エボルグラス王国
「困った、これは困った」
エボルグラス王国のヘルファスト7世は頭を抱えて呻いた。30歳と言う若き王だが、その姿は一見すると60歳にも見える。青き閃光が問題を起こす前までは年相応の姿をしていたのだが、その後の心労で一気に老けてしまった。青き閃光を救国の英雄と称賛せねばならなかった事も一因であるのは疑いようが無い。
「心中お察しいたします」
同じテーブルに付き相談にのっている宰相のトウサインが心配そうに言う。彼は先々王時代からの官僚で、先王の下で宰相になった傑物。国王はトウサインの実力を高く評価し、そのまま宰相の地位に留め置いた。
トウサインの言葉に部屋に居る他の重臣も黙って頷く。皆有能ではあるが、全員の知恵を集めてもトウサイン一人に劣る。かつてここにトウサインと並び立つ男が一人居た。彼がここに居れば、と国王以下全員が思った。しかし彼の死が王国の危機の引き金を引いたのも事実であり、表向き彼の名前を語る事は禁忌とされた。
エボルグラス王国は建国以来何度目かの危機に直面している。表向きは直面していた事になっており、危機は去ったとされている。実際は一つの危機が去り、三つの新たな危機が来た。危機の収支は立派に赤字だ。
「軍を動かせる程度には国内貴族の問題は解決したか?」
国王は帝国からの親書を眺めながら問う。
「動かせます」
宰相が自信満々に答える。「出先で壊滅しなければ」と付け加えはしない。それは全員が分かっている事。無事に帰ってくる前提で事を進めるしかない。それほどまでに王国に余裕は無かった。
「その、誰を将軍に任命しますか?」
若手の文官が手を上げる。若いとはいえ、この場に居るのは信頼の証。宰相まで行けるかは不明だが、上級官僚の椅子が約束された若きエリートに違いは無い。
「ラ・・・・・・いや、近衛大隊の隊長格から一人選ぶ」
国王が答える。一瞬禁忌の名を出しそうになった。それほどまでにその男は信頼されていた。そして信頼以上に実績を残していた。200年続く西部戦線で唯一常勝無敗と言われた伝説の名将。彼の死後、50年は後退していなかった戦線が大幅に後退し、大神殿すら失陥の危機に直面していた。
「それしか無いでしょう」
宰相も同意する。近衛は大軍の指揮経験は皆無。人選としては最悪の部類に入る。それでも信用でき、なおかつ裏切らない人材となると近衛から抜擢するほかない。近衛なら軍隊を西部戦線まで無事に届けられる。そこまで辿り着けば、それ以降の責任は人類軍の将軍にあり、王国が責められる事は無い。とにかく全滅しても皆殺しだけは避けて欲しい、と言うのが国王と宰相の切なる願いだった。
「ですが、もう片方の軍はどうします?」
今度は中年の女性文官が問う。彼女は若い頃に貴族に嫁ぎ、家に入っていた。それが国難を理由に現場復帰させられた。我が子のためを思って仕事しているが、彼女の様な人材を活用するしか無い現実が王国の危機をより一層物語っている。
「貴族どもを送る」
「練度の面で不安が・・・・・・」
「良い。大事なのは数だ」
「その、貴族に旨味が無いのでは・・・・・・」
宰相は再度抗議する。今回は事の本質に直接切り込んだ。ここに居る面々が国王に忠誠厚き者達で無ければ口が裂けても言えない台詞だ。
「土地ならあるだろう?」
国王が笑みを浮かべる。
「そ、それは!?」
宰相が国王の言わんとする事に気づいて愕然とした。
王国と大神殿の間には小国家群がある。その小国家群は単独でも合同でも人類の敵には敵わない。そして遙かに弱い王国の貴族軍ですら征服できる程度に弱い。
「2年の任期を全うしたら小国家群の切り取り自由を与える」
「・・・・・・それしか方法が無いのでしたら」
宰相はうなだれる。認めたくないが、小国家群を犠牲にする事が王国の利に一番適っている。
「大神殿が黙っていないと思います」
若手の文官が発言するも、国王は取り合わなかった。
「文句があるのなら、また勝手に私刑でもすれば良かろう」
国王は大神殿の対応に怒っていた。これは彼なりの意趣返しだった。それを知っているから宰相は同意した。若手の文官はそれを知らなかったので、彼を責めるのは酷だ。
「貴方が文官になる前に色々あったのです」
なおも抗議しようとする若手の文官に中年の女性文官が肘打ちする。これ以上発言すれば国王の不興を買う。そうすれば出世の道が閉ざされる。ただでさえ手が足りない状況で一人の若手でも失いたくなかった。
かくして王国の方針は決定した。人類軍に王国正規軍1万を派遣する。人類軍に貴族軍最低1万を帝国軍の代理として派遣する。貴族軍には小国家群を食い物にする権利を与える。
小国家群の未来は暗い。人類の敵に殺されるか、王国貴族軍に蹂躙されるか。そして散々裏で政治活動をしてきた大神殿は小国家群を救う力を残していないだろう。小国家群を救えなかった大神殿の権威はまた落ちる。そしてそれこそがヘルファスト7世の狙いだった。王国は帝国同様、大神殿無き後の世界絵図を描き出す第一歩を踏み出した。




