イーストエンドの町 攻略戦VII
モイラが心配した通り、ラクの村はケーレスの条件に不平不満を述べた。
アンデッドの支配下になるのを恐れた。
しかし彼らに打開策は無かった。
最終的には「リッチと交渉してきな」と啖呵を切ったモイラが押し切った。
リッチと相対する恐怖に勝てる者はいなかった。
最後の悪あがきでモイラを村長代理にした。
ケーレスが倒されたら全部の責任をモイラに被せる。
村人達はモイラを火あぶりして助かる算段をした。
モイラも特に気にせず村長代理になった。
いつかケーレスは敗れるかもしれない。
モイラはその前に寿命で死ぬ可能性の方が圧倒的に高かった。
ケーレスと派遣される代官との話し合いはモイラで無いと務まらない。
降伏から三日経った。
ラクの村は表向き何も変わっていなかった。
モイラが村長の家に移り、重役の家を代官のために空にした程度。
代官が来るのは今しばらく掛かる。
急ぐ必要は無かったが、村人は何かしないと落ち着かなかった。
肝心のケーレスはラクの村の西側に布陣した。
ゾンビとゴブリンスケルトンが村の中に入る事は無かった。
ケーレスのまた、待ちの姿勢を取った。
ケーレスの計算では、そろそろスケルトンが仁の下に着く。
仁の命令を待って動くのが上策と判断した。
そしてケーレスの計算通りに事が運んだ。
「ガッ!」
「ご苦労」
テネブリスアニマの玉座に座った仁がスケルトンから書簡を受け取る。
『ラクの村は無血開城、代官を派遣されたし』
仁はケーレスの報告を読みながら、次の手を考えた。
クリエイトアンデッドの考察は適当に読み流した。
余りにも専門用語が多く、仁の理解力を超えていた。
後でアサンかコレンティーナに聞けば大よその事が分かる。
『これは勝ったと言えるのか?』
仁の疑問はもっともだが、それは仁が一番良く分かっていた事。
世界を簡単に征服出来るテネブリスアニマ。
寒村すら統治出来ないテネブリスアニマ。
それはコインの表と裏の如し。
「代官候補は居るか?」
「インプかゴブリンを送ってみますか?」
仁の問いに傍に居たコレンティーナが答えた。
「無理だな」
「ですわ」
二人は無理と結論付けた。
インプがランク4のインキュバスになれば代官に出来る。
行政能力には疑問符が付くが、出来ない事は無いはず。
しかし必要な経験値を稼げる相手がいない。
そしてテネブリスアニマのパワーノードではランク3が限界。
「俺が代官をやるしかないか」
「陛下、危険では?」
「かと言って候補が他に居るか?」
「私が……」
一瞬立候補しようとして、コレンティーナは口を閉ざした。
「分かっている、コレンティーナは貴重過ぎる」
ラクの村に派遣出来るのは仁、アサン、そしてコレンティーナ。
アサンとコレンティーナは代官にするには惜しい存在。
そうなると消去法で仁しか残らない。
『イスフェリアの町にある中型パワーノードを手に入れないといけないのか』
仁は同じ事を考えたのは何度目か数えるのをやめていた。
もはや流れがアイアン・サーガ・オンラインのイベントそのものだ。
早くしないと強力な部隊が町に駐留して難易度が上がるのもイベント通りだ。
『だが裏技はまだ使える』
マカンデーヤが東で戦っている。
本人にそんな気は無いが、しっかり魔石が溜まっている。
テネブリスアニマそのものをランクアップさせるのはそう難しくない。
魔城のランクアップで解放される機能を使えばなんとかなる。
何としてもイスフェリアの町と戦う前にランク3を達成しないといけない。
『短い代官時代で死ななければ勝ちだ』
仁はそう自分に言い聞かせた。
勝つためにここまで作戦を考えて来た。
一度も失敗はしていない。
ここを乗り越えれば安定期だ。
少なくても仁はそう思った。
「ですがやはり陛下が直接行くのは危険ですわ」
仁の考えを遮る様にコレンティーナが懸念を表明する。
「陛下では無く、ただの部下その一なら大丈夫だ」
「そうなると話せる低ランクのモンスターは近づけさせられませんよ」
万が一「陛下」と口走っては大問題だ。
そうなると伝令役をしたスケルトンを護衛に付けるしかない。
そしてそれは連鎖的に強い護衛を連れて行けない事になる。
「だからゴーレムを数体召喚する」
「そう言えばそんなモンスターが居ましたね」
コレンティーナは無機質な物に余り興味が無い。
ゴーレムやコンストラクトで彼女の興味を引く事は出来ない。
「青き閃光対策で試す暇が無かったから仕方が無い」
逆に仁はまだアイアン・サーガ・オンラインでは存在しなかったゴーレム召喚を楽しみにしていた。
今までは余裕が無かったので趣味での召喚は控えていた。
今なら護衛候補として召喚出来る。
「それとやはり洋服ですね」
ゴーレムの姿に思いを馳せている仁にコレンティーナが水を差した。
「代官なんだから余り目立たない……」
「駄目です! 代官は両手に指輪をはめ、首からはセンスの悪い貴金属をぶら下げなくてはいけませんわ!」
コレンティーナが力説する。
「しかし……」
か細い声での反論は通らなかった。
「陛下は普段着からしてなっていませんわ!」
コレンティーナが段々ヒートアップする。
「……」
仁はもう止められないとあきらめの境地に至った。
死ぬまではティーシャツを着て、武将髭もそのまま伸ばしていた。
ここに来てからは髭は伸びないが、特に褒められた生活はしていない。
「人は見た目で判断するのです。しっかり貴族の様に着飾らなくては侮られますわ」
コレンティーナの言う事が正論だけに仁は反論出来なかった。
代官の話は無しに、と言える雰囲気でも無くなっていた。
「では倉庫に行きますわよ!」
コレンティーナに担がれ、倉庫に連行される仁。
洋服選びでケーレスへの返答が二日も遅れる事になった。




