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ミゼラリス商業連合国

 ミゼラリス商業連合国の首都は今日も人々が忙しく行き来していた。この時代にあっても人が眠らない都市として有名だった。ここを除いて夜通し灯りが付いているのは魔法王国の寮くらいだともっぱらの噂だ。


 そんな中でも今日は一際人通りが多かった。この国は一定以上の商人株を持つ大商人達が合議で支配している。そして国の今後を話し合う議会が急に開催された。その一報が国を駆け巡ってから、上も下も大騒ぎとなった。遠くから馬車や船で乗り付ける商人とその部下。そんな商人が滞在中に消費する品物を用意する地元の商人。


「やれやれ騒がしいものだ」


 馬車に載って移動していた大商人の一人、フランセスコが窓から覗いて言う。十指にはそれぞれ違う宝石がはまった指輪、首からは純金のネックレスを数本、纏う衣服は最上のシルクであった。大商人の中でもほんの一握りが出来る贅沢であり、そんな大商人も周りの顰蹙を買いたくないために自重する。


「はははっ、貴方が議会を緊急招集したと言うのに」


 フランセスコの対面に座っているバートロムが笑う。バートロムもフランセスコに負けず劣らずの大商人だが、彼は決して過度に着飾る事はしない。フランセスコが太陽ならバートロムは月だ。二人は丁稚時代からの付き合いであり、両家は幾度も婚姻を繰り返した複雑な血縁関係にある。


 フランセスコはミゼラリス商業連合国の議会長であり、今回の緊急招集を独断で決行した。金の流通を支配し、絶対君主制のザンボルド帝国の皇帝を凌駕する独裁制を敷いている。王国だろうと帝国だろうと、この男が首をトントンと叩けば代替わりするとまで言われている。


「必要な事だ。滅多に無い商売のチャンスをドブに捨てる者に用は無い」


 フランセスコは本来同格の大商人達を見下していた。旧ティファーニア農業国の緊急事態は商売のチャンスでしか無い。それに上手く立ち回れば不良債権を処分出来る。ただ、かのフランセスコも自分がこの地位に居るのが農業国の非採算性によるものだとは気付いていなかった。


「ティファーニアを戦禍に巻き込みたくは無いものだ」


 バートロムはフランセスコがティファーニアを戦場にして、そこで大儲けを企んでいると知っていた。戦争で儲ける事そのものには賛成していた。バートロムもフランセスコと同じようにまた金銀を納める倉を新設する事になるだろう。


「巻き込んでこそ正規の大取引が出来るのだ! バートロムも分かっているだろう!」


「農業国は大陸を支える穀倉地帯だ。手放すのはどうかと思う」


「不良債権だ」


「統治が失敗しただけだ。新しい方法を模索すれば良い」


「バートロム、私たちは何だ? 商人だ。国家の経営など腐敗した貴族に任せれば良かったのだ」


 金の力でここまでのし上がったフランセスコは金の力を絶対視していた。貴族だろうと王族だろうと金の力の前では無力。自分に反対するなら経済的に締め上げれば良い。商業連合国の経済力を持ってすれば容易い事。


 バートロムは黙った。彼はフランセスコほど金の力を絶対視していなかった。軍事力を持つ王国と帝国ならいつでも踏み倒せる。それに借金の利息払いが滞れば首を絞められるのは商人の方だ。フランセスコとバートロムほどの資金力があれば乗り切れる。しかし議会の過半数は首を括る事になる。もちろん、そんな事態になればいの一番にフランセスコが都市の城門からぶら下げられるだろう。


 しばしの沈黙。それを終わらせたのは御者の声だった。


「議場に付いたか」


「その様だ」


 二人は馬車を降り、議場に入っていた。スタッフが議長と副議長の到着を声高に宣言する。通路で談笑していた商人も早々と議場に向かった。商談に熱中する余り欠席扱いにされてはたまったものではない。


 フランセスコが議長席に座り、他の議員がそれぞれの椅子に座ったのは30分後だ。急な開催と言うこともあり、議場の方でも少々の不手際があった。フランセスコは議会が終わったら、不手際のあった者達を処分する事にした。この30分の無駄でいくら損をしたか。フランセルコの怒りを理解出来る者はいなかった。


「さて本題に入るが、よろしいか?」


 フランセスコは慣例である挨拶や現状報告をすっ飛ばして本題に入ろうとした。それは流石に性急過ぎたのか、反対意見が上がる。


「そうですな、ここは議会が緊急招集された理由から説明しましょう」


 バートロムが不平不満を言う大商人を宥める好アシストを決める。いつもの事だ。丁稚時代から基本的に二人の関係は変わっていない。フランセスコは不満を隠そうとせずに椅子にふんぞり返る。


 バートロムは簡潔に説明した。リッチが現れた事。フェリヌーン隷国が事実上陥落した事。そして次は旧ティファーニア農業国になるだろう事。フェリヌーン隷国と商売が無い大商人はそれを聞いて驚いた。旧ティファーニア農業国で穀物の輸出を担当している大商人は頭を抱えた。


 事態を知っている者、知らない者、知っていても知らないふりをしていた者。全員が同じ情報を共有する事になった。議会で話題に上がればもはや一蓮托生。そしてここまでがバートロムがフランセスコのために出来るお膳立てだった。ここからはフランセスコの手腕次第。


「ここまで聞けば、私が語る事も無い。帝国と王国が臨時の借金を申し込んできた。これを受ける方向で投票したい」


 フランセスコが是と言えば、是と言えと宣言したに等しい。議会の公平性など無い。反対票を投じた大商人に明日はあるのか誰にも分からない。


 バートロムはこのやり方が気に入らなかった。何度も内密にフランセスコを諌めた。それでも成功体験に目が曇ったフランセスコは耳を貸さなかった。そのため、バートロムはいつもフランセスコの尻拭いに奔走した。今回も不満を持つ大商人達に密かに旨い話を後で持って行きご機嫌取りをしなければならない。


 議会が開催されて40分でフランセスコが用意していた借金法案が賛成多数で可決された。法案の審議は大凡2分、投票の集計に10分。残りは冒頭のバートロムの説明が占めていた。法案が可決されると同時にフランセスコが閉会を宣言し、足早に退出した。


 フランセスコは全権委任大使としてこれから王国と帝国と細部を詰める必要があった。大商人のくだらない話に時間を費やす気は無かった。とはいえ、急過ぎる開催と閉会は大商人達の怒りを買うには十分だった。バートロムは閉会後、数時間に渡り皆の愚痴を聞いて場を納めた。


 フランセスコが儲けを出す限り有効な手だろうが、一度赤字に転落すればどうなるか。今回の相手は人類や人類の敵とは違う。商業連合国の常識が通じない可能性がある。バートロムはそれを危惧しながら利権調整の仕事に没頭した。

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