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クラッシュトリガー  作者: 御崎悠輔
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第十三章 朧月夜

 その年が目覚めたところは、何ともさっぱりしたところだった。さっぱりを通り越して、無味乾燥だと言っていい。味気ない部屋だ。

 たったひとつ、少年が寝ているベッドひとつだけがポツンと部屋の中央にある部屋だ。ベッドしかないのに、そのくせ妙に空間が広く、天井が高かった。白く塗られた壁には染みひとつなく、それが逆に生活感を喪失していて、更に味気ないものに感じられた。

 少年はゆっくりと体を起こした。ベッドに腰を降ろしたまま、自分の両の手を見つめた。

 体はすっきりしている。気分も悪くない。病気をしているようには思えない。さりとて、ケガを負ったようでもない。

 何故、こんなベッドで自分は寝ているのだろう?

 何気なく手の甲を見やった。右の手の甲に不可思議な紋様が刻まれている。金色の紋章は、皮膚の下に痣のように沈殿していて、決してペイントしたようなものではなかった。

 少年はまじまじとそれを見た。その右手をさすってみた。

 記憶をまさぐる。だが、なにひとつ思い出すことがない。

 思い出すことがないのは、それだけではなかった。自分の名前、両親のこと、知り合いのこと、なにひとつ記憶の中に甦ってこないのだ。

(記憶喪失?)

 少年はそのことを思い出した。そんな言葉は憶えているくせに、自分のことがなにひとつ思い出せない。なにかひどい冗談のようだ。

 そのときドアがスライドして、数人の男たちが部屋に入ってきた。

 皆、白衣を着込んでいる。その後ろには看護師らしき若い女性も一人いた。

 やはり、ここは病院なのか? この男たちは医者なのか?

 訝しげに少年は男たちを見上げた。どの男たちも、口元に微笑みを浮かべていた。その表情が、妙に満足げでもあった。

(なんだろう?)

 少年は男たちに軽い嫌悪感と気味悪さを覚えた。

「目覚めたかね」

 真ん中の男が、穏やかな口調で尋ねた。四十歳くらいだろうか。髪もきちんと整えられ、髭もきれいに当たっている。清潔な感じを受けた。むしろ清潔過ぎて、嫌味な感じだ。シェービングクリームの匂いだろうか、少々それがきつすぎる。

「気分は?」

「いいです」

「私はギネル帝国軍付属医療機関、MMGのダニー・エメルソンというものだ。簡単に言ってしまえば、ここは病院だ。安心していい」

「僕は……」

 そう言いかけて、少年は口ごもった。なにせ、名前を憶えていないのだ。

「どうかしたかい?」

「すみません。自分の名前が、わかりません」

「名前がわからない。記憶喪失だろうか?」

「わかりません。さっきから考えているのだけれど、自分の事はなにひとつ憶えていないのです」

 少年の顔に、困惑の表情が浮かんだ。正直、言葉にならない不安感が少年の胸の内に広がっていた。

 記憶がないというのは、なんと頼りないことか。暗闇で綱渡りしているようだ。目の前にいる男たちも、今は優しく接してくれているが、記憶がない怪しげな子どもとわかったならば、その扱いがどう変化するかわからない。

「君はしばらく昏睡状態だった。今、無理をすることはない。もう少し落ち着けば記憶が戻ってくるかもしれないし、そうなるように我々も全力を尽くそう。出ていけ、なんて言わないから安心したまえ」

 エメルソンは、そう言って微笑みを浮かべた。その言葉に、半分は安心した。だが、あとの半分には疑わしさが残った。

 何故、こんなに猜疑心が強いのだろう? 

「疲れたなら、休んでいい。なにかあったらコールしなさい。担当の看護師をつけるから、彼女になんでも相談していいからね」

 エメルソンの言葉に、後ろに佇んでいた若いナースがにっこりと笑った。

 そのナースの後ろに、二人の子供がいたことに少年は気付いた。男の子と女の子。看護師の腰くらいの背の高さなので、最初気付かなかったのだ。その二人が、少年を見つめている。子供のはずなのに、妙に大人くさい。少年を値踏みするような目付きで見ている。なんか気持ち悪い。不思議なのは、その二人の子供がいっぱしに白衣を着ていることだった。こんな子供が、医療関係者なはずもないだろうに。それが訝しかった。


 少年は、戦場で兵士に助けられたそうだ。そしてここに運ばれた。なんとも単純な話だ。

 目覚めてから一週間が経ったが、少年の記憶は一向に戻る気配はなかった。治療と称した不可解な機械にもかけられたが、感覚が妙に鋭くなるだけで記憶の片鱗はこそとも変化の兆しを見せなかった。

 少年はディー・ナインと呼ばれるようになった。

 新たに取得したギネル帝国の国籍番号が『G―1394468025―R―D9』。なんのことはない。国籍番号の末尾番号なのだ。

 それでもディー・ナインは、それに甘んじるしかなかった。記憶が取り戻せない以上、頼れるつてはMMGという機関しかなかったのだ。

 やがてディー・ナインは、更に別な施設へと移ることになった。

 CAT(Compleate Asalut soldier Trainingcenter)。

 そこの出身者には、レイビス・ブラッドの名前があった。

 

 自分は動揺している。

 レイビス・ブラッドはそう自覚している。

 ラグマ・リザレックは、ツイン・ジュピターの強大な超重力によって、その船体を引きちぎられるはずではなかったか? モニターに映るその姿を、冷静な眼差しで確認するはずではなかったか?

 ところが、それはそうならなかった。

 重機動要塞をかばって、巨艦の放ったアンカーに掴まった望月補佐官は行方不明だ。そのうえ巨艦ラグマ・リザレックは、更にその両舷と艦底に装備された巨大砲門から、未知のエネルギー砲弾を発射して、なんとツインジュピターの片割れを破壊、消滅させてしまった。

 この光景を目の当たりにして、さすがのレイビスも戦慄を禁じ得なかった。

 ラグマ・リザレックは、宇宙創生エネルギーを持っている。レイビスは、この情報を半ば信じて、半ば信じていなかった。だが、あの兵器の威力でラグマの存在を垣間見た気がした。体の内から震えが湧き起こってくる。

 しかし強大な重力の消失は、ラグマ・リザレックに不幸に働いた。ブラックホールの誕生だ。巨艦は、これに呑み込まれてゆくはずだったのだ。

 だが、ラグマ・リザレックはこれもはねのけてしまったのだ。ラグマ・リザレックのメインエンジンが咆哮し、アガレスの次元中間子シールドの計器が反応した。次元中間子の残留反応値は、反次元に突入するに足る数値だったのだ。

 ラグマ・リザレックもまた、アガレスと同じ反次元エンジンを搭載している。

 この事実は、尚深くレイビスの心に衝撃を与えた。

「ゴルダを呼び出せ」

 レイビスはガデル提督を呼び出した。

 モニターに映ったガデルの顔は落胆の表情が厚く、生気を失い十も二十も年老いたように見えた。

「ガデル提督、ラグマ・リザレックはおそらく反次元航法を行ったと思われる」

「反次元航法?……まさか?」

「いや、まず間違いないだろう」

「あの巨艦はガイア暦0444年の艦だ。そんな昔の艦が、反次元エンジンを搭載している訳がない」

「いや、巨艦は反次元航法を行った。反次元航法を行うためには、次元中間子で船体そのものをシールドしなければならない。この宙域に反次元航行を行うに必要な量の次元中間子の数字が出ている。間違いない。反次元のワンジャンプは約百万光年。ラグマ・リザレックはその先にいる」

「レイビス司令、追撃は可能なのか?」

「難しいが、不可能ではない。今こそ、潜入情報員から情報を引き出すしかない。それとデュビル中佐の報告にあった、巨艦独特の強大なエネルギーの放出と重力波紋だ」

 デュビルの名を聞いた時に、ガデルの顔つきがかすかに変わったのをレイビスは見逃さなかった。

「私はこれより反次元航行を行う。ガデル司令は?」

「無論、亜空間ワームホール航行で追う。なんとしても、追いついてやる。デュビル中佐の分、ひと太刀浴びせねば、私は生涯悔やむだろう」

「その気持ち、よくわからんな」

「コンバット・アニマルにはわからんよ」

 ガデルは敢えて、レイビスのCAを侮蔑の言葉で言いのけた。

「中途で、発信機は放出してやる。それを頼りに、鈍行列車で来るがいい」

「そうさせてもらう」

 ガデルは乱暴に通信を切った。


「我々の次元で物質を構成している全ての原子から素粒子のレベルまで、これらの物質とまさに相反する物質が反物質ですが、これを空間という規模まで拡大したもの、反物質空間を反次元と呼びます」

 眼鏡の位置を直しながら、石動さとみ情報長がメインモニターを前にそう説明した。どうやら、石動は珍しく興奮しているようだ。説明の口調が早口で何回かどもったり、言葉を噛んだりした。

「全く宇宙とは、不思議と未知からなる広大無限な星の海だな、石動情報長」

 山村艦長が興奮気味の石動をなだめるように声をかけた。そして、石動さとみの話の後を継いだ。

「宇宙を相手に我々人間は科学的な裏付けを行いながら、その上で更に想像力をかきたて、様々な理論を組み立ててきた。ブラックホールとホワイトホール。この天体が確認されたとき、人はいろいろな理論を組み立てた。ブラックホール。この大きな重力場をもつ暗黒天体はその周囲の空間のものをことごとく呑み込んでしまう宇宙の落とし穴と呼ばれている。そして、ホワイトホールは、逆に全てを吐き出す口に例えられている。この二つの概念のもとに、次のような発想が生まれた。ブラックホールに落ち込んだ物体は、宇宙の地下道、ワームホールをくぐってやがてホワイトホールから吐き出される。このブラックホールとホワイトホール、そしてワームホールを思い通りに作り出してコントロールすることができたならば、宇宙地下道を通る大規模な宇宙航法が出来るのではないか。これが、反次元航法の基本理論だ。そうだな、加賀君」

 加賀が無言で頷いた。

「基本理論だけを噛み砕いて話すと、なんだかばかばかしいくらい単純で大胆に聞こえますね」

 大倉航海長が苦笑しながら、そう言った。

「艦長」

 と広瀬が手をあげて立ち上がった。

「反次元航法は、反物質世界を航行すると言うことがわかりましたが、我々通常物質と反物質が触れ合えば、対消滅が起きるのではないですか? そんな空間を本当に航行できるものなんですか?」

 もっともな質問だった。

「その通りだ。大倉航海長、説明してやってくれ」

「わかりました」

 大倉航海長がつと立ち上がると、一つ咳払いをして説明を始めた。背後のスクリーンにラグマ・リザレックの全体図が表示された。

「今の広瀬隊長の質問だが、全くのその通りで、通常物質と反物質が触れ合えば、その瞬間に対消滅をおこして大爆発がおこる。反次元航行の理論が成立するには、この問題をクリアしなければならない。様々な研究ののちに次元中間子なる物質が発見された。世の中には、中性の性質を持つものが必ず存在するものだが、反次元もこの例外ではなかった。この次元中間子で通常次元と反次元の融合を防ぐことが可能なことが証明された。しかし、問題も多い。この次元中間子を生成し、バリオン数をゼロの状態で、安定してキープしなけれはならないこと。そして、ラグマ・リザレックならば、この巨体全てを包み込んでシールドするだけの量の次元中間子が必要になると言うことだ。この艦全体をホールドするだけの量の次元中間子を生成するには、膨大なエネルギーが必要になり、そのエネルギーを生み出す事ができるミラクルエンジンが必要なのだ」

