盛大なる思い違いIV
「雪解けを待って、春一番に攻めるにしても、事前調査は必要でしょう」
終わったはずの話を司祭が持ち出した。
青き閃光は既に調査から外された。
リッチを調査して生還出来る冒険者などイーストエンドの町に存在しない。
隷国の首都であるイスフェリアなら数人居るかもしれない。
ただし、今から依頼を出したら出発までに雪が降る。
「司祭様、それなら私達が!」
ルミナが立候補する。
「いえ、皆さんにはもっと神殿に有益な仕事をして貰います」
司祭がにべも無く却下する。
「司祭殿の決定なら仕方がない。歯ごたえのある敵に期待する」
未だ納得していないルミナを遮ってガイツが場を纏める。
「私達は先に出ていますのぅ」
アビゲイルがさっさと立ち上がり、会議室から出て行く。
アッシュが静かに付いて行く。
ルミナは両脇をガイツとサミュエルに挟まれて連れて行かれた。
最後にロバートが席を立とうとした所で司祭から声が掛かった。
「ロバート、少し良いでしょうか?」
「ああ、良いが?」
ロバートは怪訝そうに答える。
呼び止められる事自体が一種の罰ゲームだ。
「実は数点確認したい事があるのです」
リッチと戦って奇跡的に唯一生き残れた。
ロバートはその事で何か聞かれるのかと思った。
「リッチの事なら全部話したと思うが?」
「ええ、貴方の情報は実に頼りになりました」
「それは良かった」
ロバートは早く本題に入れ、と内心思ったが黙っていた。
権力者の相手は面倒だ。
だからダグの村みたいな辺境でゆっくり過ごしていた。
「ルトシズ魔法学院の事です」
ロバートは一瞬呆気に取られそうになったが、なんとかポーカーフェイスを維持した。
ルトシズ魔法王国は遥か西にある大国。
エボルグラス王国とルトシズ魔法王国は国境を接していない。
両国の間には傀儡の緩衝国が複数用意されている。
国と名前を同じくする魔法学院。
大陸の魔法の中心であり、魔法を幅広く教えている。
そしてロバートもそこで魔法を学んだ。
授業料を支払えず逃げ出した所でもある。
「……懐かしい名だな」
ロバートはどう答えれば良いか分からなかった。
司祭から名前を出したのだ。
知らないと言えば嘘になる。
知らないで通せれば楽だが、相手は嘘のプロだ。
当たり障りのない答えを返す。
「授業料が未払いと学院の方から報告が来まして」
「神殿が借金取りの真似事か?」
ロバートは突っぱねる事にした。
慣例として、国を二つ跨いだ借金は徴収されない。
移動手段が限られているから徴収出来ない。
「まさか。神に祈る我らがその様な事は致しません」
「……そうか」
「ご存知ですか? 魔法王国は授業料未払いの生徒の首に賞金を懸けた事に?」
「初耳だな」
ロバートに取っては青天の霹靂だった。
賞金首とあらば、大陸中何処でも追われる立場だ。
ダグの村で実戦で戦える魔法使いとしての人生は終わった。
それどころか、大怪我の後遺症で冒険者として食っていけるかすら分からなかった。
「人類の敵との戦いが激化しているのです。一人でも多くの魔法使いが必要なのでしょう」
司祭は人ごとの様に言っているが、ルトシズと国境を接している大神殿も巻き込まれているはずだ。
ロバートはなんと言うべきか迷った。
魔法使いとして連行されるのなら、逃げ出すチャンスはある。
しかし、ロバートはもはや戦えない体だ。
鉱山奴隷として使い潰されて死ぬのがオチだ。
人間のまま死ねるだけ、そっちの方が幸せかもしれない。
新魔法の実験体や生で食われる生贄になる可能性も高い。
「ギルドはどうするのだ? 司祭が構成員を脅しているぞ?」
ロバートはギルドを巻き込む事にした。
出張所の職員は「俺を巻き込むな!」という顔をした。
ただ、ギルドとしてはリッチ相手にダグの村人を守ったロバートを今すぐ切り捨てられなかった。
あの戦いでロバートはある種の英雄となった。
一月もすれば誰からも忘れられる。
しかし、今賞金首として連行されたら隷国の農民と冒険者が反乱する。
そして、この太った司祭も無事では済まないだろう。
「私は神々の名に誓って真実を言っているまでです」
司祭は飄々と答える。
そして職員が同調すると確信していた。
「ロバートがギルド依頼を遂行している間はギルドが責任を持ちます」
職員は毅然として言い放った。
要約すると「酒場で飲んだくれる指名依頼を出すから、手を出すな」となる。
「は?」
今度は司祭が呆気に取られた。
道具のルミナに噛みつかれ。
賞金首のロバートに噛みつかれ。
ゴミ以下と思っている冒険者出張所の職員に噛みつかれ。
温厚とはほど遠い司祭はブチ切れた。




