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クラッシュトリガー  作者: 御崎悠輔
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第十章 ファーストサイト

 高城奈津美は、遊撃戦闘班の適性試験をパスした。女の子らしい習い事もたくさんやったが、どっちかというと身体を動かす方が好きだった。ダンスと空手とテニスに、はまった。特にテニスは好きで、大会で優勝なんかもした。スポーツでならした身体能力が役に立ったのかも知れない。

第二段階のシミュレーション訓練に明け暮れる日々が続いた。

 シミュレーションで奈津美の他に、遊撃戦闘班として候補に上がったメンバーも実際訓練に入ったのだが、その訓練の中で脱落していった。セレクトしたメンバーは決して無能な人間ではない。むしろ、現役パイロットだったという者もいて、その技術は実力伯仲だった。が、やはりRPAという機体は特異なものと言わざるを得ない。通常の兵器の既成概念のもとで操縦する現役パイロットよりも、まっさらな、なにものにも囚われていない人間の方が優秀な成績を弾き出すことができるようだ。

 最終的に、高城奈津美とキース・バートンの二名が、採用に至った。

 遊撃戦闘班はブレズ1に高城奈津美、ブレズ2に日下炎とキース・バートン、ブレズ3にカズキ・大門とビリー・レックスという人員構成プランとなった。だが、正直これでは人手不足という感が否めない。特にブレズ1の高城奈津美のところには、せめてサポートでもう一人つけなければ、不安が残る。

 日下が、やはり轟・アルベルンはパイロットに必要だと思い浮かべたのは無理からぬことだった。


 ガデル少将率いるギネル帝国艦隊は、巨艦ラグマ・リザレックが亜空間ワームホール航行に入ったことを確認した。

 ワームホール生成時に発生する重力震をキャッチしたのだ。ただちにギネル帝国艦隊も亜空間航行の準備に入った。もたもたしてると重力震の痕跡が消えてしまう。

 その時であった。彗星と見まごうほどの光芒に身を包んだ重機動要塞アガレスが、凄じいスピードで艦隊の横に滑り出たのだ。


 ラグマ・リザレックのハンガーに、ひっそりと屹立するラグマ・ブレイザムを奈津美は、デッキから見上げて息を呑んだ。

「これを私が操縦するんですか?」

 遊撃戦闘班のメンバーが、彼女の後ろにいる。その誰ともなしに、奈津美は言った。

 圧倒的なスケール。

 この巨人を果たして、自分が操縦できるのだろうか? 不安な気持ちが頭をもたげてくる。同時に、自分が遊撃戦闘班という軍の組織の一員になったことに改めて気付いた。

(これで、良かったのかな?)

 奈津美は、ふと自分の行動が軽率ではなかったかと振り返った。

 確かに何かをしたいと、このシミュレーションを受けた。受かるかどうか、なんて自信があったわけでもなんでもない。

 最初の一歩こそ自分の意思で踏み出したが、それ以降は、まるでエスカレーターに乗ってしまったようなもので、実感なくこの場所に来ていた。

(本当に、これで良かったのかな?)

 奈津美は、この巨大な兵器に搭乗して戦場に赴くのだ。

(お父さんが生きていたら、絶対反対したろうな)

 優しい父だった。一人娘の奈津美を小さいときから、本当に可愛がってくれた。父は奈津美に女の子らしい女の子に育てたかったようだ。小さい頃からバレエやピアノを習い、ひととおりやってきた。ただ、それが自分の意思ではなく、全部父の言葉に従ってやってきた。それが、とても楽だったからだ。そうやって過ごしてきたせいか、奈津美は自分でも、自分の気持ちを人に伝えることが下手くそだと思う。いい意味でも悪い意味でも、わがままが言えない性格だ。

 だが、今は違う。最初の一歩にしろ、それは奈津美の意思で踏み出したものなのだ。

 迷いを吹っ切るように首を左右に激しく振った。

「どうした? 奈津美」

 圧倒された奈津美の背中に、そう言葉がかけられた。振り向くと、日下の優しい眼差しがあった。

「いえ、あんまり巨大なんで、肩がすくんじゃいました。本当にあれを私が動かせるのかって」

「大丈夫さ。コクピットはシミュレーションと全く同じだ。今まで通りやればいいんだ」

「でも…」

「不安なら、コクピット見てみるか」

「はい」

 日下と奈津美は、連れ立ってラグマ・ブレイザムのコクピットに向かった。

「俺たちも行くか?」

「そうするか」

 カズキとビリー・レックス、そして新任のキース・バートンも並んで歩き出した。

 キースは新任と言っても、年齢的には日下たちよりずっと上だ。三十五歳で、怪我をして一度軍から身を引いたらしい。角ばった輪郭の顔立ちに髭を蓄えている。一見、ひどく強面の男だが日下たちの命令に対しては従順で、行動に卒がない。ベテランといった風格だ。こちらから話しかければ普通に応対するが、あまりキース自ら話しかけてくることはめったにない。それでも、同じ年代の者で構成するよりも、キースのような大人がいてくれた方が、チームも気が締まるようだ。

 人型のRPA。遊撃(レイド)機甲(パンツァー)兵器(アーマー)ラグマ・ブレイザム。その頭部と胸部はブレズ1という戦闘機タイプが、変形したものだ。その顔にあたる部分にコクピットが存在している。顔のデザインは極めてシンプルで、その風貌はフルフェイスのヘルメットに多少の凹凸がついているようなものだ。双眸にあたる部分はメインカメラになっていて、起動すれば光が点り一見双眼に見えるが、実はモニターのフレームとしては繋がっている。起動時には、そこに「ラグマの紋章」が映り込み、時折、走査線が走ったりするのが特徴的だ。

 胴体部はブレズ2。飛行形態としては、情報戦略管制機としての性格を持っていると言えるだろう。索敵のためのレーダーと膨大な情報を処理するためのコンピュータの容量が最も優れている。装備されている武器も遠距離からの攻撃を得意とするのか、射程距離が長く破壊力のあるビーム砲が装備されている。

 腰部と脚部がブレズ3だ。飛行形態は重爆撃機と言っていいだろう。飛行速度はブレズ1に劣るが、抱えている火器システムは、三機の中で随一の量を誇る。基本的にこのブレズ3がラグマ・ブレイザムになったときの動力供給ユニットとなる。そのためか、装甲は最も頑健だ。その中でウィークポイントになりそうな関節部はそれを守るために、更に別装甲が施され、膝、足首は丁度パッドをしているような格好だ。その脚部踝(くるぶし)にあたる部分にハイパークラフターと呼ばれる大口径大出力のバーニアスラスターがある。

 三機の飛行形態のメカがドッキングして形成されるRPAラグマ・ブレイザム。その力の全てはラグマ・リザレック同様に完全に解明されているわけではない。

 ブレズ1に高城奈津美、ブレズ2に日下炎とキース、ブレズ3にはカズキ・大門とビリー・レックスがそれぞれ搭乗した。

 そのコクピットは、日下が言った通りシミュレーションボックスのそれと全く同じだった。そのことが確認できて、奈津美はひとつホッとしたものだ。

 操縦レバーを握りしめる。すると、奈津美の左手の甲に刻まれたラグマの紋章が淡く輝くと同時に、システムが起動した。

「なに?」

 突然のことに戸惑う奈津美をよそに、コクピットのシステムは次々に起動して正面モニターは目まぐるしく表示画面が現れては消えていった。

 いつの間にか奈津美の操縦レバーの側にカニグモが出現していた。一瞬、奈津美は声にならない悲鳴を上げかけたが、それが害を及ぼすものではないことを思い出した。初めて見た時は不用意に叫んだものだが、2回目の悲鳴は危うく呑み込んだ。

