ドワーフの陳情Ⅴ
崩落の影響で連鎖的に他の通路も被害を受け、コレンティーナが残っていた通路は安全とは言えなかった。下へ直通で行ける穴は既に塞がっていた。コレンティーナなら力尽くで掘り返せるが、未だ振動している地下でそれをしては二次災害になるだけだ。
「陛下……どうすれば!」
コレンティーナは唇を噛みながら呻く。二次災害とドワーフの事など考えずに下へ向かう大穴を作ろうかと思ったがギリギリ思い留まった。コレンティーナはずっと仁だけを見ていた。そして最後に見た仁の顔は絶望していなかった。「私なら仁を無事に迎え行けると信じているのよ」と自分に言い聞かせて冷静であろうとした。
「下に行くなら俺の出番だ」
「あら、居たの」
「当然だ!」
ガングエンがコレンティーナの軽い扱いに抗議する。それでも落石からガングエンを守ったのはコレンティーナだ。コレンティーナは仁が何らかの考えがあってガングエンを投げたと確信していた。ただガングエンが何の役に立つのかコレンティーナには皆目見当が付かなかった。
「でもこれより下の道は無いのでしょう?」
「今はな」
「今?」
「昔あったらしい。俺も昔のドワーフ王の地下地図を若い頃盗み見ただけだが……」
ガングエンは語り出した。それは数千年以上前の事。詳しい年月は不明だが、かのリッチが世界を滅ぼそうとした500年前より遙かに昔の時代なのは確かだ。地下に掘り進んでいたドワーフは何かを発見した。そしてその通路を封印した。それ以降はガングエン達が今居る洞窟よりは深く掘らない事が不文律となった。
ガングエンは言葉をボカしたが、下に掘ろうとしたドワーフは彼を含めて多かった。地下都市が許可を出さない事に業を煮やしたガングエンは若い頃に武力行使に踏み切った事があった。門外不出の地下地図を見たのはその時だ。詳しい話は割愛するが、ガングエンは敗北し、地下都市から追放され、死ぬまで地下で採掘する生活を強制された。
かつて率いていたドワーフと前から居るドワーフを纏め上げ、いつしかガングエンは地下都市より下に居るドワーフのリーダー的存在になっていた。彼の脅威を正しく認識していた地下都市は今回の騒ぎの時も援助を出すのを渋った。その結果がノエルの神託とテネブリスアニマの援軍なのだから地下都市は大いに腹を痛めた。
「強いモンスターか何かでしょうね」
「恐らく」
「それって、それがまだ生きているって事じゃないの!」
「やはりそうなるか」
ガングエンは認めたく無い様に頷く。あの黒いビームがドワーフ王が恐れた何かの正体だろう。ガングエンがドワーフを纏め上げ全戦力を投入しても勝てないだろう。そうなると幾らアメノハバキリがあるとはいえ、仁には分が悪すぎる相手だ。コレンティーナは仁が相手の事を知っている事に一縷の望みを掛けたが、それでも勝てるとは思えなかった。
「その通路は大丈夫なの?」
「あれが崩落する様ならそのモンスターは生き埋めだ」
「なら早速案内して」
「仕方が無い、こっちだ」
ガングエンはコレンティーナを先導した。あの時に仁がガングエンを投げたのはこのためだ。そしてガングエンもそれを理解していた。可能な組み合わせは3つ。一つは今の組み合わせ。一つはガングエンが仁と一緒に落ち、コレンティーナが一人で残される。そうなったらなりふり構わず下へ大穴を掘っていた。一つはガングエンとアメノハバキリが落ちる。コレンティーナには最善の結果だがテネブリスアニマとドワーフの関係が拗れる。仁も最強の武器を失う事になる。
二人が仁の下に向かって歩き出した頃、仁とアメノハバキリは一番下と思える場所まで落ちていた。アメノハバキリの立体機動で二人とも怪我らしい怪我をしていない。いつもならエンジェルに足腰周りの点検を命じているところだが彼女はいない。この状況だから不在の方がありがたい。ベースキャンプには居るので、そこまで帰還できれば仁はアメノハバキリをじっくり整備させる腹積もりだった。
