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クラッシュトリガー  作者: 御崎悠輔
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第九章 人たち

 ギネル帝国本国のラナス皇帝のもとに、科学技術庁から報告があがった。

 戦場で、ラグマに関わるものを発見したと言うのだ。

 モニターには、科学技術庁長官が緊張した面持ちで映っていた。

「なにを発見したというのですか?」

「こちらをご覧ください」

 画面が切り替わって映し出されたのは、円筒型のガラスケースだった。ゴボゴボと音をたてて泡立つ培養液が満たされ、その中には、一本の人間の腕が浸されていた。肘より少し下の位置で、もぎ取られたような無残な切り口があった。

 気持ちのいいものではない。さすがのラナス皇帝も、ギョッとして身を竦めた。

 ガラスケースの先端からは、いくつものケーブルが伸びてコンピュータや医療機器に接続されている。

「これは、βμ潜入工作員が入手したサンプルです。適切に処置されたおかげで細胞は生きております。見ていただきたいのは、この部分です」

 科学技術庁長官が示したのは、その手の甲にあたる部分だ。そこに、妙な形をした文様が刻まれていた。痣とも違う。

「この手の甲にある紋章のようなものですが、ただの模様ではありません。これは全てナノロボットで構成された集合体で、しかもそのナノロボットが作られている金属は、現存する地球のものと違います」

「地球のものと違う?」

「はっ、純度、密度、硬度ともに該当しません。そのうえ、伝導率が高い。で、このナノロボットには記録されている情報がありました。ほんの一瞬ですが、映像化できましたのでお見せします」

 ラナスは、そこに出た映像を見て、はっとした。あの巨艦が映ったのだ。

「このナノロボットは、あのラグマナイトかも知れません。電気信号の伝導率が高いということは、これは人間の体内や脳組織からのインパルスに同調し、その情報を汲み取ることもできれば、逆にこのナノロボットから情報を発信することもできるということになります」

「いずれにしても、このナノロボットはラグマの情報を持っている可能性が高い、ということですね」

 長官が、はいと頷いた。

「わかりました。引き続き、分析を続けてください。ところで、その腕の持ち主はどうしたのです?」

「現場には、この腕しか残っていなかったようです。生きているのか、死んでいるのかはわかりません」

「その腕の持ち主は、あの巨艦の乗組員のものと考えられますね」

 ラグマのエンブレムと同様に、その腕にも利用価値がありそうだとラナスは考えた。

 培養液に浸された腕。それは轟・アルベルンの右腕だった。後に可笑しいくらいに哀しい道化芝居をひきおこすことになる。

 科学技術庁長官との報告の後、続けざまにもうひとつの報告が入った。

 アリエル基地での戦闘で、ニーゲル司令が巨艦の追討に失敗し、戦死したとの報告だった。わざわざGコード回線を使って、攻撃許可をとっておきながらこの体たらくだ。落胆するのも馬鹿馬鹿しく思える。

 あまり認めたくないが、やはり戦局において期待できるのはガデル少将だ、とラナスは改めて思う。だが、ここしばらくは戦果らしい戦果はあがっていない。テコ入れをして、早々に結果を出す必要がある。悠長なことは言ってられない。

「重機動要塞アガレスの方はどうか?」

 ラナスは、ヤン博士に通信をつないで尋ねた。

「は、明日ロールアウトします。すぐに出撃準備に入ります」

 ラナスは、更に通信を切り替える。直轄のCA機関の堤長官だ。

「重機動要塞のパイロット、レイビス・ブラッドの状態は?」

「問題ありません。いつでも出撃できます」

「サポートにあたるCASはどうか?」

「は、こちらも万全です。望月弥月CASが、3日前からサポートにつきました」

「弥月シリーズか?」

「ハイ、サポートアプリケーション慈愛を使った弥月シリーズが、最もCAをサポートできます。信頼できます」

「よろしい、出撃準備が出来しだい、ただちに発進させない」

 ラナスはそこで通信をきった。重機動要塞とガデルを組み合わせれば、きっと戦果はあがるに違いない。そう、確信していた。

 

 戦闘が終了したアリエル基地だったが、その後の戦災者の救出、救護者の手当てに忙殺された。

 ここで、活躍したのはラグマ・リザレックのリー・チェン医師だ。

 アリエル基地の傍らに緊急着陸し、兵士、民間人を問わず運び込まれる患者に対して、次々と医術を施していく。このときは、アリエル基地からの医療チームも、ラグマ・リザレック内でリー医師の指示に従い、治療に当たっていた。まさに医療に国境はないとの体現だった。

 もう一人、頑張った者がいた。轟・アルベルンだ。アリエル基地司令の山村の計らいで、もらった治療薬が効いて、すっかり元気になった。リー先生が手術してくれた、義手の具合もいいようだ。痛みもない。症状が安定した轟の隣に、もっと重症な負傷者が次々と運びこまれるのだ。ベッドを占領している場合ではなかった。

 着替えて手持ち無沙汰にしている轟を見つけた日下は、ラグマ・ブレイザムを使った救助者の捜索と瓦礫撤去作業に誘いだした。轟は、これに黙々と没頭して作業に当たった。サイボーグ義手のリハビリにもなったようだ。

 戦闘でなければ轟のメンタルも安定していて、ラグマ・ブレイザムの操縦も見事なものだった。気付けば、轟の左手の甲にラグマの紋章が刻まれていた。

 

 救助活動が一段落した頃に、山村、加賀、日下、カズキがアリエル基地内で膝を交えた。メインメタンガスプラントがなくなったせいなのか、室温が低く設定されていた。

 少し寒い。目の前に熱いコーヒーが用意されていたのが有難かった。

 疲労感もあり、しばらくはぎこちない沈黙が続いたが、やがて山村が口を開いた。

「負傷者の手当てに尽力してもらい、リー先生には本当に感謝したい。先生のおかげで、命を取り留めた者も多いと聞いている。ありがとう」

 山村は、そこで頭をさげた。加賀もそれにならう。

「君達にも救助活動に協力してもらい、感謝している」と言葉をつなげた。

「私達こそ、轟の命を救っていただきました。ありがとうございます」

 日下も山村と加賀に対して、深く頭を下げた。

「轟君は、すっかりいいのかね?」

「はい、瓦礫の撤去作業を行ったRPA、あれに彼が乗っていたんですよ」

「RPAに? 彼はあれが操縦できるのか? 映像を見た限りでは、まだ子供のようだったが」

「確か、十五歳だったと」

「十五? まだ少年なのに。気丈なものだ。そもそもなのだが、君達は一体何者なのだ? 実は、君達に関しての情報が我々には一切伝わっていない。地球は一体どうなっているのだ?」

 山村は、そう言って二人に向かって身を乗り出した。日下とカズキは顔を見合わせ、そして山村と加賀に対して、ことの経緯を包み隠さず話すことにした。

 持参したタブレット端末でラグマ・リザレックの映像記録とあわせながら、日下たちは長い話を終えた。

 それを聴いて、山村も加賀も深い溜息をついた。

「……にわかには、信じがたい話だが、祖先と子孫の関係で戦争が起きれば、歴史が変わってしまうのではないのかね、加賀君」

「まるでSF小説みたいな話です。いわゆるタイムパラドックスという現象が起きてしまうことが予想されるのですが……山村司令、今の話を聴いてちょっと気になるデータを思い出しました」

 加賀が持参していた自前のコンピュータから、ひとつのデータを引っ張り出し、全員が見れるほど大きくディスプレイした。

「ここ一ヵ月間のアリエル基地の死亡人数と行方不明者数です。この日付を境にして、急に増加しています」

 加賀が指した日付は、まさにギネル帝国とデリバン連合王国が0444年にレインボーホールより襲来した日付だった。数は、ほぼ倍の数に急激に増加していた。

「亡くなった人の死因も妙に突然死が多くて、非常に不自然に思ったんです。メディカルスタッフの朝倉ドクターが首を傾げていましたから」

「まさか、それがタイムパラドックスの影響なのか?」

「わかりません。ですが、ちょっと無視できないデータかと」

「でも、おかしいですね。アリエル基地でそれだけの影響があったとしたのなら、地球でもっと不自然な死亡者数が出て問題になるはずですよね。なのに、戦争をやめるどころか、占領に打ってでてくるなんて」

 日下の言葉に、山村はラナス皇帝の顔を思い浮かべた。ラナス皇帝なら、多少の犠牲者があったとしても、やりかねない。

「それでは、君達の航海の目的は?」

「先祖と子孫の戦争を止めることです。そのために、ギアザン帝国を突き止めます」

「ギアザン帝国?」

「この艦のコンピュータに記録されている星間国家です。ことの発端は0522年のギアザン帝国の襲来から始まります。そして私達に艦を託した、轟君の祖父のアルベルン博士、カズキさんのお父上のモルガン博士、私は最高総司令部のスミス総長らが残したメッセージを確認しました。それが、ギアザン帝国へ向かえとのことだったのです」

