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テネブリスアニマ ~終焉の世界と精霊の魔城~  作者: 朝寝東風
第三章 ティファーニア炎上
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セントリーア大乱ⅤⅠⅠ

「コットス様はやらせない!」


 それがガイツの大戦斧に袈裟斬りにされた男の最後の台詞となった。そしてコットスとガイツの間にはロイヤルブラッドの面々が人間の盾となって割り込んだ。その異様な光景にティファーニア兵は固まった。


「何故邪魔をする!」


 ガイツが吠えた。何故同じ人間がモンスターを守るのか理解出来なかった。残った人間がルミナの命懸けの一撃で重傷を負ったヴァンパイアを倒す。ヴァンパイアに脅されて戦っていた人間も解放される。それで綺麗な物語が完成する。


「コットス様は王家最後の希望だ!」


「今度は俺達がコットス様を守る番だ」


「誰か、コットス様を後方に!」


 ロイヤルブラッドの面々が口々に言う。百八十センチはある大男二人がコットスを担ぎ上げて撤退を開始する。


「貴様ら……私は……」


 コットスは抗議するも重傷故に抵抗出来なかった。人間二人に抵抗出来なかったか事か人間二人に担がれていて離脱する事のどっちの方が大きい屈辱かはコットス本人にも分からなかった。


「逃がしてはいけません!」


 サミュエルの声でティファーニア兵は我に返ったが追撃の手は緩かった。スケルトンと戦うのなら命を捨てる覚悟で戦えたが、今の相手は同国人だ。それもティファーニア王家の下で独立国として復活する思いを同じくする人間だ。


「大神殿が何をしたか忘れたか!?」


「大神殿が保証していた独立はどうなった?」


「こっちにはノワール様がいらっしゃる!」


 大神殿の聖騎士が向かって来たのを見て罵詈雑言の嵐がロイヤルブラッドから飛んできた。大神殿はティファーニア農業国の独立を保証する立場にありながら、ミゼラリス商業連合国が征服した際に何も言わなかった。それどころか神々の名の下に併合を認めた。これは純粋にミゼラリス商業連合国の寄付金の金額がティファーニア農業国より遙かに多かったためだ。そしてこの大神殿の裏切りをティファーニア王家とそれに近いロイヤルブラッドの構成員は決して許す気な無かった。


「この不信者どもめ、地獄の業火で焼かれる前に私の槍で生き地獄を見せてあげましょう!」


「……待てサミュエル!」


 激昂したサミュエルが人間の盾をその槍で切り裂く。聖騎士として知恵を与えられ洗脳されたサミュエルは大神殿への不敬を許す事は出来ない。眼前に居るのは同じ人間では無く処分すべき家畜だ。まともな教育を受けていないルミナなら相手の言い分を理解出来ずにもう少し穏便な事になっていた。


 そしてサミュエルが模範的な聖騎士として動けばどうなるか分かっていたガイツはサミュエルを止めようとした。ルミナの声なら届いたかもしれないが、ガイツの声ではサミュエルには届かない。この凶行を見たティファーニア兵は完全にやる気がそがれた。サミュエルを止めるためにまだ武力を用いないだけルミナの記憶が鮮明に残っていた。


「ここで罪を悔い改めコットスの首を差し出せば神々もお許しになるでしょう」


 ろくに抵抗出来なかった百人ほど斬り殺してサミュエルが言い放つ。神々が許してもサミュエルと大神殿は絶対に許さない。それでもコットスを殺すための犠牲になれば味方の被害が減る。


「巫山戯るな!」


「俺達は最後までコットス様と共にある!」


「同胞達よ、この蛮行こそが大神殿の真実だ。目を覚ませ!」


 当然と言うべきか、ロイヤルブラッドの面々はサミュエルの申し出を断った。そしてルミナと共に戦ったティファーニア兵の心を揺さぶった。サミュエルとガイツが残り三百人を二人で殺せるほど強く無ければ兵士の中から裏切る者が出ていたかもしれない。


「それが答えですか。なら死になさい!」


 サミュエルが怒り任せに槍を振り下ろした。それと同時に氷の壁が槍の前に立ち塞がった。サミュエルの槍を止める事が出来ずに氷の壁は一撃で粉砕された。それでもサミュエルが狙った人々はその攻撃から守られた。


