出会い
喫茶店を出て、表通りを歩き始めて10分程経つ。さっきとは少し変わって人も多くなってきた。若者も多くなって賑やかになってきた、特に7月というと夏休みもあるから学生達も多い。
そしていつも学生達を見て感心するのは、こんなクソ暑い日でも元気だという事だ。
まぁ、俺にもあんなはしゃいでた時期もあったんだが。今となっては立派にアラサーになったから、はしゃぐ事もないが
そんな事を考えているうちに、自宅を行き来する時に通る川沿いに着いた。さぁあとは自宅に帰ってゆっくりするだけだ
そう考えた瞬間だった、俺の平和を壊す『ソレ』は突然現れた
「あぶなぁあぁ!」
謎の奇声と共に俺の目の前に何かが降ってきた。奇声は女子の声のように聞こえたが、意味のわからない俺は何が何だかさっぱりだ!何だ一体!
「すみませーん!大丈夫でしたか?」
次の瞬間俺は目を疑った、急に目の前に現れたのは一人の少女だったからだ。赤みがかった茶髪にイヤリングを着けた少女だった。って少女降ってきたぞ!ありえないだろ!
「え?何、降ってきた?」
「大丈夫でした?」
ハッとした俺は少女の質問に答えた
「え?あぁ、大丈夫です」と思わず敬語で答えた。
「なら良し!」ニコっと笑い少女は俺に言った、屈託のない可愛らしい笑顔だった。しかし何で降ってきたんだ!一体どこから!
そうこう考えているうちにガラの悪い怒鳴り声が聞こえてきた。今度は何だ!?
「ヤバ!お兄さん助けて!」
そう言って少女は俺の後ろにそそくさと隠れた
「一体何!」
さっきまでの平穏が嘘だったかのようにトラブルに巻き込まれた!何なんだ一体、俺が何をしたっていうんだ、普通突然にこんな事起きんだろ!
そんなこんなしてる間にだんだんとガラの悪い怒鳴り声が近づいてきた、しかし何故か上から聞こえてきた。恐る恐る見上げると5~6メートル位上の所にある柵の所に、見るからにチンピラ丸出しの男達がいた。
「このクソガキ!ちょこまかと逃げやがって!」
何であのチンピラはこの子にぶちギレてるんだ、こんな少女に
「うるさいわね、アンタ達が寄ってたかってカツアゲなんてダサイ真似してるのがムカついたからよ!」
「何だとクソガキー!」
ヤバイな、マジギレだぞアレ。捕まったら何されるか分からないぞ。
「悔しかったら捕まえてみなさいよー!」
俺の後ろにいる少女はチンピラ達に向かって叫んだ、勇ましや。
いや!感心してる場合じゃない!見るからにヤバイ連中だ、早く逃げないと!少女の手を引っ張って俺は駆け出した。
「逃げるよ!」
「待てこのー!!」
俺は走った、無我夢中で、少女の手を引いて。人生でこんなに走ったのは初めてだという位全速力で走った!チンピラ達が叫んでるのも聞こえなくなるくらい必死で走った!
暫く走った後、俺と少女は公園に辿り着いた、必死で走った甲斐もあり何とかチンピラ達もまいたようだった。ただ俺はもうバテバテだった。
「大丈夫?お兄さん」
声をかけてくれる少女
「だ、だいじょ、うぶ」
とは言ったものの大丈夫ではない、死にそうだ。元々そんな運動するタイプじゃないからな。不得意でもないんだが、まぁ良く言えば人並みだ。あぁ、足がガクガクする。
「ところで君は、何であんな奴等に追いかけられてたの…」
「あぁ、あいつらがカツアゲしててね、カツアゲされてた人助けて、あのキレてたやつに蹴り入れてやったら追いかけてきたの」
「そんな事したの!?そりゃ追いかけられるよ!」
おてんば…いや破天荒すぎる。今の時代カツアゲしてる奴がいたのも驚きだけど、この子にも驚きだ。後先考えなさすぎだろ!
「だってムカつくじゃないっすか」
何でいきなりチャラ男っぽい言葉使いに?