 カニグモは触手をコンソールの一部に伸ばし、コンピュータにアクセスしているようだ。奈津美はラグマの紋章を刻まれたときの一度きりしかカニグモを見たことはなかったが、これだけ近くでまじまじと見たのは初めてだった。

 コンピュータガイタンスが作動した。

「システム正常、オールグリーン。ブレズ1、パイロット確認。登録されたパイロットと違います」

 コンピュータのアクセスによる明滅と、カニグモの明滅、そして奈津美の手の甲に印されたラグマの紋章の明滅が、各々シンクロしているようだった。

 どうやらラグマの紋章を通じてパイロットを認識しているようだ。

「登録されたパイロットと違います。セキュリティロックします」

 パイロットが違う。確かに、そうだ。ここに登録されているパイロットは轟・アルベルンのはずだ。

「えー、パイロットが違うと言われても困るわ。私もこの機体のパイロットなのよ」

 操縦レバーを動かそうとしてが、1ミリも動かない。そのバーのグリップ全体が赤く光っていた。

 奈津美が困惑している。

「ちょっと、カニグモ君。なんとかしてよ。私も新米だけど、ブレズ1のパイロットになったのよ」

 そんな奈津美の言葉を理解したかのように、カニグモはピーブーと電子音を発して、その目が更に明滅した。

「紋章を確認しました。乗組員と認める。新規パイロットとして登録しますか?」

 コンピュータガイダンスが、そう訊いてきた。

「します、します。高城奈津美、十八歳。性別、女。生年月日はガイア暦0982年十月八日。血液型O型。天秤座。身長一六八センチ。体重………体重? 体重やスリーサイズは言わなくていいわよねえ?」

 一気にまくし立てた奈津美の言葉をよそに、コンピュータガイダンスは「登録完了」と短く返事をよこした。

「セキュリティシステムに指紋、声紋、瞳孔反応を登録します」

その声と同時に操縦レバーのグリップがグリーンに変わり、レバーが軽やかに動くようになった。

 奈津美は、ホッと吐息をもらした。

「よかった。スリーサイズをきかれなくて」

 ポツリとそう呟いて、奈津美はカニグモに向かって「アリガト」と言った。


 旗艦ゴルダのメインモニターには、冷酷な光を放つ瞳を持った士官と、その横に佇む若い女性が映っていた。

 ガデルは一目見た瞬間、好きになれないタイプだと思った。

「重機動要塞アガレス司令、レイビス・ブラッドです」

 その声は、なんとなく機械的で、事務的でもあった。

「CAS補佐官の望月弥月です」

 続いて、隣の女性が丁寧にお辞儀をした。レイビスが不遜な態度をとるせいか、望月弥月の振る舞いが、余計に印象良く映る。

 ガデルはゆっくりと立ち上がり、敬礼を送った。

「艦隊提督、ガデルです」

「今後、我が重機動要塞アガレスは貴君らの艦隊と合流して、巨艦ラグマ・リザレックの追撃に加わります。早速ですが、まずターゲットであるラグマ・リザレックのデータをいただきたい」

 スクリーンに映る二十前後の若者は、ガデルに対し寸分の隙も見せない。

「了解した。コピーをすぐに転送しよう。しかし、時間がない。悠長なことをしていたら、敵の航跡がトレースできなくなります」

「ン? 敵の艦内に、我がギネル帝国の情報員が潜入していると聞いている。ならば、見失うことはないでしょう」

「現段階で、まだ諜報員とは接触していないし、向こうからのコンタクトもない。それに、潜入した情報員とは極力交信しない方が良い。それだけ、情報員にリスクを負わせることになる」

 ガデルの言葉を聞いて、レイビス・ブラッドはわずかに鼻を鳴らした。

 ガデルは、そんな人を小馬鹿にしたような態度を見て、ますますレイビス・ブラッドが好きになれない、と思った。もちろんそんなことはおくびにもださない。が、あまりに警戒的で高慢なレイビスの物腰には、我がギネル帝国艦隊とチームプレーが組めるのか疑わしい、という思いが頭をもたげた。


 艦内食堂は人々でごった返していて、騒がしいほどだった。

 床に固定されたテーブルが並びスツール式の椅子が、これもまた固定されて並んでいる。それが殆ど満席で、日下達はようやく空いている席を見つけた。

 腰を降ろして、ざっと辺りを見回す。誰しも談笑し、美味そうに食事を楽しんでいた。艦内生活で、食事は数少ない楽しみの一つだ。それがこうして実現している光景を見て、日下は思わず微笑んでしまう。ラグマ・リザレックに乗艦した当初は、カズキ、轟と携帯食しか食べていなかった。それから比べれば雲泥の差だ。そして、この食事がこのうえなく美味しいときている。

「山野のばあちゃん、とれとれの野菜ここ置いとくで。それとミルクもや」

 厨房のカウンター越しに、生活班の宝金豊が相変わらずの関西弁で威勢良く喋っていた。

「あ、ハイハイ」

 おっとりした声で厨房の奥から姿を現したのは、山野アヤという六十歳のまるっこいおばあちゃんだ。ラグマ・リザレックの最年長者。だが、このおばあちゃんはすこぶる元気で、アリエルからこっち、この艦内食堂の和食・中華部門を一手に引き受けている。

「宝金さん、あいかわらずいい大根だねぇ」

「そうでしょう。この船のドームの土はいいですわ。がんばっていい食材提供するさかい、ばあちゃん美味しい料理、乗組員に食べさしたってや」

「わかってますとも」

「ほな、わて、ジェフのとこにも置いてきますわ」

「ジェフも、宝金さんには感謝してましたよ」

「そうでっか」

 そう言って宝金は豪快に笑い声を上げた後、二つに仕切られたもう一つの厨房へと行って「よぉ、ジェフ」と声をかけた。

 カウンターから顔を出したのは、白いコックの山高帽を被った、若者だった。

 彼はジェフ・マッケンジーと言って、フランス料理を主にした洋食のシェフだった。歳は若いが、料理の腕は確かだ。実に端正な容貌で、こっちが羨ましく思うくらいのハンサムボーイだ。コック姿がまるで貴公子然としていて、その姿に熱をあげている女性も数多いと聞く。

 ただ本人はそう言った意識は持っておらず、今は自分の料理への鍛錬に集中していて、その他は目に入らないらしい。

 ラグマ・リザレックに乗艦してジェフは料理長の立場に立ったが、それまでは心酔している師匠のもとで、セカンドとしてアリエルで働いていた。その師匠を、あの戦闘で亡くした。

ジェフは師匠の味にまだまだ及んでいない、と思っている。師匠から合格と言われることを目標にしてきたが、それが叶わなくなった。まだまだ師匠から教わることがあった。だが、教わるとができなくなった。

 この悔恨の思いで、ジェフ・マッケンジーは一歩も動けないほど落ち込んだ。だが、それを厨房に立たせるよう慰め、尻を叩いたのが宝金豊だった。関西弁でがなりたてる、一見とてもがさつに見える宝金が、ジェフには髄分と心を砕いたそうだ。

