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テネブリスアニマ ~終焉の世界と精霊の魔城~  作者: 朝寝東風
第三章 ティファーニア炎上
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ケーレスの領地拡張ⅠⅠⅠ

 ボーレニア港はティファーニア農業国最大の港で人類最東の流通拠点だ。ティファーニアが独立国だった頃は海上輸出される穀物の7割はこの港に集まったほどだ。ミゼラリス商業連合国に征服されてからは西のゼフィリア港にその役目を取られた。これはミゼラリス商業連合国とゼフィリア州が陸続きのため、陸路と海路双方で輸送を一元化するためだ。国策で寂れはしたが、その分ティファーニア人が根強く生き残った。


「3番通りで火災だ」


「またかよ?」


「となると今夜は7番通り辺りに報復か?」


「この分だと焼くものがなくなるぜ」


「がっはっは、言えてる!」


 ボーレニア港にある船乗りの酒場は今日も盛況だった。津波の影響で船と荷が駄目になって困ったのは船乗りだけでは無い。商業活動をしていた人間全てに影響を与えた。船乗りも安酒を呷って馬鹿笑いしている場合では無い。が、彼らは酒蔵が空になるまで気にしない生き方を選んだ。


「酒も薄くなったな!」


「二日前に酒蔵に放火した馬鹿がいてね」


 水で割り増しした酒を飲まされ文句を言う船乗りにバーテンが無表情に言い返す。船乗りが客ならまだしも、彼らの内誰かが最後に金貨を払ったのは一月前だ。


「許せねえ!」


「聖なる酒蔵に火など人間のやる事じゃない!」


「焼くなら借金取りと商人の家にしろよな」


「全く、これだから教養のあるやつは駄目なんだ」


 今日だけで既に10回は同じ事を言っている。船乗りは悪酔いして身の無い会話を延々ループしている事に気付かない。ここまで酔いが回っていると水を酒と言って出しても違いが分からないだろう。何人かはザルでまだ素面なので出す相手を選ぶ必要はあった。


「これは困りました」


 酒場の奥まった場所にあるテーブルで四人の客がチビチビ飲んでいた。この四人はこの酒場で唯一金を払う客であり、バーテンもそれ相応にサービスした。それでも一日中居座るんで、平時ならとっくに蹴り出していた。四人は魔法王国から依頼でこの地に来た魔法学園の生徒だった。リーダー風を吹かしている優男風のコールがため息交じりに前に座る大男に話した。


「簡単な護衛依頼と思っていたが、とんだババを引いてしまった」


 ジャッドは40近くの大男で、魔法使いより戦士に見えた。かつては戦士だったが、両手の指を何本か失い武器を握れなくなった。治療を受けている時に魔法の才能があると分かり、野垂れ死ぬならと一念発起して魔法学園に通い出した。魔法の実力は四人の中で一番下だが、人生経験が豊かな分、若い三人には頼りにされている。ケンカが絶えないこの酒場を見つけたのもジャッドだ。曰く「加減を知るゴロッキが多いから命の危険は無い」らしい。


「でも仕事受けないと授業料払えない」


 ルール関係に一番詳しい苦学生のベスが指摘する。欠食児童なのか四人の中では頭二つ分は小さく、ジャッドの孫と誤解される事もある。魔法の知識は相当なものだが、実戦においては固定砲台以上の働きは期待出来ない。


「そうなったら奴隷落ち一直線ね」


 肩と腹を大きく露出したヨネットが苦虫を噛み潰したように吐き捨てる。逃亡奴隷だと言う事を隠しているヨネットは捕まれば死罪か鉱山送りになる。コール達は何となく知っているが、直接問い合わせる事はしない。ヨネットが捕まっても「知らなかった」と言えるだけの予防線を張っていた。


「国の方が落ちた場合はどうなるんだろうな?」


「分かるわけねえだろ?」


「仕事未達成のペナルティーは無い。借金は誰かが捨て値で証文を買えば私たちを奴隷に落とす法的根拠を得られる」


「転売出来たっけ?」


「魔法王国はしないと言っていたが、国が無くなったらそれを強制出来る武力も無くなる」


「面倒な書類が全部燃えちまってる事を祈るぜ!」


「成績表が燃えると就職に困る」


「えっ!? 今考えるべきは就職じゃなくてどうやって逃げるかでしょう?」


 ズレているベスにヨネットが突っ込みを入れる。


「西に徒歩で行けばエボルグラス王国軍が来ているらしい」


「俺たちが近付けば強制徴兵で最前線送りだぞ」


 元軍人のジャッドは経験則から言う。そしてそれは避けるべき事だとも追加した。


「徴兵中は借金の取り立てが出来なくなる」


「馬鹿言っているんじゃ無いわよ! 命の方が万倍大事!!」


「船で別大陸にでも逃げるのが一番だろうな」


 コールからすれば、船をどうにか出来ればそれが最善に見えた。


「言葉通じないぞ、あそこ」


「過去の事例を見る限り、あっちが借金を代わりに払って私たちは拘束される」


「奴隷か年季奉公、どっちがマシなのかしらね」


 ヨネットはどっち道死罪だろうから、違いは無かった。四人がどうにも出来ないと黄昏れていると、一人の船乗りが酒場に飛び込んできた。


「大変だぁ! 武器を持ち出しやがった!」


 それを聞いて流石の酒場も静まりかえった。ボーレニア港はこれまで放火はあったが直接武器を持った殺し合いには発展していなかった。それは様々な陣営の指導者層が裏で取引をして、事態の収拾に苦心していたからだ。コレンティーナが事前に送り込んだサキュバス達も内乱は困るので色々と暗躍していた。しかし、何処かの陣営がそれを破った。どの陣営が最初に武器を持ちだしたかは重要では無い。一つが持ち出せば残り全ての陣営が持ち出す。そしてどうなるかは言わずとも分かる。