 ウームと唸りながら、山村は腕組みをした。

「0999年の地球で、ギアザン帝国の記録はないのですか?」

「無い。ギアザン帝国。実は、私も初めて聞く国家なのだ。加賀室長はどうだね?」

「いえ、私もありません。初めて聞きました」

「まさか? 歴史に記録されていないのですか?」

「……推測だが、ガイア暦0666年に「アスラの雷」の名前で、世界規模の核戦争がおきている。このときに、歴史から記録が消失してしまったのかも知れない」

「…………逆、かもしれませんね」と加賀が口を開いた。

「逆?」

「ギアザン帝国が来襲して、地球を脅かした。そこからなにがあったのかはわかりませんが、ギアザン帝国を歴史から隠蔽するするためにアスラの雷を起こした…」

「ギアザン帝国を隠匿するために、地球規模の虐殺を行った。その戦争から地球は放射能に汚染され、今の地球になってしまった。βμが誕生し、ギネルとデリバンの2大国家での、長い長い戦争に突入した。その目的は、汚染されていない自然が残る領土の奪い合いのためだ。その引き金がギアザン帝国……」

 山村は目を瞑って、天井を見上げた。その想像があながち間違いではないように思える。その言葉を聞きながら、日下が言葉を紡ぎ出した。

「突拍子もない、あくまで想像でしかないのですが、もしかしてギアザン帝国は0522年の襲来のあと大量に地球に対して移民した、と考えられないでしょうか。そして「アスラの雷」を起こし、本来の地球人類を虐殺し、そこに入れ替わるように入植して本来の地球人類として摩り替った。惑星単位の人類の入れ替わりです。その時にギアザン帝国の記録も歴史から隠蔽した……0522年を境に、地球にいる人類がそっくり入れ替わっているとするならば、0999年の地球が0444年の地球を攻撃してもタイムパラドックスが起きない。ですが、きっと中に残された純粋な地球人類の子孫がいて、例えばここアリエル基地の人々がそうで、その場合はタイムパラドックスの影響が出て、歴史の修正が起きてしまう。証拠も確証もなにもない。与太話のようなものですが、ですが……」

「……仮定の話として、充分にあり得ると思う。話を聞いて感じたのだが、ギネル・デリバン両軍の、過去の地球に対する攻撃に躊躇が感じられない。それは、我々アリエル基地に対してもそうだった」

「その仮定が正しければ、ギネル帝国とデリバン連合王国はこれからも躊躇いなく過去の地球を攻撃していく、ということになります。そして、そのことによって影響を受けるのは我々ですか! ……理不尽な、そんな理不尽なことがありますか!」

 加賀がかぶりを振った。普段、冷静で理論的な加賀が動揺している。

「我々は、それを止めたい。そのために、ギアザン帝国に行きたいのです」

「日下君、止めるといってもどうするのだ?」

「シンプルに考えれば、とにかくあのレインボーホールを消失させることです。あれはギネル帝国やデリバン連合王国が作り出したものではありません。いまだにホールドされているあのタイムトンネルをコントロールしているのは、おそらくギアザン帝国です」

「そのためのギアザン帝国への航海か…」

「……山村司令、アリエル基地の皆さんは、このあとどうするつもりなのでしょうか? よろしければ…」

日下は、そこで一旦言葉を切って、山村司令の瞳を見返した。「よろしければ、皆さんこのラグマ・リザレックに乗っていただけないでしょうか? そして山村司令、この艦の艦長として指揮を執っていただけないでしょうか?」

 日下の申し出に山村は幾分驚いたが、話を聞いた今、それが自然の流れのように思えた。

 メインメタンガスプラントを失ったアリエル基地の復旧は、かなり難しい。サブプラントがあるので、極寒のこの星で生きていこうと思えばできるだろうが、それは相当過酷な環境になるだろう。もちろん、本国からの支援は期待できない。民間人の救援すら来ないような気がする。

 なにより、山村の胸には日下と同じ気持ちが芽生えているのだ。真相はわからない。だが、今までの想像と仮定の話は、当たらずとも遠からずのように思えてならない。

 ギアザン帝国の存在と真実を確かめたい。

 地球人類を大虐殺して、それに摩り替った? その後は、我が物顔で地球を牛耳っている。そんな卑劣なやり方があるか? それが本当だとしたなら怒りを覚える。

 そして先祖と子孫の戦争は、なにがあっても止めるべきだ。

「山村司令、この艦に乗りましょう。彼らと行動をともにして、一刻も早くレインボーホールを閉じましょう」

 加賀が山村に向き直って、そう進言して寄越した。

「…わかった。ラグマ・リザレックに乗艦する。艦長の任も、私が請け負う。航海の目的はギアザン帝国。ここに辿り着いて、ことの真実を明らかにして、地球で起こっている子孫と先祖の戦争を止めるぞ」

 山村の決断に、日下たちの顔が輝いた。

「ありがとうございます」

「礼には及ばない。日下君、カズキ君、君達と行動を共にするのだ。一層の協力を頼む」

「ハイ」

「さて、加賀室長。早速だが、悠長なことは言っていられなくなった。ギネル・デリバン両軍が0444年の攻撃をすればするほど、我々はいつ何時タイムパラドックスの影響をうけるか判らない。戦争を一刻も早く止めなければならない。石動情報長とともにできるだけ地球の戦略プランの情報をかき集めてくれ。それをもとに航海プランをたてる」

「わかりました」

 加賀は、山村、日下、カズキに敬礼をして退室した。

「日下君、カズキ君、基本的に全員が乗艦するように説得をするが、中には残ると言い出す者も居るかもしれない。その者が出たとしても、責めないでやってくれ。その乗艦手続きの準備を君達にお願いしたい。今回の戦闘で犠牲者も多い。実際に乗艦した人のことをできるだけ把握しなければらない。すぐにアリエル基地のリストを渡す」

「わかりました」

 二人は、立ち上がって退室しようとした。

「日下君」

 山村が日下を呼び止めた。カズキは先に退室し、日下が再び椅子にかけた。

「君は、0444年の最高総司令部防衛ブロックに所属していたと言ったね」

「はい」

「個人的な話で恐縮だが、君は山村誠一郎という人物を知っているかね?」

「ハイ、山村誠一郎元参謀長、知っています」

 日下は即答した。山村が面食らうくらい、あっさりと答えた。

「私は直接面識はないのですが、最高責任者のスミス総長から、話を伺ったことがあります。なんでも、スミス総長が恩人とまでいう方で、お世話になった人らしいです………山村……司令の血筋の方なのですか?」

「ウム、私の祖先にあたる人だ。まだ、存命しているのかね?」

「ハイ、確か5年ほど前に退任されて、今は少し体調を崩されて療養中と聞いてます。スミス総長は、時々お見舞いに行っていました。考え方が柔軟で、情に厚くて、毅然と任務をこなす方だったと聞いています。そういえば、今回の戦争発端の時、何度か電話で話をされていました」

「そうか、生きていらっしゃるか。いや、日下君、ありがとう。それと、この話は他言無用でお願いする」

「わかりました」

 日下はそう言って退室した。

 山村の祖先である山村誠一郎が、日下の時代で生きていた。何故だか嬉しかった。会えるものなら会ってみたいとさえ思った。話によれば、スミス総長という人物も時間跳躍をして、過去の時代に迷い込んだらしい。山村誠一郎は、過去から来たスミスを受け入れ、いろいろ力になってやったのだろうか?

いずれにしても、山村誠一郎をこの戦争の犠牲者にする訳にはいかない。山村竜一は、この戦争を止めなければならない。その理由がもうひとつ増えたのだ。

 この航海は、自分の使命だ。山村は、そう感じずにはいられなかった。


 ギネル帝国本国より、ひとつの艦が飛び立とうとしていた。汚染のため、色が赤みがかった海に設置されたハンガーより、その姿が洋上に滑り出した。

 重機動要塞アガレス。

 ギネル帝国が完成させた、最新鋭艦だ。デリバン連合王国との最終決戦兵器を想定していたものだが、あれから世界はあれよあれよと変わっていった。開発を中断する向きもあったが、巨艦の出現でむしろ開発を加速させることになった。

 全長二千メートルは、巨艦と匹敵する。その巨体でありながら、ザゴン並みの機動力を有している。推力の他に、それだけの姿勢制御バーニアを運用するには、莫大なエネルギーが必要で、これを可能にしたのが反次元エンジンだ。アガレスは、そのエンジン搭載一号艦という訳だ。

 この重機動要塞アガレスに、二人の若者が乗っていた。

 レイビス・ブラッドと望月弥月。

 重機動要塞司令に着任したレイビス・ブラッドは、コンバット・アサルト・ソルジャー養成機関で、兵士としてのみ特化し、ある意味コーディネートされた人間だ。DNAで選別され、生まれたときから、兵士になるための教育を徹底して叩き込まれた。戦術、体術、武術、あらゆる武器の扱い、戦車、戦闘機を始めとするメカニックの操縦技術もマスターした。過去の戦術、戦略については全て頭の中に入っているが、それ以外の一般的な常識は必要最低限、芸術などに至っては一切知識がない。完全に戦争の中でしか生きていけない人種だ。