 今、ジェフは鮮烈に残っている師匠の味の記憶に追いつこうと、必死に厨房に立っている。合格と言ってくれる人はいなくなった。見えない敵と戦っているようなものだが、彼はその目標を糧に腕をふるうのだった。

 ビリー・レックスが、スパゲティを注文した。日下とカズキもそれに倣った。

その注文の声は、ジェフの耳に届いたようだ。ちらりとビリー、日下、カズキを順に目で追った。

 やがて、美味そうなスパゲティを一皿もってジェフがテーブルに歩み寄ってきた。それをビリー・レックスの前に「どうぞ」とおく。フォークもそれに添えて丁寧におく。

 空腹のビリーはほんのりと湯気があがる、スパゲティに「美味そう」と子どものように歓声をあげてがっついた。

 本当に美味しそうに、ビリーはスパゲティを口に運ぶ。それをジェフが目を細めて嬉しそうに見つめていた。だが、日下とカズキの分のスパゲティは来ない。

「あれ、ジェフ、日下副長とカズキの分は?」

 不審に思ってスパゲティを頬張りながら、ビリーが尋ねる。ジェフの嬉しそうな表情が一転して強ばった。

「あなたたちに、僕は料理を作りたくない。あなたたちが来て、戦争が起こって、僕の師匠は亡くなってしまった。あなたたちが来なければ、師匠は死なずにすんだんだ。あなた達が、師匠を殺したんだ」

 そう言い放つと、ジェフはくるりと日下達に背を向けて、ツカツカと厨房に戻っていった。

 一瞬呆気にとられたビリーは、スパゲティを口に含んだまま、「オイ、ジェフ!」と立ち上がって叫んだ。

「いいんだ、ビリー。よせ」

 日下が慌てて、ビリーを押さえにかかった。

「いいんだ。彼の気持ち、わかるよ。ビリーだって、わかるだろう」

 日下が、穏やかな口調でそう言った。

 誰しも愛する人を失えば、その怒りをぶつけたくなる。憎みたくなる。それを誰かに定めなければやってられない場合がある。

 だが、憎むべきは誰なのか、それは正しく見極めなければ憎しみを増やすだけだろう。

 ビリーは、日下達を憎んではいない。仲間だと認めている。

「日下副長、カズキ先任伍長、誤解のないように言っておく。俺は、君たちを仲間だと思っている。信頼している」

 椅子に座るなり、ビリーはそう言った。

「ありがとう、ビリー。君のように、いつかジェフもわかってくれると思う」

「ああ、きっと、わかってくれるさ」

「ほら、スパゲティ、冷めちまうぞ、ビリー。食え」

「さて、俺たちは別なものを食べるか」

「そうしよう」

 日下とカズキは山野アヤの厨房のカウンターにのっているおにぎりに手をのばした。

「山野さん、これもらいます」

「どうぞ」

 ひとなつっこい山野のおばあちゃんが、優しく笑顔を向けた。その笑顔に日下とカズキは、ほっと胸を撫で下ろした。

 日下はふたつ、カズキは4つのおにぎりを手にして、テーブルについて頬ばった。

「ジャパニーズライスボールか」と、ビリーは珍しそうにおにぎりをパクつく二人を見た。

 その日下とカズキの肩が小刻みに震えていた。

「どうした? 日下、カズキ」

「……美味い」

 一言だけ、日下がポツリと言葉を絞りだした。ただ、それだけ言っておにぎりを食べる。見られまいと顔を伏せているが、どうやら、日下は泣いているようだ。

 日下もカズキも、無理を重ねてきた。肉体的にも精神的にも、無理に無理を重ねて、それに負けまいと必死に耐えてきた。今もジェフに痛烈な言葉の仕打ちを受けた。いつかはわかってくれると思っていても、実際は辛いことに変わりはない。日下たちは時の流れに任せて、耐えるしかないのだ。

 耐えよう、耐えようとして踏ん張っていた気持ちが、先ほどのビリーの言葉と、このおにぎりの優しい美味しさで不意に緩んでしまったのだ。

 それほど、おにぎりは優しさに包まれていた。

 それほど、山野アヤの笑顔が嬉しかった。

 それほど、ビリーの言葉が嬉しかったのだ。

 日下もカズキも「うまい、うまい」と連発しながら、おにぎりを頬ばった。その顔は、ずっと俯いたままだった。

 ふと、カズキは幼い頃に母親が作ってくれたおにぎりの味を思い返した。

 そして日下は、幼い頃に仲が良かった、小さな女の子のことを思い出した。孤児院で育った日下になにかと優しく接してくれた女の子。二つのお菓子を一つずつ分け合って食べた記憶がある。そうだ、あれは月の虹、月虹を初めて見たときだ。女の子の名前は、新月美月。あれから彼女はどうしているのだろう?


「この辺りから、SWNに入ったと言うのだな」

 そう言いながら、デュビル・ブロウはミスったな、と思う。

「ほんの僅かですが、重力震が探知出来ます。が、航跡をトレースできるほどではありません。あまりに時間が経っています」

「どれぐらい前だ?」

「おそらく、二十時間は経過していると思われます」

 ラグマ・リザレックは、どうやら亜空間ワームホール航行に入ってしまったらしい。

 βμの精神感応ペイントの反応も、亜空間までは追跡できない。追跡できなくなってしまったのだ。

「よし、ショートSWNを行う。そのつど、ラグマ・リザレックの重力紋をチェックしろ」

 デュビルは、無謀と知りつつもそう命令を下した。この宇宙空間で、重力紋の残滓をもとに目標艦の航跡を掴むなど、大海で砂粒を捜す以上の暴挙と言える。

 だが、敢てデュビルはそう命令を下す。限界の限界まで、可能性を追及する。結果は、その後だ。打開の道が拓くか拓かないかは、行動を起こした後で振り返っても遅くはない。

「亜空間カテドラル生成フォーメーション。シュレゲリークォーク、インパクト!」

「シュレゲリークォーク、インパクト! 空間境界面裂破。ワームホール生成しました」

「SWN、フォールイン。有村ななみ空間測定長、ワームホールに突入次第、亜空間ソナー効力最大で重力紋の発見に努めよ」

 デリバン連合王国艦隊は、反物質衝撃炉の作動臨界を得ると同時に、亜空間カテドラルを形成、艦隊全体を包み込んで一気に亜空間に突入した。

 光が渦となって空間をすり抜けてゆく。色彩が無秩序に乱反射してデュビル・ブロウの顔を照らしていた。

 期せずして、有村ななみ空間測定長が喜声を発した。

「デュビル司令。ワームホール内で強力なエネルギーの放出を検出しました。ラグマ・リザレックの重力紋と照合します」

 有村空間測定長の声に、デュビルの胸は喜びに湧いた。

「照合完了。一致します」

「そのエネルギーの放出を辿り、航跡をトレース出来るか?」

「やってみます」

 有村空間測定長は、即答してよこした。自信があるようだ。

「目標座標、出ました。空間座標、K3Z58」

 デュビル・ブロウは、すぐさまその座標へのSWNサーフェスアウトを命じた。

 だが、ふと胸に何とも言えぬ影がおりた。

(これほど、簡単に検出できるエネルギーの放出とは、いったいなんなのだ? それが創生エネルギーのラグマというのか?)

 広大と言う言葉すら色褪せるこの宇宙空間。一度見失った、たかだか一隻の艦が残したエネルギーの放出が、これほど簡単に見つけ出せる。それほど強いエネルギーがラグマだというならば、それこそ創生エネルギーの証明ではないか?

