激突イスフェリアVII
「少し時間が掛かったが、反応が消滅したか」
イスフェリア近くで戦っているアサンが大天使の消滅に気付く。顔には出さないが、思ったより時間が掛かったため、内心はかなり焦っていた。
アサンが不調の上、ケーレスも大軍相手にはゴブリンスケルトンを上手く使いこなせなかった。帝国軍はこの状況を利用して、日没前までにイスフェリアの町まで撤退した。撤退させる事までがテネブリスアニマの作戦の内だったが、双方の被害状況は予想に反していた。
帝国軍3万の内、死傷者は5千。イスフェリアの町で待機していた2万は無傷。テネブリスアニマ軍1万は残り1千を切っていた。この日だけを見れば人類軍の大勝利だった。気が早い人間なら勝利祝いを始めているかもしれない。
このまま勝利に浮かれてアサンに突撃して欲しいと言うのがアサンの願いだ。そうなれば、返り討ちに出来る。ゴブリンスケルトンなどしょせんは数合わせ。逃げ惑う力なき者を狩るのがせいぜい。
しかし、それは現実には起こりえない。
「クリエイト・アンデッドよのう」
ケーレスが魔法を唱える。一度魔法を唱えればゴブリンスケルトンが百体ほど生まれる。武器を持っていないが、ここは戦場だ。いくらでも落ちている。作られたゴブリンスケルトンはそのまま武器を探しに動き出す。そしてケーレスの指示した場所で待機する。
夜の闇のおかげでイスフェリアの町からは見えない。今日倒したゴブリンスケルトンが復活する様を見せつけられてはすぐさま攻勢に移ったかもしれない。町を出て偵察しに来た人間はアサンが的確に始末し、情報を遮断した。
「次のマジックポーションを飲むとするかのう」
小休止しながらマジックポーションを口に流し込む。胃が無いので、飲んだ液体はそのまま地面を濡らす。既にかなりの泥濘になっており、何十本飲んだのか定かでは無い。しかしマジックポーションの魔力回復効果はしっかり発揮されている。
ケーレスは魔法でアンデッドを創世出来る。それには死体も魔石も必要ない。ただ人間では到底用意できない莫大な魔力が必要だ。
死霊術には明確なランク分けがある。下級は魔石から生前の姿に似た骸骨を生み出す。ケーレスが最初に生み出していたゴブリンスケルトンがまさにこれだ。中級は魔石から魔石から生前の姿と関係無い骸骨を生み出す。魔法に長けた種族でもここが限界だ。
上級は魔石から複数の生物を組み合わせたキメラ骸骨を生み出す。死体をつなぎ合わせてキメラにして、更にそれを動かせるだけの魔石を用意しないといけない。恐ろしいまでの高等技能で、使える者ですら腕を2本から4本に増やす程度だ。
最上級は魔力から好きな骸骨を生み出す。ケーレスが魔力さえ込めればゴブリンスケルトンだろうとドラゴンスケルトンだろうと好きに創世出来る。アンデッド限定とはいえ、パワーノードや神の領域に入っている。これを出来るのはこの世界の歴史でケーレスが二人目だ。
ただ、この魔力骸骨には他人に指揮権を譲渡出来ない欠点がある。創造者であるケーレスの存在が大きすぎて、指揮権を奪い取れない。ケーレスが使う分には問題が無いので欠点らしい欠点では無い。
「最初からこうすれば良かったのだ」
アサンが無駄になった魔石に想いを馳せる。
「1万の大半はそうであったのう」
今日破壊されたゴブリンスケルトンはケーレスが魔法で生み出したものだ。それ故に仁はテネブリスアニマをランクアップさせる魔石を用意できた。ゴブリンの数は多いとはいえ、万を超える魔石をそう簡単には用意出来ない。
なら何故最初からケーレスはこの方法を取らなかったのか。それはマジックポーションが貴重品だからだ。貴重なマジックポーションを消費するより、魔石の方がコスパが良かった。テネブリスアニマがこの世界に転移した時には1本も無かった。倉庫を拡張した時に追加した棚で初めてその存在を確認出来た。
ただ、テネブリスアニマに生産能力は無い。マジックポーションの存在が明らかになったが、増やす術は無い。人間から購入するか強奪するしか無い。そして人間にとってもマジックポーションは貴重品だった。
コレンティーナが潜入したイーストエンドの町で低品質のマジックポーションを30本確保出来るのがやっとだった。彼女の集めた情報ではこれ以上のマジックポーションを作れる者はほとんどいない。そして魔力が少ない人類ではこれ以上のマジックポーションは必要が無い。
数値化するなら、購入したマジックポーションはMPを20ほど回復する。ケーレスのMPは10000を超えている。幸い、倉庫の棚にあったマジックポーションはMPを2000ほど回復する。ケーレスはこの再現出来るか不明の高品質ポーションをがぶ飲みしながら2万のゴブリンスケルトンを作り出している。
財政に詳しい者がテネブリスアニマに居れば、使い込まれたマジックポーションの金額を考えて憤死しているだろう。その怒りが凄まじければ、そのままアンデッドとして復活するかもしれないが。
そしてそんな事態が起こっているとは知らずに朝を待っていた人類軍は2万のゴブリンスケルトンの姿を見て驚愕した。今日勝って戦いが終わると思っていた人類を絶望のどん底に落とすには十分な光景だった。