 しかし、戦争は個人で出来るものではない。指揮官となれば、部下がいる。艦を運用すれば、そこに諸々の問題が起きてくる。このとき、一般常識がなく、またコミュニケーションのとりづらいことこの上ないCAという人間に、それを任せても上手くいかない。これに対して、養成機関はCAをサポートする専任担当官を一緒に着任させることにした。これをCASと呼称している。いわば補佐官だ。

 身長も高いレイビス・ブラッドは、年の頃は十九、二十歳に見える。端正な顔立ち。その眼差しには、力が宿り自信を(みなぎ)らせている。CAとは、常に勝利してきた人間だ。ひとたび負けた瞬間に脱落して、CAにはなれないのだ。

 司令席に座り発進プロセスに従い、指示を出しているレイビス。

 それを見守り、進行状況をモニターしているCAS望月(もちづき)()(つき)。長いストレートの黒髪が印象的な女性だ。その髪のせいか大人びた顔立ちにみえるが、実際はレイビスと同じ年齢だ。

 望月弥月が、ちらりとレイビスを一瞥する。平静を装っているが、彼女の心臓はドキドキと脈打っていた。早鐘のようなこの鼓動、レイビスを見るたびにそうなってしまう。三日前に、初めてレイビスと会った瞬間からそうなのだ。この感情のやり場に困惑している。こんなことは、今までなったことがない。

 嵐のように突然訪れた感情を持て余しつつ、望月弥月はこれに気付かれまいと冷静に振舞っている。

「重機動要塞アガレス、発進」

 レイビスの低いがよく通る声が、艦橋に響いた。同時にアガレスが、その巨体を震わせて上空に舞い上がった。

 彼らが目指すのは、ラグマ・リザレック。ガデルと共闘して、これを討つ。それが、レイビス・ブラッドと望月弥月に課せられた命令だった。


 山村の説得に応じて、アリエル基地の人々は民間人を含め全ての人がラグマ・リザレックに乗艦することになった。総勢二四六〇名。アリエル基地に残る者はいなかった。

 これの乗艦手続きを日下とカズキが行ったのだが、これだけの人数がいると二人では手がまわらなかった。

 これを手伝ってくれたのが、乗艦後、主計科のリーダーになる(ほう)(きん)豊だった。

「宝金豊、いいます。お手伝いします」

と自己紹介しつつ日下のもとにやって来た。その名前の音だけを聞いたとき、「ホーキン」だとばかり思って、音と漢字が一致しなかった。そのうえ、関西弁独特のイントネーションで話をする。

「ホーキンて、いい名前でっしゃろ。宝に金と書きますねん。それが豊かになるという名前で、わての両親の願いも判りやすくて良いんですけど、一向に名前どおりお金も宝物も豊かになりません」

そんな台詞に思わず日下もカズキも笑い出した。一気に心の垣根のこっち側に入り込んで来るのは、ある意味凄い才能だ。そんな人懐っこい宝金は、体型はぷっくりした小太りで身長も高くない。鈍重に見えるが、動作はきびきびして手際が実にいい。

 あっという間にラグマ・リザレックとアリエル基地を繋ぐゲートを、コンテナを接合して作り出し、乗艦手続きのカウンターを設置、コンピュータと接続して入国検査並みの搭乗ゲートも作ってしまった。ここを通過するだけで、アリエル基地の住民登録者のリストと照合して、乗艦が確認できるようにしてくれた。日下達は、感心して見守るばかりだった。

 宝金は、日下からラグマ・リザレックの艦内データをもらいうけ、居住スペースになるエリアを特定し、住民リストと突合して部屋の割り当てまで決めてしまった。

 聞けば、彼はアリエル基地での生活に関わる運営業務を行っていたとのことだ。所属はあくまで軍だが、民間人との間にたち、軍とのコミュニケーションを作ってきたのだと言う。広報官の役割も担ってきたらしい。なので、アリエル基地の住民を軍、民間人を問わず一番知っているのが宝金なのだ。宝金の声かけで手伝ってくれる者も増えて、予想以上の短時間で乗艦手続きがすみ、収容がスムーズにできた。

 結果的にこれが良かった。収容が完了して間もなく、スクランブルが入り、セシリア隊が発進した。

 ギネル帝国艦隊の哨戒偵察機が飛来したのだ。敵は偵察に特化したのか、セシリア隊と交戦することなく、すぐにアリエル圏外に消えていった。

 しかし、これは敵がいつ攻撃してきてもおかしくない、ということだ。あのガデル提督が艦隊を立て直してきた、ということだった。

 日下達は、発進準備を急がねばならないことを感じ取った。


 デリバン連合王国艦隊は、天王星リング海戦で巨艦のプラズマプロトン砲の猛撃を回避するために、緊急SWNを行った。しかし、緊急で明確な座標設定をしないままに行ったため、結果、木星付近で通常空間にサーフェスアウトした。つまりは逆戻りだ。

 ほっとする間もなく、デュビルは散り散りになってしまったであろう艦隊を立て直す作業に忙殺された。

 すぐにガデルと連絡を取ろうと試みたが、向こうが通信できない状態になっているようだ。巨艦の方は、幸運にもまだ精神波感応ペイントによる追跡が可能だった。

 半舷休息をとらせながら、ようやくのことで艦隊を整え終えたときだった。

「右舷後方二〇〇コスモマイル、空間境界面裂破。重力震キャッチ。SWNサーフェスアウトします」

「なに?」

 たちまち、艦内に緊張が走った。スクリーンに投影された空間がゆらぎ、突如としてひとつの艦が通常空間に出現した。重機動要塞アガレスだ。その巨大さに、一瞬巨艦と勘違いしそうになった。

「通信回線、開きます」

 モニターに映ったのは、若い司令官レイビス・ブラッドだった。

「私は、重機動要塞アガレス司令、レイビス・ブラッドだ。巨艦追討艦隊に合流する」

「デリバン連合王国巨艦追討艦隊、デュビル・ブロウです」

「知っている。何故こんな空間に?」

 なんとも高圧的で傍若無人な喋り方だ。この相手に対して、天王星リング海戦で敗走に等しい戦績の話はしたくなかった。が、そうもいかない。簡潔に、経緯を報告した。

「では、まだ巨艦とガデル提督の艦隊はアリエル付近にいる、ということだな。では、我々はこのままガデル艦隊と合流する。以上だ」

 言うだけ言って、レイビスからの通信は切れた。が、すぐに再度通信がつながり、今度はモニターに黒髪の女性が映った。

「失礼な対応をして申し訳ありません。アガレス補佐官の望月と言います。デリバン連合王国からの補給物資を預かって参りました。お引渡しいたします。それと我が艦より僅かですが、弾薬の補給物資もお渡しいたします。ほかにお困りのことはございますか?」

 さきほどのレイビスと打って変わって、口元に微笑みを浮かべ、まるでアテンダントのような丁寧な対応をする望月補佐官に、デュビルは逆に面食らった。

「いえ、補給物資の提供に感謝いたします」

 そう言って、敬礼を送った。

「その代わりといっては何ですが、デュビル中佐、あなた方はβμの能力で巨艦の位置が特定できると聞いています。そのデータ、転送してください。それと今までの戦闘記録もお願いします」

「我々もすぐに追いつきます。戦闘記録はまだ分析途中なので、ともにガデル艦隊に追いついたときでかまいませんか?」

「いえ、我が艦の航行速度は、失礼ながら貴艦を遥かに上回ります。貴艦が合流する前に我々は巨艦と接触しています。分析途中の記録でかまいません。送ってください」

「……承知した」

 断る理由はない。デュビルは短く返答して通信を切った。が、その後で屈辱感が湧き上がった。まるで、我々を役立たずと言っているようなものではないか。

 補給物資の引渡しが済むやいなや、アガレスは即時発進した。白色の光芒の尾を曳いて、アガレスは漆黒の彼方に消えた。

 その航跡を追っていたレーダーオペレータが言った。

「信じられない……アガレスの巡航速度、我が艦の3倍です…」

 

 アリエル基地の物資をラグマ・リザレックの中に搬入する作業で、基地の人々は多忙を極めた。いつ、敵が襲ってくるかわからない状況なので、休んでいる暇がない。

 民間人も作業用ロボット、ワーカーを使って搬入を手伝っている。大人も子供も関係なく働いていた。

高城(たかじょう)奈津(なつ)()も医薬品を運んだり、物資の搬入を手伝ったりと忙しく働いていた。

負傷者を見るたびに今回の戦争の爪痕が、いかに深いのかを実感していた。そんな折、山村から連絡が入って、ラグマ・リザレックの艦長室に来てほしい、と言われた。

 父一人子一人でアリエルで暮らしていた。その父が亡くなってからは、山村は何かにつけ、奈津美の面倒を見てくれた。親代わりと言っていい。父を亡くして天涯孤独となり、その寂しい気持ち、不安な気持ちを山村は半分持ってくれた。おかげで、今は普通の暮らしが出来て、精神的にも安定している。お姉さん替わりになってくれるメディカルスタッフのミズキ・朝倉の存在も大きかった。