「ムカつくのはまぁ、わかるけど。何されるかわからないんだし、もう少し慎重にさ。警察呼んで来るとか」
「あぁ確かに。それな!」
出た『それな』最近よく聞くよな。っていうか警察呼ぶというその発想が無いのかこの子は。
「でもそれじゃ蹴っ飛ばせないじゃないですか」
「蹴っ飛ばすなよ」
間髪入れず突っ込んだ。何を言っているんだ本当に!
「えっと、普通蹴っ飛ばさないの?」
「蹴っ飛ばさないよ」
「本当に?」
「うん、本当に」
仮に助けるのを抜きにしても、唐突に蹴り入れるなんてチンピラでもしないんじゃないだろうか。
「そっかー、普通かと思った」
「そんな普通は無い」
恐いわこの子、普通やると思ってたんだ。見たところ不良少女って訳でもなさそうだけど。そして今更だが思ったのは、私服だしテンパッてたのもあるから気付かなかったけど。最初小学6年生位かと思ったが、ちょっと大きいな。中学生…かな?
「まぁ無事に済んだんだし、よかったじゃないっすか!」
「俺はクタクタだけどね」
本当に死にそう、冗談抜きで。
「それと…」
「…ん?」
「ありがとうございました!」
それはまたしても屈託の無い笑顔だった。さっきもだったがこの子の笑顔は清々しい。そして俺は思った、この子は自分の気持ちにただただ正直なだけかもしれない。
まぁそうだとしても、助けた流れで相手を蹴り飛ばすに至るのは良い事だとは言えないが、俺はそう思った。
「急に巻き込んじゃったのに一生懸命助けてくれて、凄いねお兄さん!」
巻き込んだ自覚はちゃんとあるんだな。
「あの状況じゃ仕方無いでしょ。何が何だかさっぱりだったけど、チンピラ3人女子1人。ヤバい状況なのはわかったし」
「おぉ!素晴らしい状況判断!」
「…そりゃどうも」
普通に見ればヤバいのはわかるんだが、そこはツッコまなかった
「でも今度からはイキナリ蹴り入れるのは止めなよ」
「はーい!」
本当にわかってるんだろうかこの子は。
「さぁもういいでしょ、早く帰りな」
「え?何言ってるの?帰らないよ」
……ん?今何て言ったこの子?帰らない?
「だってついさっき遊びに出たばっかりなのに、帰る訳ないじゃん」
「知らないよそんな状況」
また間髪入れずツッコんでしまった。
「そうだ!せっかくだしお兄さんも一緒に遊びに行こうよ!」
………ん?またしても何て言ったこの子。一緒に遊びに行こうよ?空耳か?
「助けてくれたし、お礼も兼ねてね♪」
あの、空耳じゃないみたい?遊びに行こうよってコレ、端から見たら逆ナンじゃない?わかってるのこの子。アラサー男が少女に逆ナンされてるみたいに、っていや!逆よりはいいか!
いや、そんな事よりさっき全力疾走して俺疲れてるんですけど!バテバテのクタクタなんですけど!!
「さぁ、もたもたせずに早く行こ!」
有無を言わさず少女が俺の手を引っ張る
「え!?ちょっと!」
俺に拒否権はないの!?こんな状態の俺をここから引っ張り回す気ですか!?鬼ですか!?
「待ってくれーー!!」
俺は叫んだ、心の底から。
……俺の叫びも空しく、あれから30分位経ったか。何をしているんだろう俺は。
「ねぇお兄さん何にする?」
「…………」
「ねぇ聞いてる?」
聞いてますよ、聞いてますけどね。この状況は何?
「あぁ、うん。聞いてるよ」
「聞いてるなら返事してよー、何にする?」
「俺は別になんでも…」
「あ!私このジャンボチョコパフェにする!」
自分で聞いといて聞いてないな。って言うかここ!さっき俺が過ごしてた喫茶店だからな!コレ店の人から見たら俺変な奴だろ、さっき帰ったばかりなのに、暫くしたら少女1人連れてまた店来るとか!
