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テネブリスアニマ ~終焉の世界と精霊の魔城~  作者: 朝寝東風
第三章 ティファーニア炎上
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セントリーア大乱ⅠⅤ

「高名な閣下にこの様な形で会えるとは人生何があるか分からないものです」


 大神殿の司祭の衣装を身に纏ったエボルグラス王国の特使ファロアルドが何か企んでそうな笑みで話し出した。見た目だけなら髪の毛が薄くなり始めた太ったおっさんだ。そんなのが清廉潔白な司祭を自称して笑っている。彼を執務室に案内した秘書サキュバスは顔が引き攣っていたが、特使の後ろに控えていたので特使は気付かないだろう。


「ファロアルドと言ったか。我らの両国は未だ国交が無いのに特使と主張されても困る」


 執務机に座りながらスーキンが言い放つ。スーキンの左右にはベルナドットとエヴルインが立って事態を見守っている。三人の共通した考えではエボルグラス王国と勝手に深い関係になるのは避けたかった。ティファーニア農業国とザンボルド帝国の密約で散々苦労している所にもう一国が追加される事を望まなかった。


「これは手厳しい! たまたま神殿見学に来ていた私に国から面倒事が回ってきたのです」


「特使の仕事を押しつけられたと?」


「全くその通りです」


「信……いや、ベルナドットはどう思う?」


 信用出来ないと言いそうになったスーキンは言葉を飲み込んだ。敵地に乗り込んでくる様な男だ。一筋縄ではいかない。独断で蹴り出して面倒事が増えては事だ。


「ファロアルドさんは敬虔な信者で司祭としての手腕も確かよ」


 ベルナドットは彼女の知っている情報を開示した。スーキンが望んでいる情報では無かったが、ベルナドットと言えども明かせない情報は明かせない。このファロアルドと名乗る司祭がエボルグラス王国宰相トウサインの次男と同一人物である可能性が高いと王国に派遣したサキュバスから報告を受けていた。テネブリスアニマは表向き王国に触手を伸ばしていない。それなのに王国内でも余り知られていない宰相とファロアルドの関係を暴露するのはリスクが大きかった。


「エヴルイン、貴様はどう見る?」


「書簡があれば受け取る程度なら問題は無いでしょう」


「それは上々。仕事の大半が終わって肩の荷が下りた気分です」


 発言した当人を含めて部屋に居る五人はその発言が嘘だと確信した。ファロアルドはエボルグラス王国ヘルファスト7世の書簡をエヴルインに渡し、エヴルインからスーキンに渡った。端から見ればエヴルインがスーキンの部下に見える。組織図上では逆だがファロアルドはそれに気付いた感じがしない。


「ボーレニア、イスフェリア、エウリア三州の領有を認めるか……」


 スーキンは書面を読んで唸った。実行支配している三州をエボルグラス王国が認めようと認めまいと関係無い。しかし特使まで仕立てて書面でこれを通達した理由が分からなかった。意図があるのは分かったが、その意図が何かファロアルドに問う訳にもいかなかった。


「でファロアルドさん、王国の狙いはどこら辺なのかしら?」


 意図を問うのを恥と思わぬベルナドットがぶっ込んだ。なし崩しで司教扱いだがベルナドット自身は自分の事を「ただの一般モンスター」と自認している。政治的なチョンボをやっても彼女は失うものが無い。


「ウェスタニア州とゼフィリア州の領有を認めて頂ければ当面は満足すると愚考する次第です」


 ファロアルドは冷や汗一つかかず要件を言ってのけた。この様にサラッと言えるのはファロアルドが幼少から長男のスペアとして教育されたからだ。彼は長男が成人して子供が生まれたのを期に大神殿に籍を置いた。信心があるのか疑わしいが、トウサインが多額の賄賂を払いファロアルドが自由に動ける地位に就けた。本来は大神殿と王国の秘密のパイプ役を期待されたが、トウサインの次男と言う事で大神殿が必要以上に警戒した。そのためファロアルドは司祭の身分を隠れ蓑に様々な場所に派遣されていた。


「ええ、てっきりボーレニア州も欲しいと思ったのに!」


 ベルナドットが肘から先を上下してアテが外れて残念だと体で表現する。この発言はサキュバスの諜報結果では無く、仁の考えを元にしたベルナドット個人の推論だ。


「不戦条約もありますので妥協の産物と申しましょうか……」


 揺れるローブの隙間からベルナドットの素肌が見え隠れして流石のファロアルドも少々どもった。どもった振りをした。ファロアルドはテネブリスアニマが王国と帝国の間で決まったティファーニア分割案の詳細を知っているのではと懸念した。ベルナドットの挙動からはそれを邪推出来たが確たる証拠は無かった。


