証する」

「了解した。カズキ先任伍長の安全を最優先に考える。デュビル、君の指示に従おう」

「日下副長!」

 ビリー、キース、轟が一様に驚く。

「日下副長、感謝する。では、この機体のメインコントロールをこちらのコクピットに渡してもらう」

「どこに行こうというのだ?」

「ゴルダと接触する」

 そう一言呟くように言った。


「ガデル提督、砲内圧力回復しました。ベルガ粒子砲、撃てます!」

「よろしい、アルファ、ブラボー、チャーリー、デルタ、カウント開始。続いてエコー、フォックス、ゴルフ、ホテル、インディア、ジュリエット、発射用意!」

 フォネティックコードで割り振った艦に命令をくだす。

「敵RPA接近!」

「構うな、カウントを続けろ」

 ガデルの視線は、ラグマ・リザレックから離れなかった。


「全機突入、ベルガ粒子砲を撃たせるな!」

 八咫烏隊隊長シンディのもと、艦載機戦闘班が対艦ミサイルを、次々とベルガ粒子砲を発射しようとする艦に向けて発射し、沈めていった。

 セシリアが放ったミサイルが、ゴルダの隣の艦に命中した。


「全艦、ベルガ粒子砲、ッテェェェェェェッ!」

 ガデルが命令を発した直後、ゴルダの隣にいた艦が轟沈した。その爆発の影響でゴルダの船体が激震し、その揺れにガデルは椅子から放り出され、コンソールに頭を強打した。

 その強打のショックが引き金になった。

 ガデルの記憶が奔流になって、溢れていく。脳の隅々まで、あらゆる過去がフラッシュバックして一瞬の中で染み渡っていった。

 そして、思い出した…

 思い出した…私の名はジャン・アルベルト・ガデル・ブロウ。

 デリバン連合王国の大学教授で、政府機関の諮問委員会にも名を連ねていた。

 ガデルは兵器として開発された思念波増幅装置の基礎となった「テレパシー増幅装置」の基本理論を作った。

 本来、テレパシー増幅装置は、βμのテレパシーの能力格差をなくすために考え出したものだ。平和目的のはずだったのに、戦争の世は、それを兵器に転用しようとした。

 冗談じゃない!

 兵器になって、増幅装置が世に出てしまえばどうなる?

 思念波の能力が高い者は、次々と戦場に刈りだされていくことになりはしないか。そして、兵器として開発された増幅装置が世に出てしまったとき、人が人を苦しめるために思念波増幅装置を使うことに繋がってしまう。そうなれば、今の社会秩序が崩壊する。

 いや、いやいや、想いはもっと単純だ。

 息子デュビルの生きる世の中を、そんなふうにしたくないのだ。

 βμは突然と発生する。その能力に覚醒してしまう。我が息子のデュビルが、いつβμになってもおかしくはないのだ。だから、もしデュビルがそうなってしまったとき、その時に思念波が兵器になってしまったら、苦悶の戦場の中に身を投じることになる。そんなことだってありえるのだ。

 デュビルの生きる世の中を、そんな世の中にしたくない。

 デュビルが生まれた時、初めて歩いた時、一緒にお風呂に入った時、自転車の練習を始めた時、あの時の小さな手と姿がガデルの中にフラッシュバックする。親バカだろうとなんだろうとあの時のデュビルは、かわいくてしょうがなかった。

 ──ガデルは、「βμ反思念波増強論」の先鋒者となった。

 いつしかその論派の弾圧が始まり、時にガデルは投獄され拷問も受けた。腕の傷は、その時に受けたものだ。

 そして、あの夜が訪れたのだ。

 突然、兵士がガデルの家を襲撃した。妻を、母を銃撃して命を奪い、ガデルを連行した。一人デュビルを置き去りにして。

 襲撃した兵士はデリバンの軍服を着ていたが、偽者だった。兵士たちは、ギネル帝国の内通者で工作員だったのだ。そのリーダーは、カルロ・ジュンといった。

 デリバン連合王国に比べ、ギネル帝国の思念波の研究は圧倒的に遅れていた。その遅れを埋めるために、ラナス皇帝が策を講じてガデルを拉致したのだ。全ては、ラナスの差し金だった。

 テレパシー増幅理論を思念波増幅装置へ転用し、兵器としての開発を要求された。ガデルは断った。断り続け、拷問を受け、くたくたに疲れ果てた。それでも、屈服せずに協力を断り続けることができたのは、息子デュビルのことがあったからだ。