「それが、この艦のメインエンジンなのか」

 トムソン機関長が誰にともなく、そう言った。

 大分落ち着きを取り戻したのか、石動がトムソンの話をつないだ。

「その通りです。そのエンジン、反次元エンジンを開発できて、初めて反次元航行は可能になります。私も、理論だけは知っていました。ギネル帝国本国でも、これの開発研究はされているとも聞いていました。ですが、このエンジンの壁があって、実用は困難とされていた。その反次元エンジンをこのラグマ・リザレックが積んでいるとは、驚きを禁じ得ません。これは凄いことです」

「さて、反次元航行の方に話を戻しましょう。反次元航行のワンジャンプは、百万光年。あっという間に、奇跡的な距離をジャンプすることができます。ですが、反次元航行が完全無比な航法かと言うと、決してそうとは言えません。次元中間子シールドが不安定になったり、反次元航行中にこのシールドが1ミクロンでも裂けたら、その瞬間に対消滅だ。ある意味で、非常に危険な宇宙航法と言えます。当然、この航法にはいったら、艦をより安定させなければならない。反次元エンジンは百パーセントの能力がでていなければなりません。エンジンの維持とメンテナンスは、トムソン機関長の領分ですが、その仕事が完璧でなければならないと言うことです。また、亜空間ワームホール航行ならば、亜空間戦闘も行うことができたが、反次元航行で戦闘などとんでもない。ただひたすらに艦を安定させることを優先する。それは、我々航海班が全力を尽くします」

 人々の間に、緊張が走った。

「諸君」

 と、山村艦長が言葉を引き継いだ。

「我々は、新しい力を手に入れた。この力を過たずに使うには、諸君らの腕にかかっている。諸君の健闘に期待する。以上で、ミーティングを終了する」

 山村が全員に向け、敬礼を送った。

 解散して、人々が持ち場に戻るべく、慌ただしくしているところに、アイザック戦務長が山村と日下の耳元で囁いた。

「山村艦長、日下副長。拿捕した脱出ロケットとRPAの乗員を全て回収したそうです」

「そうか。捕虜として、丁重に扱え。その中から責任者を見つけておけ。尋問しよう。私も立ち会う」

「わかりました」

 いつになく厳しい表情で山村と日下そしてアイザックは、ミーティングルームを後にした。


 デュビル・ブロウの両側で、兵士が油断なく銃を構えていた。その背後には、元グレートデリバンの乗組員が列をなして並んでいる。もちろん、その両脇にも敵の兵士が銃を構え、威嚇している。

 デュビルは、逃げ出そうと思えばいつでも逃げることができた。彼の思念波攻撃を使えば、それは何の造作もないことだ。しかし、それでも逃亡できるのは、デュビル自身とほんの一握りの兵士だけだろう。大半の部下は、逆に殺されてしまう。敗軍の指揮官として、それだけは憚られた。それに、今のデュビルは、自分の命にさしたる執着を持っていなかった。この巨艦についても、知りたいことが幾つもあった。だから、あえてデュビルは周囲の兵士に甘んじて拘束を受けている。

 連れ歩くデリバン兵士の周りに、好奇と侮蔑の視線を向ける人垣ができた。

 晒し者になることは、覚悟していた。だが、この人垣から発せられる無遠慮な視線はどうだ。怨恨、蔑み、そういった感情が剥き出しのままデュビルに突き刺さってくる。

「先頭のあれ、敵の指揮官?」

 セシリア・サムウォーカーは、人だかりの中で誰ともなしに訊いた。

「ああ、デリバン連合王国のデュビル・ブロウ中佐らしい」

「あのβμ能力随一っていう中佐?」

「そう、汚染された地球の申し子って奴」

 男の口調は、汚いものを吐き捨てる調子だった。セシリアもそれに準ずるような目で、男を見た。

「でも、随分とふてぶてしいじゃない」

「図太いのさ」

 セシリアの目はデュビル・ブロウを追っていた。

「そうみたいね」

 彼女の視界に山村艦長とアイザック戦務長、そして日下副長が入ってきた。更に、加賀室長の姿もあった。

捕虜を引き連れる兵士の先に、彼ら二人は背筋を伸ばし直立不動の姿勢で佇んでいた。

「私が、この艦の艦長の山村だ」

 眼前に歩んできたデュビル・ブロウに対して、山村は睨み付けるような視線を彼の瞳の奥に投げ込んだ。

「デリバン連合王国第2攻撃部隊艦隊司令、デュビル・ブロウだ」

 デュビルもまた山村と同じような視線を、面と向かって返した。

「君らの身柄は、我々が預かった」

「私が、この艦隊の指揮官だ。私の身ならば、いくらでも好きなようにすればよい。だが、部下への扱いは捕虜として、人道的なものを踏まえた上で扱っていただきたい。全ての責任は私にあるのだ」

「心得ているつもりだ。監禁室へ」

 山村は兵を促した。

 捕虜となったデリバン連合王国の兵士たちが、続々と再び歩きだした。

「加賀室長、日下副長、アイザック戦務長、心理探査室の準備をしてくれ。彼らを尋問する」

 山村はそう命ずると、そのまま踵を返して艦長室へと向かった。


 轟は兵員食堂で、うなだれていた。もうかれこれ一時間以上にもなる。人でざわめきたつこの場所も、今は閑散としていた。

 目の前のカフェオレも、完全に冷め切っていた。轟は、何の意味もなく白いカップを眺めていた。

「疲れた……疲れたちゃったよ、もう…」

 何度目の呟きだろうか。

 辺りのテーブルに人はまばらで、ただ調理場で働く人たちの水仕事の音だけが、妙に寒々しく聞こえていた。

 事件からこっち、色んなことが有りすぎた。強制され、流され、それでも自分なりに答えを探して道を選んできた。しかし、それが正しいことだったのかは、自分でさっぱり自信がない。むしろ、後悔していると言ってもいい。だが、それが正しいのか、間違っていたのかは誰にもわからない。

「君も、パイロットなのかい?」

 頭上から、そう声をかけられた。降り仰ぐと、そこにジェフ・マッケンジーの姿があった。

 洋食の調理担当シェフだ。彼は、テーブルをきれいに拭いていたのだ。

 バトルスーツを着込んでいる轟を見て、パイロットだと判断したようだ。

「若そうだけど、すごいんだな。がんばってくれよ」

 そう言って、白い歯をみせた。

「カフェオレ、おかわりいらないか?」

「い、いえ」

「君、歳は?」

「十五歳です」

「十五歳? もしかして、君はあの轟・アルベルン君か?」

「……そうです」

 轟が、そう答えたとたん、ジェフ・マッケンジーの表情が一変した。急に険しい顔になり、轟を見下ろしている。

 ジェフ・マッケンジーは、日下、カズキ同様に、ラグマ・リザレックの最初のメンバーである轟・アルベルンを知っていた。アリエルを崩壊に導き、彼の師匠を死なせた元凶であるラグマ・リザレックの最初のクルー。それは、ジェフにとっては、恨みの対象でしかないのだ。

 だが、それでも轟のような少年に恨み言をぶつけるのは、さすがのジェフも(はばか)られたようだ。だが、かと言って敢えて優しい言葉をかける必要もない。

「用が済んだなら、さっさと引き上げたらどうなんだ」

 百八十度態度が変わったジェフの言葉に、轟は身をすくめた。なんがなんだか分からないが、轟はジェフに悪いことをしたらしい。が、それがなんだかさっぱり分からない。きょとんとしながらも、急にあからさまに邪険にされると、こうも心が傷つくものなのかと、轟は実感した。

 ジェフの形相に驚きながら、所在のない轟は言われるがままに、立ち上がった。

 自分で自分の心が荒んでゆくのが、客観的に実感できた。どこにも自分の居場所がない。なんて居心地が悪いのだろう。なにもかもがイヤになってゆく。

 何故、僕だけがこんな目にあうのだろう。


 日下は心理探査室に所狭しと並ぶ機械群を見ながら、なんとなしに溜息をついた。人の心を覗く準備だ。気が進まない。

 しかし、これはやむを得ない。我々は情報が欲しいのだ。デュビル・ブロウの尋問で、その貴重な情報を引き出し、分析しなければならない。

 加賀室長が、念入りにシステムのチェックを行っている。日下とアイザック戦務長がその指示に基づき、更に点検を手伝った。

 全てのチェックが完了し終わると、アイザック戦務長が山村艦長に連絡を入れた。

「山村艦長、心理探査室、チェック完了しました。デュビル・ブロウ中佐を入れます」

「わかった。すぐに行く」

 やがて、静かに扉が開いて、銃を構えた兵士に両脇を固められた形で、デュビル・ブロウが現れた。その両の手は、特殊な錠で拘束されている。その顔に幾分疲労の色が感じられた。神経的に憔悴しているようだ。が、それでも彼は俯いたりはしていない。常に前方を見つめて、目線を動かさない。まるで、正面のものを射ぬかんとでもするかのような鋭い目つきだ。

 山村艦長が、その後ろからゆっくりと現れた。反射的に、日下はじめ皆が敬礼を送る。

 山村は敬礼を返すと、視線をゆっくりとデュビルに移して穏やかに声をかけた。

「まあ、そこにかけなさい」

 部屋の真ん中に据えられたデスクの椅子を、山村はデュビルを促した。自らもデスクの反対側の椅子に腰を下ろす。

 加賀は心理探査のシステムコンソールへと座り、その準備を始める。

 日下とアイザックが、山村の両脇に立ち、デュビルを見下ろす格好の位置に着いた。デュビルが何かしら、山村に危害を加える素振りを認めたならば、即座に山村を守らなければならない。そういう位置に、日下はついた。

 デュビルの背後には、連れ添ってきた兵士が銃を構えたまま、緊張した面持ちで警戒している。

 日下は、初めて敵としてのデュビル・ブロウを見た。

 なんと精悍で、若い指揮官だ。

 自分とさして歳の違わないであろうデュビル・ブロウの風貌に、日下はそう思った。

 この指揮官が、我々を執拗に攻撃してきたのだ。そういう敵を前にして、自分が割に冷静に受け止められている。日下は、自分の心の抑制力を我ながら誉めた。

 視線が自分に集中しているにも関わらず、デュビルはふてぶてしいほど落ち着いている。その堂々として、卑下たる態度が微塵もない姿勢は、捕虜とは思えないほどだ。

 デュビルはここに集う人物を一人一人丁寧に視線を巡らせた。

「では、これから君を尋問する。正直に答えてもらいたい。まず、君の氏名、年齢、所属国籍と、その部隊名だ」

「デュビル・ブロウ、二十四歳。デリバン連合王国所属、ルナベース方面第二次攻撃部隊指揮官。階級は、中佐だ」

 ためらうことなく、デュビルは口にした。

「何のために、この巨艦を狙う?」

「……無限とも言われる宇宙創生エネルギー、ラグマのためだ」

「ラグマ?」

 山村とアイザックが顔を見合わせた。

「ラグマとは、なんだ?」

 山村が問い質すと、デュビルは一瞬表情を変えた。

「山村艦長、捕虜の私に向かってとぼける必要はないでしょう。私は、正直にあなた方の質問に答えている」

「とぼけてなぞいない。ラグマとは、なんだ?」

 質問を重ねる山村艦長に対して、デュビルは眉をひそめた。その表情が、気に障ったのか、アイザックが掌で思い切りデスクを叩いた。

「質問に答えろ!」

「……本当に知らないのか? この巨艦に乗っていながら、ラグマのことを知らないのか?」

 狐につままれたような顔だった。デュビルは、やがて俯いた。

「本当に知らないのか? あんたたちもバカだが、俺達もバカだ……」

 独り言のように呟いたあとに、くっくとデュビルの口から嘲笑がもれた。それが、低く静かに続いた。

「笑っていないで、質問に答えろ!」

 業を煮やしてアイザックが、詰め寄った。今にも殴りかからんばかりだ。

 デュビル・ブロウは、嗤い続けていた。低く静かに嗤い続けるデュビルに向かって、厳しい視線が集中する。

 山村が、加賀に向かって目配せした。

「心理探査機にかけるというのですか? 山村艦長」

 突然、デュビルは嘲笑を止めてそう口にした。それは今まさにデュビルに向かって言おうとしていた山村の台詞そのものだった。

 デュビルはテレパシーで、それを読みとってしまったのだ。

「テレパシーか。βμ能力随一の定評通りだな。デュビル中佐」

 アイザックが皮肉たっぷりに言った。

「ラグマと言うのは、この宇宙に宿る創生エネルギーのことだ。しかし、実際にそれが実在するのかしないのかは、私の知るところではない。しかし、我がデリバン連合王国、そしてギネル帝国の上層部は、有るという情報を得たのだろう。その結果、私に下された命令がこの巨艦に対する追撃作戦だ。追撃し、あなた方の乗る巨艦ラグマ・リザレックを追えば追うほど、あなた方は我々の想像を絶する破壊力を見せつけてきた。そこに、ラグマの片鱗が垣間見える。我々は追った。無限とも言われるエネルギー、ラグマ。それを見てみたいし、手に入れたい。そう思ったのだ」