周りは当然真っ暗で何も見えない。暗闇をものともしないアメノハバキリが待機しているので脅威は近くに居ない。仁は一人になったので内心焦っていた。最善の行動をして死んでは意味が無い。それでもコレンティーナが必ず追いつくと信じて行動を開始した。
「ライト」
仁の命令でアメノハバキリの眼光が電灯になり辺りを照らした。出来ればガングエンには見せたくないコンストラクトを使った灯りだ。エンジェルの灯りと違い誰でも簡単に安全な灯りを得る事が出来る。それはドワーフの採掘事業に一大ブレイクスルーをもたらすものだ。
仁はやけに平らな壁に近付いて手で埃を払った。仁は壁を触ってそれが人為的に補強されたものだと確信した。それに未熟とはいえ洞窟壁画が何らかの物語を語っていた。この手の考古学に詳しく無い仁は壁画が何を伝えていたのか理解出来なかった。実際は神々の創造から始まり、邪神の侵略と天空神の時代の幕開け、そして敗れた邪神の手勢を追うドワーフ族の英雄の物語だった。特にドワーフ族の英雄に関する壁画が多くあったが、仁からすれば狩猟民族が狩りをしている様にしか見えなかった。
「美術と歴史的価値がありそうだな」
仁は気にせずに前進した。その先に黒いビームを放ったモンスターが居る可能性が高い。それでも背中を見せるよりは安全だ。それに先ほどから攻撃が無いのはこちらを待っているからと考えた。逃げようとすれば容赦なく攻撃を再開するだろう。
「時間を与えたのが敗因だと教えてやる」
仁はそう独りごちながら歩きづらい通路を歩いた。歩みを緩めずに頭をフル回転して敵の正体を探ろうとした。敵に取っての最大の不幸は仁がアイアン・サーガ・オンラインに出たモンスターの情報を全部暗記している事だ。特に強いボス系モンスターになればなるほどその知識量は増えた。
ヒントになりそうなのはあの黒いビームのみと大半の者は言うだろう。しかし仁は攻撃を食らったジェムイーターの方が重要と考えた。装甲を貫通するもさしたるダメージにならない攻撃。地面を抉った分だけ攻撃力が減ったと仮定してもかなり異常な光景だ。
「ダブルヒットだよな、やっぱり」
仁はこの世界の人間なら誰も分からない言葉を呟く。アイアン・サーガ・オンラインのモンスター攻撃で一番面倒くさいと言われたのが「ダブルヒット」だ。攻撃1回に付き判定2回と言うゲーム的な都合で作られた攻撃だ。攻撃ダメージ+追加ダメージと考えると分かり易い。
一撃目が高威力の攻撃で、二撃目が防御力ダウンの腐敗攻撃。防御力ダウンをダウンしてから攻撃した方が良い様に思えるが、アイアン・サーガ・オンラインでは最初の攻撃に合わせた各種カウンター手段がある。ダブルヒットの嫌らしい所は二撃目が閏沢な対抗手段を素通りして対象に影響を及ぼす事だ。
「パッと思い付いて四種族と三体のボスだな」
仁はこの攻撃をしてきそうな敵をある程度絞り込んだ。地下と言うフィールドに限定しなければボスの数はもっと増えた。しかしボスの強さはフィールド込みの強さだ。場違いなボスが出たらどんな強敵でもカモにしかならない。
しばらくすると大きな扉にたどり着いた。ここまで来ると洞窟壁画も一種類の翼有る物に集約されていた。地下にそんなのが居るのは可笑しいが、追い込まれたのなら理解出来る。悩んでも仕方が無いので、アメノハバキリがドアを押し開けた。何年も開けられた事が無いのか、蝶番からは耳障りな音が鳴り、ドアが開くと同時に一陣の風が吹いた。
「殺してやる、神々の走狗よ!」
その言葉と同時に黒いビームが仁達に向かって放たれた。