 やがて、ギネル帝国はガデルへの協力要請を諦めた。

 その代わり、ガデルをひとつの実験体にした。

 当時、記憶操作能力をもつβμがいることがわかり、これを使った兵士養成計画が始まっていた。記憶操作能力を持つβμは非常に稀有な存在で、またその実証実験を行う機会もできずにいたのだ。ガデルは、そこに廻された。

 記憶操作を持つβμの能力テストが、ガデルを使って行われた。ガデルから記憶を削除して、戦術プログラムを上書きする。

 ガデルは、そこで記憶を喪失する。だが、初めての記憶操作実験で、かつそのβμの能力もまだまだ未熟だったため、不安定要素を残したのだ。記憶が戻りかけたりする兆候が出るのはそのためだ。

 この実験は、一部不安を残したものの大成功と言えた。ガデルは戦線に送り出され、目覚しい成果をあげた。やがて、ギネル帝国の少将まで登りつめ、鬼神と怖れられる存在になるほどに。

 そして、これをきっかけにCA養成の研究がギネル帝国で始まったのだ。そして、記憶操作のノウハウは、サクジョとウワガキへと継承される。

 思い出した。全てを思い出した。

 私には息子がいた。デュビル・ブロウがわが息子だ。その息子はどうした?

 息子はラグマ・リザレックとともにツインジュピターに飲み込まれてしまったのではなかったか。

 ガデルは額から滴り落ちる血もそのままに、コンソールに手をついて立ち上がった。

「敵、RPA、我が艦ブリッジめがけて接近します」

 記憶が戻って、その原因も思い出した。全ては、全てはラナス・ベラが元凶だ。怒りが渦巻き、同時に息子を失った悲しみが襲う。憤怒にまかせて、ガデルは怒鳴りつけた。

「フォックス、ゴルダのブリッジめがけてベルガ粒子砲を撃て! ブリッジごと敵RPAを粉砕せよ!」

 ガデルは、ベルガ粒子砲搭載戦艦フォックスに自らの命と引き換えの発射を命じた。

 そのRPAラグマ・ブレイザムに、デュビルが搭乗していることをガデルは知らないのだ。


 フォックス艦から、ゴルダめがけてベルガ粒子砲が発射された。

 デュビルが、声にならない叫びを発した。

 ヘルメットに封じ込められていながら、なお溢れ出す思念が、この宙域を駆け抜けた。それは、奇跡的にガデルへと届いた。

「父さん!」 「デュビル!」

 同時に、ラグマ・ブレイザム四神モードのバリアーフィールドが発動した。いや、それは単なるバリアーフィールドではなく、両肩に装備された甲冑の盾から発生した、ラグマ城壁(ウォール)だった。ラグマ・リザレックとは規模が違うが、次々と岩塊のようなエネルギーの塊が積み上げられ、左右上下に展開して、ラグマ・ブレイザムとゴルダのブリッジを覆い尽くした。

 ベルガ粒子砲の淡いピンク色の砲弾とまばゆい閃光、全てを受け止め、その高エネルギーを弾き返した。弾き返されたエネルギーの残滓が、ゴルダの船体に降り注ぎ、小爆発を招いたが、ラグマ城壁(ウォール)はラグマ・ブレイザムとゴルダのブリッジを守り抜いた。

 閃光が薄らぎ、ゴルダのブリッジの正面で背中を向けていたラグマ・ブレイザムがゆっくりと振り返った。

 敵のRPAが、自分達ゴルダを身を挺して守った。その不可解な行動に誰もが呆然としていた。

 そのRPAのエアロックから宇宙服を身に纏ったパイロットらしき人間が飛び出してきた。バーニアを器用に使い、ゴルダのブリッジ正面に出て、そしてそのブリッジに向かって敬礼をした。宇宙空間に直立不動で佇んでいる。

 それが、デュビルだと理解するのに、ガデルは1秒もかからなかった。バイザー越しに顔を見ることができなかったが、背格好、そして仕草でわかる。それで充分だった。デュビルが……息子が生きていた。それで充分……

 怒りが急速に静まっていく。

 ガデルもブリッジの外、宇宙空間に佇むデュビルに向かって、敬礼を返した。

「巨艦、本艦真下。全砲塔を本艦に向けて照準。この位置と距離では、回避不能です」

 レーダー員からの報告だ。

 ゴルダは、完全にラグマ・リザレックにロックオンされたのだ。喉元に拳銃を突きつけられたようなものだ。

「全艦、ベルガ粒子砲、発射中止! 戦闘態勢、解除」

 鬼の形相で、滴る額の血もそのままに仁王立ちしていたガデルは、そう命令を告げると帽子をとり、額の血を袖でぬぐった。誰一人気付かなかったが、ガデルは額の血と一緒にこぼれる涙も慌ててぬぐっていた。戦場の鬼神が誰にも見つからないように、こっそり流した父親の涙だった。


