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テネブリスアニマ ~終焉の世界と精霊の魔城~  作者: 朝寝東風
第三章 ティファーニア炎上
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セントリーア大乱ⅠⅠ

 コットス軍とマハイ軍が激突した数日後、スーキンはボーレニア州で領主業をやらされていた。ボーレニア州の攻略が終わると同時にリッチの4番は捕虜の魔法使いを連れてテネブリスアニマに帰還した。4番はこの領地に興味が無く、引き継ぎもせずにそのままスーキンに丸投げした。その結果スーキンはボーレニア港と言う良港を州都として活用させられた。


「むう、計算が合わん……」


 書類を見ながらスーキンが唸る。病的に見える顔を隠す黄金仮面も陰っている。検算していた秘書サキュバスが見かねて説明を開始した。彼女はスーキンの事を「上司なんだから仕事をせずに美術鑑賞でもしていれば良い」と思っていた。


「閣下、そこは商人への賄賂3割をこことここで計算しないと駄目です」


「賄賂は法律で禁止されていないか?」


「それは貧乏人のひがみです」


 そう言われてスーキンは引き下がるしか無かった。スーキンは領主代行に就任してからはボーレニア州の法律を下敷きに統治を開始した。統治能力が無いテネブリスアニマは州が反乱せず毎年年貢を納めれば十分と断じた。そこでスーキンは法律の理想と現実の違いに頭を悩まされた。


 幸いにも実務の9割9分はサキュバスかサキュバスが安全と認定した人間がやっているので州の統治は順調だ。スーキンが仕事をする時だけ停滞するので、最近は専用の執務室に秘書サキュバスと一緒に押し込まれる事が多い。実権を奪われたのではと疑われそうな事態だが、スーキンは未だ単独でこの港町を滅ぼせる程度には強い。それに虚栄心が強いスーキンは領主代行の身分と下々の者が頭を垂れる姿が気に入っていた。日々の雑務に目を通すのは責任感が強いからだ。スーキンはスーキンで「理想の領主」を演じようとしていた。


 そこら辺の機微を分かっているサキュバスが手綱を握っている限りボーレニア州は上手く回る。ただスーキンを怒らせたらサキュバスと言えど命は無い。ベルナドットに泣きつけば助かると言うサキュバスも居るが、少なくてもベルナドットの痴態をリアルタイムで見させられている秘書は懐疑的だった。


「秘書ちゃん、飲み物」


「猊下、せめてローブの下には服を着て下さい!」


 スーキンの執務室のソファーでローブをシーツ代わりに寝転がっているベルナドットが飲み物の催促をした。ローブの下に布は何一つ無いため完全に裸だ。


「みんな見慣れているわよ」


「そう言う問題では……」


「大丈夫よ、秘書ちゃんが今日食おうと思っている主計課の子には手を出さないから」


「な、何を急に言うんですか!」


「だって新調した下着の色が青だし。赤なら新設した騎士団の副団長、青なら主計課の子、緑なら暖簾分けで新店を始めた髭の商人、白なら私の助祭、そして……」


「プライベートに関してはノーコメントです! 飲み物を取ってきます!」


 顔を真っ赤にした秘書サキュバスが慌てて部屋を出た。異性関係が緩いサキュバスとはいえ、下着から狙っている相手がバレるのは何か恥ずかしかった。秘書は気が動転していて、炊事課で飲み物を用意している時にサボっている同僚や働いている人々についこの話を漏らしてしまった。これが曲解されて「聖人ベルナドットの恋愛相談」なんて良く分からないものに変質してベルナドットが悶絶する事になる。


「猊下は厳しいな」


 執務室に残されたスーキンがベルナドットに声を掛けた。


「あら閣下に比べればまだまだです」


 仕事の邪魔をしているのはどっちだ、と嫌みで返すベルナドット。


「ふっ」


「ふふっ」


「「どうしてこうなった!」」


 二人はハモりながら頭を抱えた。スーキンは領主の地位の誘惑に負けたので自業自得と言える。しかしベルナドットは情報収集のために村に潜入したサキュバスだ。それが猊下と呼ばれるまでになったのは甚だ不本意だった。


