代官のジーン
ダグの村の視察を終えたジーンは馬車でラクの村に向かっていた。かつてはまっすぐ歩ければ一日で着く距離だった両村の間には舗装された道路が通っていた。最大で馬車4台が併走出来る作りになっている。これにより馬車で楽々行き来が出来る様になった。
この道路はテネブリスアニマから始まりセズの村まで続いている。セズの村はイスフェリアの町の一つ手前にある廃村。現在はテネブリスアニマ軍の駐屯基地になっている。大凡180キロに及ぶ道路は仁の命令でケーレスが魔法で舗装した。
素材はローマンコンクリートに近く、中央付近が少し盛り上がっている。これで雨が降っても道路の側溝に水が流れる。道路の安全を守るためにゴブリンスケルトン部隊が巡回しており、世界でもっとも死ぬ危険が無い道路だ。
仁は馬車では無く、魔法で動く自動車や電車を使おうと考えていた。しかし世界の技術レベルが不明なので自重した。馬車があるのは知っていたので、これを導入することに躊躇しなかった。
『蒸気機関車はあるから、次の流通強化計画には取り込むか』
仁はコレンティーナの送ってきた報告書を読みながら考えた。イスフェリアの町にはコンストラクトの追加は無い旨が書いてあった。ティファーニアには線路が無いため、コンストラクトの輸送が出来ない。
ここら辺は西方戦線にコンストラクトを送るのに蒸気機関車を使うと言う情報を下に仁が立てた推論だ。少なくてもイスフェリアの町近くに線路は無い事は確認済みだ。
『人類の敵か。これは現地に誰か派遣しないと』
アイアン・サーガ・オンラインには人類の敵なんて存在しなかった。強いて言えばテネブリスアニマがそれにもっとも近い。敵の種族名か姿形が分かればはっきりする。しかし人類の敵に不思議と名前は無かった。
これは200年前に人類の敵が最初に出現した時に、神々が信託で「人類の敵に名を与える事はならない」と伝えたため。この当時はまだ信託を聞く事が出来る大司祭が一定数居た。そのため、いつしか人類の敵に名を与える事は大神殿に宣戦布告する事と同義とされた。
『敵を知れよな、まったく』
仁は心の中で悪態をついた。名を与えず、存在すら認めない。それで勝てたなら問題は無い。でもコレンティーナの報告書では200年近く負け戦が続けているとある。もう少しやりようがあるはずだと仁は考えた。200年も西で戦いながら、イスフェリアの町に数万の軍勢を派遣出来る人類は侮れないとも考えた。流石の仁もこれが限界を超えた綱渡りのなせる技だとは思わなかった。
『コレンティーナの予想ではこちらの勝ちは揺るがない。一応マカンデーヤを呼び戻したが、来てくれるかは半々かな。となると、内政に集中するか』
そして仁はダグの村で手渡されたレポートを手に取った。仁は農地の区画整理をして、機械化農業による大量生産を開始したかった。人間が住んでいるラクの村で始めようと思ったら大反対を喰らってしまった。
テネブリスアニマの武力で脅すのは容易だった。しかしそれでは関係が悪化するだけ。それに仁の表向きの身分は代官であり、村人が名前だけで震え上がるケーレスよりは格下だった。そこでモイラと話し合い、廃村で実験する事で合意した。
ダグの村に住んでいた男性10人をダグに移した。そこにインプからランク3サキュバスにランクアップしたモンスターを数人配置した。サキュバスには一人で20体のゴブリンスケルトンを操れるケーレス製の魔法具を与えた。重労働の開墾と区画整理は骸骨がやった。農民は開墾する場所と田植えの判断を任せた。
男だらけの村にサキュバスを配置したらどうなるかは語るまでも無い。何人かは妻子が居るのだが、仁は気にしない事にした。将来起こりうる問題を無視すれば、男達はしっかりと働いてくれるだろう。
『長方形の畑は問題無く出来た。以前ならこの面積を耕す労力が無かったが、それはゴブリンスケルトンが居るので問題無いか』
仁はサキュバスが書いて、自分が大幅に手直ししたレポートを再確認した。サキュバスは代官や村長をこなせる実力を持っていない。それでも文字を書け、ある程度数字に詳しいので任せるしか無かった。人材不足をどうするかはテネブリスアニマに取って永遠の課題だ。
テトの村とセズの村でも同じ試みをやっている。そっちの方でも問題が無ければ、来年のフェリヌーンの予想収穫高は去年の4倍程度だろう。ただ、この二つの村では肥料のテストを行うので、最悪作物が腐ってしまう可能性もある。農業経験が無い仁では肥料の重要性は分かっても、最適な配分は分からない。
モイラは肥料を使った事が無く、使った人間の事も知らなかった。パワーノードや魔法を使って何かやるのでは、と不思議そうに聞いていた。仁はコレンティーナに調査を依頼したかったが、子爵令嬢の身分では怪しまれる。再来年の収穫まで間に合えば良いかと諦めることにした。
『ゴブリンスケルトンを使ってノーリスクで実験出来るだけ運が良いと思うか』
仁はそう言いながら自分を納得させた。数回の失敗は問題無い。テネブリスアニマの力を使えば数回の不作など取るに足らない問題だ。
次の視察は何も実験していないラクの村だから問題が起こらないだろう。そう思っていた仁だが、自分の代官補佐として配置したインキュバスがまた村娘に声を掛け、またまた刀傷沙汰に発展した事を知る。
『だからサキュバスの方が良いと言ったんだ!』
仁の心からの叫びは結局声にならなかった。仁が代官をしている村だけインキュバスなのはコレンティーナの強い要望によるものだ。理由はなんとなく分かるが、それを認めると更に面倒になりそうだ。皮肉にも仁は征服前と変わらないラクの村で一番頭を悩ませる事になった。




