白亜の城VII
「寒い中助けて頂いて冒険者を代表してこのトーラスが感謝します。」
「皆さまを助けられたのは行幸です」
ログハウスに入ってトーラスと仁が言葉を交わす。
半歩下がって推移を見守るロバート。
残った冒険者はとにかく肉にかぶり付いた。
「もし宜しければお名前を」
冒険者ギルドに報告する時に名前が無いと不便、と言う理由で問うトーラス。
「おお、そうでした。一人で長く住むと忘れてしまうところでした。私はフェル……ジーン。ジーンとお呼びください」
仁は意図的にフェルディナンドを名乗りそうになってジーンの偽名を名乗りなおす。
仁と言う名前は余り聞かない。
ジーンならそこそこ在り来たりな名前だ。
手持ちの歴史書でも何回か名前が出た。
仁はとんでもない大根役者だが、コレンティーナの幻影魔法の補正のおかげで名俳優ばりの演技をしている。
「ジーン殿か」
トーラスはあえて何も突っ込まない。
貴人が偽名を使うなど常識。
仁が貴人であると分かっただけ運が良かった。
「トーラス殿、気のせいかもしれませんが、三人ほど足りないのでは?」
「彼らは西に行きました」
「そうでしたか。間に合わなかったのかと心配しました」
「きっとダグの村まで辿り着けるでしょう」
スカウト三人が来る前に冒険者三人がトーラスの制止を無視して逃げ出した。
ここで留まっても死ぬだけ。
ならダグの村に辿り着く事に一縷の望みを掛けた。
この動きをトーラスは無視した。
トーラスは彼らがほぼ確実に道中で死ぬと知っていた。
ここで無理に止めてもまた逃げ出す。
別れさせた方が統制が取れる。
トーラスは自分を入れて10人までなら完璧に指揮出来る自負があった。
軍に居た頃もこれと同程度の部隊を指揮して来た。
最初の22人は多過ぎた。
今の残った11人とスカウト三人ならなんとかやれる。
スカウト次第で生きるか死ぬか分かる。
そしてスカウト達は見事に生き残れる道筋を見つけた。
『ダグの村について聞くべきか?』
仁は自問自答した。
会話の流れでダグの村が西にあるのは推測出来る。
ただし、仁は設定上40年前にここに来た。
ダグの村が存在する前の事だ。
ダグの村の事を知っているのは不自然だ。
「ダグの村とは西にあるので?」
「ええ、そうです」
「昔はティファーニアのイスフェリアより東は未開の大地でしたが、開拓が始まっていたのですね」
「その実は……」
トーラスがティファーニア農業国が既に滅亡しており、イスフェリアはフェリヌーン隷国の首都になっている事を仁に伝えた。
「なんと、そんな事が!」
仁は多少驚いたフリをする。
その反応から仁がティファーニア人では無いとトーラスはアタリを付けた。
その後も取り留めのない会話を続けた。
仁は色々と新しい情報を手に入れる事に成功した。
トーラスが仁をここまで信用したのにはわけがある。
コレンティーナの幻影魔法は精神にまで影響を及ぼす。
幻影を見せるだけでなく、見ている相手を洗脳する。
ただ、何でも出来るという程万能ではない。
コレンティーナの作った幻影には二つの追加効果があった。
仁の姿を偽る事と敵意の消失。
トーラス達の希望にも沿った幻影だったため、この魔法は簡単に掛かった。
効果が強制的な隷属だったら、かなり抵抗されただろう。
効果が自害しろだったら、ほぼ確実に抵抗された。
『本人の意思に反しない限りほぼ100%成功する洗脳魔法なんて恐ろしいな』
仁は冒険者達が飲み食いしているテーブルを見回しながら考えた。
それでも幻影魔法はレベルリセットの影響で大幅に弱体化している。
レベルリセット前なら、仁がトラックに轢かれた世界はコレンティーナが作った幻影だと言われても、仁にそれを否定出来る材料を持たない。
『あの世界が全部幻影だったら、それはそれで気が楽だな』
仁はワインを飲みながらそんな事を考えた。
「ジーン殿、このワインはブランカルミナリスで作られた物ですか?」
食べるのが一段落したのか、トーラスが聞いて来た。
「はい、そうです。年一回に数樽を陛下が送ってくれるのです」
「なるほど。ダグの村への土産として悪く無いと思いました」
「少し重いですが、土産になりそうなのはそれくらいかもしれません」
「それは残念です」
「元々外と関わらない国らしいので。かく言う私も城壁の外暮らしです」
仁がブランカルミナリスに付いて話す。
設定はアイアン・サーガ・オンラインで人間プレイをやっていた時のを使っている。
そのためイメージが確かな分、コレンティーナの幻影も強力だ。
「まさしく幻の王国ですな!」
トーラスは深く考えずにワインをがぶ飲みする。
トーラスはこのワインを偉く気に入っていた。
スカウト達が齎したワインのおかげで全員がログハウスに行く事に賛成した。
元々、幻影魔法の外でも変わらない嗜好品として仁が渡していた。
ロバートを初め、魔法を使える冒険者達がワインに魔法は掛かっていないと太鼓判を押したのも大きい。
極論すれば、幻影魔法の範囲内なら泥水ですら至高のワインとなる。
そしてコレンティーナの効果範囲から出ればロバートでもそれを泥水と看破出来る。
『指揮官ならこれ位が部下を引っ張りやすいか?』
仁はトーラスの為人を考えて、そう結論付けた。
トーラスは完全に術中に落ちたとして、他の冒険者に当たる事にした。
「ロバート殿の口には合いませんか?」
「いえ、とんでもない。ただ幻の王国に行けると思うと興奮して食事がのどを通りません」
仁は一人黙々と小さな切れ端だけを齧っているロバートに声を掛けた。
ロバートは他の冒険者と一線を画す対応だ。
『幻影魔法の効きが悪い!?』
仁はコレンティーナの言っていた事を思い出した。
ロバートの目を見れば、幻影魔法の効果が薄いとなんとなく理解出来た。
仁の姿は初老の男性のままだろうが、それ以外の幻影は弾かれたかもしれない。
『ログハウスとその中の物が全部本物で良かった』
仁は安どのため息をついた。
ケチろうと言う案もあったが、仁は石橋を叩いて渡るタイプだ。
「明日にでも出発されるのなら、すぐに直接見られます」
「それは楽しみです」
「私の方でも紹介状を認めるので、陛下との謁見まではなんとか」
「何から何までありがたいことですが……」
言葉を濁すロバート。
「何か?」
聞きたくないが聞くしかないと諦める仁。
「いえ、私達は迷子になる者が多いので案内があれば助かる、と」
「ブランカルミナリスまで一緒に、ですか?」
「ええ、是非とも」
「分かりました、戦う力はありませんがブランカルミナリスまで案内致しましょう」
仁は即断した。
ロバートは驚いた。
ロバートは仁は理由を付けて断ると踏んでいた。
仁はリッチが用意したトーラス達を死地に追いやる生きた罠のはず。
それが一緒に死地に向かうなどロバートの常識では有り得なかった。
ロバートは自分の考えが間違っていて、仁はただの善意の老人では、と疑心暗鬼になるほどだった。
『コレンティーナにどう言い訳しよう』
当の仁はロバートの変化に気付く余裕は無かった。
作戦に無い行動を取って身を危険に曝す仁に、コレンティーナが怒り心頭なのは想像に難く無かった。




