イーストエンドの町 攻略戦XII
ゴブリンスケルトンが城壁を越え初めて数日。
イーストエンドの町がゴブリンスケルトンを簡単に撃退していた。
それでも死傷者は出るし、武具の劣化は避けられない。
町の鍛冶屋と修繕屋は寝る間を惜しんで作業していた。
それでも材料不足には勝てなかった。
住民に材料の供出を命じても、回収する術が無かった。
ジリ貧な防衛戦はズルズル長引き、危ういバランスの上で成り立っていた。
城壁が持たないと見た住民は思い思いの武器を手に取った。
木の棒や鍋などの武器とも言えないものばかり。
それでも死兵となってイーストエンドの町を守るために立ち上がった。
彼らの姿を見て、吟遊詩人は「ネズミですら逃げずに戦う」と勇ましい歌を歌った。
例えそうだとしても、人は気力のみでは戦えない。
食糧は尽き、酒樽も空となれば残るは空元気のみ。
ネズミも既に非常食として食われたから逃げる事は出来ない。
いつしか「死ぬために戦う」という雰囲気が町を支配していた。
そんな絶望的な日常の中、老騎士が「トレントの枝休め」を訪ねて来た。
「コレンティーナ殿に領主様からの招待状を持参した」
老騎士はぶっきらぼうに宿屋の主人に伝えた。
「お客様に渡しておきましょう」
宿屋の主人は面倒そうに言う。
良くある事だ。
そしてあるたびに客足が遠のく。
宿泊客はこの手の招待を嫌って止まっている。
事実無根でも宿が客を売ったと噂される。
「手渡せ、との命を受けている」
老騎士は動かない。
手渡すまで帰還するなと命じられている。
「少々お待ちを」
宿屋の主人は老騎士を立たせたまま客室へ向かった。
追い出すわけにはいかないので、これが最大限の嫌がらせ。
老騎士も慣れているのか何も言わない。
コレンティーナが泊っている部屋の前に来た主人はドアをノックする。
「何かしら?」
コレンティーナが扇情的な下着を着けてドアを開ける。
主人は目のやり場に困ったが、ガン見する事は忘れなかった。
「お客様、下に領主様からの使いが参っております」
一瞬ノックをした理由を忘れたが、なんとか思い出す事に成功した。
実に惜しい、と思いながら。
「すぐに行くわ」
コレンティーナはドアを閉めた。
どの衣服を着て行くかは既に決めていた。
話す内容も決まっている。
後はどれだけ相手を焦らすか。
急いで降りては侮られる。
時間を掛け過ぎては失礼。
領主の事は伝聞でしか知らない。
最適な時間は分からない。
「早めが良いかしら?」
コレンティーナは町に潜入した日に纏っていた装備にそでを通す。
今は籠城戦の真っ最中。
明日負けるかもしれない。
時間が惜しい、と想定するには十分。
「まだ負けないのにね」
コレンティーナは誰にも聞こえない様に言った。
この町には強奪したい物がまだ多い。
最後の抵抗で燃やされては困る。
下に降りたコレンティーナは老騎士の紹介状に軽く目を通す。
「では参りましょう」
老騎士は有無を言わせぬ態度で言う。
「今日はショッピングの予定でしたのに」
拗ねたふりをする。
誰の目にも本気で無いと分かる。
「ご、後日にでも」
老騎士は慌てて言う。
彼だけはこんな返しを想定していなかった。
それを見て宿屋の主人も多少留飲を下げた。
外に停まっていた馬車に乗り、領主の下へ向かった。
馬車は貴人様にものだった。
老騎士は自分の馬に跨って先導した。
「活気が消え、狂気がまん延しているわね」
コレンティーナは馬車の窓から道に佇む人々を見て評した。
これを上手く誘導して死兵にならない様にするのが仕事。
最悪、領主を洗脳してでも事を成す覚悟を決めた。
馬車が停まったのは前線近くの建物。
簡易砦として防衛本部が置かれている。
「こちらです」
老騎士の案内に続く。
この時間にしては兵が多い。
コレンティーナにプレッシャーを与えるためにかき集めた。
彼女はそれを理解したが、気にしなかった。
「領主様、お客様をお連れしました!」
老騎士が豪華な扉の前で止まる。
簡易砦には不釣り合いな扉。
蝶番を見ると、周りの壁に新しい傷が付いている。
おそらく急いで扉だけ交換したのだろう。
「入れ!」
中から声がした。
扉が開く。
部屋の中には四角いテーブルがあった。
一端に三人ほど座れそうだ。
扉からもっとも遠い端に領主のフランクと副ギルドマスターのウェスが座っていた。
左右には騎士と従者が数人立っていた。
コレンティーナは二人と対面する形で席に付いた。
老騎士は彼女の後ろに立った。
最終的に机を囲んで座ったのは三人だけ。
「始めまして、美しいレディー。私は領主のフランク・ガンダーソンだ」
「お招きいただきありがとうございますわ、領主様。ティナとお呼びください」
「ティナか、良い名だ。横に居るのは腹心のウェスだ」
「ウェスだ。イスフェリアで冒険者ギルド副ギルドマスターをやっている」
お互い挨拶を交わす。
パーティー会場なら和気あいあいとした場面だった。
実際は相手の腹を探りあう戦場だった。
「せっかくだ、ワインでもどうかね?」
フランクが従者に合図をする。
「では何に乾杯をしましょうかしら?」
「勝利」
ウェスが珍しく口を挟んだ。
「勝利か。多少レディーには武骨かもしれないが、それにしよう」
フランクも同意した。
「勝利に!」
部屋に居た全員が飲む。
毒は入っていない。
初手でこんな手を使えるほどフランクは肝が据わっていない。
「ティナ、何処のワインだと思う?」
フランクが聞いてみる。
「う~んとね、ドルド地方産2782年物の白かしら」
コレンティーナがわざと間違って答える。
あえて近いけど違う答えを出して相手の自尊心を刺激する。
「ほう、中々惜しい」
「あら残念」
「これは84年物だよ。82年物に比べて舌触りがまろやかで……」
「そろそろ本題に入れ」
饒舌に語るフランクをウェスが制止する。
今はワインの話をしている場合ではない。
「そうだった、すまない」
「いえ、勉強になりましたわ」
「本題だが、君の正体を教えてくれないかな?」
フランクは一気に核心を突こうとした。
ウェスが渋い顔をしている。
「ただの旅人ですわ」
コレンティーナが笑みを浮かべて答える。
全員これが嘘なのは知っている。
しかしこの嘘を崩すにはどうすれば良いか分からない。
平時なら力尽くと言う手もあっただろう。
「ならここに来た理由は?」
フランクは自分が初手を間違えたのを気付いた。
領主として「今の無し」とは言えない。
このまま続けるしか無い。
「地図はありますかしら?」
意外にもコレンティーナが反応を返した。
「地図を持て!」
ウェスが怒鳴る。
しばらくして、テーブルに地図が置かれる。
「何も無い所だけど、主要な部分は書き込んである」
フランクが言う。
強国の詳細な地図は軍事機密だが、開拓地故に簡易地図は結構出回っている。
「領主様、私が言ったのは本物の地図の方ですわ」
コレンティーナの発言で場が凍り付く。
ウェスも騎士たちも理解出来なかった。
そしてフランクも。
これにはコレンティーナも予想外だった。
それは誰しもエストヴィルの秘密を知らないと言う事に他ならなかった。