 皆に支えられながらだけれども、元気にやっている。最近は、自分でも少し大人になったんじゃないか、と思っている。

 ラグマ・リザレックの艦長室は、司令艦橋の裏手にあたる部屋がそうだった。

 ノックをして「高城です」と名乗った。

 中から、「入りなさい」と山村の声がした。中に入ると、そこに山村と日下がいた。

「奈津美、どうだ? 怪我はないか?」

 落ち着いた声で、山村が奈津美に歩み寄り尋ねた。

「大丈夫です。怪我もない。元気です。山村のおじさんも、怪我がなくてよかった」

「そうか、よかった」

「うん、お互いにね」

 奈津美の微笑みを見て、山村も満足して笑みを浮かべた。こうやって山村のことを心配してくれる優しい娘だと思う。

「……奈津美、君のお父さんが命がけで建設したプラントを破壊してしまった。許してくれ」

 山村はそう言って、奈津美に向かって頭を下げた。

「山村のおじさん、そんな、やめてください。それで、みんなが助かったんです。プラントは、また作ればいいさってお父さんだったら、きっとそう言います。私になんか謝らないでください」

 奈津美の言葉に、山村は少しほっとしたようだ。

「うむ、あのプラントは奈津美にとってお父さんの象徴みたいにものだったんじゃないかと思ってね。実際、あのプラントはアリエル基地の平和な暮らしの象徴だったからな。実は、今来てもらったのは奈津美に渡したいものがあるんだ。それがもうすぐここに届くこになっているんだが…」

 そう言って、チラリと日下を見た。

「今、ラグマ・ブレイザムから轟たちが降りて、こっちに向かっています」

 そう返答しながら、日下も奈津美の前に歩み寄り、山村の隣に並んだ。

「紹介しておこう、この艦の副長をやってもらうことになった日下炎君だ」

「日下です。よろしく」

 日下は、奈津美の前で軽く頭を下げて微笑んだ。奈津美の知らない、初めて見る顔だった。着ている服装もギネル帝国の軍服とは違うようだ。でも、その笑顔の印象は悪くない。いや、悪くないどころか、かなりドキッとさせられた。

「高城奈津美です。よろしくお願いします」

 奈津美も日下に頭を下げ挨拶したが、なんだか顔をまともに見れなかった。

 そのとき、ノックの音がした。

「ビリーです」

「入りたまえ」

 山村の言葉に、入室してきたのはビリー、轟、カズキの面々だった。

「奈津美ちゃん、来てたか」

 ビリーは、何故だか少し興奮気味だった。

「ビリーさん、お久しぶりです」

 ビリーに向かって挨拶する。後ろの二人は知らない顔だ。

「山村艦長、見つけたプレートはこれなんですが」

 ビリーが、A4サイズ程度の金属プレートを山村に手渡した。それを見た山村が、なんとも優しい笑みを浮かべた。

「奈津美、渡したいというのはこれなんだ」

 山村は、奈津美の前にその金属プレートを渡した。そのプレートには、特殊インクペンで書かれた文字が記されていた。

『お父さん あったかい生活 ありがとう 高城奈津美』

 大きく幼く拙い文字だった。思い出した。メタンガスプラントの第一次建設が完成して、熱量供給が開始されたときに、小学校の全員で感謝の言葉を超耐熱プレートに書いてメッセージにして贈ったことがあった。そのプレートは、実際のプラントの一部として使用されると聞いていた。

 その奈津美のメッセージの隣に、別なメッセージが書かれていた。少し小さな文字で遠慮がちな、その文字は父の字だ。

『奈津美 いっぱい食べて いっぱい笑って 大きくなってね』

 なんてことのない言葉だ。小さい頃に父が何度も言っていた言葉だ。でも何故だろう、涙が出てくる。みんながいるから、恥ずかしいのに、涙を止められない……。

「奈津美ちゃん、覚えているか? 小学校のとき、みんなで書いたやつ」

 語りかけるビリーに、涙を拭きながら無言で頷く。

「プラントの回収作業をやっててね、彼が見つけたんだ。彼、轟・アルベルン君て言うんだ。こっちの大きい方は、カズキ・大門さん」

「カズキ・大門です」

 ビリーより頭二つも大きいカズキを、奈津美は見上げて会釈した。更にビリーが轟の両肩をつかんで、奈津美の前に押しやった。

「…え、あ、轟・アルベルンです」

 コクリと頷きながら挨拶をする。照れているのか、おずおずと歯切れが悪い喋り方だが、純朴な少年の笑顔があった。自分より身長も低くて、年下であろうこんな少年が見つけてくれたのか。

「轟君、あの、ありがとう」

 奈津美は、涙を拭きながら轟に向かって素直に頭を下げた。

「いやぁ、俺、ちょっと興奮しちゃって。だって、こんな小さなプレートで、しかも奈津美ちゃんのものが見つかるなんて、奇跡だって思っちゃったんだよ。轟、よく見つけたって思わず叫んじゃったよ。それですぐに山村艦長に連絡したんだ」

「そうだったのか、轟、凄いな」

 日下が目を細めて、轟を見た。

 更にビリーに背中を叩かれ、「なんとか言えよ」と促された。

「…いえ、ホント、偶然なんです。たまたま、探していたユニットのそばにあったものになんか字が書いてあるなって拡大したらプレートだったんです。それが、大事なものだって気付いたのはビリーさんなんで……」

「実は、俺も小さい頃、同じプレート書いたんだよ。もしかしたら俺の物もあるかなぁ、なんて、ちょっと捜したんだけど見つけられなかった。RPAからこれを見つけるなんて、山村艦長、こいつ目利きというか、カンがいいですよ」

「……そうか、君が轟君なんだね。身体の方は、大丈夫か? 私が艦長になった山村だ」

「轟・アルベルンです。身体は大丈夫です、その、病気のときに薬を用意してくれたこと、ありがとうございました」

 二人は、握手を交わした。山村はその右手がサイボーク義手だと聞いて知っていたが、見た目も感触もなんら普通のものと変わらないように感じた。が、轟はまだ戸惑っているようだ。すぐに右手を引っ込めた。

「プレート、見つけてくれて感謝する。君は、いろいろ苦労していると聞いた。月並みだが、これからもがんばってほしい」

 山村の言葉に、轟は無言で頷いた。

「それじゃ俺達、一旦休憩して、また回収作業に戻ります」

 ビリーに促されて、三人が艦長室から出ていった。

 慌てて奈津美は、轟に向かって

「轟君、本当にありがとう」

 そう言って微笑んだ。轟と目が合い、照れたような笑顔を作って会釈をしながらドアから出て行った。

「轟君て、歳はいくつくらいなんですか?」

 山村、日下、どちらともなく訊いた。

「彼は十五歳と聞いている」と山村が答えた。

「十五?……轟君は、これをどうやって見つけたんですか? Rなんとかって言ってましたけど」

「RPA。早い話、戦闘用の人型巨大ロボットだ。ビリーが乗っていたテンペストみたいな。でも、テンペストより十倍でかいかな」

 答えたのは日下だった。

「そんなのを、十五歳の彼が?」

「いろいろあってね。ホント、いろいろ……」

 日下の口振りで、簡単に説明できることではないのだろうと察する。

「奈津美、呼び出して悪かったね。私からは以上なんだが、なにか困ったこととかあるかね?」

「……いえ、大丈夫です。山村…艦長、ありがとうございました。これ、嬉しかったです。父のこと思い出しました……あ、いい意味で、ですよ」

 そう言ってプレートをかざしながら、奈津美は微笑んだ。その仕草が健気で、とても可愛らしかった。

「そうか、良かった。なにか困ったことがあったら、いつでも言いなさい」

「はい、ありがとうございます」

 再びノックがして、今度は加賀室長が顔を覗かせた。

「艦長、ブリーフィングルームに全員集まりました。お願いします」

「わかった。今、行く。それじゃ奈津美、くじけるんじゃないぞ」

「はい」

 奈津美はおどけて、山村に敬礼をした。そして、日下と視線がぶつかり、はにかんで慌てて敬礼を外した。


 通信回線が復旧して、ガデルは本国とデュビルと連絡をとり、状況確認ができた。あと20時間で、アガレスがガデルのもとに合流することもわかった。

 ニーゲルが不用意にしかけ、戦力を失ったことは残念ではあるが、ラグマ・リザレックはいまだアリエルに足止めされている。時間稼ぎには、なっている。

 これまでの戦闘から、とにかく次にしかけるときは万全を配さないと巨艦は討ち取れない。できれば、アガレスの他にデリバン連合王国の艦隊とも合流したうえで作戦を行いたい。あの巨艦を甘くみてはいけない。そのうえ、ニーゲル戦の後、どうやらアリエル基地の者が、ラグマ・リザレックに乗艦しているとの情報だ。国家に背いて、ニーゲルの部隊を殲滅したのだ。立派な反逆罪だ。アリエル基地に残ることは出来ないだろう。巨艦に乗り込むことを選択したという流れは理解できる。と、いうことはあの巨艦に山村竜一司令官が乗り込んだことになる。