 山村の操艦で、ラグマ・リザレックはゴルダを完全に、全砲塔そしてプラズマプロトン砲までも、その射程、照準に捉えた。

「山村艦長、ゴルダより通信です」

 ロイ通信長が山村に向かい、振り仰いだ。回線をつなぐように言うと、スクリーンにガデル提督が映った。

「山村艦長、お見事でした。わが艦隊の完敗です。あなたの統率力、そして戦術に心から敬意を表する」

「ガデル提督、雌雄は決した。私はこれ以上の戦闘と犠牲を望まない。艦隊を退いていただきたい」

「……わがギネル帝国艦隊は、現時点を以って貴艦への追撃を断念、地球へ帰還する」

 その言葉に、無言のまま山村が頷いた。

「ひとつ教えていただきたい。貴艦の航海目的はなんなのだ?」

「我々の航海目的は、現在地球で起こっている先祖と子孫の戦争を止めることだ。そのため、ギアザン帝国を目指している」

 山村が真っ直ぐ、ガデルの瞳を射抜くように見つめたまま、そう応えた。

「……貴艦の航海の無事を祈る」

 ガデルは、山村に向かい敬礼をした。山村もそれに敬礼を返した。


 デュビルは、ラグマ・ブレイザムに戻った。エアロックから、コクピットに向かう通路に出た瞬間に、日下とキース、そしてカズキの3人に取り囲まれ、乱暴に壁に押し付けられた。カズキは拘束を解かれ、意識を取り戻している。

 日下とキースが無言で銃を突きつけた。

「君を拘束する」

 そう日下が言った瞬間に、カズキがデュビルの腹めがけて痛烈なパンチを放った。怒りと屈辱がない交ぜとなった拳だった。

 戦闘服の上からのパンチだが、効いた。思わずくの字に身体を折る。壁にもたれて、そのままずり落ちそうになるのを、無理やり支えられて、もう一発食らった。今度は、デュビルの意識が刈り取られそうになった。

 後ろ手に回され、手錠をはめられ、拘束具で身体の自由を奪われた。

 痛みが全身を伝うが、これくらいは覚悟していた。

 それよりもガデルに、父に自分が無事でいることを伝えられた。それで充分だ。そのことが出来たことで、充分だ。

 マスクに隠れたデュビルの口元にほんの少し、満足げな笑みが浮かんでいた。


 ラグマ・ブレイザムがラグマ・リザレックに向けて帰投コースにのり、鞘を納めたギネル帝国艦隊が反転したときだった。

 突如として、巨大な球体がこの宙域にSWNサーフェスアウトしたのだ。

 それは球体というより、殆ど衛星のようなサイズだった。全長十八キロメートル。天王星内衛星キューピットとほぼ同等だ。人工物なのは明らかで、各所に巨大な砲門が認められた。武装した衛星とでもいうのだろうか。

「我々は、アンドロメダ連合ヴァストーク方面治安軍。私は司令長官ヤーべだ。現宙域は、アンドロメダ連合が治める領宙域である。この宙域での戦闘は断固として認めない。即刻の退去を命ずる。繰り返す、この宙域はアンドロメダ連合以外立ち入ることを許されない不可侵宙域である」

 武装衛星から、高圧的な口調で警告が成された。全く知らない星間国家のファーストコンタクトだが、それはあまりにきな臭い遭遇だった。

「警告に応じなければ、攻撃を開始する」

 その言葉と同時に球体フォルムの戦闘艦が続々と排出されて、あっと言う間に陣形を形作った。

「我々は天の川銀河系地球に所属する艦ラグマ・リザレック。我々は貴君と戦闘する意思はない。戦闘は中止した。貴君の警告に従い、この宙域から即刻退去する」

 山村が、アンドロメダ連合と名乗る艦隊に向かって、通信回線を開いた。

 ゴルダもそれを静観している。


 アンドロメダ連合ヤーベ司令長官は、山村の通信に突然顔色を変えた。

「ラグマ、ラグマだと!」

 驚きの声を上げると、すぐさまラグマ・リザレックの解析を指示した。同時に全艦に向けて、戦闘配備を命じる。

 スクリーンの中で、ラグマ・リザレックが山村の言葉通り、転針して不可侵宙域から退去しようとしている。ゴルダを始めとするギネル帝国艦隊も、袂を分かつようにラグマ・リザレックとは反対方向に舵を切っている。