「お兄さんは?まだ決まらない?」
「…俺は珈琲でいいよ」
「コーヒーね!すみませーん!ジャンボチョコパフェ1つとコーヒー1つお願いします!」
元気いいなー、あれだけ走った後なのに。俺なんかもうスイッチOFFになりそうだよ。でもとりあえず座れたのはありがたい。そこは良しとしよう
「ねぇねぇ、お兄さんは今日何してたの?お休みだったんですか?」
「うん、休みだよ。…しかもさっきまでここにいたの」
「えー!そうなの!?ウケる!」
何がウケるだよ!まったくもう。
「さっきまでいた店にまた戻って来るとか変な人じゃん?って言うか暇人?暇人?」
人が今しがた思った事を言ったよこの子。そうこう言ってると店員さんがジャンボチョコパフェと珈琲を持ってきた。
「うわぁー!ジャンボチョコパフェ凄ッ!映えだ!映えだ!」
出たな『映え』インスタ映えとか言うやつか、俺は興味無いからわからんが。そして次の瞬間店員さんが微笑みながら言った。
「元気で可愛い妹さんですね」
そうか!妹に見えますか!よかったー、そう見えてるなら俺の世間体も
「え?違いますよ。さっき出会ったばかりです!」
おいいぃぃいぃ!!店員さん【え?】って顔してるじゃん!!
鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してるからさ!!
「…ごゆっくりどうぞ」
あれ?なんだろう、今一瞬店員さんの俺を見る目が冷たかったような…違う、違うんだー!
「はぁ」
「ん?どうしたの?」
呑気にパフェ撮影しちゃってさ、こっちの気もしらないで。っとブルーな気持ちで珈琲を啜る。
「よっし!投稿完了!さぁ、食べよ♪」
いざ参るみたいなテンションで頬張る少女。そして感動の様子。
「うま!超うま!」
「よかったね」
何と言うか、微笑ましさと悲しさとが相まった感情でよかったねと口にしてしまう俺。
「お兄さんも食べる?」
「いや、いらないよ」
「本当に?」
「うん、いらない。全部食べなよ。」
ここで食べたらまたどんな目で見られるか分かったもんじゃない。
「美味しいのにー」
そう言いながらモリモリとジャンボチョコパフェを頬張っていく。頬袋にエサを詰め込むリスみたいだ。さっきまでチンピラに追いかけ回されてたから腹が減ったのかな。…あ、そういえば。
「そういえばさ、君俺の前に最初現れた時、なんで上から降ってきたの?」
この事について完全にスルーされたまんまだった!
「え?…あぁ、あれね!あれはね。あいつらが居た柵があったでしょ?あそこから飛び降りたからだよ」
「………はぁ!?飛び降りた!?え、だってあそこ!」
高さ5~6メートル位あったぞ!建物で言えば3階位から飛び降りるようなもんだぞ!いやまぁ、それくらいしか上から少女が降ってくる要素無いけども、それにしても!
「いや~私もやっちゃったって思ったもんなぁ、2つの意味で」
なんだ2つの意味でって。もしかして1つは俺の事を殺っちゃったと思ったのか?まぁ直撃したら死ぬよな。
「はぁ、本当破天荒だね」
「どうもです!」
「褒めてない褒めてない」
本当に驚く事ばっかりやるんだな、この子は。
「あ~美味しかった!」
「早ッ!」
「ねぇねぇ!次ゲーセン行きたいっす!」
「え!ゲーセン!?」
「私パンチングマシンやりたい!」
「何故パンチングマシン?UFOキャッチャーとかじゃなく?」
「だってUFOキャッチャーは取れるか分からないけど、パンチングマシンは確実に殴れるじゃん♪」
わぁお、バイオレンス♪
「という訳で、早く行きましょー!」
喫茶店に来たのに、ゆっくりする間もなく俺達はゲーセンに行く事になった。あぁまだ連れ回されるのか、やれやれ。
そしてゲーセンに向かう道中、少女はルンルン気分で歩いている。超上機嫌だ、この子みたいに何にでもルンルン出来たら楽しいだろうな。
「ねぇねぇ、お兄さんは普段ゲーセンとか行く?」
「ん?いや、行かないなー。基本的にインドアだし外に出てもそれこそ喫茶店でゆっくりするくらいしか」
「え?つまんなそう」
ほっとけ!そういう人種もいるんだよ!
「君はよく行くの?」
「あー、私はたまに。友達と一緒ならプリクラ撮ったりしに行くくらい」
「そっか」
プリクラかぁ。今のプリクラって顔が激変するよな、整形したみたいに。男子でも女子みたいに仕上がるらしいし。むしろあそこまでいくと詐偽だよな!