 山村竜一と面識はない。だが、ニーゲルの部隊を撃退した決断力、統率力は見事だ。この男は手強いと感じた。山村が巨艦に乗り込んだことで、一層厳しい戦いになったのかも知れない。

 アリエル観測防衛基地の管轄で装備している、対空ミサイル。ガデルは、これを利用して、巨艦に攻撃をしかけることを決めた。その巨艦の出方で、統制状況がわかるというものだ。

 攻撃が功を奏すれば、更に時間稼ぎになる。あわよくば、巨艦に相当のダメージを与えられる。しかし、残存のアリエル基地は完全に崩壊してしまうことになるだろう。

「コスモイージス艦ミーミルを出せ。アリエル基地の対空ミサイル管制システムを掌握して、巨艦に攻撃をしかけろ」

 ガデルからの命令によって、艦隊から一隻が速度をあげて、アリエルに上空に向かった。

 コスモイージス艦ミーミル。北欧神話の賢者の神の名を持つこの艦は、多彩な攻撃システムと高性能レーダー、そして情報処理能力を持つ。

 ガデルは本国と連絡をとった際に、ラナス皇帝からアリエル基地の防衛システムへのログインパスコードをもらった。同時に、本来は基地司令官でなければ解除できないセキュリティも、ラナス皇帝自ら解除した。これで完全にシステムを掌握できる。

 ミーミルは、アリエル基地の防衛システムにログインした。

 本来であれば第1次防衛システムが働いて、サテライトミサイルの発射シークエンスが開始されるのだが、これを解除。ミーミルは、アリエル基地に気付かれることなく、その上空へと侵入した。

 

 ラグマ・リザレックの司令艦橋の階下に、コンピュータルームにあたる部屋があった。広いワンフロアの奥まったところにコンピュータが設置されているのだ。だが、それが占めているスペースは、そのフロアの4分の1程度で、4分の3は空き部屋のようになっていた。加賀室長と石動情報長の発案で、ここにアリエル基地で使用していたコンピュータとシステムと機材を持ち込み、ラグマ・リザレックのコンピュータと連動させ、情報を集約、分析・解析ができる一大情報センターをつくることにした。名付けて「戦略情報センター」。略してSICだ。

 そして、このフロアにブリーフィングルームも設置し、山村、日下ほか艦の運営に携わる主要メンバーがそこに集合していた。

 既に山村からこの艦の航海の目的については、説明があり皆に伝わっている。乗艦するかしないかの選択を与えたうえで、この艦に乗艦することを選んだ人たちだ。

 この艦は、混沌としている。時代も国も違う日下たち、ギネル帝国から見捨てられ反逆者となったアリエル基地の面々。軍人、民間人、入り乱れた人員構成だ。しかし、ひとたび戦闘にでもなれば、統制された行動ができなければ死を招く。山村は、この艦の命令系統の人選を行い、通達しようとスタッフを集めたのだった。

 ブリーフィングルームの中央には、大型のテーブル型ディスプレイが設置されていた。アリエル基地司令部にあったものを持ち込んで、ここに設置したのだ。それを取り囲むようにして、スタッフの面々が集まっている。その中央で山村艦長が切りだした。その隣に、日下とカズキが並んだ。

「ラグマ・リザレック艦長を引き受けた山村だ。結論から言う。二時間前に、敵の哨戒艇とセシリア隊が接触した。交戦に至らなかったが、敵はこの艦が健在で、アリエル基地の者が乗艦していることを掴んだだろう。もたもたしていれば、次の敵が襲ってくる可能性がある。あと四十八時間以内に出港準備を整え、2300(ニイサンマルマル)に抜錨、出航する。それに向けて全力を尽くしてもらいたい。そのためのスタッフ編成を行った。紹介がてら任命を行う」

 山村はそこで一旦言葉を切って、一同を見回した。

「航海長、大倉鋭一」

 返事をしたのは、三十歳くらいの頑強な男だ。日下もカズキも初めて顔を見る。

 大倉は、機動要塞ザゴン戦のときはプレアデスで航海長の任についていた。胸板が厚く、腕も筋肉で太く、昔ながらの寓話に出てくる船乗り、あるいは海賊のような印象だった。角ばった顎の周りには、ひげが蓄えられていて、そのせいか年齢よりずっと貫禄がある。

「ラグマ・リザレックは、3つの艦がドッキングして巨大な艦を形成している。大倉航海長は、このラグマ・リザレックが分離した際の1番艦ラグマ・ヒュペリオンの艦長も兼ねてもらう」

「大倉、航海長を拝命します」

 そう言って山村に敬礼を送った。

「機関長トムソン・ボイド」

 呼ばれたトムソンが一歩前に出た。トムソン機関長は、ザゴン戦で日下たちと行動をともにした。その巧みなエンジン調整術は本当に頼もしかった。メタンガスプラント作戦時のエンジンの咆哮と加速感は忘れられない。

 トムソン機関長が隣に居る大倉航海長と、軽く目配せする。航海長と機関長、職務的に付き合いが長いのだろう。二人の間には、信頼の絆が感じられた。

「アイザック・ハイネマン。防衛艦隊旗艦プレアデス艦長の任を解き、ラグマ・リザレック戦務長を命ず。並びに分離した際の2番艦ラグマ・クロノス艦長も兼ねてもらう」

「アイザック、戦務長いただきました」

 敬礼をしたアイザックとは、ザゴン戦のときにモニター越しに通信をかわしたが、日下が直に会うのは今回が初めてだ。第一印象で眼光が鋭いイメージだったが、そのままだ。命令に対して、厳格に遂行する非常に意志の強い人だと感じている。モニターの時にはわからなかったが、意外に身長が低く日下の目線くらいの高さだった。

「通信班通信長ロイ・フェースならびにチーフ管制官カレン・ライバック」

 日下が最初に一番言葉を交わしたのが、ロイ通信長だ。今思えば、最初に応対してくれたのがロイ通信長でなければ、日下たちは上手く交信できなかったかも知れない。そういう意味では、ロイ通信長の能力は頼りになる。その隣にいる美女は、初めて見る。管制官とのことであれば、艦載機八咫烏、RPAラグマ・ブレイザム、ファイアードレイク、各機の戦況で彼女のお世話になることになりそうだ。

「科学技術室およびSIC担当、加賀健志」

 加賀室長とは、既に旧知の仲だ。これからの航海、直面するのは未知のことばかりだ。おそらく、頼りにすることが山ほどあるだろう。

「同じくSIC担当情報長、石動さとみ」

 ザゴン戦の作戦概要を伝えてきたときに、モニター越しに会話した。でも、そのときとは別人かと思った。前回はメガネで、今日はコンタクトにしているせいだ。それによってヘアースタイルも違っているため、全く別人のような印象だった。女優経験があるというだけあって、その場にいるだけで華がある。でありながら、情報解析にたけているのだから、まるでスーパーレディだ。

「科学技術室甲板長、鏑木広之および整備班班長スティーブ・ハワード」

 日下とカズキを本当にアリエルと結びつけてくれたのは、鏑木甲板長かも知れない。ザゴン戦のとき、彼の一言でラグマ・リザレックはアンノウンの認識から味方の認識に変わったのだ。ベリンダドームのエアロック一斉開放時の救出も印象が強い。掌汎長の肩書きだったが、正直既にギネル帝国軍ではなくなったので、名称が甲板長に変わった。船体外装のメンテナンス、航空機離発艦の誘導と運営、ダメージコントロールが主たる役割だ。

「ボースンか、悪くないねぇ。鏑木甲板長いただきました」

 少し親分気質のある鏑木は、気に入ったようだ。

 整備班のハワードは、ザゴン戦でエンジン調整をやってもらった。初めてのエンジンをいとも簡単に扱うことができたハワードには、感心させられた。まだ二十五、六といった年齢で若いが、その技術は加賀室長もあてにしているらしい。テンペストの開発にも携わったと聞いた。

「艦載機戦闘隊隊長シンディ・キッドマン並びに副隊長セシリア・サムウォーカー」

 いわずと知れたアリエル元航空隊の美人にして、男顔負けのじゃじゃ馬ツートップだ。黒髪ショートヘアのシンディ隊長は、少しタレ目気味の顔立ちがとても女性っぽくて優しくてか弱そうで、しかも色香漂う雰囲気をもっている。迫られたら男はイチコロのような気がする。それが、ひとたびスクランブルとなれば、この優しい表情のまま地獄の命令を出す。一方、金髪ロングヘアのセシリアは、切れ長の目が印象的で、凛とした立ち振る舞いが魅力的だった。二人ともスタイルも抜群で、それゆえ隙がなさ過ぎて男達が口説けないでいるとの噂だ。充分納得できる噂だった。