「ベルナドットはそれが決めてだな」


「右手で無くて良かったとでも言えば良いのかしら?」


 スーキンはベルナドットの左の手の甲を指差した。そこには大きな幾何学模様の痣があった。ベルナドットが怪我をした訳では無く、神殿の集会中に自然と浮かび上がったものだ。テネブリスアニマからも見えた光の柱付きだったので疑いの余地は無い。一時は「神の聖痕が宿った」と大騒ぎになった。


 聖痕は神の特別な寵愛を受けた者に与えられる一種のステータスシンボルだ。聖痕そのものには与えた神の神力が宿っており一目で本物かどうか区別が付くらしい。大神殿は「邪悪な存在は触れられるだけで消滅する」等と言っていたが、ベルナドットもスーキンも滅びてはいない。この様な風説が出回っているのも、最後に聖痕が与えられたのが二千年前だからだ。五百年前の偽聖痕疑惑が本物だとしても、それ以来と言う事になる。


「それのおかげで統治が楽になった」


 何せ神々のお墨付けだ。効果覿面過ぎてスーキンが無能なら領主代行の地位が危なかった程だ。


「私は仕事が増えたわ」


「学者どもが忙しなく仕事してくれているのだろう?」


「私は情熱的な詩が聞きたいの。カビの生えた聖典の解釈なんて分かるわけないでしょう!?」


 ベルナドットは腕を組んでふんぞり返る。腕に圧迫され胸が更に大きく見えるが、スーキンは興味を示さない。ベルナドットが心底心配する程にスーキンには浮いた話が無い。ベルナドットは「きっと特殊性癖よ」と思う事にした。普通に女が好きなスーキンが知れば激怒する事間違い無し。


 聖典の解釈で揉めているが、これはベルナドットのせいだ。裸のノワールを愛でる教、略してノワール教が事実上の国教となると問題が噴出した。信徒の模範となるべき聖典が無かった。そうなるとノワール教の第一人者と思われているベルナドットに質問が殺到した。


 ベルナドットは仁になんとかしてとお願いした。アサンとケーレスが不在の状況で現場で頑張っているベルナドットの不興を買うわけにもいかず、仁はなんとかすると約束した。そしてドワーフの地下都市に向かう準備で忙しかった仁はショップで売っていた「ヴォーロス聖典(本物)」なる怪しげな本の内容を良く確認せずに渡した。「時代にそぐわないものは改変しろ」と付け加えていたが、ベルナドットがかび臭い本を読むわけがない。ベルナドットは彼女の胸に惹かれた学者連中に「子供でも分かる様に説明して」と丸投げした。


 学者連中は著者がヴォーロスなのは著者の悪戯として無視した。内容を詳しく読み込むと大神殿の聖典で説明が付かない事柄にそれらしい説明があり、学者連中は紛糾した。特に創世には三大神が居たのに現在は一大神しかいない理由が明かされており、これの審議は大いに盛り上がった。聖典が本物かどうかの論争は興味の無いベルナドットまで巻き込んだ。そこでベルナドットは「本物なら神々が証明するわ!」なんて担架を集会で切ったが最後、派手なエフェクト付きで聖痕が浮かび上がった。


 そんなこんなでスーキンとベルナドットが人生の春と冬を同時に味わっている時に秘書サキュバスが帰還した。三人分の飲み物とお菓子を持ってくる辺り有能だ。


「スーキン様、エヴルイン様がお見えになっています」


「ほう?」


「それとは別にエボルグラス王国の特使と名乗るお方も」


「あらあの人が? 神殿見学だけじゃ無かったのね」


「どちらから先にお会いになりますか?」


「エヴルインからだ。その特使とやらは持て成しておけ」


 スーキンはいつもの様に対応した。ベルナドットはエヴルインが入室する前にシワが目立つローブを羽織り直した。平時なら裸で出迎えてからかうが、何か良くない事の前触れだと直感したベルナドットは仕事モードで対応する事にした。

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