「私の信者に手を出すのはやめて貰おうかしら?」


 そして人間の盾を押し分けて一人の司教のローブを纏った女性が前線に出て来た。ガイツはその女がコットスと互角かそれ以上だと雰囲気で察した。怒りで目が曇ったサミュエルは気づけなかった。


「貴様は!?」


「ベルナドット。ただのサキュバスよ、聖騎士さん」


 それは間違い無くボーレニア州に居るはずのベルナドット本人だった。スーキンはエヴルインとエボルグラス王国の約束があり動けなかった。しかしそれに捕らわれないベルナドットは別だ。最初はスーキンの頼みを「面倒くさい」と言って断ったが、スーキンがエヴルインの居ない所で頭を下げてまでコットスを助けくれと頼み込んだため動いた。


 スーキンとベルナドット、そしてテネブリスアニマ全体はコットスが重傷を負うとは考えてもいなかった。ヴァンパイアの序列争いならベルナドットが動いてもコットスは受け入れると思っての援軍派遣だった。


「おお、ベルナドット様……」


「まさか聖女様なのか?」


「間違い無い、俺は従軍する前に見て来た! 胸も揉んだ!」


「抜け駆けしやがってぇ!」


 ロイヤルブラッドの面々はベルナドットの突然の来訪に戦闘中なのも忘れて両膝を付いてベルナドットを拝み出す。口々にベルナドットと神々を讃える聖句を呟く者が多数。それは余りにも異様な光景でサミュエルですら一瞬どう行動すべきか迷った。


「淫魔を拝むとは不信者など生ぬるい! 邪教徒として一族皆殺しです!」


「家族に責任は無いわよ」


「魔女め、これ以上善良な民を誑かせない無い様に神々の奇跡で滅ぼしてくれる!」


「試したいならどうぞ?」


「その言葉、後悔する間も無く滅ぼします!」


 サミュエルは槍を構えて詠唱を開始した。詠唱中は無防備になるのでベルナドットが仕掛ければ楽にサミュエルを殺せた。そうなったらガイツがサミュエルを守るために動いた。しかしガイツはベルナドットが仕掛ける素振りを見せないので動かなかった。ベルナドットが無知なのか自信があるのか判断出来なかった。実際は無策で格好付けていただけだが、その姿を見て信者はより一層ベルナドットの聖性を信じた。


「もはや何をやっても手遅れです、バニッシュ!」


「これはやばいかしら?」


 首を少し傾けながらベルナドットが言う。サミュエルの放った強力な光魔法がベルナドットと彼女の近くに居た信者を巻き込んだ。サミュエルのバニッシュは連発が出来ず、範囲が狭い上に敵味方識別が出来ない。ルミナの青い光は広範囲でモンスターだけ選別するため乱戦でも気兼ねなく使える。バニッシュは青い光と違って神々の敵にも通用するので純粋な攻撃としてはバニッシュの方が上と言う聖騎士も居る。


「モンスターを含めて神々に敵対する邪悪を滅ぼすこの一撃を受けて消滅しなさい!」


「なんとも無いわよ? えーと、くすっ外れよ、と言えば良いのかしら?」


「あり得ません! これは何かの間違いです!?」


 余りの事にサミュエルが一歩下がる。光の奔流が消えた時にベルナドットは死んでいたはずだ。死んでいなくてもコットス同様に重傷を負っているはず。ベルナドットが本当にサキュバスならそうなっていた可能性が高い。しかしベルナドットは完全に無傷だった。そして彼女の周りに居た信者もまた傷を負わなかった。攻撃されたベルナドット本人も事態を把握出来なかったし左手の聖痕が薄ら光っている事も見逃した。そもそも自分の事をまだサキュバスだと信じている程にベルナドットは戦いに興味が無いのだから仕方が無いのかもしれない。


「不味い」


 ガイツの呟きを聞こえたのはベルナドットくらいだ。大神殿は魔女を始めとした邪教徒の選別にバニッシュを使っていた。それで滅ぼせないベルナドットは善なのか議論が起こるのは間違い無い。コットスの様に魔法防御を高めた可能性はあったが、それでバニッシュを無効化出来ると大神殿が認めたら、ここ千年近くの判例全てが見直される。背教者としてバニッシュを食らっても無傷だった魔法に長けた司祭と司教の数は三桁に上る。


 ガイツはどう動けば良いのか迷っている所、ベルナドットの後ろの空に緑色の花火が上がった。それは単独で後方に居たアッシュからのメッセージだった。

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