ブランカルミナリスX
城門は開いている。
しかし誰一人逃げようとは思わ無かった。
蛇に睨まれた蛙の如し。
仁はどうするか迷った。
ケーレスもどうするか迷った。
作戦では、冒険者達が一目散に逃げて仁がケーレスを足止めする。
『作戦の修正が必要か!』
仁は先に動くのは不自然だと思った。
なんとかアイコンタクトでケーレスに伝えようとする。
伝わらなかった。
阿吽の呼吸が通じるのはアサンとコレンティーナのみ。
マカンデーヤなら本能的に理解出来るかもしれない。
知識の権化たるケーレスはそんな野性的な感情を理解出来ない。
『腕に文字でも書くか?』
仁はそんな事を考えるまで追い詰められた。
書類を作成したらケーレスは完璧にこなす。
今回の作戦も仁が書いた作戦指令書通りにケーレスは動いた。
城内に居たゴブリンスケルトンの配置。
城門に冒険者達が到着したら隠れ場所が現れるタイミング。
城門の開閉機構を見た存在を確実に殺し、機密を守った事。
『開錠の詳細が敵に渡ったら、次からは城門を開け放題だからな』
全てが仁の指令書を遂行したケーレスの手柄だ。
指令書に無いこの状況で固まっても責められない。
責められるべきは指令書に不備があった仁だ。
「逃げなくて良いのかのう?」
ケーレスが口を開く。
その底冷えがする声を聞いて失禁する冒険者が多数。
「貴様を倒してから、と言うのはどうです?」
仁がアドリブを頑張る。
「自己犠牲で他の者たちを逃がす時間稼ぎが精々かのう」
「それで十分な事もあります」
仁が肩掛けカバンから古びた本と紋章を取り出す。
「ジーン殿、犠牲になるなら俺が!」
トーラスが言うも、仁は首を横に振る。
「この歳では長旅は無理というものです」
「ジーン殿……」
「代わりに、この2つをあるべき場所に持って行ってください」
仁が手渡したのはフェルディナンドの日記とやたら高価そうな紋章。
仁はフェルディナンドの日記を読めたが、紋章については知らなかった。
あるべき場所と言ったのは、仁自身が何処に渡せば良いか知らなかったため。
日記を読める者が居たら、上手くやってくれると期待した。
日記そのものは複写してあり、オリジナルに然程価値は無い。
日記に書かれた情報を生かせるだけの魔法知識と立地を持つのはテネブリスアニマだけ。
人類が魔法知識を持っていたとしても、それを生かすにはテネブリスアニマを踏み潰して行く必要がある。
『この糞立地はやはり意図的だ!』
日記を見てその内容を思い出した仁はまた悪態を付く。
東に進めば進むだけゴブリンの魔石は手に入る。
しかしそれだけ。
仁が喉から手が出る程欲しい中型パワーノードは西にしか無い。
東の更に東まで行けば状況は変わるかもしれない。
仁の認識ではそれを確認する時間を人類は与えてくれない。
「これは帝国12剣の証? ジーン殿、貴方様は一体!?」
トーラスが紋章を見て豹変する。
トーラスは文字を読めないが、紋章については知っていた。
帝国で最強と言われる武人に与えられる栄誉であり、常に空席が目立つ。
その中に60年ほど前に行方不明になった男がいるのは有名な話だ。
時の皇帝が最愛の弟の死を認められず、彼の席をそのままにしている。
紋章の発見には多大な懸賞金が掛けられているため、トーラスもその形を良く覚えていた。
「今はただの老人です」
「しかし……」
なおも言い募ろうとするトーラスを手で制す。
「流石にあちらもいつまでは待ってはくれません」
「……」
「後は頼みます」
仁はそう言ってカバンから蝋燭付きの燭台を取り出した。
「アンデッドベインの燭台かのう」
ケーレスは一発で鑑定する。
道具棚に入っていた魔法道具なので、ケーレスは最初から知っていた。
蝋燭に火が灯されたら、一定範囲にターンアンデッドの魔法を発動させる。
人類に取っては国宝級。
仁に取ってはハズレアイテム。
「この蝋燭が燃える限り、ゴブリンスケルトンは城門を越えられません!」
「……かたじけない!」
トーラスはそう言って踵を返す。
まだ固まっている冒険者を殴り飛ばし、逃げる様に怒鳴る。
「蝋燭が普通では無ければ面白かったのにのう」
ケーレスが燭台の影響を受けずに言う。
周りのゴブリンスケルトンが消滅する中、泰然としている。
「生憎、蝋燭は普通のしか無かったのです」
蝋燭に特殊効果があれば燭台との相乗効果が期待出来る。
仁は消耗品である蝋燭を使いたく無かった。
何度でも使える燭台は惜しくは無かった。
「なら、そろそろ参ろうかのう?」
ケーレスはそう言って接近戦を挑んで来た。
仁は剣を右手に、燭台を左手に持って応戦した。
二人の間に激しい攻防が繰り広げられた。
そう見えるだけで、実際は相当とも至近距離で突っ立っているだけ。
「流石はリッチ! 私の攻撃では届きませんか?」
「老いたわりにはやるのう、しかしそれまでよのう」
ケーレスの杖が燭台を叩き落とす。
実際は仁が大地に置いただけ。
流石に落とすと壊れる心配があった。
「しまった!」
そしてゴブリンスケルトンが仁の体に群がった。
遠ざかるトーラスが最後に振り返った時、仁の姿はゴブリンスケルトンの山に押し潰されていた。
トーラスは一瞬どうするか迷った。
そのまま前を向き、全力で逃げた。
救う方法は無い。
ならせめて最後だけでも伝えない。
そんな思いがトーラスを突き動かした。
ここ数日は更新時間が遅れましたが、今日からは18時更新に戻れそうです。




