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エボルグラス王国III

12月は予定より少し忙しくなりました。

当分は週一更新になります。

 ヘルファスト7世は調度品が乏しくなった王城の中を足早に歩いた。重臣会議に向かっているのもあったが、それ以上に寒かった。かつては魔法によるセントラルヒーティングで真冬でも春先並の温度を保っていたが、財政難のために使用を停止していた。王の寝室に個人用の魔法ストーブを置くのが許された精々の贅沢だ。


「陛下、今日も顔が青いですな」


「トウサイン、貴様も今にも死にそうな顔をしているぞ」


「この冬は乗り越えられると思いますが、それ以降は神の思し召し次第かと」


 道中で老宰相のトウサインと合流した。トウサインは王とここで合流し、会議室に入る前に意見交換をするのが日課だった。しかしこの寒さはことのほかトウサインの老骨に厳しいようで、トウサインは次の冬までは持たないだろうと思われた。


 ヘルファスト7世は宰相の近い死に悲しむと同時に羨んだ。少なくてもトウサインはエボルグラス王国が滅びる前にこの世を去る。ヘルファスト7世も可能なら王国が滅びるのを目にしたく無かったが、後継者に重荷を押しつけたくは無かった。


「北からの報告は?」


 エボルグラス王国の北にはミゼラリス商業連合国があった。王国は商業連合国に大借金をしており、それを踏み倒すために進軍した。とは言え、商業連合国もここ数十年の失策で屋台骨がグラついていた。地震からの津波、そして強力なモンスターの大量発生で自壊していた可能性が高い。


「サイモン総督が抑えたと」


 商業連合国の征服を一任された王国軍参謀のサイモンは見事にその任を果たした。左遷人事なので手を抜くのではと心配した重臣が多かったが、この結果を見れば黙るしか無い。後は重臣会議で正式に総督に任命するだけだ。


「国庫が空になる前に間に合ったか」


「サイモンが現地の略奪品を給料に充てる事で何とか」


「そんな状態なのに、他の重臣は国庫が暖かいと言っているのか」


 ヘルファスト7世が諦めたようにため息を付く。その息は一層白かった。王国の重臣は国家形式に比べて経済に明るかった。だからか、戦勝しながら目減りする国庫の状況を理解出来なかった。商業連合国は王国の財を不当に持っていった盗人にも劣る輩と考えていた。その国を征服すれば、王国の財を回収出来、経済は好転するはずだった。


「赤字のために他国を征服するのは我が国くらいですから」


 この様な理由から重臣を非難するのは酷だとトウサインは密かに考えた。陛下と同じ目線で物を見ているが故に、陛下の正しさは骨身に染みていた。然れど、正しさで腹は膨れない。


「だが、やるしか無かった」


「はい」


 トウサインは王の発言に頷いた。自国を滅ぼしてまで北を抑えたのには理由があった。商業連合国が自壊すれば、難民とモンスターが南下する。そうなれば王国も連動して自滅する。ここで無理攻めをする事で両国を安定させた。その安定は砂上の楼閣でしか無いが、上手くやれば十年は持つ。予想では、商業連合国は二年で自壊し、それに連動した王国も三年後に滅びた。五年も余分に猶予を得られたのなら十二分に行動する価値があった。


 今日の重臣会議の中心となる商業連合国の事で意見のすり合わせが終わった頃に二人は会議室に到着した。二人の入室と共に、会議室に居る全員が臣下の礼を取った。それから数分は軽い与太話に終始した。ヘルファスト7世は難しい会話に集中するためにも室内の魔法ストーブで暖まりたかった。


「欠席者がいるようだが?」


 トウサインが出席者の名簿を見て言う。出席者の確認と緊急の議題が部下から上がっているか調べるのは宰相の仕事だ。議題は無かったが三人も欠席者がいるのは少々多い。事前に分かっている長期任務で不在の場合以外、参加資格者は基本的にこの会議に出席する。何せ王国の戦略と未来はここで決まる。碌な発言をせずとも、この会議内容を知っていれば他の臣下と商人相手に先手を打てる。


「二人は風邪が長引いています。もう一人については何の知らせも受け取っていません」


 状況を把握している若手文官が答えた。


「風邪か。心配だな」


 ヘルファスト7世が言った。重臣はタダでさえオーバーワーク気味だ。それにこの寒い中で暖を取る手段が限られていた。最悪風邪が悪化して死ぬ可能性すらあった。


「風邪なら対処のしようもあります。無断欠席の者こそ厄介です」


 トウサインは不在の三人目の事を心配した。無断欠席する男では無いが、王への忠誠心は高いとは言えなかった。この男はこれまでは重臣会議と言う飴があるために頑張って仕事をしていた。しかし商業連合国の後始末で飴どころでは無くなった。トウサインの記憶が正しければこの男は地方に小さな領地を持つ領主だ。無断で領地に帰ったのなら討伐対象だが、今の王国に討伐軍を組織出来る力も金も無かった。


