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テネブリスアニマ ~終焉の世界と精霊の魔城~  作者: 朝寝東風
第三章 ティファーニア炎上
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セントリーア大乱Ⅴ

「あれが魔王軍!」


 大神殿からティファーニア農業国に再度派遣された聖少女ルミナが迫り来るテネブリスアニマ軍を睨んだ。コットス配下の軍は西セントリーアの東端に迫っていた。コットスは西セントリーアを支配するオットーが帝国と雌雄を決するために軍を南西に動かしたと聞いて進軍を再開した。上手く行けば帝国がオットーを倒す前に西セントリーアに踏み込める。しかしコットスは大神殿からの援軍の存在を知らなかった。


「焦りは禁物だ」


 今にも突撃しそうなルミナをガイツが止めた。かつてダグの村でケーレスと戦った時よりも白髪が増えている。ダグの村の敗戦から大神殿の失陥まで青き閃光は負け続けだ。大神殿が落ちる前まで人類の敵との戦いで功績を上げたが、本拠地が落ちた今ではそれを正しく評価出来る人物は居ない。


「分かっています、アッシュを待ちます」


「もうすぐ帰ってくるだろう」


 ルミナがいつもの様にあっさりとガイツの言う事を聞いた。どんなに死線を潜っても、聖少女は「自分で考える力」を得る事は無い。何処まで行っても大神殿の特攻兵器でしかない。ガイツはそれを哀れに思ったが、彼では何も出来なかった。だからせめて無策で死地に飛び込まないようにルミナを引き留めようと心に誓っていた。


「ゴホッゴホッ、帰ったぜ」


 前進してくるスケルトンの軍勢を小高い丘から見下ろしていたルミナとガイツの下に斥候に出ていた隻腕のアッシュが帰還した。アッシュは人類の敵と戦った際に片腕を失い、更には彼らの猛毒に犯されていた。薬の力で無理矢理咳き込むのを抑えていたが、口を開けば自然と咳き込む。もはやとても前線で戦える体では無いが、前線を引けば大神殿に口封じされる未来が濃厚だ。


「報告」


「ゴホッ、敵はスケルトン三千、人間五百。攻城兵器は無い」


「思ったより少ない」


「南東で同士討ちしたのは本当みたいねぇ」


 青き閃光の交渉役をやっているアビゲイルが口を挟んだ。ここでも後方で情報収集にせいを出していた。それとオットーのハーレムに忍び込み、ルミナのためにティファーニア兵を借り受けてきた。アビゲイルが裏で暗躍していなければ今頃ガイツは「神々の名の下で」付近の村を掠奪していた。大神殿の財力はそこまで逼迫していた。


「こっちは千二百。普通なら戦わず撤退を選ぶが……」


「大丈夫です、神々は私たちに勝利をもたらしてくれます」


 ルミナの相変わらずの発言を三人は無視した。しかしそれを聞いた二百の兵は静かに歓声を上げた。彼らはルミナが居る限り本当に勝てると信じているのだ。ガイツは士気を維持するためにそれを否定できなかった。


 オットーの件もガイツに重くのし掛かった。オットーが例え戦争の天才でもザンボルド帝国の方面軍には勝てない。アビゲイルの見立てでは戦争の手腕はガイツにすら劣る。オットーは戦場で華々しく散って歴史に名を残す道を選んだとアビゲイルは推測した。だからこそ貴重な千二百の兵をルミナに回したと思った。


 オットーがそこまでの知恵者なら最初からこんな事態になっていない。彼はルミナがテネブリスアニマ軍を遅延させている間に彼の手勢で帝国軍を撃破して、返す刀でテネブリスアニマ軍を撃破出来ると本当に信じていた。ガイツがどう動くか思案しているこの時にはオットーのティファーニア軍は既に鎧袖一触で溶けていた。オットーは何が起こったのか分からず、撤退中に流れ矢を食らって死んだ事が後日発覚する。


「ゴホッゴホッ……サミュエルに合図を出すか?」


「……頼む」


「では!」


「作戦ブレイブ・ハンマーを発動する」


 ガイツは戦闘開始を宣言した。ガイツは自分が今日犬死にするのを確信していた。ルミナも死ぬだろう。それでもルミナは最後の瞬間まで甘い夢の中で逝ける。それが仲間としてルミナに与えられる慈悲だと信じる事にした。オットー敗走の事を知っていれば違う選択をしていたが、平時でも情報伝達に数日を要するのでガイツはそれを知る方法が無い。


 アッシュがサミュエルの下に向かい、ルミナは詠唱を開始した。かつてダグの村を攻めていたゴブリンスケルトンを土に帰した第3階級魔法よりも効果の高い第4階級魔法だ。それを唱えられると言う事はルミナの聖少女としての寿命が尽き掛けている事を意味した。