 解析していたクルーが、艦名になった両舷の文字を見つけた。

「ギアザン文字、確認。ラグマ・リザレック艦名も確認できます」

「やはりな。よもや、この宙域で伝説のラグマと遭遇できるとは……全艦、ラグマ・リザレックに向け、攻撃開始! とり逃がすな」

 突如として、ヤーベ司令長官は、ラグマ・リザレックに対して攻撃命令を発令した。


 アンドロメダ連合の艦隊が、ラグマ・リザレックに対して攻撃をしかけてきた。

 山村はじめ全員が面食らった。

 自分達は、アンドロメダ連合の警告に従い、この宙域から退去しようしているのだ。

「我々は、貴君の警告に従い、この宙域より退去する。即刻、攻撃を中止されたし。攻撃を中止されたし。我々に戦闘の意思はない」

 ロイ通信長が、繰り返し通信を繰り返した。何か、誤解が生じてしまったのか?

 ことを治めるために、艦載機もRPAも帰投させて今は待機状態だ。

 この間にも、敵は圧倒的物量の兵力を展開して、ラグマ・リザレックを取り囲んだ。

 戸惑い、敵の態度にまごついている間に攻撃は激しさを増す。上空に、戦闘機が接近してミサイルを発射した。ミサイルと思われたそれは、ラグマ・リザレックの直上で自爆し、バラバラと微細な、粒になったメカを撒き散らした。それらが、ラグマ・リザレックの表面にぺたぺたと付着する。同時に、特殊な電波らしきものが一斉に放射されて、一気に通信関係とレーダーに障害がおきた。

「山村艦長、レーダーに干渉波、通信回線も妨害されています」

「目と耳を一気に奪われたのか」

「アンドロメダ連合艦隊、前方に包囲網展開。取り囲まれました」

「大倉航海長、ロールして付着物を振るい落とせ」

 ラグマ・リザレックが、加速と同時に大きく船体をひねり、回転した。同時にいくつかの付着物は、払い落とせたが全てとはいかなかった。

 だが、それにより僅かながらに、レーダーが回復する。

「こちらSIC、干渉波効力減退、回復まであと二〇秒」

「後方より高エネルギー反応! ベルガ粒子砲です」

「なにッ」

 僅かに回復したレーダーが、高エネルギー反応を捉えた。

 それは、ラグマ・リザレックを掠めて、その前方のアンドロメダ連合の包囲網を直撃して、風穴をあけた。ギネル帝国艦隊旗艦ゴルダからの砲撃だった。

 それを皮切りに、ギネル帝国艦隊がラグマ・リザレックを守るように接近し、アンドロメダ連合に対峙した。

「山村艦長、ガデル提督より通信です」

「つなげろ」

 スクリーンにガデルの毅然とした顔が映った。時折、画像が乱れた。

「山村艦長、アンドロメダ連合は私が抑える。貴艦は、航海の先を急いでくれ」

「…ガデル提督…」

「貴艦の航海の無事を祈る。先祖と子孫の戦争を止めてくれ」

「……ガデル提督、感謝します」

 二人は、敬礼をかわした。

 敬礼した姿勢のまま、ガデルは山村に真っ直ぐな視線を送る。(まなじり)を決した、その表情の奥に、山村はガデルがなにかを言わんとしていると感じ取った。一瞬だが、ガデルの唇が開きかけた。しかしその唇は真一文字に結ばれ、言葉は呑み込まれたようだ。そのうえでガデルは、口を開いた。

「貴艦の航海の無事を祈る」

 その言葉を最後に、ガデルとの通信は切れた。

「ギネル帝国艦隊が、わが艦の援護をしてくれる。包囲網を突破してこの宙域から離脱する。ラミウス砲雷長、正面妨害する敵艦に対して砲撃照準。攻撃開始!」

 山村が全艦に向け、そう発した。ラグマ・リザレックの各砲塔が、正面の敵艦隊に向け照準を合わせ、砲撃を開始した。


 包囲網突破に向けて動きだしたラグマ・リザレックを確認して、ガデルは正面に対峙したアンドロメダ連合の艦隊を見据えた。

(先祖と子孫の戦争を止める…か。そうだ、俺とデュビルのように親子で戦うようなバカなマネはやってはいけない。山村艦長、息子を頼む)