「捨て置け」


 ヘルファスト7世も同じように考えた。討伐令を発するのは簡単だ。しかし討伐が失敗すれば権威の失墜に繋がる。これを見越して独自で行動したのであれば、ヘルファスト7世は男爵の評価を大幅に上げる必要があると痛感した。ただこれまでのやりとりではそこまで切れる男では無かった。


「陛下、僭越ながら私めが復帰するように説得致しましょう」


 そう言ったのは新しく重臣会議に参加するようになった大神殿の大司教だ。彼は臨時の大神殿が王国内にあり、尚且つ信者の数が多い理由を盾に重臣会議の席を王国に無理矢理用意させた。商業連合国の征服も大神殿のお墨付きを貰って国内不安と国際非難を躱した手前、断る事は出来なかった。


 ヘルファスト7世を始め、重臣会議の参加者の大半は日々の激務と経済事情が痩せていた。しかし大司教のみは丸々と太っていた。それだけ不安になっている民からお布施を巻き上げていた。そうで無くても大神殿から脱出する時にかなりの金銀財宝を持ち出したとも言われていた。持ち出したのが金銀財宝だけなら良かった。


 大司教がここまで大きい顔が出来たのは、彼の指揮下にある十数名の聖少女のおかげだ。人類において、単騎最強と言われた聖少女をここまで多く有し、それを臆面も無く政治利用した男はこの大司教が初だ。大司教がヘルファスト7世を廃するクーデターを起こしたら、大司教の支配下にある聖少女を止められる戦力は王国に存在しない。


「ふむ……」


 ヘルファスト7世は即答を控えた。そして頭の中で必死に状況を整理した。大事な事は一つ。大司教が成功すれば彼は何を得るのか。これを軸に考えれば、大凡の絵図を理解出来た。無断欠勤した重臣はかなり熱心な信者だ。それが大司教の「お願い」で数日欠勤して、大司教の「説得」で復帰したら、大司教の株が上がり発言権が増す。重臣の方も数日の欠勤で殺されない事は分かっていた。


 完全なマッチポンプだ。大司教が使うには少々稚拙な手だ。それでもこの時期に動いたのはティファーニア農業国での敗戦が原因だ。エボルグラス王国とは無関係を貫き聖少女ルミナを派遣してテネブリスアニマと戦場で戦った。仮の大神殿が王国に移ったのに無関係を主張するのは苦しい。それでも勝つか引き分けていればなんとか取り繕えた。しかしルミナは負けた。そして大神殿の手勢は突然乱入してきた神の使徒に蹴散らされた。大司教が箝口令を敷いていなければ、大神殿の権威は確実に地に落ちていた。


 欲が底知らずな大司教ですら数キロは痩せる非常事態だったのに、その少し後で大神殿とは異なる巨大神殿が光の柱と共にティファーニア農業国に突然現れた。邪悪なるテネブリスアニマの外法だと糾弾したかったが、巨大神殿はザンボルド帝国の支配地域にあった。巨大神殿を非難すれば帝国が敵に回るかもしれない。


 使徒と巨大神殿だけでも頭が痛いのに、使徒がもたらした聖書の存在もまた大司教を脅かした。それは秘匿されている大神殿が使う聖書の原本と限りなく近かった。近いと言う事は大神殿が崇める神に不都合な記述を改変した一般に流通している聖書とある程度親和性があった。そして一般聖書で改変の結果意味不明になっていた箇所が明瞭に解説されていた。


「如何でしょう?」


「あの男はきっと風邪でも引いたのだ。説得は不用だ……しかし余の代理で慰問してはくれぬか?」


「畏まりました」


 大司教は恭しく頭を下げた。ヘルファスト7世は満足げに頷いた。説得を任せれば、大司教の功績になる。代理慰問は名誉な褒美であり、大司教の格には相応しい。ヘルファスト7世はこの一手で大司教の野心を潰しながらも彼の名誉を守った。難しい国家の舵取りを長くしているだけの事はあった。


 ヘルファスト7世と大司教の話が終わったのを見て、トウサインが重臣会議の開始を宣言した。サイモンの総督就任、そして西の戦線の事で会議が夜遅くまで紛糾するのは目に見えていた。

少々の幕間を挟んで第四章開始です。

今回は外の世界の物語が中心となります。

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