 だが、それは我々が触れていいものなのか? 禁断の領域に知らず知らずに足を踏み入れてゆく不安をデュビルは感じていた。


 シンディ・キッドマンとセシリア・サムウォーカーは艦載機八咫烏隊を率いて、三時間の連続飛行訓練を行った。

 それが終了した後にシンディ・キッドマン八咫烏隊隊長は、にっこりと微笑んで

「一四〇〇(ヒトヨンマルマル)、遊撃戦闘班と三時間の模擬戦闘を行う」

 と言って隊員に向かって投げキッスをすると、つかつかとハンガーに消えていった。

 天使のような甘い声で、地獄の命令を伝達するシンディ隊長だった。

 その命令にどっと疲労感を覚えてその場に座り込む者や、愚痴をこぼす者が現れてその場はざわめいた。

 その姿を見て、副隊長のセシリア・サムウォーカーは情けない男たち、と心の中で呟く。一体、誰のための訓練か、それはまず誰のためでもない自分のためであろう。未熟な腕で撃墜されるのは自分なのだ。そう考えれば、訓練に対してもっと積極的であっていいはずなのに。そういう意識を持つセシリアにしてみれば、目の前の男たちの姿は、情けなく映るのだ。

「模擬戦闘開始後、三十分で撃墜されるような未熟者は連続五時間の特別飛行訓練を行う」

 セシリアが、ぴしゃりと言い放つと、これに対しても不満げな声が上がった。

「副隊長、それは勘弁してくださいよ」

 隊員の一人が辟易しながらそう言った。

「いいわよ、勘弁してあげる。そしてあなたは、戦闘で真っ先に死んでいくのね」

 冷たく言い放つセシリアに誰もが口をつぐんだ。隊員の顔を見渡し、セシリアは長いブロンドの髪を掻き上げると、くるりと背を向けた。


 二時間ほどの休息の後、セシリアらは再びコクピットの中にいた。遊撃戦闘班との模擬戦闘だ。シートのヒヤリと冷えた感覚が彼女を包み込んだ。

 八咫烏。この機体の運動性能の良さにセシリアは感動していた。アリエル基地の愛機デイビット・バーノン。もちろん、あれはあれでとても良い機体だったが、比較するに及んでこの八咫烏の方が自分に馴染むような気がしている。全くのデフォルト状態のくせに、まるで自分のためにカスタマイズされたようにしっくりとくるのだ。

 例えばスティックの加減一つとってもそうなのだ。その重みや渋み、スティックを何ミリ動かせば機体がどれだけ動くのか、と言った感覚が、セシリアのフィーリングにぴたりと合っている。あまりのフィット感覚に、もしかしたらこの機体に乗るのは自分の運命だったのでは、などと大げさに考えてしまう。

 これだけ自分にしっくりと来るのは、もしかしたらこの手の甲に刻まれた「ラグマの紋章」のせいだろうか?

 性能面でも、デイビット・バーノンと比べてこの八咫烏の方が一枚役者が上のようだ。小回りもきくし、パワーもある。そしてなにより、セシリアが気に入った点は、シンプルスマートなその機体のデザインだった。宇宙戦闘機は華麗でありたい、とセシリアは思う。あれこれと理屈はこねる気はない。これは感覚、美意識の問題だ。矢のように流れるこの機体にはある意味一徹な美学が存在している。だから、セシリア・サムウォーカーはゴテゴテとしたラグマ・ブレイザムのメカは好きになれない。

 そんなことに思いを馳せていたが、それも発艦までの話だ。

「発艦!」

 セシリアは操縦に専念すべく雑念を振り払うように、いつもよりことさら大きな声を出した。Gでシートに体を押しつけらける。それも数秒のことだ。眼前に無限にちりばめられた星々の輝きが広がる。

 レーダーサイトの識別コードを確認する。既にブレイザム・メカは指定した訓練宙域にいた。

 左にシンディ隊、右にセシリアの隊が2列縦列の形をとって飛行する。

「こちら、八咫烏隊。遊撃戦闘班、どうぞ」

 シンディの艶やかな声が通信機から流れた。その声を聞くだけで、並みの男なら骨抜きになってしまいそうな、なんともしっとりとした声だ。

「こちら、遊撃戦闘班、ビリー・レックス」

 シンディとセシリアのコクピットのモニターに、ヘルメットを被ったビリー・レックスが映った。

「模擬戦闘訓練は三十分後に行おうと思いますが、いかがですか?」

「三十分後?」

 訝し気にシンディが繰り返した。間があり過ぎる。

「何故ですか? すぐに始めてかまいませんが」

「八咫烏隊は二時間前に三時間の連続飛行訓練を行っています。疲労が影響しないかと…」

 言ってしまってから、ビリーはしまったと思った。

「あんなこと言ってるわよ、セシリア。どうする?」

 シンディがセシリアに話を振った。セシリアはシンディの問いには応えず、おもむろに通信回線を開くと、

「ご心配無用。我々が訓練宙域に突入と同時に模擬戦闘を開始します。ビリー、余計な気遣いありがとう。お礼に一〇分で撃墜してあげる」

 セシリアの返答にクスクス笑いながら、シンディが言った。

「ビリー、敵は私達の疲労の具合など考えてくれないわ。セシリア副隊長の言う通りに実行します。通信終わり」

 それを聞いて、ビリーは肩をすくめた。

(変わってねェな、セシリアは)可愛くない女だ、とビリーは思う。(あの気性、少しは女らしくなれってんだ)

 だが、あの気性で女らしくなったのがシンディ隊長だと思いあたって、ビリーはかぶりをふった。

「日下副長、奈津美、大門、キース、八咫烏隊、来るぞ。演習だなんて思っていたらこっぴどくやられるからな。シンディ隊長もセシリア副隊長も超マジで、こういうことには一切手をぬかない。実戦より始末が悪いぞ」

 ビリーは、自分の素直な気持ちを率直に告げた。

 セシリア・サムウォーカーは自分の機の後方に部下がついてきているのを確認すると、ヘルメットの通信回線をオープンにして、

「我が隊は敵の左翼より攻撃をかける。散開!」

 操縦スティックを、胸元へ引き込んだ。機体にパワーが充足し、第二段階の加速に入った。

 ブレイザムメカは縦一列に並んでいる。ヘルメットのバイザーにターゲットスコープが表示される。レティクルが現れ、標的にロックオンを定めようとしている。

 訓練宙域に入った。

「全機、攻撃開始!」

 セシリアとシンディの声がものの見事にダブった。八咫烏隊は、その号令とともに猛然とブレイザムメカに襲いかかった。

(標的がでかいから狙いやすい)

 そう思い、セシリア・サムウォーカーはブレズ1に照準を合わせ込んでいく。

トリガーボタンを押す。機銃掃射を二連射行う。

 が、それは体よくかわされた。

 模擬戦闘はレーザーライトによる模擬弾で行われている。それが命中したかどうかはコンピュータがチェックを行い、コクピットにディスプレイされる。

「かわした? 図体の割に機動性があるのね」

 回避運動をとりつつ、セシリアは独りごちた。旋回すると、ブレイザムメカは散開して各個撃破の体勢に入っている。その射撃は驚くほど正確だった。セシリアの隊で1機、シンディの隊で2機があっという間に撃墜された。