 淡々とした口調でデュビルは喋った。デュビルの供述に、一同の表情に疑念と興味が代わる代わる浮き彫りになっていた。

「ラグマと言うのは、無限の創生エネルギーのことを言うのか?」

「それを、この巨艦が宿していると?」

「そうだ。いや、そうではないのか? あなた達は我々の攻撃に対して、反撃した。その結果、土星のリングと天王星のリングを破壊し、今またツインジュピターの一つを破壊した。尋常ではない」

「そうさせたのは、誰だ!」

 思わず日下が、声をあげた。

「俺達は、お前達と戦争をしたくないとあれだけ呼びかけていながら、それを無視して、俺達の隣人を殺していった。それに、君は知っているのか。君らが最初に攻撃したのは、過去の地球であるということを!」

 叫ぶ日下を、デュビルはゆっくりとした動作で顔を向けて見上げた。

「……知っている………」

「知っていて、何故止めない」

「私は、軍人だ。政治家ではない」

「軍人の前に、人間だ。そうだろう。なら、この戦争がしてはならないことだとわかるはずだ」

「……鼻持ちならない理想主義者がいたものだ。ヒーローにでもなったつもりか」

「貴様!」

「していい戦争なぞあるはずがない。だが、それを割り切って命令を遂行できるのが軍人だ。軍人が命令を無視して行動したとき、全ての秩序が崩壊する。君も見たところ軍人のようだが、君はその命令を破ったのか?」

「……」

「命令を破ったのならば、軍人としては失格だ。そうですね、山村艦長」

「軍人としては、失格だ」

 山村は即座に答えた。「だが、その属する軍から切り捨てられたら、君はどうする?」

「……」

「軍から、国家から切り捨てられたのならば、我々はただの人間だ。人間として生きるしかない」

「…………」

 デュビルは、言葉を失った。

 今、彼もまた国家から、そして属する軍から切り離されたことを自覚したのだ。旗艦グレートデリバンを失い、地球から遠く離れた宇宙で巨艦に囚われた。救援などありえない。デュビルたちは、ここで捕虜して生きてゆくしかないのだ。

「質問を再開しよう。ギネル帝国とデリバン連合王国は、一体どうなったんだ? まるで共謀して襲いかかってきているようだが」

「ギネル帝国とデリバン連合王国は、同盟を結んだ。連合を組んで過去の地球の制圧作戦を展開中だ。一方で、我々は協同戦線で、巨艦への追撃作戦を行っているのだ」

「やはりそうか。では我々を追撃している残存艦隊の戦力とその構成は?」

 この質問のとたん、デュビルは口を真一文字に結んで返答を拒否した。まるで呼吸すら止めてしまったかのようだ。

 山村とアイザックが何度アプローチしても、結果は同じだった。

 アイザックが、山村に密かに耳打ちした。山村が、かすかに頷く。

「デュビル中佐を固定しろ。心理探査機にかける」

 両脇の兵士が、デュビルの両腕を捉えてその体を固定した。そのまま、心理探査機のシステムと連動しているシートへと誘う。乱暴にシートにデュビルを座らせると、その体をベルトで固定する。

「君の知識を強制的に引きずり出して、映像化する。忠告するが、変に抵抗しないことだ。こいつは対βμ用のスペックだ。抵抗すれば、精神崩壊を招くほどのパワーがある」

 加賀がゆったりとそう説明した。デュビルの表情は変わらなかった。

 準備を整え、システムのスイッチが入る。スクリーンに走査線が走った。目まぐるしく、様々な映像がフラッシュバックのようにして映った。それはデュビルが持つ記憶の断片だ。自分のあらゆる記憶が垂れ流しにされる。ある意味で、これ以上の恥辱はない。

 雑音がして映像が乱れた。デュビルが抵抗を始めたらしい。低いうなり声が部屋に響く。

 画像が宇宙空間になった。その中に、チラホラと艦隊が認められた。誰もが、これだと思った。その次の瞬間、デュビルが吠えた。苦痛に顔が歪んでいる。

「抵抗は止めろ! 精神崩壊して、廃人になるぞ」

 加賀が叫んだ。

 画像が途切れた。

「パワーをあげろ。情報を逃すな」

 山村が加賀を促した。加賀が、更にスイッチを捻る。再び画像が戻った。まるで電波障害を受けたような乱れた画像だが、艦隊が映っているのは間違いない。

「加賀君、この画像をホールドだ」

 デュビルが、更に抗う。突然、デュビルは獣のような叫び声をあげた。

 システムに異常が生じた。メーターが、振り切れて何かの回路が吹っ飛んだ。

「思念波か」

 デュビルは更に咆哮する。

「ボルテージが上がりすぎている。危険だ。情報メモリがパンクする」

「パワーを上げろ」

 アイザックが詰め寄った。

「これ以上やったら、デュビルかシステムかどちらかが壊れます」

「かまわん。情報をとるんだ」

 デュビルは叫び続けていた。その叫びは、とても人間とは思えなかった。

 システムに逆の負荷が急激に流れ込んでいる。

「こいつ、化け物だ。なんてパワーのサイコウェーブだ」

 思念波のサイコパワーは、システムに流れ込み吸収されているので、日下達に影響はないけれども、この思念波を受けたならば確実に悶死していたことだろう。日下はざわりと背筋に悪寒を覚えた。

 吠え続ける。だらだらと口から涎を出しながら、デュビルは吠え続ける。

 突然バチンと弾けるような音がして、あっけなくシステムがダウンした。

「…やられた」

 加賀が、がっくりと肩を落とした。

 デュビルはえびぞるようにして、なお叫んでいる。

 同時に、思念波を吸収していたシステムが停止したため、その残留波が部屋に放出された。強烈な痛みが、山村達を襲う。誰もが床に倒れ込み、もんどり打った。凄まじい狂気のパワーが山村達を蹂躙した。

「…殺せ」

 アイザックが掠れる声でそう言った。

 デュビルのパワーは恐ろしい。心底、恐ろしい。部屋にいる者全てが悶え苦しみ、叫び呻いている。この思念波の放射を、あと数分でも浴びれば、誰かが確実に死ぬ。アイザックが言ったのも無理からぬことだ。アイザックが言わなければ、別の誰かが言っていただろう。アイザックがまさに、ホルスターから銃を引き抜いたときだった。思念波の放射が前触れなく、不意に止まった。デュビルが気絶したのだ。

日下がよろよろと立ち上がった。

「艦長、大丈夫ですか?」

 山村を抱き起こした。

「私は大丈夫だ。他の者を助けてやってくれ。それとデュビル中佐を拘束しろ」

 見るとアイザックと二人の兵士は、よろよろと頭を振りながら立ち上がろうとしていた。どうやら大丈夫のようだ。アイザックは先に立って、気を失っているデュビルの体を特殊拘束具で束縛した。

 心理探査機の前に突っ伏したままの加賀が動こうとしない。

「加賀室長」

 駆け寄り抱き上げる。呼吸をしているのは確認できた。その頬を軽く叩いた。何度も名前を呼んだが、なかなか意識が戻ってこない。不安に駆られ、体を揺すった。

「アイザック戦務長、リー先生を呼んでくれ」

 山村の指示にアイザックがインターカムの受話器を取ったとき、加賀が意識を取り戻した。

「加賀室長、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。すまん」

 加賀は頭に手をやり、顔をしかめた。意識はしっかりしているようだ。

 皆が安堵にほっと溜息をついた。

「この男は危険です。殺しましょう」

 アイザックが山村艦長に向かって、そう言った。かなり穏やかではない発言だ。しかし、この思念波のパワーを考えれば頷けもする。

 山村はすぐに返答をしなかった。

「あーっ!」

 心理探査機のチェックをしていた加賀が、頓狂な声を上げた。

「艦長、心理探査機のメモリーディスクからシステムディスクまで、全てイカレてます。バックアップメモリも駄目だ。記録装置が全てオシャカになってしまっている。くそっ、ホントにこいつはなんて野郎だ」

「先ほどホールドしろと言った艦隊の映像もダメなのか?」

「ダメです。情報はとれません」

「追撃部隊の情報だけは、我々に知らせなかったというのか。敵ながら、大した奴だ」

「山村艦長、デュビル・ブロウは危険です」

「………確かに、彼の思念波は恐ろしい。危険な人物かもしれん。だが、彼は自分の領域を守り通した男だ。こういう奴は信頼できる。それにな」

「それに?」

「デュビルのβμ能力はあまりに秀でている。しかもそれを目の当たりにして、彼を恐れるあまり彼を殺そうと考える。この図式は、敵がこの巨艦を追撃し、攻撃する心理と全く同じだ。我々は、敵と同じ道を歩むことはない。デュビルは殺さない。それに、彼を殺すと他のデリバンの捕虜にも影響がでるだろう。加賀君、思念波の対応装置の開発はできるか?」

「二日も寝なければ、大丈夫でしょう」

「よし、頼む。少しは寝てもいいぞ」

「わかりました」

「もう一人、相手は女性ですがRPAのパイロットがいます。こちらからも情報を取りましょう」

 日下の提案に、山村、アイザックともに頷いた。


 狭く、薄暗い部屋ににデュビルは気絶したまま、ボロキレのように放り込まれた。

 手には錠をされたままだ。

 意識が戻りかけた。うっすらと視界が開けてくる。が、突然腹に痛烈な痛みを感じた。誰かに蹴られたようだ。また、意識が遠のきそうになる。

 別の誰かがデュビルの腕を取った。その腕にチクリと痛みが走る。注射器だ。なにかの薬品をうたれたのだ。視界の中に、見事なブロンドの髪が動くのがわかった。顔はよくわからなかった。

 薬品の効果のせいだろう。再び意識がなくなった。


 反次元世界というのは、全く不思議な世界だ。そこに距離感と時間の感覚は無意味だ。眼前にまばゆく広がる白い空間。白色だが、その白さに濃淡があって、それが陽炎のように揺らめいているように見えるのだ。どこまで行ってもその世界が変化することはない。だから、空間を進んでいるという感覚が持てないのだ。

 ときどきレイビス・ブラッドは、この空間から脱出できなくなったらどうなるのだろうと想像し、空恐ろしい気持ちになる。

 反次元航行システムにデータをインプットし、その方向だけを明確に捉え、距離と時間の混濁した空間で最も必要とする距離と時間に乗り、ホワイトホールを形成して通常空間へ戻るというのが反次元航法だ。

レイビス・ブラッド率いるアガレスは、それを小刻みに行った。ラグマ・リザレックの補足とガデル少将が追跡できるように発信器を上げるのが目的だ。

 オペレータが、レイビスにラグマ・リザレックを捕捉したと言って寄越した。

「次の反次元航行で追いつけるか?」

「大丈夫です」

 レイビスはシートに座り直した。望月弥月の消息も突き止めなければならない。今度こそ、とレイビスは気持ちを引き締めた。


ディー・ナインはCA(コンプリート・アサルト・ソルジャー)として着実にその実力をつけていった。まるで真っ白な壁に好きな色を塗るようにクセ無く、あるいは砂が水を吸収するような素直さで、その戦闘能力を身につけていった。

 一口に才能と言ってはそれまでだが、その吸収能力と本人の努力は、教官達の目を見張るものがあった。

そのディー・ナインに、重機動要塞メイオウの指揮官としての着任命令が出された。 

「ラグマ・リザレックを追撃せよ。そうすれば、お前の過去が、失われた記憶がわかるかも知れない。あれが襲来したことが、君の記憶喪失の原因と思われるのだから」

 ディー・ナインは、教官の一人にそう言われた。

一体、ラグマ・リザレックという巨艦に何があるのだろう?