「何処の奴らだ?」


「それよりこのままなし崩しじゃ無いだろうな!?」


「おい誰か、近くの武器屋からありったけ買ってこい!」


「払いは?」


「ツケに決まっているだろうが!」


「それよりも酒を持ってこい!」


 酒場は喧々諤々となった。ケンカ慣れした船乗りでも殺し合いは不慣れだ。情報を求める者、武器を求める者、酒を飲む者などに分かれた。


「どうやら最後が近いらしい」


 コールが酒を一気飲みして言う。達観している様に見えるが、助かるチャンスがあれば仲間を捨てていの一番に逃げる。ジャッド達もそこは分かっているので、コールが逃げ出せば必死に後を追う事にしている。


「流石に俺でも市街戦の経験は無い」


 ジャッドが心配そうに言う。戦友から聞いた話を思い出して色々アドバイスを言ってみたが、ジャッド本人ですらそれが正しいのか確信を持てなかった。


「内乱に巻き込まれた際の対処方法が明記されていない。これは学園の落ち度」


「そんな事を書いたら内乱幇助を疑われるでしょうが!」


 ベスのボケにヨネットの突っ込みが冴える。この時はまだボケとツッコミをする余裕が四人にはあった。それを聞いて笑う余裕が船乗りにあった。しかしそんな状況は二日しか続かなかった。いつの間にか路上で殺し合いが始まってしまった。最初の戦いが始まれば他の路上でも連鎖的に戦いが広がり、ボーレニア港は区画ごとに別勢力が武力で抑える戦地となった。


 そんな混乱の最中、4番率いるテネブリスアニマ軍がボーレニア港に攻め掛かった。内乱していなければ接近に気づけたはずだが、スケルトンが港の正門を占拠するまで碌な抵抗を受けなかった。これは以前から潜入しているサキュバス達の手引きもあった。内乱は止められずとも、情報遮断と正門の鍵を開ける程度は朝飯前だ。それと前後して次の一手が炸裂した。


「すうすう」


「えーい、起きろ!」


「痛てぇ……」


 コールが寝息を立てていたジャッドの頭を思いっきり叩く。


「目が覚めたか?」


「……さっきまで立って警戒していたよな?」


「そうだ。港全体を強制的眠らせる魔法が使われた」


 ジャッドは周りを見渡せば少し前までは虚勢を張っていた船乗り達が全員眠っている。街の喧騒と人々の悲鳴も聞こえない。手っ取り早く人間を無効化する方法を4番が求めたため、ベルナドットがアドバイスした。港全体を覆う大規模魔法を使える存在はアサン達を除けばケーレス配下のリッチくらいだ。


「起こしてもまた直ぐに眠ってしまう」


「レジスト出来る私たちじゃないと起きてられないか」


 ベスが他の男を起こそうとしても失敗した。流石のヨネットも突っ込みをする余裕は無かった。範囲が大きくなった分、対処方法を知っている者は簡単に対処出来る。術に掛からなかったのが運が良いのか悪いのかは判断が難しい。


「贔屓目に見て起きているのは100人居るか居ないかだろう」


「眠らせるだけで終わるとは思えん!」


 ジャッドの考えは正しかった。しかしスケルトンの侵入はここまで伝わっていなかった。もし伝わっていたら一目散に逃げていた。


「何か来る!」


「アンデッド?」


 臨戦態勢を取る四人。しかし前衛が居ない後衛の経戦能力など大したことが無い。


「死んだふりが聞くと思うか?」


「とにかく俺が前衛をやる! こんな手でもメイス程度なら全力で振り回せる」


 ジャッドが皆を安心させるために前衛に入った。到底戦える状態では無いが、対象を叩き潰すだけなら何とかなる。多勢に無勢は否めないが、戦っていれば術が切れて船乗りが目覚めるかもしれない。そうしたら逆転の目があると思う事にした。


 三人は表口から入ってくるスケルトンを魔法で撃破した。コールはその間に裏口にバリケードを作りに行った。狭い入り口一つから敵が来るのなら長期戦にも耐えられる。スケルトンの弓兵がいればこうはいかないが、これまで三人が倒したスケルトンは前衛のみだった。


「コールのやつはどうした!?」


「遅い」


「……ねえまさか?」


ガサガサ。


 ヨネットが何か言おうとした矢先、裏口から音がした。


「遅かっ……」


 ジャッドは途中で言葉を止めた。裏からコールでは無く、スケルトンがゾロゾロ出てきた。


「逃げた」


「あのくそ野郎が! ゾンビになって世界の果てまで追ってやる!」


「降参とか認めてくれると思うか?」


「言葉が通じない」


「そんな事だろうと思ったわよ」


 ジャッドは二人を逃がしたかった。しかし両方の入り口を固められてはそれは困難だ。三人仲良く玉砕する覚悟を決めるしか無かった。

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