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テネブリスアニマ ~終焉の世界と精霊の魔城~  作者: 朝寝東風
第三章 ティファーニア炎上
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焼け野原会議Ⅰ

「酷いな」


 仁は乗っている馬車から外の風景を見ながら言った。仁はザンボルド帝国の誘いで掠奪された西セントリーアに来ていた。ティファーニア農業国の八州が全て陥落したのを祝うのと同時に今後の棲み分けを決める大事な会議が開催される予定だ。ザンボルド帝国はテネブリスアニマから決定権のある存在の派遣を求めた。


 前回密約に合意したアサンがザンボルド帝国に滞在している時に話を持って来たのはテネブリスアニマの底を計るため。誰も出せないのなら表向きの合意ではザンボルド帝国が有利になる様に動く。誰か出せればテネブリスアニマの秘密がまた一つ露見する。どう転んでもザンボルド帝国には損が無い様に思えた。


「私達が攻めても似たようになりましたわ」


 同乗しているコレンティーナが余り興味無さそうに返した。十万人以上は収容出来ただろう首都は焼け野原となっていた。辛うじて原型を留めた大通りの側には行き場を失った民が屯していた。コレンティーナが興味を示しそうな中央通りにあった店は一つ残らず入念に掠奪されて放火されていた。戦後の立て直しで中央道路はザンボルド帝国の息の掛かった店が独占する。


 ミゼラリス商業連合国は征服したティファーニア農業国で金儲けしか考えていなかった。だから常に反乱の危機に晒されていた。ザンボルド帝国は現地の経済と流通に自国の人間を入れる事で反乱の芽が芽吹かない様にしたかった。ミゼラリス商業連合国が目指したのは植民地からザンボルド帝国が目指すのは併合だ。


 そして両セントリーアを併合出来れば、他国が残りの六州を支配していても意味が無い。大型パワーノードを始めとしたこの地域の中心は西セントリーアであり、ここを抑えた勢力が地域にもっとも影響力を行使出来る。


「そうだな」


 仁はそれだけ言うと黙った。テネブリスアニマは戦争をしなければ滅びる。だから西セントリーアに攻め込めばコレンティーナの言ったように虐殺と掠奪を繰り返しただろう。一年前はイスフェリアの町に星を落として滅ぼした。そんな事をした後で仁は今更善人ぶる気は無かった。ただそれでも無意味な破壊の跡を見るのは心が痛んだ。


 半壊した石造りの城を通り過ぎ、ザンボルド帝国が確保した広場に到着した。そこには複数の屋敷が新しく建てられていた。復興作業が本格的に開始されたら取り壊される仮設住宅だが、軍のお偉方とこの会談に参加する重要人物が滞在する拠点としては十分だ。仁の馬車はテネブリスアニマの旗が立っている屋敷に入った。


「仁様、コレンティーナ様、お待ちしておりました」


「ご苦労だったエヴルイン。報告は読んでいるが、何か動きがあったか?」


「今の所は何もありません。少々静かすぎます」


 先に屋敷で滞在していたエヴルインと合流した仁は早速最新の情報を求めた。エルフとサキュバスの諜報部隊が多少お互いの足を引っ張りながらも情報収集に明け暮れた。この地を放棄するにしても復興するにしても、それを判断するための材料が揃わなかった。そしてエヴルインはそれが不自然に思えた。


「こっちの諜報部隊は有能だからな。ここで全部知っているのは司令官と筆頭外交官くらいだろう」


 仁はマハイからテネブリスアニマの諜報能力が漏れたと知っていた。マハイ本人は口が堅くともディヴァインナーズがそうだとは限らない。それにサキュバスが激しく出入りしている所を遠くから監視すれば大凡検討が付く。ザンボルド帝国は交渉を有利に進めるために帝国の今後の予定を考察出来る材料を徹底的に排除した。


「でも見捨てないのでしょう? それなら幾ら手札を隠しても無駄ですわ」


「その判断を俺達が出来るかも見極めたいのだろう」


 コレンティーナの質問に仁が答えた。テネブリスアニマの中枢が何を考えてどう行動するか。ザンボルド帝国はここでこの機会を最大限に使う積もりだ。何せ次に干戈を交える時は両国の領土での事になる。本土のためなら併合前のこの地を犠牲にする事を厭わない。そして帝国のその決定に意を唱える人間は既に殺されている。