 ディー・ナインは頭を抱えた。だが行動を起こし、突き止めるしかないと結論を出した。

 自分の全てを知るために。自分の過去なのだ。それを知らないと言うことは、自分の心すら自分のものではないように感じる。

 ディー・ナインは自分の心を取り戻すために、前進を開始した。


 デュビルは、やっと意識を取り戻した。

 全身が痛い。体が自由にならない。頭痛がする。最悪のコンディションだ。だが、それでも自分は生きているのだと実感できた。

 意識が蘇ったものの、自分の体を動かすとその度に激痛が走る。あちこちに打撲の痕跡がある。

 今の姿勢がつらくなってきた。半身を起こそうと試みる。芋虫のように蠢き、体勢を整える。だが、たったそれだけのことが、全身の痛みと相まって過酷な重労働に感じられた。

 ようやく壁を伝って、上半身を起こすことができた。その時になって、デュビルは自分の顔に、なにか仮面のようなものを被られている事に気がついた。

 おそらく、デュビルの思念波を押さえ込む機械だと想像する。

 処刑は、いつ頃になるのだろう?

 デュビルは漠然と人事のように、そんなことを考えた。

 部下達はどうしているだろう、とも考えた。いろいろなことに思いを巡らせた。

 その中で一番考えてしまうのが、ガデルのことだ。ガデル・ブロウ、デュビルの父のことだ。

 父は再びこの巨艦を襲ってくるだろうか? 

 父は自分のことを死んだものと思っているだろうか? 生きているとは思うまい。現に自分自身、ここで生きていることを不思議に思っているのだから。

 父は、自分のことをどう思っているのだろうか? 

 このデュビル・ブロウが実の息子だとは、想像だにしていないだろう。

 父の記憶は、出来ることならば戻らないままがいい。父を殺そうと艦隊を率いて戦った息子のことなぞ、知って欲しくはない。

 デュビルの思いが、この狭く暗い空間の中で様々に飛翔していた。

 いずれ死ぬのならば、父の、いやガデル提督としての砲火で、一瞬のうちに灼かれたいものだ、とそう思いを巡らせた。

 コツコツとこの部屋に近づく足音が聞こえてきた。

(死に神のお迎えか?)

 部屋のドアの覗き窓のようなスリットが開き、光が射し込んだ。そこに鋭い眼光と、見事なブロンドが見て取れた。

「デュビル中佐」

 そう声をかけてきたのは、セシリア・サムウォーカーだった。

 そのブロンドには、なんとなく見覚えがある。そうだ。私の腕に注射器で薬品を投与した、あの時に見たブロンドだ。

「私はここの艦載機戦闘班副隊長のセシリア・サムウォーカーです。お目にかかれて光栄ですわ、ミスターβμ中佐」

 セシリアの口調は、皮肉以外のなにものでもなかった。

 だが、デュビルはそんなものには全く耳を貸さず、セシリアにも一瞥しただけで、再び虚空を見据えた。

 そんな自分を無視した態度にセシリアがなお、デュビルを煽るように言葉を続けた。

「誰の心を覗いているんです。人の心を覗いて逃げ道でも捜しているの?」

 セシリアの物言いは、皮肉を通り越して侮蔑がこもっている。

 デュビルは静かに立ち上がって、ゆっくりとセシリアのいる窓へと歩み寄ってきた。窓には格子状に鉄柵が生えている。厚い頑丈なドアを挟んで二人は向かい合った。

「ご自慢の思念波で私を殺すつもり? やってみるがいいわ。あなたの思念波はそのマスク型のシールドで全て吸収され、そのエネルギーは逆にあなたへ反射する」

「…………」

「私の思考を捉えようとでもするつもり」

 デュビルは、おもむろにセシリアの顔めがけて唾を吐いた。セシリアは仰天して後ろへと退きながら、頬についたデュビルの唾を腕で何度もこすり拭った。その目に抑えられない怒りの炎が燃えたぎっていた。

「人の心は内的宇宙。その宇宙を個人が覗き、掌握できると思うのか? それはβμ能力を持つ者への畏れと無理解と偏見だ」

「でも、あなたはテレパシーを使うわ。それで例え全ての心が読めないまでも、人の心を覗くのよ。私は軽蔑するわ。テレパシーだけじゃない。あなた方βμはサイコキネシス、サイコウェーブ、それらの特殊能力を持つ者を軽蔑するわ。あなたのようにね。人間は、そんな能力が無くたって立派に人を理解できるし、充分に生きて行くことができるのよ。邪道な能力なのよ、あなたの持つ能力は。邪道で危険な力なのよ。その力で、あなたは何人の人を殺してきたの」

「…何故、邪道なのだ? 我々はこの能力がなければ、汚染された地球では生きていけなかった。視界の利かないほどの有毒ガスの中で、君は過ごしたことがあるか? その中でテレパシーによる意志疎通ができなければ、我々は死ぬだけなのだ。脆くなった岩盤の下敷きになった者を一人でも救いだそうと、涙にまみれてサイコキネシスを発動するために思念を集中させる姿を見たことがあるのか?」

「でも、そのβμ能力でギネルとデリバンは戦争を激化させた。サイコウェーブのような兵器も現れた」

「βμ能力は邪道じゃない。βμ能力を持つ者も持たない者も、ともに人間だ。それを危険だ邪道だと排他的になるのは、偏見と誤解だ。敵と味方ではあるが、君と私と人間としてどこが違うというのだ。βμは突然変異体だと疎んじようとする。が、人類全てがβμならば、それは突然変異体とは呼ばれない。新しい人々の種の礎たる者なのだ。今の人々はその黎明たる能力に対して戸惑い、もがいているだけだ」

 セシリアはキッとデュビルを睨み付けた。そして次の瞬間、彼女は身を翻して長いブロンドの髪をなびかせ、ほのかな香りを残して走り去った。

 デュビルは溜息をついて、また壁に体をあずけた。

「随分、喋ってしまったな」

 デュビルは、また虚空を見つめた。なんだか掴みかけていたものを掴み損ねた気がして、なんとなく口惜しさを感じた。


 望月弥月に、尋問すると言って銃を携えた兵士と女性ひとりがやってきた。女性はシンディ・キッドマンと名乗った。銃を背中に押し付けられ、連れ出された。

 拘束された時からそれは想定していたので、特に驚きもしなかった。特殊な手錠をされて、既に自由は奪われている。シンディらに従うより、他にない。

 移動は、さしてかからなかった。殆ど、通路一本分だ。

 別な部屋に案内された中に、二人の男と一人の女が待機していた。

 そのうちの一人、日下炎を見たとき、望月弥月は自分の反応を気取られないように振舞うので精一杯だった。

 待っていた男の一人がアイザックと名乗った。女性が石動さとみ、そして日下炎も名を名乗った。 

 日下、あなたのことは知っているわ。知っているだけじゃない。あなたを愛している。何故なのか、どうしてなのか、そんなことはどうでもいい。この気持ちだけが真実だということだ。

 それでも、ひとつだけ問いたい。何故、レイビス・ブラッドと同時に貴方は私の前に現れたの?

 そんなふうに気持ちが溢れてしまいそうになるので、日下の顔だけは見ることができない。

 望月弥月は、眼前に座ったシンディの顔を見た。女性か。まずいかも知れない。日下への心理を気付くとしたら、女性の勘て奴だ。

「あなたがβμの可能性があるかも知れない。その防御マスクを付けさせてもらうわ」

 もう一人の女性、石動さとみが銀色のマスクを頭から被せた。鼻の上まで、すっぽり覆われた。目が隠れたのは、逆にありがたい。そう思った。

 セッティングが終了したのか、シンディが改めて望月に向き直った。

「国籍、所属名、姓名を言って」

「……ギネル帝国軍特殊戦術任務部隊CA班、望月弥月」

シンディの質問に、望月は素直に答えた。

「CA? コンプリート・アサルト・ソルジャーね。あなたもCAなの?」

「私は、CAS。CAをサポートする補佐官。重機動要塞アガレスの副司令官も兼務している」

「アガレス? あの重機動要塞ね。そのCA、指揮官の名前は?」

「指揮官はレイビス・ブラッド」

「あなた方の目的もラグマなの?」

「ラグマ? 私達の任務は、この巨艦を戦闘不能にしてギネル帝国の指揮下に置くこと。その命令遂行以外、我々の目的はない」

「あなた方の艦隊構成を教えて」

「重機動要塞アガレス1隻」

「そんなはずないわ。ガデル少将の部隊とデリバン連合王国の部隊があるはずよ」

「私たちCA班が持っている艦は重機動要塞1隻。それ以外の部隊のことは知らないわ」

 そう言ったきり、望月弥月は小さな声で何事かを呟きだした。小さな声で、殆ど聞き取ることができない。

 その後、シンディがなにを尋ねようと、質問を変えようと一切まともな答えはなかった。日下副長とアイザック戦務長に首を横に振って目配せをする。これ以上は無理だと。

 彼らは、望月弥月に対する尋問を打ち切った。彼女は最後まで、何事かを呟いていた。

「……朧月夜……」

 その場にいた日下だけが、その呟きが歌だと気付いた。日下がぼそりと言った歌の名前に、ピクリと望月弥月が反応した。

 

最望遠で眺めるモニターの中のラグマ・リザレックは、沈黙を守っていた。しかし、それは堂々たる沈黙で泰然としたものだ。メインエンジンが力強い咆哮を上げているのがわかる。

 この艦は、脅威だ。放置するわけにはいかない。そして、望月補佐官の消息をつかまなければならない。MIA(戦闘中行方不明)なんかにさせない。

 望月補佐官のことを考えると、胸を締め付けられる思いがした。心臓が早く脈打ち、不安にかられる。願うのは、彼女の無事だ。

 レイビス・ブラッドの中で脈々と、その思いとともに血がたぎりだした。

「艦載機、発進準備。重機動要塞は、艦載機の攻撃と同時に砲撃を開始する」

 重機動要塞の艦長席に腰を沈めるレイビスは、その彼方に浮かぶ銀色の巨艦をねめ付けた。

 

「敵機襲来!」

 ロイ・フェース通信長のコールとともに警報が鳴り響いた。

 スクランブルに対して、たちまちラグマ・リザレックの通路が、さながら血管を淀みなく流れる血液のように、乗組員が持ち場へと流れてゆく。

 司令艦橋に山村艦長が現れた。

「敵戦力と機種は?」

 艦長席に着くなり、山村はそう尋ねた。

「重機動要塞が一隻です。ツインジュピターで遭遇した敵です」

「反次元航法でも、振り切れないのか」

 ぼそりと大倉航海長が呟いた。

「総員、第1種戦闘配備。相手は重機動要塞だ。例え一隻であろうと油断するな。指揮官はレイビス・ブラッド、相手はCA、コンプリートアサルトソルジャーだ。心してかかれ」