「撃墜された者、さっさと空域から離脱‼」

 通信回線に怒鳴りつけるとと同時に、セシリアは自分の血の温度が一度ずつ上がっていくような感覚をおぼえた。彼女は操縦桿を操ってブレイザムメカの側面に突進し、ミサイルを発射する。一つ目はかわされたが、2つ目はブレズ1の後尾に命中した。

 だが、コンピュータの判断は直撃とは判定されず、敵に与えた損傷率は軽微。飛行、戦闘に影響なしという結果だ。

「直撃じゃなければ、沈まない?」

 セシリアの血が、また1度温度が上がる。

ジグザクに飛行しつつ、セシリアは反転急降下、ブレズ2の機体の底に潜り込んだ。スピードを減じることなく、セシリアはブレズ2の機体の腹をキャノピー越しに見据えている。

「もらった!」

 渾身の気合を込めて、ミサイルを放った。機腹というのは、監視レーダーの視野にも死角が生じやすいところだ。

 だが、それをブレズ2は機体をひねってかわしたのだ。

「やる! なに?」

 次の瞬間、セシリアの機体が逆にロックオンされた。ブレズ2の攻撃に気をとられている隙に、ブレズ3がセシリア機に照準を合わせてきたのだ。素晴らしいコンビネーションだと言える。

 ロックオンされた攻撃をかわすために、セシリアは機体のスピードをフルに押し上げた。


 レイビス・ブラッドは手元のファイルの文字を丹念に追いかけていた。時折、デスクのコーヒーカップに手を伸ばし、口元に運ぶ。

「この報告がラグマ・リザレックの全性能という訳ではないな」

 言うとレイビス・ブラッドはパタンとファイルを閉じた。

 その報告書は、ガデル少将麾下の艦隊が遭遇してきたラグマ・リザレックとの戦闘の記録と性能データが書かれた報告書だ。当然ながら、まとめたのは艦隊司令のガデルだ。かなり細かなところまで行き届いた文章が綴られており、ガデルの几帳面さがうかがい知れる。

 しかし、レイビスにとって、それは満足なものではなかった。

艦長室からブリッジに降りると同時に、通信長にガデルを呼び出すように命じた。

 やがて、正面のメインパネルにガデルの姿が映った。左頬から首に向けてのびる傷痕が生々しい。

「ガデル提督。我が重機動要塞アガレスは敵状視察もかねて、ラグマ・リザレックと接触してみようと思う」

「敵状視察?」

「これによると」と、レイビスはラグマ・リザレックの戦闘報告書のファイルを持ち上げた。「まだまだラグマ・リザレックには未知なる部分がたくさんあると思われる。それを一つでも引き出しておきたい」

 相変わらず事務的な口調が、ガデルの癇に触った。そのもの言いは、お前達が相手では敵の戦力がわからんと言っているようなものだ。

「アガレスだけで出撃を?」

「そのつもりだ。まずはアガレスで敵の感触を掴んでおきたい。貴君らは、このポイントで待機。手出しは無用だが、万が一には援護を要請する。なに、無理はしないつもりだ」

 敵の未知の戦力を引っ張り出す、と言っておきながら無理はしないと言う。それは、アガレスの戦力に絶大な自信を持っているからなのか、またはただの大風呂敷なのかは、ガデルには判断がつかなかった。いずれにしても、ガデルの神経を逆撫でする男だ。だがそれを言ってみても始まらない。

 ガデルはディスプレイに表示された待機ポイントを確認すると、黙って頷いた。

「その顔の傷はどうしたのですか?」

 おもむろにレイビスが訊ねてよこした。全く無遠慮な訊き方だった。これには、さすがのガデルも怒りを憶え、無言のままに通信を切った。

 しかしレイビスはそういったガデルの行動にも一切構わず、すぐに補佐官の望月弥月に視線を転じた。彼女はなにも言わず、黙って頷く。レイビスのことを信じきって、信頼を寄せてくれている。その態度が、とても心地よかった。

「アガレス、発進」

 重機動要塞アガレスは、反次元エンジンの臨界を得ると同時に、放たれた矢のように瞬く間に加速して、その宙域から姿を消した。

 そして、そのブリッジのレーダーオペレータは、あっという間にラグマ・リザレックをそのレーダーレンジの中に補足したことを、レイビスに告げた。


「山村艦長! レーダーに感あり」

 自席のレーダーを見ていたジュリアが、山村を振り仰いだ。

「何か?」

「高速飛行物体捕捉。高速、いや超高速飛行物体です。我が艦に向かって接近中」

「メインモニターに投影しろ」

 山村とともに、そこにいた日下、大倉航海長、アイザック戦務長も皆一様に、視線を注いだ。モニターに白色の光芒を曳く物体が、一瞬彼らの目に映った。まさしく一瞬だった。最大望遠のレーダーが捉えた映像だ。そのスピードに、カメラが捕捉仕切れていないのだ。

 加賀室長が、コンソールを操作して今の映像の解析を行った。ジャギーの出たぼんやりとした画面が、モニターに映し出される。なにやら巨大な円盤型の宇宙戦艦が、白い光に包まれた状態で突進してくる。

「正体不明です」

 加賀室長が短くそう言った。

 山村艦長は尋常ならざるを察して、アイザック戦務長に向かい、命令を下した。

「アイザック戦務長、総員戦闘配備! 臨戦態勢に入れ」

「了解」

 アイザック戦務長は、自分の席に駆け寄って通信機に向かって怒鳴りつけた。

「総員戦闘配備! 砲術班、二十秒で砲撃態勢を整えろ!」

 その命令と同時にアイザック戦務長は、インカムを装着しながらシートごと床下に潜ってゆく。戦闘艦橋へと移動するのだ。

「超高速飛行物体、急速接近。距離つまります。5万、4万」

 加賀室長のカウントが続く。

「対艦戦闘用意」

 山村艦長の声が、全艦内に響き渡る。

「全砲門、砲撃スタンバイ。各部魚雷装填」

 山村の声を引き継いで、アイザック戦務長から更に細かな指示が出る。山村艦長の指示は直接的に、インカムを装着したアイザック戦務長に伝達される。その後の細かな戦術判断指示はアイザック戦務長に委ねられるのだ。

 ズン!

 一つの光条が司令艦橋を揺さぶった。続いてもう一つの光条が、ラグマ・リザレックの左舷を掠める。

「左からか!」

 大倉航海長がコンソールの舵を巧みに操る。それにあわせてラグマ・リザレックは、その巨体を右に傾ける。

「大倉航海長、航行艦橋で指揮をとれ」

「了解」

 大倉航海長は即答すると、インカムをつけてシートごと床下に消えていく。

「敵艦より第二波の攻撃がきます」

「砲撃開始、目標、未確認艦」

 艦長席の斜め前方にホログラムのアイザック戦務長が投影された。続いて、大倉航海長も航行艦橋に到着したようだ。ホログラム映像が投影される。

 山村艦長の命令の従い、戦闘艦橋からアイザック戦務長の復唱が続いた。

 ラグマ・リザレックの全身から火線が、赤い光を放ちながら伸びてゆく。

 が、次の瞬間、司令艦橋の面々は慄然とした。命中を狙って放った全てのビームをかいくぐり、敵の戦闘艦はラグマ・リザレックへと更に突進してくるのだ。

「山村艦長、識別確認! ギネル帝国です」

「ギネル帝国? では、あれはまさか」

「山村艦長、重機動要塞です」

 加賀室長が、冷静な声でそう応えた。

「やはりな」

 加賀の声に、密かに山村は歯噛みする。山村も、噂だけは知っていた。ギネル帝国が決戦兵器として開発した機動要塞。ザゴンと名付けられたそれは、デリバン連合王国との決戦時に初めて実戦投入されたが、その機動要塞より更にヘビー級の兵器の開発が進んでいる、という噂だ。