特殊(タス)任務(クフ)部隊(ォース)隊長、広瀬大吾並びに副隊長、結城慎太郎」

 広瀬大吾は、地上部隊の指揮に関しては、相当の経歴の持ち主らしい。空手、柔道、テコンドーなどの格闘技の有段者で、その鍛え上げられた身体の大きさはカズキと肩を並べる。だが、日下はベリンダドームの際に、喘ぐ息の下グータッチをした時の人のよさそうな笑顔が記憶に残っていた。あれから、カズキと意気投合したらしくアームレスリングで勝敗を競っていると聞いた。一度カズキは、空手を教わったらしい。

 副隊長の結城は初めて見た。広瀬隊長と比べると、身長が低く体格も小さい。しかし、身体は筋肉質で鍛え上げられている。彼は情報戦を得意にしているという話だ。

「広瀬隊長の部隊には、この艦に搭載されていた機甲特殊車輛ファイアードレイクをあずける。戦術に応じて活用し、任務遂行を達成してほしい」

「タスクフォース広瀬、了解しました」

 広瀬隊長が頼もしく返事をし、その隣で結城副隊長が敬礼をした。山村は、頷くと視線を次に移した。

「主計生活班長、宝金豊」

 小太りで鈍重そうに見えて、実は手際がよく頭も切れる宝金班長。彼もSICに席を置き、艦内全機構をチェックする役目を担う。

「メディカルセンター長リー・チェン、ならびに副センター長ミズキ・朝倉。そして看護師長クラウディア・エバーシュタイン」

 三人が前に出て、皆に一礼する。轟のことといい、アリエルに着いてからの負傷者の手当てに奔走してくれたリー先生。アリエルの人達から信頼を得られたのも、リー先生のおかげと言える。誰に何を主張したわけじゃない。ひたすら、真摯に患者に向き合った姿は、感動すら覚えた。そんなリー先生を、日下は誇らしく思った。

 もう一人のミズキ・朝倉はアリエル基地のメディカルスタッフで、まだ医師2年目の女性新米ドクターだ。アリエルのメディカルチーフは、不幸にもこの戦闘で亡くなってしまった。師を失った悲しみをこらえ、負傷者の手当てをしていたという芯の強い女性だ。なのに少し引っ込み思案な印象をうけた。自信なさげな所作が、ちょっと轟に似ている。

 もう一人、女性が一歩前に出た。看護師長のクラウディア・エバーシュタイン。看護師の制服に身を包み、それがよく似合っている。年齢は、二十八歳。師長というからには、ベテランの域なのだろう。清潔感があって、とても落ち着きのある人の印象だ。それでいてブラウンの髪をまとめあげてアップにした、その表情は優し気で明るく、嫌みのない華やかさがあった。

 山村がそこで一呼吸置いて、日下とカズキを前に出るように促した。

「ラグマ・リザレック副長、日下炎。そして先任伍長、カズキ・大門」

 山村は、二人をそう紹介した。

「二人は、このラグマ・リザレックに最初から乗艦していた人物だ。彼らは、この艦を我々よりも良く知っている。ゆえに二人には、縦横無尽に動いてもらう必要があると判断した。と、同時に遊撃戦闘班という部署を新たに創設する。二人はそこに所属してもらう。班長は日下副長が兼務だ。遊撃戦闘班は、状況によって各艦橋、艦載機、機甲特殊車輛いずれもフリーパスで扱える権限を持たせる。RPAラグマ・ブレイザムも遊撃戦闘班に預ける。それだけ、彼らには各部署と連携して動いてもらう。今、撤去作業でここにはいないが、遊撃戦闘班には他にビリー・レックスと轟・アルベルンが加わる」

 クルーの中が少しざわついた。アウェイ感がひしひしと伝わってくる。

「艦長は不肖、私、山村が勤める。分離した際の三番艦ラグマ・レイアの艦長も兼任だ。全責任は、私にある。この艦は混沌としている。軍、民間人、ギネル、デリバン、そして過去から来た者。あらゆる立場の人間が乗艦している。この艦は、まさに地球そのものなのだ。いろいろな問題があるが、ここにいるクルーのもと、この航海を全うしたい。そのために、諸君らの全力を期待する」

 山村の言葉に全員が敬礼した。

「交代要員が不足している部署もあると思われる。異例ではあるが、民間人からの登用も許可する。宝金生活班長、炊事担当には民間人からの採用を許可する。山野のおばあちゃんとジェフには、これまでどおり美味い飯をつくってくれるように頼んでくれ」

「そいつは喜びます。わてらだけじゃなく、あいつらも喜びます。山村艦長、ありがとうございます。みんな、聞いたとおりです。これで、美味しい食事は保証付きや」

 顔を輝かせて、宝金班長が独特の関西弁でまくしたてた。ブリーフィングルームに笑いが漏れた。彼はムードメーカーでもあるらしい。

 その時だった。突然警報が鳴り響き、ブリーフィングルームの照明が赤に切り替わった。緊張が走る。

「アリエル防衛システム作動、対空ミサイルがオンラインになってます。山村艦長、許可されましたか?」

 レーダーオペレータのジュリアからの艦内報告だ。

「いや、許可していない」

 ちらりと石動情報長を見る。彼女は、即座に中央のテーブルディスプレーを操作して、中空にモニターを投影させた。

「山村艦長、システムにログインアクセスされています。何者かに侵入されました」

「第二防衛ライン上に、敵艦キャッチ。強烈な電波を発信しています」

 ジュリアの声が続けざまに、危機を伝えてよこした。

「第一防衛ラインでは発見されなかったのか?」

「防衛システムにログインしてセキュリティを解除したんです。防衛ラインのシークエンスが無効になってます」

「敵艦をモニターに出してくれ」

「映像出します」

 映し出されたのは、一艦のみ。アンテナ系統が多く、艦前面に目立つフェーズドアレイレーダーの形状が特徴的だった。

「コスモイージス艦だ」

「こいつがシステムに侵入したのか?」

「侵入というより、乗っ取りだ。敵はハッキングして侵入したんじゃない。正規パスコードでログインアクセスしている。反物質弾道の発射セキュリティも解除されてます。こんなことが出来るのは、本国のラナス皇帝以外できません」

 加賀が言ってるそばから、対空ミサイルの準備がコンピュータ内で進んでいく。反物質弾頭がセットされたミサイルを打ち込まれたら、万事急須だ。

「加賀室長、石動情報長、敵のシステム侵入を阻止。総員持ち場につけ! 第一種戦闘配備」

 山村の号令が飛び、クルー全員が駆け出した。

 自席に戻るやいなや、石動情報長がキーボードを叩き出した。同時にSICにいるクルーが、一斉にミサイルの発射を阻止せんとアクセスを始める。

「アリエル基地からラグマ・リザレックにシステムを移管する隙をつかれるなんて、私もなんて甘いのかしら」

 怒りをぶつけながら、キーボードを叩く。敵は正規のログインパスコードを利用して、侵入した。アリエル基地の司令官でなければ解除できない発射セキュリティも解除されている。状況は不利だ。石動たちの方が、ハッキングする立場になってしまっている。

 反物質弾頭の信管のセットだけは、防がなければならない。

 石動とコスモイージス艦ミーミルとの、発射コード変更の応酬が始まった。

司令艦橋では、山村を筆頭に各人が持ち場について、ラグマ・リザレックに息吹を吹き込もうとしていた。

 艦長席に山村が、そのひとつ前の席に副長の日下が着く。カズキが、その背もたれに掴まり後ろに立った。

 機関長席でトムソンがエンジンを始動させた。

 通信席にロイ通信長、戦術席にアイザック戦務長、操舵席に大倉航海長が着き、航海班所属のレーダーオペレータにジュリアがいた。ジュリアは二十四歳と若い女性で、アリエル基地でもレーダー担当だった。控え目な性格だが、レーダー操作に関しては一流だ。

「ノーマルエンジン、出力上昇、臨界まであと三十秒。機関、安定してます」

「ラグマ・リザレック、浮上用意」

「大倉航海長は航行艦橋、アイザック戦務長は戦闘艦橋で指揮を執れ」

 山村の指示で二人の席が、舞台の奈落のように沈み、パイプラインの中を移動していった。二人が各艦橋に着いたと同時に、日下の席の両脇にホログラム映像の大倉航海長とアイザック戦務長が浮かびあがった。まるで、二人が司令艦橋にいるような感覚だ。その投影されたアイザックに対し、山村が命を下す。

「アイザック戦務長、対空戦闘用意。各員、対空監視を厳とせよ」

「了解、対空戦闘用意。全砲門開け。AMM装填」

「ラグマ・リザレック、浮上。微速前進、上昇角二〇」

「了解。ラグマ・リザレック、浮上。微速前進、上昇角二〇」

 アリエルの人たちが乗艦したラグマ・リザレックが動き出した。浮上し、アリエル基地上空で静止して、対空戦闘に備えた。動いた距離は僅かだが、日下はラグマ・リザレック全艦が躍動感で溢れていくのを感じた。

 SICでミサイル発射阻止に取り掛かった石動たちの奮闘で、全部で二十基あるミサイル発射ポイントから、次々に主導権を奪い返し発射を阻止していった。しかし、六基目のポイントが力及ばす、敵に発射された。それでも加賀室長の指示で、反物質弾頭ではなく通常弾頭のミサイルにすり替えさせた。

