夜襲
テネブリスアニマから南東に数キロ。
そこにはゴブリンの集落があった。
闇に浮かび上がる見つめる9対の目。
「あそこが一番近い集落か」
「生命反応からして間違いないのう」
「ならさっさと潰しましょう」
アサン、ケーレス、コレンティーナがそれぞれ言う。
6体のゴブリンスケルトンは物言わず立っていた。
彼らには何か考えて行動するだけの知能は無かった。
ただケーレスの簡単な命令を遂行するのみ。
「私が一人で潰してこよう」
「陛下から許可を貰って作ったスケルトンを無駄に消費するのも癪ですしのう」
ケーレスが連れているスケルトンはマカンデーヤが殺したゴブリンの魔石を使っている。
仁は手勢が必要だろうと思い、玉座に捧げなかった。
千近くのゴブリンが居るのなら、ここで少量焦ってポイントにするより建設的だ。
ケーレスは仁がケーレスの都合を優先したと思い込み、甚く感激していた。
その様は威厳たっぷりなフリをしようと考えていた仁が目に見えて狼狽するほどだった。
「そうよ、荷物持ちには大人しく荷物を持たせなさい」
コレンティーナにとってはゴブリンスケルトンの有無は死活問題だった。
仁は三人がゴブリン狩りに赴く際に何点か注文を付けていた。
一つは食べられそうな物の回収。
倉庫に一月分の食料が入っていても、早く食べないと痛む物もあった。
それにマカンデーヤは平均二人前を食う。
戦闘がある時など四人前を軽く平らげる。
コレンティーナは異臭を放つ果実や草を持ち運びたく無かった。
ゴブリンスケルトンはちょうど良い運搬役だった。
「この集落から回収する物も多かろう」
「悪臭も人一倍ね」
仁はゴブリンの集落から使えそうな物、道具類、財宝などの回収も指示していた。
ラッシュをするのなら蛮族経済をやるしか無い。
単騎で無双すれば良いから経済なんて気にしなくて良いアサン達は不思議に思ったが、口には出さなかった。
陛下ならきっと自分たちでは考えもつかない偉大な絵図を描いていると信じていた。
「行って来る」
アサンはケーレスとコレンティーナに存念が無いのを確認して動き出した。
アサンは隠れず堂々とゴブリンの集落に近づいた。
辛うじて入り口と思える場所には歩哨が二体。
アサンを見て身構えた。
しかし、それは下策。
上策は一目散に逃げる。
中策は集落に警報を発して逃げる。
待つ事を選択した事で歩哨の死は決まった。
「私の言葉が理解出来るか?」
「ゲゲェー!」
アサンの問いかけに奇声を発したゴブリンが襲い掛かって来た。
そしてアサンの腕の一振りで物言わぬ肉塊に変わった。
「……次は精霊語で試すか」
アサンは仁の指示で知的生命体とは話し合いを優先する腹積もりだった。
もしゴブリンに話し合えるだけの知能があれば、殺さず奴隷して死ぬまでこき使う算段だった。
仁は純粋にヒューマンとの戦線を開きたくなかっただけなのだが、既に曲解されていた。
「……ヒューマン標準語、ドラゴン語、古代エルケンス語もダメか」
アサンはゴブリンを軽く虐殺しながら20近い言語で話しかけてみた。
ケーレスなら100近くの言語を話せるが、単騎で突っ込むタイプでは無い。
ここはアサンが一人でやるしかない。
「もう良いのでは? 陛下に十分言い訳出来るわ」
討ち漏らしを片付けていたコレンティーナがアサンに合流する。
逃げ出した個体はケーレスがゴブリンスケルトンを使って一体ずつ始末している。
他の集落に逃げられたら面倒。
情報の秘匿こそ最重要。
仁もそう言っていた。
「ここのゴブリンには知性の欠片すら感じない」
アサンは無感情に返事をした。
テネブリスアニマが生み出したゴブリンなら最初から言語を操り、見苦しくない程度の礼儀を知っている。
ここにいるゴブリンは言語を習得する前の野生動物と大差ない。
「仕方ないわよ。歩哨が居て、粗悪な槍みたいなのを持っていれば期待もするわよ」
ゴブリンの集落を襲った際、もしかしたら原始的な狩猟民族なのではと期待していた。
それがこの結果ではアサン達が落胆するのも無理はない。
「終わりだ」
アサンが最後のゴブリンに止めを刺した。
ゴブリンの女子供はケーレスが殺した頃だ。
ケーレスは余裕があれば子供だけでも連れ帰り、実験材料にしたかっただろう。
幸か不幸か、今のテネブリスアニマにはそれをするだけの余裕が無い。
「なら素早く魔石を回収して、集落を調べましょう」
本来なら家探しと言いたいが、ゴブリンの集落には建物らしい建物が無かった。
絨毯と言い張れない事も無い物体があるだけ。
複数の動物の毛皮が地面に安置され、風で飛ばない様に石で固定されている。
「族長みたいなのがここに居たのだろう」
アサンは足で近くの地面を蹴りながら推察する。
「その割に目につくものは無いわね」
興味無し、とあからさまに言うコレンティーナ。
「そう言うな。探せば少しはあるものだ」
アサンは地面から数点の物を拾う。
一般的な価値は皆無。
それでも仁なら高く評価する。
アサンはそう考えた。
コレンティーナは考える事すらしなかった。
「お二人とも、終わった様ですのう」
ケーレスがやっと合流する。
魔石を取り出す支持をゴブリンスケルトンに出したので遅れたらしい。
「ケーレスよ、何かあったか?」
「魔石だけじゃのう」
「なら魔石を集めて撤退しましょう。ここ、臭いのよ」
コレンティーナが鼻を摘まみながら言う。
アサンも悪臭が気になりだしていた。
「良かろう。死体はどうする?」
「放置かのう。この餌を食って強いモンスターが生まれれば上々よのう」
「持ち帰らない限り、好きにして」
こうして最初の襲撃は成功で終わった。
アサンが持ち帰った物が一波乱を起こすとは誰も思ってもいなかった。