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テネブリスアニマ ~終焉の世界と精霊の魔城~  作者: 朝寝東風
第三章 ティファーニア炎上
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セントリーア大乱Ⅰ

 仁がドワーフの地下都市に向かって旅立った頃、マハイはエウリアの拠点でゴロゴロしていた。エウリア州の攻略は終わり、マハイに反抗する残存勢力も順次駆逐されていた。ディヴァインナーズのお世話係と言う名の生け贄達が「明日の朝日を拝めるだろうか」と心配しながら近くに控えていた。


「ねえ、そこの」


「は、はいぃ! 何でございましょうマハイ様」


 マハイは適当な一人に声を掛けた。名前を知らないし、名前を知る気も無い。無能ならディヴァインナーズの方が勝手に忖度して消すだけだ。


「コットスを牽制するために東セントリーアに軍を出すから作戦考えて」


「うへぇ……あっ! かしこまりました!」


「出来たら教えて」


 マハイはそれだけ言うとベッドにまた寝転んだ。マハイの命令を聞いたお世話係が忙しなく動く。彼らは純粋な狂信者であり、軍事も政治も分からない。信者の中には分かる者が居るはず。早速そんな信者を探す事から始めた。


「馬鹿らしい」


 マハイは人に聞こえない様な小声で呟いた。実際は誰かに聞かれても良かったのかもしれない。カーチスの所為で詰まらない事に巻き込まれてしまった。本当は無視しても良かった。しかしコットスが自分より上に行く事は何故か耐えられなかった。だから馬鹿らしいと知りつつも手駒を動かした。


 享楽的な生き方をしているマハイだが、昔は有能だった。有能だからこそアサンとの絶対的な差を理解して折れた。折れたとはいえアサンが三司令官の一人に抜擢したのだ。その実力はその気になれば健在だった。事実、エウリア州の攻略は彼女の手腕によって成された。


 そんなマハイが急に軍を動かすと言ったのには訳がある。仁とアサンの不在だ。もしどちらかが近くに居てこの行動を知れば必ず停止命令を出す。テネブリスアニマの軍同士が不要な睨み合いをする事を仁とアサンは好まない。上司が居ない間に全部終わらせれば制裁されないとマハイは確信していた。後で睨まれたり小言を言われるだろうが、コットスの足を引っ張れる代償としてはただ同然だった。


 マハイは上司がいつまで不在かの把握を始めとした時間感覚に優れていた。ディヴァインナーズに急な命令を出したのも、早く出し過ぎるとエヴルイン辺りが嗅ぎつけるからだ。マハイの計算では命令を発してから十日以外に軍を動かせば成功する。準備にそれ以上掛かれば手を引くしか無い。


 そしてマハイは準備の段階で大いに躓いた。エウリア州の攻略はテネブリスアニマ軍の基本ドクトリン通りに動いた。即ち力攻めオンリー。スケルトンを目標に真っ直ぐ突貫させ、目標が沈黙するまで繰り返す。スケルトンの被害は勘定に入らない。魔力で補充出来るスケルトンは畑から生えてくる。


 マハイの作戦は稚拙だ。アサンなら被害を9割は減らせる。コットスとスーキンも3割は減らせる。マハイからすればそれこそくだらない拘りだ。知恵を絞るよりスケルトンを召喚した方が楽なので、彼女の言は強ち間違いでは無い。アサンもこんなマハイだからエウリア州の攻略を任せた。ニコロとの密約など面倒な事が多いエウリア州はマハイの様に何も気にせず全てを轢き殺す司令官が最適だった。力攻めが通じる相手ならこれで問題は無いが、コットスを牽制するとなるとこれでは何の役にも立たない。


 だからこそディヴァインナーズに作戦を考える様に丸投げした。丸投げした相手の成功率を考えていれば最初から相談すらしなかっただろう。そんな事を考える事も無くマハイは好き勝手に日々を過ごした。


「コットス軍の斜め後ろにマハイ軍を配置します」


 老齢なディヴァインナーズの狂信者がマハイに作戦を説明した。マハイも珍しくベッドから出て椅子に座っている。お世話係が「威厳」とか言っていたがマハイは聞き流した。実際は偶には献上されたドレスを身に纏っても害は無いと思っただけだ。


「それで上手く行くの?」


「牽制が作戦目的なら十中八九」


 コットス軍は東セントリーアの中央辺りに西向きで布陣している。このまま前進すれば西セントリーアの州境を越える。西セントリーアにはティファーニア農業国の王を自称するオットーがいる。コットスなら楽にオットー軍を潰せるが、帝国との密約の手前、西セントリーアに攻め込むのを躊躇していた。今の位置なら「帝国軍のためにオットー軍を引きつけた」と言い訳が出来る。


 マハイ軍はエウリア州から北上して、コットス軍の南東に西向きで布陣する。オットー軍から見ればテネブリスアニマの援軍だ。しかしコットスから見れば背後を脅かされている。疑心暗鬼になったコットスは後ろを気にしないといけなくなり、西セントリーアに進む事が出来なくなる。コットスとマハイが布陣について怒鳴り合っている隙に帝国軍が西セントリーアを征服する。そうすればマハイはカーチスの頼みを達成できる。