「悪名高きコンバットアニマルか」

「日下副長とアイザック戦務長はどうした?」

「はい、現在アガレスの捕虜を警護移送中です」

「完了しだい、速やかに配置につかせろ」


 警戒警報で、通路のライトが赤色に変わった。

 望月弥月を監禁室へと移すべく、日下、アイザック、シンディと保安部の兵士2名で移動している最中だった。

「敵襲?」

 日下がインカムで情報を確認した。

 ぐらりと通路が揺れて、わずかに兵士がバランスを崩したとき、望月弥月が瞬時に行動を起こした。殆ど、条件反射のような素早さだった。真後ろで銃を構える兵士に対して、流麗なハイキックをその顔面に叩き込んだ。兵士は、おそらくなにが起きたかもわからないままに意識を失った。その手から落ちた銃を拾いあげ、その銃床を一番近くにいたアイザック戦務長の腹部に叩き込んだ。もんどり打って倒れる二人。痛烈な一撃に、アイザック戦務長はその場に倒れたまま動けなくなった。その耳元で望月弥月が、何事かを呟いたような気がした。

 反射的にもう一人の兵士が、威嚇の意味で銃を連射した。だが、彼女は全くそれに臆することなく、その兵士の懐に飛び込むと同じく銃床をその顔面に向かってフルスイングする。その兵士も一撃で気を失った。

 完全に日下たちの油断だった。望月弥月のような女性が、これだけ戦闘体術に長けていると思っていなかった。だが、彼女はCASなのだ。CAのサポートについているとは言え、訓練はCAと同じものを受けているのだ。ここまでの動きは、何千、何万と繰り返されたシチュエーションの中のひとつに過ぎなかった。

 望月弥月は、そのまま全速力で駆け出した。

 一瞬の出来事に呆気にとられそうになったシンディに向かって、日下が言った。

「シンディ隊長は、八咫烏で出撃してください。敵は重機動要塞です。彼女は、僕が追います」

「あ、はい、了解」

 日下の言葉に、シンディは八咫烏の格納庫へと向かった。日下は銃を携帯すると、望月弥月の後を追った。

「山村艦長」

 走りながらインカムのチャンネルを切り替えて、山村につなぐ。

「山村だ」

「日下です。申し訳ありません。捕虜の望月弥月が逃亡しました。追跡します」

「……捕獲に全力を尽くせ。日下副長、射殺を許可する。捕虜の逃亡は絶対に阻止しろ」

「了解」

 インカムの回線をオープンに戻して、日下は更に走った。

(望月弥月、お前に聞きたいことが山ほどある)

 溢れる思いは、望月弥月と同じだった。


「八咫烏、スタンバイ」

「ファイアードレイク、スタンバイ」

「ラグマ・ブレイザム、スタンバイ」

「全機、発進」

 その号令は生と死の境界線。誰もが無事に生還することを祈りながら、そのカタパルトから戦場へと身を投じてゆく。


 ブレズ1の轟、ブレズ2キース・バートン、ブレズ3にカズキとビリーは、発進後、即座にラグマ・ブレイザムへと変形ドッキングした。

「ハイパークラフター、オン」

 くるぶしに位置する巨大バーニアが咆哮し、ラグマ・ブレイザムは宙空を飛翔する。ラグマ・ブレイザムはその巨体を滑らかに飛翔させて、その方向へと向かってゆく。

「敵、艦載機の編隊が来るぞ」

 カズキの助言に、轟は反射的に体を強ばらせた。カズキの言うとおり、敵ボビット・バーノンの編隊が、ラグマ・ブレイザムを取り囲むようにして、渦巻きだした。その編隊から、無数のミサイルが発射された。

「ウワァーッ」

 轟は敵の数の多さに圧倒され、一瞬コントロールを忘れた。

「脚部レーザー、掃射」

 ビリーの機転で放たれたビームが、敵を撃ち落としてゆく。それに反応して、轟はペダルを踏み込み、機体を上昇させた。

 ラグマ・ブレイザムの腹部からミサイルが敵に向かって緒突し、それが突き刺さってゆく。しかし、次々と艦載機の編隊はラグマ・ブレイザムにつきまとってくる。

「轟、これじゃ、きりがない。リボルブアクセルをかけて、一気に活路をこじあけろ!」

「了解」

 キースの指示に、轟は反射的にそれを行った。

 ハイパークラフターと各バーニアが可動して、ラグマ・ブレイザムは回転を始め、それが徐々に加速してゆく。その回転がピークに達した瞬間に、全身のミサイルとレーザーの発射口から、火線が解き放たれた。三六〇度全ての角度に、光条が渦を巻いて発射された。

 瞬時ラグマ・ブレイザムの周辺が空白帯と変貌した。全ての艦載機の敵編隊が消滅したのだ。だが、その空間に向かって凄まじいスピードで突進してくるものがあった。

 重機動要塞アガレスだ。

「来るぞ!」

 キースがマイクに向かって怒鳴った。

 アガレスが猛然と加速して、ラグマ・ブレイザムの脇をかすめた。それに合わせて轟は、ラグマ・ブレイザムの一点回頭に近い動きを試みる。アガレスが対消滅レールガンを撃ってきた。奈津美の命を奪った貫通力の高い超破壊兵器だ。

 脚部を掠めたが、カズキが呼応して機体を横に滑らせた。

 すれ違い様に、重機動要塞は正確な射撃でラグマ・ブレイザムに砲撃してくる。

 反射的に、後方に向かって重機動要塞から距離をとった。

「重機動要塞から大型ミサイルが発射された?」

 突然、監視を行っていたビリーが叫んだ。

 今までにない大型のミサイルが2基、重機動要塞から発射されたのだ。超弩級と言っていい。

 すかさずビリーは、ミサイルの到達ポイントの割り出しにかかった。

「超弩級ミサイル、ラグマ・リザレックに接近中だ」

「なんだと」

「ロックオンされている」

「山村艦長、ラグマ・リザレックに向け、超弩級ミサイル接近、ロックオンされています。迎撃して下さい!」

「わかった」

 短く山村の声が返った。

「反転、超弩級ミサイルを捕捉するぞ」

 キースがラグマ・リザレックを守るべく、目標を超弩級ミサイルの迎撃に切り替えた。だが、敵の艦載機がラグマ・ブレイザムを捕捉し、前面に立ち塞がった。


「超弩級ミサイル接近。大型です」

「回避できるか」

「速度から言って無理です。完璧にロックオンされています」

「あんなもん、食らったらひとたまりもないぞ」

 ラグマ・リザレックの司令艦橋は、ミサイルの接近に騒然となった。

 山村が、昂然と顔をあげた。

「超長距離狙撃システム、落日弓モードで迎撃せよ」

 戦闘艦橋では、望月弥月に倒されたアイザック戦務長が、ようよう席に着いたところだった。腹部の痛みは全く癒えていないが、今は戦闘中だ。即座に落日弓モードの起動を命じた。

「ソナー射出。広目天オンライン、落日弓モード起動。ラグマ・ブレイザム、ミサイルを捕捉してデータを転送してくれ。トムソン機関長、砲撃エネルギー二〇パーセント増幅」

 ラミウス砲雷長が叫んで、そのトリガーを握った。射出したソナーとラグマ・ブレイザムからのミサイルの位置情報を全て照合して、狙撃精度を上げる専用プログラム「広目天」が、超弩級ミサイルを捕捉した。

「ラグマ・リザレック、全速後退。ミサイルとの距離をとり、超長距離で迎撃する」

 山村艦長の声が響き渡った。航行艦橋の大倉航海長がその指示に基づき、ラグマ・リザレックのあらゆるバーニアを逆噴射させて、猛スピードで後方へ疾走する。

「発射!」

「発射」

 ラミウス砲雷長が、息を吐きながらトリガーを絞った。正確な射撃でそのビームはミサイル2基を撃ち抜いた。ミサイルが爆発する。

 だが、その爆発が尋常でなかった。衝撃がラグマ・リザレックに襲い来る。バリアーフィールドを全開にしても防御しきれないほどの衝撃だった。

「は、反物質ミサイルか?」

「取り舵いっぱい。バリアーフィールド、出力全開だ」

 だが、反物質ミサイルの破壊力はそれを上回っていた。バリアーフィールドが吹き飛び、ラグマ・リザレック後部の空母機能のフライトデッキが一翼持っていかれ、その周辺の装甲が吹き飛んだ。


 日下は、逃亡している望月弥月の背中を捉えて追跡していた。

 その殆ど真後ろで爆発がおきた。反物質ミサイルの爆発だった。

 日下達がいた後方の装甲が爆発に剥ぎ取られ、宇宙空間に向かって空気が流失し、望月と日下は、その勢いに身体を持っていかれそうになった。

 宇宙に放り出されてしまう、そう恐怖したとき隔壁が閉鎖され、間一髪で空気の流失が止まった。ほっとしたのも束の間、爆発で脆くなった床が崩れ去り、日下の足元から大きな穴が開いた。バランスを崩して、日下はその穴に落ちた。かろうじて掴んだ床のへりで、落下せずにすんだものの、手で身体を支えているだけで宙ぶらりんの状態だ。

 右手で床の縁を掴み、左手の拳銃をホルスターにしまい、左手で床を掴もうと手を伸ばす。その手を誰かがとった。

 望月弥月の両の手だった。手錠に繋がれて不自由な両手を伸ばして、日下の左手を掴んだのだ。力をこめて、日下の左手を引き上げようとしている。立場的には、そのまま逃亡する絶好のチャンスのはずだ。なのに、望月弥月はいじらしいほど真剣な目で、日下を助けようとしている。

「弥月」

 日下は、彼女の名を呼んだ。

「炎、早くあがって」

 必死に力をこめる。

 両手が手錠で繋がれた状態で日下の手を掴んでいるから、望月弥月は前のめりの姿勢だ。それだと、どうしても力が入らないし、むしろバランスを崩したら逆に望月弥月の方が穴に落ちてしまいそうだった。そうしたら、二人ともお陀仏だ。

 日下は今一度、拳銃を取り出した。

「弥月、手錠の鎖を撃つ。気をつけてくれ」

「……」

 日下は、望月弥月の手錠の鎖に向けて、拳銃を撃った。鎖が砕かれ、望月の両の手が自由になる。すぐに彼女はバランスを立て直して、日下の手を引っ張りあげようと力をこめた。その反対側の手が床の固定ブロックを掴んだ。それで体勢が安定した。

 望月が掴んでくれた左手を起点にして、自分の身体を右手を使って引き上げる。なんとか、穴から脱出できた。

 望月弥月が、ハァハァと荒い息で喘いでいた。

「ありがとう、助かったよ、弥月」

 這い上がった日下も、荒い息の下から彼女の名前を呼んだ。

「……無事で…良かった」

 彼女を見ると、本当に嬉しそうに微笑を浮かべていた。その笑顔を見た日下は、彼女がどうしても敵には思えなくなっていた。そう言えば、日下は自然と彼女のことを弥月と名前で呼んでいる。そこには、なんの違和感もなかった。

「弥月ってどういう字を書くんだ?」

「弥生の弥、それに空に浮かぶ月。それでみつきって呼ぶの」

「美しい月、じゃないのか?」

「違うわ。どうして?」

「昔、小さい頃、美月っていう女の子がいたんだ。美しい月って書く。よく、その子と遊んだ。遠くに引っ越してしまったけどな。昔、その子と月の虹を見た。本当に子供の頃の話だ」

「…炎…」

「その子が、よく歌っていたんだ。朧月夜」

「………」

「望月弥月、君は一体何者なんだ? 何故、君はあんなに突然俺の心に入ることができたんだ?」

「わからない、わからないわ。私にとってもあなたは、何の前触れもなく、突然やってきたのよ」

 日下は立ち上がり、望月弥月に手を差し伸べた。その手をとり、望月弥月も立ち上がる。望月弥月の瞳が、日下の目を捉えた。そこに敵意は感じられなかった。いや、むしろ戸惑っているが、そこに深い愛が浮かんでいる。

