ノワール
「ヤバい!」
仁が口に出すのが早いか、トラックに轢かれるのが早いか。
何を言った所で即死は確定事項。
仁はアイアン・サーガ・オンラインの次のイベントを見る前に死ぬのが残念だった。
共に戦った真の仲間達ともう会えないのが残念だった。
それ以外の大きな未練は特に無かった。
SSDに保存されている人には見せられない画像類はきっと大丈夫だろう。
誰にも気付かれずに消去されるはずだ。
「マスター、死んではダメ!」
一瞬、キャッスルの声が聞こえた気がした。
そして、仁の意識は闇に落ちた。
キャッスルは願った。
マスターの命を助けたいと。
代償が如何なるものであろうとも。
他の仲間もきっと同じ想いだろう。
その願いを受けて、アイアン・サーガ・オンラインにあるフェニックスの卵が孵った。
「ここは何処?」
キャッスルの疑似人格であるノワールは謎の空間に居た。
全裸だが、いつも全裸なので今回だけ特別なのか彼女には分からなかった。
ノワールは職業柄、洋服を着てもすぐに燃え尽きる。
何時しか仁もこの幼女に服を着せるのを諦めた。
ノワールが何も無い空間を進むと、そこには生まれたばかりのフェニックスが居た。
「ゲームの演出では無い?」
ノワールはこれがゲームでは無いと何故か理解出来た。
そもそもただのAIが仁の指示無しにここまで自動には動けない。
ノワールの思考能力は大幅に強化されていた。
「まるでマスターみたい」
それは喜ばしい事であった。
だが、肝心のマスターが事故にあったのだ。
ノワールは気が気では無かった。
「ノワールよ、仁を救いたいか?」
フェニックスが語り掛けて来た。
ただ、生まれたばかりのひな鳥がこんな流暢に話せるだろうか?
ノワールは気にすらしなかった。
「当然!」
「方法が一つだけある」
「なら早くやって!」
「良かろう」
ノワールは物事を深く考えない。
この場に居たのがアサンかケイレースならば条件を詰めるために数日は消費しただろう。
フェニックス、またはフェニックスの後ろに居るであろう何かの思惑通りに事が運んだ。
眩しい光と共に仁の魂、そして彼の真の仲間達は世界から消えた。
それはまさしく奇跡であった。
そしてその奇跡に見合うだけの代償を払う運命に仁は飲み込まれた。
◇◇◇
深い森に囲まれた土地。
そこに多少開かれた場所。
生い茂る樹木以外には石造りのボロい建物が一つ。
そこに倒れている仁。
そして彼の隣に座る女性。
それは最下層の娼婦でも敬遠するみすぼらしい下着を着た絶世の美女。
美貌と服の質が余りにも剥離している。
「陛下、起きてください、陛下」
敬愛する陛下である仁を起こそうとするコレンティーナ。
大淫婦たるアークサキュバスクイーンにはあるまじき献身。
コレンティーナは仁に最弱のインプからここまで育て上げて貰った恩があった。
それ故、仁の前だけでは多少気持ち分だけ臆病になる。
もし室内にいたら、そのまま一線を越えていただろう。
「このままでは埒があきません。それならいっそ……」
いっそ既成事実をと思った矢先に邪魔が入った。
「陛下はまだ目覚めぬか」
近くの建物から出て来た穴だらけの黒いローブを纏ったアサンがコレンティーナに近づく。
「まだよ」
良い所で邪魔をされた事を不快に思うも、コレンティーナは顔には出さなかった。
良くも悪くもお互いを理解している。
仁がコレンティーナを求めればアサンは邪魔をしない。
「そうか」
エルダーヴァンパイアキングは感情を表に出す事は稀だが、長年の付き合いがあるコレンティーナはアサンが心配している事が分かった。
「それより、あのボロ屋の調査は終わったの?」
「終わった。キャッスルだ。間違いない」
「あれが……テネブリスアニマ?」
かつては1億人都市を見下ろしてた闇の魔城テネブリスアニマ。
その成れの果てに悲しむ二人。
この状況なら疑似人格はまだ目覚めてはいないだろう。
ここにいる中で唯一真実を知っているであろうノワールが目覚められない事に二人は眉をひそめた。
「陛下を中に動かそう」
アサンは仁をお姫様抱っこで持ち上げる。
アサンの後をコレンティーナが追う。
敵は感知出来ないが、コレンティーナはアサンを守れる位置をキープした。
今のアサンでは仁を抱えては戦えない。
かつての強さがあれば話は違ったが二人はランク1レベル1になっている。
装備もゲーム開始時の初期装備だ。
最上位種族の圧倒的基礎ステータスのおかげで大抵の敵には勝てる自信があった。
しかし、大陸を制覇した時の様な無双は出来ない。