「全艦、突撃隊形! ラグマ・リザレックが戦闘宙域が離脱するまで、敵を寄せ付けるな。ベルガ粒子砲発射用意、続いて砲雷撃戦用意!」

 ギネル帝国艦隊は、ベルガ粒子砲の発射態勢を整えると次々と発射して、アンドロメダ連合の艦を撃沈していく。

「艦載機、発進」

 ゴルダから、続々と艦載機が発進して敵機と交戦に入った。


 思わぬ抵抗を始めたギネル帝国艦隊に、ヤーベ司令長官は、苛立ちを隠すことなく拳をコンソールに叩き付けた。

 正直、ギネル帝国艦隊に興味はない。狙いはラグマ・リザレックだ。艦載機が付着させたマーキングシステムで、今後追跡は可能だろうが、かといってこの場で逃がすつもりは毛頭ない。だが、それを阻止するギネル帝国艦隊が忌々しい。

「全艦、抵抗する艦隊を撃ち落とせ。攻撃を旗艦に集中せよ」

 アンドロメダ連合の艦隊が、その火線をゴルダに照準を合わせる。圧倒的な物量の砲撃がゴルダに向かった。それが、次々に命中してゴルダの戦闘力を剥ぎ取ってゆく。殆どなぶり殺しの様相だった。

 

 ゴルダのブリッジが炎に包まれていく。敵の砲撃はあまりに圧倒的で、僚艦が次々に撃沈された。先のラグマ・リザレック戦で損傷を受けたことで、戦闘能力が低下していることも災いしている。

 ガデルは、メインモニターでラグマ・リザレックの動向を見据えた。丁度、正面敵艦隊を突破したところだった。その先に敵艦隊はいなかった。そのままSWNに入れば、この宙域から脱出できる。

 それを認めたとき、ふっと唇がゆるんだ。

 デュビル、生きろよ。生き抜いて、幸せを掴めよ。

 ラグマ・リザレックの艦尾に、デュビルの面影を重ねていた。

 お互い、親子と認めたうえでの触れ合いはできなかった。だが、親子ではなかったがともに酒を酌み交わすことはできた。

「ベルガ粒子砲、撃てェッ!」

 ガデルの叫びで、ゴルダからベルガ粒子砲の最後の咆哮が轟いた。閃光が、アンドロメダ連合艦隊を粉砕していく。

 その発射と同時に、ゴルダの船体が爆発で膨れ上がり、閃光に包まれた。

 ゴルダが轟沈した。


 その瞬間をデュビルは、RPAの発進デッキに備え付けられたモニターで目撃した。

 逃亡者として捕獲されたデュビルは、拘束具で体の自由を奪われ、銃を突きつけられ、そしてその口も塞がれていた。

 取り押さえている日下たちに、大人しくされるがままにしていたが、ゴルダ轟沈の光景に、デュビルは震えた。塞がれた口から、言葉にならない唸り声を発していた。

 突然暴れだしたデュビルに対し、カズキ、ビリー、キースで取り押さえる。

「こいつ、大人しくしろ!」

 乱暴に床に押し付けられ、ときに顔や腹を殴られた。

 日下が銃にパラライザーの弾装を装填して、その首元に打ち込んだ。

 デュビルの意識が刈り取られ、力尽きてどっと床に倒れこんだ。


 セシリア・サムウォーカーは、相変わらず気の進まない捕虜の監視の任についた。あの逃亡したデュビルは、捕獲され、またこの監禁室に舞い戻ってきた。

 ドアの小窓を開けて、中の様子を見る。

 芋虫のように床に横たわるデュビルがいた。セシリアからは、背を向けているので、顔は見えなかった。

 ようやく意識が戻ったようだ。もぞもぞと動いている。いや、小刻みに震えている。ときおり、彼がなにかを呟いているのがわかった。だが、なにを呟いているのかはわからなかった。耳を澄ます。

 かすかに、「父さん」と聞こえたように思えた。

 デュビルの両肩が震えている。えづくような声がデュビルから発せられている。

 セシリアは、最初、なにかの病気の発症かと思った。だが、それとは違うようだ。

 彼は、デュビルは、泣いているのだ。

 地を這う獣のような唸り声のような響きだ。

 涙をこらえて、我慢して、押さえ込もうとして、でも止められなくて漏れてくる涙声。

 感情の全てが悲しみ一色に染まって、泣き崩れている。

 それは、まさに慟哭だった。

 拘束されているから、デュビルは涙をぬぐうこともできない。けれど、堪えようとしても堪えられずに、泣いている。

 獣のような唸り声、時にしゃくりあげる肩。

 これが、デュビル? 

 セシリアは見てはいけないものを見てしまった気がした。

 漆黒の宇宙空間を航行するラグマ・リザレックの片隅で、デュビルの慟哭が虚空にいつまでもこだましていた。


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