ダグの村 侵攻戦VI
守りの石柱が作る結界の半径はパワーノードの強さ次第。
ダグの村にある極小パワーノードでは近場の建物を複数守れる程度。
テネブリスアニマが持つ小型パワーノードなら結界外からの攻撃は届き辛い。
すなわち、ダグの村の石柱はケーレスの魔法で直接狙える。
狙わなかったのは人の動きと考えを知るため。
ケーレス基準で出涸らしになったダグの村は用済み。
もはや滅ぼす価値しか無い。
「終わりにしますかのう」
ケーレスは重たい腰を上げながら結界の端に近づいた。
近づいたとはいえ、まだ森の中だ。
月明りで薄く照らされた状態でケーレスを視認出来る者はいない。
予備を除いた70体のゴブリンスケルトンが村を包囲する。
村人を一人も逃がすわけにはいかない。
情報の漏洩こそ弁明不可な失態。
全員殺すか奴隷にすれば、外には漏れない。
辺境の村が一夜で滅びる事は普通にあり得る。
ここ数日の調査でそこら辺の事情はしっかり仕入れてある。
ケーレスは石柱の破壊以外は出来るだけ前に出ない作戦を立てた。
村人が知らない遠視の方法で存在が露見するかもしれない。
ミゼラリス商業連合国がそこまで有能とは思えない。
しかしフェニックスの一件でこの地が注目を集めている。
油断はしない。
3日目の深夜。
ちょうど攻城が4日目に入った時。
「……炎の刃となりて、我が敵を討て、フレイィィィムトライデントゥゥゥ!」
ケーレスが長い呪文を唱えて強力では無いが派手な魔法を発動する。
魔法は大まかに5階級に分かれている。
ケーレスは最上位の5階級の魔法を使える。
しかし現在は表向きランク1のモンスター。
敵に過小評価して貰うためにも第2階級の魔法で攻撃した。
第2階級とはいえ、魔法特化のランク9種族の基礎ステータスで放たれた魔法だ。
本来のフレイムトライデントが大きな爪楊枝だとすると、ケーレスのは対地ミサイルだ。
巨大なトライデントが地面をガラス化させながら音速を越えて石柱に迫る。
余波で残った建物が炭化し、衝撃波で残った物が吹き飛ばされる。
そしてフレイムトライデントは守りの石柱を軽く粉砕し、真っすぐ飛び続けた。
村の反対側を楽に超えたあたりでやっと失速して消滅した。
明日以降誰かがここに来ても、ここに村があったと理解出来ないだろう。
「て、敵襲!」
全身小さな傷を負ったスライスが酒場跡から飛び出す。
そして彼は守りの石柱であった物を目撃する。
「何が起こった!?」
「そんな、守りの石柱は破壊不可能なはず!」
次に片足を引きずって出て来たロバートが悲鳴を上げる。
人類の共通認識では起動中の守りの石柱は破壊不可能。
その共通認識があるからモンスターがまん延する辺境を開拓出来る。
その共通認識こそが滅亡に瀕した人類最後の希望。
それが容赦無くへし折られた。
もはや救いは無い。
ダグの村の生き残りが絶望するには十分な現実だった。
カタカタッ、カタカタッ。
68体のゴブリンスケルトンが最後の止めを刺すべく前進して来た。
2体は間抜けにもフレイムトライデントの余波で吹き飛んだ。
ケーレスが精密な指示を出せない弊害だ。
本来の万のアンデッドを動かして戦うため、数体巻き添えになっても問題は無い。
今回は数が100弱なので必要以上に目立つ。
「終わりよのう」
ケーレスが森に潜んで呟く。
最後まで前に出なくてホッとしていた。
後は高見の見物と洒落込んだ。
アサンが居れば全力で頷き、仁が居れば「敗北フラグだぁぁぁ」と絶叫していた。
「円陣だ、円陣を組め!」
村ではスライスが絶望的な防衛戦を指揮していた。
死ぬのは分かっていた。
一矢も報いれず無様に沈むのみ。
