ダグの村 後始末II
かのリッチが遠くに行ったのを確認して、青き閃光のスカウトが姿を現した。
彼は自身の隠形に絶対の自信を持っていた。
それでもかのリッチの目を欺けたかは確証が持てなかった。
彼は素早くゴブリンスケルトンの偽装工作を確認し、急いでダグの村に戻った。
あの程度の偽装工作なら追跡は容易。
追跡すべきかどうかの判断はルミナがする。
もしスカウトの彼に決定権があれば、撤退していた。
否。
全力で逃走を決定していた。
かのリッチは人が相対して勝てる存在では無い。
ダグの村に戻ったスカウトが見たのは、ネズミを追っているルミナの姿だった。
理由が分からなかったので無視した。
「アッシュです。ただいま戻りました」
「偵察任務、ごくろう」
アッシュはパワーノードの周りに屯しているガイツに報告した。
本来はルミナに報告するのだが、ルミナはアッシュを嫌っていた。
それで仕方なくガイツが話を聞いて、ルミナに判断を仰ぐ体制が出来上がった。
「敵さんですが、少なくてもリッチです。強さだけならそれ以上かと」
「! なんと……」
ガイツの左眉毛が上がる。
相当驚いた時の癖だ。
アッシュが5年前に青き閃光に入ってから今回が3回目だ。
1回目は偶然聖少女の秘密を知った時。
神殿に知られたら粛清される類のものだ。
幸か不幸かサミュエルはこれを知らない。
知ったらどう動くか流石のガイツも検討が付かない。
2回目はエボルグラス王国分裂を企んだ黒幕の正体を知った時。
ルミナが黒幕を切り捨てたので、王国は分裂しないだろう。
「気付かれなかったと思うが、それすら敵さんの掌かも知れない」
アッシュは自分が誑かされた可能性を否定しない。
ルミナに言わせれば、それは敢闘精神が足りないからしい。
「ならサミュエルにディスペルを掛けて貰おう」
「それが良い。でも奴さんは何を?」
アッシュは近くで小動物を狩っているサミュエルを不思議そうに見る。
ルミナと似た事をしているのは分かったが、やはり理由が分からなかった。
「敵の使い魔らしい」
「それは何と言うか……」
「反応があるだけで24匹。昨晩の大破壊の前なら50匹を超えていたかもしれん」
アッシュが言葉を失っている最中にガイツが補足した。
ガイツがリッチ以上の敵と聞いて信じたのも頷ける。
小動物を通して状況を調べるのは魔法使いの常套手段。
驚くほどのことは無い。
だが数が違う。
魔法使いは半身とも言えるペット一匹を除けば少数の使い捨ての即席使い魔を持つ。
神殿一と言われる魔法使いですら8匹が上限だ。
帝国には12匹まで使役出来る魔法使いが存在していると噂されている。
人の常識では使い捨ての使い魔は2匹同時使役出来れば一人前扱いだ。
「目と耳を潰せるのは良い事だ」
「という事で作業が終わるまでは休んでいろ」
「了解」
ガイツはアッシュ同様、アッシュが何らかの魔法の影響下にあるのを懸念した。
サミュエルにその手の魔法を解除するディスペルを掛けて貰うまでは大事な話は出来ない。
万が一、リッチに漏れたら大変だ。
ガイツの判断は妥当だった。
しかし、これが更なる悲劇を生む。
アッシュの報告が終わらなかったから、ガイツはルミナ用の調書を作れなかった。
その結果、ルミナはガイツと一緒にアッシュの報告を聞く事になった。
「……真実の神のお力添えを頂いて、ディィィスゥゥゥペェェェルゥゥゥ!!」
使い魔潰しが終わったサミュエルがアッシュにディスペルを掛けた。
「どうだ?」
「大丈夫そうだ」
ガイツの問いにアッシュが答える。
「当然です。サミュエルの魔法なのですから」
「いえ、これも神々の導きあっての事です」
褒めるルミナと謙遜するサミュエル。
それを冷めた目で見る、元高級娼婦のアビゲイル。
そしてアビゲイルに連れられた何故か居るロバート。
「全員揃ったか。アッシュ、報告を頼む。ロバートも何か意見があるなら言ってくれ」
ガイツが音頭を取り、青空会議が始まる。
フェニックスの調査依頼、そしてダグの村の未来を決める重要な会議だ。
ロバートに取っては他人事なので居心地が悪い。
かと言って逃げたら心証が悪くなる。
「敵さんはリッチだ。東に転進した。追跡は可能だ」
アッシュは淡々と事実のみ述べる。
ルミナが居なければもう少し個人的な感想も入れる。
「討伐しましょう」
ルミナが宣言する。
サミュエルは同意する。
ガイツは内心反対だが、ポーカーフェイスのままだ。
アビゲイルは髪を弄っている。
何とかしろ、と言う合図だ。
「俺は反対だ」
アッシュが何時もの様に嫌われ役を買って出た。
アッシュ以外のスカウトが長続きしない理由でもある。
「何ですって! 理由は?」
「ルミナが弱いからだ」
「もう一度言ってみなさい、斬り捨てますよ!」
激昂するルミナが剣に手を掛ける。
ロバートがオロオロするも、他は動かない。
悪い意味で何時もの光景だ。
「まあ待て、アッシュ。ルミナの強さは本物だろう」
ガイツが仲裁に入る。
「あのリッチは恐らく伝説のエルダーリッチだ。想定戦力比では手も足も出ない」
アッシュが話を続ける。
「そんな馬鹿な!」
サミュエルが驚く。
一体居れば大陸が滅ぶと噂されるモンスターだ。
それがこんな辺境に居るなど誰も考えても居なかった。
「辺境だからいるのよぅ」
「木を隠すなら森では無いか?」
アビゲイルがそう言えば、ガイツが反論する。
リッチの多くは人間型だ。
そのため冒険譚では都市に隠れ住むリッチを冒険者が討伐する。
発見されたリッチの総数が少ないので異論を唱える学者も多い。
1000年以上の歴史を誇るエボルグラス王国の歴史書によると建国以来発見されたリッチは7体。
1体は王国が建国される理由を作った名も無き不死王。
1000年前に大陸の9割を滅ぼし、神が降臨させた勇者に寄って討ち取られた。
残り6体の内、5体は討伐済み。
この6体はそれぞれ都市の地下に秘密の工房を持っていたので発見された。
外に居るリッチの情報は無い。
発見しても生きて帰れないからだ。
「相手がリッチなら聖少女として討伐します!」
ルミナが力強く断言する。
こうなると梃子でも動かない。
アッシュは説得方法を失敗したと嘆いた。
しかし、そこで意外な援軍が来た。
「討伐は良いけどぅ、ダグの村はどうするのぅ?」
口先でルミナをだまくらかせる唯一の人物、アビゲイルが遂に動いた。




