白亜の城II
「ブランカルミナリスへようこそ」
白亜の城門のすぐ横で衛兵が言う。
仁はしばし城門を見上げる。
芸術的価値の高そうな細かいレリーフが目に付く。
『天使か?』
羽の付いた女性が多かった。
この世界の天使が仁の世界の天使と同じ見た目なのかは定かでは無い。
それゆえ、このレリーフの意匠は少々気になった。
城門を超えたら大通りに出た。
たくさんの人が行き来している。
色取り取りの服はダグの村で農民が来ていた物より格段に質が良い。
売店では主婦と売り子が果物の値引きで大声を上げている。
お使いを頼まれた子供達が大人達の間を縫う様に走りぬく。
ここは平和だ。
そして皆は幸せそうだ。
仁は建物や人をキョロキョロ見ながら道を歩いた。
完全なお上りさんだ。
「ここは始めてかい?」
道中、レストランの外テーブルで酒を飲んでいるドワーフ二人に絡まれた。
レストランの中からは香辛料の匂いがする。
腹が減っていれば当初の目的を忘れて入店したかもしれない。
「ああ、そうなんだ」
仁は歩みを止めて、返事をした。
「ここは良い所じゃぞ」
「ちげえねぇ」
二人のドワーフがここの良さを喧伝する。
「お勧めの見所は?」
「そうだな、やっぱ城だぜ」
若い方のドワーフがビールジョッキを空にしながら言う。
「あの白亜は俺たちドワーフでも再現出来ねえ」
職人なのか、老いた方のドワーフが素材の素晴らしさに言及する。
「まったく、何で出来てんだ、あれ」
「分からねぇ」
仁は遠くにある白亜の城を見る。
ドワーフは材質に付いてああでも無いこうでも無いと議論している。
「じゃあ、行ってみるよ」
そう言い残して仁は去った。
これ以上話しても情報は増えない。
『このまま真っすぐ行くのが王道だが……』
仁は大通りから右折した。
右折して最初の道はそこそこ広かった。
しかし人気は無かった。
もう一本奥の道に進んだ。
すると森の中に出た。
白亜の城は黒くなっていた。
『幻影魔法の限界か? それとも俺のイメージ力?』
ブランカルミナリスはコレンティーナが作り出した幻。
仁が幻のテストをしていた。
元々仁の頭の中にあった景色をコレンティーナが現実に重ね合わせた。
だから大通りの再現は完璧だった。
「流石は陛下です、私の幻術をいとも簡単に破るなんて!」
コレンティーナが城から飛んで来た。
「破られたと瞬時に分かるなら十分だ」
「術の掛かりは雰囲気で分かりますわ」
「雰囲気か。俺もまだまだだ」
コレンティーナの凄さを褒めて、幻術が簡単に破られたショックを和らげようとした。
仁はそう言って、コレンティーナと問題の洗い出しを開始した。
「やはり今のランクでは無から有は難しいですわ」
アイアン・サーガ・オンラインのコレンティーナならその圧倒的ステータスで幻の世界を一つ作れた。
そしてそこに住む人々が幻と気付く事は無かっただろう。
現在は幻影の宝珠の力を借りて城下町一つが限界だ。
「なるほど、だから今回の城門は違ったのか」
コレンティーナの力を確認している際に色々な事が判明した。
元になる何かがあれば幻術が掛かりやすい。
そして元の何かと術を掛けた後の何かが近ければ近いほど効果的。
前回の時には城門が無かった。
小さな勝手口を巨大な城門に見せたが、違和感が拭えなかった。
見た目は大きな入り口なのに、実際通れるのは勝手口サイズでは怪しい。
そこで仁はコスト100を支払って城門を設置した。
イベントフラグが心配だった。
それでも青き閃光との戦いに生き残る事を優先した。
おかげで立派な石造りの城門が出来た。
コレンティーナの幻影魔法でそれは巨大な白亜の門になった。
違和感は無くなった。
レリーフが付いて派手過ぎる感じなってしまった。
「レリーフに羽がある女性が追加されたんだが、分かるか?」
「ハーピーかしら?」
「天使だと思うのだが?」
「私の怨敵ですわ!」
悪魔系から淫魔系に進んだコレンティーナに取っては天敵。
「ならそこはそのまま残そう」
仁は気にしなさげに言った。
コレンティーナが嫌うのなら、聖少女は気に入ると正しく判断した。
「密かに毟っておきますわ」
物騒な事を言い出すコレンティーナを無視して仁は続けた。
「レストランはやはり匂いを追加した分だけ信用を増した」
レストランと誤認しやすいようにあばら家を作ったが、それだけではいまいちだった。
仁の発案で香辛料を追加したら思いのほか上手く行った。
「香辛料の量が少ないので使い処が難しいのがネックですわ」
幻影を完璧にするなら5感に働きかけないといけない。
そうなると湯水の如く使えるコレンティーナの魔力だけでは足りない。
完璧な幻影に近づければ近づける程コストが嵩む。
それが仁達を悩ませた。
「陛下、我らの演技はどうでしたか?」
「アサン様に必死に鍛えられた」
「高笑いを使うロールが無い」
仁の下に衛兵役のゴブリンとドワーフ役のインプ達が来た。
道行く人々は全員ゴブリンスケルトンだ。
仁の様な現実の存在と話し合うならスケルトンより生きているモンスターの方が良い。
アサンの熱が入り過ぎた演技指導のおかげでかなり様になっている。
「皆良かった。配役を知らなければ分からなかった」
仁は彼らの活躍に太鼓判を押した。
「となると、後は真っすぐ城に向かわせる誘導ですかしら?」
「誰か抜擢するか、召喚するか?」
横道に入らなければ幻影は完璧。
二人はそう結論付けた。
「今から仕込んで間に合うかしら?」
「それはなんとも言えない」
二人はどうすべきか思案に暮れた。
「陛下、雪です!」
そんな時、ゴブリンが突然叫んだ。
「雪……最近寒くなって来たが、そんな時期か」
「そうみたいですわね」
二人は雪が降るのを想定していなかった。
『徹夜で作戦練り直しだ』
雪が積もった幻影はどう映るのか。
足跡はどう映るのか。
状況が変われば幻影も変わる。
「雪で延期になれば楽だな」
「そうですわね」
仁がこう言うのと、ケーレスの警報が発動したのがほぼ同時だった。
『糞っ、フラグだったか!?』
ダグの村の東に配置していたゴブリンスケルトンが破壊された。
敵が東進を開始したと仮定するしか無かった。