 だが、それが自分たちの目の前で、しかも敵として立ちはだかる。そんなことは夢にも思っていなかった。

「日下副長、遊撃戦闘班出撃準備。レイド・パンツァー・アーマー、発進スタンバイ」

「了解」

 日下もまたインカムを装着して、ラグマ・ブレイザムの格納庫へと移動を開始した。

 重機動要塞はラグマ・リザレックの左舷を通過すると同時に、ビームを叩き込んできた。後方に抜けてゆくと反転して、今度は右舷へと突進してくる。

「6番ブロック、被弾。二十番から二十五番のCIWS、損傷!」

 ラグマ・リザレックのあちこちから、小さな火柱がほとばしった。

(この艦に損傷を与えるとはな)

 山村は、爆光に目を庇いながら思った。それだけ、敵の破壊力が増しているということだ。

「八咫烏、ファイアードレイク、発進スタンバイ」

 アイザック戦務長の必死な声が、司令艦橋に響いた。


 遊撃戦闘班に出撃命令が下った。

 移動するシューターの中で、奈津美は緊張と戦っていた。ヘルメットを持つその指先が少し強ばっている気がする。人指し指が、コツコツとヘルメットを叩いていた。自分のお腹の奥が硬く冷たくなっていく気がする。

(実戦……なのよね)

 奈津美は確認するように、あるいは自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。

 ブレズ1の格納庫に着いた。

 ふと、奈津美はコクピットに乗り込むタラップの側に佇む轟・アルベルンの姿を見た。目立たぬように、まるで身を潜めるように小さくなっている。

「轟クン!」

 奈津美は呼びかけた。それに驚いたのか、轟の後ろ姿がぎくりと跳ね上がった。

「なにしてるの? アナウンス聞かなかったの? 出撃よ」

 奈津美が叱りつけるように言うと、轟が振り返った。何かを言いたげで、その口元が僅かに動いている。

「行くわよ。頼りにしてるんだから」

 先に立ってタラップを、奈津美は駆け上がろうとする。

「誰が…誰が、戦場になんか行くもんか!」

 奈津美の背中に向かって、轟がそう叫んだ。言うなり、彼は踵を返して通路を走って行った。

 一瞬なにが起きたのかわからず、奈津美はその場に立ち尽くした。

「ちょ、ちょっと、轟くん!」 

 慌てて叫んだが、既に轟の姿は消えていなかった。

「ちょっと、困るわよ。私だって、実戦初めてで、心細いのに」

 タラップを降りかけたとき、再びアナウンスが流れた。

「遊撃戦闘班、RPA、発進用意」

 催促のアナウンスに、やむなく奈津美はコクピットに乗り込んだ。

 コクピットに入るなり、モニターに日下の顔が映った。

「遅いぞ、奈津美」

「すみません」

 奈津美はシートに座り、メインスイッチを入れる。

「轟は?」

 正面メインモニターの下に、小さな連絡用のモニターがある。これが、各機のパイロットとの通信モニターだ。一番右端に日下の顔が、続いてカズキの顔が映っている。

「轟はどうした?」

 すかさずカズキが尋ねてきた。

「すいません。搭乗直前で、出撃を嫌がって姿を消しました」

「なんだと! あの野郎」

 しかし、そんな会話も「RPA、発進」というアイザック戦務長の声に中断させられた。

「奈津美、今から轟を連れ戻すわけにはいかない。現状のメンバーで発進する。いいな」

「了解」

「よし、遊撃戦闘班、RPA発進」

 まず、ブレズ2の日下とキース・バートンが発進した。続いてブレズ3のカズキ、ビリーのコンビだ。そして最後尾にブレズ1が宇宙へと飛翔した。

 既に戦闘宙域では、数個の閃光が花開いていた。シンディ・キッドマンとセシリア・サムウォーカー率いる艦載機戦闘班が、敵から発進したボビット・バーノンの編隊と接触をしたためだ。

 三機のブレイザムメカはその光条と光球の散在する中へと猪突する。


「新手か?」

 レイビス・ブラッドはレーダーオペレータの報告を聞いた。

「報告にあったRPAだな。左に転針。ボビット・バーノン編隊に新手が行くと通達。足止めさせろ。我が重機動要塞は、ラグマ・リザレックに集中する」

 相変わらずのスピードで、アガレスは宇宙を駆ける。

「水平射撃、二連」

 アガレスの射撃は正確で、主砲のビームがラグマ・リザレックに突き刺さる。その疾風のようなアガレスの後方に巨艦ラグマ・リザレックが放った応戦のビームが、虚空を通過する。

 次々に命中するアガレスのビームに対して、余裕さえ感じてかわせる巨艦のビーム。レイビスは、アガレスの性能を十二分に引き出していた。


「三機目ーッ!」

 狭いコクピットの中で、セシリアは絶叫していた。八咫烏が疾風のように飛翔する。

レーザーバルカンで四散する敵ボビット・バーノン。その砕け散った破片が舞って、後方に流れ、取り残されてゆく。再び右前方から敵機が飛び込んでくる。八咫烏は、流麗に旋回すると、火線を叩き込む。

「四機目ーッ」

 小さな爆光が湧き上がった。

 緊張の連続は彼女の全身から、汗を噴き出させる。

「全機反転、上方から攻撃」

 セシリアは言うなり、行動を起こしていた。セシリアの隊は一転して零時方向へと上昇、そこから更に反転してボビットの編隊に向けて急降下を演じる。キャノピーごしに視認できる宙域はドッグファイトが熾烈を極めていた。その中で、敵も味方も閃光に変わっていた。

「全機、突っ込むよ。死にたくなかったら、しっかりついてきな」

 セシリアは、針のような鋭い声を放った。


(模擬戦闘と全然違う)

 奈津美は戦場に入ると同時に、そう思った。空間一帯に漂う、気が違っていた。

空間に満ちるのは、全てが殺気、全てが殺意なのだ。

 ピー‼

 後方監視レーダーが、警告を発した。

「後ろっ?」

 奈津美は、それこそ弾かれたように操縦レバーを引き、アクセルペダルを一杯に踏み込んだ。ブレズ1は、即座にそして素直に反応し、上空へと駆け上がった。機を立て直すと、反転して敵機に向けて火線を投げ込む。が、敵も必死なだけあって、簡単には堕ちてくれない。

「照準があまいの? アッ!」

 衝撃がきた。右翼に機銃の直撃をうけ、ブレズ1は一瞬よろけた。

「こォのぉ」

 奈津美はその機へ、ミサイルを二射、三射と連射するが全て外れた。

「奈津美!」

 モニターに日下の緊張した顔が映った。

「もっと落ち着け。残弾確認、怠るなよ」

「ハイ、すいません」

 奈津美は、日下の声を聞くので精一杯で、モニター画像を見る暇もない。本当は、その顔を見たかったのに。

 日下達が乗るブレズ2と、カズキたちが乗るブレズ3は破竹の進撃をしていた。

(すごい。あの2機)