「よーし!着いたよ!」
そして俺達は駅前のゲーセンに着いた。ゲーセンに着くなり目当てのパンチングマシンを探し始める少女、この子は殴ったり蹴ったりが好きなのか?
「あ!あったー!」
無邪気に駆け出していく少女。パンチングマシンを見付けてはしゃぐ女子なんて、なかなか見ない不思議な光景だ。
「よーし殴るぞー!」
うん、間違いない…この子は殴ったりするのが好きなんだ。そして少女はグローブをはめてパンチングマシンを始めた。振りかぶり盛大に殴りかかる。
「チェストー!」
若干古い掛け声と共に全力で殴る少女。よくそんな掛け声知ってるな、結構昔の漫画だぞ。
「マジ!?やった!85kgだって!私凄くない!?」
俺もちょっと驚いた!女子で普通いくものなのか?もしかして殴り慣れてるのか?
「お兄さんもやってみなよ!」
「いや、俺はいいよ」
「えー!お兄さん何でも拒否るねー」
「いや、パフェは君のだったし。パンチングマシンは君がやりたいんだろ?俺はいいよ」
「遠慮しいだな~。あ!次あれやるー!レーシング!レーシング!」
楽しそうだな。いや、楽しいんだろうなぁ。なんだかちょっと羨ましい。
「早く!こっちこっち!」
「わかったよ」
やれやれ、付き合ってあげますか。こんな機会でもない限りこういう場所で遊ぶ機会も無いしな。久しぶりにゲームしてみるか。
それから俺達は色んなゲームをして遊んで、その後少女の買い物に付き合い、またお茶をして休んで解散する事になった。気付いたらもう日が沈む時間になっていた。
「あー楽しかった♪」
「そりゃよかった」
「お兄さんは楽しかった?」
「え?んー、そうだな。楽しかったかな」
「え~本当ぉ?何で考えたの?」
「いやぁ、そんな急に聞くから」
いつも過ごす平穏な休日で終わらせる事は出来なかったけど、たまには良かった…のかな?
「……あの。今日、ありがとう」
「ん?」
「その…見ず知らずの私に付き合ってくれて。急に現れて、巻き込んで引っ張り回したけど。最後まで付き合ってくれて…ありがとうございました!」
「いやぁ、別に」
そんな急に言われると反応に困るな。まぁでも最後の方は俺もちょっと楽しめたしな。なんか、破天荒な子だったけど、でもこれでお別れだ。もうチンピラなんかに追いかけ回されるんじゃないぞ。
「私の名前は花澤咲」
……ん?何だ?急に自己紹介が始まったぞ?
「お兄さんがもしよかったら、これからもヨロシクお願いします!」
ん!?何を言ってるんだこの子は?え、何?これからヨロシク?
「え?あの、一体どういう」
恐る恐る聞いてみる。
「まぁ、これも何かの縁かもだし。今日お兄さんと一緒に過ごした時間楽しかったよ!だから……また遊んでくれますか?」
マジか!いやまさかの!?何だこの展開!
でもこの時俺は思った。多分ここでも俺に拒否権は無いのだと!イエスと言うしかないのかな。……まぁ、なんか断るのも可哀相でもあるし。
「……え?っと。まぁ」
「本当に!?やったぁーー!!」
もろ手を挙げて喜ぶ少女…いや、花澤咲だっけ。
「あ!そうだ、お兄さんの名前も教えてよ!」
「え、名前?」
「うん!だって私も教えたんだから!」
いや、勝手に名乗られた気がしたんだが、…まぁいいか。
「俺は…佐倉雄一郎」
「わぁ、侍みたいな名前!」
侍?そうでもないだろう、初めて言われたぞ。……それにしても何だろうな今日は、平穏に休日過ごしてたら突然少女が降ってきて。その少女はチンピラに追い回されてた。少女を助けて、その後はその少女に引っ張り回され、最後にお別れかと思ったらこれからもヨロシクとか言われて。夢じゃないかと思う事ばっかり起きた日だったな。
でも夢じゃない、これは現実だ。嵐のように現れたこの花澤咲と、これからも俺の日常が続いていくのか。やれやれ。