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西の小国家群I

 西の小国家群は大神殿が陥落した事で激戦地と化していた。王国軍は自国を守るために援軍を派遣すると言う体で略奪を繰り返していた。小国家群の国々はそれに反発し、王国軍と泥沼の戦いを演じていた。そしてそこに人類の敵まで加わり、状況は不鮮明の極みとなった。


「西からは新しい情報は入ったか?」


 ヘルファスト7世が会議の席上で問うた。国内問題は山積みだったが、まずは全会一致しやすい国際問題から始めた。


「偵察に出したワイバーン兵の情報ならここに」


 若手の文官が情報を纏めた資料を提出した。


「膠着ですか。思ったより健闘していると言えましょう」


 宰相のトウサインがさっと眼を通して感想を述べた。他の参加者もそれには頷いた。理由はどうであれ、人類の敵が王国の国境を越えないのは朗報だ。


「一丸となって戦った時は不利だったのを、内部分裂して有利とは少々解せません」


 長く最前線で持ちこたえていた大司教が一人意を唱えた。一丸となっていた時はこの六倍の戦力を投射出来た。それなのに毎年小規模な敗北を重ね、最終的には大神殿が落とされた。神への信仰こそが勝敗を分ける切り札だ。それなのにこの報告を認めれば、信仰の重要性に疑問を持つ者が多くなる。


「それに関しては、どうやら人類の敵が攻勢を戸惑っている様だと現場から聞いていますわ」


 年配の女性文官が口を開いた。彼女の息子は地方領主であり、息子の同期が何人も西に行っていた。その縁を使って最新の情報を手に入れていた。


「戸惑う……か」


 ヘルファスト7世は不思議そうに呟いた。


「陛下、過去の文献によると人類の敵は要衝を攻める際には一時的に攻勢を弱めるとありました」


 トウサインが過去の出来事を諳んじた。


「となると人類の敵は情報収集をしているのか」


「そして以前より与し易いと理解すれば、一気に攻勢に出るかと」


「如何程持つ?」


「要衝である場合は半年から一年です」


「要衝とはとても言えないのが気がかりだ。長く持つとは思わぬ方が良い」


 ヘルファスト7世の判断は結果的に誤っていたと後年判明するが、王国はこの考えを下に防衛計画を作り上げた。人類の敵は「同士討ち」と言う未知の事態に困惑し、的確な戦略を取れなくなった。人類の敵は既知にはめっぽう強い判明、未知には手も足も出なかった。


 人類の敵をここまで混乱させたのは大小20以上の独立国が乱立していた小国家群の国家形式にも理由があった。小さい国だと王国の男爵領より小さく、城塞都市とその周辺だけと言う国もあった。しかし国々の指導者は指導者議会で一票ずつ持っていた。票を増やすために小さな独立国の存在を認めたため、統合を望む勢力は少なかった。軍事力に長けた大きい小国が小さな小国に投票を強要し、小さな方は見返りに何かを強請った。こんな形式が百数十年続いていた。


 こんな混沌とした小国家群のリーダーとして三カ国が存在していた。一つが今年滅んだ大神殿。もう一つが孤立無援で来年中に滅びるルトシズ魔法王国。そして最後の国はこの二つの強国が合意に至れない場合にキャスティングボートを握るそこそこ強い国。この三番目の国は定期的に入れ替わり、その権勢は長く続かない。


「ここはやはり大神殿の威光を使う方が良いのでは無いでしょうか?」


 大司教がそれとなく進言した。大神殿は滅んでも大神殿の長い手は未だ小国家群の中に生きていた。


「それなら最初から王国軍を受け入れていたでしょう」


 トウサインが反対意見を唱えた。状況が悪化してからしたり顔で大神殿に介入される気は無かった。


「ですが余り時間を掛けては帝国が動くのでは?」


 若い文官がどっちの肩を持っているのか分からない事を言った。


「それは有り得ません。商業連合国と言う渦中の栗を拾った王国に攻め込めば火中の栗を二つ持つ事になります。東西の問題がある中で、北に手を回す余裕はあの酷には無いのです」