「ポイントα6、通常弾頭で発射されました。撃ち落してください」

「α6ポイントの通常弾頭のミサイルが発射された。主砲、発射用意。飛来するミサイルに向け照準。撃ち落せ」

「主砲、飛来するミサイルに照準」

「来ました。ミサイル、飛来。左弦、一〇時の方向」

「主砲、撃ち方はじめ!」

「撃てぇーッ!」

 ラグマ・リザレックから、光条が空に向かって伸びていった。その先にある、ミサイルに見事に命中した。

「α7、α8発射阻止完了。α9通常弾頭、発射されました。続いて、α10通常弾頭で発射されました」

「ポイントα9、α10、来るぞ。続いて照準」

 このミサイルも見事に撃ち落す。

 SICで阻止と発射を繰り返していく。発射されても、まだ通常弾頭であれば、破壊できる。だが反物質弾頭だけは、発射させる訳にはいかなかった。その破壊力が大きすぎる。そして、撃ち落すために放ったビームなりAMMなりに反応して、やっぱり対消滅エネルギーが襲ってくる。一度発射されたら、破壊エネルギーを止める手立てがない。

 反物質弾頭だけは止める。反物質弾頭だけは止める。反物質弾頭だけは止める。

 石動さとみ情報長は、繰り返しそれだけを念じてキーボードを叩く。しかし、最後の最後が間に合わなかった。反物質弾頭のすり替えが間に合わず、信管の解除が精一杯だった。キーボードを叩く手が止まった。

「ポイントα20、ミサイル発射されました。弾頭は……反物質です」

 顔を伏せ、悔しさを滲ませて、石動さとみは搾り出すような声で報告した。

 戦慄がラグマ・リザレックに走った。

 信管が解除されているとはいえ、弾頭が何かに命中した瞬間に、衝撃で常物質と反応して爆発する。その威力は、アリエル基地の誰もが知っている。

「……ラグマ・ブレイザムだ」

 ぼそり、日下が呟いた。

「カニグモ、ラグマ・ブレイザムの武器を表示。切断タイプを出せ」

 カニグモが反応して、日下の指示に従ってモニターに表示した。

「あった。これだ。山村艦長、ラグマ・ブレイザムに装備されている切断武器ブレークウイングで弾頭部分を切断、これを爆発前に回収させます」

 日下が山村に進言した。

「そんなことができるのか?」

 司令艦橋内で疑問視する声が漏れた。

「他に方法はありません」

「……よろしい。日下副長、その作戦の指揮を執れ」

「了解、日下、指揮を執ります」

 敬礼して、席に戻る。

 ラグマ・ブレイザムの現在位置を確認する。ラグマ・ブレイザムはメタンガスプラントの被災跡地にいた。パイロットとして乗っているのは、ビリーと轟の二名だった。

「……轟、あいつって、なんで……」

 思わず、声が漏れた。

「よりによって、なんで轟が乗っているときに限って、こんな事態に」

 日下の傍らに、カズキが心配げに寄ってきた。カズキも思いは同じらしい。

 轟・アルベルンは、運が悪い。本当に運が悪い。よりによってなんで、轟がラグマ・ブレイザムに乗っている時に、こんな事態になってしまうのか。そして日下たちは、そんな轟に無茶な命令をして、それを託すしかない状況になっている。

 インカムを装着して、日下はラグマ・ブレイザムの通信回線を開いた。

「轟、ビリー、日下だ。反物質の弾頭を持ったミサイルが発射された。照準はラグマ・リザレックだ。弾頭が反物質なので、砲撃やミサイルで撃墜する訳にいかない。幸いに信管は解除されている……轟、ラグマ・ブレイザムのブレークウイングという武器で、ミサイルの反物質弾頭部分を切断してくれ。ビリー、その弾頭を衝撃を与えずにキャッチ、回収してくれ」

「反物質って、それって危険じゃないんですか?」

「危険だ。弾頭が爆発すれば、我々はただじゃすまない」

「やめてください。なんで、僕がやらなくちゃならないんですか? そんなことできませんよ‼」

 轟が、拒否反応を示す。

「ミサイル、着弾まであと三分。左弦十一時の方向です」

 ジュリアが、的確にポイントを伝えてよこした。

「轟、他に方法がないんだ。このミサイルを処理できるのは、今ラグマ・ブレイザムだけなんだ」

「なんで? なんで、いつも僕なんだ」

 泣きそうな声で轟が呟くように言った。確かに、それについては同情する。

 カズキが、日下のコンソールから通信回線に割り込んだ。

「轟、カズキだ。地球を出るとき、お前はこの艦に残ることを選んだ。俺はその時、お前を男だと思った。俺は、お前を認めてるんだ。今、ここで皆を救えることができるのは紛れもなく轟、お前だ。ここでお前が頑張って、結果失敗して、それで死ぬことになったって、俺はお前を恨まん。みんなそうだ。轟、気楽にやれ」

「ミサイル着弾まで、後二分」

「轟、出るぞ。回収は、俺がきっちりやってやる。お前は、ミサイルをぶった切ることに集中すればいい」

「……わかりました。ビリーさん、お願いします。……轟・アルベルン、やります」

「頼む」

 日下が短く言った。


 本当に、いつもなんでこんなことになるのか。

 轟の頭の中で、思考がぐるぐると回りだす。

 グチグチと男らしくない自分。一言多い自分。すぐに「やります」と言えば、きっとカッコイイに違いない。だけど、そんなこと言えない。自信がない。できれば、それは自分じゃなくて、だれか他の人にやってもらいたい。自分は、失敗するかも知れないというのに。軍人でもないというのに。

 なのに、状況はそれを許してくれない。反物質の弾頭を、ミサイルからぶった切って爆発を阻止する? 反物質が爆発したら、どうなるんだ? 怖い、恐ろしい……

 でも自分がやらなけゃ、誰かが死ぬかもしれない。そういえばあの時、高城奈津美って女の子、喜んでくれてたっけ。笑ってくれたっけ。やらなきゃ、彼女も死んじゃうってことか? それはまずいだろう。それは可哀想だ。そんなことになっちゃいけない。

 轟が、ようやく腹を括って、ラグマ・ブレイザムが上昇、加速する。

「カニグモ、ブレークウイングのやり方を教えて」

 カニグモがコンソールから現れて、ピーブー音を出して、モニターにそれを表示する。

 轟は、これが上手かった。なにもかも自分でやろうとせず、サポートメカのカニグモに頼るところは頼ってしまう。数回のパイロット経験で、ラグマ・ブレイザムの操縦ができるようになったのも、ある意味その要領の良さによるものだ。

 ブレークウイングという武器は、どうやら両方の二の腕にあたる場所のホルダーに格納されているものらしい。その起動スイッチを入れた。すると、そのホルダーから勢いよく棒状のものがスライドして飛び出してきた。その先端部分が丁度グリップになっていて、九十度曲がり、ラグマ・ブレイザムの手で握れる位置にきた。

 そのグリップを握りこむ。グリップから二の腕のホルダーまで、棒状のものは長さがあり、丁度トンファーという武器に似た形になっている。その棒状のものには、スリットが入っていた。

「ブレークウイング、ビーム幕形成」

 轟の声と同時に、両の腕の棒状についていたスリット部分からビームが照射され、それが直角三角形の形を形成した。見ようによっては、飛行機の翼のようだ。そのビームの三角形の形や長さは、パイロットが自由にかえることができた。展開されたそのビーム幕が、触れたものを切断できるのだ。今は、手首から肘までの範囲にセットされてビーム幕が形成されているが、グリップを変形させて、それこそ剣のように持ち替えることもできるようだ。

 反物質弾道のミサイルが、レーダーサイトに入った。モニターにその姿が映る。

「轟くん、ミサイルのこの位置を切断して」

 石動さとみ情報長から、切断位置を示したデータがきた。

「信管は解除している。弾頭に衝撃さえ与えなければ、爆発はしないわ。頑張って」

「わかりました」

 石動情報長とは、初めて会話をした。微笑んでくれたが、それを見てる余裕はなかった。

 彼女が言っていることはわかる。でも言葉の内容がわかることと、それを実行できるかは別問題だ。緊張で心臓が(うるさ)い。変な汗がさっきから流れている。気持ち悪い。

 ミサイルが迫ってきた。そのミサイルに回り込んで、並行して飛翔する。

「轟、相対速度あわせた。ぶった切れ!」

 ビリーの合図に、轟が「やります!」と声を張った。

 展開されたブレークウィングのビーム幕の三角形で、石動が示した部分に向けてその刃をミサイルの下から上に向かって振り上げた。

 切れ味は鋭く、なんの抵抗も感じぬまま、あっさりと弾頭がミサイル本体から切り落とされた。今度は、ビリーがその弾頭をラグマ・ブレイザムでキャッチしなければならない。地表に落としたら、その衝撃で爆発しないとも限らない。