「…でも、決していやな感覚ではなかった。むしろ……」

 望月弥月は、そこで言葉を飲み込んだ。これ以上気持ちを語れば、レイビスへの思いと募る日下への想いで身が引き裂かれそうになる。

 艦内が揺れて、二人は少しバランスを崩した。戦闘はまだ続いているのだ。

 日下は周りを見回した。隔壁に隔たれて、この通路は遮断されている。後方は、爆発で開いた穴で、隔壁を無理やりあければ、宇宙空間に放り出されてしまう。前方への通路も隔壁が降りていて通れない。二人は、この空間に閉じ込められた状態になっていた。

 壁面のランプが、黄色くなった。隔壁が降りているとは言え、床下の大きく開いた穴などから空気の流失が起きているのだろう。宇宙服着用のサインだ。だが、手近な距離に宇宙服はない。次の隔壁までの非常用ボックスの中に、宇宙服があるはずだ。

「次の隔壁まで、歩こう。空気の流失で、時期にここの空気が薄くなる。宇宙服を着用しなければならない」

 日下の言葉に、望月は素直にコクリと頷いた。

「言いたくなければ言わなくていいが……」そう前置きをしたうえで日下は尋ねた。「CAとかCASって一体なんのことなんだ? アリエルの皆は知っているようだけれど、僕はギネル帝国の人間ではなくて、知らないんだ」

「CAは、コンプリート・アサルトソルジャーの略。コンプリート・アサルトソルジャーとは、小さい頃から意識と記憶操作を行って、最強の兵士として育成された特別な人間のこと。私は、そのCAをサポートすること、その任務遂行することを義務付けられた特別な措置を受けた人間。それがCAS。コンプリート・アサルトソルジャー・サポート・ヒューマン。陰口でね、その頭文字をとって、CASH、キャッシュ…現金、なんて言う人もいるみたいだけどね。予算がかかりすぎる、とかなんとか……」

「……記憶操作って、なにするんだ?」

 人の記憶をいじるなんて、非人間的な行為じゃないのか、と日下は思う。

「CAの記憶は、一般常識以外の記憶は排除され、戦闘・戦術・戦史に関しての記憶が最優先で植え付けられる」

「そんなことができるのか?」

「βμにいるの。記憶操作能力をもった者が」

「君も、記憶操作されているのか?」

 望月弥月は、無言で頷いた。

「私もCAとして育てられた。今回CASの任務を受けて、もともとの人格の記憶は一切消去した。そして、代わりに、弥月シリーズのアプリケーションパッケージ『慈愛』を記憶としてインストールされた」

「…弥月シリーズ? 弥月シリーズってなんだ?」

 ふたり肩を並べて、通路を歩く。空気が薄くなったようだ。少し喋るのが苦しくなってきた。けれど、聞かずにはいられなかった。弥月のことは、わからないことだらけだ。

「ある人物の思考、行動パターンが一番CAをサポートできた実績があったの。その人の記憶、認識、行動パターンをひとつの記憶として保存した。それが、『慈愛』という名前をつけられた記憶のパッケージソフト。CASに選任されたものは、その『慈愛』を植えつけられ、CAをサポートするの。そして、弥月シリーズとしてのバージョンネームをつけられる。私は十五番目の弥月。だから望月弥月。たぶん、私の次のCASは十六夜弥月って言うわ」

「……おかしいだろ!」急に日下が激高した。「君は、君の本来の記憶がなくなって、他人の記憶で生きているのか」

 日下が真顔で、弥月の顔を見つめていた。今にも摑みかからんとするような勢いだ。弥月はきょとんとするばかりだ。

「私に怒っても、しょうがないんだけどな」

 隔壁の前に辿り着いた。思ったとおり、その隔壁には非常用ボックスが備えられていて、その中には宇宙服とヘルメットがあった。壁の黄色いランプが点滅していた。いよいよ空気が薄くなっているようだ。ボックスを開けると宇宙服とヘルメットが4着あった。内1着のセットを弥月に渡し、一着は自分で着込む。

 宇宙服に袖を通しているとき、日下の背中で望月弥月が言った。

「弥月シリーズの一番最初、『慈愛』の基礎になった人格は、新月弥月って言うのよ」

 新月弥月。その名を聞いて、日下の手が一瞬止まった。日下の小さな頃に一緒にいた女の子の名前も新月美月、字こそ違えど同じ名前なのだ。

「新月弥月。それが君の記憶なのか?」

 思わず、振り向いて望月弥月を見た。

 一気に思考が動き、頭の中に様々な考えがよぎった。

 再び隔壁に目をやり、考えながら宇宙服を着込み、ヘルメットを被った。隔壁の前に立つ。隔壁にテンキーの付いたパネルがあり、そこに隔壁の緊急解除のコード番号を打ち込み、隔壁を強制解除する。隔壁が上方へ動き、その前に通路が開けた。

 日下の背後でその仕草を見つめる望月弥月に、ためらいと苦渋の表情が浮かんだ。だが、それも一瞬のことだった。決意の表情のもと、新月弥月と新月美月の関係を思案して、意識が(おろそ)かになっている日下の首元に手刀を叩き込んだ。声もなく、一瞬で日下がその場所に倒れた。

「炎、ごめんなさい……私は、レイビスのもとに帰らなければならないの…」

 望月弥月は、日下を壁にもたせかけ、バイザー越しに数秒間、その顔を見つめた。レイビスとは、全く顔かたちは違う人。なのに、レイビスと同じ想いを寄せてしまう人。

 その想いを断ち切るようにして、望月弥月は通路を駆け出した。


 デュビル・ブロウの顔が、間隔をおいて光る閃光に何度となく照らし出された。

 最初の閃光が閃いたとき、デュビルは立ち上がって宇宙を映す窓に顔を寄せて、状況を観察した。

 もしかしたら父の、ガデルの部隊だろうか? 

 そう思い、ひたすら窓に見入った。だが、それがレイビスの部隊とわかったとき、何故だか急に興味を失った。

 窓から顔を離して、そのまま壁を背に座り込んだ。

(これが父さんの部隊だったなら、俺は一体どうするのだろう?)

 自分で自分に問いかけたが、わからないままだった。


 戦闘でごった返した格納庫では、怒声が飛び交っていた。

 宇宙服を着込んでいたことが、望月弥月にとって幸いした。誰にも見咎められることなく、ここまで辿り着くことができたのだ。

 RPAアガレスは、この格納庫に係留されているはずだった。

 ラグマ・リザレックは、今まで損傷らしい損傷を受けたことがなかった。驚異的な防御を誇っていたバリアーフィールドで、核ミサイルすらも防いできた。だが、ここにきて、そのバリアーフィールドが消し飛んでしまうほどの攻撃を受けた。その攻撃で、フライトデッキが1本もぎ取られた。

 それは、反次元エンジン搭載の重機動要塞アガレスの脅威だった。それだけ、破壊力のパワーが格段にあがっているのだ。

 今までにない被害が出ている分、格納庫のスタッフは浮き足立ってしまった。

 ここは、重力制御が働いていない。無重力の中、望月弥月は漂いながらRPAアガレスを捜し、そして見つけた。

 そのコクピットに潜りこみ、起動させる。幸い、エンジンも生きている。

 各部を起動させて、発進準備に入った。係留ワイヤーを切断し、発進用ハンガーへ進入した。起動したアガレスに気付き、周囲がざわめきだした。しかし、もう遅い。

「誰が乗ってる」「降りろ」「発進口、ふさげ」

 通信機から、様々な怒声が響いた。それを意に介することなく、望月弥月は更に発進プロセスを進める。

 発進コースに入った。前面のゲートが閉じられたが、望月弥月はそれに動じることはない。心は決まっている。アガレスからビームが発射され、そのゲートを破壊すると同時に、発進した。アガレスのハサミ型マニュピレーターにビームを放射させ、発進を邪魔する大小の破片を切り裂いて、アガレスは宇宙空間に飛翔した。

 そのとき、コクピットにのっそりと一人の人間が入ってきた。宇宙服を着ているから一瞬誰だかわからなかったが、バイザー越しに見えた顔は日下だった。その手には、拳銃が握られている。

「……弥月」

「…炎」

 弥月はコンソールの手を止めた。再び見つめ合う二人。

「弥月、行くな。君には聞きたいことがたくさんある。戻るんだ」

 日下の言葉を聞いて、しばらく弥月は固まったように動かなかった。しかし、静かに首を横に振った。

「私は、レイビスのもとに帰らなければならない。あの人をサポートしなければ」

「それは、アプリケーションの記憶によるものなのだろう?」

 日下が、一歩そして一歩と弥月に向かってゆっくりと歩みだした。

「あなたと出会ってわかったの。私のあなたへの想いを知って、苦しくて苦しくて、でもそれ以上に愛しいの。この気持ちをもつことができた私は幸せだわ。でも、あの人は、レイビスは知らない。あの人は、戦闘しか知らない。私がそばにいてあげなければ」

「では、俺たちはどうなる?」

 日下は、もう弥月の目の前に立っている。拳銃を握ったまま、それを弥月の眼前に向ける。しかし、日下はその拳銃を放るとその手を弥月の手に重ねた。

「俺たちの出会いはなんだ?」

「それはきっとパッケージの……アプリケーション慈愛にプログラムされていて……」

 日下は、首を横に振る。

「そんな訳がない。そんな訳はないんだ。俺は、過去から来た人間だから。俺と出会うことがプログラムされる訳がないし、慈愛が俺に対して発動することはないんだ。なのに……」

 弥月の手をとり、日下はその手を引き寄せて抱き締めた。驚いて最初は身を硬くした弥月だったが、日下に握られた手を握り返した。そして、もう一方の手をその背中に回す。

 宇宙服越しだから、互いのぬくもりを感じることはない。しかし、それ以上に心が触れ合って、二人は互いの熱を感じた。互いのヘルメットのバイザーを開けて、ネックホルダーを外す。見つめ合ったあとで、どちらからともなくキスを交わす。

 弥月の瞳から、涙が一筋流れた。

 ガクンと機体が揺れて、弥月がバランスを崩した。その拍子にコンソールに手をつき、ひとつのスイッチに触れた。それは、重機動要塞アガレスへの通信スイッチだった。

「……望月? 望月補佐官か?」

 スピーカーから、レイビス・ブラッドの声が流れ出す。

「望月、望月、応答せよ。望月補佐官」

 いつもは冷たい印象しかないレイビスの声が、このときの声には必死さが感じられた。少しみっともないくらいだ。

「……レイビス…」

 日下から、唇を離した。

 弥月は泣いている。これ以上ない、困惑した顔で泣いている。

「…弥月」

 日下のヘルメットのネックホルダーを元に戻し、彼のバイザーをおろしてあげる。

「…弥月」

 日下がもう一度、彼女の名を呼んだ。

 それに対して、いやいやをするように小さく何度も首をふる。

「……炎……ごめんなさい」

「望月補佐官、応答せよ。望月、望月、望月ーッ!」

 スピーカーから、レイビスの声が途切れることなく流れている。

「ごめんなさいッ!」

 弥月はもう一度言うと、思いを無理やり引きちぎるようにして、コンソールの赤いボタンを押した。

 コクピットのエアロックが緊急開放されて、空気が一気に流失した。

「弥月ーっ」

 叫ぶ日下の声は、真空状態になったため声としては聞こえなかった。だが、そう呼んでいるのは、弥月にははっきりとわかった。

 無重力状態のコクピットから、日下は空気の流失とともに宇宙空間に回転しながら放り出された。

 エアロックが再び閉まり、空気が補充される。息を止めていた弥月が、大きく息を継ぐ。ハァハァと呼吸を整える。その呼吸が、嗚咽に変わる。床にぺたりと座り込んでしまう。身体から、力が抜けたまま立ち上がることができない。