 トウサインが自虐的に説明した。王国が自壊覚悟で北に進軍した今、帝国が北進すれば王国の自壊に巻き込まれる。帝国は御せない混乱が起こる地域に進軍するほど見境無しでは無かった。


「西が落ち着けば別でしょうけど」


 女性文官が宰相の言を補足した。


「東の件もあるのでは無いでしょうか?」


「それは無かろう」


 東を気にした大司教の弁をヘルファスト7世が即座に否定した。こういう事はトウサインがやるため、会議の参加者は些か驚いた。


「となると帝国は東を安定させた事になるのでは……」


 若い文官が当たり前の事を言い出し、それを気付いて途中で黙った。無理も無い。これまでの人類の歴史からはあり得ない事が起こったと認める事になるからだ。


「そうだ」


 重いため息を付いてヘルファスト7世が肯定した。肯定するのが正しい事かは迷ったが、隠したところで王国の現状は好転しない。


「有り得ません! その様な事は神への冒涜です!」


 感情的になって大司教が叫ぶ。


「帝国だからなあ」


 トウサインが剣幕に押されながらもそれだけ絞り出した。他の参加者は嵐が過ぎるのを待った。ここで何か言えば大司教の不興を買うのは間違いない。そのリスクを冒して、尚且つ軟着陸出来る程の知恵者はトウサインだけだ。


「トウサインの言うとおりだ。帝国は魔物と手を組んだ」


 ヘルファスト7世がトウサインの発言を素早く肯定した。それを聞いた大司教は一瞬立ち上がるも、そのまま無気力に椅子に沈んだ。ヘルファスト7世の発言はそれほどまでに衝撃的だった。


「し、しかし、そうなると我らは?」


 若い文官が恐る恐る問うた。帝国が北上せずともテネブリスアニマが西進する可能性はあった。それどころかティファーニア農業国での一件で王国と敵対する可能性は大幅に上がった。


「王国は魔物と手を組む事は無い」


 ヘルファスト7世は力強く断言した。それが演技だと気付けたのは共謀者のトウサインだけだ。


「流石は陛下! 神の加護は陛下にこそ相応しい!」


 急に元気になった大司教が加護の大盤振る舞いを約束した。加護を与えるのは神であり、大司教が何を言ってもご利益は無い。そもそも加護を簡単に与えられたら人類は今のように劣勢にはならない。少なくても聖少女みたいな怪しげな力に頼る事は無かった。


「東の魔物、そして西の人類の敵に対応するために、余はサイモンを総督に任命する所存だ」


 急な話題転換を図ったヘルファスト7世。


「よろしいかと。では早速決を採りましょう」


 そして慎重で知られるトウサインも素早く投票による採決を望んだ。ある程度の根回しは済んでいたが、通常なら数日の談義を経て反対多数で否決されていた。総督という地位は私腹を肥やすには最適であり、それを望む者は重臣会議とその縁者に多かった。


 ヘルファスト7世は重臣会議の興奮を逆手に取りサイモンの総督就任をごり押しした。大司教が総督就任に賛成した事もあり、事はヘルファスト7世の思い通りに運んだ。これにはヘルファスト7世とトウサインの深謀遠慮があった。


 総督と言う地位には多少の独自外交権が与えられていた。テネブリスアニマに一定の理解を示したサイモンなら総督の権限の内でテネブリスアニマと何らかの手打ちをするとヘルファスト7世は期待した。大神殿の残党を内に抱える王国はテネブリスアニマと決して手打ちが出来ない。その様な素振りを見せるだけで大司教が聖少女を使って反乱する。既に世界の趨勢は大神殿無き世に決められつつあった。過去にすがる大神殿と王国の未来は暗かった。


 ヘルファスト7世は三角貿易ならぬ三角外交でテネブリスアニマと何らかの和平を実現する腹積もりだった。この様な高度な外交戦略を理解出来る者は王国ではトウサインだけだ。優秀な人材が豊富な帝国ならもう少し多くの人間が気付いたかもしれない。サイモンはヘルファスト7世の考えをある程度理解し、テネブリスアニマと上手く話を進めた。その結果、予想していなかった三角貿易による食料輸入で王国がしばし持ち直したのはヘルファスト7世に取って嬉しい誤算だった。

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