 エボルグラス王国はティファーニア八州の内、ゼフィリアとボーレニアを領有するはずだった。ザンボルド帝国は初代皇帝の国策で港を保有する事を嫌ったため、港とがある二州を王国が貰うのは自然に見えた。ウェスタニアの所有については帝国と問題に発展していたが、ファロアルドの担当では無いので彼は何も出来なかった。王国が分割案に従いボーレニアの領有を主張すればテネブリスアニマと戦争になる。それは回避したかった。


 しかし手ぶらで回避しては王国のメンツが潰れる。分割案が両国の秘密でもいずれは漏れる。帝国は漏らす事で有利になると思えば容赦なく漏らす。そこで特使派遣と言う形でテネブリスアニマに話を付け、テネブリスアニマの威を借りウェスタニアを領有出来れば上出来と算盤を弾いた。


「実行支配しているのなら領有と考えて良いか?」


「現状の追認ならよろしいかと」


 スーキンとエヴルインがどうすべきか問答する。ベルナドットはそれを聞いて激しく不安になったが、ここは黙っていた方が大物ぶれると知っていたので沈黙した。ファロアルドとの会話からベルナドットは「王国はテネブリスアニマと帝国の密約を知らない」と大凡正解を引き当てていた。それに気付いたところで何ら有効策を提示できないのがベルナドットの現界だった。


「猊下、特使様からの貢ぎ物はどうしましょう?」


 各位が色々考えている所に秘書サキュバスがベルナドットに話し掛けてきた。ファロアルドは今回の会談を素早く実現するためにかなりの貢ぎ物を持って来ていた。これを貢ぎ物と見るか賄賂と見るかは人それぞれだろう。コットスとマハイの一件があり、賄賂と目されては面倒になると諜報部と繋がっている秘書サキュバスは考えた。


「金塊に魔力の籠もった品々、それに備品色々ね」


 ベルナドットはリストを見て眉をしかめた。金塊はスーキンが芸術家のパトロンとして放出した額に近い。スーキンはパトロンと言う建前があったが、それと同額をポンッと渡されては賄賂にしか見えない。魔力の籠もった品々は人類には価値があるのだろうがテネブリスアニマには価値が無かった。スーキンが探していた進化様のアイテムを王国なりに解釈したのだろうが、提出された物ではスーキンの望みは叶わない。


「突っ返すべきだけど、全部返すと逆に失礼かしら?」


「友好の証ですので」


 ファロアルドとしては突き返されても問題は無かった。しかし書簡のやりとりだけではいまいち信用に欠ける。テネブリスアニマが貢ぎ物を受け取り、ファロアルドに返礼の品を持たせた方が王国は安心出来た。


「それなら備品に入っている本だけは貰いますわ。欲しがっている殿方がおりますの」


 ベルナドットはリッチの2番を思い浮かべた。彼はまだ金鉱山で採掘作業を続けている。ケーレスの現状を知ればボイコットしかねない。なら2番の注意をそらせる本は値千金の価値がある。


「好きにしろ」


 スーキンはベルナドットに丸投げした。この分では返礼の品を用意しないだろうと考えたベルナドットはまた仕事が増えたと内心ため息を付いた。その横でファロアルドは受け取って貰えた事で安堵の表情を浮かべた。彼はこれなら言葉を理解出来ても意思の疎通が出来ない事態にはならないと確信した。失敗前提で送り出した王国には良い報告が出来そうだとほくそ笑んだ。


「おっと忘れるところでしたが、セントリーアの件に介入されるので?」


 最後にファロアルドがセントリーアの事を切り出した。この件が何を指しているかおのおの解釈できるだけに質が悪い。スーキンとエヴルインはコットスとマハイの事を思い浮かべてファロアルドの術中に嵌まった。


「私が行くべきだろうがな。王国はどうなのだ?」


「王国はセントリーアには一切手を出しません。ただ大神殿が切り札を送り込むとか」


 大神殿は現在王国内に間借りしている。王国の許可無く戦力を他国には出せない。すなわちセントリーアに介入する大神殿の切り札は王国の命令で動いている。


「王国が動かぬのなら私も静観した方が良いか」


「それが最善です」


 王国の介入を防げれば功績としては十分と考えたスーキンは静観に舵を切った。スーキンが静観するのなら王国もスーキン対策で軍を動かせなかったと言い張れる。エヴルインはセントリーアがこれ以上混沌としないのならそれで良かった。彼らはある意味で幸せだった。ファロアルドが返事の書簡と返礼の品を持って王国への帰路について数日したある日、聖少女ルミナの参戦によりセントリーア大乱は更なる混沌へと誘われた。

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