 ブレズ2とブレズ3の状況を目の隅に捉えて、奈津美は感嘆した。


「ボビット隊、押されています」

 報告に対して、レイビスはモニターを切り替えて見た。言われる通り、ボビット・バーノンの編隊は、敵の艦載機とRPAメカに対し、あきらかに劣勢だった。

 ボビット・バーノンのパイロットはいずれも精鋭だ。思惑では、十二分に敵を牽制できるとレイビスは踏んでいた。しかし、結果は違った。

(過小評価していたか)

 レイビスは、気持ちのスイッチを切り替えた。

「作戦を変更する。RPAで出る。重機動要塞は、このままラグマ・リザレックへの攻撃を続行せよ。望月補佐官、こちらの指揮を頼む」

 レイビス・ブラッドはマントを翻して席を立ち、望月弥月に告げた。これを受けて彼女は、「了解」と返し、交替すべく艦長席に歩み寄ってきた。

「ご武運をお祈りしています」

 すれ違う時に、望月弥月と目が合った。その瞳が少し潤んでいるように見えた。

 レイビスが移動用のエレベータの中に消えた後、望月弥月が艦長席に座った。

「RPAアガレス発進準備。面舵一〇、左弦対艦ミサイル発射用意」

「左弦対艦ミサイル、発射用意完了」

「ッてーッ!」

 アガレスの発進コースをクリアにすべく舵をとり、対艦ミサイルで牽制を行う。望月補佐官の的確なRPAへのフォローだった。

 レイビスは、RPAアガレスのコクピットへと移動した。

 遊撃機動機甲兵器アガレスのコクピットは、あまり広いとは言えなかった。レイビスはそのメインパイロット席について、メインスイッチを入れた。かすかな振動と同時に、RPAアガレスが起動する。コ・パイロット席に二人の乗組員が座って発進準備が整った。

「ロック解除。RPAアガレス、発進」

 レイビスが冷静な口調で指令を下す。重機動要塞の艦首にあたるハッチが開き、レイド・パンツァー・アーマーアガレスが一気に加速して宇宙空間に飛び出した。

 ヘルメットを被り、戦闘宙域に視線を向ける。

 レイビスの瞳に、獰猛な輝きがあった。その先には、日下達のメカがあった。


「敵が分離しただと?」

 山村は艦長席のレーダーパネルを見て呟いた。すぐさま連想されるのは、RPAのことだ。

「ロイ通信長、遊撃戦闘班に通達! 新手が行くとな」

 重機動要塞からの攻撃は、一向に緩むことがない。ラグマ・リザレックの司令艦橋に爆発の光が襲いかかる。

「左舷に弾幕を展開!」

 山村は怒鳴った。

「アイザック戦務長、ファイアードレイク隊の位置は?」

「ラグマ・リザレック上空で、防衛態勢に入っています」

 鮮明な声が司令艦橋を突き抜ける。

「ラグマ・リザレック甲板に着艦して、対空戦をあおがせろ! 大倉航海長、取り舵一杯、全速前進だ。このまま、ドッグファイトフィールドへ突っ込む。八咫烏隊の援護だ」

 ラグマ・リザレックは、爆煙を衣のように纏い、宙域を進んだ。


「新手だと?」

 ロイ通信長からの連絡を受けて、日下が反問した。それと全く同時と言って良かった。RPAアガレスがブレズ2めがけて突っ込んできた。それは過去に戦ったRPAブエルのような三本足ではなく、水平型で、その形状はザリガニに似ていた。両の手はハサミのような形をしていた。

「カズキさん、奈津美、散開! RPAが来るぞ」

 アガレスは両のハサミ型の手からミサイルを連射しながら突進してくる。

「ドッキングする。フォーメーションをとれ!」

 日下の叫びを、カズキも奈津美も聞いた。三機のブレイザムメカはドッキング態勢に入る。

 メインパイロット達の手の甲に刻まれたラグマの紋章が淡く光を放つ。それに呼応するようにして、コクピットの天井にあるラグマのマークが反応する。

「いけるぞ」

 日下は悦に入った。ブレイザム各機はそれぞれに変形を開始して、次々にドッキングしてゆく。ブレズ1が頭部と胸部に、これにブレズ2が胴体部、ブレズ3が脚部へと変形を遂げ、ドッキングを終えるとそこに一体の人型のRPAラグマ・ブレイザムが出現する。

 ラグマ・ブレイザムが、宙空にその身を起こす。訓練を経て、しかも優秀なメンバーが増えている。地球で起動した時より、慣れた分扱いやすくなった。それは自信となって、パイロット達の士気を高めていった。

「行けーっ!」

 日下の叫びに奈津美が反応し、各所のバーニアが火を噴き、ラグマ・ブレイザムの双眼が輝きを発した。

 アガレスが突進してくる。

「来るっ」

 奈津美が怯えながらも、敵からの回避運動をとった。側面に移動しながら、奈津美は「ミサイル」と叫んだ。

 ラグマ・ブレイザムの随所から小型ミサイルが発射され、それがアガレスへと襲いかかる。が、アガレスは最新鋭の遊撃機甲兵器だ。簡単には当たってくれない。機体を浮かせて、ミサイルをやり過ごす。ホーミングされたミサイルがアガレスを追撃するも、それを対ミサイルで破壊してゆく。

 その様を見て、日下は敵のパイロットをさすがだな、と思う。

「パワー係数は安定している。出力、上げられるぞ!」

 エンジンコントロールのパネルを確認して、カズキが怒鳴った。

「ハイパークラフター、オン」

 ビリー・レックスがコ・パイ席のレバーを引き下ろすと、凄じい加速が彼らをシートに押しつけた。

 人間で言えばくるぶしに当たる箇所に、大口径のバーニアノズルが存在する。それは通常のバーニアとは比較にならないほどの出力が可能で、ハイパークラフターと別の名がついてた。

「行きます!」

 奈津美はモニターに映る敵を凝視したまま、操縦レバーを手前に引き込んだ。

 ラグマ・ブレイザムが、アガレスを追うように突進を始めた。その動きに応じてボビット・バーノンの編隊の一撃離脱による波状攻撃が開始された。

 ラグマ・ブレイザムの腕が迫り来るボビットの編隊に向かって振り回された。

ボビットのパイロットには、それは突然出現した壁のように見えたであろう。たちまち数機を叩き墜とし、その爆光の中にラグマ・ブレイザムの巨体が浮かび上がった。禍々しくも神々しく見えるその姿。その顔が右を振り仰いだ。

 そこへ反転したアガレスが、再びミサイルを撃って迫ってきた。的確な射撃だ。ラグマ・ブレイザムが回避運動をしたその先に飛び込んできたミサイルが、腹部に直撃した。

 日下のコクピットに衝撃が走った。が、ラグマ・ブレイザムはよろけもしない。

「直撃か?」

 即座にコンソールを睨んで損傷をチェックする。が、全く問題はない。

「タフなメカだ」

 一人ごちた日下に、奈津美からの叫びが聞こえた。

「日下さん、二〇ブロック、ミサイル!」

キースの判断に、日下は頼もしいと感じた。

「了解」

 奈津美の緊迫した声に、ブレズ2のコ・パイロット席に座るキース・バートンが、反射的にそれを行う。低音の落ち着いたキースの声が、熱くなってゆく心に冷静さの歯止めをかける。キースのミサイル管制は、的確だった。