「ならアレは不味かったのかしら?」


「それでこっちが手札を見せたと帝国が思えば御の字だ」


「炊き出しのおかげで助かった民は多いです。帝国の策もあり、残った民はテネブリスアニマにかなり好意的です」


 焼きたてのパンの匂いが気になったコレンティーナの問いにエヴルインが親切に解説た。ザンボルド帝国の招待を受けて真っ先に動いたのはベルナドットだった。彼女はエヴルインと一緒にこの地に乗り込み炊き出しを開始した。幸い麦と酒ならテネブリスアニマに腐るほどあった。本来のベルナドットを知る者は何が彼女をそんなに駆り立てるのか理解出来なかった。ベルナドット曰く「本能的に」らしい。


 仁は聖痕を通じてヴォーロスが介入している可能性を懸念した。しかし炊き出しだけならテネブリスアニマの害にならないので好きなようにさせておいた。ヴォーロスが本当に介入しているのなら、その狙いもある程度絞れた。それが正しいか確認するためにも援助は惜しまなかった。


「ならば炊き出しは継続するか。娼館と神殿まで建っているのは驚いたが」


「有志による支援です」


「それは良いが、いざとなったら逃げられる用意はしておけ」


 仁は「有志って誰だよ!?」と突っ込みたかった。ロイヤルブラッドの面々だろうと予想出来たが、それだけの金を動かせたのかと驚いた。焼け野原に建築素材を運ぶだけでもかなり大変なのに、その上で帝国軍に睨まれた状態での作業だったはず。実際はエボルグラス王国とザンボルド帝国も思惑があって娼館の建設に手を貸していた。余談だが、おまけで神殿まで建って責任者が本国に吊し上げられた。


「それで本命はどうなっているのかしら?」


 コレンティーナは熱い風呂にでも入ってゆっくり休みたかった。しかし仁が仕事を終わらない限り休まないとも知っていた。だから脱線激しい二人を無理矢理本題に戻した。


「そうだったな」


「ではこちらに。何時までも立ち話はなんですので」


 エヴルインに案内されて窓の無い部屋に入った。部屋の周りには実力者が控えていて魔法による遠視からも守られていた。国家の浮沈を左右する大事な話はここでする事になっていた。


「破れる?」


「私なら余裕ですわ」


「それは分かっている。ベルナドットとかマハイ辺りはどうだ?」


「難しいわね。それに確実に2番に気付かれるわ」


「それなら安心だ。エヴルイン始めてくれ」


 防諜体制が大丈夫だとコレンティーナが判を押したのでエヴルインが説明を開始した。八州の内、西と北西の二州はエボルグラス王国のものになりそうだ。北東、東、南東の三州はテネブリスアニマのものだ。東セントリーアはテネブリスアニマが支配している。南西の州と西セントリーアはザンボルド帝国のものだ。


「王国の取り分はこれで確定させよう」


「畏まりました」


 仁が素早く決断した。西の州を帝国が取ると、王国は北東の州を求めるのはスーキンから聞いていた。帝国が取るはずだった州を諦めさせるのだから、その分テネブリスアニマは不利な条件を飲まされるだろう。それは覚悟の上だった。王国と言う喉に詰まった小骨を最優先で取り除く事にした。それに王国とテネブリスアニマが昵懇の中に見えたら帝国にプレッシャーを与えられる。


「やはり東セントリーアを渡せって言うのかしら?」


「それは困ります」


「いや逆に渡してしまおう」


「大丈夫なの?」


「現場の反発が予想されますが?」


「文句はアサンに言え、と宣言すれば黙るだろう」


「はっ、確かに……。帝国との密約はアサン様の責任で合意したもの。それをヴァンパイアがひっくり返す事は出来ません」


「流石にアサンと殴り合って勝てる子はいないわね」


 仁は東セントリーア失陥を全部アサンの責任にする事にした。一番文句を言いそうなコットスはルミナ戦での失態があり、強く反発出来ない。スーキンは東セントリーアを諦めたら自領のボーレニア州が安泰になるので抗議文以上の事はしない。マハイはどう動くか読めないが、色々やった結果アサンに睨まれるのを恐れていた。


「だがただで渡す気は無い」


「何か考えが?」


「ああ、それはな……」


 仁は小声でコレンティーナとエヴルインに考えを伝えた。コレンティーナは首を傾げてその行動の真意を理解出来なかった。エヴルインはその余りにも外道な一手に絶句し、帝国はこの条件を飲むだろうと太鼓判を押した。

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