それでも太陽が昇るまで持ちこたえれば……。
「奇跡なんておきねえぜ!」
斧を担ぎ上げながらジンドが言う。
「村人を連れて撤退戦に移れる。希望はまだある」
僧侶が出来るだけ多くの人の傷を治しながら反論する。
撤退を開始しても、次の村に辿り着けない。
皆は分かっていた。
しかし認めたくは無かった。
だからスライスの指揮に従った。
最後くらいは夢を見ても罰は当たらない。
「こんな所で死んでたまるか!」
ロバートが魔法でゴブリンスケルトン一体を吹き飛ばす。
「要は俺が100回魔法を唱えたら良いだけだろう!?」
自暴自棄のロバートはそう叫んだ。
ロバートが唱えられる魔法を低燃費の第1階級に限定しても15回。
命を削って、明日以降魔法を唱えられない体になるのを覚悟しても30回。
「お付き合いします」
僧侶も対アンデッド用の聖句を口にする。
回復要員も兼ねているから良くて10回。
「俺とジンドで28体か」
「俺が20体やるから、スライスは8体な」
「ほざけ、数が逆だ!」
スライスとジンドが軽口を叩く。
後二人居れば……。
冒険者の4人は村人を攻める気は無くなっていた。
それでもあの二人が生きていれば生き残る目が現実的にあった。
これすら戦力計算をしたケーレスの掌の上だとは流石に気付けなかった。
そして、背後に居るはずのネクロマンサーの事はすっかり忘れられた。
思い出したところで、ネクロマンサーが出て来たら打つ手がない。
「村長達は円陣の中心に居ろ! 出たら守り切れない」
そう言ってスライス達はゴブリンスケルトンに突貫した。
回復アイテムと僧侶の回復魔法があった最初の一時間は優勢だった。
生き残れるかもと錯覚する程。
僧侶の魔法が付き、彼がメイスを持って前線に立った次の一時間は均衡を保てた。
しかし2時間戦い続けたスライス達は限界だった。
ゴブリンスケルトンは数にあかせて無理攻めをしなかった。
投石を繰り返し冒険者と村人相応にプレッシャーをかけた。
「ええい、まどろっこしい!」
痺れを切らしたジンドが敵中深くに突撃した。
「待てジンド、罠だ!」
スライスの声は届かなかった。
スライスの発言とジンドの首が地面に落ちたのはほぼ同時だった。
「あの剣は!」
ロバートが驚愕の表情で固まる。
ジンドを殺したのはゾンビとして使役されたかつての仲間だった。
ゴブリンスケルトンの武器は粗末だ。
冒険者が使っている剣もそれほど良いものでは無い。
しかし、不意打ちでジンドの首を切り落とす程度は余裕で出来る。
「おお、神よ!」
僧侶は本能的に神に祈るも、救済は無かった。
「糞っ! 糞がぁ!」
スライスが怒り、奥歯をかみ砕く。
それでも無謀な突撃だけは思いとどまった。
首無しゾンビとなり、敵に回ったジンドの姿が逆にスライスを冷静にした。
「首無しゾンビなら長くは持たない! 時間を稼ぐんだ」
ロバートがかつて読んだ文献の中身を必死に思い出す。
ゾンビ系は腐敗が激しいため寿命が短い。
そう書いてあった。
それが真実か知る術は無かった。
少なくてもケーレスのゾンビはそんな弱点を抱えていない。
それから数時間。
最初はスライスがゴブリンスケルトンの槍衾で穴だらけになった。
次にスライスに代わって前線で頑張っていた僧侶が武器が折れた隙にアンデッドの爪で引き裂かれた。
最後に残ったロバートも投石を食らって四肢の感覚が無く、内臓にも致命傷を負っていた。
「ここまでか……」
それでもロバートは最後まで守ろうとあがいた。
しかし現実は非常だった。
ゴブリンスケルトンの一撃で死を覚悟した。
そして一条の青い光がゴブリンスケルトン達を貫いた!