 しかし、それをアガレスがかわす。

「ええーい、素早い」

日下は、誰にともなく怒鳴りつけた。

「副長、右舷にも弾幕を張る」

「頼む」

 キースの判断に、日下は頼もしいと感じた。


「ブエルが陥とせなかったはずだ」

 アガレスと互角となれば、かなりの機動力だ。

「カッターアタックをかける。接近戦だ」

 レイビスは二人のコ・パイロットに告げた。

「右舷より編隊接近」

「ミサイルで牽制しろ。敵機をよせつけるな」

 こんな状況でも、レイビスの口調は冷淡だった。

 突撃する八咫烏隊に向かってミサイルの射撃が3射続いた。それと同時に、アガレスはラグマ・ブレイザムから襲い来るミサイルとビームを、ものの見事にかいくぐり、その懐に飛び込んだ。

 ハサミ型のマニュピレーターが妖しく動いた。

 アガレスのメインモニターに、ラグマ・ブレイザムが、そのディティールまで見えるほどに接近した。

「とった!」

 ガキッとアガレスのハサミ型マニュピレーターがラグマ・ブレイザムの両腕を捕らえて動きを止めることに成功したとき、レイビスは勝った、と思った。

「ミサイル、ビーム、叩き込め!」

 まさしく、その命令を下した瞬間だった。

レイビスの頭の中に痛烈な痛みが走った。何かがぶつかった訳でもない、単なる頭痛でもない。それは初めて体験する痛みだった。脳内組織の中を一瞬何かが突き抜けてゆくような感覚だ。頭の中に、何かが急加速で迫ってくる。何かが頭の中に映像化されそうだった。だが、それはプッツリと痛みとともに一瞬で消えた。が、レイビスにとっては呆然となるような出来事だった。

(なんだ?)

 誰かに問うように心の中で呟いた。

 モニターは爆煙とその光で、一瞬白く焼き付けを起した。ミサイルの一斉射撃のためだ。

(やったか?)

 そう思ったとき、アガレスは下から蹴り上げられた。コクピット全体が上下に揺れる。

 ラグマ・ブレイザムが、アガレスを蹴飛ばしたのだ。

「おわーっ!」

 たまらぬ衝撃に、パイロット全員が叫び声を上げた。

「離脱!」

 レイビスの声に、アガレスはハサミ型のマニュピレーターを離して、上方へと舞い上がった。

 改めてモニターを凝視する。爆光で焼き付けを起こしたモニターもフィルターが働いて正常に戻っている。まだ爆発が続いている中、ラグマ・ブレイザムがアガレスを追って上昇を開始していた。

「敵RPA、ダメージありません」

 コ・パイロットの報告に、レイビス・ブラットは少なからず驚愕を覚えた。


 奈津美はアクセルペダルを踏み込んだ。それに反応してラグマ・ブレイザムは上昇を開始する。

「このーっ!」

 奈津美はレバーを操ってアガレスへパンチを送り込んだ。だが、それをアガレスは平行移動してかわしてしまう。その位置にミサイルを発射するが、アガレスはそれさえもかわし、次には別の宙域に移動している。

「なんて速さなの!」

 思わず口から言葉が漏れた。

 その時、背後から光条が迸った。

 奈津美はレバーを手繰り、回頭を試みた。針のような鋭利なビームの光跡がラグマ・ブレイザムを掠めて過ぎていった。

「大門さん、パワーあげて!」

「了解」

 ハイパークラフターが更に出力をあげた。

 奈津美がモニターを望遠に切り替えると、そこに重機動要塞が砲撃しつつラグマ・ブレイザムへと接近していた。

「ラグマ・ブレイザム! こちら、ラグマ・リザレック」

 日下のインカムにロイ通信長の声が入った。すぐにそれは山村の声に切り替わった。同時に通信モニターに山村艦長の姿が映った。

「重機動要塞の動きを止めろ。ラグマ・ブレイザム、本艦と挟撃態勢に入れ」

 山村艦長の落ち着いた態度は、RPAアガレスに手を焼き、気持ちの中に焦りが生まれていた日下に冷静さを与えた。

 日下はインカムを切り替えて、奈津美とカズキに指令を下す。

「奈津美、カズキさん。敵RPAから目標を重機動要塞に変更する。ラグマ・リザレックと挟み撃ちをする」

「了解」

「カズキさん、出力ダウン」

「来るぞ」

「各部ミサイル、テェーッ!」

 各メカのコクピットに絶叫が轟き渡った。


「八咫烏隊は敵重機動要塞の両舷に展開。砲撃と同時に攻撃を開始、敵の動きを牽制しろ」

 アイザック戦務長からの伝令だ。

「了解」

 シンディとセシリアは交戦していたボビットの編隊から、急速反転して部下を率いて重機動要塞の牽制攻撃を開始した。

「1番から5番主砲発射用意。目標、敵重機動要塞」

「了解。1番から5番主砲射撃用意。目標、敵重機動要塞」

 アイザックの復唱がなされる。

「距離、前方二〇コスモマイル。方位修正、左右角左コンマ3度。仰角プラス0.2」

 ラミウス砲雷長は、砲塔管制に余念がない。

「敵の機動力は相当なものだ。ラミウス砲雷長、よく狙え」

「ターゲットロック」

「発射!」

「発射!」

 ラグマ・リザレックの大型主砲が艦内を揺さぶって発射された。赤い光弾が宇宙を彩る。

 重機動要塞は、その機動性にものをいわせて回避運動を行ったが、一つのビームがその一部を貫いた。

「今だ」

 日下が怒鳴った。その声に奈津美がいち早く反応して、ラグマ・ブレイザムが重機動要塞のブリッジめがけて猪突する。

「もらったァ‼」

 普段の奈津美からは想像できないほど大きな声が、彼女の口から迸った。

 重機動要塞のメインブリッジがすぐ目の前にあった。接近するに従い、そのディテールまでもが視認できるようになった。

 そのブリッジでは望月弥月が、迫り来るラグマ・ブレイザムを凝視していた。

 その瞬間だった。

 日下の脳裏と望月弥月の脳裏に、なんの前触れもなく互いの顔が不意に飛び込んできた。実際に目が合った訳ではない。だが、絡むはずのない視線が絡んだ。

(……弥月…)

(…炎…)

 互いの名前が一瞬で認識できた。日下も望月もβμではない。テレパシーは使えない。なのに、何故互いのことが飛び込んでくるのか、まるでわからない。日下と望月弥月が、ともに瞬時に起きた現象に愕然とした。


 ラグマ・ブレイザムが、アガレスのブリッジに向けてまさに攻撃せんとした時に、その正面に忽然とRPAアガレスが姿を現した。

 日下炎と望月弥月の間に、レイビスが割り込んだのだ。

 そのアガレスのカッターアタックにラグマ・ブレイザムの巨体が左に流れた。そのハサミにはビームが放射されていて、ラグマ・リザレックの左腕を焼きながら食い込んだ。先刻のアタックより威力が数倍増している。

「こいつ!」

 流されながらも奈津美はターゲットをアガレスにつけて、ビームを発射した。いくつかは命中したはずだ。しかしアガレスはそんな損傷なぞ全く意に介さず、ラグマ・ブレイザムから離脱した。重機動要塞とともに、ラグマ・ブレイザムと距離をとるとドッキングし、彗星のように宇宙空間の彼方に消えていった。

「逃げられた……」

 奈津美がポツリと呟いた。

 ラグマ・ブレイザムはドッキングアウトして、ラグマ・リザレックへと帰投していった。



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