「…炎、ごめんなさい。レイビス、ごめんなさい。ごめんなさい」

 しゃくりあげるほど、涙が溢れてとまらない。

(私、わかったわ。ふたり、同じじゃないの…ふたり同じじゃ……二人とも愛さずにはいられないじゃない…)

生涯生きていて、たぶんこれ以上泣くことはないだろう。それぐらい、今、弥月は涙と嗚咽にまみれていた。

「望月、望月」

 いまだに、スピーカーからはレイビスの声が流れている。

 待ってね。今、応答するから…レイビス。でも、もうちょっと、もうちょっと、泣かせて。落ち着くまで、待ってね。お願い…

 望月と呼ぶレイビス。弥月と呼ぶ日下。いっそこの身をふたつに裂くことができたなら、どんなにいいだろう。

 そう思う私はイヤな女だ。きっと地獄に堕ちるほど、イヤな女だ。


 大型の反物質ミサイルを搭載する艦など、ありえない。攻撃を受けて、格納している反物質弾頭になにかあれば、即座に常物質と反応して自らが爆発してしまうからだ。それが今までの認識だ。

 だが、アガレスには反次元エンジンのパワーを利用した絶対防壁システムを持っていた。時間に限りはあるが、これが作動中の間は、万一のその爆発すら取り込んでしまうことが可能なのだ。これを反物質格納庫に利用している。外部に対して使えば、これはラグマ・リザレックのバリアーフィールドよりも強力な防壁になる。

 反物質ミサイルは全部で6基。レイビスは第2射の用意をさせた。それと同時に、捕捉した望月弥月のRPAアガレスの回収を指示する。

 反物質ミサイルが命中した際の、爆発危険エリアをディスプレイにだした。そのエリア外で、RPAアガレスを捕まえる。爆発エリア外にアガレスが到達したらと同時にミサイル発射だ。

 

 ラグマ・リザレック内に動揺が広がっていた。

 これだけの損害を、この艦が受けたのが初めてだったからだ。いつしか、クルーの中にこの艦が絶対的なものだとの過信が広がっていたのかも知れない。

「広目天ソノブイ第2弾、放射。敵の超弩級反物質ミサイルの第2射にそなえろ。レーダー最大レンジで捕捉につとめよ」

 山村が、全艦に通達する。

 レーダー担当のジュリアが、ごくりと唾を飲み込んだ。

「山村艦長、SIC加賀です。反次元エンジンからのエネルギー供給ルートから、新たな防御システムを見つけました。従来のバリアーフィールドより格段強力な防御スクリーンシステムです。再計算しましたが、先ほどの反物質ミサイルもはね返せます。ただし、稼動限界時間は二十分。それ以上は発生メカニックがもちません」

「それは、反次元エンジンが稼動していないと発生しないのだな」

「その通りです」

「敵、ミサイル第二射発射しました」

「加賀室長、準備してくれ。その防御スクリーンで第二射を受け止める」

「了解」

 司令艦橋階下のSICで、加賀と石動がその準備にシステムを稼動させる。

「トムソン機関長、反次元エンジンフルパワーでラグマ城壁(ウォール)への回路へ、エネルギー供給バルブを接続してください」

 石動さとみから、トムソンに指示が出た。

「こちら、トムソン、了解」

「敵ミサイル、ロックオンされました。着弾まで、後3分」

「アイザック戦務長、もう一度落日弓モードで狙撃だ」

「了解」

「こちらトムソン。反次元エンジン、ラグマ城壁(ウォール)への回路接続。フルパワーで増幅」

「大倉航海長、速度半速。面舵三〇」

「了解、半速。面舵」

「落日弓モード、発射準備完了」

「ラグマ城壁(ウォール)始動」

 石動さとみの声で、ラグマ城壁(ウォール)が作動した。

 ラグマ・リザレックの両舷側面中央部から、次々と発生装置が全長に渡ってポップアップするように飛び出し、そこからエネルギーが発生し、ピラミッドの石のような四角いエネルギーの塊が次から次と生成されて、積み上げられていった。それは、その名前の通り、まさに城壁のようだった。あっという間に、エネルギーの石の塊はラグマ・リザレック全体、四方を覆いつくした。

「落日弓モード、撃てェッ!」

「総員、衝撃に備え! 対閃光防御」

 アイザック戦務長の声に、ラミウス砲雷長がそれを発射した。ラグマ城壁(ウォール)の落日弓モードの発射コースのみ石の塊が消え、エネルギー砲弾を通過させた。その後再びエネルギーの塊がそこを塞いだ。

 ラミウス砲雷長が発射した砲弾は、敵のミサイルを撃墜した。それと同時に反物質の絶大な破壊エネルギーが閃光とともにラグマ・リザレックに襲いかかってきた。

 一瞬、光芒でその宙域が真っ白になった。徐々にその光が薄れていく中に、ラグマ・リザレックの姿があった。ラグマ城壁(ウォール)が解除されて、積み上げられたエネルギーの石が消失していく。

 さきほどのバリアーフィールドとは比べ物にならない絶対防壁。ラグマ・リザレックは全くの無傷の状態だった。


 アガレスから宇宙空間に放り出された日下は、ラグマ・ブレイザムに回収された。それがもう少し遅ければ、反物質ミサイルの破壊エネルギーに巻き込まれていたかもしれない。

 回収されると同時に、日下はブレズ1のコクピットに向かった。

 轟が奮闘しているコクピットに入ると、

「轟、すまん。メインパイロット席、替わってくれ」

 そう言って、轟と席を入れ替わる。

「大丈夫ですか?」

 轟が心配そうに言った。不思議な奴だ。戦闘を拒否するときは容赦ないのに、こんなときはちゃんと人を気遣う優しさがあるのだから。

「ああ、大丈夫だ。ありがとうな」

 一旦ヘルメットを外し、ヘッドセットを装着して、またヘルメットを被る。

「山村艦長、こちら日下。ラグマ・ブレイザムに乗り込みました。無事です。望月弥月の追跡に失敗しました。現在RPAで逃走中、これより追跡、捕捉します」

「日下副長、必ず補足だ」

「日下、了解」

 通信を切ると、日下は轟を見た。轟が不思議そうに日下を見ていた。

「なんだ?」

「日下さんでも、失敗するんですね。初めてじゃないですか? 僕は、日下さんは失敗しない人だと思ってました」

「失敗? 失敗なんて数え切れない。年の分だけ、失敗の数は君よりずっと多い」

「ホントですか?」

「本当だ。現に、この航海が終わって地球に帰るだろ。そのとき、俺は無職だ。失敗してる奴だろ?」

 轟は、0444年の地球を飛び立つとき、軍の階級章を大塚参謀長に投げつけた日下の姿を思い出した。でも、あれはあれで、轟は日下を恰好いいと思ったのだ。

「敵RPAで、捕虜が脱走した。これをラグマ・ブレイザムで捕捉する」

日下が、カズキ、ビリー、キースに伝達する。言い終わると、日下は轟に向き直った。

「失敗ばっかりしてるけど、でも、次こそ、次は絶対って、もがいて頑張ってんだ。そうは見えないかもしれないけどな。加速するぞ」

 そう言った日下の横顔を見て、轟は大人でも失敗することがあるんだと考えを改めた。同時に、それに挫けずにいること、それはそれで少しカッコいいな、と感じていた。

 失敗か、と日下は思う。今、望月弥月を確保しなければならない。これに失敗したら、日下は自分の人生が大きく変わってしまうような気がしていた。

 RPAアガレスに向かって、ラグマ・ブレイザムが飛翔する。


「超弩級反物質ミサイル、第三射、発射されました」

 悲鳴に近い声で、ジュリアが報告する。緊張の連続で、額に汗が滲んでおり、その目に疲労が浮かんでいた。

「…山村より全艦に達する。我々は航海の合間に厳しい戦術訓練も行ってきた。その成果を見せるときが来た。このミサイル攻撃をかわし、かつこれを利用して攻撃に転ずる。訓練どおりの迅速な行動ができれば、なんら難しいことはない。諸君の奮闘に期待する」

 手に取った全艦放送のマイクを離すと、山村はそれをコンソールの元の位置に戻す。

 ピンと張り詰めた緊張感の中で、山村は昂然と顔を上げた。

「全艦、ドッキングアウト。三艦に分離し、回避する」

「了解」

 山村艦長の命令で、ラグマリザレックはドッキングを解き、分離した。

「全艦、最大戦速、回避!」

 ラグマ・ヒュペリオン、ラグマ・クロノス、ラグマ・レイアの3艦は、全速力で回避行動に入った。


 RPAアガレスを捕まえようと、ラグマ・ブレイザムはようやく、それに追いついた。スクリーンに映ったアガレスは、回避運動をとりつつ時折牽制のミサイルを放った。それをかいくぐり、徐々に距離をつめていく。

 さきのツインジュピターでの戦闘で、機体に損傷を受けているせいかアガレスの速度は思ったより上がっていない。日下たちには、幸いだ。

 だが、それを阻止しようと重機動要塞から砲撃が繰り返され、アガレスとラグマ・ブレイザムの間に火線を投じる。

 捕まえられそうで、捕まえられない。むしろ、重機動要塞の攻撃を押さえ込まないとRPAアガレスへ接近できない。

 重機動要塞からのビームが数発、命中してしまう。損傷こそ出なかったが、足止めされた形となり、RPAアガレスとの距離が開く。

 その苛立ちが徐々に募り、日下のなかで怒りに変貌しようとしていた。

 

 こちらの攻撃で一瞬止まったラグマ・ブレイザムを捕捉していたレイビスは、快哉を叫んだ。

「捕まえた! 対消滅レールガン最大出力で発……」

 今まさに、ラグマ・ブレイザムを死に至らしめる必殺の攻撃命令を下そうとした時だった。「発射」と言いかけて、レイビスを両の手で頭を抱えた。その顔が苦痛に歪んでいた。

 レイビスの頭に痛烈な痛みが駆け巡った。脳髄の芯から突き刺さるような痛み、想像を絶するような痛みなのだ。戦闘中にこの痛みを感じたのは、これで二度目だ。

(またか! なんなのだ、これは)

 レイビスは、左手で頭を覆った。前触れもなく起きた痛みは、また前触れもなく去っていった。


 重機動要塞から、高出力の対消滅レールガンの反物質弾が発射されたが、その照準が甘く、ラグマ・ブレイザムの脇を掠めていった。

 レイビスの発射の号令が、痛みによってワンテンポ遅れてしまったことが原因だが、日下たちはそんなことは知らない。

 敵の状況は知らないが、その攻撃には見覚えがあった。高城奈津美を死に追いやった光だ。

「レイビス、お前が! お前が、奈津美をやったのかーッ!」

 望月弥月が口にした敵の司令官。顔も見たこともないが、その名前を日下は憎しみをこめて叫んだ。奈津美のことを思い出し、怒りの沸点に到達してしまったのだ。

 重機動要塞のブリッジが、視界に入った。その中にいるであろう、敵の司令官レイビス・ブラッド。いまや、日下にはそれが全ての元凶にしか映らなかった。

「カズキさん、ハイパークラフター出力レベル最大。重機動要塞を落とす!」

「出力最大! 行け、日下」

 轟のサポートで敵の火線をかいくぐり、カズキとビリーで機関の高出力の安定をはかる。キースの索敵と効果的な反撃で、ラグマ・ブレイザムは重機動要塞に猪突する。

「レイビス、沈めーッッ!」

 高城奈津美のこと。望月弥月のこと。二つのことに決着をつけるためには、ここでこの艦を沈めるのだ。

 ラグマ・ブレイザムは、ブレークウイングを展開してそのブリッジに向けて肉迫した。

 まさに、そのブリッジに斬りかからんとした時だった。

「やめてェェェェェェ!!」

 悲痛な叫びをあげてRPAアガレスが、その間に割り込んだ。

 望月弥月の叫びだった。コクピットで、全身を震わせていた。

 ズン!