 ミサイル本体が上下左右にぶれて、墜落していく。そのミサイル本体の墜落の爆発にも弾頭を触れさせられない。

 反転、急加速して、落下していく反物質の弾頭の行方を捜す。見つけた。速度を緩めながら、それをラグマ・ブレイザムの両の手で包み込むようにキャッチする。丁寧に、丁寧に、慎重に。

「こちら、ビリー・レックス、反物質弾頭、回収完了しました」

「了解。ビリー、任務遂行感謝する。轟、よくやった」

 日下の無線に轟が返事をしない。ハァハァという荒い息遣いが聞こえてくる。その息遣いの回数が多すぎる。

「轟? 轟? どうした?」

 しかし轟は異常な速度で息をするばかりだ。

「過呼吸か? 轟、大丈夫か? 轟、安心していい、作戦は成功した。お前のおかげだ。作戦は完了したんだ」

 だが息遣いばかりで、言葉は返ってこない。轟は、極度の緊張で過呼吸の症状を起こしたのだ。

「山村艦長、ラグマ・ブレイザムによる反物質ミサイル、阻止完了しました。弾頭も回収完了です。体調不良者が出ましたので、帰投させます」

 日下の報告に山村が無言で頷いた。

「山村艦長、SIC、加賀です」

「なにか?」

「プレアデスに搭載予定だった超長距離砲撃システム落日弓モードですが、この艦の出力であれば、いけます」

「敵コスモイージス艦を撃てるのか?」

「いけます。既にインストールして、シュミレーションしました。数字上では狙い撃てます」

「よし、準備してくれ。アイザック戦務長、超長距離砲撃システム、落日弓モードが使える。ここから、敵コスモイージス艦を狙撃する」

「了解」

 中国の伝説で、9つの太陽を射抜き落としたという弓の名前をつけたシステムが起動した。

 戦闘艦橋で、アイザック戦務長がその態勢をとらせた。もともとは、アリエル防衛艦隊旗艦プレアデスに搭載する予定で開発していたものだ。何回かテストしたが、上手くいかなかった。原因は出力不足だ。プレアデスの旧型反物質エンジンから紡ぎだすエネルギーには、自ずと限界があった。だが、この艦だといけるらしい。

「ラミウス砲雷長、照準まかせる」

 アイザック戦務長の呼びかけに、一人の男が一旦立ち上がって敬礼し、着座した。律儀な身のこなしだった。

 アンドレイ・ラミウス砲雷長。細長レンズタイプのメガネをかけている。そのメガネを一旦外し、クリーナーで吹いた。この仕草をしたとき、ラミウス砲雷長はターゲットを外したことがない。几帳面なタイプの彼は、砲術のエキスパートだった。

「トムソン機関長、砲撃システムへのエネルギー供給、二〇パーセントあげてください。落日弓モード、起動します。照準サポートシステム広目天オンライン」

「こちらトムソン、了解」

 プレアデスのテスト時から運用していたから、ラミウス砲雷長はその手順を知り尽くしていた。

「目標、敵コスモイージス艦、距離三〇コスモマイル」

 射程距離は通常の約五倍になっている。問題は、これだけのロングレンジ射撃の照準をいかに正確に付けられるかだ。狙撃は、連射ができない。一発で敵艦を沈めてこその、狙撃だ。その照準の精度を高めるために、加賀室長がサポートシステムとして開発したのが「広目天」と名付けたプログラムだ。これは、その艦のレーダーシステム以外から、敵艦への距離、環境状況のデータを採取し、照準設定に取り入れてその精度をあげるものだ。今回で言えば、広目天はサテライトミサイルの衛星カメラから、敵艦のデータを採取している。そして超長距離へビームを射出するため、ビーム口径を限界まで絞り込んで収束させている。通常のビームよりも細く貫通力も上がっている。

「照準クリア、ビーム収束完了。ターゲット、ロックオン。発射準備完了しました」

「しとめろ」

 山村艦長が、発射指示をだした。

「発射!」

 ラミウス砲雷長が、トリガーを引いた。

 ラグマ・リザレックの最前にある3連主砲から、細い細いビームが発射された。

 それはまさに一瞬だった。強烈なビームは、その距離をものともせずに敵のコスモイージス艦ミーミルのブリッジに集中して命中した。見事な照準だ。アリエルの地表付近から、第二次防衛ラインまでの距離を狙撃されることなど、思いもしないに違いない。

 コスモイージス艦ミーミルは、なにが起きたか全くわからないままに撃沈された。

「コスモイージス艦、撃沈しました」

「作戦終了、第一種戦闘態勢を解く。第三種警戒態勢に移行。引き続き対空監視を怠るな。本艦は予定通り、2300に出航する。準備急げ」

 山村が、毅然として作戦終了と次の指示を告げた。

「なんか、すげぇ……」

「ああ、スゴイな」

 その姿を日下とカズキが、憧憬に似た思いで見あげていた。

「ところで日下副長、聞きたいことがあるんだ」

「なんだい、カズキ先任伍長」

「それさ、先任伍長ってなんなんだ?」

 軍属ではなく民間人のカズキが、その特殊な役職を知らないのも当然と言えた。部隊長の補佐役と、曹士隊員のまとめ役といった役割だ、と言ってもピンとこないだろう。

「なんていうか、サッカーやアメリカンフットボールでもトップチームとユースチームってあるだろう?」

「ああ、あるある。俺、ユースチームによく教えに行ってたぜ」

「先任伍長は、そのユースチームの監督みたいなものさ。さっきの轟への呼びかけ、先任伍長らしかった。轟やビリーのこと、よく見ててほしい。そしてなにか、問題を感じたことがあったら俺に言ってほしい。そんな、役割だよ」

「ユースの監督か、そうか、なんとなくイメージつかんだ。ありがとう」

カズキは声がでかいし、実際やっていたスポーツ経験で選手のメンタリティも感じ取れる。意外に向いているかもしれない。


「作戦開始から十五分でイージス艦ミーミルが撃沈だと?」

 ガデルは信じられなかった。ラグマ・リザレックが、これほど手練れた戦闘を行うとは思っていなかった。予想より遥かに上をいっている。

 この短時間で艦をこれだけまとめた、山村の統率力は侮りがたい。

 ラグマ・リザレックはより強敵になった。これは、迂闊な戦闘はできない。

 ガデルは、デリバン連合王国艦隊と重機動要塞アガレスとの協同戦線を確固たるものにしなければ勝てるものも勝てない、そう思わざるを得なかった。


 轟は再び、メディカルルームのリー先生の世話になって、鎮静剤を打って安静を取り戻した。今も、そのままベッドで休んでいる。

「あんまり、無茶させなさんな」

 リー先生が眠る轟の顔を見ながら、傍らに立つ日下に言った。

「すみません。どうしても彼にやってもらわなければならない状況になってしまって……でも、轟、ちゃんとやってのけるんです。パイロットの資質はすごいのかもしれない」

「それ以前に、メンタルがやられてしまってはなんにもなるまい。そういう危険がある。医者としては、轟君のケアには充分注意してもらいたい。そう忠告する」

 優しいリー先生だが、このときの目は真剣だった。

「わかりました。遊撃戦闘班のメンバーを増やして、交代要員を作ります。少しでも轟の負担が軽くなるように」

「それがいい」

 満足そうに、リー先生は日下に向けて微笑んだ。


「加賀室長から頼まれた光学迷彩ユニット、時間までに見つかって良かったですね」

 整備班長のハワードが、ビリーとカズキからボロボロになったメカを受領しながら言った。彼らがメタンガスプラントで回収していたのは、爆発で飛び散った光学迷彩システムの主要ユニットだったのだ。

 高城チーフが開発したもので、これには加賀も石動も関わっていなかった。迷彩ユニットに関しては、加賀もその中身が全くわからないのだ。石動が、爆発したプラントをスキャンしたら、そのユニットが分散しながらも残っていることがわかった。

 この光学迷彩は、ゆくゆくこの艦にも応用が利くものと考えた加賀は、日下たちにその回収を頼んでいたのだ。

 ビリーたちには壊れて煤けて、使い物にならないガラクタにしか見えないが、加賀や石動にとっては宝物のようらしい。

 ビリー・レックスにとっては、その回収作業の途中で見つけた、高城奈津美のプレートの方がよっぽど宝物だった。

 その高城奈津美が、遊撃戦闘班に志願してきた。轟の交代要員として、民間人からも公募したのだ。これから適性を見てからになるが、驚きの展開だ。

 物資の搬入、システムの移管、全ての作業が終了した。

 出航時間の二十三時。

 航行艦橋で、大倉航海長が出航の指揮を開始した。

「ラグマ・リザレック、機関始動。動力接続」

「機関始動。出力八十パーセント、九十パーセント、出力百パーセント、動力接続」

「錨をあげろ、ラグマ・リザレック発進!」

 山村艦長の声が全艦に達した。

「ラグマ・リザレック、発進します」

 大倉航海長が、発進レバーを引き込む。

 日下、轟、カズキ、リー先生、そして山村以下アリエル基地の全ての人と運命を載せてラグマ・リザレックが、ギアザン帝国を目指し、未知なる宇宙に向けて発進した。


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