「不浄なアンデッドども、光の神の力の前に消滅せよ!」


 ルミナの放った青い光がコットス軍の前列を襲う。光に触れたスケルトンは土に帰り、ヴァンパイアは青い炎に焼き殺された。コットス軍にいた人間は傷一つ負わなかった。


「見たか、これこそが聖少女の力。全軍、俺に続け!」


 ガイツは雄叫びを上げて突貫した。目測では作戦通りスケルトンを千体は滅ぼした。それでも敵の数はまだ多い。ルミナの力を殊更強調して兵の思考能力を奪う。突撃したら勝てると思って動き出せばもう止まらない。後は死ぬまで戦うだけだ。


「もう一発撃てるぅ?」


 青い血を大量に吐きながら蹲るルミナにアビゲイルが問うた。ルミナの血が青い事は全力で隠すべき事だが、全員ここで死ぬので隠す必要は無いと判断した。それに二百の兵はガイツと共にコットス軍の前衛に食らいついていた。


「撃ち……ます」


 ルミナは血反吐を吐きながら震える足腰で立ち上がった。聖少女の力でルミナの体は急速に癒やされた。しかしこの力が発動すれば発動するほどルミナは死に近付く。そして死に近付けば近付くほど強くなる。そして詠唱を開始しながら戦いを見守った。


「俺こそは聖少女ルミナが大戦斧ガイツ! 俺の斧を恐れないやつは掛かってこい!」


 ガイツはスケルトンを三メートルを超えるオリハルコンの斧で粉砕しながら大声を張り上げた。叫ぶ事でコットス軍の注意を自分に向けさせた。それは成功してスケルトンが大量に群がった。ガイツと彼が選んだ精兵二百はスケルトンの波に飲まれそうになるも、ギリギリ踏みとどまった。彼らは「ルミナを守る」一心で戦線を支えた。


「少数に何を手こずっている? スケルトンの密度を増やせ」


 後ろで指揮をしていたコットスが配下のヴァンパイアに命じる。コットスはガイツが囮だと見抜いていた。本命は第4階級魔法を放った存在だ。あの魔法の直撃は避けないとやばい。そして避けられないなら対策を用意しないといけない。捨て駒のスケルトンはこういう時に消費してこそと考えた。


「右翼に新手です!」


「何だと!?」


 もう少しでガイツを押し流せた所でロイヤルブラッドに所属する人間が声を上げた。この予想外の展開にコットスは驚いた。オットーは全軍を南西に動かしたはず。オットーの軍以外は西セントリーアにはいない。なら今横腹を突いている千人は何処から来たか分からなかった。そして場合によっては左翼も時間差で突かれるかもしれない。


「聞け、邪悪なるモンスターどもよ! 私こそは聖少女ルミナの聖騎士サミュエル、神々の光を恐れぬのなら掛かってこい!」


 ガイツと似た口上を叫びながら大盾でスケルトンを粉砕するサミュエル。彼は千の兵を率いて近くに隠れていた。コットスがガイツに勝ったと思った瞬間にコットス軍の横腹を突くのが作戦だ。そしてそれは成功した。混乱するロイヤルブラッドの面々のために指揮官級のヴァンパイアはスケルトンに的確な指示を出すのが遅れた。そして指示が無いスケルトンはただの案山子だ。


「押せ、押すんだ! スケルトン一体一体は弱いぞ!」


 ガイツの叫びで二百人の中でまだ生きている兵は最後の力を振り絞る。死ぬ前に一体でも多くの雑魚を道連れにする。そのために彼らは現界を越えて戦った。


「敵は混乱している。敵右翼を切り裂いて中央を狙う!」


 ガイツの最後の攻撃を後押しするかの様にサミュエルは千の兵でコットス軍の前衛と後衛を分断し出した。サミュエルの兵ではそんな高度な事は出来ない。しかし現場に居るコットス軍の者はその可能性があると対応に追われた。


「何処……」


 全てを見ていたルミナは魔法を撃つべき場所を探した。事前の打ち合わせでスケルトンを幾ら倒しても意味が無いと教えられた。指揮官を倒しても似た結果になる。狙うはコットスと名乗る司令官のみ。彼を倒せれば勝てる。ガイツ、サミュエル、そして千二百人の兵士の命を無駄には出来ない。


「そこ!」


 そしてルミナは青い光の煌めきを見た。アッシュの持つオリハルコンの短剣が光を反射して場所を知らせた。アッシュの役目はコットスの近くに単独で迫りルミナに居場所を知らせる事。ルミナは何も考えずその光に向かって第4階級魔法を放った。


 ルミナの魔法は寸分の狂い無くコットスの本陣に直撃した。その光で本陣に居たヴァンパイアとアンデッドは消滅した。それを見て倒れ込んだルミナは剣の鞘を杖代わりにして膝を付かなかった。そして剣を取り出して走り出した。


「ルミナ!?」


「行ってきます」


 制止するアビゲイルの声を無視してルミナは駆けた。聖少女の本能がコットスを倒せなかったと告げていた。もはや魔法を撃てるだけの命は残っていない。なら剣で斬るか切り札で倒すかしか道は残されていなかった。

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