「コットスの真似は気に入らない」


「ですがこれが最善です」


 個人的な嫌悪から作戦を没にしたかったマハイを老人が諫める。大事なのは目的を達成する事で手段に拘ってはいけないと説教された。マハイは後一歩でこの老人を爪で八つ裂きにしそうになったが、作戦指揮を取れる数少ないディヴァインナーズらしいので我慢した。マハイはこれが自分が刹那的に行動して自前の戦力を育ててこなかったツケなのを分かっていた。分かっていたが変える気はさらさら無かった。


「コットス様へは援軍を派遣すると伝令を出します」


「それを聞いたら一気に西に進まない?」


「手違いでこちらの方が一日早く布陣します」


「コットスが伝令の話を聞く頃には私が彼の背後を脅かした後か」


「戦場では情報伝達が遅れる事など日常茶飯事」


「伝令からコットスの驚きぶりをしっかりと聞かないと」


 作戦の成功よりもコットスの顔芸が気になる辺りは実にマハイらしい。この一点のみでマハイは作戦決行に踏み切った。ここ数日は老骨に鞭打って作戦を考えた老人が聞けばショック死しただろう。


 エウリア州の維持に必要最低限のスケルトンを残してマハイ軍は北上した。マハイ本人は一日遅れて動き出した。コットスが常に最前線に居るのなら、マハイは常に最後尾に居た。どちらかが優れている訳では無いが、今回に関してはコットスに軍配が上がった。


 マハイ軍はエウリア州と東セントリーア州の州境を越えた所で謎の勢力の襲撃にあった。スケルトンはパニックにならないが上が命令を出さない限りただの案山子だ。命令を出す上は混乱しスケルトンに命令を出せる状態では無かった。


「敵の攻撃は矢のみか?」


 ディヴァインナーズの老人が近くのヴァンパイアに問う。スケルトンはヴァンパイアが命令しないと動かないので老人の仕事は無いと思われていた。それがまさか冷静さを保った数少ない人物として軍の主導権を握る事になろうとは誰も予想出来なかった。


「その様だが、一体誰が攻撃を!?」


「コットス様だな」


「まさかコットス様が!?」


「マハイ様が思っていたよりも仲間意識は無かったか」


 マハイの作戦はコットスがマハイ軍を仲間だと認識する前提で成り立っていた。お互い腹の中では一物抱えているし、それを隠す事は無い。しかしだからと言ってテネブリスアニマの軍同士で殺し合いをしない程度の分別はあった。少なくてもマハイはそう考えていた。


「矢なら対処出来る! 盾兵を弓兵の方向に出す」


 ヴァンパイアの命令で大盾を持ったスケルトンが矢の雨の前面に立つ。これで当面の被害は抑えられた。盾兵は前からの攻撃に強いが、その分左右からの攻撃は弱い。矢の所為で向きを固定化された盾兵にコットス軍が接近戦を仕掛けてきた。


「不味い! コットス様は本気だ」


 老人は唖然としながら言った。矢を射かけるだけなら情報伝達の不備があったとコットスは主張できる。他にも警告だったと言い張れるだろう。しかし接近戦になるならコットスが明確な意図を持ってマハイ軍を攻撃した事になる。


「アサン様がこんな事を許される訳が無い! コットス様は狂ったのか?」


 半狂乱になったヴァンパイアが叫ぶ。


「撤退だ! 今ならスケルトン以外を無傷で引かせられる」


「し、しかし……マハイ様になんと申し開きすれば……」


「適当にこの老人の目が節穴だったとでも言っておけ」


 ヴァンパイアはマハイを怖がり十全に動けなかった。老人は負け戦ならどれだけ兵力を回収出来るかが重要と考えた。老人は司令部の撤退を主導しながら、後ろから来ているはずの輜重部隊に逃げる様に伝令を送った。老人のおかげでマハイ軍は這々の体でエウリア州に逃げ帰った。流石にコットス軍は州境を越えて攻める真似はしなかった。それでも派遣したスケルトン五千体の内に無事に撤退できたのは大凡千体。マハイのエウリア州支配すら揺らぎそうな大惨敗となった。


「どう言うことよ、これは!?」


 報告を聞いてマハイが激高したのは言うまでも無い。一方的に負けた事より表立って敵対された事が不満だった。ここまでされたらマハイも後には引けない。マハイは今の地位を守るためにもコットスと戦わなくてはいけなくなってしまった。仁もアサンも決して良い顔をしない。最悪処断もあり得る。それでも引き下がる選択だけは存在しなかった。


「ヴァンパイア全員でスケルトンの再召喚! ディヴァインナーズは次の作戦を考えて! それと略奪した財宝を対価に傭兵を雇いなさい! 本気のマハイ軍はスケルトンだけでは無いと見せてあげる!」


 かくしてマハイの号令一下でコットス軍との再戦の準備が着々と整えられた。

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