 重たい手応えがして、ラグマ・ブレイザムのブレークウイングがRPAアガレスのマニュピレーターを切り落とし、その勢いでコクピットの脇を灼いた。その勢いのままアガレスを一刀両断する。

「レイビス、日下……」

 二人の名前を呼びながら、望月弥月は自分が負傷したことを知る。

 声にならないほど驚いていたのは、日下炎だった。怒りに任せていたとはいえ、アガレスが、弥月がそこにいること全く気が付かなかったからだ。

「……弥…月?…」

 二つに分断されたアガレスの機関部が爆発して、コクピットのある前部分が、黒煙を吐きながら重機動要塞側に弾き飛ばされて行った。

 にわかに信じられないし、信じたくなかった。

 望月弥月を、この手で救い出したかった。想いは、それだったのに…なんで?

 日下は、愛する人をその手で、殺めてしまったのだ。

「弥月! 嘘だ、嘘だァァァーッ!」

 横で見ていた轟は、一瞬、日下が気が狂ったのではないか、と思った。それほど、普段の日下からは、想像できないほどの取り乱しようだった。その叫びにも似た声が、心に刺さる。

「日下、日下副長! どうした? どうしたんだ?」

「日下副長、山村艦長から連絡だ。ラグマ・リザレックへ帰投命令だ」

 ビリー、キースの乗るブレズ2とブレズ3のモニターから、連絡が入る。だが、それも日下の耳には入っていないようだ。

 帰投命令が出ているというのに、分断した敵のRPAを追おうとラグマ・ブレイザムを前進させようとしていた。

「日下さん、日下さん、なにやってるんですか!」

 轟が叫ぶ。

 その声に、ようやく日下が反応した。だが、その目は虚ろで、まるで魂が抜け落ちてしまったようだ。

「轟、アイハブコントロール!」

 轟は、奪い取るようにして日下に替わってラグマ・ブレイザムのコントロールを行い、その宙域から離脱させた。

 日下は、自分で自分の両の掌をぼんやりと見つめていた。この手で、この手で弥月を殺めてしまった。彼女の姿が想い浮かぶ。彼女の表情が、次から次と脳裏に繰り返し浮かんでくる。

 (俺は、俺は、なんて、なんてことをしてしまったんだ…)

 

 菜の花畠に 入日薄れ

 見渡す山の端

 霞ふかし

 春風そよふく 空を見れば

 夕月かかりて におい淡し


 里わの火影も 森の色も

 田中の小路を たどる人も

 蛙のなくねも かねの音も

 さながら霞める 朧月夜


 痛みで意識が朦朧としているのに、望月弥月は「朧月夜」の唄を口ずさんでいた。

 日下とレイビス。その二人にせめてもの安らぎをと、祈りにも似た想いを捧げたかったのかも知れない。

「本機は深刻なダメージを受けました。自動脱出装置作動します。十秒以内にキャンセルがない場合、当カプセルは自動的に射出します」

 そんなコンピュータのアナウンスが流れていた。だが、望月弥月には、それが自分に関わることではなく、なにか他人事のように聞こえていた。

 カプセルが唐突に射出された。


「望月補佐官!」

「アガレスより、脱出カプセル射出されました」

「回収する。捕捉しろ」

「前方より、敵分離した3艦が、高速接近。その後方に、当方の反物質ミサイルが追尾しています。ミサイルを引き連れて、こっちに向かっています」

「絶対防壁準備。回収と同時に展開せよ。展開ののち、こちらから反物質ミサイルを爆発させる」

 無数の弾幕を張りながら、レイビス・ブラッドの重機動要塞が、そのカプセルの回収に向かった。


「全艦に達する。神業を見せろ!」

 山村がマイクに向かって、声を荒げた。

 分離した3艦は、重機動要塞の脇を抜け、高速で追い越していく。それをロックオンした超弩級反物質ミサイルが追尾する。距離は開いているが、かわすにはいたっていない。

「反物質ミサイルとの距離、6コスモマイル」

「全艦、ドッキング開始」

 分離した三艦が軸線に載ると、バリアーフィールドが発生し、ドッキング態勢に入った。そこから、ドッキングするまでの時間があっと言う間だった。

 山村が言う訓練の成果だった。航海の合間に繰り返し行ってきた、高速ドッキング演習。

「ドッキング、完了」

「反次元エンジン、始動」

「反次元エンジン、始動」

「エンジン始動。臨界まであと十秒」

「ラグマ・ブレイザムを回収。ラグマ城壁(ウォール)展開準備」

「ラグマ・ブレイザム、回収完了。当甲板に着艦しました」

「後部砲塔、十一番十二番砲撃用意」

「超弩級反物質ミサイルとの距離は?」

「四コスモマイルです」

「目標、反物質ミサイル、砲撃開始! ッテェ!」

 一連の流れるような動きだった。

 ラグマ・リザレックはドッキングと同時に、反次元エンジンを始動、ラグマ・ブレイザムを回収、更に砲撃を加えて、反物質ミサイルを撃墜した。

「ラグマ城壁(ウォール)、展開!」

 全宙域に、反物質ミサイルの巨大な爆発による閃光が広がった。閃光はみるみる拡大してラグマ・リザレックのみならず、レイビスの乗る重機動要塞もその中に取り込んでいく。


 望月弥月の脱出カプセルの回収に動いた時間だけ、絶対防壁を展開するタイミングが遅かった。いや、それよりも敵のラグマ・リザレックが、あの速さでドッキングして反物質ミサイルを落とすことが予想外だった。敵ながら、それは神業といえた。

 反物質の破壊エネルギーが、重機動要塞を襲い、その全身が焼け爛れていた。砲塔はもぎ取られ、そちこちで小爆発が相次いだ。破壊エネルギーを満身に浴びて、見るも無惨にぼろぼろになっていく。装甲の殆どが削げ落ちて、まるで骨組みだけの姿になっていた。爆煙がたなびいている。

 ダメージコントロールに奔走するが、殆ど手の施しようがないほどだ。

 レイビスは敗北したのだ。

 重機動要塞は、爆発の黒煙を纏いながら、まるで奈落に堕ちていくかのようにコントロールを失って漂流していく。既に難破船のようだった。漆黒の宇宙に堕ちていく。

 レイビスは、回収したアガレスのカプセルに向かった。

「望月補佐官」

 カプセルの中の望月を見つける。駆け寄って、抱き寄せる。まだ、息がある。生きている。

「…レイビス」

「望月」

 レイビスはヘルメットを脱がした。

 美しい顔になんら傷はないが、血の気がない。宇宙服ではわからないが、どこかが失血しているのだろう。

「…レイビス、このデータを、地球に送って」

 そう言うと、望月は自分の3つに束ねていた髪の中の赤い房を引き抜いた。それは、髪に似せた望月弥月の記憶と行動を記録した一種の保存装置だった。「慈愛」の記録装置と言っていい。

 それをレイビスに渡す。その手をレイビスは握り締めた。

「それを地球に送信すれば、私の記憶を受け継いだ、次のCASが来るわ」

 その言葉に、レイビスは何度も首を横に振る。

「…他のCASなんていらない。望月補佐官、死ぬな。これは命令だ、死ぬな」

「……私は、弥月シリーズのひとつ…私の役目は終わり……次のCASが来るから……」

「望月補佐官、死ぬな。これは命令だといっているだろうが! 私の補佐官は望月、君だ。だから、死ぬな、命令だ」

「…バカね……命令って…こんなときは、命令じゃなくて…」

 望月弥月の声が、次第にか細くなっていく。

「…愛してるって言うのよ…」

 血の気が更に引いていく中で、望月は嬉しそうに微笑んだ。

「…愛…してる?」

「…そう……レイビス、愛してるわ。レイビス、お願いがあるの……もう日下とは戦わないで」

「日下?」

「……お願い」

「………」

 レイビスは返事が出来なかった。自分はCAだ。戦うな、とそんなことが出来るわけがない。ましてや、望月弥月が言う日下という人物に関わったからこそ、こんな結果に繋がっているのではないか? 

 レイビスが大きくかぶりをふる。

 彼が悩んでいるのがわかった。望月弥月はレイビスに向かい、微笑もうとする。だが、だんだんそれも上手く出来なくなっている。

 レイビスの表情が、苦しんでいるように見えた。

「…ごめんなさい…レイビス、あなたを苦しませてしまった……」

 望月弥月の声が、更にか細くなった。

 レイビスの顔が、苦渋に歪んでいる。望月弥月を失おうとしている。その時が、刻々とレイビスに迫っている。その瞳から、涙が一筋流れていた。

「レイビス……私はパッケージソフトだから、だから悲しまないで……泣か…ないで……」

 言い終えると、望月弥月は静かに目を閉じた。その全身から力が抜ける。レイビスが握っていたその手も力なく床に落ちようとする。そうならないように、レイビスはその手を握るが、もう命ある者の手ではなかった。

「望月? 望月、望月補佐官」

 レイビスが、声を何度かけても返事がない。レイビスの身体の奥底が、とてつもなく大きく揺らいでいる。なにかがこみ上げてくる。それが、悲しみという感情だと後になって知った。

 望月弥月の冷たくなった身体を抱きしめながら、レイビスは声にならない、呻くような、唸るような声をずっと発していた。止めようとしても止まらなかった。

 レイビスは泣くことが下手くそだった。とてつもなく、下手くそだった。そのうえ、自分の思いを伝えるのは、もっと下手くそだ。

「…パッケージじゃ、パッケージなんかじゃない。望月補佐官は、パッケージなんかじゃない。二度も命をかけて、私を守ってくれた。そんなこと、パッケージソフトじゃできないだろ…望月、君を……愛している」

 その言葉に、死んでしまったはずなのに、望月弥月の顔が微笑んだように見えた。そのあとで、望月弥月の魂が飛翔して、レイビスの中に入り込んだ。

 レイビス達がいる脱出カプセルの周辺で、更に爆発が相次いだ。炎が吹き出て、火と熱と煙にカプセルが包まれて、見えなくなった。

 重機動要塞に、また火柱があがった。あたかも血潮のようなその火柱で力が尽きたのか、重機動要塞はグラリと傾き、そのまま宇宙の奈落へと沈み始めた。ゆっくりと、ゆっくりと、それは静かに墜ちてゆく。暗黒の海はそれを包み込むように、星の煌めきは優しく現世との決別を見守っているようだった。

 ゆっくりと、ゆっくりと、どこまでも、レイビスを乗せた重機動要塞は底なしの宇宙へと沈んで、やがて見えなくなった。


 戦闘が終わったようだ。

 デュビル・ブロウのいる冷たい部屋のドアは、なんら変わることなく硬く閉ざされている。薄暗い部屋の中で、思念波を抑制するための仮面を被せられたまま、彼はただ自分の運命の糸口を捜そうとしていた。

(自分は何故、ツインジュピターの時、死ねなかったのか)

 デュビルは、それを繰り返し思った。

 窓の外。宇宙空間は何の変哲もない。

 デュビルの心は暗黒の宇宙のように闇に閉ざされているようだった。そのデュビルの心に黎明が差すことがあるだろうか? それは誰にもわからないことだった。


 ラグマ・リザレックはラグマ城壁(ウォール)の最大限の展開に、一時全てのエネルギーを使い果たして動くことがままならなかった。しかしそのエネルギーもやがて回復して再び航海に着いた。

 そのラグマ・リザレックを追う艦隊があった。

 デュビルとの弔いを胸に誓うガデル提督の艦隊だ。

 そして地球では、CAディー・ナインが自分の過去を見つけ出すために、ラグマ・リザレックを追うことを命じられた。そしてその補佐官に着任する新しい弥月シリーズ、十六夜弥月に対してシステムアップデートの用意が始まった。

 この二つの脅威が、ラグマ・リザレックを捕捉するのも時間の問題だった。


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